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 コロンビア上空、深夜一時七分。

「常々思ってたんだけどさ、何でその戦車一人乗りなんだよ」

 輸送機後部の格納室で神崎シェリが戦車の最終チェックを行っていたところ、エージェント・ロウが絡むように声をかけてきた。シェリは一見すると学生とも思われる背の低い女で、黒と白というシンプルなメイド服という異様な衣装を身に纏っている。比較的可愛らしい顔立ちをしており、おっとりとした印象を与える子だ。対するロウは黒色の厚いラバースーツのような服に身を包んでいる。顔つきは平凡ながらも、彼は厚い装甲服の上からでもわかるような、筋肉質でがっちりとした体つきだ。

「これはうち専用の戦車やから、誰も乗らせたくないんや。ロウはんみたいながさつな人に弄られて、愛機を壊されたくない」
「あのな、戦車は歩兵の支援が目的だろ。それが輸送に使えないって、どんだけ欠陥兵器なんだよ」

 大阪弁を喋るシェリに対し、金髪隻眼の白人であるロウが流暢な日本語を返す。ロウの欠陥兵器という言葉に、温厚そうなシェリもあからさまにむっとする。

「違うねん。歩兵が戦車の支援をするんや。戦局を打開するのは戦車のほうや」
「何をー。おまえ、自分の立場がわかっていないようだな」
「まあまあ、二人とも喧嘩するなって」

 険悪なムードになろうとするシェリとロウに対して、エージェント・ラディーが割って入る。黒髪の白人であるラディーは、陽気そうな青年で好印象だった。ロウと同じように黒い装甲服に身を固めており、一目でチームメイトだとわかる。 ただ目につく大きな違いは、巨大な金属のブーメランのような物を背負っていることだ。

「俺達としては、シェリちゃんが頑張ってくれれば、戦車に乗れなくても十分だよ。なあ」
「そうだな。砲撃支援してくれるのなら、何ら問題ない」

 ラディーの言葉に、エージェント・ガイが物静かに頷く。日本人のガイは、穏やかそうな青年で、装甲服を着ていなければ戦闘要員とは思えないくらいだ。ラディーとは違い、背中には日本刀を背負っているのが印象的だ。

「私も別に問題ないわよ。こんな特殊部隊に戦車が支給されていることだけでも、有難いと思うわ」

 ガイの脇に座るエージェン ト・レイルも、彼の意見に同意する。れっきとした日本人ということだが、日本人離れした容貌のレイルは、一見しただけでは何処の国籍かわからない。レイルというコードネームの影響もあるだろう。他の人間と同じように装甲服を着た彼女は、先ほどから何か気になるのか、しきりに飛行機の壁を手で擦っている。

「何だよ、面白く無いな。じゃあ、ウェイドはどう思う?」
「ん? 何の話だ」

 青いボディスーツを着て、床に寝転がっているウェイドが、突然質問を振ってきたロウに問い返す。マスクを口元まで引き上げ、ウェイドはボリボリと何かを口にしている。

「歩兵の支援用だっていうのに、戦車が一人乗りなのをどう思うかって話だよ……って、おまえ何食ってるんだよ?」
「美味しい棒だよ。南米に行くっていうから、携帯用食料として持ってきた」

 怪訝そうなロウに対し、食べかすを散らかしながらウェイドは答える。美味しい棒というのはスーパーなどで売っている駄菓子で、十円という安さと様々な味があるのが特徴だ。安いスナック菓子なので、当然食べかすがよく飛ぶのだが、ウェイドは全くお構い無しだ。

「携帯用食料って……そんなんで腹が膨れるのかよ?」
「心配ない。軽いから、いっぱい持ってきてる」

 ウェイドが顎で貨物室内のビニールシートがかかった荷物が乗っているパレットの一つを示す。

「……もしかして、あれ全部美味しい棒?」

 恐る恐る確認するラディーの言葉に、ウェイドは頷く。

「あたり前だのクラッカーだ」
「今日び、関西人でもその言葉は使わへんで……」

 ウェイドの台詞に、温厚なシェリも思わず突っ込む。ウェイドは米国生まれの傭兵ということだが、言動を見る限り、とてもではないが信じられなかった。

「それで、一人用の戦車はどう思うよ」
「ん?」

 気を取り直して、ロウが再度ウェイドに尋ねる。

「カーオーディオはついてるのか?」
「いや、普通は戦車にそんなもんはついてないだろう……」
「じゃあ、欠陥兵器だな。自動CD切り替えのコンポつけてから出直せ」

 ウェイドはロウの話に興味を無くすと、ひたすら駄菓子を食い続ける。周囲の人間も支離滅裂なウェイドの言動についていけず、言葉もない。

「隊長はどう思います?」

 ラディーの質問に、壁際でじっと立っていたエージェント・ケリーがちらりと彼を見る。ウェイド同様、ケリーは他の隊員達が着ている装甲服ADA-X-1は着ておらず、身体にフィットしたボディスーツを着ている。

「シェリは砲撃支援担当だ。それが出来れば問題ない」
「隊長までそういう考えですか。じゃあ、彼女の格好はどうなんですか?」

 ロウは不満そうにケリーに、メイド服のシェリの姿を示唆する。

「戦車内でどんな格好をしても、俺は別に構わん。仕事さえしてくれればいい。正直に言えば、仕事さえ出来れば、歩兵であるお前達もどんな格好をしても構わん」
「……そうですか」

 隊長であるケリーにここまで言われてしまえば、ロウも引き下がるしかない。シェリは議論が終わったのを見届けると、再び戦車のチェックに戻る。

「俺もメイドの格好しようかな」
「シャレにならないから、やめろよ」

 ウェイドがポツリと漏らした意見に、ロウは悪寒を覚えて震え上がった。






 藤岡桜はちょっぴり驚いていた。まさか自分の誕生日に、船越麗が来てくれるとは思わなかったのだ。
 桜は麗のクラスメートで、 同じ学校に通っている。元来大人しい性格なので目立つことは無いが、人当たりが良いので友達もそこそこ多い。対する麗は成績優秀で運動神経も抜群だ。クラ スの人気者になるような条件は揃っているが、浮世離れしたところがあり、同級生とのおしゃべりにあまり関与したりしない。会話をしていても、適当に相槌を 打つ程度だ。一見異様とも言える巨大な胸について、麗はクラスの男子によくからかわれるが、その度に男子をコテンパンに打ちのめしている。その攻撃的な性格のため、友達らしい友達は居ない。
 だが桜は麗に少し憧れていた。物怖じせずに何でも言いたいことは言い、幼稚な男子の嫌がらせも倍にして返すという強気な性格。頭脳明晰で運動も出来るなど、自分に無い特徴を持っているので羨ましく思っている。そんな彼女が自分の招待に応えて、自宅マンションで行う誕生日パーティーにやって来てくれたのだ。

「船越さん、来てくれたんだ」
「ん? 招待があったから、暇だったし来るわよ」

 玄関口で驚く桜に、麗は事も無げに言うと家に上がりこんだ。特に親しいというわけではないが、駄目で元々と連絡を取ってみたところ、麗は家に来てくれた。桜は嬉しかった。他の友人達は麗が来たことに驚きを隠せなかったが、驚く彼女達を尻目に麗は顔色一つ変えずにパーティーへと参加する。
 バースデーソング、ケーキの蝋燭を吹き消す、プレゼントと桜の誕生日のイベントは恙無(つつがな)く進む。桜が驚いたのは、麗が持ってきたプレゼントだった。化粧品会社ミラージュが出している小学生向けの商品、ファースト・コスメの口紅のセットだったからだ。ファースト・コスメは小学生に人気の化粧品で、ミラージュの人気商品だ。小学生に化粧は早いと思っている親達の悩みの種として、度々マスコミなどでも論議になっている。桜も欲しいとは思っていたのだが、低価格とは言え、平均的な小学生のお小遣いでは手が出ずにいた。いつかは買おうと思っていた物を、全セット持ってきてくれたのだから、驚くしかない。

「ファースト・コスメのセットって……貰っていいの?」
「別に構わないわよ。知り合いがミラージュで働いてるから、ただで用意できたし」

 麗は芽衣と由佳のことを思い出しつつ、桜に事も無げに答える。麗としては最近の小学生がどのようなものを貰って喜ぶかわからなかったが、芽衣が薦めるので持って来ただけだ。周りの 同級生達が「いいなー」「藤岡さん、羨ましいなー」などと言っているのだから、一先ず受け入れられたようだ。麗自身がはまっているカードゲームは、もっぱら男子がやるものだから、持ってこなくて正解だったかもしれない。
 プレゼントのやり取りなど が終わり、自然と桜と友人達はお喋りに華が咲く。麗はぼんやりと会話を聞くが、話題はクラスで好きな男子という話題になっているようだ。唯や仲間達の前では傍若無人で、我侭を言ったり、幼く振舞う麗もこういうときは大人びた姿を見せる。実質二千歳の麗にして見れば、彼女達と同じように小学生の少女みたいに振舞うのはあまり好きではない。唯は例外で、彼に対してはいつも幼い恋人になってしまう自分も、不思議なものだと麗は苦笑する。気の置けないガーディアンの仲間達も同年代の二千歳なので、素の自分が出てしまうので、却って容姿通りの振る舞いをしているかもしれない。

「ねえねえ、船越さんは好きな男子とか居ないの?」
「私?」

 同級生の女子からいきなり話を振られた麗は、目を瞬かせる。会話に参加できていないことに、この子は気を利かせてくれたようだ。

「クラスの中とか、誰か居ない?」
「クラスの男子には居ないわよ」

 麗の苦笑いに、桜達も笑顔を見せる。事あるごとにちょっかいを出してくる男子に、麗が興味を持てないのは当たり前だろう。見たことが無いくらい大きな胸を持つ麗を、クラスの男子のほとんどが密かに好いているのを桜達は気づいているが、いかんせんアプローチが幼稚すぎる。好きな子だから苛めたいというのは幼い子に見られる傾向だが、それで返り討ちにあっているのならば世話は無い。

「それに私、恋人が居るし」
「本当!?」

 ぼんやりと麦茶を飲みながら受け答えをしていた麗の発言に、女子達が食いついた。麗はその過敏な反応に、自分の失態を悟って眉をしかめた。この年頃の女子が、恋愛の話に興味を持たないわけはないのだ。

「ねえねえ、それって同級生?」
「同じ小学校?」
「それとも前の学校に居た人?」

 マシンガンのように質問を浴びせられて、麗はたじろぐ。唯との関係は、極力ガーディアン以外には広めないとの不文律があるのに、思わず口が滑ってしまったのだ。だが興味津々というように自分を見つめる同級生達を、嘘で煙に巻く自信を麗は持たなかった。仕方なく、麗はポシェットから携帯電話を取り出すと、畳んであった機械を広げて待ち受け画面を見せる。

「こいつ。……一応、恋人」

 顔を赤くしながら、麗が説明する。改めて唯のことを恋人と言うなど、恥ずかしくて仕方が無い。

「どれどれ……うわー、格好いいじゃん」
「年上なんでしょ。幾つ?」
「中学生だけど……」
「中学生! キャーッ!」

 画面上に映る唯について麗が説明すると、少女達は黄色い歓声をあげる。彼女達にしてみれば、年上のお兄さんと付き合えるなんて、夢のまた夢なのだ。

「でも、本当なの? 本当に恋人?」
「そうそう。船越さん、嘘ついてないわよね」
「本当よ」

 にわかに信じられない様子を見せる同級生達に、麗は眉を寄せる。普通、中学生辺りの男子は年上の女性に目が行くのだから、付き合っていると言っても信じられないだろう。それに小学生は見栄っ張りで、嘘をつく子も居るので警戒するのも無理は無い。

「なら、良かったら電話で呼び出して」
「呼び出しか……別に、呼び出すのはいいけど、後々色々と言われるのが嫌だし。今の時間なら、自宅に居るし会いに行ってみる?」

 麗の言葉に、少女達は顔を見合わせる。見知らぬ家に遊びに行くのは、躊躇いがあるし、今日は何と言っても桜の誕生日パーティーなのだから、それを中断するのは憚(はばか)られた。また日を改めてと少女の一人が言おうとしたところ、

「行く! 行こう!」

 桜が突然強く主張したことに、 麗と少女達は驚いた。普段は大人しい彼女が、ここまで何かを強く主張したのは、クラスでも見たことが無い。だがパーティーの主席が行くというのなら、行かざるを得ないだろう。麗と少女達は慌てて残りのお菓子やケーキを頬張り、出かける準備をする。
 憧れている少女に素敵な恋人が居ると聞いて、桜は居ても立ってもいられない。桜にとって麗は目指す将来像なのだから、その彼女が恋人を持っているというのは、大いなる興奮だった。是非とも、麗の彼氏というのを桜は見たかった。






「雛菊さん、今日も盆栽の手入れ?」
「唯様!」

 唯の声に、雛菊は目を輝かせる。屋上の片隅で椅子に座って、植木鉢に植えられている植物に鋏を入れていた雛菊は、恋人が現れたことに心を弾ませた。ここはマンションの屋上で、雛菊は夏休み中の日課になりつつある、盆栽の手入れに来ていた。夏真っ盛りで、日焼け止めを塗っていても太陽の光線が痛いくらいだ。そんな中、唯が屋上にわざわざ上って来てくれたのだから、嬉しくないわけがない。だが振り向いた雛菊の表情が怪訝そうなものに変わる。

「それ、どうされたのですか?」
「あはは、オンブお化けかな」

 唯の背後から手を回して楓が抱きついている。唯が雛菊の近くにベランダにある丸椅子を持ってきて座り込むと、楓も同様に椅子を持ってきて膝立ちで乗っかる。オンブするような姿勢を崩さず、楓は唯に抱きついた状態を維持した。

「おまえは、何をしてるんだ?」
「………」

 雛菊の問いに、楓は無言で答えない。雛菊の苛立ったような口調に気を悪くして、無視しているのかとも思えたが、視線を外さないところを見ると単に答えに窮しているらしかった。

「ほら、ちっちゃい子とかがたまにお母さんに抱きつくでしょ。あれと一緒じゃないかな」
「甘えてるだけですか……」

 代わりに答えた唯に対し、 雛菊が呆れたような顔を見せる。楓が肯定するように軽く頷いたのを見ると、正解のようだ。甘えるにしても、恋人にピタリと引っ付いて回るというのは、幾らなんでも幼稚ではないのだろうか。だが唯がポンポンと首に回されている腕を優しく叩くと、楓の口元が緩むのを見る限り、満足しているらしい。雛菊も唯に抱きつけば同様に嬉しくなるかもしれないが、とてもではないがそんな失礼なことを恋人とはいえ、主には出来ない。

「ところで、屋上には何で来られたのですか?」
「雛菊さんが屋上に居るって聞いたから。少し様子を見にね。今日とか、特に暑いからさ」
「そ、そうでしたか」

 てっきり何か用事があって屋上に来たものだと思っていた雛菊は、自分を心配して来てくれたと聞いて、急に恥ずかしくなってしまった。嬉しすぎて胸がドキドキして、逆に羞恥心がもたげてくる。雛菊は視線を唯から外すと、意識を逸らすために盆栽に鋏を入れ始めるが、手つきがぎこちない。

「雛菊さんも盆栽を上手く育てているよね」
「い、いえ、下手の横好きですよ」

 唯の褒め言葉に、動揺している雛菊は危うく必要な枝を切り落とすところだった。適当に盆栽屋から安めの大きな盆栽を買ってきて、雛菊は手慰みに弄くっているに過ぎない。それなのに褒められたので、正直に言えば恥ずかしい。

「唯様、暑いですから、部屋に戻って下さい。熱中症になりますから」
「んー、雛菊さんが終わるまでは居るよ」

 雛菊は心配するが、唯は猛烈に暑い屋上でものんびりとした声を返す。先ほどから程よい風が吹き始めているので、多少は熱気が和らいではいる。多分、楓が風を唯のために起こしているのだろう。それでも、心配な雛菊は盆栽の手入れを適当なところで切り上げて立ち上がった。

「唯様、戻りましょう」
「うん」

 雛菊の気遣いを知ってか知らずか、唯は一緒に立ち上がる。階段へと向かう雛菊を、唯は後を追う。

「……唯様、それ重くないですか?」
「い、いや、全然重くないよ」

 唯に引っ付いて体重をかけている楓を見て雛菊は聞くが、少年は否定する。明らかに重そうなのだが、女性に対して唯は重いという言葉を使うのは避けているような気遣いがあった。

「おまえも少しは遠慮しろ」
「……遠慮?」
「ああ、もういい」

 首を傾げる楓に、雛菊は話が通じないとばかりに打ち切る。無表情、無反応な楓だが、愛情表現は極めてストレートだ。そこには遠慮などという文字は無い。もちろん唯が拒んだりすれば止めるが、それ以外ではあまり配慮を求めること自体が難しそうであった。

「ああ、やっぱり涼しいね」
「そうですね」

 エアコンの効いたリビングに一歩入ると、唯と雛菊は生き返ったような声を漏らす。人工の冷房装置で身体を冷やしすぎるのは良くないのだろうが、それでもこの暑さだとついつい入り浸ってしまいそうだ。

「お疲れ様です。外は暑かったでしょう」
「うん。もう一歩も外に行きたくない感じかな」

 唯達三人がソファに腰を下ろすと、キッチンからすかさず静香がグラスに入ったウーロン茶を運んでくる。グラスを受け取りながら、静香のような繊細な気配りが自分にも出来ればと雛菊は思わずにはいられない。唯への思いは負けないつもりだが、雛菊自身は自分がこういう気遣いに欠けていると、自覚している。

「楓さんもどうぞ」
「……ありがとう」

 唯の腕にひしっとしがみついて両手が塞がった楓に、少年は彼女の分のグラスを口元まで運んで飲ませてやる。

「お前は何をやっているんだ!?」

 楓のあまりの怠けた態度に、雛菊は思わず怒声が出てしまった。

「ほら、ちっちゃい子とか、よくお母さんにして貰ってるでしょう。たまには甘えたいんでしょう」
「し、しかしですね……唯様、そこまで甘やかせるのはどうかと思います」

 雛菊は困惑した表情を見せる。唯は優しい少年だが、今日は特に楓に甘いようであった。

「良ければ、雛菊さんにもしてあげようか?」
「あ、えっと、いや、その……え、遠慮させて頂きます」

 唯が麦茶を持ったグラスを傾けて見せると、雛菊は顔を紅くして辞退する。とてもではないが、雛菊には耐えられそうにない。

「静香さんは?」
「あ、はい……お願いします」

 モジモジと恥ずかしがりながらも、静香は唯の前へと膝をつく。麦茶のグラスを少年の手が運ぶと、一口だけ口に含んで恥じらうように彼女は顔を背けた。熱い恋人達のような行為が、恥ずかしかったのかもしれない。

「そういえば、他の人たちは?」
「早苗と麗はお友達のところです。ミシェル、エリザヴェータ、それに京はまだ寝ているようです」

 唯のちょっとした質問に、静香がすぐに答える。芽衣、円、そして百合について静香はあえて言及しなかったが、いつものように働きに出ているだけだろう。

「唯様は今日のご予定は?」
「ん? そうだね……」

 雛菊の質問に、唯は視線を天井に向けて考え込む。唯は特に予定など無いが、一日中ゲームをして過ごすのも勿体ない気がした。

「折角雛菊さんや静香さん、それに楓さんが居るんだから、少し特訓しようかな」
「そうでしたか。それならお相手させて頂きます」

 唯の言葉に、雛菊は軽く頷く。ただでさえザウラスという強敵に命を狙われているのだから、唯が強いにこしたことはない。特訓しておいて、損は無いだろう。

「……いや」
「へ?」

 ボソリと呟いた楓に、唯はきょとんと彼女を見る。

「……唯様が戦ったり、危ないことをする必要なんて無い。危ないことは雛菊に任せればいい」
「何で私なんだ!?」

 無表情に言い放つ楓に、雛菊が眉を吊り上げる。だが前回の戦いで焦燥しきってしまった唯を見ている楓としては、少年に二度と戦っては欲しく無かった。戦うのは自分だけで充分なのだ。頑な楓の態度に気付いたのか、唯が彼女に顔を向ける。

「そうはいかないよ。楓さん達の力に、僕は少しでもなりたい」
「……いやです」
「それにさ、逃げるためにも力が必要だからさ。そういうのも、いざというときのために訓練しておきたいからさ」

 唯は楓の方に身体ごと向き直ると、彼女を正面から抱き締める。少年が楓の後頭部に手を回して優しく擦ると、彼女は小さく「うん」と呟く。その姿を見て、雛菊はまるで母親に諭される子供のようだと思った。

「さて、それじゃ早速特訓しようかな」

 唯が楓を離してソファから立ち上がると、雛菊、楓、静香も颯爽と後に続いた。






「よっ、土田。久しぶりだな」
「稲田っちも久しぶり」
「バカ、変なあだ名を勝手につけるなよ」

 手をあげて挨拶した稲田正に向かって、早苗が笑顔を返す。二人は遊学館高校の同級生達と共にカラオケに来ていた。かなり広い部屋に入ったところで、正が早苗の近くに腰を下ろしたのだ。 早苗はランニングに短パン、正はワイシャツにジーパンとかなりカジュアルな格好をしている。

「唯は元気か?」
「あれ、連絡取ってない?」
「電話はしょっちゅうしてるが、顔は見てないからな」

 正は従兄弟の様子を早苗に聞く。正と唯は男同士で二人とも一人っ子だったこともあり、兄弟のように仲が良いのを早苗は知っている。唯がガーディアンと普段している会話の中にも、正が出てくるほどだ。

「折角の夏休みなんだから、うちにも顔を出せって言っているんだが……忙しいって本当か?」
「うーん、ちょっとここのところね」

 正の問いに、早苗は半田とのことを思い出す。かわいそうなことだが、唯の夏休み前半は元悪魔の半田との抗争で消費されてしまったようなものだ。

「ほら、綺麗なお姉さん達が唯君を引っ張りだこだからさ」
「本当かよ!?」

 早苗は自分の考えていることをおくびにも出さず、サラリと嘘をつく。いや、唯がいつもガーディアンとのデートに引っ張りだこなのは本当なので、嘘というわけでもないが。

「くそー、羨ましい奴だな−」
「美少年だからね」
「確かに、ミシェル先生も竜宮先生も唯のことを可愛がってるっぽいしな。くそー」

 正は毒づくと大げさに顔を顰め る。そんな正の様子に、早苗はクスクスと軽い笑い声を漏らす。既にクラスメート達はカラオケの選曲や歌唱に移っているが、二人は特に歌うことに関心を示さず会話を続けている。そんな正と早苗の姿は、友人達の関心を惹く。同学年でも人気者で友人が多い正と早苗の二人が随分と親しいのだから、気になって仕方ないようだ。

「しかし、土田がこういう席に来るのは珍しいな」
「ん? そうかな」

 飲み物の注文を終えると、再び正が早苗との会話へと戻る。

「だって今日は彼女彼氏募集の集いみたいなもんだろ。土田はそういうの興味ないのかと思ってた」
「ああ。人数足りないから、遊びに来てって。まあ、たまにはね」
「なるほどな」

 正は早苗の説明に納得したように頷く。早苗がその可愛らしい容姿とフェロモン溢れるプロポーション、それと誰にでも気さくな性格で人気なのを正は知っている。男を釣る餌として、彼女が駆り出されたのは明白だ。

「しかし、土田って結構可愛いのに彼氏居ないのか?」
「ふふふ、私も唯君を狙ってるって言ったらどうする?」
「ぶっ! ま、マジか?」

 正は早苗の思い掛けない言葉に、うっかり噴き出しそうになった。そんな彼を、早苗は意地悪そうにニヤニヤと見つめる。

「冗談だろ?」
「みんな年下はバカにするけど、唯君が大学生くらいになったら、超イケメンになると思うんだよねー。やっぱり将来への投資は早めにしないとね」
「お、おい。そうなると土田が俺と親戚になるのか!?」
「あはは、稲田君ってば、それは気が早過ぎだって」

 本気で焦る正に対して、早苗は腹を押さえて笑ってしまう。親しそうにする二人に対し、周囲は内心穏やかではない。正や早苗と仲良くなりたいと狙っている人間が多いからだ。実のところ唯の恋人と従兄弟が彼をだしにして楽しくお喋りしているだけなのだが、どんな内容の会話をしているかわからない人間達は話に参加する機会を失ってしまった。
 この日、折角今年こそ彼女を作ろうと思っていた正は、早苗のせいで恋人を作る機会を逃してしまった。





「ウェポンGシックス、あと五分で目標地点に到達。降下の準備をしてくれ」
「了解した」

 操縦席からインカムを通して指示されると、エージェント・ケリーは壁際を離れてパラシュートの最終確認を始めた。他の者も後に続くが、ウェイドだけが未だパラシュートをつけずに、のんびりと寝転がっている。

「おい、ウェイド。もうすぐ降下だぞ。大丈夫かよ」
「ん、降下か」

 エージェント・ロウに言われて、初めてウェイドは気づいたように身を起こす。青いスーツは、スナックのカス塗れだ。

「津軽海峡聞いてたから、気づかなかったぜ」
「……またエンカかよ。俺には、そいつの良さがさっぱりわからねえ」

 ロウはウェイドの一言に首を振る。ウェイドは耳からMP3プレイヤーのイヤホンを抜くと、インカムに付け替える。どうやらずっと無線ではなく、音楽を聴いていたらしい。そうこうしているうちに、輸送機の後部ハッチが開き、暗い夜空が覗いた。シェリダン空挺軽戦車のハッチを閉め、シェリがスタンバイを行う。

「おっしゃー、一番乗りだぜ」
「あっ!」

 合図なども聞かずにウェイドがハッチに向けて猛ダッシュして、空中へと飛び出す。他の者が止める間もない。何より問題なのは、

「隊長! ウェイドがパラシュート無しで飛び降りました!」
「ん……まあ、大丈夫だろう」

 エージェント・レイルの焦った報告に、ケリーは軽く戸惑った様子で受け流す。隊員がパラシュート無しで降下したというのに、隊長であるケリーは特に問題と見ていないようだ。

「シェリ、戦車を出せ。我々も後に続く。降下開始だ!」

 ケリーの命令で戦車が乗っているパレットごと機内から押し出され、続けてエージェント達も機外に飛び出した。戦車が三つのパラシュートを開くと、ケリー達も打ち合わせ通りに、パラシュートを即座に開き、速度を合わせて落下を行う。

「いやっほおおおおおおおおおおお……あばばばば、うげっ」

 真っ先に飛行機から飛び出したウェイドはジャングルの木々に頭から突っ込み、ほとんど減速することなく地上へと叩きつけられた。頭部から地上に激突して地面に生えていた草を揺らすと、ウェイドは奇妙に身体が捻じ曲がった状態で倒れて、動かなくなる。

「ウェポンGワン、地上に着陸したか」
「……こちらウェポンGワン。着陸した。目覚めのコールをありがとさん。ついでにコーヒーも入れてくれ」

 インカムから声が聞こえると、地面に手をついて、ウェイドが身体を起こす。折れ曲がった体が不自然な動きで元に戻り、五体満足の状態で立ち上がると、ウェイドは首をくるりと捻る。

「目標地点の偵察を行え」
「囮になればいいんだな」
「……いや、偵察でも構わないが、囮ならなお助かる。ウェポンGシックス、交信終了」

 ウェイドは背中に背負っていたアサルトライフルが無事なのを確認すると、腰ポケットからPDFを取り出し現在地点を確認する。やがて闇に覆われたジャングルへと、明かりも無しに歩いて行った。
 数分後、目標降下地点へとケリー達一行は戦車と共に降り立った。周囲は膝ほどしかない低木が延々と植えられた畑で、パラシュートを回収すると、部隊の人間はすぐに集合する。

「隊長、これ全部コカノキですか?」
「ああ、そうだ」

 ラディの質問に、ケリーは深く頷く。作戦の予定通り、ウェポンGの部隊はコカイン畑の一角に落下したのだ。

「改めて考えてみるとすげーな。隊長、二、三本引っこ抜いて持って帰っていいですか?」
「………」
「冗談ですよ、冗談」

 ロウの提案にケリーが無言のままでいるのを見て、彼は慌てて自分の言葉を打ち消す。隊長であるケリーの怖さは、訓練でロウは身に染みている。

「ウェイドが先行している。特に問題はないと思うが、何をやらかすかわからん。何も問題無いなら、すぐに出発するぞ」

 ケリーの命令に、歩兵達は頷いた。彼らはコカイン畑を縫って素早く移動を開始し、後から戦車が草を押しつぶして動き始めた。今回のウェポンGの任務は南米での麻薬カルテル襲撃だ。警察組織が手を焼いている麻薬組織に攻撃を仕掛け、実戦経験が乏しいウェポンGの有用性を確かめようというものである。本来ならば対能力者や悪魔用に開発されているウェポンGには、人間との実戦は不要なはずだ。ケリーの脳裏に、研究所の所長である三田から出発前に聞かされた説明がよぎる。

(どうやら、赤井がウェポンGの軍用も考えているようなのよね。今回はその評価試験と思って頂戴)

 ケリーにとっては敵が人であろうが、悪魔であろうが、ガーディアンであろうが関係ない。任務を遂行するだけだ。それに、軍用というのなら、彼にとって願ってもいないことだ。














   































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