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「ボウヤ、悪いわね。無理を頼んで」
「いやいや、これくらいお安いご用だよ」

 濃い紫という落ち着いた色をした着物姿の百合に、荷物を入れた紙袋を大量に持った唯が無理に笑ってみせる。早苗とデートに出かけてから、二日程経過している。この日、百合は唯に仕事で使う荷物を運んで欲しいとお願いして、少年を買い物につき合わせていた。大量に買う必要などさして無いのだが、百合は少しでも長くデートを楽しむため、百貨店内のあちらこちらへと唯を連れ回している。家の廊下で唯が一人で歩いていたのを、百合に見つかったのが運のつきだったかもしれない。

「荷物は教室に運べばいいのかな?」
「そうね。そうして貰おうかしら」

 教室とは、百合が開いている茶道教室のことだ。教室として使っている一軒家に、これで唯を密かに連れ込めると、百合が内心ほくそ笑む。だが彼女はそんなことなど微塵も表情に出さず、唯にやんわりと微笑みかける。
 それから間も無く、デパートのビルを二人は出た。夏の日差しは強く、百合は持ち歩いていた日傘を差して唯もその中へと招き入れる。百合の教室へ向かう道を歩み始めたときに、唯が履いているジーパンのポケットから、携帯電話が鳴り出した。

「あ、私が取るわね」
「ありがとう。右のポケットに入っているから……」

 百合は唯の背後から手を回すと、両手が塞がっている彼の代わりに携帯電話をするりと抜き出す。そのときに自然を装って、百合は体を密着させるのを忘れない。そんな百合の仕草に、彼女を何度も抱いているはずの唯もドキリとしてしまう。

「はい、麻生です」
「ちょっと、誰よ!?」

 悪戯心を出して、百合が電話の相手を驚かせようと明るく応対すると、かけてきた人物は不機嫌に応じた。

「……もしかして百合?」
「何だ、京ね。何の用かしら?」

 互いに聞き覚えのある声に、百合と京はすぐに相手が誰だか判った。

「何で唯の電話に出てるのよ?」
「ボウヤはちょっと手が塞がってるから」
「ちょっと、唯と何してるのよ!?」

 百合が何かやましいことをしているのではないかと思い、京が声を荒げる。

「買い物の手伝いをして貰ってるのよ」
「……早く帰って来なさいよ」

 京はそれだけ言うと、一方的に電話を切った。

「京さん、何て言ってました?」
「早く帰って来いって……全く、ボウヤにベッタリなんだから」

 特に能力を使って聞き耳などを立てたりしなかった唯に、百合が簡単に電話の内容を伝える。百合の脳裏に、飼い主を待つ飼い犬よろしく、首を長くして待っている京や楓達が思い浮かんだ。もう既に何ヶ月も一緒に住んでいるというのに、京などは唯とは一秒でも長く過ごしたいらしい。京や楓などは唯が初恋に近い相手なのだから、そういう感情を抱くのも仕方がないかもしれない。
 唯を連れ出したのがバレてしまっては仕方が無く、唯と百合は荷物を茶道教室に置いてくると真っ直ぐに家へと向かった。

「よう、探したぞ」

 自宅のマンションまであと数メートルというところで、唯達は路上でアロハシャツ姿の男に呼び止められた。誰かと思えば先日悪魔に襲われていたのを早苗が助けた人物だ。

「あのときの……えーと」
「上島だ。で、こっちが堺」

 上島が背後を顎でしゃくると、スーツ姿の堺が路地を歩いて、こちらに向かってくるのが見える。

「教わった対策室の連中に聞いてきたよ。おまえ、悪魔退治で有名なんだってな」

 人相は悪いが、上島は意外にも親しげに唯に話しかけてくる。だが対策室の名前が出たため、百合は警戒するような顔つきへと変わった。百合は相手が見ているにも関わらず、唯に耳打ちする。

「ボウヤ、この人達と知り合い?」
「警察の人達らしいです。この前、悪魔に襲われていたのを、早苗さんが助けたんですが……」

 百合は相手が警察関係者と聞いて、あまり良い顔をしない。ガーディアンは国が運営する組織に関わって、昔に何度も苦い経験をしたことがあるからだ。

「それで、何か御用でしょうか?」
「実はとある事件で力を貸して欲しい」

 上島の代わりに、じっと唯を見据えて堺が口を開いた。

「対策室には、かなりの人数が警察から出向している。だからそのツテで悪魔達と、それと戦うガーディアンのことについて聞いた。それで、この前助けて貰っておいて何だが、一つ未解決の事件があって、それに悪魔が関与しているか調べるのを手伝って欲しい」
「対策室に言えばいいんじゃないですか?」
「報告はした。だが、何処まで事件についての関心を引けたかわからない」

 自分を見つめる堺の言葉に、唯は即答せずに考え込む。政府の悪魔対策機関である特殊事案対策室は、円などの調査によれば実際に悪魔退治は行っているらしい。その一方でガーディアン達にかなりの興味を示し、監視を行って、何度もコンタクトを取ってくるなど、悪魔退治専門という機関では無いように唯には思えるのだ。一介の中学生に過ぎない唯でも、何か胡散臭い香りを感じていた。

「百合さん、この話受けようと思うんだけど、どう思う?」
「ボウヤ!?」

 唯の決断に、百合は少し驚いた。てっきり唯が協力に難色を示すと思っていたのだ。

「悪魔が関与しているかもしれないって聞いたら、やっぱり放ってはおけないよ。一応調べてみる必要があると思う」

 対策室が即座に調査を行わないということならば、他にこの手の事件に対応出来る者は唯が知る限りはガーディアンのみだ。それならばガーディアンが動かねばならない。

「協力してくれるのか?」
「お役に立てるかは知りませんが」

 唯の言葉に、堺と上島は相好を崩す。唯は戸惑う百合を余所に、携帯電話を取り出して短縮番号のボタンを押した。






「しかしゾロゾロと連れて来たもんだな」

 唯と共に先頭を歩く上島が、舗装されていない道を歩きつつ、背後をチラリと一瞥する。後ろには京、エリザヴェータ、麗、百合、楓、雛菊、ミシェル、早苗、静香が続いている。仕事中であるガーディアン以外の全員が主について来ていた。

「一応、念のためです。いきなり襲われては困りますから」
「それにしたって、多すぎねえか?」

 唯の説明に、上島が納得していないような声を出す。正直に言えば、唯も悪魔絡みと確定していない事件に、大半のガーディアンを動員するのはどうかと疑問に思う。

「こっちの好意だって忘れないでよ。別に私達はボランティアじゃないのよ」
「ああ、分かった分かった。俺が悪かったよ」

 京がチクリと釘を刺すと、上島はあっさりと折れる。上島はマル暴のため、京の噂は聞いたことがある。単身で組の事務所に乗り込み、素手で全員を叩きのめすと評判の彼女を警戒していた。ましてや、超能力らしきもので、自分を救った早苗の仲間と言うのだから、どんな力を持っているかわからない。余計な波風を立てて超常的な力の餌食になりたくなかった。

「私達だけならともかく、唯とあんた達二人は一般人なんだから、人が多いことにこしたことはないでしょ」
「そりゃ、そうだな」

 悪魔に先日脅された上島は、京の言葉に対し、素直に頷く。悪魔の怖さは身に染みて分かっている。
 京としては今回、唯が素直に頼ってくれて、ほっとしている。ザウラスに己一人で立ち向かう無鉄砲さがあるだけに、警察に協力するのは不本意ながらも、調査について来いと命令してくれる方がはるかに良い。もちろん唯は命令ではなく、お願いとして京には頼んだが。

「しかし、ガーディアンっていうのは色々居るんだな」

 上島は麗、百合、ミシェル、エリザヴェータ、楓の姿を目で順に追う。小学生の幼女に着物を着た熟女、金髪と銀髪の外国人にプロ野球選手という顔ぶれは、とりとめが無いと言える。だが身長の低い麗や着物を着た百合でも、道が舗装されていない丘を、何の苦も無く歩いているのを見ると、やはりただ者ではないに違いない。

「外見では彼女達は判断できないですよ」
「実際のところ、ガーディアンっていうのは何なんだ?」

 上島の唐突な質問に、唯は意外そうな顔をする。

「聞いていないんですか?」
「何百年前から悪魔と戦っている超能力者っていうのは聞いてるけどよ、その正体って何なんだ?」

 上島に改めて問われて、唯は少し考えてしまう。唯が知っているのは、ガーディアンが紀元前のギリシャの何処かで何者かによって造られたこと、二千年以上も転生を繰り返して魔物と戦ってきたこと、転生の都度人間の主に仕えてきたことだ。人間から見れば、超能力者と言うべきだろうが、人造の戦闘生物という誕生経緯を考えると、その一言では言い表し難い。ガーディアンはそれ自体が独自の存在であって、それ以外の何者でもないと言えた。

「うーん、一言で言えば……」
「言えば?」
「人間を守りに来てくれた、女神様でしょうね」
「め、女神だ?」

 唯の一言に、思わず上島は調子外れの声が出る。

「だって、昔から人間を守ってくれて、凄い能力も持ってるし、守護神だと思いません?」
「まあ、確かにそう言えなくも無いけどよ……」

 早苗の能力の凄さを見せ付けられている上島は、唯の説明に同意せざるを得ない。おまけに全員が、メリハリのきいたグラマラスなボディと、凄まじい美貌を誇っているなら尚更だ。
 上島がチラリとガーディアン達を見ると、全員が頬を赤く染めている。いつも無表情な楓さえも、何処と無く嬉しそうだ。唯がつけた女神という呼称に、全員が照れているのは一目瞭然だ。何処と無く近寄り難い雰囲気がガーディアンからは感じられたが、上島が思う以上に人間臭いのかもしれない。

「ついたぞ」

 上島が案内したのは、東京郊外にある丘に面した雑木林だった。近くには住宅街が広がっているのが見える。そこで上島が示したのは、雑木林の中にあったマンホールの蓋だった。一見何の変哲もない鉄の蓋を前にして、堺が説明をする。

「一週間前のことだが、この周囲に血痕が大量にあったのが、点検に来た人間によって発見された。周囲に遺体など無く、血液以外の物証は車のタイヤ痕しか無かった」
「それが普通の事件じゃないって感じたのは何で?」
「血液のサンプルに、人で無い物が混じっていたからだ」

 早苗の疑問に、堺が重々しく答える。

「鑑識の奴がこぼしていた話だと、どんな生物か判断できなかったらしい。日本では珍しいペットが死んだだけかもしれないんだが、どうも引っ掛かる」
「根拠がそれだけで我々は呼び出されたのか?」
「刑事としてのカンが何かを言っている。というより、正直に言うとあんな目にあったあと、こう妙な事件があるのを思い出すと落ち着かなくてな」

 雛菊の指摘に、堺は正直に心中を吐露する。唯はこの世の裏側で、悪魔が蠢いているのを知ってしまった刑事二人の気持ちがよく分かった。二人にとっては、今まで信じていた世界がひっくり返されたような気分だっただろう。それとは別に、悪魔が関与している事件を看過できないという気持ちが、唯にはある。
 だが逆にガーディアンの反応は薄かった。悪魔が関係している確証があるならともかく、疑わしいだけの事件で引っ張り出されるのは心外なのだ。出来るなら家で唯に甘えていたいというのが、本音だろう。悪魔退治も主に仕えるのも義務だが、両者を比べたときに楽しいのがどちらかは一目瞭然であった。

「でも、どうやらその勘もあながち間違っているわけじゃないみたいよ」

 身を屈めていて、地面を調べていた京が、全員に話しかける。

「ここで大量の人間の血が流れたのは間違いないわ。その中に、こちらの世界のものではない生物が流した体液が、混じっていたみたい」

 血を司る能力者である京は、僅かな痕跡から多くの情報を分析する。彼女は採取した血液の比較サンプルがあるなら、動物の特定はおろか、人物の照合までも可能だ。

「敵が何か分かるか?」
「悪魔らしいけど、詳しいことは分からないわ。ただ、このタイプの敵と会った記憶はあるのよ」

 雛菊の言葉に、京が頭を悩ませる。微かに覚えてはいるのだが、どうも彼女は詳しいことまでは思い出せないようなのだ。

「この下には何があるんだ?」
「下水道だそうだ。鑑識が入ったが、死体なんかは発見できなかったそうだ」

 マンホールを指し示して質問するエリザヴェータに、堺が答える。京は能力で血液を体内から出すと、自分の肩から巨大な赤い腕を生やす。そして血で出来た腕で、かなり重そうなマンホールをひょいっと楽々と持ち上げ、脇にどかす。

「中は相当深そうだな」

 下水道を覗き込んでエリザヴェータが言う。中は深い闇だが、光を操ることが出来る彼女の目には問題なく内部が見えているらしい。

「かなり臭いわね」
「下水だから当たり前でしょ」

 マンホール近くに来たミシェルと麗が、顔を顰める。下水道内に興味がある唯も近くに寄り、下水道に顔を近づけようとする。

「唯様、気をつけて。有毒なガスが発生しているかもしれない」
「うん、わかった」

 唯の傍に寄り、肩を掴んで楓が優しく引き戻して注意を促す。

「ちょっと、何で私達が近くのときに、注意しないのよ!」
「貴方達は頑丈だから大丈夫」
「あ、あのね……そういう問題じゃないでしょう」

 抗議した麗は、楓の説明に眉をひきつらせる。唯以外には仲間でさえそっけない楓だが、普段唯への言動がきついせいか、最近は麗に対する扱いが酷くなっている気がする。

「……何か動いている気配がする」

 マンホール近くでじっと穴を見る唯が、全員に告げる。

「本当ですか?」
「水音を立てて動く生物の心音をキャッチできた。だけど遠くて、よくわからない。もしかしたら猫や犬かもしれないけど」

 驚く静香に対して、唯が詳しく説明する。

「何も聞こえねーぜ」
「そりゃ、あんたには聞こえないわよ。唯は音を操る能力者だから、聞こえるわけ」

 怪訝そうな上島に対し、京が渋々という感じで説明する。

「遠くの物音を聞き分ける能力で上島さんたちのピンチを、唯君は救ったんですよ」
「ああ、なるほどな」

 早苗の補足に、上島は納得したように頷く。悪魔に襲われてピンチになったとき、都合よく助けにきてくれた理由は、こういうわけだったと合点がいったようだ。

「ダメだ、どんな相手かはわからない」
「降りて直接調べるしかないみたいですね」

 悔しそうな唯に対し、雛菊が軽く肩を抱いて励ます。

「降りて捜索するにしても、準備が必要ね。芽衣達も連れて、今晩また来ましょう」
「そうだね。相手の数もわからないし、なるべく準備した方がいい」

 百合の進言に、唯が素直に同意した。主が決断したので、すぐにガーディアン達はゾロゾロと引き返し始める。

「済まないな、何だか厄介ごとを持ち込んで」
「いえ。堺さん達はどうします?」

 申し訳無さそうな堺に、唯は笑顔を返す。

「俺達も足手まといにならなければ、付き合うよ。何か面倒な事になれば、役に立つかもしれないしな」
「おいおい、本当かよ」

 堺の言葉に、上島はがっくりと項垂れる。勤務時間はそろそろ終わりなのだが、どうやらそんなことも言っていられなさそうだ。






 夕方になり、芽衣、円、由佳を加えたガーディアン達と刑事二人が雑木林へと戻ってきた、多数の荷物と共に。

「こりゃ、何だ?」

 上島が並べられた装備の中から、ゴーグルと照明器具らしき物を取り上げる。

「赤外線暗視装置と赤外線ライトよ。その両方を組み合わせれば、暗くてもクリアに物が見れるわ」
「へえ、凄い物持ってるんだな」

 ミシェルの説明に、上島が感心したように頷く。

「あんな物、誰が用意したの?」
「飯田が貸してくれたらしいわ。ボウヤが連絡したらしいのよ」

 由佳の囁きに、百合が答える。二人ともウェットスーツを着ており、他の者達も同様だ。スーツのサイズはあっているようだが、ガーディアン達は胸元がどうもきつそうだ。

「ガスマスクも必要なのか?」
「下は空気が悪いから、念のため」

 並んだガスマスクを弄る上島に、楓が事務的に説明する。

「空気が悪いって、どういうことだ?」
「メタンガスが出ているわ」
「おいおい、大丈夫かよ」

 上島は不安そうだが、ガーディアン達は特に気にしていないようであった。しかし、主の唯は不安になったのか、芽衣に確認をとる。

「芽衣さん、メタンガスって爆発するやつだよね」
「ええ、そうですが」
「それって引火したりして危なくない?」
「基本的には、楓に空気を浄化して貰いながら、移動しようと思っています。それに小規模な爆発なら、大した事はないかと」

 芽衣の言葉に、唯はうーんと小声で唸って、考え込む。

「今回、由佳さん、百合さん、ミシェルさんには遠慮して貰うのはいけないかな?」

 唯の提案に、ガーディアン達は顔を見合わせる。主が挙げた人物は、いずれもガスへの引火性が高い能力を使う者ばかりだ。ガーディアン達はよっぽどの爆発でない限り、衝撃を防ぐ自信がある。唯もそのことはわかっていが、彼はどうやら坑内での爆発自体を起こしたくないらしい。

「わかったわ。今回は唯君の提案通り、お留守番しときましょう」
「ありがとう、由佳さん」

 由佳は明るく答えると、唯をムギュッと抱き締める。そんな唐突なスキンシップに、唯はドキドキしてしまう。由佳達三人にも能力者としてのプライドがあるが、唯を心配させないことの方が重要なのだ。

「それでは、そろそろ出発するか」
「俺も行くぜ」

 雛菊の号令に、装備を身につけた上島が着いて行こうとする。

「別に構わないが、身の保障は無いぞ」
「なるべく邪魔はしねえよ」

 雛菊の忠告にも、上島はニヤリと笑って答える。元々が刑事なので、異常な状況にも立ち向かう勇気は充分にあるようだ。堺は由佳達とバックアップ要員として残り、何かあったときに対処する予定だ。

「それじゃ、出発!」
「ゆ、唯様! ちょっと待って下さい」

 上島のときには反対しなかった雛菊だが、唯がマンホールを下り始めると、途端に慌てたような声を出した。

「どうしたの?」
「唯様も行かれるのですか?」
「そのつもりだけど……」
「今回は相手がわかりませんし、何かあってはやはりマズイので」
「でも、レーダー役が居ないと困るでしょ」

 唯の指摘に雛菊は返答に詰まる。雛菊自身も、唯の索敵能力の高さで以前に助けて貰った事もあり、充分に認めている。

「大丈夫、いざとなったらボクが守るからさ」
「しかしだな……」

 早苗が軽く引き受けるが、雛菊は躊躇してしまう。

「雛菊さんの腕、信用してるから」

 唯の言葉に、雛菊は諦めざるを得ない。主でもある恋人に、こう言われたからには、雛菊は命に代えても唯を守るだけだ。

「分かりました。護衛は我々にお任せ下さい」
「頼んだよ」

 唯が信頼を笑顔で示し、マンホールを下りていく。残された雛菊は想い人のそのスマイルに思わず顔を赤らめ、そんな彼女を早苗は「にくいねー」とばかりに肘で突付く。

「思ったより、明るいな」

 ガーディアン九人と唯、それに上島が地下へと下りると、開口一番に上島が言った。トンネルの坑内はうっすらと明るく、肉眼でも行動に支障は無いようだ。

「周囲を明るくしているからな」
「へえ、そんなことができるんだな」
「ただ、私から離れた場合は赤外線スコープに切り替えてくれ」

 しきりに感心する上島に、エリザヴェータが注意する。

「ちなみに、空気は楓が浄化していて、水は麗が勢いを弱めて水位を低くしている。二人から離れたら、ガスマスクをして水周りに気をつけろ」
「そういうことは、早く言ってくれよ!」

 エリザヴェータの助言に上島が不満を述べるが、楓も麗も無視を決め込んでいるようだ。

「それで、どっちの方に向かうのよ?」
「あっちの方だね。水音以外の音が幾つも聞こえる」

 京の質問に、唯が一方向を指し示してみせる。唯の指示に、京、雛菊、エリザヴェータが先頭を固め、他の者達が後に続く。しんがりは静香が務めた。

「唯、あとどのくらいで着く?」
「このままのペースだと、二、三十分ってところかな」
「げ、そんなにかかるの? 遠いわね」

 麗が唯の言葉にうんざりしたような声を出す。悪臭や汚水を浄化しているとはいえ、延々と続く下水道を歩くのは苦痛なのだろう。

「全く、唯ったら。何でこんな面倒なこと引き受けるのよ?」
「こら、麗。幾らまだ距離があるとはいえ、静かに行動しなくてはダメだろう」
「わかってるわよ」

 雛菊に注意されて、麗が頬を膨らませる。そんな麗の顔を唯がチラリと見やる。

「音が漏れないように力を使っているから、注意さえしてくれれば、話くらいなら大丈夫だよ」
「だってさ」

 唯が麗のことをかばうと、彼女は勝ち誇ったようにニヤリと笑う。麗がやたらと唯に突っかかるのは、彼女の愛情表現で、雛菊はそれが少し気に入らないので注意した。だが唯は雛菊の軽いヤキモチには気がつかなかったようだ。普段なら気付いたかもしれないが、周囲を探ることで少年は手一杯なのだろう。
 唯が音を遮断しているが、その後は無言で全員が黙々と進む。そんな中、円がとあることに気付いた。

「そういえば、ネズミやゴキブリを見ないわね」
「ちょっと! 気持ちの悪いこと思い出させないでよ」

 円の指摘に、京が顔を顰める。暴力沙汰に対しては全く動じない京だが、害虫の類は苦手なのかもしれない。そうした中、芽衣は唯の様子がおかしいことに気付く。

「どうされましたか、唯様?」
「……相手の姿を捉えたんだけど」
「本当ですか?」

 ガーディアン達の注目が唯に向かい、彼は全員に向かって頷いてみせる。だが、その表情は深刻だ。

「背ビレがあって、四足歩行で歩いてる。それ以上はまだよくわからない」
「そんなことまでわかるんですか?」

 唯の話に、円や他の者達も驚く。百戦錬磨のガーディアン達でさえ、まだ悪魔どころかネズミの一匹でさえ気配を感じないのだ。

「四足歩行の悪魔か……犬みたいなものか?」
「わかりませんが、大型犬よりもっと大きいかもしれないです」

 興奮する上島の問いに、唯は自らが行っている音響探査で察知していることを伝える。少年は人間には非可聴領域の超音波を発生させ、その反響で遠くにある物体の形などを探っている。ザウラスとの戦いでも見せた能力だが、下水道のトンネル内という狭い空間なので、より詳しい探査が可能になっていた。

「問題なのは、数が凄く多い」
「どのくらい?」
「見つけたグループだけで、百体以上居る」

 唯の言葉に京が思わず立ち止まり、他の者達も楓以外はギョッとした表情を見せた。

「それって、本当?」
「まず、間違いないと思う」
「……少し、本気出した方がいいわね」

 京の目がすっと細くなり、ガーディアン達は緊張した面持ちとなる。それから一行は再び無言で足を動かし始めた。しばらく歩いたのち、唯がそろそろ近づいたと警告しようと思い始めた頃に、異変は起きた。

「水面の下!」
「何ですって!?」

 麗の警告に、周囲を探り始めていた円と遠くに注意を向けていた唯が、しまったと顔を顰める。警告を発した直後に、麗が流れている下水の一部に力を行使して水圧を一気に上昇させた。その強烈な圧力に屈して、水の中から魔物が飛び上がった。全員の目に怪物の正体が映る。それは太古の恐竜の一種を思わせる巨大なトカゲのような姿であった。顔には幾つもの瘤が浮いており、肌は毒々しい紫色で、かなり長い尻尾を生やしていた。目につくのは鋭く長い爪で、巨大な口には太い尖った歯が並んでいる。

「破っ!」

 飛び上がりつつ体勢を立て直し、前脚を振り上げた怪物の脇腹に、雛菊が横から蹴りを叩き込んでバランスを崩させる。すかさず京が血で巨大な爪を作り上げ、正面から横に一閃させる。怪物は下水の中へと落ちると、スライスされた三つの肉片となって浮き上がってきた。汚水の中に青い体液が混じる。

「こいつ、サウザンドだわ」
「サウザンド?」

 円が死体を見て呟き、唯が聞き慣れない言葉に聞き返す。

「サウザンドは、悪魔が奈落より他の世界に侵攻したときに作り出された、生物兵器です」

 芽衣が唯に自分が知る限りのことを説明する。

「異世界における戦力を補充するため作られたそうなのですが、後に悪魔達でもコントロールが効かなくなり、独立した妖魔の一種となったそうです」
「そうなんだ」
「戦闘能力と繁殖力は強いのですが、知能はそれほどではないはずです。異世界で本来生息していて、こちらに来る方法などは知らないはずなのですが……」
「誰か黒幕が居るということか」

 芽衣の説明に同調し、エリザヴェータが推測する。

「誰が黒幕かはわからないけど、とりあえずお掃除といきましょうか」

 相手の正体を確かめた京が、ニヤリと笑ってみせる。久々に大暴れ出来ると言うことで、心踊っているようだ。そのとき、唯のセンサーが更なる敵の動きをキャッチした。

「何匹か水中に潜った。こちらに向かって来る!」
「麗、水中から叩き出せ!」
「簡単に言ってくれちゃって」

 唯の警告に、雛菊が麗に命令する。日本刀を作り出した雛菊は、納刀したまま前進してグループの前へと数メートル移動する。残る者達もそれぞれが準備をして待ち構えた。唯の神経は、緊張で時間がゆっくりと経過しているように感じられる。雛菊の目がすっと細くなった瞬間、二体のサウザンドが麗の能力で水中から叩き出された。

「鋭っ!」

 抜く手が霞むほどの速さで抜刀した雛菊の刀が一閃し、二頭の妖魔は胴体を両断された。

「ギャウッ!」

 サウザンドは断末魔として奇怪な叫び声があげ、水柱をあげながら汚水へと落ち込む。噴き上がった水飛沫を浴びぬうちに、雛菊はバックステップでさっと飛び退く。続けて三頭のサウザンドが水中から大きく飛び上がると、雛菊がつい先程まで居た場所へと落下した。その一体を血で作られた巨大な腕ががっしりと掴み、京は構内のコンクリート壁へと思いっきり叩きつける。青い体液が飛散して、サウザンドは手で叩かれた蚊のようにベシャリと潰された。残る二体を芽衣が投げた長い氷槍と、楓の放ったカマイタチがそれぞれ襲う。一体は氷の槍で串刺しになり、もう一体は真空で首を落とされる。

「気をつけろ! 意外に生命力があるぞ」

 腹部を氷で刺されてなお起き上がってくる怪物の首を、すかさず間合いを詰めた雛菊の太刀が刎ねた。バシャッと音を立ててサウザンドの身体が水面に倒れ、汚水が体液で青く濁る。

「とりあえず、今ので最後みたいね」
「それじゃ、移動するわよ」

 麗が水中にこれ以上敵が潜んでいないのを確認したので、京が無造作に歩き始め、他のガーディアン達も後へと続く。

「下水道のそこを曲がったところに十匹」
「了解」

 唯の言葉に、エリザヴェータが頷く。坑内の曲がり角でガーディアン達は足を止め、円が影の中へと沈んで消える。呼吸を整え、タイミングを合わせてガーディアン達は曲がり角を飛び出した。

「アクセラレーション!」

 まず動いたのはエリザヴェータだった。自身を超加速すると、侵入者に気付いた十頭ほど居るサウザンド達の顔に肘打ち、裏拳、ストレート、フックなどを叩き込む。スピードを重視した彼女の攻撃は軽く、ダメージを与えるには到らないが、ガーディアンへの反応を一テンポ遅らせるには充分だった。

「てやあっ!」

 雛菊が再び居合い切りで、手近な二体のサウザンドを切り倒す。更に彼女は一体に向けて左手で短剣を投げつける。三十センチほどの短剣は、凄まじい速さで宙を走ると、爬虫類を思わせるサウザンドの頭に柄の部分まで深々と刺さった。

「邪魔なのよ、あんた達!」

 京は両腕を上げると、巨大な血のハンマーを二つ作り上げ、二頭の妖魔へと叩きつける。グシャッという鈍い音と共に水柱が二つ上がる。

「………」

 楓は無言で京と雛菊の間を駆け抜けると、サウザンドの群れの中へと躍り込む。彼女が手刀を振るうと、三体の首から体液がしぶいて飛び散る。小型のカマイタチを纏わせた楓のチョップが、急所である首の付け根を切り裂いたのだ。
 最後に残った二頭は勝ち目が無いと見て、背を向けて逃げ出そうとする。その腹部に円が影を利用して作った長い槍が、正面から突き刺さった。影を利用して円は空間転移し、サウザンド達の裏側に回り込んでいたのだ。

「よし、次行くわよ」

 この場は片がついたと見て、京がスタスタと歩み出す。唯が音を遮断しているため、どうやら更に敵がやって来るということは無さそうだ。汚水を掻き分けて歩みだしたところで、ふと唯は水に浮かぶサウザンドを見て、あることに気付いた。

「あれ……サウザンドって、悪魔みたいに灰にならないの?」

 通常、この世ならざる者である悪魔達は、この世界で滅びたとしても肉体が塵に変わるのみで、魂は異世界へと帰還する。そのため、肉体は地上に痕跡を残さない。

「ええ。サウザンドは悪魔により作り出されたとはいえ、どちらかというと生物に近いので。ただ、魔力と呼べるような力などは持っていたりもします」
「そうなんだ」

 唯は汚水に浮かぶ生物の死体を、ボンヤリと眺める。確かに恐竜を思わせる巨大な爬虫類のような姿は、妖怪変化の類というより、凶暴な猛獣を彷彿とさせた。魔力があると言われても、唯にはピンと来ない。

「さて、次は何体くらい居るのかしら、唯?」
「この先に少し広いスペースがあるんだけど、そこにおおよそ百体くらい居るよ」
「……百体」

 やる気に満ちていた京は、少年の言葉に急にげんなりとした表情へと変わる。百体と聞いて、他のガーディアン達も顔つきが自然と引き締まった。

「……これは作戦を練らなくちゃダメみたいね」

 円がポツリと呟いた。






 下水道の支流が幾つも集まる合流地点。多量の汚水が流れ込むその場所は、大きくスペースが取られており、そこに多数のサウザンドが浮かんでいた。物言わぬ爬虫類のようなこの生物はじっと水に浮遊しており、まるで何かを待ち構えているかのようだ。
 下水が流れ込む音しか聞こえぬその場所に、突然と部屋を震わすような大気の響きが木霊(こだま)する。サウザンドの群れが首を伸ばして周囲を見回す中、一本の水路から大量の水が波となって押し寄せてきた。高波のような水壁が、密集していたサウザンド達をあっという間に飲み込む。雪崩れ込む水の中には、人間の頭と同じくらいのコンペイトウのような尖った氷が多数存在しており、サウザンドの集団へと勢いよくぶつかっていく。妖魔達は膨大な水によって押し流され、氷と仲間の体にぶつかって揉みくちゃにされて、壁へと叩きつけられた。人類より遥かに頑健な生物だが、これには堪らず、何体ものサウザンドがそのまま動かなくなった。

「でやあっ!」
「破っ!」

 最初の波による奇襲が成功し終わったと同時に、京と雛菊が水中から躍り出た。水の流れによって運ばれてきた彼女達は、手近にいるサウザンド達を片っ端から、刀と血爪で切り伏せていく。
 この鉄砲水のような大量の水による攻撃は、言うまでも無く麗の能力によるものだ。円の発案により、当初は水による攻撃だけが計画されたが、唯によって芽衣の作った氷塊とガーディアン達自身を水流で運ぶという案が加わった。麗は水の操作がややこしくなると文句を言ったが、実行時には何の問題も無く攻撃を成功させた。

「ギュワアアア」

 かなりの被害を被ったとは言え、戦闘生物と言われるサウザンド達は怪我の少ない者からすぐに立ち直り、雛菊と京に立ち向かおうとする。そんな中、水面下から今度は楓、エリザヴェータ、静香が飛び上がる。楓は天井近くまで飛び上がると、狭いトンネル内に暴風を巻き起こす。風に飲まれてバランスを崩すサウザンド達に、真空の刃であるカマイタチを放ち、次々と五体を切り裂いていく。

「アクセラレーション」

 超高速モードを発動させたエリザヴェータは、暴風の合間を縫って高く跳躍する。そのまま体を反転させて天井を蹴って勢いをつけると、彼女は急降下で飛び蹴りを放つ。踏み潰すようなキックの一撃で、銀髪の戦士はサウザンドを一体屠る。倒し終えると、すぐさまエリザヴェータは空中へと飛び上がって再び同じ動作を繰り返す。エリザヴェータはまるで分身しているかのように残像を残しつつ、瞬く間に何体もの敵に飛び蹴りを浴びせた。

「ディアクティベイト」

 水中に飛び込んだエリザヴェータの、動きが止まる。それと同時に、重力を操ってゆっくりと空中へと浮き上がった静香が、すっと両手を上げる。静香の動きに呼応して、水面に浮いていた氷の塊が重力に逆らって宙へと浮き上がった。そして静香がグルリと両腕を回転させるのに合わせて、多数の氷は宙を走り、楓が起こす風に乗ってサウザンドの体を打った。巨大な氷塊をもろに食らって、何体もの妖魔が水面へと倒れこんだ。
 雛菊と京という接近戦のエキスパートが、それぞれの得物でもってサウザンドを一体一体と仕留め、楓、エリザヴェータ、静香の三人が全体をランダムに攻撃してかく乱を行う。見事な連携攻撃だが、それでもなお多数のサウザンドは生きており、ガーディアン達に狙いを定めて動こうとする。その出足を挫くかのように、突然数体のサウザンドが浸かっている水の周辺からピキピキという奇妙な音が聞こえた。

「グエェェェ!」

 サウザンド数匹の浸かっている水が白く濁ったと見るや否や、動きを封じるかのように腰から下の汚水が凍りついた。氷は下半身からゆっくりとサウザンドの体を登っていき、やがて何体かを完全に氷の中へと閉じ込める。それに続いて水面が幾つか盛り上がると、水が人間の上半身のように胴体、二本の腕、頭という形をとって動き始める。
 言うまでもなく芽衣と麗の能力によるもので、二人は早苗、唯、それに上島と共に水路の一つから、広場に姿を現した。すぐさまサウザンドとガーディアン、それに麗の作り出した水人形の間で乱闘となる。水人形は攻撃能力を持たぬ単なる囮で、サウザンドの多くは人間のように動くだけの水を相手に爪で襲い掛かり、無駄な攻撃を繰り返す。デコイが引きつけた分、相対する敵が減ったガーディアン達は、確実に敵を殺していく。楓はカマイタチを一体づつに集中して放ち、静香は拳に重力波を乗せて打ち出して相手の体を吹き飛ばして、敵を片付けていった。そんな中、通路に固まった五人の方にも数体のサウザンドが向かい、今まで静観していた早苗が一歩前に出て迎撃しようとする。

「はぁぁぁ……はっ!」

 そこで先に動いたのは意外にも唯だった。少年の両手が水面に叩きつけられると同時に、向かってきたサウザンドの身体が吹き飛んで、数メートルも宙を飛ぶ。これには唯の周りに居た、芽衣、麗、早苗や銃を構えていた上島も驚いて唯を見た。

「水中なら音の伝達がいいから、こういうのも出来るんだよね。ただ、僕の能力だと回数は限られるけど」

 唯は水を介して、音による衝撃波を放っていた。以前に敵意を持って麗が襲ってきたときにも、水を介した音撃は使ったことがあり、その威力は実証済みだ。その後もサウザンドが近寄るたびに、唯は音を放って相手を壁へと叩きつけた。
 刻一刻と経つ度にサウザンドが減っていく。何体かのサウザンドが逃亡を試みるが、トンネルを伝って逃げようとした時点で、影の中から黒いナイフが出現し、首や頭に深く突き刺さる。言わずとも知れた円の仕業だ。明かりがほとんど無いトンネル内は、円にとっては絶好の場所で、好きな場所から自在に攻撃が出来た。逃亡して新たに仲間を連れて来るとも限らないので、影の中から一匹ずつ彼女は逃げ出す相手を確実に始末していく。
 最後の一体が楓のカマイタチで首を刎ねられ、ようやく戦闘は終結した。ガーディアン達はほっとして深く息を吐くが、特に呼吸などの乱れは無い。

「案外、呆気なかったわね。次は何処よ?」
「この先の通路複数に広がっているね」

 京の質問に、唯はトンネルを直接指差しで、何本か示してみせる。一箇所に固まっていないと聞いて、京はうんざりというように首をほぐすように軽く回す。

「大方片付けたと思うけど、あとどのくらい残っているのよ?」
「……まだ今の十倍くらいは残っているんだけど」
「えっ!?」

 唯の言葉に、京を含めた何人もが驚きの声をあげる。

「嘘でしょ」
「残念だけど、そのくらい残っていると思う」

 呆然とした麗の言葉を、唯は困ったような表情できっぱりと否定する。

「何てこった。これは慎重に倒していくしかないかな」

 早苗が苦笑し、彼女の意見に全員が無言で同意する。一先ず作戦が必要ということで、円が自分の影に手を入れてその中からノートパソコンを取り出した。彼女は画像編集ソフトを立ち上げ、唯が使う超音波探査の能力から坑内の地図を作ることから始めた。麗や楓などが見張りに立つ中、静かに作戦プランは練られた。
 各トンネルの説明をしている最中、唯は何かに気付いたかのように顔を上げ、トンネルの一つに目を向けた。

「サウザンドですか?」
「違う。人が地上から下りてきた」

 芽衣の質問に、唯が答える。少年の言葉に、じっと話を聞いていた刑事の上島が慌てた。

「おい、それって下水の管理員か?」
「待って下さい……これは対策室の部隊みたいです」

 主の説明に、ガーディアン達が顔を見合わせた。上島と堺の話では内閣特殊事案対策室の腰が重かったために、二人は唯に調査を頼んできたのだ。どういう事情なのか、対策室が部隊を送り込んで来たというのだ。

「調査隊ですか?」
「いや、戦闘部隊みたい。かなり重装備で来ていて、無線に向かってここを制圧するって言ってる」

 円に向かい、唯は聞き取れたことを出来るだけ報告する。戦闘能力は未だ他のガーディアン達と比べて低いが、このような情報収集ならば唯は配下の女性達を圧倒する。

「これはもう、サウザンドのことは任せちゃっていいんじゃないかな」
「さあ……そう上手く行くかしら?」

 楽観的な早苗の意見に対し、、疑わしそうに静香が小首を傾げる。

「唯様、相手の部隊は現在どこですか?」
「大体、この辺りかな」

 円が差し出したノートパソコンのディスプレイ上を、唯は指で指し示す。

「丁度、サウザンドが分布している辺りを挟んで反対側ですね。どちらに向かっていますか?」
「こうだね」

 芽衣の質問に、唯は画像ソフトで描かれた地図を細い指でなぞる。

「サウザンドの群れに直進してますね」
「やる気満々というところだな」

 芽衣の指摘に、エリザヴェータが素直な感想を漏らす。

「どうしましょうか、唯様」
「対策室が来たのなら、もう任せちゃっていいんじゃないの?」

 指示を仰ぐ静香に対し、麗は投げやりになっている。確かに悪魔専門の対抗組織が乗り出してきているのなら、後を任せるのは一つの選択肢だ。このままガーディアン達がサウザンドと戦うと、途中で遭遇して厄介なことになる可能性もある。だがすぐに手を引くことに唯は抵抗感があった。怪物の群れを前にして、戦わずして手を引くのは能力者としての責任を放棄している気がするのだ。そんな唯の心中を察して、雛菊が彼の肩に親密な様子で手を置く。

「とりあえず、様子を見ましょう。対策室の手際を見てから決めても、遅くはないですし」
「そうだね」

 唯は意識を集中すると、展開している部隊が発する音を聞き取る。唯には彼らの呼吸音どころか、血流や筋肉の動きでさえも分かってしまう。

「戦闘が始まったみたいだ」

 唯の言葉通り、下水道のトンネルからは弾けるような乾いた音が、微かに響いてくる。断続的に聞こえてくる反響音に耳を傾けているうちに、唯の顔つきが険しくなった。

「隊員の何人かが怪我したみたいだ」
「何だって?」
「撤退し始めているみたいだけど、包囲されている。これはまずいかも」

 唯の報告に上島の顔色が変わる。出向した警官が多い部署なので、隊員の安否が気になるのだろう。それとは対照的に、ガーディアン達は淡々と出来事を受け止めている。色々と彼女達や唯にちょっかいを出してきている組織なので、哀れみなどは感じないのだろう。そして素人集団が魔物退治に手を出したので、このことを当然の帰結と見ている面もある。だが唯としては、関係が悪い相手とはいえ、末端の隊員達が危機に陥るのを黙って見てはいられなかった。

「みんな!」
「はい」
「何?」
「何でしょうか?」
「隊員を助けたい」

 唯の力強い意志がこもった言葉に、彼の恋人達は多少の差があれど驚いた。

「何でよ、あいつらは……」
「わかってる。だけど、人が死ぬのを黙って見ていられないよ」

 京の発言を遮って、唯が訴える。その切実な表情に、京も抗議の言葉を飲み込んだ。

「義を見てせざるは勇なきなり。唯殿のお考えは、非常に勇気ある決断と思われます。我々ガーディアンは唯殿のそのような崇高な意志を尊重したいと思います」
「わかったわかった。誰も反対しないわよ」

 エリザヴェータの大仰な褒め言葉に、京もあっさりと折れる。

「ただ、唯と上島には帰って貰うわよ。相手の救出には、足手まといだから」
「わかった。京さんも気をつけて」

 京が顔を赤くしながら唯の頭を撫でると、少年は素直に頷く。人前で珍しくスキンシップをとったので、京は羞恥心でいっぱいになる。
 隊員を救出するにあたり、京、円、エリザヴェータ、楓、雛菊が敵中突破を試みることになり、早苗、静香、芽衣、麗の四人が唯と上島の護衛につくこととなった。京やエリザヴェータたちはすぐさま移動を開始し、後に残されたグループは彼女を見送った後に撤退を開始した。







 サウザンドは悪魔達によって作られた戦闘生物だ。元々は数ある異世界の一つを征服するために、生み出されたという。強靭な生命力を持ち、繁殖力が強く、高い戦闘能力をも有するこの生物は、侵略を企てる悪魔達にとって、素晴らしい兵器だったに違いない。
 だが創造者が思いもよらぬ誤算が生じた。悪魔の命令を聞かなくなったのだ。強く凶暴で数の多い猛獣とも言える生物が、自分達に牙をむき始めると、悪魔達にとって兵器としての有効性はほとんど無くなったと言ってもいい。その増え方から千なるもの、サウザンドと名付けられたこの生物は、悪魔から利用価値がほとんど無いと判断され、見捨てられた。
 時空を超えて、この日本の地下で下水から栄養を得てサウザンド達はひっそりと繁殖していた。だが地上から騒がしい侵入者が来たので、自動的に巣を守ろうと行動に出た。侵入者達を囲い込み、追いたてようとした。派手な音を立てる武器で相手は自分達を攻撃し、殺傷してきたが、サウザンドは恐れを知らずに数で攻め立てた。群れ全体が既に侵入者を知っており、次々と集まってくる。だが相手に向かう途中で、サウザンド達は別の場所から仲間の体液の臭いが漂ってくるのを嗅いだ。その臭いの強さから、相当な数の同族がやられたに違いなかった。新たな危機に、群れの半数が足を止め、向きを変えて走り出した。






「しっかし、酷い臭いだな」

 上島が顔を思いっきり顰めて、悪態をついた。その顔には赤外線ゴーグルとガスマスクが装着されている。

「まあ、仕方ないですよ。下水ですからね」

 返事をした唯の口には、ガスマスクがつけられている。楓とエリザヴェータが一行と別れたため、空気の浄化と暗視能力の維持が出来なくなっていた。下水道は酷い悪臭に包まれているが、ガーディアン達は耐性があるのか、暗視ゴーグルだけ装着している。逆に音波の反響を利用している唯は、ゴーグルの力を借りなくても物の位置がわかるため、マスクのみを利用している。一行は来た道を比較的ゆっくりと戻っていく。だが突然唯が立ち上がると、背後を勢い良く振り返った。

「サウザンドの一部が、一斉にこっちに向かって来る」
「何ですって!?」
「本当ですか?」

 驚きの声をあげる麗と芽衣に、唯は頷いてみせる。

「でも、急に何故?」
「もしかしたら、匂いかも。楓が居なくなったから、空気が浄化されなくなったでしょ。ボクたちの匂いを嗅ぎつけたのかもしれない」

 静香の疑問に、早苗が自分の推論を述べる。実際にはサウザンドの群れは、仲間の体液を嗅いで侵入者を察知したのだが、早苗の推理は当たらずとも遠からじというとこであろう。
 人数が減っている唯達の一行は戦うのは不利と見て早足で移動を始める。だが、時を置かずして早くも一体のサウザンドが背後から姿を現す。

「ちっ!」

 麗は舌打ちをすると、手から超高圧の細い水流を飛ばして、魔物の首に穴を穿つ。その一体はもんどりうって倒れるが、その先から一体、また一体とサウザンドがやって来る。

「芽衣、足止めして!」
「了解したわ」

 麗の求めに呼応して、芽衣が意識を集中する。バキバキという音が鳴り響き、人間の腰まわりほど太い氷柱が、縦、横、斜めとトンネル内に乱立してガーディアンとサウザンドの間を遮る。何も無いところから現れた氷の障害に、サウザンド達は戸惑ったような叫びを上げる。

「今のうちに!」

 芽衣が叫ぶ間にも、唯達は走って距離を稼ごうとする。だが既にサウザンド達は芽衣の作り出した氷柱を早くも幾つか破壊して、ガーディアン達を追い始めていた。






 内閣特殊事案対策室の実行部隊は、混乱の極みにあった。元々今回の任務は偵察が目的であり、上島などからもたらされた情報を確認するために来ただけであった。悪魔との遭遇も予想されたので、アサルトライフルなどの重火器や暗視装置、ヘルメットにケプラーの防具などと装備は充実している。だがまさか太古の恐竜のような怪物、それも恐ろしいほどの数に遭遇するとは想像していなかった。当初こそ火器で対抗出来ていたものの、大量に押し寄せる敵にすぐ対応しきれなくなってしまった。撤退を決めたのは賢い選択だったと言える。だが相手のかぎ爪にやられた怪我人が出てしまった。怪我を負った仲間の移送に手間取り、回り込まれて挟み撃ちされる羽目になった。

「ちくしょう、何だこいつら!」
「しっかりしろ」
「もうダメだー!」

 パニックの叫びや悲鳴、銃の発射音が混ざり、戦闘のエキスパートであるはずの特殊部隊は狂乱の様相を呈した。闇から無限の如く現れてくる敵の姿に、最早これまでかと隊員の誰もが覚悟を決める。そんな中、何処からとも無く朗々と声が響いた。

「愚かな人間達は己の欲望がため、人を利用し、傷つけあう」

 トンネルの奥から聞こえる声に、隊員達はもとより、人語を理解しないサウザンドも困惑して辺りを見回す。

「だが互いの利益を超え、弱者を助ける者も居る。その正しき行いをするとき、人は……真の正義を知る!」

 トンネルの奥より疾風の如く、何かの影が突進してくる。その影が群れの中を駆け抜けると、サウザンド数体が何発も一度に殴られたかのような打撃を負い、大きく吹き飛ばされる。やがて疾走してきた影は、水面上で水飛沫をあげながら滑って止まった。唯の命を受けたエリザヴェータが真っ先に隊員たちの元へと辿り着いたのだ。水上を走ってきたとしか思えない銀髪美女の姿に、対策室の隊員達は度肝を抜かれた。

「な、何者だ?」
「ガーディアンの一員、光輝きし者、エリザヴェータ・アンドルス・イヴァノフ!」

 腕を組んで名乗りをあげるエリザヴェータに、危機を救って貰った男達は信じられないように彼女を見やる。対策室の実行部隊である彼らは、対ガーディアンを想定した訓練を何度も受けさせられている。一度は芽衣に戦いを挑んで、完膚無きまでにも叩きのめされていた。その仮想敵が、よもや絶体絶命とも言える危機のときに、助けに来てくれるとは思わなかったのだ。そしてエリザヴェータの派手な名乗りをあげる行為にも、ただ驚くばかりだった。

「借りるぞ……アクセラレーション!」

 エリザヴェータは怪我を負った隊員からアサルトライフルを取り上げると、再び加速を開始する。一体のサウザンドの咽喉元で引き金を引き、続けて何体かの頭へと銃弾を発射する。

「ディアクティベイト」

 エリザヴェータが停止すると同時に、何体ものサウザンドの頭が柘榴(ザクロ)のように割れた。至近距離から銃弾を受けたら、サウザンドも無事では済まない。エリザヴェータは手に持った銃をしげしげと見つめてから、顔を顰める。

「威力は凄いが、やはり銃は好きになれないな。返すぞ」

 エリザヴェータは隊員の一人に銃を投げて返す。エリザヴェータが銃を嫌いなこともあるが、弾を撃ちつくしたのでこれ以上彼女が持っていても仕方が無い。

「どきなさいよ」

 エリザヴェータが開いた血路を、楓、京、雛菊が楓が操る風の力を利用して、低空飛行でトンネル内を猛スピードで突破する。三人はあっという間に、エリザヴェータや隊員達の元へと辿り付く。

「雛菊、しんがりを任せたわよ。楓とエリザヴェータで突破する」
「了解」

 京と楓、エリザヴェータが隊員達の脇を駆け抜けて反対側に回り、雛菊は最後尾で腰を落として抜刀の構えを見せる。

「責任者は?」
「私だが……」

 京の有無を言わさぬ声に、隊の一人がおずおずと彼女の前に出て来る。

「脱出を手伝うわよ。ついて来なさい」
「助けてくれるのか、ガーディアンが?」

 隊長らしき男は驚いたような声を出して、暗視装置越しに京の顔を見る。未だに彼はガーディアンが助けてくれるという事態が、信じられないでいる。

「私達の主に感謝することね。これは彼の命令よ」
「そうなのか……」

 隊長の目に、京が憮然とした表情なのが映る。ガーディアンは彼らに好感情を抱いていないが、誰かが救援を頼んでくれたらしい。隊員達は隊長が指示を出すまでも無く、藁にもすがる思いでガーディアンについていこうとした。
 楓は狭いトンネル内の空気を猛循環させて突風を巻き起こし、通路を進んで来るサウザンドの侵攻を阻もうとする。運良く猛風を抜けてきたサウザンド達も、加速したエリザヴェータの攻撃を何十発も体に受けて倒れ伏した。
 京も二人に加勢しようとするが、怪我人が居た為に、そちらに力を使うことを余儀なくされる。彼女は負傷者の血をコントロールし、血が出ていかないようにして、出血を完全に止める。傷も塞ごうとするが、傷口が深いので京は諦めた。怪我人を自分の血で作った繭のようなもので包み、京は持ち上げる。

「移動するわよ!」

 京の号令の下、部隊は元来た道を引き返し始める。行く手を阻むサウザンドは楓とエリザヴェータが相手をする。

「しつこいやつらめ」

 雛菊は背走でするすると後ろに下がりつつ、迫り来るサウザンドを片端から斬って倒す。しかし、敵は次から次へとトンネルの闇から湧いてくる。

「なら、これはどうかしら?」

 サウザンドの影から片手がぬっと現れ、細い小型のナイフをトンネルの壁にばら撒く。ナイフがコンクリートに見事突き刺さると、複数のサウザンド達の動きが彫刻になったかのようにピタリと止まった。これは円が得意としている技の一つ、「影縫い」だ。生物の動きをナイフなどの刃物で封じることが出来る。

「良い動きだ、円!」
「雛菊は怪我しないでよ」

 侍と忍と呼べる能力を持つコンビは、正面からの斬りあい、または影からの暗殺というそれぞれの特技で次々と妖魔達を倒していく。だが時を増すごとにサウザンドの数は減るどころか、ますます増えていく。

「キリが無いな……」

 背後にジャンプで移動しつつ、サウザンドを迎え撃っている雛菊が眉を顰める。彼女は一体に向かって持っていた刀を投げつけると、すかさず大きく跳躍してサウザンドと大きく間合いを取る。

「でやああああ!」

 雛菊が気合と共に両の手を打ち合わせる。それと同時に下水道トンネルの壁から百を越す刀や剣が飛び出す。人間大の長さで出来た刀剣は通路を塞ぎ、数体のサウザンドを巻き込んでめった刺しにする。突如現れた刃の壁に、魔物達の動きが僅かに止まった。

「ちょっと、そんな大技を使って大丈夫?」

 雛菊の足元にある影の中から黒い姿が立ち上がり、円へと変わる。

「……少し抑えたから、大丈夫だ」

 円の問い掛けに、雛菊は膝をついて大きく肩で息をした。接近戦用に造られた雛菊は、遠隔攻撃は得意ではない。剣を司るガーディアンとはいえ、先程のような術を使うと、他のガーディアンより体力を消耗してしまう。

「しかし、大して時間稼ぎにもならなかったな」

 雛菊は立ち上がり、柄の両端に剣がついた武器を生み出して構える。その見据える先には、剣や刀をがむしゃらに殴って、叩き壊そうとするサウザンドの姿があった。自分達が傷つこうがお構い無しだ。

「とりあえず移動する。追いつかれたら迎撃するから、また援護を頼む」
「了解。任せて」

 雛菊がクルリと回れ右をすると、彼女の影に円がズブリと沈みこむ。先を行く京達を追って、雛菊は駆け出した。





「どうするの、大量に追って来ているわよ!」

 麗が背後を見て、仲間に向かって叫ぶ。少女の言うとおり、闇から湧き出るように、妖魔の群れが追っかけてきている。麗は手の平から直径一メートルほどの水球を作り出し、背後に向けて放つ。水に巻き込まれて何体かのサウザンドが下水に落ち込むが、それを踏み越えて相手は迫って来ている。

「近づいてきたら、足止めすればいいわ」
「それで本当に大丈夫なの?」

 芽衣のプランに、麗は疑問を感じる。だが話している間にも敵は迫っており、唯達は必死に足を動かして、距離を稼ごうとする。

「まずい、回りこまれた」

 全力で駆けていた唯が、突然焦ったような声を出す。唯の知覚に、別のトンネルを通って前方を塞ごうとするサウザンドの一団が引っ掛かる。このままのペースで移動すれば、立ち塞がるサウザンドに阻まれ、間違いなく挟み撃ちにあう。人間である唯と上島が一緒に居るため、集団での移動スピードにも限界があるのだ。

「ボクがここは防ぐよ」
「早苗さん!?」

 驚く唯に構わず、早苗は足を止めると体を岩へと変質させていく。

「後ろから来る敵をボクが止めている間に、前方を突破して」
「でも、早苗さんは……」
「お姉さま、唯君を頼んだよ」
「わかったわ」

 早苗が立ち止まったがために、唯も足を止めようとする。ところが唯は体が急に軽くなったと感じた途端に、静香に抱き抱えられて体ごと運ばれてしまった。重力を打ち消し、軽くなった少年を運ぶのは、静香にとってはお手のものだろう。

「わかったわ……か。強くなったね」

 トンネルの闇に遠ざかる静香の背中を見て、早苗は微笑む。静香が自ら戦おうとする姿を見るのは、早苗にとって嬉しいことだった。以前の彼女なら、多数いる魔物の前に早苗だけ残すことや、自ら悪魔と戦おうとすることは無かっただろう。人間ながら果敢に戦う唯の姿に、主を守るという意識を静香は持ったのかもしれないと、早苗は思った。千年以上前、人々の醜い戦争を目の当たりにして、心に傷を負った静香を早苗はずっと守ってきた。他のガーディアンには無い、優しい心を持った静香に惹かれたからだ。今はその優しさが自分と共に、素敵な人間の少年にも向けられ、強い心を静香は持ってくれた。
 静香を立ち直らせてくれた唯に報いるためにも、早苗は静香と共に唯を守ろうと決意している。まるで静香と恋人になったときのようで、早苗は嬉しさで思わず笑みがこぼれてしまう。

「さあ、来なよ。相手になるよ」

 早苗は殺到するサウザンドの群れに、恐れも見せずに啖呵をきる。先頭の一体が飛びかかってきたのを、岩石と化した拳で顔面を殴って、早苗は相手を吹き飛ばす。一体を一撃で倒すも、早苗はすぐに激走してくるサウザンドの群れに飲み込まれた。

「このぉぉぉぉ!」

 移動する群れの先頭で早苗は敵に掴まる。早苗は岩石と化した四肢を使い、手当たり次第に殴り、蹴りつける。サウザンドは牙や爪で早苗を傷つけようとするが、鉱物となった彼女の肌は生半可な攻撃では傷がつかない。早苗は下水に押し倒され、何度も転ばされるも、我が身を省みずに手近な相手をひたすら攻撃する。早苗の捨て身の攻撃に、何体ものサウザンドが倒れていく。だがそれでも多数のサウザンドは動きを止めようとしない。

「行かせないよ!」

 早苗の言葉と共に、トンネルの両壁からコンクリートの槍が大量に突き出して、先頭に居た十数体を刺し貫いて群れの動きを止める。だが背後に続く者達は槍を殴りつけ、仲間の死骸を乗り越えてやって来ようとする。

「やっぱり、長い足止めにはならないか。でも、これで……」

 敵を目前にして、早苗は瞳を閉じて意識を集中させる。その間にもサウザンド達は猛烈な勢いでコンクリートの柵を突破し、早苗へと飛びかかろうとする。

「これでも……食らえ!」

 早苗の大声と共に、トンネルに鈍い地響きが聞こえ始める。すぐさまトンネルが大きく揺れ始め、周囲に居る者達を大きく揺さぶる。慌てふためくサウザンドの一部が地震を起こしているのが早苗だと感じ取り、飛びかかって下水の中へと彼女を押し倒す。

(もう遅い)

 地震はますます酷くなり、トンネルの天井に亀裂が走る。そしてコンクリート片が次々と落下してくる。サウザンド達の真上にもコンクリートの塊が落ち、密集していた妖魔達は次々と押し潰されていく。倒れこんでいる早苗と、その周りに居るサウザンドにも瓦礫が降り注ぎ、やがて巨大なコンクリート塊で双方の姿が見えなくなった。





「……邪魔」

 楓の呟きと共に、圧縮された空気が打ち出され、一体のサウザンドを吹き飛ばす。その傍では柄の両方に剣がついた巨大な剣を雛菊が風車のように振り回し、サウザンドの群れを牽制している。
 多数の敵に包囲されつつも、京達が護衛した部隊は逃げ切りつつあった。流石にこれだけのガーディアンを倒すのは容易ではなかったことと、群れの半数が唯達を追っていったのが大きかった。

「あそこだ!」

 走っていた隊長が前方に見えてきた鉄梯子を指差す。

「エリザヴェータ、頼むわよ」

 京が合図を送ると、エリザヴェータの姿が消え、前方で立ち塞がっていたサウザンドが吹き飛ぶ。加速したエリザヴェータは残像を残しつつ、次々と打撃でサウザンドを屠っていく。

「早く、早く行って!」

 京の叱咤に呼応するように、梯子に走りこみ、よろめくように隊員の一人が辿り着いた。急いで登ろうとした彼の服を、赤い血で作られた腕が掴み、一気に地上に向かって引き上げた。登らせる時間も惜しいと考えたのか、京は他の隊員達も同様に持ち上げて次々と運んでいく。

「急いで! 長く持たないわよ」

 黒い鎧に身を包んだ円が叫ぶ。最早影に紛れて散発的な攻撃を行っていては足止めできないため、円は肉弾戦でサウザンドを食い止めようとしていた。京や雛菊のように、影で黒い爪や剣を作って彼女は戦ってはいたが、このような集団に対する接近戦は苦手なため、彼女は苦戦していた。爪を振るって一頭を引っ掛けて投げ飛ばすが、円は脇から隙を窺っていた一頭に思いっきり噛みつかれる。

「あああああぁ! こ、このぉー」

 鎧によって守られているため、円に怪我などは無いが、ギリギリと歯で圧迫されて苦しいことには変わりは無い。円は片手に持っていた黒い剣を自分の意志で短くし、自分に食らい付いているサウザンドの腹へと躊躇無く突き刺す。相手の急所を抉った手応えを得ると同時に、噛み付いていたサウザンドを蹴って突き放す。

「最後の一人を上げたわ。まずは上に退避するわよ」
「分かった。全員下がれ」

 マンホールの上に上がりつつ、京が叫ぶとエリザヴェータが大声で応える。雛菊が持っていた大剣をサウザンドへと投げつけてから後ろに飛び退き、円も影の中へと飛び込んで撤退する。楓がトンネルに向けて暴風を発生させ、サウザンドの動きを妨害し、その間にエリザヴェータがサウザンドの群れへと数歩近寄る。

「全員、目を閉じていろ。目が潰れるぞ!」

 エリザヴェータが左手を前に突き出すと、その拳から爆発的に光が溢れ出した。

「ギョギョェェェ!」

 直線的な水路を、エリザヴェータの放った光線が包み込む。そのあまりの光量に目を焼かれて、サウザンド達は悲鳴を漏らす。エリザヴェータの近くに居たサウザンド達は光線の強さに肌を焼かれるほどだった。メタンガスなどの可燃ガスに引火することを考慮し、エリザヴェータは熱量のある光線を放つのを控えてきた。だがここに来て、追撃してくる相手全ての目を眩ます必要が出た。レーザーが引火しないよう祈りつつ、ある程度のリスクは覚悟して、彼女は強烈な可視光線を放つことにした。
 光に視界を奪われている合間に、楓、エリザヴェータ、雛菊の順にはしごを駆け上がった。マンホールを出た京が辺りを見回すと、何処かの駐車場のようであった。七階建てというかなり大きな建物が接しているが、駐車場に駐車しているのはライトバンが数台と、救急車が二台ほど停まっているだけだ。対策室の戦闘要員と救急隊員が救出された隊員達のために忙しく動き回っている。

「あれ、全員生きて戻ったのか?」

 京がマンホールから出てきた楓達を助けていると、横から突然声をかけられた。見れば青と黒の模様に彩られたスーツを着た人物が自分達を見ている。背が低いその人物は隊員達のように武装しており、特徴的なのは背後に背負った二本の刀だ。そして何より異様なのはプロレスラーが着ているような目の部分が白いマスクをしていることだ。身元がばれるのが怖いのか、覆面の男はボイスチェンジャーを介して喋っていた。

「おまけにおっぱいのでかいねーちゃんがたくさん居るな。あれ、この先って桃源郷に続いているんじゃね?」

 覆面の男は京達を一瞥すると、マンホールの中を覗き込む。

「あんた、ケンカ売ってるの?」
「あれ、俺ってケンカ買いにきたんだっけ? いやいや、買うのはバーゲン品だけだ」

 胸の大きさをずけずけと指摘された京が声を荒げるが、マスクの男は理解不能なことを喋るので、困惑するしかない。

「おっと」

 駆け上がってきたのか、マンホールの口から飛び出したサウザンドを、男は抜き打ちで背の刀で切りつける。脳天を唐竹割りにされたサウザンドは下水に落ちていく。

「何だ何だ、おっぱいが出てきたと思ったら、次はとかげが出てきたぞ。一体どっちなんだかわからんが、多分おっぱいが待ってるに違いない。待ってろ俺のリトルへブン」

 京やエリザヴェータが止める間も無く、覆面の男は飛び込み台からプールに飛び込むように、頭からマンホールの下へとダイブした。

「うお、トカゲだらけだ。しまった、化かされた、騙された、嘘、大げさはジャロに電話するべし、この野郎おっぱい出しやがれー」

 奇妙なボイスチェンジャーの声と、銃弾の音が坑内から聞こえてくる。激しく争う音と、男の独り言が延々と後に続く。

「うさぎ追いし、かの山、とかげ釣りし、かの川」

 下手な歌声と、何十もの敵に囲まれつつも戦い続ける男の技量に、ガーディアン達は目を丸くしてすぐには動けなかった。






「下はどうなっているのかしらね」
「あら、心配なの?」

 ぽつりと呟いた百合を、ミシェルは意外そうに見る。

「結構な時間が経っているでしょ、何か起きていなければいいけど……」
「あれだけ人数が居るなら大丈夫でしょう。芽衣や円も一緒に居るんだし、何かあればすぐに脱出するでしょう」

 チラリと腕時計を見る百合に、由佳が明るく声をかける。留守を任された三人のガーディアン達は、ワゴン車の中でくつろいでいた。唯の傍に居ることが出来ないのは残念だったが、下水の中を動き回らなくて済んだので、少しほっともしていた。唯達がマンホールの下に潜ってから、既に二時間近く経っている。

「図面とか用意して無かったが、下で迷ってるってことは無いか?」
「それは無いわ」

 堺の懸念に、由佳がピシャリときつい口調で返す。

「わかったわかった、俺が悪かった」

 ガーディアンの冷たい態度に、堺は苦笑する。ガーディアンは唯という少年には甘いが、他の人間達には極めて無関心らしい。そこら辺が常人とは違うと堺は感じた。二千年近く転生を繰り返しているということだが、その話もあながち嘘ではないかもしれないと信じ始めていた。
 楽観的なガーディアンの予想とは逆に、唯達は苦境に陥っていた。後続のサウザンドを早苗が食い止めてくれたのは良かったが、まだ唯達の行動を阻もうとするサウザンドが多数いた。懸命の逃走を続ける唯達であったが、やがてサウザンドの一団に前方を遮られた。

「はあっ!」

 静香の放った重力波で数体のサウザンドが吹き飛ぶ。しかし狭いトンネル内で器用に跳びはねて不可視の攻撃を回避し、残りのサウザンドがガーディアン達に肉薄する。

「このっ!」

 全身を氷へと変化させ、芽衣が唯達の集団から飛び出す。拳にトゲ状の氷を上乗せして一体のサウザンドの顔面を殴りつけて倒し、自分に向かってきたもう一体の首を芽衣は片手で掴む。手中で強烈な冷気を発生させ、芽衣は掴んでいる怪物の首筋を凍結する。彼女はそのまま手に力を込めて凍った部分を握り潰す。サウザンドは体液を撒き散らして崩れ落ちた。

「食らえっ!」

 唯が大音量の音をサウザンドの一群に叩きつけると、怪物達は身悶えして動きが僅かに止まる。すかさず上島が銃弾一発で一体の頭を撃ち抜いて仕留め、残りを麗が放った数条の水流が貫いた。

「急ごう」

 荒い息で本来なら声も出ないのだが、唯は声の代わりに音で直接全員に告げる。全力で移動しつつ能力を使ったために、彼の消耗が激しいようだ。静香は無言で唯の手を引いて走り出し、他の者達も後に続く。一行はなるべく早く移動しようとするが、しばらく進んだところで、サウザンドの集団に再び行く手を遮られてしまう。

「由佳達のところまで、あと少しなのに……」

 主を脱出させることが出来ない焦りから、芽衣が唇を噛む。ガーディアン達だけなら大概の障害は切り抜けられるが、人間の唯が一緒だとどうしても強い危機感を覚えてしまう。かけがえのない主に何かあってはとりかえしがつかない。

「大丈夫、助けを呼んだ」
「えっ!?」

 唯の言葉に、芽衣が詳しい説明を求めようとしたとき、列の末尾に居たサウザンド達が派手に前方へと吹き飛んだ。暗視ゴーグル越しに芽衣の視界に、下水の水面を滑るように飛んでくる百合の姿が見えた。

「百合!」
「待たせたわね」

 百合はサウザンドへと肉迫すると、掌底を一頭の胸へと打ち込む。さして威力が込められていないようなその一撃で、攻撃を受けた妖魔は体液を口から吐いてヨロヨロと下水に倒れ伏した。百合は続けざまに掌底や蹴りで、次々と敵を一撃で倒していく。
 地上で待機していた百合は他の二人と共に、唯からのヘルプコールを受け取った。目的地が近づいたので、唯の音が届いたのだ。だが由佳やミシェルの火と電気という能力は、ガスへの引火性が高いため、比較的安全そうな百合だけが選ばれて救出に向かうこととなった。
 百合はいつも使う衝撃波を極力使わないようにして、接触によって相手の内部へと直接衝撃を送り込むという技を使うようにした。接近戦によって攻撃を食らうリスクは高まるが、内部に直接浸透する衝撃は殺傷能力が高いという利点もある。背後からの奇襲でアドバンテージを取った百合を、芽衣と麗も自分達の能力で援護する。前後を氷の槍、水流、そして直接攻撃で切り崩されて、サウザンドの一群はまたも全滅した。

「ボウヤ、さあ早く!」
「はい!」

 喜ぶ間も無く、百合の叱咤する声で一行は再び走り出す。そしてそのまま敵に会わず、何とか進入してきたマンホールに戻ってきた。

「上島さん、先に行って下さい」
「悪いな」

 上島を先頭に一行は梯子を上がり、何とか敵が追いつくより早く地表へと無事脱出した。だが唯の知覚能力には、こちらへと到着しつつあるサウザンド達の音が聞こえてきた。

「まだたくさんこっちに来てる!」
「由佳、ミシェル、頼むわよ」

 唯の警告に、百合が待機していた由佳とミシェルの二人に声をかける。

「任せて頂戴」
「唯君、お姉さんの格好いいところ、見せちゃうから」

 既にエネルギーを貯めて待ち構えていたミシェルと由佳が主にアピールする。ミシェルは全身から放電を繰り返しており、目から白い光を放っている。由佳は長い髪の末端が赤く燃えており、片手の上に鈍い色に輝く白い玉を構えていた。

「たああああああああっ!」

 ミシェルが叫びと共に顔の前で腕を交差させ、勢いよく振り下ろす。その裂帛(れっぱく)の気合に応えるように天空から白い光芒が走り、凄まじい轟音と共に雷がマンホールの穴へと吸い込まれた。大気をも焼く超電力が下水を直撃し、高電圧の電撃が汚水を伝ってサウザンド達に走る。

「ぐぇえっ!」

 サウザンド達は、ミシェルが放った渾身の雷撃を受けて強烈なショック症状へと陥る。マンホール近くに居た魔物ほど、その衝撃の度合いが高く、次々と心臓発作で水中へと倒れていく。

「トンネルを封鎖するわ。芽衣、カバーは頼むわよ」
「緊急事態だから仕方ないわね」

 由佳が芽衣に声をかけてからマンホールへと飛び込む。芽衣は何をするべきか心得ているように、下水の入り口に近づくと全身から冷気を放出し始めた。

「芽衣さん?」
「伏せて下さい!」

 芽衣の警告と共に、前方にある地面の一部が陥没した。それと同時に出来た穴から蒸気が吹き上がり、強烈な熱波が冷気を押しのけて唯達を直撃した。

「な、何だこりゃ?」

 上島が強烈な熱気に驚いていると、芽衣がドーム状に氷を張り、熱気を遮ろうとする。

「くっ……」

 全員を包むような半球の氷を芽衣は維持するが、彼女の秀麗な眉がぐっと歪む。陥没した地面の縁がドロドロに溶けているのをみると、凄まじい熱量が放出されたのがわかる。

「あれは?」
「由佳の攻撃よ」
「何物をもマグマ状に溶かすほどの超高熱球体です。普段は使えない危険な攻撃ですが、今回は封印を解きました」

 唯の疑問に、麗とミシェルが答える。由佳は下水トンネルを完全に破壊するため、鉱物をも溶かす高熱での攻撃を放ったのだ。唯の眼前で氷越しに、植物などに熱気で引火しているのが見える。このままでは山火事になるのではと唯が危惧していると、火の勢いが急激に収まっていった。

「芽衣、もう大丈夫よ」
「はぁはぁ……わかったわ」

 由佳が地面の穴から顔を出すのと、芽衣が片膝をつくのはほぼ同時だった。芽衣が力を抜いても、氷のドームが維持されるのを見ると、どうやら由佳が熱気を力で抑え始めたようであった。

「麗、消火手伝って」
「はいはい」

 地表へ出て来た由佳が火勢をコントロールして弱めると、氷の壁を水流で破った麗が火を一つづつ丁寧に水で消していく。由佳のボディスーツは焼け焦げてボロボロのようだが、彼女自身は無事のようだ。

「何とか逃げ切った……ようだな」
「いや、まだです」

 ほっとした表情の上島に対し、唯は首を左右に振る。少年の視線は大きく陥没した穴に向けられていた。






「唯様、ご無事ですか?」
「何とかね」

 上空から飛んで来た楓に向かって、唯は手を振ってアピールする。楓と共に離脱していたほかのメンバーも地上へと降り立つ。思い人の安否が心配で、対策室については放置して全員で戻ってきたらしい。組織の情報を得るにはいい機会には違いなかったが、それよりも主のことが大事だった。

「でも、早苗さんがまだ戻っていないんだ」

 唯は心配そうに、開いたマンホールを見る。早苗と別れた後、唯ははっきりと下水道で何かが崩れるような轟音を聞いた。そのときは早苗による攻撃かと思ったが、それ以降は早苗の生存を証明するような音が聞き取れないのだ。

「静香さん……早苗さんはもしかして僕の代わりに犠牲に……」

 ずっと我慢していたのだが、唯は耐え切れないように早苗にとってもう一人の恋人である静香に問い掛ける。じっと沈黙を保っていた静香が、主へと向き直る。

「唯様……早苗は唯様のことを深く愛していました。ですから、あの場面ではあれ以外に他に方法が無かったんですよ」
「そんな……」

 物静かにあえて淡々と答える静香に対し、唯はショックを受けたようによろめく。そんな彼をそっと抱き締めて、静香は囁く。

「大丈夫です。早苗はあの程度では死にませんよ」
「でも……」

 唯が何かを言う前に、マンホール近くの土が盛り上がった。またもサウザンドかと、唯が体を緊張させる。だが地面から現れたのは、華奢な人間の手だった。

「ぷはっ、やっぱり地中よりは地上が息苦しくなくていいや」

 大地の下から顔を出した早苗は大きく息をつくと、するすると地中から上昇して地面に降り立った。

「さ、早苗さん、無事だったの?」
「あれ、唯君には言ってなかったっけ? ボクって、ガーディアンの中で一番逃げ上手だってこと」

 怪我一つない様子で、全身の埃を払う早苗に唯は唖然とする。そんな少年の様子に、静香と他の何人かのガーディアンがクスクスと小さく笑っていた。





 古代の頃から、早苗は逃げ上手だった。その理由は極めて単純で、早苗は大地や岩などがある場所なら、いつでも同化してその中を自由に移動できるからだ。この能力のおかげで、悪魔や妖怪などに取り囲まれたときも、余裕を持って包囲を脱出することが可能だった。もちろん戦闘時に傷を負って、逃げる前に戦死したことも幾度もあったのだが、静香と共に生活を始めてからは、そういうことは稀であった。

「まあ、そういうわけで、ボクは滅多にやられたりしないんだよ。だから安心していいよ」

 背後に居る唯に、説明を終えた早苗が明るい声で言う。ここはガーディアン達の自宅を以前に改装して作った巨大風呂で、全員が浴室の中に居た。
 ガーディアン全員が無事帰還したということもあり、サウザンド討伐を一旦中止として撤収することに決定した。上島と堺はコネがあるということで、ガーディアンに代わって展開している対策室について調べにいくと言って、途中で別れた。能力者であるガーディアン達が自分達の調査に付き合ってくれたことに、二人の刑事は大分感謝していたようであった。何か分かったら連絡すると言い、彼らは深夜の市街地に消えていった。
 既に夜明け近いが、下水を彷徨っていたので、全員が風呂に入る必要があり、唯は慰労も兼ねて全員の体を洗うと約束をしていた。一番手には早苗が選ばれており、現在唯に背中を洗って貰っている最中だ。

「地を操る能力って、そんなに便利だって知らなかったな」
「あんな逃走能力が無ければ、お姉様や他の人がボクを置いていくことは無いよ」

 しきりに感心する唯に対し、背中をスポンジで擦って貰っている早苗はクスクス笑う。

「唯君も何かあったときはボクに構わず逃げてね」
「う、うん、努力してみるよ」

 早苗のお願いに対して、唯は口ごもる。たとえ早苗は自分が無事に逃げられるという保障が無くても、唯を無事に逃げさせるためならば戦うだろう。もしそのような状況が訪れたなら、唯は逃げ出したりはしないはずだ。

「早苗、そろそろ代わりなさいよ。後がつっかえてんだから」

 湯船に浸かっている麗が早苗をせっつく。だが早苗はにこりと笑うと、くるりと振り向いて泡のついた体で唯を抱き締める。泡まみれでヌルヌルした柔肌に、唯は思わずゾクリとしてしまう。

「だーめ。まだ洗って貰ってないところがあるから」
「はぁ? 全身満遍なく洗って貰ったでしょ」
「まだ一番大事なところを洗って貰ってないよ」

 麗が見ている前で早苗は唯の手を取ると、優しく陰部へと導く。お湯や石鹸とは違う粘液の感触がして、唯の指は早苗の秘部へとスルリと入ってしまう。

「あっ、ずるーい」
「早苗、ずるい」
「抜け駆けしないでよ!」

 早苗の大胆な行動に、麗、楓、京が一斉に湯船から立ち上がる。すかさず浴槽から洗い場に出た女性陣の間で唯の奪い合いが始まる。

「ああ、みんな落ち着いて。順番を待って!」
「ちょ、ちょっと、何やってるのよ!」

 唯や芽衣の制止にも関わらず、エキサイトした女性達は止まらない。面白がってミシェルや由佳まで参戦する有様だ。抱きつく女性達の中心で、柔らかい女体に唯が揉みくちゃにされる。そんな騒ぎの輪から抜け出した騒ぎの張本人である早苗は、少年の慌てふためく様を見て、悪戯の成功にクスクス笑うのだった。





「よっと!」

 マンホールの中からひょっこりと首を出し、青と黒で彩られた覆面が顔を出す。周囲には対策室の特殊部隊隊員達が多数おり、マンホールから出て来た人物を注視する。だがマスク姿の怪人物は周囲の視線を気にもせず、何処からか取り出した携帯電話をかけた。

「あ、俺だよ俺。ちょっと事故っちゃってさ」
「オレオレ詐欺はどうでもいい。始末はついたのか?」
「一応、あらかた方はついたと思う。だらり途中下車の旅は録画しておいてくれた? あれ見ないと、悔しくて思わず酢を一気飲みしちゃうんだが……」
「勝手に飲め! 切るぞ」
「ああ、それと服がボロボロになっちまった。裸に覆面って、パリコレで流行るかな?」
「すぐに替えの衣装を準備させるから、待っていろ!」

 一方的に切れた携帯電話にマスク越しに顔をしかめ、覆面姿の人物は空を見上げる。

「悪魔とか怪物とか言っても大したことは無いな。さっきの奴らも一匹捕まえて番トカゲにしときゃ良かった。さて、ガーディアンとやらは、もうちょっとは強いのかな?」















   































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