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自分を信じるということはなんて難しいのだろう。
それは他人を信じるということに他ならない。
私は別に怖いものがあるわけじゃない。
でも、怖いものがあるということは知っている。
私は自分自身が怖い。
能力を持っているからではなくて、能力を使うことが怖いのだ。
でも、私は能力を使う。
それは兄と約束したことだから。
私は能力を使って。
ありとあらゆる悪魔をこの世界から消し去りたい。
それが兄との約束であり。
私にとっては最大の目標となった。
 
『1』
 
「栞さん……」
 
昼休みに思ったとおり、私は麻生唯に屋上に呼び出された。先ほど会った時とは違い、彼は真剣な眼をしている。
 
『何のようですか?』
 
私が言葉を流れに乗せて言うと、麻生唯はびっくりして私を見た。しかし、すぐに真剣な眼をして言う。
 
『なるほど。僕と同じような能力も使えるんですね』
 
今度は私が驚く番だった。まさか、彼が私と同じような能力を持っているとは思っていなかったからだ。彼はふっと笑い、続ける。
 
『昨夜は僕のガーディアンがお世話になりましたから』
 
どうやら、メチャメチャ根にもたれていたらしい。
 
『そう言われると思っていました。で。私を下僕にしようと思っているのですか?そこにいる京や円のように……』
 
「えっ?」
 
彼が後ろを向いた。影から出てきたのは円だった。塀に隠れていた京も姿を現す。
 
「相変わらずね。気配を読む癖は変わってないのね」
 
『あら?私の能力をもう忘れたの?それとも、これくらい読めないとわかってたつもりかしら?』
 
「京……図星を突かれたわね」
 
「う、煩いわね」
 
『ガーディアンの統率力もなっていないのね。嘆かわしい』
 
私は無表情に言う。その言葉にショックを受ける二人。
 
「ごめんね。栞さん。本当はゆっくりと栞さんと二人で話をしたかったんだけど」
 
彼はすぐに持ち直して、私に話しかける。
 
『はっきりと言ったらどうですか?私にも仲間になって欲しいって』
 
「……別に仲間にする気は無いよ」
 
『…………どういう意味ですか?』
 
「僕は本当に栞さんと二人で話をしたかっただけなんだ」
 
『その話を信じろと?』
 
「でなきゃ。一人で屋上にまで来たりはしないよ」
 
その話は本当のようだ。私は戦闘態勢を緩めた。
 
「唯。こんな奴殺したほうがいいわよ」
 
「そうです。どうせ、殺しても転生できるし……」
 
「ダメだよ。それは絶対にダメ」
 
『それで。まずはそこにいる二人をどこか別の場所にやって欲しいのですけれど』
 
「というわけだから、二人ともありがとう。仕事も頑張ってね」
 
「唯!」
 
「大丈夫だよ。なんかあったときは遠慮なく呼ぶから」
 
そう言うと、彼女たちに変化があった。
 
「わかったわ。でも、絶対よ」
 
それまで頑なだった京が急に彼に従う。
 
「うん」
 
そう言うと京は去っていき、円も影の中へと入っていった。
 
「ごめんね。栞さん」
 
『いえ。それで……何を話せばいいのですか?』
 
「うん。じゃあ、栞さんの能力を教えてくれるかな?」
 
『流れです』
 
「流れ?それって……」
 
『ええ。私はありとあらゆる流れを司っています』
 
「じゃあ、時の流れとかも?」
 
『ええ。昨日ぶつかったときがありましたね。そのとき、プリントをばら撒いたのですけれど、それを逆再生にして元に戻しました』
 
「じゃあ、音とかってあるよね?あれも可能なの?」
 
『それはわかりません。試したことが無いので……でも、可能かと思いますけど』
 
今まで試してみたことが無かった。しかし、こうしてみると、本当に子供のようだ。とてもガーディアンを従えている人には見えない。
麻生唯はなおも続ける。
 
「じゃあ、それで静香さんを倒したんだ」
 
『ええ。でも、これで人を殺したことはありません。ただ一人を除いては……だから、静香も殺しはしなかった』
 
「えっ?そうなんだ」
 
『はい……ですから、主からそういう命令が出ても私は従うわけには行きません』
 
とは言っても、自分の意思で行動できる廃棄ナンバーは主に従うわけにはいかないけど。
 
「でも、どうして?」
 
私は兄のことを思い出して……すぐに首を横に振った。
 
『それは私のプライドの問題です』
 
いや。これは嘘だ。彼にも明らかに嘘だとわかっているので、あえて訊かなかった。
 
「栞さん。趣味は?」
 
『読書です』
 
「そうか……」
 
『なんです?』
 
「いや。らしいなって思ってさ。クラスメイトでも結構、噂になっているから栞さん……」
 
私は何度も思っている疑問を口にした。
 
『麻生唯』
 
「なに?」
 
『あなたはプライドとかは無いのですか?』
 
「プライド?」
 
『普通の人は目の前の人が自分の下僕が殺されそうになったら、心が傷つくか。それとも怒るかのどちらかです。なのにあなたはそんな素振りを見せようともしない。それは何故ですか?』
 
普通に考えたらそうだ。
 
「そうだね。普通に考えたら怒るよなぁ」
 
彼が何故かため息をついた。
 
『…………?』
 
「でも、たとえ怒ったところで自分には何もできないよ」
 
そう言ったとき予鈴が鳴った。午後から授業を受けなくてはいけない。
 
「あ……もう鳴ったか。じゃあ、続きは放課後で……」
 
私は頷いた。そういえば、彼から質問されるばかりだったけど。
私は主のことについて何も知っていない。
始めからこれが狙いだったのだ。情報を得るということが。だとしたら、なんという用意周到さ。
なるほど。これが他のガーディアンからも認められた今代の主か……確かに厄介ではある。
 
『2』
 
そして、放課後。
私は下駄箱の靴を履き替えて、外に出る。外はもう夕日に染まっていた。
だが、その隣にはいつの間にか……麻生唯がいた。
私は何をやっているのだろう。
いつもなら、悪魔を狩りに地方へと出向くのに。
 
『麻生唯』
 
「何?」
 
『あなたは私が怖くないのですか?』
 
「……なんか、どこかで聞いた台詞だね」
 
多分、ガーディアンの誰かから聞いたのだろう。
 
『……私は正規のガーディアンではないのよ。あなたがいくらやめてと言われてもあなたを殺すことくらい……わけないのよ』
 
「うん。そうだね。でも、僕は信じているよ」
 
『何を?』
 
この期に及んで何を信じるというのか?
 
「栞さんが言った言葉。嘘偽り無い言葉だって。そういった自分を信じている。確かに『信じる』という言葉は怖いよね?一歩間違えば裏切りに変わる。でも、僕はそれをしっているからこそ選択を間違えない。だから後悔はしてないよ」
 
その言葉に衝撃が走った。
不意に、目の前の光景が滲んだ。
私はあわてて顔を彼から背ける。
 
私は、今の言葉でなんだか自分が少しだけ救われた気がした。
なにも気にする必要なんて無い。みんな結局自分がそうしたいと判断したことをしている。
 
そう思った瞬間、心がスッと軽くなったのがわかった。
私は自分を責める必要なんてないのかもしれない。そう思った。
 
自分を信じるということは難しい。でも、本当は簡単なことだった。
それは他人を信じること。
 
「でも、本当は栞さんが怖いよ」
 
そう言うと彼が立ち止まった。
 
『えっ?』
 
「もしも気が変わって僕を殺したりしたら洒落にならないもんね。今度から気をつけるよ」
 
笑って先に進み始める。
 
『私はあなたが怖い』
 
それは私の本音だった。十二人のガーディアンよりも麻生唯ただ一人の人間が怖い。
 
「えっ?」
 
『あなたは自分の自覚が無いからわからないかもしれませんが、あなたの放つ言霊は強力すぎる。それで敵ばかりではなく味方も殺してしまうかもしれない。あなたは選択を間違わないと仰いましたけれど、いつかきっと間違うときが来ます。そうなったとき……』
 
私の先の言葉は続かなかった。彼が静止したからだ。
 
「……そうだね。でも、そうなったら……栞さんに二番目を選ばせてあげるよ」
 
二番目。それは私が殺すことだ。
 
『そうですか。でも、それは私じゃなくてガーディアンに選ばせたらどうですか?』
 
「……えっ?」
 
主の命令であれば、彼らは喜んで聞くだろう。たとえそれが死ぬことだとしても。
 
『まあ、そうなれば……私は孤独のまま生きていくのですけれど』
 
私は公園を前にして振り返る。
高層マンションが建つ中に公園があるなんて珍しい。
私は麻生唯に向かっていった。
 
『少し……寄り道したいところがあるのですけれど……いいですか?』
 
「構いませんけど。どこなの?」
 
『すぐ近くですから』
 
そう言うと私は歩く。後から彼がついてくるが、私は一定の距離を置きながら進んでいく。
 
『私の能力は昼間に話したとおりです。覚えてますよね?』
 
私は唐突にされど重要なことを口にした。
 
「うん。確か、流れ……だったよね?」
 
『はい。例えば遠くにいる女性の言葉。遠くにある小川のせせらぎ。そして、遠くにある悪魔の侵略。全てがわかってしまうんです。私はこの能力が怖かった。いいえ。怖かったというより、私は理解していなかったといえば良いのでしょうか』
 
そう。私はこの力を理解するのが怖かった。遠くにいる人々のひそひそ話や今にも倒れそうな人の言葉を聞いたり、耳障りな音を勝手に奏でたり、本当にめまぐるしい変化を見てきたみたいで。本当に怖かった。
 
「それって、悪魔の侵略するところがわかるってこと?」
 
『いいえ。感じてしまうのです。もちろん明確な場所は割り出せないのですけれど』
 
そう言うと、私たちは古い廃ビルにいた。ここからあいつらのにおいがする。
 
「何かが動いているね」
 
彼がそう言うと、私は気にせずに中に入っていく。
 
『私はあなたの能力がわかりません』
 
「ああ。音だよ」
 
彼が答える。
 
『音?だから、微弱な気配も感づいたのですか?』
 
「そうだよ。でも、栞さんにはかなわないね」
 
『私の能力なんて……持っても忌み嫌われるだけですよ』
 
「でも、こんなときは心強いですよ」
 
私はしばらく考えた。どうして、この人はこういうことに疎いのだろう。私は、殺し合いは好きじゃないのに殺し合いに慣れている。だからこそ、彼には知ってもらいたいのだ。私の歩んだ全てを。それから考える。
私は携帯電話を取り出した。そして、ある人物に電話をする。
この時間だと、まだ家にいるはずだ。
 
『お姉ちゃん?』
 
言葉の流れを電波に乗せて会話をする。
 
『おお、栞か?どないしたん?』
 
『杉並区にある廃ビルの見取り図を調べてください』
 
『わかったわ。また、出来次第電話する』
 
『了解です』
 
そう言うと、私は電話を切った。
 
「お姉さん?栞にお姉さんがいたんだ」
 
『はい。とは言っても血のつながりはありません。でも、私の唯一の理解者です』
 
「そうなんだ」
 
しばらくして電話がかかってきた。
 
『どうやら、電気配線がいかれてるわね。あとガス、水道もだけど』
 
『やっぱりね』
 
『手伝おうか?』
 
『いいです。丁度、久しぶりに彼の戦いを見てみたいですし』
 
『ふ〜ん。で?その彼は今そこにいるの?』
 
『はい』
 
『いるんなら、代わってや』
 
そう言うと、私は彼に向かって電話を渡した。
 
『お姉ちゃんです』
 
「あ……どうも。麻生唯です」
 
そういってお辞儀をした。相手もいないのにお辞儀をするっていったい……。
 
『お〜。あんたが噂の主さんかい?えらい若いのう。どうや?うちの栞は?』
 
「学校でも相変わらず無表情で何も言いませんね」
 
皮肉を皮肉で言い返す。どうでもいいけれど。私のことを真顔で話すのはやめてください。
 
『そやろ?私も彼女と会話するのにえらい苦労したわ』
 
「僕にも知人に一人、中々表情を表に出さない方がいらっしゃるんですけど」
 
『あ〜。知人なんて言わんでもええで?楓っちゅう女の子やろ?野球で知ってみてたわ』
 
そう言うと彼の顔が険しくなる。
 
「あなた。何者ですか?」
 
『私はただの医者や。でも、あの子の保護者でもあるわ』
 
「医者?医者が何故……?」
 
『……栞はええ子やさかい……みんなが傷つかないように動いているんとちゃうか?』
 
その言葉を聞いて彼はショックというか驚いている顔をしていた。
やっとで、彼はパズルピースをはめ込むことに成功したのだ。
そして、やがて見えてくる輪郭部分。どうして私がここに誘い込んだのか?全てを悟ったようだった。
私は……でも、何も言わなかった。
言えば……何かが壊れるような気がして。だから何もいえなかった。
でも、言った所で何も変わらないような気がする。私は人と接したことがあまり無いから。
私は大切な人を守れないばかりか、その大切な人を殺してしまった。
だから、私は怖いのだ。
 
「ありがとう」
 
彼は電話を切って、私に渡した。
 
『それよりも……気づいていますか?』
 
「うん。百体くらいいるね」
 
『いいえ。百二十五体です』
 
「えっ?そんなにもわかるの?」
 
私はそれには答えず、逆に質問をした。
 
『あなたは音の結界は出せますか?』
 
「ええっと。したことは無いけれど。多分……」
 
『じゃあ、自分の身は自分で守りなさい。私も一応は助けを出すけれど、あまり期待はしないでください。それに今回はあなたの力を見るだけですから』
 
「わかった。でも、本当に大丈夫?逃げたりしないほうがいいの?」
 
『本当にやばいときは逃げますよ。それよりも来ます』
 
そう言うと第一陣が来た。低級悪魔だから楽勝だろう。問題はどこまで続くかだ。
彼には音の力があるということは知っていたが、それの持続する時間が極端に短い。だから、肝心の音を出す瞬間が見抜けないのだ。
彼が戦える時間は十分か二十分。
すると、彼は剣のようなものを出した。音を収束して結集したものだ。
こんなことまでできるのか?と私は驚いていた。剣を出すくらいなら、私でもできる。だけど、それを今代の主が使えるなんて思わなかった。
だけど、それをすると、極端に疲れが見え始める。幾度と無く敵に当たり、四散するが、そもそもこの数では勝てるわけが無い。
私は彼の力を見ていた。彼の力量、知恵、パワー、スタミナ。どれも私には遠く及ばないが、それでも期待をしうる何かを持っていた。
 
「どこを見ている?貴様?」
 
『あら?いけないかしら?誰もいないので相手をしてもらえると有難いけれど?』
 
私は上級悪魔を相手にする。
 
「……あの小僧は何者だ?」
 
『さあ?私が知るわけ無いでしょう?』
 
そう言うと、中級悪魔が集まってきた。
 
「やれ!」
 
『群れでする輩に私が勝てると思っているのですか?』
 
私は流れを使い、中級のモンスターを吹き飛ばしていく。私はでこピン一発で、彼らを窓の外にまで吹き飛ばしたのだ。
 
『あなた達なんか、指一本で充分だわ』
 
「ば、馬鹿……な……?」
 
『さて、あとはあなた一人とそこにいる低級悪魔ね』
 
彼が戦っているが、あんな奴らは彼一人でもおつりが来るくらいだ。
 
「ま、待て。話なら聞く。金か?名誉か地位か?それとも名声か?」
 
『どれも欲しくは無いわよ。そうね。強いてあげるとしたら』
 
そう言うと、奴は喜んだけれど。私は彼の顔を思いっきりぶん殴った。それは流れに乗っかって壁を破壊して、奥の部屋に転がり、さらに壁を破壊しながらようやく止まって四散した。そして、彼に背を向けて一言を言い放つ。
 
『あなたの命が欲しいわ』
 
そして、彼が息切れを起こして倒れそうになったところを私が抱える。
 
『ご苦労様』
 
私はため息を吐きながら言った。
 
「し、栞さん」
 
『まだまだ。スタミナ不足。でも、良い一撃よ』
 
「ごめんなさい」
 
『謝らなくてもいいわ。あなたはこれからもっと伸びる。私が期待しているのはそこよ』
 
私は残りの低級悪魔を見る。残り六十二体……。
 
「うん。ありがとう」
 
『じゃあ、さっさと片付けて、帰りましょうか。ああ。でも、その前にもうひとつだけ』
 
「なんですか?」
 
『あなたは無駄な動きが多すぎる。それでは勝てません』
 
そう言うと、一匹を叩き潰した。続いてもう一匹を蹴り上げた。
 
「えっ?」
 
『音を駆使して自分の身体エネルギーに変えるのもいいですけれど。それだと一匹ずつしか倒せません。それにエネルギーの消費も半端ではありません。それ故に今のような事態を起こすのです』
 
さっきの剣は中々良いアイディアだったけれど、消耗も激しい。
 
「随分とはっきり言うね。それって僕に身体エネルギーには向いていないということ?」
 
『戦い方を変えてやればいいのです』
 
「……?」
 
『たとえば、一石二鳥という言葉を知っていますか?』
 
私はまさにそれを試しているのだ。一匹で二匹を殺す。さっきから、私は彼と同じ肉弾戦で戦っている。流れを司るのは全ての流れを聞くことができる。
 
『それから、あなたは周りの音を聞きながら戦っているようですけれど、それも消費が激しいです。周りの音を聞く程度ならいいのですけれど、あなたは広範囲すぎる。消すときは消せますけれど、両極端すぎます。これも訓練が必要ですね』
 
「……っ!」
 
随分と痛いところを突いたはずだ。
私が淡々と告げるが、彼には衝撃の言葉しか残らなかった。
 
『まあ、全体評価としては25点ぐらいでしょうね』
 
そう言うと、彼は衝撃の言葉を聞きながら気を失ったらしい。
私は舞うように踊るように。全ての悪魔を一掃していく。
全てを一掃するには相当時間はかからなかった。帰ろうかと思ったとき。
 
「あんた……何をやってんのよ?」
 
そこにいたのは……船越麗だった。
 
『これは……珍しいお客さんね』
 
「あんた!唯に何をしたのよ!?」
 
『……別に何もしてはいないわよ』
 
「……っ!これ……全部あんたがやったの?」
 
信じられないという表情で麗が私を見た。麗が見たものは……すでに四散した黒い霧の数々。それも何百という数だ。
 
『ええ。そうよ。唯と二人で倒したのよ』
 
「……で?唯はこっちに返してくれるんでしょうね?」
 
明らかにこっちを警戒している。
 
『もしも、返さないといったらどうする気?』
 
「命を懸けても取り返すに決まってるでしょう!?」
 
『あなたが私を気に入らないというのは知っているけれど、これほど嫌悪されるのも心外ね』
 
水と流れは相性が悪い。というか彼女が私にびびっているだけなのだが。
 
「あ、あんたがそうさせたのでしょうが!」
 
私はため息を吐きながら決定的なことを言った。
 
『…………そんなにも私が怖いの?』
 
「ああっ?何を言っているのよ?あんたが怖い?はっ!何を言ってるのよ?」
 
そう言って嘲笑したが。私は無表情で言う。
 
『あなたの心拍数が上がってるから、緊張しているんじゃないの?』
 
明らかに疑問の表情を作ってしまった。
 
「……っ!」
 
緊張してるんだな。私は流れを司るから、麗にとって私は天敵なのだ。
 
『全く、昔のあなたはそんなんじゃなかったのに……』
 
「煩いわよ。廃棄ナンバーの癖に!唯に近づくんじゃないわよ!」
 
『……何ですって?』
 
私は明らかに怒りを露にさせる。
 
「ええっと。何を怒ってるんでございますでしょうか?」
 
私が怒っている姿を見たことが無いのだろう。
 
『そうね。何も知らない子供にはお仕置きが必要ね』
 
そう言うと私は彼女の操る水を逆に変換した。
 
「ひっ!ちょっ!何よそれ!反則すぎるわよっ」
 
そして、それを逆に彼女に降り注がせる。
 
「ああ。まずい。制御できない」
 
『ドロドロのブヨブヨにさせてあげますわ』
 
彼女は自分で作り出した夥しい量の水を全てかぶることになってしまった。
 
「う〜。冷たいよう」
 
私は唯を連れて帰路についていた。麗がしきりにくしゃみをして私についてくる。
正直言って鬱陶しいが、それでも放って行くわけにはいかないので少しだけ、速度を落として歩いていたのだ。
 
『自業自得です……それよりもどうしてあなたはここにいるのですか?』
 
「何って、唯がいつまで経っても帰ってこないから、みんなで探しに来たのよ」
 
『ふ〜ん。みんなして主思いなのね』
 
「まあ、あんたには関係ないでしょうけど」
 
『……そうね。廃棄ナンバーの私には関係ないわね』
 
「……あんた。まだそのことを?」
 
『……そうよ。だから、あなた達に嫉妬しているのよ』
 
「……別にガーディアンになってもいいこともひとつも無いけどね。主のためにこき使わされ、死んでも転生して、また主に使わされて……」
 
『…………』
 
「でもね。今代の主は違うと思うの。唯だけはどこか他の主と違うのよ」
 
そういえばどこかで同じ台詞を聞いた気がする。ああ、そういえば昨日の静香も同じような台詞を言っていた。
そういえば、彼は最後まで私を主とさせてくれなかった。どうして?
私と主従関係を持てば、時間だろうが何だろうが、思うままにできるのに。
そこまで考えて、ふと思ったことを口にしてみる。
 
『あなたは一人の女性として接しているのね?』
 
「ええ。そうよ」
 
そう言うと納得がいった。彼は私たちを化け物扱いに最初からしていないのだ。
今までの主は私たちの力を畏怖するか歓喜で喜びに満ち溢れるかのどちらかだ。
だが、麻生唯は最初から認めているのだ。まるで、私の兄みたいに。
だからこそ、私たちに対して何の束縛もしない。
化け物扱いすれば、束縛される。でも、彼はそれをしないのだ。
これでは最初から、身構えている私たちが馬鹿みたいだ。
 
「ちょっと。早く唯から離れなさいよ」
 
私は唯をお姫様抱っこをしながら、彼女の言葉を拒否する。
 
『嫌よ』
 
「なんで!?」
 
『慌てふためく麗を見ていたいから』
 
「うぐっ!」
 
何とかしたいが、今の麗では私の前では歯が立たないのだ。諦めるしかない。
 
「唯様!」
 
『あら?珍しい珍客がまた一人。望んでもいないのに』
 
そこにいたのは竜宮雛菊だった。
 
「お、お前は廃棄ナンバーの!」
 
『久しぶりね。雛菊。五十年ぶりかしら?相変わらず堅苦しいわね』
 
「雛菊!遅いわよ」
 
ブーブー言う麗に対して、彼女は冷静に私を見ている。
何だろう。彼女も以前と何かが違う気がする。
昔だったら、彼女は冷静に見ずに主からの命令が無ければ、後先考えずに突っ走るタイプだった。そして、主に危険が迫れば身を通してでも守る彼女が。
いつの間にか考えるようになっていたのだ。
 
「まさか。お前ともあろうものが唯様を誘拐するとは……」
 
『別に誘拐はしてないわよ。ただの社会見学よ』
 
「お前のような奴が唯様を連れ出すと社会見学の品が落ちる」
 
『あなた達のような生温い接し方ではダメだということよ』
 
「何だと?」
 
『生温いと言ったのよ。あなた達の接し方だと麻生唯はダメになるわ』
 
「ぐっ!知った風な口をいうか……!」
 
彼女の心を乱す。
 
『そうね。付き合いはあなた達のほうが長いでしょうけれど、私には『流れ』という能力がある。この能力は主と同じような力があると思うわ。だから、あなた達と接しているよりは大丈夫だと思うんだけど』
 
「黙れッ!!」
 
そう言って一喝した。
 
「お前は主を危険にさせたいのか?」
 
『いいえ。でも、主も共に戦うべきよ』
 
「じゃあ、意見が不一致だ。私は主を戦わせたくない」
 
『なるほど。でも、彼はどうなのでしょうね』
 
「何だと?」
 
私は今日で何度目かのため息を吐いた。
 
『私は力を大っぴらに振るうのはごめんだわ。だって、私の力を悪用する人が現れるかもしれないじゃない?その人が私に近づいて、大金を見せびらかしたら、私は従うしかないのよ』
 
まあ、従う前に殺しているけれど。
 
「何を言っている?」
 
『麻生唯もそういうことに悩まされているのではないのですか?』
 
「ま、まさかっ!」
 
『だから今回は特別よ。彼に力の使い方というのを教えてあげたのよ』
 
「何故、貴様が教える必要がある?」
 
『それはさっきも言ったわ。あなた達では温過ぎるのよ』
 
……バレたか。まあいいけれど。
 
『それはそうと。あなた達……気づいている?』
 
「何がだ?」
 
『囲まれてるわよ』
 
「なに!?」
 
『出てらっしゃい』
 
私は広範囲に響き渡るようにその声を放った。すると、上級悪魔が何体も現れた。
 
「じ、上級悪魔がこんなにも?」
 
私はため息を吐いた。
 
『あなた達。彼を預けるから、逃げなさい』
 
「な、何だと?」
 
『ここは私一人で充分よ。早く行きなさい』
 
そう言うと、ゆっくりと流れを使い、彼を引き渡した。
 
「…………わかった」
 
「ちょっと!あんな奴のいうことを聞くの?」
 
『いいのよ。麗ちゃんは死にたいのね?』
 
「冗談言うな!」
 
『じゃあ、彼を死ぬ気で守りなさい』
 
「……分かったわよ。その代わり……」
 
『……?』
 
「その代わりあんたも死ぬんじゃないわよ」
 
『分かってるわ。そのうち会う事にもなるでしょうね』
 
そう言うと彼女たちは行ってしまった。
 
「フン……俺たちの目的は貴様だ。女ぁ!」
 
『あら?そう……じゃあ、死の宴でも付き合ってもらおうかしら?』
 
私は久々に全力で戦うことにした。本当は全力では戦いたくは無かったけれど、というか、全力を出せば、地球の半分が消滅してなくなりそうだから、手加減をしていたのだ。そして、その答えがこれだった。
 
「ば、馬鹿な?」
 
一瞬にして、数十体いた上級悪魔が消えていたのだ。
 
『安心して、あなた達はきっちりと冥府へと送ってあげるわ』
 
そして、最後の悪魔も残らず消し去った。
私が何をしたのか。それは力の奔流だった。
圧倒的なエネルギーを奔流によってダメージを与える。エネルギーは何でもいい。風でも火でも水でも光でも。例えばそこにある蛍光灯に電気がつけた状態でも充分にエネルギーになる。それを増幅させて敵にぶつける。熱量を増幅させて敵にぶつけるという単純な作業だけど、力の奔流となると、また違ってくる。
例えば水なんかで言うと、最初は気体で液体、そして固体というものがあるけれど、どれも水という一種であることには代わりは無い。固体はまた別の呼び方があるけれど。
気体は水蒸気。液体は水。固体は氷。それぞれに別の呼び名があるけれど、どれも元々は同じ水なのには代わりは無い。
水蒸気を冷やせば水になり、氷を熱せば水になる。
では、火や風、土や水、音や光などを全部一括りにしてエネルギーに変換するとどうなるか?答えは簡単。圧倒的なエネルギーの放出。それに伴って消滅してしまう。全ては分解され、残るのは無だけだ。しかし、それでは一瞬で地球は消えてしまう。そこで要求されるのが制御と範囲指定だった。
これは数学の分野だ。私はここ数十年で思いっきり数学を勉強した。最近ではフェルマーの最終定理にまで手を出すくらいだから。かなりの勉強ができるだろう。
その数学の勉強の中で出されたのが、これだった。
実は兄も数学者なので勉強は兄に教えてもらったのだが、これが制御や範囲指定に役に立ったのだ。だから、私は今でも兄さんに教えてもらったことを忘れない。兄さんのおかげで私はいるのだから。
 
『4』
 
『ただいま』
 
家に帰ると、お姉ちゃんがいなかった。
おそらくは夜勤で今夜も遅くなるのだろう。だったら助けに行くなんて言わなければいいのにと思ってしまう。
だけど。分かっている。私はこれからも多くの人の支えが無ければ生きていけないのだ。
私は夕食を済ませて、人形を抱きながらテレビを見ている。
最近のお笑い番組はつまらなかったが、少しは気分が紛れた。
すると、お姉ちゃんが帰ってきた。
 
「ただいま。はぁ〜。ごっつええ感じやったのになぁ」
 
『言うことはそれだけですか?』
 
「ええっと。遅くなってごめんなさい。夕ご飯は?」
 
『残してありますよ』
 
「お〜。サラダにホカホカご飯に味噌汁が美味いね〜」
 
『どうでもいいですけれど。三つだけ不安が』
 
私は人差し指と中指と薬指を立てた。
 
「なんや?言うてみ?」
 
急に真剣な顔をする姉に私は話す。
 
『まず一つ目。この頃最近悪魔の数が増えてきていることです。私は合計で百四十七体と戦わされました。それもほとんどが上級や中級です。これだけの数ですとさすがの私もあまり体力が持ちませんね』
 
「なんや。そんだけ聞くと上級悪魔も大したことあらへんなぁ」
 
『二つ目。その上級悪魔が厄介なのですが、近々、貴族が現れるらしいです』
 
「まさか。ヴェガか?」
 
ちょっと眉をぴくっと動かした。
 
『ちょっと気を引き締めないといけませんね。そうでもしないと全員、殺されます』
 
「じゃあ。三つ目は?」
 
『三つ目。お姉ちゃんも知っていると思っています。三田八重子のことを』
 
「……なるほどなぁ」
 
『やはり知っておられるのですね。内閣特殊事案対策室の研究員。三田八重子を』
 
「……すっかり忘れておったけどなぁ。あんな奴のこと。カス以下の存在やったわ」
 
『それで……自分が出した結論なんですけれど』
 
「待った。まさか、ここを出て行く気やないやろな?」
 
『と。さっきまで思っていたのですよ』
 
「じゃあ、今は?」
 
『内閣特殊事案対策室との合同実習を断りたいのです』
 
「……相手は人ちゃうで。国や。そんなものと相手にするんか?」
 
『嫌なら、ここを出て行きます』
 
「はっ!何をいってんねや?誰があんたをここまで育てたと思っとるねん」
 
『そう言うと……思っていました』
 
それでも私は嬉しかった。一人じゃない。孤独を埋めてくれる人がいた。だからこそ、戦っていけるのだ。
相手は国だけど、勝てるとは思わないけれど。それでも、戦いたい。この世界の全ての秩序を壊そうとする人達を私は戦っていきたい。
そう思ったのだった。














     




















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