無料エロ同人











 方向転換を余儀無くされた芽衣達だったが、脱出路を見出せず、さ迷っていた。
 敵が正面から押し入ってきて、玄関から出ることが出来なかったので、当初は芽衣達は屋上へと向かっていた。静香と楓がいれば、飛行という手段で脱出できるからだ。だが屋上へ向かう通路を連続爆破で塞がれ、おまけにベランダのある部屋も不運にも辿り着けずにいた。広いマンションが却って仇となっている。

「芽衣、どうするのよ。このままじゃ、抜けられないわよ」
「わかってるわ。少し考えさせて」

 廊下で立ち止まった芽衣に対し、麗が行動を促す。外へ出るための通路は、既にエージェント達によって塞がれているため、何処かを突破しなくてはいけない。だが一般人を巻き添えにしない自信が、芽衣には無かった。いっそ一室で篭城するというのも手ではあったが、それさえもリスクを伴うので芽衣は迷っていた。

「おい、大丈夫か? もし俺達が足手まといなら、何処かに隠れているから、分かれてもいいんだぞ」
「いえ、そんな無責任なことは出来ませんので」

 堺の提案にも芽衣は首を横に振る。唯が自分たちを守るために呼んでくれた相手なので、立場が入れ替わったとはいえ、見捨てるまねは出来なかった。多少格闘技の覚えがあったとしても、堺達では武装したエージェントの前ではひとたまりも無いだろう。

「おっしゃ、見つけたぞ」

 不運は重なるものなのか、廊下の曲がり角からロウが姿を現す。未だに身体が小さく、力が戻ってきていない芽衣達に油断しているのか、攻撃を仕掛けることなく、無造作に彼はゆっくりと近づいてくる。

「三人とも、そこの影に隠れて」

 素早く芽衣が堺たち人間に指示を出す。その合間に、楓が無言で真空の刃をロウに向けて飛ばした。

「おっと、怖いな」

 不可視の攻撃を読んでいたのか、ロウはナイフを構えると真空刃を刃物の切っ先で乱してかき消す。通常ならばナイフごと相手を真っ二つにするほどの威力のはずだが、幼くなった楓ではこれが精一杯なのかもしれない。

「ならば、これならどう?」

 芽衣、楓、麗が一列に並び、冷凍光線、真空刃、水流を一斉にロウへと向けて連続で飛ばす。ロウは巧みにナイフで攻撃を弾くが、狭い廊下では流石に捌ききれずに、幾つかの攻撃が直撃する。だが白い冷凍光線も身体の一部が軽く凍るだけで、真空刃も水流も装甲服に軽い傷を与えるに止まった。

「悪いが効かないな」

 攻撃の威力が無いのを見て取ったロウは、三人の技を無視して前進する。全身を覆う装甲を攻撃が通らないと見て、多少の攻撃ならばダメージはないと判断したらしい。威圧するかのように歩を進めてくるロウに、盛んに攻撃を続けていた芽衣達も思わず一歩下がってしまう。

「麗、水を出して!」
「わかったわ」

 麗の召還に応えて、水の壁が通路を塞ぐようにせり上がる。すかさず芽衣は水に手を突っ込み、己の力を解放した。水の壁は分厚い氷へと変わっていき、氷壁を作り上げた。反対側に居るロウには、屈折によって芽衣達の姿がぼやけて見える。

「ちっ! 逃がさねえぞ」

 ロウは手首を氷壁に向けると、銃弾を乱射する。壁はかなり厚いが、ガトリングの連射性能もなかなかのもので、ひび割れがどんどんと広がっていく。ロウが氷壁を突破するのは時間の問題だった。

「風呂場に退避するわよ」
「……あそこは行き止まりのはず」
「私に考えがあるわ」

 危機的状況にも眉一つ動かさない楓を促して、芽衣達は廊下を駆け出す。後方に待機していた堺達も異論は無い。すぐさま彼らも芽衣の後を追うと、風呂場へと向かった。

「くそ、何処に行った」

 ロウは銃弾によって脆くなった氷の壁を拳で殴って破壊すると、逃げ出したガーディアンを追おうとする。廊下は一本道だが、どんな罠が仕掛けられているかはわかったものではない。ロウは慎重に足を進める。やけに広いマンションの廊下を進み、やがて突き当たりにある風呂場へと辿り着いた。

「ここか?」

 脱衣所を抜けて風呂場の戸を開くと、大量の水蒸気が扉から溢れ出た。まるで大量の湯を沸かしたかのようだ。白い蒸気に遮られ、三十センチ先も見えない。

「鬼ごっこの次は、かくれんぼか」

 視界が全く利かないというのに、ロウは恐れる様子も無く風呂場へと足を踏み入れる。常人を越えた鋭敏な知覚が、ぼんやりと風呂の様子や水蒸気に隠れた人物を捉えているからだ。ナイフを構えて、ロウは慎重に足を運ぶ。

「ふう、やっと捕まえたぜ」

 壁際の浴槽の中にぼんやりとした人影が立っているのを、ロウは認める。脅かすようなロウの口調にも、相手は身じろぎせず、じっと立ったままだ。

「さて、覚悟して貰おうか」
「……これまでかしら」

 芽衣の覚悟を決めたような言葉に、ロウはしてやったりという表情で浴槽に足を踏み入れた。芽衣の口調は完全に観念した人間そのものだったからだ。

「ん……な、何だこりゃ!?」

 浴槽に足を踏み入れて数歩歩いた時点で、ロウの足は奇妙な音を立てた。正確にはADA-X-1の脚部装甲が音を立てたのだ。ミシミシと不快な音を立て、強靭なはずの装甲にひびが入る。

「食らいなさい!」
「うおっ」

 芽衣の足が跳ね上がり、人の頭より若干大きいくらいの丸い塊を蹴り上げる。ロウが咄嗟に腕のガトリングで球体を撃つと、穴が幾つか開く。その穴から煙が噴出すると共に、中に詰まっていた液体が撒き散らされて、避ける間もなくロウの上半身へとかかった。装甲の液体のかかった部分が瞬時に白く凍りつく。

「液体窒素か!」

 ロウは飛び下がり、慌てて湯船の中から飛び出す。芽衣が平気そうに湯船に漬かっているため、すっかり騙されたが浴槽に充満していたのは液体窒素だった。氷を操る芽衣は、超低温の液体に直接触れていれも平気らしい。先ほど蹴り上げた氷の球体も、中に詰まっていたのは液体窒素だったのだろう。麗が風呂場を水蒸気で充満させて窒素の煙をカモフラージュしたのと、ロウが着ていたADA-X-1が周囲の温度を遮断する能力があったのが仇となった。彼は夏場なのに風呂場がひんやりとしていたのに、気付かなかった。
 合金を組み合わせて出来たADA-X-1は急速な冷却によって縮小し、きしむような音を立てながら接合部分が損壊していく。その音に呼応するかのように、水蒸気の中から水流と真空刃がロウに向けて飛んできた。

「ぬおっ」

 視界が悪いため敵の攻撃が正確に何処から飛んできているのかわからず、ロウは水と真空の攻撃を食らってしまう。麗と楓の攻撃で、脆くなったボディアーマーのパーツが幾つも吹き飛ぶ。音を頼りにした攻撃なので、狙いが雑なのが唯一の救いだ。

「ちくしょう!」

 ロウはガトリングの掃射で闇雲に攻撃しようとするが、凍りついた腕部は動作せず、きしむような音を立てるだけだった。

「覚悟しなさいっ!」

 好機と見たのか、麗が水蒸気の中から姿を現し、空中に跳び上がってロウに向かって襲いかかる。

「こなくそっ!」

 ロウはナイフを抜くと、間髪入れずに麗へと突き入れる。だがその攻撃を予想していたかのように、麗の腹部が水へと変化して、ナイフの切っ先は服を切り裂いただけで身体を通り抜けた。間髪入れずに楓も姿を現し、ロウへと飛び掛る。ロウは即座に反応し、ナイフを横薙ぎに振るうが、楓もその攻撃を読んでいたかのように身体を気化して攻撃を避けた。ナイフは空気と化した楓の顔面を通り抜けた。

「うおおおっ!」

 麗と楓に気を取られていたロウは、堺が霧の中から飛び出してくるまで、その存在に気付かなかった。完全に不意を突かれたロウの腰と腕を掴み、堺は腰を支点にして上半身を投げ飛ばす。柔道の払い腰だ。

「囮だったのか!?」

 ガーディアン達三人に応戦していたロウは、堺などの普通の人間が居ることをすっかり失念していた。強化されたエージェントにとって、ほぼ非武装の人間など数に入らないと思い込んでいたのだ。そこを完全に突かれた。
 ロウは頭から風呂場のタイルに叩きつけられる寸前に、咄嗟に片手で床に手をついて、逃れようとする。通常ならば腕の骨が折れるような衝撃にも耐え、ロウは片手で逆さになった身体を支えた。あまつさえ投げられた力を利用してロウは空中に飛び上がり、堺から軽業のような動きで離れようとする。

「せいあっ!」

 ロウの動きを逃さず、堺の後に突進してきた上島が突き蹴りを放つ。空中を逆さに飛び上がったロウは避ける術が無く、上島の奇襲をまともに食らった。顔面に足の裏がのめり込む。鼻から血を噴出したロウは、それでも空中を一転すると、滑りやすいはずのタイル上に見事着地する。

「くそがっ! 借りは返すからな」

 不利を悟ったのか、ロウはすかさず身体を翻し、風呂場から飛び出していく。その引き際の良さに、芽衣達も追撃する間も無い。

「逃げられた?」
「まあ、この場合は仕方ないでしょう」

 腹部を元の肉体に戻した麗に、芽衣が答える。その直後、芽衣は力が抜けたかのように、液体窒素が充満した湯船に座り込んだ。

「疲れたんでしょ」
「普段ならこれくらいは大したこと無いんだけど、今は確かに疲れたわ」

 麗の指摘に、芽衣は顔を顰めて頷く。若返った自分の腕を眺めると、能力がなかなか回復しない幼い身体に嫌気が差してくる。だが全くの無力ということではないのが、救いかもしれない。

「楓には感謝しないとね。窒素を集めてくれなかったら、勝てなかったわ」
「……このくらいならば、今の身体でも可能」

 芽衣からの感謝する言葉にも、楓は感情の篭らない声で返しただけだった。普段はあまり使わない能力だが、楓は大気の酸素や窒素などの成分を集積したり、作り出すことが出来る。窒素だけ集めて極限まで冷やし、液体にして使うというアイディア自体は芽衣のものだ。だが、楓の協力や目くらましの水蒸気を麗に作って貰わなければ、上手くいかなかっただろう。

「それで、どうするんだ、俺達はこれから?」

 話の頃合いを見計らって、若返っている三人へと境が声をかける。先ほどはロウを倒す協力を出来たとはいえ、無力な人間である彼らは芽衣の指示に従うしかない。

「とりあえず、お二人の協力で撃退できたことですし、しばらくはここに隠れていましょう。他を手伝うにしろ、少し力を回復しなければ」

 芽衣は湯に漬かるかのように液体窒素に身を沈めた。






 全身を鈍い色の金属に変えた早苗を、再び静香が持ち上げる。小柄になったとはいえ、全身が金属の早苗を持ち上げて静香は眉一つ動かさない。だが先ほど封じられた戦法を再び繰り返す二人に、ラディーは怪訝そうな顔をする。

「はっ!」
「てやあああああっ!」

 静香が勢い良く早苗を投げると、彼女は空中で一回転して両足を突き出すような体勢を取る。人間ミサイルと化した早苗は一直線にラディーに向かい、エージェントは再び磁力を操作して彼女を止めようとした。

「うぐあああっ!」

 胸の中心へと金属と化した蹴りが決まり、ラディーは衝撃で大きく吹き飛ぶ。強化服によって身体へのダメージはほぼ防がれたが、それでも再び廊下の壁へと大きく吹き飛ばされ、全身を叩きつけられる。

「な、何だ……どうなってる」

 自分の磁力によって、早苗の体を先ほどとは違って自由に出来なかったことが、ラディーは信じられなかった。混乱した状態のラディーが起き上がろうとしたところを、突進してきた早苗が頭突きを、彼の額に食らわせて追撃する。

「がっ!」

 全身が金属と化した早苗の頭をぶつけられて、まるでボーリングの玉で思いっきり殴られたぐらいの衝撃をラディーは受けた。常人ならば死んでもおかしくないような攻撃だが、ラディーは視界が霞む程度で耐えて見せた。そんな彼に追い討ちをかけるように、早苗はラディーの身体に馬乗りになると、拳を叩きつける。金属の身体で、容赦なく彼を殴りつけ始めた。

「………」
「ぬ、ぬおおおっ」

 金属と化して無言で殴りつける早苗に、ラディーは思わず恐怖心を覚える。マウントポジションからの殴打を、彼は腕を構えて何とかガードしようとする。だが金属と化した拳を叩きつけられているので、一撃が全て恐ろしく重い。装甲服が無ければ、腕がへし折れているだろう。

「くそ、鋼鉄ではなく、銀か!」

 早苗が変化した金属が、先ほどの鉄とは違い、銀だというのにラディーがようやく気付く。反磁性体である銀を磁力で操るのは、磁性体である鉄に比べて無理な試みと言えた。磁極に関係なく磁力に反発する性質のある物体を操ろうとしたのだから、当然だ。メタリックな表面のため、ラディーはうっかりと再び鉄に変わったと思い込んでしまった。早苗にとっては、貴金属だろうがありふれた金属だろうが、土壌の成分ならば身体の変化は可能なのだ。

「だが、正体が分かれば……」

 銀の塊と化した早苗に殴打されていたラディーは磁力を放出して、その反発力で彼女を吹き飛ばした。正体さえ分かれば、対処の仕方は幾らでもある。反磁性ならば、操るのではなく磁力が反発する力で吹き飛ばせばいいだけだ。だが早苗を天井近くまで飛ばしたラディーは、静香のことをすっかり失念していた。両手の付け根を合わせて、手の平の中に自らの力を充填し終えた静香は、早苗が飛ばされると同時に力を解放した。早苗は彼女が力を溜めるまで時間稼ぎをしていただけに過ぎなかったのだ。

「しまっ……」

 身を起こしたラディーの胸に、静香は極小のワームホールを作り、それによって発生した衝撃を叩きつける。装甲に守られているとはいえ、これには堪らず、ラディーの身体が大きく吹き飛んだ。その上、胸を守る装甲の大部分が衝撃に耐え切れず、バラバラになって剥がれ飛ぶ。

「うぐっ!」

 廊下の壁にぶち当たると、そのまま壁を突き破ってラディーの姿が消えた。静香は手応えありと見て、ラディーの行き先から視線を転じると、早苗の近くへと寄る。

「早苗、大丈夫?」
「大丈夫。さっきの切り傷の方が重傷かな」

 高所から落とされたとはいえ、早苗は平然とした様子で起き上がる。彼女の言うとおり、メタリックなボディの表面には、腕以外に大きな傷などは見られなかった。早苗は金属と化した自分の体を、元の肉体へと戻していく。

「無理してはだめよ」
「それより、あいつはどうなった?」

 自分の体を気遣う静香をありがたいと思いつつも、早苗はラディーの動向を気にする。
 静香が慎重に壁の大穴へと近づき、中を確かめる。ラディーが飛び込んだのはミシェルの部屋だった。部屋には家具とミシェルが集めた多数の電気製品があるだけで、既にもぬけの殻だ。ただ扉が開いているのを見ると、彼が隙をついて逃げ出したのは間違いなかった。






 闇夜に佇む一人の少女。装甲服を着た彼女はマンションの屋上に跪いて、じっと目を瞑って集中していた。手で触れている床を通して、エージェント・レイルには成人から少女に退行しているガーディアン達の動きが分かる。触れた物の内部構造を読み取る能力があるレイルは、空間を爆破する能力と合わせて一つ下の階に居るガーディアンを攻撃していた。幼くなったとはいえ、身体能力が高いガーディアン達はちょこまかと動いて爆破を上手く回避している。だが見えない敵からの攻撃を、果たして何処まで避けれるだろうか。レイルは焦らず、なるべく精度の高い攻撃を心がけ、ガーディアンを潰そうとする。

「ん?」

 レイルが攻撃を仕掛けている廊下で、奇妙な歪みを察知した。何かが通り過ぎたような感覚なのだが、とても有り得ないスピードだったのだ。

「己の姿を見せず、安全な所から卑怯にも攻撃を仕掛ける。黒幕と呼べるだろうな」
「な、何ですって?」

 頭上から降ってわいた言葉にレイルが振り向くと、階段へと続く入り口の屋根に乗った銀髪の少女が彼女を見下ろしていた。爆破をいかなる方法か、かい潜って来たに違いない。

「だがその幕も光で照らせば、正体を現すもの」
「一体何なのよ、あんた」
「我が名は光輝きし者、エリザヴェータ・アンドルス・イヴァノフ!」

 唖然とするレイルの前で、エリザヴェータは屋上へと飛び降りて、ゆっくりと相手へと歩きだす。

「協力を求めながら、その裏で弱った相手を闇討ちとは言語道断。光の輝きで成敗させて貰う」
「確かに言い訳できないわね。それなら、やれるものならやってみなさい」
「ならば、アクセラレーション!」

 レイルの挑発に乗ったエリザヴェータは、再び加速して姿が掻き消える。自らの爆破を突破したのが、エリザヴェータの超加速状態での移動であることをレイルは咄嗟に悟った。それと同時にレイルは、本能的に自らの目前で大量の小さな爆破を起こす。エリザヴェータのアクセラレーションは常人では追えない速さだが、広範囲な爆破の衝撃はエリザヴェータの接近を防いでくれると、直感が教えていた。
 エリザヴェータは眼前の空間で爆破が起きるのを見ると、レイルを中心に半円を描いて走り、背後を突こうとする。だが空間把握能力に長けたレイルは、視認出来ない速さでもエリザヴェータの動きに反応し、死角にも爆破を撒き散らす。
 エリザヴェータの超高速状態では爆炎を見てから回避するのも容易い。だが空中のあちこちで小型の爆破が起きている状態では、レイルへの接近も難しかった。エリザヴェータは仕方なくアクセラレーションを解除し、相手との距離を取る。

「どうしたの、光の輝きで成敗させて貰うのじゃなかったの?」

 レイルの挑発にも、エリザヴェータは眉を軽く顰めるだけで言い返さない。未だ本来の調子が戻っていない幼い体では、エリザヴェータがアクセラレーションを行える時間も極めて限定されているのだ。今のままでは攻撃もままならない。
 だがレイルの注意を引き付けることによって、エリザヴェータが考えていた目的は果たせた。

「しまった!」

 階段から由佳とミシェルが駆け上がって屋上に飛び出すと、それを見たレイルは舌打ちをした。壁などの障壁を介して、本来ならば正体を見せずに遠隔操作で爆破するのがレイルの本分だ。直接戦闘するのは苦手なので、ガーディアンを階下から上げたのは失態と言えた。だがこうやって対峙してしまっては選択の余地もなく、レイルは即座に由佳とミシェルを直接爆破しようとする。

「きゃっ!」
「おおっと!」

 レイルが右手を振り上げて構えたのを見て、由佳とミシェルは慌てて地面へと身体を投げ出す。レイルの右手が空中を薙ぐように振るわれると、一瞬の差で彼女達が居た場所が爆発を起こした。転がりつつも、すぐさま身を起こした二人の身体を爆発で発生した風が揺らす。レイルはすかさず二人に追撃しようとする。

「なに!?」

 追い討ちをかけようとしたレイルの体は、急に金縛りにあったかのように動けなくなった。かろうじて動く眼球を動かして己の足元を見ると、一本のナイフが自分の影に刺さっている。

「皆口円か!」
「ご名答」

 月に照らされて階段の入り口が作った影の中から上半身を出していた円が、自分の体を引き上げる。影を操る円は他のガーディアンとは違い、影から影への空間跳躍や、影縫いなど特殊な技を使う。由佳とミシェルに気を取られ、特異な存在の円を見逃していたのは、レイルの不覚だった。

「さて、動けない状態でも爆破を使えるのかしら?」
「舐めるなっ!」

 右手で炎を弄びながら脅してきた由佳を、レイルは一喝する。自らの意思で頭上に眩い爆発を起こし、レイルは己の影を一瞬だが消した。その僅かな隙に彼女は身を投げ出して床を転がり、影縫いから逃れてみせる。慌てて由佳とミシェルは火炎と雷撃を放つ。だが両者の攻撃を、レイルは爆発を起こしてぶつけ、相殺してかき消した。円とエリザヴェータに対しても、相手が攻撃をする隙を作らせずに、すかさず連続して爆破を起こしてレイルは追撃する。円とエリザヴェータは素早いステップで動いて爆破をかわすが、隙の無いレイルの攻防一体の術に、反撃の技を使うことができなかった。遠隔攻撃のみを得意とするかと思いきや、面と向かってもエージェント・レイルは強いようだ。

「アクセラレーション!」

 エリザヴェータは攻撃を回避しながら、高速モードへと移行した。超高速の動きで一気にエリザヴェータはレイルへと近づこうとする。レイルの攻撃を避け続け、能力を躊躇無く使う彼女の消耗を狙うことも出来たが、エリザヴェータは再度攻撃を仕掛ける方を選んだ。通常ならともかく、幼くなった体で何処までレイルの攻撃を回避できるか、わからないからだ。
 だがエリザヴェータがアクセラレーションを使うと共に、レイルは再び小規模な爆発による結界を張った。エリザヴェータの動きに合わせて、自分に向かう進行方向を爆破で塞いだのだ。幾ら常人には追いきれないほどの動きだとしても、空間を把握して点ではなく面で動きを封じられてはエリザヴェータの攻撃は防がれたも同然だった。しかしエリザヴェータの狙った攻撃は、レイルを自分自身で倒すことではない。

「電光石火……アクセラレーション!」
「なにっ!?」

 ミシェルの呟きを聞いた直後、レイルは自分の背に強烈な衝撃を受けた。突然の攻撃に戸惑っている間にも、レイルは数発の打撃を身体に受けてよろめく。そして漸くエリザヴェータとは別に、アクセラレーションが使えるガーディアンが居ることを悟った。
 ミシェルも実はアクセラレーションが使えた。伝達速度の速いエネルギーである電気を操るミシェルなので、己の身体を高速化することは可能だった。ただ唯が披露するまでは、自分も使えるという認識に思い立たなかっただけなのだ。エリザヴェータより効率は悪いが、実のところ唯よりはエネルギーを消耗せずにミシェルはアクセラレーションを使える。
 ミシェルは僅かな時間で瞬時にレイルへと近づき、掌底を身体に叩き込んだ。一発、二発、三発と身体に浴びせると、レイルの細身な体はバランスが崩れる。だが強化服を着た身体には、あまりダメージが通っていないかのようだった。
 加速した身体による自分の打撃が効かないとなると、大技を叩き込むしかない。だが問題は、アクセラレーションの高速化はミシェルにとって、強烈に身体が消耗するということだ。力が衰えている幼い体の状態では、アクセラレーションに上乗せして何か大技を使えば、ミシェルが一歩も動けなくなるほど疲れてしまうのは明白だった。それでも可能な限り拳に雷を溜めると、渾身の力でレイルのわき腹にミシェルは叩き込んだ。

「うぐっ!」

 強烈な攻撃を受け、レイルが倒れて装甲の一部が砕ける。すかさず止めをミシェルやエリザヴェータが叩き込もうとした瞬間、レイルの身体を中心に、巨大な爆発が起きた。

「ぬわっ!」

 円は由佳を抱えると、咄嗟に手近にあった階段の影へと飛び込む。ミシェルやエリザヴェータも即座にレイルから可能な限り離れるが、レイルから発せられた爆破は二人を屋上のフェンスに叩き付け、そのまま屋外へと吹き飛ばしそうな程の強烈な爆風を巻き起こした。

「よくもやってくれたわね……」

 爆破が収まると、レイルがよろよろと立ち上がる。ミシェルの一撃による痛みに逆上し、怒りに任せて巨大な爆発を起こしたのが結果的に良かったようだ。自分の装甲にもダメージはあったものの、ミシェルからの追撃を防ぐことができた。

「次は同じ手は食わないわよ」

 怒りを隠そうともせず、レイルは少女達を睨みつける。ミシェルの一撃は、強固な装甲を持ってしても止められず、脇腹に深いダメージを与えていた。その痛みが強烈な憤怒をレイルに与えていた。

「なら、違う手で行こう」
「えっ?」

 不可解にも足元から声がしたので、レイルは下を見る。その直後、頭上から落ちて来た影が、レイルの両肩に膝で乗ってきた。足下からの音声はもちろんフェイクだ。強烈なニードロップを肩に受けて、レイルは思わずバランスを崩す。それに乗じて頭上の人物は頭を腿で挟んで捻ると、体を倒す勢いを利用してレイルを投げた。

「ぐはっ!」

 首を捻られて投げられたレイルは、そのまま屋上の床に叩き付けられた。首を強力な力で投げられたため、受け身も取れずに強烈な衝撃を体に受けてしまう。逆に投げた方はダメージが無いかのようにすぐさま立ち上がった。
 レイルを投げたのは若い青年で、非常に整った顔つきをしていた。落ち着いた声と物腰をしており、突然の乱入者に驚くガーディアンも思わず見とれてしまう。自分達には唯という主が居ることを思い出し、少女達は慌てて意識を振り払おうとするが、不思議とその青年には惹かれてしまう魅力があった。

「みんな、無事?」
「えっ!?」

 親しげに話しかけられて、ガーディアン達は戸惑いを隠せない。青年の方も、動揺しているかのように自分を見ているガーディアンの反応に、不可解そうな顔をした。

「何を驚いてるのかしら?」

 上空から黒髪の少女が降ってきて、衝撃など無いかのように屋上に降り立った。長い黒髪に若い少女のような体だが、こちらの方は百合であることは、由佳達もすぐに理解した。だが、やはりもう一方の人間には思い当たらないようだ。

「……分からないの? この子はボウヤよ。麻生唯ってこと」
「ええっ!?」

 百合の言葉に、由佳、円、ミシェル、エリザヴェータが驚きの声をあげた。淡々としていることが多いエリザヴェータも、思わず仰け反ったほどだ。
 最寄の駅から帰宅する途中、唯は自宅近くで異音を聞きつけた。彼は百合に頼んで身体を運んで貰い、空中を飛んで高速で戻ってきたのだ。自宅がよもや悪魔退治を依頼してきたその当人達に襲われるとは思って居なかった唯は、襲撃されたという事実に大いに焦ったが、何とか大事になる前に戻って来れたようだった。

「そんなに違うように見えるかな?」

 恋人達の反応が意外で、唯は思わず長くなった自分の手足を見る。本人としては若干声に変化はあるものの、背が高くなった程度という認識なのだ。

「なるほど……おまえが麻生唯か」

 唯に投げられたレイルは、若干ふらつきながらも、何とか立ち上がる。自分を攻撃した相手だが、確かに資料で読んだ少年の面影がある。資料には麻生唯によって、ガーディアンは統率されていると記述されていたので、彼さえ倒せば集団は瓦解する。更なる援軍の到着とは言え、レイルにとってはこれはチャンスとも言えた。
 そんな思惑を余所に、唯はレイルをチラリと一瞥するだけで、階段へと向かう。彼にとってはレイルを相手にするよりも、優先することがあった。鋭敏な聴覚によって階下に危機が迫っているのを、唯は把握していたのだ。

「百合さん、この場は任せます。すぐに行かなくちゃいけない」
「わかったわ。行ってらっしゃい、ボウヤ」
「なっ!?」

 アクセラレーションを発動させ、すぐさま唯の姿が消えてなくなった。目前に居たというのに無視され、レイルは最初は呆然としていたが、やがて沸々と怒りが沸いてくる。

「逃げるなんて……」
「逃げたのじゃなくて、私達で充分と判断したわけね」

 レイルが自分より若くなっている百合を、ぐっと睨みつける。確かにガーディアン五人と、そのコピーである自分一人とでは分が悪い。だがガーディアンは数が居るとは言え、本調子では無いのだ。勝てる可能性は充分にある。

「由佳と私、それにあと一人さえ居れば、あなたなんて怖くないというところかしら」
「舐められたものね!」

 レイルが手を真横に振り、百合を爆殺しようと能力を発動させる。ピンポイントの爆発で彼女の身体を吹き飛ばそうとするが、小さな破裂音が響いただけで、強力な爆破は巻き起こらなかった。小規模な爆破に対し、百合も軽くステップバックするだけで回避してみせた。

「な、なにが……くっ!」

 レイルはありったけの力で、連続して爆発を起こそうとする。だが小さな破裂音が何度も響くだけで、百合はスタスタと横に歩きながら身体をずらすだけで、攻撃を避け続けた。

「な、何で……」
「爆破という力は、言うなれば熱と衝撃で構成されているわけよね。その二つを司る私と由佳が居るということは、無力化も容易いということよ」

 レイルが視線を向けると、由佳は幼い瞳でじっと自分を見つめている。特に動きは見せていないが、力を集中して爆破によって生じる、熱を封じているに違いない。

「ならば、これはどう?」

 爆破が不可能と知れると、レイルは手首に仕込んだガトリングを百合へと向ける。その瞬間、足下から伸びた自分の影が質量があるかのように、大きく立ち上がった。漆黒の影が立ち上がる様子に思わず呆けたレイルの体を、影は腕を振り上げると思いっきり殴りつける。たまらず彼女の体が屋上の柵まで吹き飛ばされた。

「恐れるべきは爆破の能力。それを封じるために二人も必要というのは、効率が悪いけど」
「それさえ封じれば、後にはもう一人居れば良い」

 百合の台詞を、円が引き取る。攻撃を受けたレイルは、曲がった柵を掴んでヨロヨロと立ち上がろうとしている。レイルは悔しげにガーディアン達を睨むが、確かに爆破の力を無力化された自分では、幾らADA-X-1を着ていても適わないだろう。

「……くっ」

 レイルは悔しげに顔を歪めると柵に体を預け、そのまま体をゴロリと反転させて屋上から落ちていった。意外な相手の行動にガーディアン達は引き留める暇も無かった。地面近くで爆発を起こして、爆風で落下スピードを和らげてレイルは着地する。そして、レイルはそのまま駆け去った。







 ザウラスは絶体絶命の窮地に佇んでいた。元々変形が効く軟体の体であるザウラスには、銃撃も斬撃も効き目が薄いのだが、その許容範囲を超える程にケリーとウェイドの攻撃を受けていた。おまけに先程食らった爆発が止めを刺した。右の上半身が無くなっているのを見て分かるように、体積の大半を消失して、立っているのも辛いほどだ。

「くそっ……無念と言うべきか」

 防御に徹して、ケリーのナイフと銃撃をかろうじて防いでいるとは言え、ザウラスは限界を感じていた。悪魔なので、体が塵になっても奈落へと送り返されるだけだが、そうなると百年間はこちらの世界に戻って来ることは出来ない。麻生唯と戦う機会は二度と無いだろう。ケリーも確かにガーディアンのように強者なので恥じる話ではないはずだ。だが子供になって弱体化しているガーディアンを、闇討ちするような姑息な相手に討ち取られるのは無念だった。
 相対するケリーの拳銃が三点バーストで発射される、射線の先を見越してザウラスは体の一部を硬質化して弾こうとする。だが強化した拳銃の威力は、弾いてもなお弱っているザウラスの足にたたらを踏ませた。その隙に近づいたケリーによるナイフの一撃を、ザウラスは左手を剣状に変えて弾き返す。だがその防御を予想していたケリーは、ナイフが防がれると同時に、流れるような動作でザウラスの腹部を蹴り飛ばした。強化されたエージェントの蹴りを受けて、筋力自体が低下したザウラスは背後へと飛ばされて、床へと倒れ込む。すかさずケリーは上半身を起こしたザウラスの頭部に向けて、銃弾を叩き込もうとした。

「待てっ!」
「ぬっ……」

 リビングの入り口から聞こえた強烈な一喝が、ケリーの体を揺らした。凄まじい音量を伴った声にも構わず、ケリーは射撃しようとする。だが音によって大きく震えた腕は定まらず、放った銃弾はザウラスを逸れてマンションの壁に穴を穿った。

「誰だ……」
「人の家に侵入して、誰だとは……とことん、礼儀がなってないな」

 いつの間にか、廊下に面した扉に立っていた男を見て、ケリーは不思議そうな表情を浮かべる。ケリーは対策室が集めた、ガーディアン達の交友関係などのファイルは一通り目を通したが、その中には無い顔だったからだ。それなのに、何処か既視感を覚える。だが既に二度戦ったことのあるザウラスは、相手が誰かすぐわかった。

「唯か……」
「ザウラス、済まない。遅れた」
「謝るな……立つ瀬が無い」

 ザウラスがボロボロな様子を見て、唯は改めてケリーのことを警戒する。ザウラスだけで、ガーディアン数人の強さを誇るはずなのに、ボロボロになっているのだ。それはウェイドの協力があったこその話なのだが、事情を知らない唯は相手の実力を高く評価せざるを得なかった。

「なるほど、麻生唯か……」

 漸く相対している対象がわかり、ケリーは若干力を抜く。
 特殊対策室は年齢を操作する悪魔を相手にして、専属の特殊部隊に多くの犠牲が出た。偶然発見した悪魔をいつものように部隊で奇襲したのだが、そのような特殊な能力を持っていたとは知らずに、急襲した隊員達が赤子まで戻ってしまったのだ。摩訶不思議な能力を前に、秘蔵の部隊であるウェポンGを使うのを躊躇した上層部は、ガーディアンをぶつけるという奇策を取った。あわよくば共倒れしてくれればと思っていたところ、ガーディアンは幼くなって戦力が激減し、悪魔は都合良く滅びてくれた。これによって、一気に邪魔者を排除する機会だったのだが。

「まさか、おまえが大人になった姿を見せるとは」
「自分から助けを求めておいて、相手が弱ったら襲うなんて……最低だな」

 冷静に自分を観察しているケリーに、唯は己の中で怒りが徐々に噴出してくるのを感じる。自分の好意を無にされるようなことをされたのだから、当たり前だった。唯は音を手の中で溜めて増幅させると、ケリーに向けて手の平を突き出す。ケリーは瞬間的に反応し、素早く床に転がって回避しようとするが、唯の手の動きは誘いだった。手の平で音のエネルギーを放出するのを遅らせて、一拍置いてから直線状に音の収束波を放つ。

「くっ」

 フェイントに引っかかったのを悟ったケリーは、それでも床を転がるスピードを上げて唯の攻撃を避けようとする。ケリーは腰に強い衝撃が掠るのを感じつつ、素早く中腰の体勢に起き上がり、唯に銃を向けて引き金を引く。ケリーの反撃に対し、唯はアクセラレーションを発動して銃の射線から即座に身を遠ざけた。連射された弾丸を、上半身を揺らしただけで唯は全て回避してみせる。

「高速機動か……」

 ケリーは銃弾が無意味と見るや、腰に装着した手榴弾のピンを引き抜く。拳銃で唯を牽制しつつ、ケリーは片手で少年へと爆発物を投げつけた。手榴弾が空中で爆発する直前に、ケリーは手近なソファの影へと飛び込んだ。だが不思議なことに手榴弾が爆発したのに、爆発音は全くと言って良いほど聞こえなかった。

「人の家の室内で手榴弾なんて使って……」

 片手を翳した唯が眉を潜める。彼はアクセラレーションを咄嗟に解除して、手榴弾の破片が飛んできたのを、音の防壁で防いたのだ。攻撃が失敗に終わったケリーは、拳銃の弾を入れ替えると同時に、ソファーの背後から飛び出す。手榴弾の爆発音を逆に吸収した唯が、再び収束させて放った音がソファを突き破るのとほぼ同時だ。ケリーは完全に唯の行動を一歩先読みし、攻撃を避けたのだ。戦い慣れしたケリーの動きに、唯は舌を巻く。

「流石と言いたいところだけど、悪魔ならともかく、対人戦では悪いけどアドバンテージがある」

 好き勝手に暴れるケリーに業を煮やした唯は、ケリーが居る空間に向けて、広範囲に大音量の音を放つ。単純にとにかく大きな音だ。

「なっ、ぐあああぁ」

 鼓膜を破らんばかりの強烈な音に、常に冷静さを失わなかったケリーが、初めて悲鳴をあげた。凄まじいの音が鼓膜を破らんばかりに鳴り響き、ケリーの脳をまるで揺さぶるかのようだ。ここまで凄まじい音でも、人間より遥かに頑健で生体構造の違う悪魔だと、効果は薄い。だが、人間などには効果は充分だった。
 それでもケリーは拳銃を上げると、唯に向けて放とうとする。ケリーが引き金を引くと同時に、唯は強烈な音のエネルギーで壁を張り、弾丸を遮った。銃弾や手榴弾の破片を止める程の音エネルギーを空中で固定するのは相当な力を要するが、青年の姿になった唯には可能だ。ケリーの放った弾は唯に届く前に全て弾かれる。

「勝負だっ!」

 ケリーが弾丸を全て使い果たすと同時に、唯は彼に向かって直線的に駆け出す。轟音を受け続ける苦痛によって反応が鈍ってはいたが、間合いが詰まると同時にケリーがナイフを突いて、唯の動きを牽制をしようとする。だがその刃を唯は驚くべきことに手刀で弾いて、そのまま肩でケリーに向けてタックルした。ナイフを弾かれた時点で、てっきり手足による攻撃が来ると思っていたケリーは、体当たりを食らってしまう。タックルによる肉弾攻撃自体は唯が成長した姿になっても、さして威力は無かった。だが身体を接触させる機会を得た唯は、直後に直接強力な音エネルギーをケリーの身体へと叩き込んだ。

「うぐわぁ!」

 思わぬ衝撃を受けて、ケリーの身体が吹き飛ぶ。空中を水平に飛んで、ケリーは既に手榴弾の余波で割れたガラスドアを抜けて、ベランダへと投げ出された。強烈な音を食らい続けた影響で思考が鈍り、読みを誤ったとは言え、ケリーは無様にも攻撃を食らってしまった。
 よろめきながらも起き上がろうとしたケリーは計画が敗れたのを悟った。奇襲に成功したのに、未だガーディアンを一人も倒したという報告が無い。おまけにガーディアンと同等の能力を持ちながらも、最弱であるはずの麻生唯がまさか成長して現れるとは思っていなかった。ウェイドが現場を離脱して戻って来ず、自分自身もダメージを食らったことなどを含め、ケリーの頭が素早く今後の行動を試算する。
 ケリーの手がベランダの手すりに掴まり、そのまま腕に力を入れて自分自身を持ち上げた。彼は手すりの上へと浮き上がり、そのままその上へと乗っかる。その直後に唯が放った収束した音の一撃が、間一髪でケリーが今まで倒れていた場所に穴を穿った。

「麻生唯、次回はこうは行かない」

 ケリーは腰のバックルから金具を手すりに引っ掛けると、ベランダから飛び降りた。唯が慌ててベランダに出て下を見ると、金具から伸びたロープを使ってケリーが降りていく姿が見えた。

「唯、そこをどけ!」

 ザウラスの言葉に唯が半身を捻ると、悪魔は傷ついた体から触手を伸ばした。触手の先についた刃が、ロープを断ち切る。唯が再び下を見ると、支えを失ったケリーは五階程度の高さから落ちたのが見えた。しかし難なく体勢を整えると、ケリーは両足で着地してみせた。

「……仕留め損ねたか?」
「それどころじゃない。何か飛んで来てる」

 唯の高感度の聴力に、何か発射されたものが夜空を飛来してくるのが感じられた。慌てて唯は音エネルギーを両手の中で溜めると、向かってくる射撃物に向かって渾身の力で放って迎撃する。

「うわっ!」
「ぬっ!」

 夜空に巨大な衝撃と爆音が響き渡る。咄嗟に唯が音を吸収したために、爆音はあまり広がらなかったが、あのまま音が轟いていたら周囲の住人は何事かと家から飛び出していただろう。細かい金属の破片が周囲に大きく散らばる。

「今のは何だった?」
「わからない……バズーカ砲?」

 ザウラスの問いにも、唯は困惑するしかない。

「隊長、どうやら撃ち落されたようです」
「構わん。追っ手が来る様子は無い」

 ケリーが装備しているインカムから、シェリの言葉が聞こえて来る。唯の操る轟音にやられて、ケリーの耳は非常に聞き辛くなっているが何とかインカムの声ぐらいは拾えた。
 唯達が住むマンション近くのアルミフェンスに囲まれた空き地で、万が一のためにシェリは戦車で待機していた。街中で砲撃するにはリスクが大き過ぎるので、シェリの出番は無いかと思われたが、ケリーは躊躇無くシェリに砲撃を要請した。試射もしていないのに、シェリは一撃目で正確にマンションを射撃してみせたが、結局は着弾まではしなかった。

「それより、見られると面倒だ。撤退しろ」
「了解」

 ケリーの指示に従い、戦車を積んだトレーラーの運転手にシェリは素早く移動の指示を出した。
 ケリー自身も素早くマンションの敷地から立ち去り、撤収ポイントへと向かおうとする。だがそうもいかない場面に出くわした。

「おっ、ケリーじゃん。チャンネルを変えたら丁度番組が始まるくらい、ピッタリのタイミングだな」

 路上に倒れたウェイドがケリーに声をかけた。見れば身体がズタズタに引き裂かれているが、巻き戻し再生を見ているかのように、みるみる傷が癒えていく。だが着ているボディスーツは直るわけもなく、ほとんどぼろ布のようになって、身体に纏わりついているだけだ。普段は隠してあるウェイドの正体は、ほぼ見えたも同然の様相だった。

「切っても切っても死なない御仁とは、厄介なものです」

 ウェイドと対峙していたヴェルイーダが声をかける。自らは傷一つ負っていないとは言え、ウェイドの再生能力に辟易した響きがその言葉にはあった。ウェイドも決して弱いわけではないので、何処まで無傷で斬りあえるか、ヴェルイーダも自信が無かった。

「ウェイド、引くぞ。作戦は失敗だ」
「了解、三田所長にまたどやされるな」

 ケリーの一言に、ウェイドもあっさりと戦意を収める。二人はヴェルイーダに背を向けると、闇に包まれた住宅街を走って、すぐさま消えた。














   































画像掲示板レンタルアダルト無料ホームページ