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 ガーディアン達が住むマンションは暗い雰囲気に包まれていた。数時間前まではガーディアン達全員がお絵かきやら、おままごとをしたりとそれなりに楽しんでいた。だが唯が魔力を帯びた砂時計を破壊することに成功したため、彼女達に若干の肉体年齢と精神年齢が戻ってきたのだ。我に返って自分の醜態を思い出したため、、一部の人物の表情が暗く、リビングには沈んだムードが漂っている。精神年齢が元に戻っても、別に記憶を無くすことは無い。幼かった時間に犯した数々の失態をガーディアン達はしっかり覚えていた。

「いっそのこと、記憶を無くしてくれ」

 リビングの片隅にいる雛菊が呟く。夜中にトイレに行けないと言って、唯についてきて貰ったことに彼女は激しく後悔していた。普段のストイックな彼女にあるまじき失態だ。唯を守る剣たる自分が、トイレに行くのが怖いなどというのは、笑い事にもならない。
 
「あんたはいいわよ。わ、私なんて……」

 雛菊に食ってかかった京は、途中で絶句する。唯に将来はお嫁さんにして欲しいと言って、新婚さんごっこをやったのだ。自分の秘めていた願望を想い人に赤裸々に語ってしまった京は、今後どうやって唯の顔を見ればいいのかわからなかった。将来は野球がやれるくらい赤ちゃんが欲しいなんて、面と向かって言った自分が信じられない。

「あのね、あんた達に比べれば私なんか……」

 ほぼ元の年齢まで戻っている麗が、震える声で京に抗議する。肉体年齢が下とは言え、精神年齢で言えば麗は唯よりずっと上なのだ。それが抱っこして貰って哺乳瓶でミルクを飲ませて貰い、あまつさえオムツの交換までして貰った。唯に申し訳ないやら、情けないやらで麗の苦悩は海よりも深い。
 全員が多かれ少なかれ、唯には年上に対する余裕のようなものがあったのだ。それが幼くなって唯の世話になったことで、今まで積み重ねてきた年上の余裕という貯金が全部吹き飛んだ。ショックを受ける者がいるのも無理は無い。

「まあ、仕方ないじゃない。精神が退行してたんだからさ」
「そうそう不可抗力というやつよ」
「いいわね、あなた達は気楽で……」

 さほど気にしていないような早苗やミシェルの様子に、芽衣は深い溜息をつく。唯の一番頼れる従者を自負している芽衣だが、それが抱っこして欲しいなどと頻繁にねだって彼を困らせたのだ。従者の株も大暴落に違いない。

「私は……楽しかった」
「私もだな」
「まあ、変わった経験ではあったわね」

 楓とエリザヴェータに、円も渋々同意する。好きな相手に全幅の信頼を置いて、子供扱いではあるが存分に甘やかして貰ったのだ。自分の幼い振る舞いに大して羞恥心が薄ければ、普段は守るべき恋人に庇護されるというのも、あながち悪いものでは無かった。鉄面皮ながらも楓は唯に甘えるのが大好きなので、存分に抱っこや頭を撫でて貰い、得がたい経験だったと思っている。エリザヴェータも、好きな特撮でごっこ遊びをしてもらい、存分に我を忘れて楽しんだ。

「いや、確かに笑えたわね。普段は偉そうなガーディアンが、麻生唯にお守りして貰っているという図は」
「こ、こいつ……」
「殺す……」

 端麗な少女の姿でいやらしく笑うザウラスの姿に、由佳と京がいきり立つ。
 唯に世話を焼いて貰って迷惑をかけたのはともかく、ガーディアン達を更に悩ませたのは悪魔達の存在だ。非常時とはいえ、ザウラスや飯田など奈落の悪魔にボディガードして貰ったなど、屈辱以外の何物でもない。普段の傲岸不遜な白い悪魔も嫌だが、女装少年を装っているザウラスは尚心を苛立たせる。

「こら、散々飲み食いしておいて、喧嘩を売るんじゃない」
「ぐえ……あいたたたたた!」

 有紀がザウラスの頭を後ろに傾けると、背後からリバース式のフェイスロックをかける。ガーディアンの知り合いというわけではなく、単にザウラスの友達としてお供で来たのに、メイドさんに美味い料理で歓待して貰ったのだ。自宅アパートに居候している穀潰しの悪魔が相手に失礼な態度を取るのは、我慢ならなかった。

「おお、上級悪魔様がいいざまだこと」
「これが私たちを何度か殺したこともある悪魔なのかしら?」
「あ、あんた達、私が一般人に手を出せないのをわかってて言って……痛い痛い!」

 苦痛に喘ぐザウラスの姿に、京と芽衣がにやつきながら逆襲に転じる。千年以上手酷い目に合わされているザウラスが、一介の人間にやり込められている姿は、ガーディアン達にとっては見ていて爽快だ。有紀は相手が強力な悪魔だろうと、おかまいなしだ。

「ところで、まだ帰らなくていいんですか?」
「ああ、ボウズが帰って来るまでは居てやるよ」

 リビングのソファに座って上機嫌に缶ビールを飲んでいる上島に、静香がそっと尋ねる。上島はひっきりなしにビールとつまみを消費しており、時たまメイドの飯田が新しい酒と引き換えに空き缶を片付けていく。相当飲んでいるというのに、上島は酒に強いらしく、まだまだ飲む気のようだ。

「悪いな。ただ酒ってなもんで、こいつ調子に乗ってるんだ」
「発泡酒じゃない本物のビールは久しぶりだからな」
「まあ、好きなだけ飲んでいって下さい」

 堺は上島のことを擁護するが、当の本人は悪びれた様子も無い。これには芽衣も苦笑するしかなかった。
 未だ年齢が完全に戻らないガーディアン達が他の者達と騒いでいるところ、玄関のチャイムが鳴った。唯と百合が帰ってきたのかもしれないが、二人はマンションのカードキーを持っているはずだった。

「私が見てきます」

 玄関に行こうとする飯田を制し、静香が立ち上がった。わいわいと騒がしいリビングを出ると、静香は直接玄関へと向かう。

「どなたですか?」

 玄関のドアを開けると、そこには全国的に有名な宅配便の制服を着た背の低い人物が居た。小脇に荷物を抱えているのを見ると、わざわざエレベーターで上がって届けに来てくれたのだろう。
 だが夏だというのにパーカーを着ている姿に、静香は強い違和感があった。おまけに帽子で顔が隠れていて、その表情を窺うことができない。何かがおかしいと察した静香は、咄嗟に背後へと跳ぶ。一呼吸置いて鍵の開いたドアを業者が蹴り開けたが、彼女はすんでのところで攻撃を避けることが出来た。

「ちわー、三河屋です。ハンコ頂けますか?」

 ドアを蹴り開けた業者は、廊下に上がって身構えた静香に向けて顔をあげる。深くかぶった帽子の下には顔全体を覆う青いマスクが覗いて居た。マスクの怪人、エージェント・ウェイドはパーカーからサブマシンガンを取り出すと、銃口を目の前に居る静香へと向ける。

「て、敵襲!」

 名前通り普段は物静かな静香が、大声をあげてリビングへと警告する。エージェント・ウェイドが持つ銃口から弾丸が吐き出され、静香は咄嗟に重力を操って自分から弾道を逸らそうとした。軌道を変えた銃弾が廊下の床や壁に次々と穴を穿っていく。

「くっ!」

 年齢が戻ってきているとはいえ、能力が完全に回復しているとは言えない静香は、向かってくる弾を思うように制御出来なかった。いつもならば難なく銃弾を外すことが出来るはずなのに、彼女はエネルギーを大量に消耗しているような感覚に囚われる。おまけにウェイドの背後にあるエレベーターが開き、内閣特殊事案対策室の援軍が現れたのが見えた。静香は重力で背後に飛行すると、リビングへと素早く後退する。
 リビングに居た者達は、異変に気付いており、緊急事態に立ち上がっていた。

「一体、何事!?」
「対策室よ!」

 由佳の質問に答えた静香に、全員が戦慄した。まさか自分達に悪魔退治を依頼した対策室から、いきなり刺客を送り込まれるとは、想像だにしていなかったからだ。

「ガーディアン共、有紀達を連れて後退しろ。なるべく敵を引き受ける」

 ゴシックロリータの姿から体を膨らませて白亜の悪魔という本性を現すと、ザウラスが臨戦態勢へと移行する。驚く周囲を尻目に、他の者達を逃がそうとするためか、ザウラスは何本もの触手と刃を体から作り出して武装した。

「ざ、ザウラス!?」
「ガーディアン共、早く行け!」
「わ、わかったわ」

 ザウラスの気迫に押され、驚いている有紀の手を円が引っ張っていく。悪と混沌の権化である奈落の悪魔が何故かは知らないが、しんがりを引き受けようとしている。その信じがたい現実に驚愕しつつも、ガーディアン達は人間三人と共にリビングの奥へと後退した。

「ちわー! 奥さん米屋です」
「舐めているのか、貴様は!?」

 静香の後を追ってリビングに飛び込んできたウェイドに、ザウラスが間髪入れずに巨大な剣へと変化させた右手を振り下ろす。重厚な刃が頭蓋を叩き割り、鮮血がリビングに撒き散らされる。

「ウェイド!?」

 続けてやって来たエージェント・ガイがリビングの惨状に、驚きの声をあげる。先に飛び込んだウェイドは脳天を割られて、無残な姿を床上で晒していた。
 ザウラスは二番目の侵入者にも、空いている左手の爪を伸ばして刃へと変え、容赦無く横に薙いで切りつけた。ガイは冷静な動きで背負った刀を抜き打つと、向かってくる五本の爪へと叩きつける。

「何だと?」

 ザウラスの爪がガイの刀によってバターのようにすっぱりと切り折られた。鋼鉄にも食い込むザウラスの爪がいともあっさり切られたのだ。ザウラスは右手を切り返して、逆袈裟にガイを切り付けるが、肉厚の剣をガイの刀は再びあっさりと真っ二つに叩き斬った。

「何で悪魔がここに居るんだよ。ガーディアンだけじゃなかったのかよ」

 ガイの後にエージェント・ロウがリビングへとすかさず飛び込んで来る。仁王立ちしているザウラスに、彼は装備している強化服ADA-X-1の腕部に仕込んだガトリング銃を向けた。すぐさま両腕からマズル・フラッシュが瞬き、ザウラスを蜂の巣にしようとする。
 放たれた無数の弾丸は立ちはだかるザウラスの体に吸い込まれ、幾多の穴を穿つ。だが、ガトリングによって開いた傷は二人が見る間に次々と塞がっていく。銃撃に動じることなく、ザウラスは体から十本近くの触手を左右に伸ばすと、正面のエージェント達に向けて鞭のように振るう。

「こいつ、銃が効かないのかよ!」
「そのようだな」

 ロウは肩にある鞘からナイフを抜くと、触手の先についた刃を弾く。ガイも強化した刀を振り回して、襲い掛かる刃を切り捨てていく。二人の動きは流れるようで、全く隙が無い。だがザウラスは相手の防御に構うことなく、触手を再生して刃を生み出し、ひっきりなしに攻撃を繰り返す。あまつさえ切り捨てられた刃は白い肉に戻ると、本体へと戻っていった。その再生力にエージェント達は思わず動揺しそうになる。
 嵐のような連続攻撃を受ける二人の間を縫って、更にもう一人の人物が廊下からリビングへと飛び込んできた。ザウラスは即座に反応して腹部から肉体を槍状に変化させたものを数本突き出すが、その男はギリギリで身を屈めて避わしてみせる。手に持ったナイフですれ違いざまに槍を切り落とすと、男はそのままザウラスの体を切り上げた。

「ぐおっ!」

 肉体を切り割られて、ザウラスはその衝撃で後退る。新たに現れたのはエージェント・ケリーであった。彼は片手に軍用ナイフを持ちつつ、油断なくザウラスのことを観察する。一見すると普通の人間と何ら変わりが無いように見えるが、ケリーは恐ろしい反射速度でザウラスの攻撃を受けていた。ガーディアンと同等以上の相手を前に、ザウラスは慎重にならざるを得なかった。

「二人とも、目標を確保せよ。ここは私が制圧する」
「了解!」

 ケリーの命令に従い、広いリビングを遠回りして、ガイとロウがガーディアン達を追おうとする。

「させるか」

 ザウラスは伸縮自在の腕を伸ばして、二人の進路を妨害しようとする。だがその瞬間、腕の根元を断ち切られた。

「なっ、馬鹿な」

 頭を割られたはずのウェイドが、ザウラスの背後から日本刀で腕を切断したのだ。ザウラスは腕を切られた衝撃に驚きつつも、床を蹴ってケリーとウェイドの二人に挟まれないように素早く壁際へと移動する。ウェイドのマスクが血塗れなのを見ると、頭を割ったのは確かなようだ。だが立ち上がったウェイドは、今は致命傷など無かったかのように、隙の無い動きで近寄ってくる。予想外の戦闘力を持つ対策室のエージェント達に対峙しつつ、ザウラスは有紀やガーディアン達が無事逃げ延びてくれるのを密かに願った。




「待ちやがれ!」
「ええっ!?」

 思ったよりも早く追ってきたガイとロウの姿に、集団の末尾に居た早苗が悲鳴をあげる。リビングから激しい物音がするのを察するに、ザウラスは引き続き戦闘しているようだ。だが奈落でも屈指の戦闘力を誇る悪魔にも、今度の追っ手を抑え切れなかったようだ。 先行集団を逃がすため立ち止まった早苗は、咄嗟に体をダイヤモンドへと硬化させる。

「悪いが排除させて貰う」

 廊下の床を蹴ったガイが信じられない速度で、一気に早苗へと肉薄しようとする。物体の強化能力を持つガイは、足を強化することによって驚異的な踏み込みを生み出すことが出来た。即座に間合いが詰まり、間近からガイが鋭い突きを放ち、早苗は左腕でその突きを受けようとする。しかし、最も強固と言われるダイヤモンドの強度を無視したかのように、ガイの刀はあっさりと早苗の腕を刺し貫いた。

「うわぁ!」

 突先に剣先を逸らして胴体への損傷は避けるが、身体の鉱物化による防御が破られたことに早苗は脅威を覚えた。ダイヤモンドを何の抵抗も無いように貫くなど、滅多に有り得ることではない。それでなくとも早苗は、まだ完全にパワーが戻っておらず、勝ち目があるかのかわからないのだ。そんな早苗の懸念を察したかのように、彼女の脇から飛び出した影がガイへと向かっていく。

「鋭っ!」
「むっ?」

 早苗を助けるため雛菊が刀を抜き打って、居合いをガイへと仕掛けた。ガイは後ろへと跳び下がって一撃をかわすが、それによって早苗の腕から刀身が引き抜かれる。ガーディアン達とガイの間に一定の間合いが開いた。

「驚いたな」

 未だ魔法具の影響で中学生のような姿の雛菊の一撃は、避け切れなかったガイの強化装甲の表面に大きな切れ目を入れていた。一見普通の刀を雛菊は持っているが、装甲服を切り裂く何らかの力を付与されているとガイは察する。

「この程度で驚かれては、困るのよ」
「ぬおっ!」

 今度はガイの頭上へと真っ赤な鉄球とも見える塊が落ちて来る。即座に反応して廊下の床板を蹴って瞬時に大きくガイは下がるが、丸い血の球体は彼が今まで居た場所に大穴を開けた。

「ここは通さないわよ」

 巨大な紅い球体を、驚くべき速さで自らに引き戻した京が警告する。狭い廊下での戦闘は接近戦向きの自分達が有利と考え、雛菊と京は引き返してきたのだ。早苗が負傷した今となっては、絶妙な判断だったと言えるだろう。

「ガイ、この場は任せた」
「わかった、行け」

 三人の少女の姿を見て、ロウは突破に時間がかかると考え、別のルートを探して廊下を走り出す。残った雛菊と京は早苗を庇うように、前へと出る。

「早苗、この場は任せてくれ。他の者達を頼む」
「ごめんね」

 雛菊の言葉に、早苗も腕以外の硬質化を解いて廊下奥へと走り出す。マンションの上階ということで、地を操る早苗の戦闘力はかなり低減されていた。ましてや、まだ全力が出せず、手傷まで負っているので、この場は二人に任せるのが得策だと早苗は判断する。
 雛菊は日本刀を両手で正眼に構える。刀身を自分の前へと置く、オーソドックスな構え方だ。相対するガイは脇を締めて、八双に構えた。日本刀を顔の近くまで持ち上げ、切り込もうとする攻撃の型だ。ガイはジリジリとすり足で間合いを詰めてくるが、雛菊は違和感を覚える。八双は渾身の気合で一太刀に相手を切り伏せる型だが、ガイからそこまでのプレッシャーを感じないのだ。だが違和感の正体を探る前に、間合いが十分に詰まった。

「せいやっ」

 ガイの切り下ろしが雛菊の小さな体へと襲いかかる。存分に予測をしていた雛菊は、刀身でその一刀を弾き返そうとした。

「なにっ!?」

 ガイの一撃は雛菊の日本刀を易々とへし折った。いや、切り裂いたというべきか。雛菊はかろうじて相手の斬撃を脇に逸らしたが、短くなった刀身では相手の更なる一撃を受ける自信は無い。ガイが即座に放つ切り返しを避けるべく、雛菊は必死に身を逸らそうとする。

「雛菊っ!」

 京の右手から血で出来た腕が伸び、小柄になっている雛菊の背を掴んで自分の方に引き寄せた。ガイの二撃目は雛菊を掠め、かろうじて服一枚を切り裂いただけで空を切った。

「どういう作りになっているんだ、あの刀……ダイヤモンドや刀をあっさり切るとは」

 間合いが開いた雛菊は、若干緊張を緩めて大きく息を吐く。それほどまでにガイの剣は脅威であった。幾ら雛菊が類稀なる剣士とは言え、自分の武器をあっさり破壊されては、ハンデが大きすぎる。おまけに素人が刀を振り回しているわけではなく、相手は相当な使い手だ。ガイが八双の構えをしていたのに闘気をあまり感じなかったのは、己の剣が雛菊の剣を物ともしないのを知っていたから、気負う必要が無かったからのようだ。

「何だか厄介そうね」
「あれは唯様と技を合わせたときの剣と同じようなものか……」

雛菊は自らが土蜘蛛を破ったときを思い出す。唯が己の剣に高振動を付与してくれたので、一撃で相手を真っ二つに出来た。そこまで思い出したとき、雛菊の脳裏に式神達を破った戦いが思い浮かんだ。

「京、お願いがある」
「何よ?」
「サポートに回ってくれないかしら」
「はぁ?」

 雛菊の要請に、京が顔を顰める。唯と結ばれた後は落ち着いてきたとは言え、根っからの闘争好きな性格である彼女が補助に回って欲しいなどと言われても、あっさり承諾するはずがない。

「剣士として奴を倒したい。だがこの容姿では本気が出せない……いつも通りの力まで私を引き上げられるか?」
「仕方ないわね」

 京は雛菊から下がると、目を瞑って集中する。強敵と戦うのが好きな京は、雛菊の気持ちがわからないでもない。二人がかりではなく、自分の実力で雛菊は相手をねじ伏せたいのだろう。京は未だ全力が戻っていない雛菊を助けるべく、彼女の肉体や血流などを強化するべく力を使い始めた。
 雛菊は折れた刀を捨てると、手の平から刀を新たに引き出し、再度正眼に構えた。

「相談は終わりましたか?」
「追い討ちしないとは、悠長なことだ」

 不敵に笑うガイに対し、雛菊は軽く眉をしかめた。爽やかそうな青年だが、その容姿が雛菊には鼻についた。
 ガイは刀を再び八双に構えて、雛菊を睨みつける。すると雛菊は正眼から右脇構えへと構えを変えた。相手に柄を向けるような構えで、 刀身がその影へと隠れる。

「行きます……」

 ガイが廊下の床を蹴ると、一足飛びに雛菊へと肉薄しようとする。だがその動きに即座に反応し、雛菊が刀を逆袈裟に切り上げた。

「鋭!」

 だが間合いを詰める遥か前に刀を振り上げたため、その一刀はガイには届かないはずだった。届かないとわかっている攻撃を不可解に思いつつも、雛菊が切り返しを放つ前に倒そうと一気に間合いを詰めようとする。その目の前で、信じられないことに雛菊の刀身が一気に伸びた。

「なっ!?」

 なりふり構わず体を捻ったガイの肩を、雛菊の一撃が薙ぐ。最先端科学で作られた鎧がかろうじて身体を傷つけるのを防ぐが、その一刀は再び強化装甲のアーマーをすっぱりと切り裂いた。

「くそっ!」

 バランスを崩して倒れたガイだが、続けて振り下ろされた一撃はかろうじて自分の刀で弾いてみせた。雛菊が持つ刀身が再び斬り飛ばされ、廊下の壁へと突き刺さる。

「まさか刀が伸びるとは……」
「我々の研究が足りんな」

 雛菊の胸から幾多の剣が生えてTシャツを突き破り、ガイに向けて一斉に発射された。

「うわっ!」

 ガイは必死に刀で払おうとするが、いかんせん数が多すぎて防ぎきれない。数本の剣が体へと当たる。だが幸運なことに強化服が飛んできた剣を弾いてくれた。

「直接切らねば、鎧は切れないか」

 素早く立ち上がりバックステップで距離を取ったガイに対し、雛菊は折れた刀を構え直した。刀身が折れて短くなった日本刀は、たちまち元の姿へと伸びて戻る。
 雛菊は自分の中から、力が湧き上がってくるのを感じていた。あまり使わない肉体を操る能力で、京が力を分け与えてサポートをしてくれている。おかげで、雛菊はいつもと遜色ないほどの能力を取り戻していた。強化服と何でも断ち切る刀は厄介だが、今の自分なら幾分の勝機が見える。強敵を前にして、剣士として、そしてガーディアンの能力者として雛菊は身体が疼いた。

「さあ、決着をつけるぞ」

 刀を正眼に構えた雛菊の両肩から腰にかけて、小さな刃がずらりとバツの字に並ぶ。細かい刃は並びに沿って動き出し、チェーンソーのように胴体を回転し始める。その姿は最早単に剣の達人とは言えず、剣を自在に召喚する異能者と言えた。データとは違う雛菊の姿を目の当たりにして、ガイは戦慄を覚えて刀を下段に構え直した。
 戦いは膠着戦へともつれ込んだ。





 雛菊、京をしんがりに残したガーディアン達一行だったが、階段近くの廊下で足止めを食らっていた。

「どうなってるのよ!」

 由佳が廊下の床に転がるのと同時に、先程まで彼女が居た場所で爆発が発生した。爆炎が廊下を明るく照らし、床に蹲る由佳にも衝撃が伝わる。周囲に敵の気配は無いというのに、その攻撃は正確そのものだ。

「わからないわよ」

 由佳に対して、円が叫び返す。円も影から影へ必死に移動するが、転移を追うように爆発が襲う。派手に動いて注意を惹くという囮役を円は申し出たのだが、ちょっとでも気を緩めれば、すぐにでも爆破の餌食になりそうだった。まともに食らえば、手足が千切れるかもしれない。
 ガーディアン達は見えない敵から爆破の波状攻撃を受けていた。偶然立ち止まった由佳が幸運にも第一撃を避けることが出来たものの、それ以降は一定の範囲に踏み込むと容赦無く爆発が彼女達を襲った。先行した由佳、円、ミシェルが揃って囮になっているが、それも何時までもつかわからない。だが攻撃を三人が引き付けなければ、距離を置いている有紀や上島などにも狙いをつけるかもしれないので、彼女達は進んでその役目を買っている。

「ここは私達に任せて、先に行ってくれ」
「お願いね。……ここは突破できそうに無いので、迂回しますわ」

 廊下を観察していたエリザヴェータの言葉に、芽衣が頷いてみせてから背後に声をかける。エリザヴェータには何か打開策があるのかもしれない。四人を残したまま、有紀、上島、堺を連れて、芽衣達は別の通路へと引き返した。

「すまねえな。何だか足手まといで」
「いえ、気にしないで下さい」

 上島の言葉に、静香は首を横に振る。実際のところ、つい先ほど一部の力が戻ってくるまでは、ガーディアン達は上島や堺などの人間より無力だったのだ。その間守っていてくれたことに感謝すれども、相手を迷惑に思う謂れは無かった。

「伏せて!」

 後方から追いついてきた早苗が、何かに気付いたように叫びをあげる。警告を聞くと同時に、走っていたほぼ全員が廊下に伏せた。その頭上を巨大なブーメランが唸る音をあげて、通り過ぎる。

「くっ!」

 目標を外すと、ブーメランは反転して戻ってくる。それも高度を下げて、倒れ込んでいる人間達を薙ぎ払うかのような軌道を描いてだ。
 巧妙な動きをするブーメランに対して、静香は慌てて重力を操作して、飛び道具の軌道を逸らそうとする。かかっている重力が反転すると、巨大なブーメランは軌道を大きく変えて、天井に勢い良く突き刺さった。

「芽衣、ここは任せて早く行って」
「頼むわよ」

 静香に従い、身を屈めたまま、芽衣や上島達は廊下を再び歩き始める。幸いなことに廊下の曲がり角がすぐ近くにあった。
 一行が姿を消すと、後に残ったのは、静香と早苗だった。

「早苗も行きなさい。ここは私が残るわ」
「お姉さまを残しては行けないですよ」

 静香の言葉に、早苗は笑顔で首を横に振る。幾らガーディアンの中でも最強と言われる静香でも、年齢が戻っておらず、万全ではないのだ。自分でなくても良かったのだが、他に誰か一人でも残るべきだと早苗は考えていた。

「わかったわ。無茶はしないでね」

 静香は早苗を無理に送り出そうとせず、あっさりと容認する。力が戻っていない今、自分一人では対抗しきれないと感じているからかもしれない。

「泣ける話だね。だが手加減は出来ないな」

 盗み聞きしていたらしく、廊下の曲がり角から黒髪の白人、エージェント・ラディーが姿を現す。二人の注意がラディーへと逸れたと同時に、天井に突き刺さっていたブーメランが振動し始めた。

「危ない!」

 静香の肩を突き飛ばして転がすと同時に、早苗も床に向かって身を投げた。巨大ブーメランが独りでに動き、縦に回転しながら二人の体を掠め、そのままラディーの手元へと飛んで行く。重さ何十キロにも見える飛び道具を、彼は難なくキャッチする。

「何時まで避けられるかな?」

 すかさずラディーがブーメランを投げ返すと、廊下の壁にぶつかることなく、素晴らしいコントロールで早苗の方へと飛ぶ。だがブーメランは早苗にぶつかる直前で、ピタリと動きを止めた。

「何だ!?」

 物理法則に反して、何も無いところで急に止まった飛び道具に、ラディーは目を見開く。見れば廊下の床に膝をついた静香が、片手をブーメランに向けて掲げている。勢いのついた巨大なブーメランを、静香は重力を操作して勢いを完全に殺し、空中で静止させたのだった。更に早苗がブーメランを掴むと、鉄で出来た飛び道具はぐにゃぐにゃと変形して、最後にはペラペラの巨大な鉄板へと変わってしまった。

「馬鹿な、どうやって!?」
「鉄で出来てるなら、これくらいは朝飯前かな」

 敵が驚愕する様を見て、早苗がほくそ笑む。彼女の言った通り、土を操る早苗にとっては、鉱物を自在に変形させるのはしごく簡単なことだった。思わず身動きするのを忘れている敵の前で、相手に見せつけるように早苗の体が銀色の金属へと変わっていく。

「今度はこっちから行くよ」

 全身が鉄へと変わった早苗を、近づいた静香が屈んでその足元から持ち上げる。それはまるで軽い小石を持ち上げるかのような気軽さだ。更に信じられないことに静香は軽く振りかぶると、ラディーへと早苗を投げつけた。

「てやああああっ!」

 空中で一回転すると、早苗はそのまま両足を揃えて伸ばし、ドロップキックの体勢で宙を飛ぶ。静香の重力操作によって加速した鉄の少女は、まるでロケットのように相手へと向かった。

「えっ? うわっ!」

 相手へと直撃するかと思った刹那、今度は早苗の体が空中で動きを止めた。何が起こったかわからず、唖然とした早苗の体が垂直になり、両腕と両足がピンと伸ばされる。それはまるで見えない鎖で少女が引っ張られているかのように見えた。

「い、一体何が……」
「こちらも言わせて貰おうか、鉄で出来ているなら、これくらいは朝飯前だ」

 磁力を操作し、鉄と化した早苗の体を止めたラディーが挑発する。ラディーの能力は磁力を操ることだ。日ごろから巨大なブーメランをも操る彼にとって、磁力の影響を受けやすい鉄の塊となった早苗を空中に留めるのは、難しいことではなかった。ラディーは更に磁力を強める。

「あああっ!」
「早苗!」

 四肢を引き裂かれるような痛みに、早苗が呻き声をあげる。鉄の体が歪み、強固なはずの金属に変わった体が、見る間に歪んでいく。
 恋人の危機に、静香も黙って見ているわけではない。即座に拳を握ると、右腕を突き出して重力波を放つ。不可視の攻撃に反応が遅れたラディーは衝撃をまともに受けて、盛大に吹っ飛んだ。廊下の壁に突っ込んだ彼は壁面に大きな穴を空けて倒れ込む。

「早苗、大丈夫?」
「だ、大丈夫……」

 静香が駆け寄ると、金属化を解除した早苗が廊下に落下して座り込む。全身が生身に戻ったためにガイに刺された腕の傷口から、血が出てくる。早苗は出血を慌てて手で押さえて止めようとした。

「くそっ、今のは驚いた」

 瓦礫を押しのけて、早苗とほとんど同時にラディーも立ち上がった。対策室が誇る技術部が持つテクノロジーの粋を集めた強化服を着込んでいたこともあり、静香の一撃を食らっても、ほぼ無傷のようだ。静香の攻撃も本調子ではなく、いつもより数段威力が減退していたからだろう。だが相手に何のダメージも与えていないことにショックを受けた静香は、相当な危機感を抱いた。
 ラディーが左手を掲げると、ペラペラに薄くなった鉄が手元へと戻っていった。彼が薄い鉄を掴むと平たかったものが、見る見るうちに元のブーメランへと姿を変えていく。若干形状に変化はあるものの、ラディーの手に再び武器が戻った。

「こいつら、相当強い」

 身体全体にダメージを受けている早苗は痛みに顔を顰めながらも、全身を再び金属に変えて立ち上がった。






「おのれえええっ!」

 リビングで白い悪魔の咆哮があがり、凄まじい怒気が周囲に放たれる。エージェント二人の相手を引き受けたザウラスだったが、満身創痍だった。
 エージェント・ケリーだけでもほぼ互角と言っていいほどの力量なのだが、それ以上にザウラスにとってウェイドの相手が厄介だった。ケリーへ攻撃している最中に、ことごとく割り込んで刀で切りつけ、サブマシンガンを撃ち込んでくる。その度にザウラスもウェイドに反撃して、明らかな致命傷を与えるのだが、気がつけば無傷で立ち上がって攻撃してくるのだ。一度は上半身と下半身を二つに分けたというのに、ものの数分でウェイドは回復した。集中しなければケリーに敗れそうな戦いで、度々ウェイドの横槍が入るのはたまらなかった。

「おお、うるせーな。小さい頃に通信簿に落ち着きがありませんって書かれなかったか?」
「黙れ!」

 訳の分からないことを言いながら、再び切り込んできたウェイドの頭を掴むと、ザウラスは間近に引き寄せる。ウェイドは絶好の機会に刀を悪魔の腹に突き立て、その上至近距離でサブマシンガンを何度も乱射して応じた。銃撃を全身に浴びたザウラスはバランスを僅かに崩すが、それでもウェイドの頭を離さず、更に空いている手で肩を掴む。そして、そのまま覆面の頭を引っ張って引きちぎろうとする。

「うおおおおっ!」
「うえっ、これはやばい」

 緊張感の無い声を出すウェイドの頭を、ザウラスは力任せに覆面ごと胴体から引き抜いた。長い脊柱が首と共に、一緒に引き摺り出される。ウェイドの身体と首を別の方向へと投げ捨て、次はおまえだとばかりにザウラスはケリーへと振り向く。

「覚悟は出来たか……ぬっ!?」

 ザウラスの腕に、ケリーが投げつけたワイヤーのようなものが絡まる。ウェイドへと注意が逸れた時点で、ケリーが用意していたに違いない。ザウラスが腕に巻き付いたワイヤーの先に目を向けると、数個の手榴弾らしきものがついていた。

「なっ!? しまっ……」

 一瞬呆気に取られたザウラスは、即座に反応することが出来なかった。リビングに爆発音が響き、手榴弾が爆発を起こす。爆発の衝撃とそれによって飛んだ鉄片が右半身を吹き飛ばし、ザウラスは悶絶してフローリングの床に倒れる。

「お、おのれ……貴様……」

 ザウラスはよろめきながらも身体を起こして立ち上がる。先ほどの一撃は大きな不覚を取ったが、ザウラスの声に動揺の響きは見えなかった。多大なる犠牲を払ったが、ようやく邪魔者であるウェイドは排除出来たのだ。ケリーに対して、これで一対一で対処できるはずだった。

「脊髄ごと引き抜くって、テレビゲームじゃないんだから勘弁してくれ。次は骨を抜くなら、美女とかで骨抜きにしてくれ」
「なっ」

 首を引き抜いたはずのウェイドが漏らした声に、ザウラスは慌てて振り向く。見れば首から上が復元しつつあるウェイドが、再度覆面を被ろうとしているのが見えた。

「さて、どうやって反撃しようかな。目には目を、首には首っていうのがいいかな?」
「化け物が……」
「それは、おまえに言われたくないって返せばいいんだろか?」

 ウェイドが日本刀を構えなおすと、ザウラスは思わず後ずさりをする。再生能力のある魔物は奈落にも居たが、ウェイドほど強力な再生力がある魔物はザウラスも見たことが無い。ザウラスは思わず自分に勝ち目は無いかもしれないと、覚悟した。
 その頃、骨董屋の飯田もマンション近くまで戻ってきていた。何らかの能力で異変を察したらしく、部下の藤岡に強引な運転をさせて、ワンボックスカーに乗って猛スピードで引き返してきたのだ。

「ここで止めて下さい」

 マンション近くまで来ると飯田は藤岡に停車させ、慌てて助手席から降りた。

「飯田様、いかがなされるのですか?」
「ここは私が出ます」
「なっ!? 飯田様、自らがですか?」

 驚く藤岡に説明する暇も惜しいらしく、飯田はマンションへと走り出した。
 完全に再生を果たしたウェイドは、じりじりとザウラスの方へと近づき始める。ウェイドの小柄すぎる体の何処に、再生のために必要になる膨大なエネルギーが蓄えられているのか、全くの謎だった。この絶好の機会にケリーがあえてザウラスに仕掛けて来ないのが不気味ではあったが、傷を負った悪魔にはウェイド一人だけでさえも脅威に映った。

「させません」

 今まで台所の隅に隠れていたメイドの飯田が、突然物陰から走り出した。てっきり他の者と共に逃げたと見ていたザウラスも驚いたが、当初から居たのを知らなかったケリーとウェイドも突然メイド服の女が出てきたことには度肝を抜かれた。台所から拝借した包丁を持った飯田は、そのままウェイドへと突進する。

「うぐっ」

 メイドの飯田は腰だめに包丁をウェイドの腹へと突き刺すと、がむしゃらに覆面の怪人を押し込んでいく。

「おいっ、これだと番組のタイトルが『家政婦は刺した』になっちまうぞ。見るどころの騒ぎじゃねえ」

 メイドが見せる意外な膂力にウェイドは驚いたような声を出した。傷は明らかに内臓に達しているはずなのだが、ウェイドの声には危機感というものが無い。それでもベランダまで押し出されてまずいと思ったのか、日本刀の切っ先を飯田の胸に向け、密着している彼女の胸に突き刺す。

「飯田!」

 思いもかけない展開に、ザウラスは無意識にメイドを呼んでいた。胸を刺し貫いた日本刀が、そのまま飯田の背から切っ先が飛び出る。

「ザウラス、そちらの殿方は任せましたよ……」
「うおっ、は、離せ」

 血を吐きながらなので声は小さかったが、飯田の言葉はザウラスにはっきりと届いた。胸を刺されても尚、飯田はウェイドを刺したまま、ずりずりとベランダの塀まで押していった。飯田はウェイドに抱きつくと、そのまま身体を抱えてベランダから落ちた。

「お、おいっ」
「ウェイド!」

 ザウラスとケリーが止める間も無く、メイドと怪人の姿がまっ逆さまに落ちていく。それを見るや否や、マンションの真下辺りにやってきた中年の飯田の姿が光輝き、大きく変化した。全身が巨大化し、下半身が四足へと変化するのがシルエットでわかる。変化中にも関わらず、骨董屋の悪魔は四つ足でダッシュすると、垂直にマンションの外壁を駆け上がった。

「何だ、ありゃ?」

 物理法則に反して、壁を猛スピードで駆け上がってくる巨体を見て、ウェイドは驚く。だが相手が何者かを確かめる前に、マンションの壁を垂直に走った相手はウェイドと一瞬で通り過ぎる。すれ違った瞬間、巨体の悪魔は刹那の早業で手に持っていた武器でメイドの首を切り落とし、髪を掴んでその頭を持ち去っていった。何が起こったか考える間も無く、ウェイドは首の無いメイドと共に地面へと激突した。

「いてー、何が起こったんだ!?」

 落下の衝撃で全身が粉々に砕けたはずのウェイドが、すぐに身を起こす。アスファルトの道路に、逆さまに落ちたのでウェイドの頭もコンクリートにぶつかったスイカの如く砕けたのだが、頭部はすぐに元通りに回復していった。驚異的とも言える。そんなエージェントの目の前へと、先ほどすれ違った悪魔が落ちてくる。

「やれやれ、厄介な御仁だ」

 全身を金で装飾してある黒い甲冑で覆った悪魔が、ウェイドに語りかける。上半身は人型、下半身が馬という、半人半馬と言ういでたちだ。ギリシャ神話のケンタウロスとも言えるような容姿以上に目を引くのが、悪魔の首から上が無いということだった。その代わりに巨大な両刃の剣を持つ反対側の腕で、小脇に女の生首を抱えている。胴体と繋がってはいないのに、先ほどまでメイドをしていた頭は何の苦も無く声を出していた。

「本来の姿を見せることなど、もっと先だと思っていたのですが」
「て、てめぇ……首無し騎士か何かか? それともハロウィンの広告キャンペーンか何かか?」
「前者には似てますが、後者には程遠いですな」

 派手に潰れているメイドの肉体を押しのけながら立ち上がるウェイドに対して、首を抱えた悪魔が人の身体ぐらいありそうな巨大な剣を突きつける。

「奈落の456階層支配者、このヴァルイーダがお相手しましょう」














   































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