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(俺は一体、どうしてこんなところにいるんだ?)

 稲田正は砂浜の上で大きく喘ぎながら自問した。既に気温は三十六度近くに上昇しており、運動には危険な水準だが、正はひぃひぃ言いながらも走っている。
 事の発端は、剣道部部員に合宿に誘われたことだった。一時的に部員となって、海の合宿に行かないかと言われたのだ。合宿部の顧問は老齢の教員で、放任主義のために合宿とは名ばかりで一日中遊べるのだという。正を始め、多数の男子生徒が友人との馬鹿騒ぎや、ナンパ目的で合宿に参加することとなった。
 だが可愛い女の子との一夏のアバンチュールを期待した正の目論みは、顧問の教師が都合によって合宿に参加できなくなり、代理の教師が合宿に来たことによって崩れ去った。

「走れ走れ、苦しくても走れ!」

 剣道着を着て袴を履いた雛菊が、竹刀を両手で砂に突き刺して、仁王立ちした姿で大声によって叱咤する。剣道部部員の引率は、顧問の教師が来られなくなったので、体育教師で剣道の有段者である彼女に任されたのだ。
 合宿地に到着してすぐに、俄(にわか)部員と部員達は雛菊によって砂浜をひたすら走らされていた。倒れる者が出てもおかしくはないはずなのだが、雛菊はあらかじめクーラーボックス一杯にスポーツドリンクを用意しており、部員に幾らでも飲んでいいと告げていた。充分に水分補給が出来るため、熱中症などの対策はきちんと採ってある。そのせいで生徒達は却って死ぬほど走らされる目にあった。

「ねえ、ちょっとやり過ぎじゃない?」

 剣道着で指導している雛菊の隣で、ビーチタオルの上で横になっているミシェルが彼女に声をかける。引率を頼まれたのは雛菊だったが、ミシェルは自発的に自分も立候補して合宿について来たのだ。当初は水着姿のミシェルが見れると喜んだ部員だが、現在の状況ではそれどころではない。

「そんなことは無いぞ。これくらい運動の範疇にすら入らん」
「でも、皆死にそうになっているけど」
「軟弱なだけだ。運動部の部員のくせに、鍛え方が足りんのだ」
「そりゃ、あなたにとっては誰だって鍛え方が足りないように見えるでしょうよ」

 フラフラしながら走っている部員達を示すミシェルに、雛菊はにべも無い。

「そんなきついこと言っちゃって。唯様にも同じトレーニングをさせることが出来る?」
「えっ!? そ、それは、その……」

 いきなり骨の髄まで惚れている相手をミシェルに示唆されて、雛菊は軽く狼狽する。尊く思っている主に猛特訓を理由も無く強いるのは、雛菊には到底出来そうにも無い。しかし雛菊は、戦友を前にあえて強がってみせる。

「ゆ、唯様のためになるのなら、私は厳しくすることだって出来るぞ」
「本当に!? こんなに走らせたら、唯様だって倒れちゃうかもしれないわよ」
「唯様はそんなに軟弱ではないはずだ。でなければ、あんな夜の営みが出来るわけがない」

 雛菊の強がりに、ミシェルは頷く。

「そう言えばそうよね。十二人相手に深夜ずっとセックスして、翌朝ケロリとしてるなんて、普通有り得ないわ」
「バカ! 声に出して言うんじゃない!」

 ミシェルのあっけらかんとした台詞に、雛菊が慌てて周囲を見回すが、特に誰かに聞かれてはいないようであった。袴姿の美人剣士と、ビキニ姿の金髪美女の組み合わせが珍しいらしく、注目は浴びている。だが大声で渇を入れている雛菊が怖いらしく、危険を冒して接近する者は居なかったのだ。

「ところでおまえは何しに来たんだ?」
「雛菊一人で高校生の男子を寂しく指導するのは可哀想だから、一緒に来てあげたんじゃない。……その疑いの目は何かしら?」
「海に遊びに来たかっただけじゃないのか?」
「確かに海に来たいとは思ったけど、唯様抜きではねー」
「……そうだな」

 恋人の名前を出されて、雛菊は深くため息をついた。勤めている学校からの連絡で、合宿の引率を頼まれた雛菊は当初断わろうとした。だが代わりの教員が見つからず、雛菊は嫌々ながら引き受けた経緯があった。本当ならば、唯の傍で盆栽でも弄りながら、一緒にのんびりしたいのである。

「……もしかして、無理やり引率を任せられた鬱憤を部員にぶつけて無い?」
「う……あ、あまりにも唯様と違って軟弱だから」
「比較するのが無理よ、そもそも」

 図星をつかれた雛菊の弱々しい弁明に、ミシェルがため息をつく。
 普通の高校生と、中学生とは言え十二人の戦士を統率する重責を負った少年を、比べるのが間違っているのだ。唯も両親が健在で、ガーディアンの主に選ばれていなければ、一般の中学生と変わらなかったかもしれない。彼が持つ強さである正義感と情の深さは、本来ならばもっと大人になってから開花する才能だったはずだ。

「ほどほどにしないと、唯様のいとこの正君から話が伝わって、怖いお姉さんって印象持たれちゃうわよ。彼、合宿に参加してるんでしょ」
「う、それは……」
「まあ、でも遊ぶ気満々だったから、いい薬になるかもね。私の水着姿で鼻の下を伸ばした分くらいはお仕置きしなくちゃね」
「わかった、任せておけ」

 絶世とも言える二人の美女がクスクスと笑い合う光景は、男なら見ているだけで和んでしまうだろう。だが二人の前を走り回らされている正達には、見ている余裕などは全く無かった。






「それで、素体02だけでなく、素体01まで使われてしまったというわけ?」
「はい、その通りです」

 無機質で広いオフィスで研究員らしき白衣の男から、白衣の女が報告を聞いていた。女は以前に神崎が研究所を訪ねたときに案内した人物であった。彼女は部下の報告に秀麗な顔を険しくしていた。

「雛形夫婦が娘に素体の移植を望んでいるのは知っていたでしょう。何も手を打たなかったの?」
「我々は制止しました。ですが、02の被験者の移植の際にどさくさに紛れて移植が完了してしまったのです」
「それで雛形博士達は?」
「拘束する際に逆らったため、処分致しました」

 研究員の男はうっすらと笑みを浮かべてみせた。その表情を見て女は僅かに眉を上げる。女が監視ビデオで見た映像では、計画責任者であった雛形夫婦は拘束されてから、殺害されていたからだ。

「……まあ、いいわ。雛形の……いや素体01はどうしてる?」
「現在眠っています。素体02についても同じです」
「そう……素体が目が覚めたら、両親が死亡したのを知らせなさい」
「わかりました」

 男はニヤリと笑って部屋を出て行く。計画の研究者において実質ナンバー2だったので、雛形博士を殺せたことがよっぽど嬉しいらしい。女は研究者の……いや、人間の愚かさに反吐が出そうであった。

「だが、これで駒は揃った」

 女は零れ出る笑みを押さえようともせず、ディスプレイを見ながらキーボードを操作する。

「これでいいわ。生き残れるといいわね」

 両親が殺されたことを知ったときの、素体01の反応を男は想像もしていないだろう。そんなことだから、研究チームにおいてナンバー2の地位に押し留められていたのだ。
 女が部屋を足早に部屋を出る。最早一刻の猶予も与えられていなかった。部屋に残されたパソコンのディスプレイには、「01 Activated, 02 Activated, 03 Security Unlocked, 04 Security Unlocked, 00 Security Unlocked and Program activates in 1200 seconds」の文字が残されていた。






「しかし、暑いな」
「とても、そんな風には見えないけど」

 汗一つかいていないように見える雛菊に対し、ミシェルが呆れたように言う。真夏の太陽光線を受けても涼しげにしている雛菊とは対照的に、散々走らされた部員達は汗だくでぐったりしている。昼食のため海の家に入った合宿の参加者達は、ロクに食事も咽喉を通らない様子で、畳の上で唸っていた。

「それじゃ、もう少し休憩したら、また走って貰うか」
「えぇー!?」

 昼食のおにぎりを食べ終わった雛菊の言葉に、生徒達が肩をがっくりと落とす。午後からは解放されると、少年達は密かに思っていたに違いない。雛菊は部員達の気持ちなど何処吹く風という具合である。だが海の家を一歩外に出たとき、彼女の顔つきが怪訝そうなものへと変わった。

「おい、ミシェル」
「何?」
「あれ、京だよな」

 ミシェルが雛菊の視線を追うと、海岸沿いを通る道路でバイクを駐車した人物に当たった。ヘルメットを取ったその姿を見ると、遠目でも見間違えようもなく京自身だった。

「えっ、じゃあ、あれは……」

 バイクの後部座席に座っていた小柄な人物の姿に、雛菊は狼狽してしまう。その人物がヘルメットを取ると、雛菊の予想通りに、唯の顔が現れた。

「な、何で唯様がここに居るんだ!?」
「ああ、私が連絡したの」
「な、何だと!?」

 しれっと言ってのけたミシェルに、雛菊が目を剥く。

「雛菊が寂しがって会いたがっているって言ったら、あっさりと来てくれるのを承諾してくれたわ」
「ちょっと待て! 誰が寂しがっていると?」
「雛菊が」
「べ、別に私は……」
「違うって言うの? それ聞いたら、こんなところまでわざわざ会いに来てくれた唯様が悲しむと思うわ」
「うっ」

 ミシェルのわざとらしい物言いに、雛菊は言葉に詰まる。

「まあ、いいじゃない。雛菊もたまにはいい目を見ないと」
「おまえが会いたかったんじゃないのか?」
「違うわよ。あなたのために呼んだの」

 ミシェルの言葉にも、雛菊は不審な目を向ける。

「雛菊も奥手だから、二人っきりになったことなんて、あまり無いでしょ」
「でも、京も来ているぞ」
「来て、悪かったかしら?」

 雛菊の抗議に、近くに来た京が、機嫌の悪そうな声を出す。雛菊が遠目に京を確認したときに、京も雛菊のことを見つけていたらしい。

「いや、別に悪いとは言っていない。問題は、何の目的で来たのかだ」
「唯がミシェルに呼び出されたから、送りに来ただけよ」

 弁明する雛菊に、京は淡々と答える。

「ミシェルさんに呼ばれたから来たんだけど、迷惑だったかな?」

 話を聞いていたのか、遅れてやってきた唯が、済まなそうに雛菊に尋ねる。

「い、いえ、そんな……正直に言えば、嬉しいです」
「そう? それなら良かった」

 恥ずかしそうに小声で告げる雛菊に対し、唯は優しく笑いかける。それだけで雛菊は乙女のように真っ赤になってしまい、先程までの鬼体育教師の面影が鳴りを潜めてしまう。

「こらこら、そこ。いいムードになっていないの」
「うーん、何か邪魔しちゃったかしら」

 いい気分に浸っている雛菊に、麗と円が水を差した。更に現れた仲間の姿に、雛菊は思わず二人を指で差してしまう。

「お、お前達も来ていたのか!?」
「来てたら悪い?」
「いや、別にそういうわけではないが……」
「抜け駆けなんてさせないんだから」

 麗は雛菊の脇を軽く肘でつついてから、海の家の横に設置されている更衣室に入っていく。

「正兄さん、調子はどう?」
「お、唯か!? 頼むから先生に一言、言ってくれ!」

 唯は雛菊が引率してきた生徒達の中に、従兄弟の姿を見つけて声をかける。京と円も麗に続いて更衣室に向かい、雛菊は急な展開に困惑したような表情で取り残されてしまう。そんな彼女の肩をミシェルが叩く。

「雛菊も楽しまなくちゃ。少し息抜きしましょ」

 ミシェルは何処に用意していたのか、雛菊に水着を手渡す。よく見れば、それは以前雛菊が唯とプールに行ったときの水着で、ミシェルは自分の荷物の中にこっそり忍ばせておいたようであった。水着の準備といい、唯を呼び寄せたことといい、どうもミシェルの思惑通りという気がしないでもない。雛菊は基本的に物事は自分で決めるタイプなので、他人の意見に流されるのは好きではない。だが今回は、諦めたように彼女はミシェルから水着を受け取った。

「三時まで休憩だ。時間になったら全員戻って来るように!」

 海の家でぐったりとしている生徒達に言い渡すと、クスクス笑っているミシェルを背に雛菊も更衣室へと向かった。






 始まりは研究棟の一室が強制ロックされたことだった。パソコンモニターが強制ロックを示すマーカーを示したのを、当初警備員は気がつかなかった。警備室でコーヒーを飲みながら、映像モニターをダラダラ見ていた警備員達の一人が、しばらくしてからようやくパソコン画面の点滅に気がついた。通常のロックではなく、より強力な強制ロックがかかったので、警備員は念のために映像モニターを切り替える。ロックがかかった部屋で、何かトラブルがあったのかもしれない。

「おいっ!」
「どうした……げえっ!」

 モニター内には数体のバラバラになった死体と、大穴が開いた扉が見えた。






 何度か言及しているので繰り返す必要は無いのだが、ガーディアン達は美人である。マスメディアの発達した現代では美人の姿を見ることは多いので、あまり目立つ行動さえしなければ、美女でも極端に他人の注意を引くことはあまり無い。せいぜい道ですれ違ったら振り向いてしまう程度だ。だがその美貌に加えて驚くほど胸が大きく、しかも水着を着ているというなら話は別だ。近くの店からレンタルしたビーチパラソルを立てて、ビーチタオルを敷き始めたガーディアン一行の六人は、早くも他の海水浴に来ている人々の注意を引き始めていた。

「お姉さん達、ちょっといいですか?」

 砂浜に着いて早々、声をかけて来た色黒に焼けた金髪の若い男二人に、京が舌打ちする。日常でも道端でよくナンパされるガーディアン達だが、こと水着姿で人が多い場所に来ると、極端にその回数が多くなる。

「残念、男連れなの」
「他の女の子に当たってくれない」

 京と麗の機嫌が悪くなったのを察知したミシェルと円は、先手を打ってやんわりと断ろうとする。

「またまた。さっきから見てるけど、子供以外誰も居ないじゃん」
「それじゃ、きっと目が節穴なのね」

 ミシェルは男にことさら見せ付けるように、今まで黙って見ていた唯をぐっと引き寄せる。唯の顔が半分ミシェルの胸に埋没したようになったと思ったら、駄目押しで円も唯に抱きつく。四つの柔らかな膨らみに埋もれて顔が見えなくなってしまった唯の姿に、男たちは呆然とする。

「そういうわけで、バイバイ」

 にっこりとした笑顔と裏腹の、ミシェルが示したきっぱりとした拒絶に、男たちはすごすごと引き下がるしかなかった。

「少々やり過ぎでは無いか?」

 ふられて意気消沈し、トボトボと去る男達の背を見ながら、雛菊が言うとミシェルが自信満々に答える。

「あら、あれくらいやらないと。ああいう男はしつこいから」
「しかしだな、うちの学校の生徒も居ることだし」
「唯様と年齢が離れているんだから、堂々とした方がいいのよ。誰も怪しまないわよ」

 ミシェルに同調する円に、雛菊は納得できないような表情を見せる。そんな雛菊を、唯は背後から抱き締める。

「ゆ、唯様!?」
「僕はさっきの方法で、男が追い払えるなら、別に構わないよ」
「で、ですが……」
「エロガキって思われても構わない。あんなのにみんなが声をかけられない方が大事だよ」

 唯の声に嫉妬による侮蔑の響きを感じ取って、雛菊の胸が熱くなる。普段は温厚な唯が独占欲を示して、軽く怒っていることに女として喜びを感じているのだ。

「あら、唯。ヤキモチを焼いてるの?」
「子供ね」

 珍しい唯の姿に、京と麗が面白半分でからかう。

「うん、凄いヤキモチ焼いてる。京も麗も僕の彼女だからね」

 二人の冗談に対して、逆に強く肯定する唯に、京と麗は一瞬唖然とする。ビーチタオルに寝転がっている二人の間に飛び込んで、二人をギュッと抱き寄せる唯に、京と麗は真っ赤になってしまう。

「ちょ、ちょっと、恥ずかしいことしないでよ」

 麗は照れ隠しに抗議するが、京は満更でもないように黙って受け入れる。

「さて、それじゃ、そろそろ海に入ろうか」
「はいはい、付き合ってあげるわよ」

 しばらくして立ち上がった唯に対し、麗も立ち上がり、尻についた砂をパンパンと手で払う。

「私も行く行くー」

 円も立ち上がると唯の腕を取って抱きつく。

「私は後で行くわよ」
「じゃあ、私ももう少ししてから」

 京とミシェルは、手を振って唯達を見送る。

「唯様、水の中に入る前には準備運動をして下さい」
「うん、わかった」
「雛菊はかたいわね」

 雛菊の勧めに唯が頷くと、麗が顔を顰める。水を操る麗が居るので、万に一つも溺れる可能性は無いのだが、雛菊はこういうことには妙に生真面目だ。実はプールに行ったときにも、準備運動を勧めている。
 後に残ったミシェルと京はタオルに横になって、準備運動をしている唯達をのんびりと眺める。やがて四人が海の中へと入って行くと、ミシェルが京に話しかけた。

「そういえば、対策室のマスク男だけど、正体はわかったの?」
「さあ? 円が何も言っていないのなら、わかっていないんじゃないの」

 京はビキニの紐を緩めて、ペタリとうつ伏せに寝転がる。

「サウザンド相手に、一人で立ち回ったっていうのが気になるのよね」
「まあ、人間にもときたま凄いのが居るしね」
「そうね」

 そこで二人は会話を止めて、口を噤む。ミシェルと京の脳裏にあるのは、二千年生きた中で会った人間達のことだ。超能力と言える力を持つガーディアン達を超える戦闘能力を持つ人間に会った事は、ガーディアンにとってあまり珍しくない。必ずしも敵対し、死闘を演じたわけでは無いが、短命な人間が戦うための種族とも言えるガーディアンを凌駕したのは、大いなる驚きであった。ガーディアンの美女は人間に対してシニカルな立場を取っている者が多いが(唯はもちろん例外として)、彼女達が達人と呼ぶ者達には一目置いていた。

「でも、対策室にそういう人間が居るのはやっかいね」

 ミシェルが軽く眉を顰める。

「まあ、何とかなるでしょう」
「そう?」
「こっちが二人がかりとかなら、余裕でしょう」

 あっさりと答えた京に対し、ミシェルは驚きの表情を浮かべる。

「京って、てっきり一対一での決着を好むタイプだと思ってた」
「普通はね。今はそういうことを言っているときじゃないでしょう」

 海中に腰まで浸かってはしゃぐ唯の姿を見ながら言う京に、ミシェルは納得したように頷く。戦うことが好きな京だが、唯を危険に晒すことは耐えられないようであった。

「さて、そろそろ私も泳ぎに行こうかしら。休んでいる場合じゃなくなったわ」

 水着の紐を締め直して、京が立ち上がる。一緒にはしゃぐふりをして、円がやたらと豊満な胸を唯に押し付けているのが見えているからだ。

「私も行きたいけど、荷物はどうしようかしら?」
「血液が入った小瓶をバッグの中に入れているから、何かあっても大丈夫よ」

 京の言葉に安心したのか、ミシェルも彼女の後についていく。大量には無理だが、京は自分の血液ならばある程度の遠隔操作が可能だ。何か物を盗まれそうになっても、血を忍ばせておけば京は対処できた。

「唯様、そーれ!」
「わわわっ!」

 波間で唯は円に圧し掛かられていた。唯は懸命に堪えようとするが、そのまま海中にどぼんと沈んでしまう。海面の下に居る唯に、このままキスしてしまおうかなどと、円が考えていると、突然彼女はポニーテールを引っ張られた。

「ちょっと、何するのよ!」
「いちゃつくのも、いい加減にしなさいよ」

 円が抗議すると、京はポニーテールを離して軽くため息をつく。

「何でだめなのよ」
「あのね、唯は中学生なのよ。それなのに、そんなに人目につくようにセクハラしてたら、通報されるわよ」
「大丈夫大丈夫、私って若作りだから」

 科(しな)を作って、円がモデルのようなポーズを取る。何があったのかはわからないが、円は十代で加齢を止めており、確かに女子高生と言っても誰も疑ったりはしないだろう。

「何が女子高生よ。私より年上のくせに」
「ふふーん、別にそんなの黙っていたらわから……きゃあっ!」
「はうっ!」

 軽く口喧嘩していた京と円は、突然現れた高波に飲み込まれる。

「ふふふ、驚いたでしょ……って、唯は?」
「麗!」

 水面の上に顔を出した京と円に向かって、当てが外れたという顔を麗がする。折角能力を使って驚かせようとしたのに、肝心の唯が居なければどうしようもない。いきなり海水を浴びせられたのに頭に来たのか、二人の美少女と一人の美女が口喧嘩を始めたのを、雛菊は海の中でぼんやりと見つめる。そんな雛菊にミシェルが近寄っていく。

「どうしたの、ボーっとしちゃって。プールに行ったときみたいに、唯様と遊べばいいのに」
「いや、その……引率で来たのに遊んでいいのかと思って」
「全く固いわね。午前中、しっかり生徒をしごいたんだから、休憩時間ぐらい息抜きしなさいよ」
「しかしだな、生徒の手前、遊んでいる姿を見られるのは……」
「誰も見てないわよ、ほら」

 ミシェルが指差した先には、海の家でぐったりとしている生徒達の姿がある。若さ溢れる高校生とは言え、散々しごかれた生徒達はすぐには回復できないようだ。

「しかしだな……」
「唯様といい思い出作りたくないの? ほら」

 ミシェルが手を引っ張るが、雛菊は尻込みして、動こうとしない。頑なな雛菊の態度にミシェルはどうしたものかと考え込む。

「うわっ!」

 ミシェルの目の前で雛菊が前につんのめったかと思うと、海面へと倒れ込む。何事かと思ったミシェルの前に、雛菊と共に唯が海面に顔を出した。

「あはは、驚いた?」
「ゆ、唯様!?」

 全身が濡れた雛菊は、酷く驚いたように唯を見る。先ほど、海の底から近づいた唯が、雛菊の足を掴んで引っくり返したからだ。まさか唯がこんな悪戯を自分にするとは、雛菊は考えても居なかった。てっきり雛菊が笑うものだと思っていた唯は、軽く首を傾げる。

「ミシェルさんに呼ばれて遊びに来たけど、やっぱり迷惑だったかな?」
「いえ……その……」
「ちょっと戸惑っちゃっているのかな?」

 唯はそっと雛菊に近寄ると、その豊満すぎる胸に顔を埋める。

「雛菊さんは先生だから、責任があるのは知ってる。だから急に僕が来て遊ぼうなんて言っても、難しいよね」
「は、はい……」
「でも、これは僕の我侭なんだけど、今から少しの間だけは付き合って欲しいんだ。いいかな?」

 珍しく甘えた声を出す唯に、雛菊の胸が甘く締め付けられる。一瞬我を忘れて、唯を押し倒してしまいたいような衝動に駆られたぐらいだ。

「わ、わかりました。しばらく仕事のことは忘れることにします」
「ありがとう」

 唯は雛菊の両肩に手をかけ、軽くジャンプすると頬に優しくキスをする。それだけで雛菊は、全身がうっすらと朱に染まってしまった。

「それじゃ、遊びに行こう」
「はい、お供させて頂きます」

 正面から唯が両手を取ると、雛菊も少し恥らいながらも微笑んでみせる。そんな二人をミシェルは優しい眼差しでで見つめていた。
 唯に手を引かれて雛菊は沖に数歩動き出す。だが途中で唯の足がピタリと止まった。怪訝そうに雛菊が唯の顔を覗き込むと、彼はじっと集中している様子だ。

「雛菊さん、潜った方がいい」
「えっ!?」

 雛菊が問い返す間も無く、唯が水中にさっと隠れてしまう。直後に水鉄砲が飛んで来て、雛菊の顔に直撃する。

「こら、なに乳繰り合ってるのよ! 抜け駆けしようとして」

 水をかけた麗が、雛菊に人差し指を突きつける。

「べ、別にやましことなど何も無い!」
「ふーん、その割には二人ともデレデレしてたように見えたけど……キャッ!」

 無警戒の状態で雛菊がかけた水を浴びて、麗の顔がぐっしょりと濡れる。唖然としている麗を前に、雛菊がにやりと笑う。

「お返しだ」
「や、やったわねー! わぷっ」

 エキサイトしそうになった麗を、背後に現れた唯が、押し倒して水中へと引きずり込む。

「ははは、油断したね……うわっ!」

 唯が笑っていると、円とミシェルが彼の顔を目掛けて水をかける。思わぬ奇襲を受けた唯は反撃し、京、雛菊、麗も加わって水の掛け合いが始まる。海水浴場に六人の黄色い歓声が上がった。






「01を止めろ−!」
「早く奴の動きを止めろ!」

 研究所内で怒号が飛び交う。建物の通路は逃げ出そうとする研究員と、地下にある研究室に向かおうとする警備の職員が入り乱れて、パニックと化していた。緊急事態に、重火器を装備した警備員達は次々と階段を駆けて研究棟へと降りて行く。辿り着いた地下の通路は、変電設備がやられたのか、電灯が消えていた。警備員は数人のチームに別れ、広大な施設の探索にかかる。

「何があったんだ、こりゃ」

 目標を探していた三人のグループが、とある部屋で息を呑んだ。懐中電灯が照らした先で、人が一人入れるような巨大な円筒形の水槽が割れており、周囲が水浸しになっていた。他にも水槽は二つあったが、どちらも空になっている。水槽のガラスは全て床に向かって割れており、まるで中から破られたかのようであった。近くには職員の物と思わしき白衣とワイシャツ、ジーパンが落ちており、水を吸ってぐっしょりと濡れている。

「ん?」

 物音を聞いた警備員が背後を向く。

「うわああああああぁ!」

 すぐさまアサルトライフルの発射音が響き渡り、十秒もしないうちに静かになった。しばらくして、ロックがかかった部屋の扉が轟音と共に吹き飛んだ。






「唯様は日帰りでお帰りなのですか?」

 砂浜の上で座っている唯に、雛菊が声をかける。海中ではしゃいで少し疲れたので、全員が浜に上がっていた。

「泊まっていくつもりだよ」
「宿泊先は決まっているのですか?」
「うん。芽衣さんに頼んだら、すぐにホテルを予約してくれたよ」
「ああ、そうでしたか」

 唯のお願いを受けて、芽衣が喜び勇んで宿を手配するように由佳に命じるさまが、雛菊には容易に想像できた。

「では、ゆっくりとしていかれるのですね」
「そうだね。明日の午後にのんびり帰るよ」

 雛菊の質問に、唯は満面の笑顔を見せる。久々に海に来たので、唯の機嫌はかなり良いようだ。

「さて、そろそろ生徒の面倒も見なければいけないので……」
「はい、行ってらっしゃい」

 楽しそうな唯に、雛菊も笑みが零れる。雛菊が着替えるために、海の家へ戻ろうとすると、ミシェルが隣へと並ぶ。

「雛菊、チャンスよ」
「えっ、何が……」
「唯様が泊まると言うのだから、夜の海に誘わなくちゃ」

 ミシェルの提案に、雛菊はいつもの冷静沈着な様子と違い、おどおどと目を泳がせる。

「し、しかしだな、私は生徒の引率という仕事が……」
「あれだけ雛菊に苛められて、夜に生徒が騒げるわけないでしょう。それに夜は私がしっかりと見張りしておくから」
「でも、唯様がうんと言うかどうか……」
「何言ってるの。可愛い恋人のお願いですもの、喜んでデートに応じてくれるわよ」

 可愛い恋人と言われて、雛菊の顔がうっすらと赤くなる。

「しかし……ミシェルは何で私と唯様のことを取り持ってくれるんだ?」
「うーん、何でだろう」

 雛菊の素朴な疑問に、金髪の美女は小首を傾げる。

「多分、私はガーディアン全体を唯様の恋人と考えているからじゃないかしら」
「全体?」

 訝しげな雛菊に、ミシェルが頷く。

「普通恋人っていうのは、自分のいいところを相手に見せようとするでしょ」
「まあ、そうするだろうな」
「私はガーディアン全体を唯様の恋人だと思っているから、私個人のいい部分だけじゃなく、他の人もアピールしてあげたいのよ」

 ミシェルの説明に、雛菊が目を見開いて彼女を見る。

「ミシェルって色々考えているんだな。私なんかは自分のことで手一杯なのに」
「まあ、褒められるほどじゃないわよ」
「てっきり、いつもあのことで頭が一杯だと思っていた」
「あのこと?」
「セックス」
「あ、あのね……」

 雛菊の容赦ない指摘に、ミシェルが眉根に皺を寄せる。

「でも、まあ確かに皆の良さを知って貰えば、より多く愛して貰えてラッキーとは思うわ」
「すぐにそういうことを考えるのは、問題だと思うぞ」
「でも実際問題、雛菊もパソコンゲームには負けたくないでしょう」
「確かに……」

 ミシェルが示唆しているのは、唯が遊んでいるPCゲームのことだ。ゲーム発売日の晩、唯は夜遅くまでゲームをしていたため、夜伽に来なかったことが一度あった。毎晩のように可愛がって貰っているため、誰も特に何も言わなかったが、ゲームに主の興味を奪われるのは少々悔しくもあった。ミシェルや楓などは特に危機感を抱いているのだろう。

「そういうことなら私も頑張らねばな。ゲーム如きに負けては、女が廃る」
「おっ、雛菊も珍しくやる気まんまんね」
「まあ、たまにはな。とりあえず今は、生徒を扱くのに集中するとしよう」

 大きく伸びをしてから、海の家へと入って行く雛菊にミシェルは苦笑する。

「今晩は私の監督もあまり要らなそうね」






「状況はどうなっている?」

 室長室で赤井祐太郎が深刻な表情で電話口に向けて語り掛けた。内閣特殊事案対策室本部に第一研究所で事故が発生したと一報が入ったのは、今から三時間前だった。当初状況が全く掴めなかった対策室は、現場にエージェントを派遣するのが遅れ、人員を研究室に行かせたのはつい一時間前であった。

「ああ、ちょっと下行ってみましたけど、なんていうか……スーパーみたいな感じ」
「すーぱー!?」

 電話から聞こえたヘラヘラとした言葉に、赤井の顔が険しくなる。

「そうそう。スーパーのお肉屋みたいな。おにくにくにく肉食べようって」
「……ふざけるな! 神崎を出せ」

 応対に出た人物では相手にならないと思ったのか、赤井は腹心の部下を要求する。

「神崎です」
「現場はどうだ?」
「酷いものですよ。そこら中が破壊されていて、残っている場所はバラバラになったり、潰された死体だらけです。詳しいことはわからないですが、実験所で行っていた素体起動が失敗したみたいです」

 神崎の言葉に赤井は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「それで、素体は?」
「重機とかを使って掘り起こしてみないとわからないですが、駄目になっているんじゃないでしょうかね。生き埋めだと思います」
「くそ、何てことだ……」
「まあ、いいんじゃないですか。第二研究所がまだ残っていますし」
「……そうだな。生存者を回収して、駐屯所に送れ。詳しく事情聴取をさせろ」
「では、失礼します」

 赤井は受話器を置くと、悪態をつく。研究所を失ったのは手痛い損失であった。目の上のたんこぶであるガーディアンに対する重要な対抗手段が手に入るかもしれなかったが、研究所の破壊と共にご破算となったかもしれない。

「まあいい」

 赤井は気持ちを切り替えると、パソコンを起動する。彼はマウスを操作して、モニターに表示されているウェポンGというフォルダをクリックして開いた。






「き、緊張してきた」

 雛菊が自らの腕を手で触ると、自分でも分かるくらい筋肉が硬直していた。奈落の悪魔であろうと、眉一つ動かさず切り捨てる雛菊だが、恋人と深夜に海岸で会うということだけで非常に緊張していた。既に数え切れないくらい肌を重ね、家では幾度も二人っきりになったことがあるというのにである。

「こ、これではまるで初心(ウブ)な生娘ではないか」

 雛菊は自らを叱咤し、両頬を手で叩く。己で気合を入れて、若干緊張も解れたが、その代わりに頬に赤い跡がついてしまう。唯と出会ってからは薄い口紅をつけたりと、若干化粧にも気を使うようになった雛菊だが、こういうことまでは気が回らなかったようだ。
 深夜の海岸は、昼間とはうってかわって人の気配がせず、雛菊の耳に入るのは波のさざめきのみだ。夜半に海岸に出て、二人っきりで会って欲しいという雛菊の頼みを、唯はいともあっさりと引き受けた。二人でコンビニに買い物に行く程度のことはよくあるが、外で改めて二人っきりで会うのは初めてのことだ。雛菊は心臓の鼓動が早くなるのを感じつつ、待ち合わせ場所へと向かった。

「雛菊さん、待っていたよ」

 薄闇の中で、唯はいつもと変わりない様子で、雛菊を迎える。月明かりの中で佇む少年がいつもと違ったように見えて、雛菊は思わず返事もせずに見つめてしまう。

「緊張してる?」
「い、いえ、そんなことは……」
「隠さなくていいよ。別に緊張していても構わないよ」

 唯は少し赤くなった雛菊の頬をそっと手で撫でる。それだけで、雛菊は恥らう少女のように声も出なくなってしまう。

「とりあえず、座らない? それでゆっくり話でもしない」
「はい」

 雛菊は唯と共に、海岸にあった大きな岩へと腰掛ける。雛菊が唯との距離を少し空けて座ると、唯は逆に間を詰めた。肩が触れ合いそうな距離で、雛菊は自分よりも小さな少年に心臓の鼓動が早くなる。

「静かな夜だね」
「は、はい」
「こうやって二人だけで会うのには、こんな静かな晩がピッタリだよね」

 月を見ながら、唯が雛菊にのんびりと話しかける。青白く光る月に照らされる少年の横顔を、雛菊はじっと見詰める。

「雛菊さんはさ……今は幸せ?」
「えっ!?」

 唯の唐突な質問に、雛菊は驚いて返答に一瞬詰まる。

「えーと、その……幸せだと思いますが、何故ですか?」
「ほら、僕は十二人も恋人が居るでしょう。一人一人に割ける時間が少ないから、不満じゃないかと思って」

 唯はほんの少し、寂しそうな顔を見せる。そんな少年の姿に、雛菊はぐっと胸を締め付けられるような衝撃を受ける。

「そんなことはございません。唯様は今までの主の中で、最も素晴らしい方ですし、その……こ、恋人としても素敵かと思います」
「そう?」
「む、むしろ、毎晩のように求めてしまって、我々の方が浅ましいかと……。唯様には睡眠時間も削って、お相手をして頂いていますし」

 雛菊は恐縮しきったように唯に告げる。考えてみれば恐ろしいことだが、唯は十二人もの女性を相手に連日のようにセックスし、その上ほとんど睡眠を取っていないのだ。それでも唯の体調は良いようなので、ついこのことをガーディアン達は忘れがちなのだ。

「僕は大丈夫だよ。かえって楽しんでるくらいだし。ただ僕が他にも付き合っている相手が居て、雛菊さんは大丈夫なのかなって」

 唯の質問に、雛菊は言葉を選びながら答える。

「そうですね……これが別の女であれば、傷ついたかもしれませんが、二千年も共に過ごした仲間ですので。それに私達は唯様の下僕であるはずなのに、恋人として逆に扱って貰えて頂けているわけですから」
「僕の方こそ、雛菊さんのような女性達が恋人になってくれて嬉しかったよ」

 自分を見詰める唯の視線に、雛菊は上等な酒で酔ったように頭がボーっとしてしまう。初めは肉体関係から惚れ込んだ相手だったが、今は精神的にも深く愛しているのだと雛菊は気づく。普段から己を律して侍のように振舞っている雛菊だが、唯の前では時たま一人の女に戻ってしまう。
 自然に唯と唇が引かれあって、月の下で二人は口付けを交わした。

「ん……」

 ただ唇を重ねるだけのキスなのに、雛菊は胸の鼓動が早くなり、体温が上昇してくるのがわかる。彼女は耐えられないように唯の小柄な体を抱き締め、力を込める。

「雛菊さん……」
「ああっ!」

 唯は雛菊から唇を離すと、今度は顔や首筋へとキスの雨を降らす。軽く唇が肌に触れているだけの接吻なのに、唯は雛菊が自分を抱く腕の力が強くなっていくのを感じる。

「ん、ゆ、唯さま……」

 目、鼻、頬、首などにキスされるたびに、雛菊は震える自分の体を抑えようと、唯に抱きつかなければならなかった。自分の体なのに制御が全く効かない。雛菊の豊満な胸に自然と少年の体が押し付けられる。

「雛菊さん、まだ緊張してるみたいだね。もっと解してあげないと」
「ああ、駄目です、唯さま……んんっ」

 雛菊の拒否を示す言葉を、唯は接吻で塞いでしまう。しばらくして唇を離すと、唯は丹念に雛菊の耳や首筋を舐め、更にキスを幾度も繰り返す。最初は唯が痛く感じるほど体を抱きしめていた雛菊だったが、あるときから体の力が抜けて、ぐったりと岩場に体を横たえた。唯の愛撫に翻弄され、美人剣士は苦しそうに喘ぐ。

「雛菊さん、好きだよ」
「唯さま……わ、私も……」

 唯は雛菊の手を引いて体を起こさせると、岩から砂浜の方へと移動させる。そしてそのまま雛菊に圧し掛かるように、彼女をゆっくりと押し倒した。

「唯さま、こんなところで駄目です……」

 唯の手がTシャツの中へと伸び、ブラのホックを外すと、雛菊が困ったような声を出す。深夜に唯と会うということで頭が一杯で、まさか彼に求められることになるとは、雛菊は思ってもいなかった。だが時既に遅く、唯にたっぷりと口付けされた体は力が入らず、少年のなすがままだ。

「大丈夫、誰か来るような音が聞こえたら、すぐ教えるから」

 唯の一言にほっとした隙をついて、彼の華奢な手が雛菊の胸を優しく揉み上げる。それだけで雛菊は身悶えしてしまう。

「は……はっ……ああ……」

 自分でも持て余すほど大きい雛菊の巨乳を、唯はブラジャーをずらして揉みしだく。胸を揉まれているだけで、雛菊は体内の血圧が上がっていくのが自分で分かる程に興奮してしまう。唯によって信じられないくらい開発された体は、少年に優しく触られるだけで麻薬のような強い快感を脳へと伝える。理性の一部は、深夜とはいえ海岸でセックスするというアブノーマルな状況を拒もうとするが、既に体は主に我が身を捧げられる悦びに震えている。

「んっ、ああん、あっ!」

 Tシャツをずり上げられ、胸を吸われると雛菊は高い声で悲鳴をあげた。乳首を生温かい唯の下で擦られると、雛菊は胸の先から脳髄まで届くような刺激を感じるのだ。

「やっ、あっ、唯様、吸わないで下さ……あんっ」

 唯の唇が乳首を交互に吸う度に、雛菊は声が出てしまう。外だというのに、声を抑えることも既に出来ないくらい体は昂ぶっていた。波の音がすぐ傍でしているというのに、雛菊の心は抱いて欲しいという思いに支配され、野外だという認識は意識の隅に追いやられている。唯は雛菊が履いているジーパンのボタンを外すと、チャックをずらしてスルリと片手を差し入れる。

「あれ?」
「あっ、ゆ、唯様……」
「もう、かなり濡れているようだね」

 唯の囁きに、雛菊の顔が朱に染まる。唯の指は雛菊のショーツが湿っているのを感じ取っていた。

「あ、やっ……だ、ダメです、やん、あっ」

 水分を吸ったショーツ越しに陰唇を弄られて、雛菊が可愛らしい悲鳴を漏らす。少女のような純粋な反応は、普段の凛々しい姿からはかけ離れたものだ。

「唯様、ダメ……あ、ああん……そこをそんなに触ったら……」

 薄い布の上から陰唇のヒダや勃起したクリトリスを触られて、雛菊はその手から逃れようと何度も体を捻る。唯は雛菊の膣口にわざと指を浅く出し入れして、クチュクチュと愛液をかき回して音を立てた。

「ああ、唯さま……音を立てないで」

 羞恥心を刺激されて、雛菊は思わず手で顔を押さえてしまう。幾ら意中の相手に愛撫されているとはいえ、自分がこれ程までに性器を濡らしているのが恥ずかしいのだ。膣内から漏れ出ている体液の量は、洪水と言っていいぐらいで、ショーツ全体が粘液を吸ってぐっしょりとしている。

「雛菊さんの美味しいよ」
「そんな……な、舐めないで下さい」

 粘液に濡れた指を軽く舐めてみせた唯に、雛菊は消えてしまいたいくらいの恥ずかしさを感じる。自分がどうしようもない淫乱のように思えてならないのだ。だが自らの愛撫に敏感に反応を返してくれる雛菊に、唯は逆に喜びを感じる。雛菊のような凛々しい美女を翻弄し、自分の思い通りに乱れさせているという事実が、少年には何より嬉しい。

「雛菊さん、入れるよ」
「は、はい……好きにして下さい」

 ジーパンとショーツを片足から抜き、雛菊が自らの太腿を抱える。自分の綺麗なピンク色をしたヴァギナを差し出した雛菊に対し、唯はペニスを取り出すと、躊躇せずにスムーズな動きで膣穴へと挿入した。

「あ、ああああああ!」

 肉穴をかき分けて逞しいシャフトが押し入れられると、雛菊は脳の奥がビリビリするような感覚を体で感じた。

「あ……うっ、ああっ!」

 亀頭が子宮口に当たっただけで雛菊は凄まじい衝撃に襲われ、軽い絶頂まで感じる。野外で二人っきりというシチュエーションに、雛菊は自分で思った以上に刺激を受けているようだ。収縮を繰り返して陰茎を締め付ける膣壁に、唯は雛菊が軽いエクスタシーに達したのを知るが、それを承知でピストン運動を始める。絶頂の直後に動く膣内は絶妙な動きをみせるので、それを味わうのが唯はクセになりつつある。

「や、あ、唯さま、う、動かないで……か、感じ過ぎてしまいます」

 神経が敏感になっている粘膜を擦られて、雛菊は体を強ばらせる。ペニスが動く度に、まるで頭を直接かき混ぜられるような快感が彼女を駆け巡る。

「雛菊さん、体が緊張しているよ。リラックスしなきゃダメだよ」
「ゆ、唯さま、ダメ……あ、あぁぁぁ!」

 唯が発した言霊による命令に、雛菊の体が意志に反して弛緩する。体の緊張が解けたことで、雛菊の体はより深い快感を唯のペニスから得る。

「あっ、あん、わ、私おかしくなっちゃう。唯さまのオチンチンが……あ、ああっ!」

 肉棒で秘裂をかき回されると、雛菊の沸騰した脳は意識がぐるぐると混濁してしまう。脳内で分泌される快楽を与える伝達物質に、彼女は翻弄される。あまりの快感にこのまま気が狂ってしまうのではと、雛菊は恐怖する。

「雛菊さん、気をしっかりして」
「ひいいいぃ、いやぁ、あ、あ、唯さまぁ!」

 唯の命令に気絶することも出来ず、雛菊の意識は悦楽の海で彷徨う。

「ん、んー!」

 唯に唇を奪われ、口内へと入ってきた舌に己の舌を絡ませて、雛菊は正気を保とうとする。何度も絶頂の波に襲われ、その度に雛菊の膣は唯の陰茎を括約筋で締め上げて、悦びを表わす。だがそのエクスタシーも、次に来るものに比べれば、ほんの些細な波でしかなかった。

「雛菊さん、愛してる」
「唯さま、わ、私も……私もあ、あ、ああああああ、イクぅうううう!」

 唯の真心がこもった言葉に、雛菊は絶叫で応える。雛菊は脳が焼けつくような強烈なエクスタシーを感じて、目の前が真っ白になる。すると雛菊はの柔らかでよく締まる膣内を堪能していた唯も、我慢を止めて尿道口を緩める。

ドクッ、ビュッビュルビュルビュッ

 唯のペニスはそれがさも当然のように、雛菊の子宮口に精液を吐きかける。膣内で射精されて、雛菊の胎内はみるみるうちに熱い子種で満たされていく。朦朧とする雛菊と繋がったまま、唯は愛しい女性の中で射精する快感を存分に愉しむ。打ち寄せる波しか聞こえない海岸で、二人の影はずっと重なったままであった。

「唯さま……」
「ん? 大丈夫?」

 雛菊がポツリと呟いた言葉に、唯が反応する。自分が出した精液と雛菊の愛液でドロドロになった膣内を、唯は動かずに肉棒でずっと味わっていた。

「唯さまの赤ちゃんが欲しい……」
「えっ!? あ、いや、それはちょっと早いんじゃないかな」

 雛菊の唐突な発言に、唯は大いに慌てる。目の焦点が合っていなかった雛菊だったが、唯の一言にみるみるうちに覚醒した。

「わ、私ったら何を……申し訳ありません、唯様」
「うん、気にしないで……何年かしたら考えよう」

 謝る雛菊に、唯は小声で耳打ちする。中学生なのに子作りのことを語る自分が恥ずかしいのか、唯は顔が真っ赤だ。だがその約束に、雛菊の表情が誰も見たことが無いくらい、ふにゅーと緩んで笑顔を形作る。

「ごめん、そろそろ抜くね」
「はい」

 いつまでも入れているのも良くないと思ったのか、唯がペニスを雛菊の膣内から引き抜く。異物が抜けた雛菊の膣口がキュッと締まり、胎内に溜め込んでいた白濁液がドロリと砂浜へと垂れ落ちる。

「唯様、綺麗にします」

 雛菊は膝立ちになると、唯が自分から抜いたペニスを咥えた。自らの愛液と精液が混ざった粘液を口内の唾液で溶かして、舌で丹念に舐め取っていく。

「うう、雛菊さん……」

 シャフトを這う柔らかく温かい感触に、唯は思わず声を漏らす。ミシェルのようなテクニックがあるというわけではないが、愚直で丁寧なフェラチオに、唯は腰が痺れるような感覚を覚える。口内で雛菊の舌は陰茎を上下にペロペロと掃いて綺麗にしていく。

「雛菊さん、出ちゃう……」

 お掃除フェラでイキそうになってしまった唯は、雛菊を止めようとするが、彼女はチラリと唯を見ただけで奉仕を続ける。更に雛菊は唯を高めるために、シャフトを片手で扱く。仕方なく唯は衝動に身を任せて、精子を発射した。

ビュクッ、ビュッビュッ、ビュウ、ビュ

 発射の度に跳ねようとする陰茎を唇でしっかり咥え、尿道から吐き出される白濁液を雛菊は口に溜めていく。更に口内から溢れるほど精液が溜まってくると、彼女は喉(のど)を鳴らして、しっかりと飲み込む。常人より遙かに多い射精量を喉に流し込み終えると、雛菊は再びペニスを丹念に掃除してから彼女はペニスから口を離した。雛菊の口から唯の尿道口まで唾液が伸びて、つっと垂れた。






 衣服の乱れを正すと、雛菊は砂の上で正座して、居住まいを正す。

「大変、お見苦しいところをお見せしまして……」
「き、気にしないで」

 雛菊が深々と一礼すると、唯があははと照れ笑いを浮かべる。唯の表情に、雛菊は顔を赤らめて目を逸らす。二人っきりというシチュエーションのせいか、普段より激しいセックスとなってしまった。唯はそれでも構わなかったのだが、雛菊としては恋人の前で随分と醜態を晒してしまい、恥ずかしい限りであった。愛想を尽かされはしないか、やきもきした雛菊だったが、彼女の予想に反して唯は彼女の頬にキスする。

「ありがとう。今日はとっても良かったよ」
「そんな……お恥ずかしいです」

 唯の率直な感謝の言葉に、雛菊は胸が熱くなる。事後なのに欲情してはいけないと雛菊は自分を諫めようと、深呼吸を繰り返す。そんな彼女の様子がおかしかったのか、唯はクスリと笑うと、雛菊と同様に砂の上へと座り込む。そして唯と雛菊はそのまま一緒に月を眺める。唯は青白い光を放つ天体に魅入っていたが、雛菊は何かを考え込んでいるのか、気もそぞろであった。

「唯様」
「ん?」

 唯が月から目を移すと、雛菊が正面から彼を見つめ返す。

「私、幸せです」
「そう……それは良かった」

 最初に聞いた質問に明確な答えが返ってきて、唯は相好を崩す。そんな彼に向かって、雛菊も珍しく柔らかい笑みを返す。

「普段からずっと唯様に甘えていて、私はいつもこれでいいのかと思っていました」

 雛菊の脳裏に恋愛に不器用で、いつも唯に可愛がって貰ってばかりいる自分の姿が浮かぶ。

「でも最近、こんな自分でも受け入れられるようになりました」
「そうなんだ」
「はい。私は唯様が望む限り、お側でお仕えして、ときたまお役に立てばいいのだと。それで唯様が喜んで下されば、私も幸せを感じていいのだと」

 唯は無言で大きく頷き、雛菊も軽く頷き返す。それだけで雛菊には十分だった。唯は全て分かっていて、自分を受け入れてくれているのだ。雛菊は幸せだった。

「今は以前より少し強くなった気がします。私には守るべき方が居るのですから」

 ふっと雛菊は思い出したかのように唯に告げる。雛菊は左手の中から、鞘が真っ黒な脇差しを一本引き抜いた。その黒鞘は月明かりに照らされ、禍々しい印象を与えている。

「それは?」
「昔、牛鬼という妖怪と戦ったのですが、最後まで倒すことが出来ず、とある僧侶に頼んでこの脇差しに封印して貰いました」
「へー」

 唯は雛菊の手に握られた刀をしげしげと眺める。以前に何度かがーディアンの話で牛鬼について唯は聞いたことがあったが、具体的にどんな妖怪かは知らなかった。

「今なら、その妖怪も倒せる気がします」

 雛菊は立ち上がると、歩いて唯から離れていく。雛菊の唐突な話に、唯は目を白黒させている。

「唯様、離れていて下さいね」
「雛菊さん、まさか……」

 雛菊は太刀を一本体内から取り出すと、鞘を左手に持つ。右手で脇差しを宙に放り投げると、彼女は抜く手も見せずに居合抜きを放った。腰間から疾り出た太刀の光芒が、脇差しを鞘ごと両断する。するとガスボンベが破損したかのように、黒煙が音もなく切り口から吹き出した。モクモクと大きく広がった煙の中から、身の毛がよだつような不気味な声が響く。

「我の眠りを覚ましたのは誰だ……」

 唯は超音波を放ち、煙の中を透かし見ようとする。探査の音で判別した相手の正体は驚くべきものであった。二つの節を持つ胴体に八本の足、巨大な顔に、それぞれが歪なくらいバランスの悪い巨大な目、口、角というシルエットが浮かび上がったからだ。牛鬼のという名前が示す牛というよりは、巨大な節足動物に近いと唯は感じた。

「起こしたのは私だ。数百年前に僧侶の力を借りて、貴様を封印した剣士だ」
「あのときの憎き小娘か。我を封印せし恨み、片時も忘れたことは無いぞ」

 雛菊の言葉に反応し、牛鬼は煙の中から突進する。巨大な角を振り立て、黒い牛鬼の巨体は雛菊に真っ直ぐ襲いかかり、角を突き立てようとする。雛菊は抜き打った太刀で角を受けると、猛烈な突進による一撃を殺すために、背後へと飛んで衝撃を殺す。銀色に光る月明かりの下、醜悪な怪物と美しき女剣士とが相対する。

「小娘、何故封印を解いた?」
「貴様を封じた脇差しを持つのが面倒になったからだ。いい加減生きすぎたおまえを、滅してやろうと思ってな」
「ぬかせ!」

 珍しく軽口をたたく雛菊に、牛鬼が激高する。再度突進を試みようとする牛鬼の機先を制し、逆に雛菊が一足飛びに踏み込んで間合いを詰める。雛菊の刀が閃き、牛鬼の巨大な顔を斬りつけた。

「くくく、無駄だ」

 見事に刀は相手を捉えたのだが、堅い金属音と共に弾き返される。だがそれも織り込み済みなのか、雛菊は弾き返された反動を利用して、くるりと反転して、そのまま刀を切り返して再度たたきつける。だが刃は虚しく弾かれた。

「言っているだろう。無駄だとな!」

 牛鬼は首を振り回して、雛菊に角を叩きつけようとする。雛菊は巧みな体捌きで相手の攻撃を避けると、隙を見ては反撃を試みる。だがどのような皮膚をしているのか、牛鬼の黒い巨体には傷一つつけられないようであった。唯は雛菊が過去に喫した苦戦の原因が、ようやく分かってきた。どのような肌をしているのかは分からないが、鋼鉄をも切り裂く雛菊の刀が通用しないのだ。

「ええぃ、ちょこまかと……いい加減食われろ!」

 攻撃を無数に受けても平気であった牛鬼だが、しつこく雛菊の剣撃を食らい続けて次第に苛立ってくる。斬撃を浴びせ続けてくる雛菊に対し、牛鬼は巨体を揺らして前進し、強引にぶつかろうとした。雛菊はそれに対して刀で対抗せず、右の足で上段回し蹴りを放った。唯には雛菊の蹴り技による反撃は無謀に見える。現に牛鬼もその攻撃を無視して、そのまま突っ込んできた。

「ぐおっ」

 素足での蹴りと見えた雛菊の足から、巨大な両刃の西洋剣が伸びて、回し蹴りに乗って牛鬼の横っ面に叩きつけられた。思いもせぬ重武器の直撃を受けた妖怪は、バランスを崩して無様に砂浜へと頭から倒れ込んだ。

「前回は剣士として戦いに挑んで倒しきれなかった。だが今回はそうはいかない」

 雛菊の片足から出た大剣が、砂浜へとざっくり突き刺さる。雛菊は軽やかに砂を蹴って飛び上がると、剣の柄を足場に再度大きく跳躍する。銀の輝きを放つ月にガーディアンのシルエットが重なった。

「斬れぬのならば、何回でも叩くまでだ」
「ぬおう!」

 雛菊の片手から、刀身が五メートルにもなりそうな巨大な剣が飛び出した。巨人が持つためにあるかのような、先端が丸みを帯びた剣は、狙い違わず牛鬼に直撃する。異形の巨体を巨人剣が押しつぶし、牛鬼を地べたに叩きつける。あまりの威力に、砂が豪快に周囲へと巻き上がる。

「お、おのれ……」

 巨大な鉄塊とも言える剣の一撃が応えたのか、妖怪はよろめきながら起き上がろうとする。雛菊は牛鬼の正面へと着地すると、得意の刀ではなく柄の両端に身長ほどの厚刃がついた剣を取り出した。彼女は柄を回し、頭上で風車のように剣を回転させた。

「行くぞ!」

 雛菊は砂の足場をものともせず、牛鬼に一気に近づくと、回転によって遠心力のついた一撃を見舞う。やはり刃によって牛鬼が傷ついた様子は無いが、勢いのある鉄塊をまともに顔面に食らったので、奇怪な顔が苦痛で歪んだ。すかさず雛菊は対になっている反対側の刃を叩きつけ、そのまま左右から凄まじい速さで斬撃を振るう。硬い皮膚の上から乱撃を受け、牛鬼の巨体がフラフラと揺れる。幾ら強靱な皮を持っていたとしても、鉄剣による打撃の衝撃は防ぎきれないようだ。

「終わりだ!」

 雛菊が叫ぶのと同時に、彼女の全身から剣が針鼠のように突き出す。太刀、小太刀、野太刀、脇差し、バスタードソード、サーベル、レイピア、ショーテル、シミター、ブロードソード、エストック、斬馬刀、フランベルジュ、ダガー、クレイモア、古今東西のありとあらゆる刀剣が雛菊の体を覆っている。そして次の瞬間、無数の刃はミサイル弾の如く雛菊の全身から発射された。

「うぐお!」

 怒濤の如く飛んできた剣の奔流が直撃し、牛鬼は大きく仰け反る。その眼前へと雛菊がすかさず飛び、双刃の剣を大きく振り上げた。雛菊が渾身の一撃を、朦朧とした牛鬼の脳天へと叩き込む。剣によって切り傷を負わなかった牛鬼もこれには耐えきれず、砂浜へとその巨体を倒れ伏した。

「雛菊さん!」
「唯様、やりました」

 雛菊が唯を見て、誇らしそうにほほえむ。唯は小走りに雛菊に駆け寄ると、彼女の隣で牛鬼の巨体を眺めた。大量に撒き散らされた刀剣の数々は、雛菊の能力によってだろうか、ゆっくりと消え去っていく。

「凄いね」
「これも唯様のおかげです」
「えっ?」
「芽衣や百合達と違い、私は能力者より、どちらかと言うと剣士として生きてきました。剣の能力を使う身としては当然の成り行きと思えますが、逆にそれは私の能力を無意識に制限していたと思います」

 雛菊は自分の手に目をやり、じっと見つめる。

「刀や剣を使った剣術に没頭して、自らの本来の能力は邪道として使うのを躊躇(ためら)っていました。ですが、それだけでは愛する人を守れないと先日の戦いで気がつきました」

 雛菊の脳裏に、下水道を埋め尽くすサウザンドの群れが浮かぶ。

「今なら、自分の能力を全力で使えます。愛する貴方様のためならば」

 雛菊の思いを込めた言葉に、唯は胸が熱くなる。あまり雄弁では無く、どちらかと言えば口下手な彼女が思いを語ってくれたのだ。封印していた牛鬼をわざわざ起こして、倒してみせたのも、雛菊なりに唯への愛情の証を示したかったのであろう。戦いで愛情表現するのが、とても不器用で、彼女らしかった。

「うれしいよ、雛菊さん」

 唯は雛菊の体を抱き締め、自分より背が高い彼女をそっと見上げる。雛菊が目を瞑って首を傾けると、唯は無言で口付けを交わした。ただ唇を合わせるだけのキス……だが、それだけで二人は胸の内が温かいもので満たされていった。
 どれだけの間、口付けしていただろうか。目を閉じて雛菊の甘い唇を感じていた唯が、突然雛菊の肩を掴んで自分から引き剥がした。

「チィッ! 気づきやがったか!」

 途端に今までピクリとも動かなかった牛鬼が首をもたげた。刀剣で散々に殴られた牛鬼であったが、その実まだ余力を残していた。だが正攻法では勝ち目が無いと見極め、死んだふりをして、雛菊が油断するのを待っていたのだ。だが、いざ機会が訪れると、気が昂ぶって、微かに身じろぎしたのを唯の能力によって聞かれてしまった。バレてしまっては再び死んだフリをすることも出来ず、牛鬼は雛菊に突進する。

「唯様、下がって! 来い、死に損ないが」

 雛菊は咄嗟に一番得意な得物である刀を構え、牛鬼を迎え討とうとする。唯は走ってその場を離れようとするが、雛菊は動こうとしない。フットワークを駆使せず、動かずに牛鬼の巨体に対抗しようとするのは危険なはずで、唯のために囮になろうとしているに違いない。
 雛菊が危機に陥っているのを察して、唯の頭脳が目まぐるしく動く。音を集束してぶつけても牛鬼の硬い体にはさして効果が望めず、大音量の音も突進している巨体を止めるには至らないかもしれない。周波数を相手の外殻に合わせて超音波を使えば、硬質の体も破壊出来るかもしれないが、牛鬼の一部にダメージを与えるくらいしか唯には出来ない。唯は現在習得中の技を二つ思い浮かべるが、どちらもまだ実戦で使えるレベルではない。選択肢が全て潰えたかに見えたとき、唯の目が雛菊の刀に向けられた。

「死ね、小娘!」

 巨象のように突進してきた牛鬼の体を、雛菊は武器で受け流そうとする。そのとき、雛菊は自分の刀が微かに唸りを立てたのに気付いた。何が起きているのか理解する間もなく、牛鬼の巨体と雛菊の刃がぶつかり合う。

「ぐおああああああ……」

 妖怪の巨体が相手を圧殺したと見えた刹那、雛菊の刀が妖怪を一刀両断にした。真っ二つになった牛鬼が、雛菊の背後へと砂煙を上げながら倒れ伏す。何が起こったか分からず、呆然とする雛菊に、ほっと胸を撫で下ろした唯が笑顔で手を振った。






「それで結局牛鬼はどうして斬れたの?」

 牛鬼に対する事の顛末を聞いたミシェルは、サングラス越しに雛菊を見上げた。
 翌日の早朝、砂浜の上をひたすら走る剣道部部員達を監督している雛菊の横で、ミシェルがビーチタオルの上で寝転がっている。

「唯様に助けて貰った」
「唯様に?」
「唯様の説明では、音を使った能力の応用だそうだ。高周波の超音波を刀に照射し、表面を震動させる。それを物体に叩きつけると震動が伝播し、物体の分子結合を断ち切るとのことだ」
「へー」
「理論上はありとあらゆる物体を切断できるそうだ」
「うーん、本当かしら?」

 一通りの説明を聞いて、ミシェルが首を傾げる。科学知識に対してガーディアンは詳しいが、二千年以上も生きているため、時たますんなりと科学的説明を受け入れられないときがある。転生者だからこそ起こりうる、一種の弊害なのだろう。

「でも、唯様も凄いわね。そんな技を持っていたなんて」
「前から構想はあったそうだ。物体に周波数を合わせて破壊する技の応用だからな」
「うーん、ますます惚れちゃいそう」

 想い人の活躍に、ミシェルが頬を緩める。元々は只の人間であるはずの唯だが、彼の才気にガーディアン達は驚かされてばかりだ。

「そうだな、今回の件では私も驚いた」
「驚いただけ? 聞き逃したけど、深夜のデートはどうだったの?」
「……これ以上言わせるな」

 雛菊は頬を赤らめると、プイッと横を向く。

「ねえ、折角セッティングしたんだから、教えなさいよ」
「駄目だ」

 ミシェルの追求を、雛菊はにべもなくはねつける。道着姿なのに、今日は普段の堅苦しい様子とは違って、雛菊はとても楽しそうに微笑んでいた。
 月夜の海岸であった出来事を、雛菊はこれからもきっと忘れない。この先、幾ら生きようとも……。






(悪い予感がする……)

 唯は眉を寄せて考える。何か実際に悪いことが起きている訳ではなく、ガーディアンとの生活も順調にいっている。昨晩も雛菊と思い出に残るようなデートをして、なおかつガーディアンにとって今後の鍵となりそうな技まで考えついたのだ。それなのに大蛇が忍び寄っているのに、気がつかずに眠りこけているという気分がするのだ。サウザンドは全て駆逐されたと飯田から情報を貰っており、何者が妖魔を繁殖させたのか、引き続き調査も依頼している。対策室は円に加えて、上島と堺にもツテで探って貰っている。懸念事項は押さえているというのに、唯は胸騒ぎが収まらない。

(まあ、それはともかく……)

 唯は顔を上げて、対面に座っている人物の顔を覗き込む。

「京さん、大丈夫?」
「い、いや……ちょっとダメっぽい……」

 京がテーブルに突っ伏して苦しそうな声をあげる。同じ席についている円と麗も似たような状態だ。ここは高速道路のパーキングエリアで、四人は帰宅途中で休憩を取っている。
 昨晩止まったホテルの室内で、雛菊と深夜に会う約束があると言った唯は、残る三人に大ブーイングを受けた。折角ホテルのスイートルームで、唯と一緒に一晩過ごせると彼女達は思っていたのだから、当然の反応と言える。申し訳なく思った唯は、約束の時間まで一生懸命サービスするから許して欲しいと言ったので、三人はようやく許したのだ。だがホテルにチェックインしたのは午後五時で、雛菊との約束は午前一時だった。その間ずっと唯の全力での奉仕を受けて、普段と比べて四分の一の人数なのに、ただで済むはずが無い。

「足腰の筋肉が……」
「く、苦しい」

 円と麗が小声で呻く。三人は昨晩だけで、快感の天国と快楽の地獄の両方をいっぺんに見た。その影響は今朝も残っており、バイクに乗っていて足が攣りそうになったので、京と円は仕方なくパーキングエリアに寄ったのだ。

「トラックにバイク乗せてくれそうな人、探してみるよ。運転じゃ帰れそうにないでしょ?」
「ほ、本当にごめん。お願い……」

 唯が立ち上がると、京は心底申し訳なさそうな声を出した。














   































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