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 暗闇の中、唯は本を読んでいた。真の暗い闇の中でのことだ。音を操る唯は、自分で微かな超音波を発し、本に印字された文字を音の反響で浮かび上がらせて読んでいた。つくづく半年前とは違って人間離れしているなと、嘆息することも時たまあったが、既に彼にとっては日常となっている。
 唯の横ではガーディアン達が巨大なベッドの上でバラバラに寝ている。数時間前までは唯に激しく抱かれて大きな声をあげて悦んでいた彼女達だが、今は疲労困憊という様子で、寝返りをうつ様子も無い。こんな彼女達でも朝になれば、すっきりと目が覚めるものだから不思議なものだ。
 ガーディアン達が性交に疲れて寝静まった後に、唯はじっと起きているのが習慣になっていた。ガーディアンとセックスした後は睡眠の必要が無く、学校の勉強を行ったり、読書などをして時間を過ごしている。夜はガーディアン達との淫行に耽ることが多いのに、学校の成績はこういう時間があるので、却って上がり始めている。

「……雨か」

 マンションの屋上に雨水が当たる音が、唯の耳に入ってくる。まだほんの数滴なのに、音を操る唯には、はっきりと聞こえた。人間離れした能力だが、唯もすっかりそれには適応している。まるで産まれたときから習得していたかのようだ。
 幸いにしてマンションの修理は完了しており、雨漏りの心配は無い。だが唯は夏の雨に、酷く憂鬱そうな表情を浮かべた。雨は激しく降りそうだった。





「ちょっと、何でこんな服が必要なのよ!」

 百貨店の子供向け服売り場で、麗が芽衣に噛み付くかのように言う。麗が着ているのは真っ黒なワンピースで、まるで飾り気が無い。子供用の服で、サイズは合っているはずなのだが、胸だけが異様に盛り上がっており、試着室から出た彼女を店員も驚いたように見ていた。

「ああ、説明してなかった?」
「説明も何も、急に服が必要だって言って、無理やり車に押し込んだでしょう。それからずっと、仕事の電話をしてたし」

 イヤホンを使ったハンズフリーの携帯で通話を終えた芽衣を、麗は問い詰める。一見すると、同等の口調で話す二人は、家庭でのしつけがなっていない母娘に見える。実際はただの同僚だが。

「……唯様のご両親の命日が近いの」
「えっ!?」
「お盆に一周忌が行われるそうだから、それに参加する予定なんだけど、あなたは喪服になりそうなものを持っていないって言うから」

 芽衣の思いがけない言葉に、麗は動きが固まってしまう。唯の両親に関することだとは、麗も思ってもみなかったからだ。

「……わかったわ」

 何のセンスも無い自分の嫌いな服だったが、麗は黙って試着室に引っ込む。喪服ならば綺麗さなどは必要なく、麗の胸と不釣合いだとしても、何も問題は無かった。喪服に華美な装飾など、何も必要ないのだ。
 麗は唯のことを思う。麗自身はガーディアンの常で、人の生き死にのことではドライだが、恋人の両親に関することならば別だ。唯は特に言及することは無いが、それが却って彼にとって、いかに両親が大事であったかを示している。

「一周忌……唯はどう思ってるんだろう」

 服を購入するために脱ぎ始めた麗は、ぽつりと呟いた。






 円と由佳はサラリーマンが忙しく働く平日だというのに、二人揃ってベンチに座っていた。東京のど真ん中に位置する、皇居外苑に設置されているベンチだ。平日なので人は少なく、居るのも観光客らしき人々ばかりだ。天気は今にも雨が降りそうなほどの曇天で、非常に蒸し暑い。円は暑さに耐えられないようにしきりに扇子で自分を扇いでいるが、炎使いの由佳は汗一つかいていないように見えた。

「しかし、ここの風景もすっかり変わっちゃったわね」

 由佳がさり気ない調子で円へと切り出す。日本には幾度か転生しているが、江戸時代に何度か生まれたことのある由佳は、遠くから見た江戸城の風景を忘れていなかった。

「確かにそうね。まあ、戦争もあったし、いつまでもそのまんまってわけにはいかないでしょう」
「そうよね」

 円の言葉に、由佳が相槌を打つ。もちろん円も由佳同様に昔の日本に幾度となく転生している。

「言ったことあったっけ。私、江戸城に忍び込んだこと、何回もあるわよ」
「嘘!? 何でまた」
「お城に紛れ込んでた妖怪とかと戦ったりしたけど、物見遊山な気持ちで何度か行ったこともあるよ」
「また物好きね……」
「お庭番とかに見つかって、大変なことになったこともあるけどね」

 舌を出す円に対して、由佳は苦笑する。昔ならば小言の一言も言ったかもしれないが、もう数百年前の話だ。とっくに時効だろう。
適当におしゃべりを楽しんでいた円と由佳の近くに、一人の男が近づいてくる。スーツにネクタイと一見、サラリーマンのような姿だったが、がっしりとした体つきが服の上からもわかる。相当に鍛えているのだろう。男は由佳と円が座るベンチに背中合わせに接している椅子に座り込む。

「どうも、お待たせしました」
「時間きっかりよ。気にしないで」

 ベンチに腰掛けた平坂に対して、由佳が返事する。

「先日はどうもありがとうございました。また助けられてしまったようで」

 平坂は内閣特殊事案対策室で、特殊部隊を率いていた男だ。彼は部下共々、サウザンドや式神の襲撃などから、ガーディアン達に幾度か助けられていた。非常に恩義を感じているようで、言葉の端々からそれが伺える。

「気にしないで。あれは結果的にということだけだし」
「まさか、自分が自分の子供たちより若返ってしまうとは、夢にも思わなかったですよ」

 時間を逆転する悪魔の件に対して、平坂が苦笑する。時間操作という超常的な現象によって、よもや自分の率いていた部隊が全滅するとは、平坂は想像だにできなかった。だが唯と百合が悪魔を倒したことにより、彼らも自分達の時間を取り戻せた。

「とりあえず、あの件もあって我々はお払い箱のようです。先日移動の辞令があり、私も古巣に戻ることになりました」
「それは何よりね。悪魔たちと訓練されていない人間がまともにやり合うのは危険だから」
「訓練していたつもりなんですがね」
「宗教家とか、そういう訓練が必要だから」
「なるほど、坊さんとかに任せろってことですかね」

 円の淡々とした忠告に、平坂は頭を掻く。特殊部隊が幾ら対人戦闘のエキスパートとはいえ、人外の者とやり合うには、やはりそういうものに通ずる者の方が向いているらしい。そのことを、平坂は改めて実感させられた。

「まあ、これで私も対策室と縁が切れたんで、幾つか情報を提供できます。まずウェポンGと呼ばれている超人兵士達の行方なんですが、これは私達に知らされていません」
「研究所を幾つか所持しているわよね。そういう場所はわかるかしら?」
「それも移転しているようです。以前研究所があった場所のリストをお渡しします」

 平坂がかばんから取り出した封筒を肩越しに渡し、円が中身の書類を確認する。ざっと目を通すと、円は紙を由佳に渡す。

「対策室トップである神崎や赤井などの人間も丸の内の事務所を引き払って、何処かに行ったようです。完全に姿を眩ませるつもりなのでしょう」
「なるほど。私達を恐れているわけね」
「そうですね。ただガーディアンの件だけではないようです」

 平坂が手に持っていた新聞をそのまま円に渡す。円が日付だけを確認すると、数日前のものになっていた。

「ここ最近、世間を騒がせているバラバラ死体について知ってますか?」
「ええ、少しはね。でも警察のガードが固くて、あんまり情報は入って無いわね……情報統制してるようだし」

 円が眉をしかめる。円はあくまで一般的なマスコミの人間としてしかバラバラ殺人の概要は知らなかった。人を傷つけるのは悪魔の手口と違うので、ガーディアンとして深く調査しなかったのだ。無差別殺人などしようものなら、人間を直接傷つけてはならないという法を破ったことになり、悪魔達は奈落や地獄などに送り返されてしまうからだ。大まかに円が知っていることは、最近道端に人間のバラバラになった遺体がぶちまけられているという事件があり、世間を騒がせているが未だに何も情報が無いということであった。

「殺されているのは、こちらに所属していた研究者達だからみたいです」
「まさか!」

 平坂の一言に、由佳が驚いた声をあげて、思わず振り向いてしまう。

「私達以外にも、対策室と敵対している人間……もしくは何かが居るってこと?」
「ええ。上層部は大まかな正体を把握しているようでしたが、我々には何とも……」

 平坂の情報に、由佳と円は顔を見合わせる。飯田が率いる宗教集団は排除したものの、既に奈落と対策室、ガーディアンの三つ巴という構図なのに、新たな敵が居るらしいとのことなのだ。

「これ以上ややこしくしないで欲しいわね」

 情報収集を担当している円が、盛大な溜息をつく。地獄の悪魔達の動向も見えないというのに、こういう余計な話を持ち込まれたのならば、苦労も増えるというものだ。








 真紅の真っ赤な傘が人込みの中を掻き分けて進む。昼下がりの大通り、雨の中だ。その派手な色合いからか、やたらと周囲の目をひく。きつそうな印象はあるものの、持っている者が誰もが驚くような美女ならば尚更だ。

「その傘、やめない?」

 横でビニール傘を持っているミシェルが、京に聞く。

「何でよ」
「それ、能力で作ってるんでしょ。何かあったらどうするのよ」
「まあ、そのときはそのときよ」

 ミシェルの指摘にも京は何処吹く風という様子だ。

「悪魔退治で多少スカっとしたから、能力を使いたい気分なのよ」

 京が機嫌がよさそうに微笑む。内閣特殊事案対策室の敵に突入を許して、散々な目にあったうえ、自らは雛菊のサポートに回ったので暴れられずにフラストレーションが溜まっていたのだ。その上、雛菊が相手を仕留められなかったのも、京がイライラした原因だった。だが今日は多数の悪魔達をサンドバッグ代わりにするかのように、ぶちのめしたから、京の気分が随分と晴れたのだった。
 自分が何を言っても仕方ないかと思ったか、ミシェルは他の者に助けを求める。

「エリザヴェータ、何とか言ってよ」
「別に気づかれなければ問題ないだろ」
「静香、早苗」
「私は特には……」
「ボクはエリザヴェータと同意見」
「百合は?」
「何かあれば、京が責任を取るでしょう。子供じゃないんだし」
「私の取り越し苦労かしら」

 ミシェルが深い溜息をつく。彼女は生来の楽天家だが、現在は教師という職業柄、色々と心配してしまうのかもしれない。

「ねえ、あれって……」
「唯君の友達だね」

 静香が通りの反対側を歩いている集団を見て早苗に声をかける。竜太、慎吾、可奈、このえの四人が、雨の中を雑談しながら歩く姿が見えた。仲の良い四人組は、楽しそうに談笑している。

「ちょっと声をかけてみましょうよ」
「えっ、何で?」

 京が楽しげに言った言葉に、早苗が首を傾げる。

「唯の学校での様子とか、気にならない?」
「確かに気になるわね」

 何か悪巧みしている様子の京に、先ほどまで注意していたミシェルが同調する。

「ちょっと、そういうプライベートな話は……」
「いいじゃない。唯様の素顔が分かるかもしれないし」

 諌めようとする静香の反対を押し切り、ミシェルが通りの反対側に向けて大きく手を振る。やはり恋人の話になると興味があるようで、静香以外は誰もミシェルを止めようとしなかった。明るい笑みを浮かべる金髪の美女は、人通りの多い場所でも随分と目立ち、竜太達はすぐに気がついた。





「すみません、ご馳走になってしまって」
「別に気にしないで頂戴。ファミリーレストランくらい、どうってことないわ」

 ペコリと恐縮そうに頭を下げる可奈に向かって、百合がうっすらと微笑んでみせる。
 百合達は可奈達四人を呼び止めたあと、彼女達が特に予定が無いのを幸いに、ファミリーレストランへと連れ込んだ。並んで座る四人を、百合、京、ミシェル、早苗、静香、エリザヴェータの六人が注目する。互いに面識のある人間は多いが、珍しく竜太や慎吾も緊張している様子だ。周囲の席に座る客も、変わった取り合わせのメンバーに時たま視線を投げかけている。

「それで、お話って何ですか?」
「大した話じゃないのよ。お姉さん達が暇してたから、暇つぶしに付き合って貰おうと思って」

 このえの質問に、百合が柔らかい雰囲気で答える。普段は妖艶な熟女だが、今日は優しげな美女という雰囲気を醸し出している。その柔らかい口調で、このえ達の緊張も幾ばくか解けた。

「ほら、唯君の話とか、ちょっと聞きたくてさ」
「麻生ですか?」

 早苗の言葉に、竜太達四人は互いに顔を見合わせる。そんな四人に、以前一緒にカラオケにも言ったことのある早苗は、コソコソと囁く。

「唯君ってさ、お姉さん達にとってみれば、可愛い弟みたいなわけよ。だから、普段学校でどんな様子かなって知りたくて」
「ああ、なるほど」
「そういうことですか」

 竜太と可奈は納得したように頷く。以前早苗に唯が家でモテているという話を聞いているので、同居している女性達が唯の親友達に話を聞くというのは、しごく当然な流れかもしれないと思ったのだ。実際はモテているどころか、美女十二人にベタ惚れされているのだが。

「唯とは、どうやって知り合ったの?」
「ああ、言ってませんでしたっけ。去年、新しく学校に入ってクラスメートになったとき、麻生が居たんですよ」
「最初は俺と山田が仲良くなって、それから山田の幼馴染の田中さんと新田さんと一緒に遊び始めたんですよ」
「なるほど」

 竜太と慎吾の説明に、質問した京は興味深そうに耳を傾ける。
 男子三人と女子二人のグループは珍しいが、五人はごく自然に友人のグループを形成したようだ。唯の学校では男女で遊ぶことが多いということらしく、学校の文化的なのかもしれない。

「一つ聞きたいんだが……」
「何でしょう?」

 銀髪のキリリとした表情のエリザヴェータの呼びかけに、竜太は思わず緊張する。

「唯殿のことを、友人から見た意見を聞きたい」
「えっと、どういうことです?」
「彼に対する感想ということだ」

 エリザヴェータの問いかけに、可奈達は困ったような表情を浮かべる。友人に対する評価や感想など、考えたこともない。だがエリザヴェータは真っ直ぐに四人の少年少女を見つめ、真剣に回答を待っている。普段は馴染みなど無い銀髪の外国人美女などに、こんなじっと見られていたら、断ることなど出来るわけがない。

「そうですね。優しくて、穏やかな性格だと思いますよ」

 このえが簡単に纏めた批評に、他の三人も頷く。シンプルな回答だが、確かにガーディアン達が見る唯の人となりと差があまり無い。

「あ、でも意外に勝負好きかも」
「そうだな。特にゲームにはのめり込むし」

 可奈に対し、竜太も同意する。

「そうね、唯さ……唯君はゲーム大好きよね」
「全く、あんなのの何処がいいんだか……」
「まあ、年頃の男の子なわけだし」

 静香の言葉に、京が顔を思いっきり顰め、それをミシェルが宥める。京にしてみれば、唯には24時間でも可愛がって欲しいところだが、幾ら恋人でも無理な要求だろう。やはり唯もまだ少年なので、一人っきりでゲームをして過ごすこともあるのだ。

「あと、あいつが怒ると怖い」
「……やっぱり、そうよね」

 竜太の一言に、百合の顔が引き攣る。他のガーディアン達も思わず顔が強張っている。唯の笑顔は大好きだが、凄まじいお仕置きをされているため、主が怒ったときの笑顔はガーディアンの誰もが恐れていた。

「麻生君、皆さんにも怒ったことがあるんですか」
「ま、まあ一応ね。やっぱり、田中さん達にも怒ったことがあるの?」
「いや私達は別に……ただ、ちょっとしつこい教師に絡まれたことがあって、そのときに少し」

 可奈も早苗も何となく言葉を濁して、何があったのか具体的なことを話さない。互いに唯が怒ったときのことを話すのは、唯の評判を落としかねないので、ガーディアンも唯の友人達も詳しいことは詮索しないこととなった。
 飲み物をドリンクバーで補充しつつ、それから何十分も、ガーディアン達は唯の友人達の話に耳を傾けた。学校の出来事など他愛も無い話が多いが、やはり好きな相手の話となると些細なことでも聞いていて面白い。熱心に相槌を打ちつつ、ガーディアン達は時間も忘れて話し込んだ。

「そういえば、去年の夏休みは何処か行った? 唯のことを何処か連れて行きたいとも思うんだけど」
「去年の夏ですか?」

 京の何気ない質問に、竜太と可奈、このえは一瞬考え込むような様子を見せる。

「去年は麻生の両親が亡くなったんで……」
「あ、そうだったわね」

 慎吾のあっさりとした返答に、京は眉を顰める。唯の両親の命日は以前に聞いていた情報だったが、京はすっかり失念していたのだ。

「あの頃は麻生もかなりショックだったみたいで」
「両親が死んだから、当たり前なんだけど……見てられなかったわね」
「ええ。大変だったんでしょう」

 普段は明るいはずの竜太、可奈、このえも声のトーンを落とす。その深刻な様子に、ガーディアン達は声も無い。

「でも、今は元気になったんでしょ?」
「そうですね。金城さんの家に引っ越してからは、特に」

 可奈の答えに、質問したミシェルはほっとする。ガーディアンの主として、唯はかなりしっかりしているが、何と言ってもまだまだ少年だ。両親を失った衝撃が、彼にどれ程の影響を与えているかはわからない。ガーディアン達も恋人のことは気になるが、下手にこれ以上の質問をして唯の闇を覗くのが怖かった。

「そういえば、麻生の奴は南の島に行きたいとか言ってたような」
「水着のお姉さんとか、見たいんじゃないかな」
「それは菊池君の願望でしょ」

 竜太がガーディアン達の心境を察したのか、話題を変えて慎吾と可奈が乗っかった。それに安堵しながら、ガーディアン達も話題に乗じる。

「それなら、水着を新調して南の島に行かないとね」
「前も新調しなかったか?」
「それぐらいしないと、盛り上がらないじゃない」

 ミシェルが頬を緩めるのに、エリザヴェータが冷静に指摘する。唯のことを語るのが楽しかったのか、友人達を交えて、ガーディアン達は三時間近くもファミリーレストランの一区画を占拠することとなった。






 唯は憂鬱な気分だった。夏の一日、珍しくガーディアン達のほとんどが家を出ていた。唯の護衛に残っているのは雛菊と楓のみで、家は極めて静かだ。その方が唯にはありがたかった。両親が死んでから一年、ガーディアン達と一緒に暮らしているので気づかなかったが、命日が近づくと嫌がおうでも父と母の不在を思い知らされる。

「唯様、よろしいですか?」
「どうしたの、雛菊さん」

 部屋をノックする音にドアを開けると、雛菊と楓が廊下に立っていた。

「昼食を食べに来られないので……準備は出来てます」
「ああ、そういえばそうだったね。お腹が空いてないから、後で食べに行くね」

 にっこりと微笑む唯に、恋人の二人が戸惑う。どんなにゲームなどに熱中していても、唯は食事の時間はきっちりと守る方だからだ。おまけに今日はゲームをしていたのかと思ったが、部屋ではPCなどが起動している様子は無い。

「唯様……体調悪いの?」
「いや、体調は大丈夫。心配かけてごめんね」

 珍しく心配そうな表情を見せる楓の手を、唯は優しくとって握る。それだけで楓は頬の筋肉を緩めるが、雛菊の表情はさえない。唯の様子がおかしいのを、薄々察知しているからだ。だが唯本人が何とも無いというのなら、引き下がるしかない。

「我々はリビングにおりますので、いつでもお声をおかけ下さい」
「欲しい物は何でも用意しますから」
「うん、また後でね」

 唯の笑顔に見送られ、雛菊と楓は部屋を辞する。
 二人が去ると、途端に唯の表情は曇った。普段はこんなことは無いのに、食欲が出ない。彼はひたすら室外の降り続ける雨の音を聞くだけだった。

「ただいまー」
「結構凄い勢いだから、濡れちゃった」

 夕方になり、出かけていた由佳と円が家へと戻ってきた。二人は洗面所に飛び込むと、タオルを取って髪や服を拭きながらリビングへと来る。

「ただいま」
「おかえり」

 由佳と円に、武器の手入れをしていた雛菊が挨拶する。床にずらりと刃物を並べ、雛菊は布巾で拭ったりしていた。ソファに座っている楓は由佳と円をちらりと見ただけで、読んでいた猫の写真集に視線を戻してしまう。挨拶は雛菊がしたので十分ということだろうか。

「ちょっと遅くなっちゃった。早くご飯作らないと、唯君がお腹空かせちゃうね」
「なにっ!? もうそんな時間なのか?」

 キッチンに向かおうとする由佳の一言に、雛菊はがばっと立ち上がった。

「どうしたの、急に」
「いや、唯様が昼食は後でいいと言うので、待っていたんだが……結局食べに来なかったのか」
「ええっ!? もう五時過ぎだよ」

 雛菊の言葉に円も目を大きく見開く。言われてみれば、夏とはいえ外は日差しが傾いてきている。

「体調悪いのかな?」
「いや、体調は悪くないって言っていたが……」

 無意識に四人はリビングの入り口に目を向ける。恋人の様子がおかしいが、何も出来ないのがもどかしかった。雛菊達がやきもきしている間に、玄関が開いて他の者達が戻って来る音が聞こえる。

「ただいま」
「おかえりなさい」

 リビングへと、京、百合、ミシェル、エリザヴェータ、静香、早苗と、六人の人間がゾロゾロと入ってきた。それぞれ何となく機嫌が良さそうに見えたが、雛菊や円が浮かない表情をしているのを見て、足を止める。

「どうしたの? 何かあった?」
「ちょっと……唯様の調子が悪いみたいなんだけど」
「ボウヤの調子が? 風邪とか病気なの?」

 百合の質問に、円は首を横に振る。

「昼食を食べないで、朝から部屋を出ようとしないんだ」
「ゲームに熱中してるとか……」
「いや、特にゲームをしている様子は無かったな」

 京の推測を雛菊は否定する。さすがに部屋に閉じこもって、食事も取らないとなれば、ガーディアン達も急に心配になってきた。

「ただいま」
「どうしたのよ、皆でウロウロして」

 最後に戻ってきた芽衣と麗が、リビングで立ったまま顔を見合わせている同僚達に声をかける。長い時を生きてきたガーディアン達は滅多なことでは動じないはずだ。そんな彼女たち全員が不安そうな表情なので、何かあったのかと心配になる。

「唯様の様子がおかしいの」
「唯様が?」
「お昼ご飯も食べずに、部屋に引きこもってるらしいの」

 静香とミシェルの説明に、芽衣も顔を顰める。主であり、恋人でもある少年の様子がおかしいというのならば、やはり心配で仕方がない。

「様子を見てきましょう。食事を取らないのは、心配だわ」
「それじゃ、私たちも……」
「あまり大勢で行ってもおかしいと思うから」

 唯の部屋に行こうとするミシェルを、芽衣は押し留める。芽衣が何も言わなければ、多分ほとんどの者がぞろぞろと付いて行ったに違いない。

「じゃあ、私が一緒に行くわ」
「麗が?」
「早いもの勝ちよ」

 円が異論を挟む間も無く、さっさと麗がリビングから廊下へと出て行く。芽衣も口論するより、唯の様子を早めに確認した方が良いと思い、麗の小さな背中を追って後に続いた。

「唯様、よろしいですか?」
「はい」

 芽衣が部屋をノックすると、ほとんど間を置かずに唯がドアを開けた。芽衣も麗もその早さに驚いたが、それ以上に不安になったのが、唯が何かをしていた形跡が無いからだ。PCも起動しておらず、漫画や雑誌などを読んでいた様子も無い。

「昼食を取られていないようですが、お加減が悪いのでしょうか?」
「もう夕食の時間よ」
「えっ! もうそんな時間だったんだ……いや、食べ忘れていただけだから」

 芽衣と麗の指摘に唯は、意外にもはきはきと答える。だが何処と無くその目に力が無いのが、芽衣と麗には気になった。

「すぐに食べに行くよ」
「あのさ……唯」
「ん?」
「何か、無理してない?」

 麗の質問に対して、唯は怪訝そうな表情を見せる。何を言われているか、わからないというような表情だ。

「無理って?」
「体調が悪いのに、無理してそうじゃないように見せてるとか……」
「まあ、この時期だからね」

 唯はそれだけ言うと、芽衣と麗の横を抜けて、スタスタとリビングへと行ってしまう。曖昧な唯の一言に二人は何も言えなかったが、不調の原因を察することは可能だった。前を行く唯の背中に芽衣と麗は声をかけることが出来なかった。




















   































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