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「今日も結構手紙の量が多いな」

 唯は半ば習慣になっているポストのチェックを行っていた。二日ばかり試験で中を覗くのを怠っていたため、ポストの中は手紙で溢れていた。郵便の中身はダイレクトメールなどがもっぱらだが、芽衣や円、それに早苗宛てに普通の手紙も届いたりする。そのために家に帰るのが比較的早く、マンションの玄関にあるポストの前を必ず通る唯が率先して郵便物を回収していた。ちなみに芽衣が見かねて、比較的暇人である京や、小学生のため早く帰宅することが多い麗に役割を変わるように言ったのだが、両者の返答は「面倒くさい」の一言だった。

「あれ?」

 郵便をチェックしていた唯は、自分宛ての手紙が入っていたことに気付いた。自分にダイレクトメール以外の手紙が届くことなど、滅多に無い。薄いグリーンの手紙には宛先だけが書かれており、差出人は書いていない。字体を見る限り、差出人は女性みたいなのだが。

「うーん、誰だろう?」

 届いた手紙の束で片手が塞がっているので、唯は自分宛ての手紙を開封せずに、一旦部屋に戻ることにした。エレベーターを使い最上階へと上がり、家へと戻る。期末試験が終わったばかりの週末、自宅にはガーディアン全員が揃っていた。

「手紙届いているよ」
「あ、申し訳ありません」

 リビングに戻ってきた唯の姿に、慌てて芽衣が立ち上がる。唯が急に居なくなったので、芽衣達はてっきりトイレにでも行ったのかと思っていたのだ。休日にまで主にポストのチェックをさせてしまい、芽衣は恐縮してしまう。
 ダイレクトメールの束を芽衣に任せつつ、唯はその中から自分宛ての手紙だけを手に取る。ソファの空いているスペースに腰を落ち着け、唯は爪で封を剥がし始めた。

「唯君宛ての手紙?」
「そうだね」

 目ざとく唯が手紙を開封しているのを見つけ、早苗が彼に注意を向けた。早苗の言葉に惹かれて、ミシェルや麗が唯の近くにやって来る。

「誰から?」
「さあ……差出人は書いてなかったから」

 麗の質問に唯は悩んでいるような声を出す。唯の言葉に、聞き耳を立てていた他のガーディアン達の動きがピタリと止まる。

「女の子の告白じゃないんですか?」
「どうなんだろう?」

 茶化して言うミシェルに、唯は首を捻る。ミシェルの何気ない一言に、今度は残るガーディアン全員の視線が唯に向かって注がれた。
 差出人が無い唯宛の郵便……それは唯を狙う告白の手紙に違いないとガーディアンは直感した。ガーディアン達から見れば、唯は世界で一番の美少年なのだ。他の女(この場合、未成年の少女だろう)が放っておくはずは無い。一般的な視点から見れば、世界一の美少年というのは言いすぎだが、確かに恋人達の贔屓目を差し引いても、唯はまだ幼い顔立ちであっても、かなり整った顔だ。外見は気が少し弱そうに見えなくも無いが、実際の性格は優しくはあるが気弱では無い。激怒したときの彼を見れば、それは明白だ。普段は大人しく見えるが、実際に付き合ってみれば女性をぐいぐいとリードする強さもある。女の視点から見れば魅力的に映るだろう。
 唯は手紙を開封して、中を見る。彼は文面をじっと見つめたまま動かない。

「唯様……誰でした?」
「えっ!?」

 沈黙を保って主の動向を見守っていたガーディアン達だが、雛菊が痺れを切らして唯に聞く。しばらくの間、ポカンと雛菊を見ていた唯だが、急に破顔してみせた。

「えっと、知り合いの子。デートのお誘いだった」
「え、えーっ!?」

 唯の爆弾発言に、ガーディアン全員が声をあげる。普段は冷静な楓やエリザヴェータも僅かに目を見開いて固まり、京や静香は呆然としてしまう。そんなガーディアン達を尻目に、唯はソファから立ち上がり、ポケットから携帯電話を取り出す。手紙を片手に、唯は文面に書かれた電話番号に呼び出しをかけた。

「あ、もしもし……うん、そう……え、今日!? まあ、準備は出来てるけど……わかった……すぐ行く」

 唯は携帯電話をポケットに仕舞うと、にっこりと女性陣に宣言する。

「ちょっとデート行ってくるから」
「え、え、えーっ!?」

 未だに恋人へとデートの誘いが来たというショックから抜け出せていないというのに、唯は追い討ちをかけるように会いに行くというのだ。ガーディアン達にとっては凄まじい衝撃に違いなかった。

「唯様、晩御飯が出来てるんですが……」
「あ、取っておいて。遅くなっても、食べたいから」

 おずおずと言う静香に、唯は明るく答える。それはどう見ても、デートに浮かれているようだった。オロオロとしているガーディアン達を横目に、唯は自室に戻って服を着替え、再びリビングに戻ってくる。

「ちょっと遠出してくるから。帰りは遅くなるかも」
「唯君」
「唯様」
「唯殿」
「唯」
「ボウヤ」

 口々に自分の名前を呼び、女性達は何か言いたげな表情だ。そんなガーディアン達をじっと見ていた唯だが、やがて踵を返して玄関に向かう。ゾロゾロと唯を見送るためにガーディアン達も玄関に出てくるが、その表情は浮かない。

「それじゃ、行ってくる。ついてきちゃダメだよ」

 唯は軽い調子で言ったが、その言葉には主による命令の力が含まれていた。主の持つ言霊の強制力を行使されて、円や楓などが酷く残念そうな顔を見せる。

「行ってきます」
「はい、いってらっしゃいませ……」

 ちらりと後ろを振り返ってから、唯は玄関を出て行く。その背に芽衣の見送りの言葉が力無く投げかけられた。
 それから約二時間後、夕食の食卓は物々しい雰囲気に包まれていた。

「まったく、唯ったら、何よ! デートだって言って、慌てて出て行っちゃって」
「そうよ、デレデレしちゃって」

 京と麗が、それぞれ乱暴に焼き鳥と肉まんに齧り付いていた。その様子はまるで料理が親の敵だと言わんばかりだ。

「唯様も酷いお方だ。我々だけで不満なのか?」
「こんな美女達を放っておいて。普通、デートなんか行く?」

 茶碗を傾けて白米を口に掻きこむ雛菊に、円も文句を言いながら味噌汁を啜る。普段は物分りのいい二人も、よっぽど腹に据えかねたらしい。

「……唯様のバカ」
「全く嫌になっちゃうわよ。こっちはいつもボウヤの注意を引くために、努力してるのに」

 不満そうな表情を微かに見せる楓に、百合もイライラした様子を見せる。やけ食いなのか、ガーディアン達の皿からどんどん食べ物が減っていく。小競り合いはするが、普段は唯のことでガーディアン同士は滅多に喧嘩はしない。だが、それが外部の女ならば話は別だ。

「唯様も若い子がいいのかしら……」
「自信無くしちゃうわね」
「落ち度があったのだろうか……」

 憤る他の面々とは別に、芽衣とミシェル、それにエリザヴェータがしょんぼりとした姿を見せる。いつもたくさん愛情を貰っている分、ショックが大きかったようだ。特にいつも忠実な芽衣はがっくりときてしまったらしい。恋愛関係に多少はオープンなミシェルも、恋愛に初心(うぶ)なエリザヴェータも等しく衝撃は大きかった。

「まあまあ。彼氏がモテるのは、むしろ喜ばしいことじゃない?」
「早苗、何をバカなことを言っているの!」
「は、はい」

 楽観的な早苗に、珍しく静香が声を荒げる。脳天気とも思える早苗の言葉に、ガーディアン達は冷たい視線を彼女に送った。早苗としては冷静な意見を言ったつもりだが、唯と比較的年齢が近い彼女が、若さから来る余裕による発言をしたと見られたのだ。

「こうなったら、やけ酒よ。食事も唯君の分まで食べちゃえ」
「おっけー」
「いいわよ」

 由佳のかけ声に、多数のガーディアンが賛同する。芽衣や早苗は大丈夫だろうかという視線で由佳を見るが、制止まではしようとしなかった。やはり心の中で、ちょっとは仕返しをしてやりたいという気があるのかもしれない。
 洋酒や日本酒の瓶が乗ったカートを由佳が持ってくる。冷蔵庫から出してきたビールの缶を何人かに投げてから、由佳は紹興酒の蓋を開けようとする。

「全く、唯君の薄情者……」

 眉を寄せて、由佳はイライラしながら呟く。他の女性陣にも言えるが、美人なので怒るとかなりの迫力がある。由佳は苛ついている所為なのか、普段と違って瓶の蓋を開けるのに妙に時間がかかった。
 突然、由佳の手から紹興酒の瓶が滑り落ちた。フローリングの床に当たってガラスの瓶は粉々に割れて中身をぶちまける。

「……えっ!?」

 突然の出来事に、ガーディアン全員が驚いて由佳を見やる。だがすぐに全員とも何が起きたのかを察した。主の傍に強力な悪魔が居ることを、主を守護するためにあるガーディアンの力が教えたのだ。それもガーディアン全員が知っている悪魔だ。

「唯君!」

 由佳は遥か彼方に居る恋人に向かい、思わず叫び声をあげた。






 コンクリート製の立体駐車場の一角。車など一台も見当たらないフロアの中心で、一人の少女が佇んでいた。ザウラスだ。相も変わらず、薄いピンクというゴシックローリータのファッションで、腕を組んで仁王立ちしている。西洋人形のように瞬きもせず、じっと動かなかった悪魔だが、カツーンという大きな響きが階下から聞こえてきたので、頬を軽く緩ませた。

「来たぞ、ザウラス」
「意外に早かったわね。迷わなかった?」

 近くで聞こえる話し声に、ザウラスはまるで友人に話かけるように返事する。声はもちろん唯のものだ。辺りに彼の姿は見えないが、ザウラスは声が唯の能力によって届いているのに気付いていた。恐らく彼は近くで身を隠しているに違いない。

「随分と遠くまで呼び出したんだな」
「いいでしょう、ここ。デパートの近くに新しい駐車場が出来たから、夕方には誰も居なくなるのよ」

 ザウラスは東京都に隣接する県まで呼び出し、とあるデパートが所有している駐車場を決闘場所に指定した。デバートとは若干距離があるため、この駐車場が使われるのは休日など混み合うときのみだった。

「さてと、お喋りは止めて……そろそろ始めましょうか」

 ザウラスがゆっくりと組んでいた腕を解く。その美しき少女の顔は自信に満ちている。

「わかった、始めよう」

 唯の返答が終わるや否や、ザウラスの片腕が強烈な衝撃と共に吹き飛んだ。

「なっ!?」

 相手の姿も見えない状態から、思わぬ攻撃を受けたザウラスは反射的に横っ飛びに跳び、床の上で転がり片膝をついた状態で止まる。その頃には既にゴスロリの美少女では無く、白くのっぺりとした悪魔の姿へと変わっていた。

「くっ、油断し過ぎたな」

 見ればコンクリートの床に拳大の穴が穿たれ、パラパラと細かい破片が床の上に散らばっている。階下から唯に狙い撃ちにされたらしい。姿も見せずにザウラスに話かけてきたのだから、既に対象の位置を把握していたに違いない。
 ザウラスは千切れた腕に、体に戻るように命じる。少女の細い腕はぐにゃりと歪んで白い塊に変わると、大きく伸びてザウラスの体へと吸収されて再び腕を復元した。千切れ落ちた体の一部を回収したものの、衝撃で吹き飛ばされた部分は戻すことが不可能だ。肉体の一部も使い、腕の欠損した部分を再生させたので、かなり大きなダメージを被ったと言える。

「……まずいな」

 ザウラスは、両手に地面をつくと、そのまま四足歩行で動き始めた。地面をシャカシャカと走り回るその動きは、爬虫類を思わせる。
 ザウラスは遅れ馳せながら、はなはだまずいことに気付いた、止まっていれば音の衝撃波で狙い撃ちにさてしまうことに。二足では無く、四足で動き始めたのは、立っていると真下から体全体を撃ち抜かれかねないからだ。わざとスピードに緩急をつけて、ザウラスは唯が狙いにくいように移動する。すると、ザウラスの近くでまたもコンクリート床に穴が開いて、破片が飛び散った。音の衝撃波は硬い床をものともせず、威力を保ったまま貫通し、天井にも穴を穿つ。

「そこか!?」

 二度目の攻撃を目視したザウラスは、四足で地を蹴り、ふわりと白い体を飛び上がらせる。そして四つの足が槍のように鋭く伸び、コンクリートの床を叩いた。大きな音と共にガラガラと床が崩れ、その真上に居たザウラスはそのまま階下に飛び降りる。ザウラスは両足で着地すると、今度は二足で陸上の短距離選手の如く、猛ダッシュをかけて移動した。地面と天井に開いた二つの穴の仰角から、ザウラスは唯の居場所について推測をしていた。用心深いことに、唯は柱の影に隠れているらしい。
 ザウラスはクルリと体を回転させると、横薙ぎに両の腕を振った。手先は刃に形を変え、ぐにゃりと腕がゴムのように大きく伸びる。太い柱を二つの刃が斜めに切り裂く。

「くっ、何処に行った!?」

 ずるりとずれたコンクリート柱の向こう側には、唯の姿は無かった。一瞬で柱へと距離を詰めたザウラスが見たのは、床にぽっかりと人間大に開いた穴だ。

「また謀られたか!」

 ザウラスが再び横に跳躍すると共に、天井に穴がガツンと穿たれる。ザウラスが穴を覗き込むのを予測した射撃だった。唯はザウラスに以前使った、物体に周波数を合わせて超音波で粉々に粉砕する技を用いて、大穴を開けて階下へと逃げたに違いない。だがザウラスには唯が放つ、収束された衝撃波のカラクリが解けなかった。唯が指向性のある音を放つにしても、あれだけの威力は作り出せないはずなのだ。

「やってくれる……」

 ザウラスは非人間的な軽く窪んだだけの口を、うっすらと歪ませる。その無表情な作りの顔が、明らかに笑っていた。前回の敗因である攻撃力の無さを克服し、唯は強くなってザウラスに立ち向かってきたのだ。これ以上は成長しないガーディアン達と違い、ザウラスは無限の可能性を唯に見出していた。このように創意工夫して強くなってこそ、上級悪魔のライバルと言える。
 ザウラスは四足歩行による回避を無理と判断し、縦横無尽に移動する回避運動へと移行した。

「くっ、これはきついな」

 唯が周囲にほとんど聞こえない声で呟く。ザウラスの居るフロアの階下で、唯は柱の影に隠れていた。音のセンサーで、高速でジャンプして回るザウラスの動きを、唯ははっきりと掴んでいる。駐車場に音が大きく反響するため、相手の動きは容易に補足できた。それでもザウラスのあまりにも速いその動きに、唯は照準をつけられないでいる。唯は音を閉じ込めている右手を、ぐっと握った。
 唯がザウラスを狙い撃ちにしている技は、彼が密かに開発していたものだ。その原理はいたって簡単である。握った拳という限定した空間に音を作り出し、掌の中でひたすら反響させて増幅していく。唯が維持できる最大のキャパシティまで音の強さが溜まると、唯はそれを指向性がある音として放つのだ。それだけのことだが、この技の威力はかなり強烈で分厚いコンクリートの壁でさえ、容易く打ち抜く。おまけに、消費するエネルギーの量も僅かで済むのだ。
 ザウラスに負けて数日後、京が唯の前で泣いた日には、この技は完成していた。愛する者達のため、唯はこの技でザウラスを倒そうと決意していたのだが、現実は上手く行かない。最初の一撃は相手の不意を打って当てたものの、続く二撃、三撃は見事に回避されてしまったのだ。唯の射撃はかなり正確なのだが、それ以上にザウラスの直感は鋭く、ギリギリのところで攻撃を避けている。それにこの技には連射が出来ないという、大きな欠点があった。音を反響させて溜めるのに、どうしてもチャージする時間が必要なのだ。
 地面や壁、柱、天井などを蹴って、デタラメに跳び回るザウラスの動きを脳内でトレースしながら、唯はじっと相手の隙を窺う。だがザウラスは無限にスタミナがあるかのように、疲れなどを一切見せずに動き続ける。この硬直状態を打破するために、唯はザウラスの動きにパターンを見出そうと音のセンサーに集中力を研ぎ澄ませていく。そんな彼に異変が起こった。

「えっ!? うわあああああぁ」

 右肩に焼け付くような痛みを感じて、唯は絶叫をあげた。見れば白い刃がぐっさりと刺さっており、細身の肩を貫通している。唯には何が何だかわからない。自分が知らないうちに攻撃を受けて、重傷を負ったことで唯は半ばパニックに陥った。

「勝負あったな、唯。我がライバルよ」

 床を突き破って、ザウラスが唯の前に降り立ってきた。唯は肩の痛みを必死に押さえつけて、右手を白い悪魔に向けて突き出す。それと共に、限界まで増幅した音の噴射による一撃が飛ぶ。だがザウラスは体を大きく歪ませると唯の一撃を回避した。攻撃する相手が可視状態ならば、幾ら見えない音による技とは言え、避けるのは可能だ。腕の動きにさえ注視していれば、相手が何処に攻撃を放つかが、ザウラスにはわかる。白い悪魔の背後にある壁に、拳大の穴が開いた。

「ふふふ、私が体を切り離して動かせることに、気がついていなかったか。残念なことだ」

 無表情な顔だが、さも楽しそうな声を出すザウラスに、唯は何が起こったかを悟った。ザウラスが高速で派手に回避していたのは、唯の注意を引くためだったのだ。密かに体の一部を切り離したザウラスは、周囲に対して警戒を怠っていた唯の死角に回り込ませたに違いない。

「ま、まだ決着は……」
「止めることだな。勝負はついている」
「う、うぐっ!」

 肩に再び激痛を感じて、唯は呻いた。突き刺さった刃がザウラスの意思通り、唯の中でほんの僅かに動いたのだ。だが、それだけで充分だった。今なら刃を操り、唯の心臓をも貫くことでさえ、簡単なことだろう。生殺与奪権をザウラスは握っていると誇示されて、唯の額に油汗が浮かぶ。

「く、くそっ」
「よせっ!」

 ザウラスの制止を無視して、唯は体内で超音波を生成した。硬質化した刃の分子を振動させ、粉々に粉砕する。だがその代償は大きかった。今まで刺さった刃によって塞がっていた傷が開き、一気に出血したのだ。

「うわぁっ!」

 痛みで唯は仰け反って、片手で傷口を抑える。少年が着ている黒いワイシャツに、濃い黒の染みが広がっていく。ドクドクと流れ出る血を見て、唯の顔は青くなった。このまま死ぬかもしれないと、彼は意識の片隅で考える。柱に背をもたれて、唯の身体がズルズルと崩れ落ちた。

「全く、負けん気の強い奴だな。治療する悪魔の身にもなってみろ」

 ザウラスは唯に駆け寄ると、片手を唯に当てる。ぐにゃりと手が動いて傷口を覆い、出血を止めた。

「元から急所は狙っていない。安静にしていれば、大丈夫だ」

 派手に血が出たように見えたが、実際はそれほどでは無かったらしい。流石に止血をして貰っている相手とは、これ以上戦う気を無くし、唯は荒い呼吸で悪魔を見返す。

「携帯持ってるでしょ。お迎えを呼んであげなさい。大丈夫、死にやしないって」

 ザウラスは悪魔の姿から、女装少年の姿へと戻っていく。ザウラスも唯にやられた傷が回復していないのか、左腕の肘から先が無かった。少女の姿を復元するには、肉体が足りないらしい。

「またコテンパンにやられて、戦う気無くした?」

 からかうような調子で語りかけるザウラスに、唯は気だるそうに、それでいて強い意志を持った視線で相手を見つめ返した。

「次こそ、倒してみせる」
「いい返事ね。それこそ、私のライバルよ。再戦を楽しみにしてるわ」

 ザウラスはにっこりと笑うと、唯の前髪をかき上げる。

「やめろよ、そんな趣味は無い」

 オデコに唇を近づけたザウラスの顔を、唯は左手で押し返す。もう既に唯には敵意も闘志も無く、その顔は穏やかなものだった。

「ふふふ、冗談が過ぎたかしら。それじゃ、怖いお姉さん達が来る前に逃げさせて貰うわ。私も怪我してるから、敵うか怪しいものだし。じゃあね」

 ザウラスはヒラヒラのスカートを翻して、歩み去っていく。その後ろ姿を見ながら、唯はポケットから携帯電話を取り出した。

「あ、京さん。悪いけど、迎えに来てくれる。うん、ちょっと怪我しちゃって……なるべくなら、早苗さんも連れてきて。結構周りを壊しちゃったから……」

 電話の向こうから京の切羽詰まった声が聞こえてくる。だが唯はそれに返事も出来ず、携帯を地面に落とすと疲れきったように目を閉じた。





「ん……」

 唯が目を覚ますと、見慣れた天井が目に入ってきた。それは間違いなく、唯の部屋だ。前にもこんなことがあったな、と唯はぼんやりした頭で考える。腹も空いていて、咽喉も渇いているが、体がだるくて動く気にはなれなかった。

「あ、唯君! 起きたのね」

 唯が目覚めてから、約十分。部屋のドアを開けた中に入ってきた由佳が、目を開けている唯に気付いた。彼女はテーブルの上にお盆を置くと、慌てて唯に駆け寄る。ぼんやりと自分を見つめる少年の姿に、由佳はほっとした。由佳が布団の下から唯の手を取って握ると、彼はギュッと握り返す。

「良かったわ。随分と消耗してるみたいだったから。安心して、傷は完全に塞がっているわ」
「ごめんね、迷惑かけちゃって……」

 済まなそうにと言うよりは、むしろ感謝を述べるような表情を唯は浮かべる。唯が血塗れの服で気絶して帰ったときは真っ青になった由佳だが、彼の笑顔を見てほっとした。言いたいことはあるのだが、まずは唯が無事で何よりだ。小言や文句は回復してから、幾らでも言える。

「ところで、他の皆は?」

 辺りを見回して、唯が聞く。前回は目を覚ましたときには、ほとんどのガーディアンが揃っていたのだが、今回は由佳のみだ。

「仕事に行ってるわ。ただ京と円、静香、それに芽衣はザウラスを追っているみたいだけど」
「芽衣さんも?」

 唯は芽衣が仕事に向かわず、白い悪魔を追っていることに違和感があった。京と静香はフリーターのような立場で、円は記者なので時間はある。だがバリバリのキャリアウーマンで、働く女性が夢見るような経歴の持ち主である芽衣が、あえて仕事を放り出して私用で動いているという。

「そういえば、由佳さんもお休み取ったの?」

 すっかり失念していたが、由佳も本来なら就業している時間だ。

「ええ。ずっと休まず働いてきたし、唯君の看病なら、たまにはいいと思ってね」

 にっこりと恋人に笑いかける由佳は、何処か幸せそうだった。社長秘書として優秀な由佳だが、料理など家事に情熱をかけることが多い。本来なら、こうやって愛する者に家で尽くすタイプなのかもしれない。

「あ、忘れていたわ。起きたときのために、果物を切ってきたの。食べて頂戴」
「うん、頂きます」

 自分で起き上がろうとする唯を、由佳は急いで補助する。お盆の上に置いてある、フルーツの取り皿に手を伸ばそうとする唯を制して、由佳が皿を取り上げてしまう。

「はい、あーんして」

 満面の笑みでフォークに刺した桃を差し出す由佳に、唯は苦笑してしまう。だがそれもいつしか照れ笑いになっていった。

「自分で食べられるよ……って、言っても無駄だよね」
「ご察しの通りね。諦めて頂戴」

 にこにこしながらも、きっぱりと宣言する由佳に唯は抵抗を放棄した。元はと言えば怪我をして迷惑をかけているのは自分なのだ。ごねて喧嘩するより、愛情を素直に受け取った方が由佳も嬉しいはずだ。

「あーん」
「はい」

 初々しい新妻と彼女に愛される旦那のような構図で、唯は由佳に切ってある桃を口に運んで貰った。






「やっぱりダメね。いまザウラスは全ての悪魔と手を切っているようね」

 とある倉庫の中、腕を組んでいる芽衣がため息をつく。むき出しのコンクリート床には悪魔達が残した塵が積もっている。
 僅かな手掛かりを頼りに芽衣と京は悪魔達のグループを奇襲した。だが低級な悪魔の集団が、普段は非常に上手く身を潜めているザウラスの居場所を知っているはずも無い。悪魔は排除できたものの、結局は無駄足になってしまった。
 そもそも奈落の悪魔は各々のグループが自分勝手に行動しているのだ。それは上級の悪魔のためであるかもしれないし、自己の利益を目的にしたものかもしれない。だが統率された集団であることは少なく、横の繋がりは非常に薄い。

「……まあ、元からあまり期待はしていなかったけど」

 乱立しているダンボールを見回しながら、京がぼんやりと芽衣に答える。焦燥感に駆り立てられて必死に情報を集め、怒りに任せて殴りこみをかけたのだが、ザウラスの足取りを追うという行為が空振りに終わったいま、京は脱力せざるえを得ない。
 悪魔を殲滅したあと、二人にはこれ以上長くこの場に留まる理由は無い。だが落胆が激しかったのか、芽衣も京もなかなかこの場を動く気にならなかった。

「ん?」

 倉庫の扉が大きく音が響き渡ったかと思うと、それと同時に窓も破砕音と共にガラスが飛び散った。黒い服に上下を包み、防弾チョッキとヘルメットで身を守った特殊兵がロープを使って窓から踊り込み、二階の通路へと降り立つ。そして正面の扉からも多数の兵員が突入してきた。兵士達はぐるりと二人を取り囲むと、銃口を彼女達に向ける。だが何があったのか、一斉に兵士達は銃を下ろした。

「驚きましたな。ガーディアンのお二人が居るとは」

 軽い調子の声が辺りに響き、山のように積まれたダンボールの影からスーツを着た男が現れた。

「神崎真……」
「おや、私の名前をご存知でしたか。光栄ですね」

 刺すような視線で睨みつける芽衣に対し、神崎は笑みを浮かべる。

「悪魔の情報を掴んで来たのですが、お二人が退治したのならば、我々の任務は完了してしまったということですね」
「………」
「ですが、折角です。一つ面白いことをしてみませんか?」

 にこにこと笑みを浮かべながら話す神崎に、芽衣は苛立ちの表情を隠せない。無言で話を聞いているが、虫の居所が悪いために冷静さを欠いている。それとは逆によっぽど脱力しているのか、京は凶暴さを潜めてつまらなさそうに神崎を眺めていた。

「ガーディアンと我々とで模擬戦を行ってみませんか? もちろん我々はペイント弾を用います。いかがでしょうか?」
「そんなことをするメリットはあるの?」
「我々人間に悪魔を退治するための訓練をして頂きたいのです。ご協力して頂けないでしょうか?」

 芽衣は神崎の申し出を馬鹿馬鹿しいと感じた。どう見てもガーディアンの戦闘データが収集したいに違いない。わざわざ自分達の情報を教えることはないと芽衣は思った。
 だがしばしの間を置いて、芽衣は考えを改めた。

「……ペイント弾じゃなくて実弾でいいわよ」
「芽衣?」

 てっきり戦闘を拒むと思っていた京は、芽衣がやる気なのを見て驚く。芽衣の身体からうっすらと闘気が滲み出る。

「京、ここは任せて貰うわ。ストレス発散に使わせて貰う」
「……好きにすればいいわよ」

 普段とは逆の対応をしようとする友に対し、京はあっさりと譲った。本来ならば京が暴れているところだが、それを止める側である芽衣が無駄な戦いをしたいと言うのだから、よっぽど苛々しているに違いない。芽衣はスーツのボタンに手をかけると、それを外していく。

「……お一人でいいのですか?」
「一人で充分だわ」

 神崎の言葉を芽衣は不快そうに受け流す。ワイシャツとスカートを脱ぎ、芽衣はハイヒールを足から外した。いきなり脱ぎだした芽衣の行動は不可解だが、戦ってくれるというのだから神崎にとっては是非も無い。おまけに実弾でいいというのだから、より実戦に近いデータが収集できるはずだった。手加減するつもりはない。既に室内にカメラを幾つか設けており、隊員のヘルメットにもカメラが仕込んである。準備は万全だ。

「あまり上手く手加減できないから、覚悟して頂戴」

 芽衣の言葉と共に、彼女の指先から氷が広がっていく。いや氷が広がるというより、芽衣自身が氷へと変わっていくと言った方がいいだろう。あっという間に芽衣の姿が髪の毛の先端まで氷になった。その姿はまるで氷の彫像だ。

「京、服を頼んだわよ」
「はいはい。私が言うのも何だけど、程ほどにしておきなさいよ」

 脱ぎ捨てられた芽衣の下着を他の服と一緒に拾いあげた京は、自らの血で巨大な腕を作りだす。その腕で自らの体を持ち上げると、京は倉庫の天井を支える鉄骨の上に腰掛けた。一糸纏わぬ姿になった芽衣だが、胸と腰は厚いギザギザの凹凸がついた氷のアーマーでしっかりと覆っている。

「行くわよ……」

 軽く呟くと共に芽衣は大きく腕を振った。その一振りだけで、巨大な氷壁が彼女の背後に位置するコンクリートの床上に地面からそそり立った。更に芽衣の手から何度か白い光線が飛び、床に当たると次々と氷の柱が立ち上っていく。氷柱は天井を支える柱のように、上に突き当たるまで大きく伸びる。

「ぼやぼやしていると氷付けになるわよ」

 邪悪な笑みを浮かべた芽衣の姿が、背後に作り出した巨大な氷の壁へと沈んでいく。ガーディアンの超常的な力を見せ付けられて唖然としていた兵士達だが、それを見て慌てて銃を構える。ノズルが火を噴き、銃弾を氷壁へと向けて乱射するが、それは氷に虚しく穴を穿つだけであった。
 兵士達の注意が一点に向けられている間に、別の氷壁から芽衣の身体がズブズブと現れる。

「こっちだ!」

 その姿に気付いた兵士が、慌てて銃をそちらに構える。仲間の叫びに反応し、兵士達は素早くそちらに銃口を向ける。ライフルから銃弾が飛び、氷で構成された芽衣の体に弾を撃ち込む。鉛弾が氷に穴を穿ち、あっという間に彼女の全身を蜂の巣にした。

「は、ず、れ」

 一音節ごとに言葉を区切り、どこからともなく芽衣が敵をからかう。兵士たちが銃を放った場所とは別の氷柱から芽衣が姿を現すと、右腕から白い光線を放つ。その一撃を背後から食らって兵士が一人、首の下から氷漬けになって動きが固まる。
 先ほど芽衣は自分そっくりの分身を作り出し、それを氷の中から出現させたのだ。それに注意が向けられている間に、氷の中を移動した彼女は敵の背後をついた。

「く、くそ!」

 仲間の一人が氷に閉じ込められたのを見て、兵士達はすぐに芽衣へと反撃する。だが自分そっくりの氷像を残して、既に芽衣は氷の中へと移動していた。銃は虚しく美しい像を破壊するだけだ。

「こっちよ」

 氷の近くに立っていた兵士の背後から芽衣が上半身を出す。氷と化している右腕を振り下ろし、手刀で相手の首筋を芽衣は強打した。兵士達は素早くそちらに銃を向けるが、もちろん芽衣の体は彫像とすり替わっている。あたふたと周囲を見回す兵士を余所に、芽衣は彼らの死角から姿を現して、更に兵士二人の襟首を掴む。

「うわああああぁ!」
「ひいっ!」

 兵士達の体が芽衣と共に氷に沈み、首だけを残して全身が氷の中へと閉じ込められた。その姿を見て兵士達は慌てて氷柱などから離れて、自分達を守るように円陣を組む。極めて正しい判断と言えるが、そんな彼らを嘲笑うかのように、芽衣の笑い声が響く。

「ふふふ、どうしたのかしら? 私はこっちよ」

 氷壁の中からゆっくりと無数の芽衣が姿を現す。その数は恐るべきことだが、百を優に超える。

「ひぃぃぃぃっ!」

 蛹から姿を現すかのように、氷の中から姿を現していく美女達に、あちこちから悲鳴があがった。にっこりと微笑む女神の如き芽衣の顔は、兵士達には地獄の亡者達のように見えているに違いない。銃弾を乱射し、兵士達は氷の彫像達を迎え撃とうとする。だがそんな努力も虚しく、冷凍ビームを食らって兵士の一人が凍りつく。

「こっちよ」

 銃弾で穴を作られボロボロになった芽衣の氷像から、更に新たに氷像が抜け出してきて更に彫像の数が増えていく。無限とも思えるように増殖する芽衣の虚像に、兵士の周りは更に混沌とした様子を呈する。パニックに陥る兵士達を余所に、作り出した分身に紛れて芽衣は次々と相手を氷漬けにし、氷の中へと引きずり込む。

「見ているだけっていうのも冷たくないかしら?」

 二階でアサルトライフルを構えていた兵士達にも声がかかった。階上の通路に陣取った兵士達も最初は上から支援射撃をしていたのだが、芽衣の姿が増えるにつれ、あまりの非現実的な光景に動きが固まっていた。そんな中、数体の氷で出来た芽衣達が自分達へと顔を向けて、唇を動かしたのだ。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 自分達に向いた彫像に反射的に応戦を始め、兵士たちが芽衣の顔をライフルで撃ち抜き始める。だが幾ら撃っても撃っても、崩れた彫像の中から芽衣の分身達は沸いて出てきた。非現実的な光景を目の当たりにし、弾を撃ちつくすぐらい兵士たちは撃ち続けた。

「あなた達にも、氷の洗礼をあげましょう」

 林の如く乱立する女の氷像に紛れ、本体である芽衣が口から白い煙を吹きかけた。

「ぐあああっ!」

 氷点下百度より冷たい息吹を食らって兵士たちが悶絶する。零下の白煙は扇状に広がり、広範囲で男達を包み込んで視界をも塞ぐ。

「あ……あ、ああっ」

 男達の体は徐々に霜で覆われ、容赦なく冷凍されていく。やがて一人、また一人と男達は通路に倒れていった。一階の兵士達も多くが氷漬けにされたり、急所に打撃を加えられて戦闘能力を奪われ、動ける者は居ない。戦闘が始まって十分もせずに決着はついた。

「………」

 傍らで力の差をまざまざと見せられた神崎は声も出なかった。二千年の間をも人類を守護してきたガーディアン達が、まさかこれほどの人知を超えた力を持っていたとは想像すらつかなかったのだ。

「……何を、ぼさっとしているの? 早く助けないとお仲間が凍傷で怪我するわよ」

 神崎の一番近い氷壁から、芽衣がすーっと抜け出てくる。

「少しは手加減したけど、後の責任は取れないわ」

 透き通る氷の眼球で芽衣は神崎を睨むと、彼女は踵を返して歩き始める。するとダンボール箱の上で高みの見物をしていた京も降りて来た。戦闘をただ眺めていた彼女に跳弾が何発か飛んできたが、京は難なく血の防壁で防いでいる。

「あんなのに本気出したの?」
「普段、本気は出せないから、たまにはいいでしょう」

 預けていた服装一式を手渡され、芽衣が服を再び身につけていく。

「あれだけのエネルギーを使ったら、疲れちゃって仕方ないから……」
「なら、何で使ったのよ?」
「言ったでしょ、たまにならいいのよ……特にストレスが溜まっているときにはね」

 ブラジャーとショーツをつけた芽衣の身体が、氷から生身へと変化していく。その表情は既に穏やかなものだった。

「さあ、帰りましょう。唯様が待っているわ」

 スーツに袖を通し元の姿に戻った芽衣がゆっくりと歩き出し、苦笑した京も彼女の後を追った。






「ふう……」
「あら、目が覚めちゃった?」

 ベッドに寝ていた唯が目を覚ましたのを見て、由佳が声をかける。フルーツで軽く食事を取った唯は、しばらくウトウトとしていたのだが、すぐにまた起きてしまった。意識が戻るまでは長い間寝ていたので、体は休息を必要としていても、脳がこれ以上の睡眠を欲していないようだ。

「眠れない?」
「うん。何だか目がさえちゃって……」

 布団の中で何処か困ったように唯が由佳に声をかける。いつもは大人びていると言ってもいいくらい、しっかりとした少年が微かに困惑している様子に、由佳の胸がギュッと締め付けられた。普段とは違い母性本能を刺激されたからだろうか、由佳は急速に自分が興奮していくのがわかる。

「困っちゃったわね、眠れないんじゃ」
「うん。でも大人しくしてるから、大丈夫だよ」

 物分り良い少年だが、何となくいつもと違って弱弱しい表情に、由佳はますます胸が高鳴る。由佳は自分でも気がつかなかったが、保護欲や母性的な部分が強いようだった。料理を取り仕切っているのも、そんな一面の表れだろう。唯の容体が安定したと、治療を行った京から聞いてなお、彼の傍を離れなかったのは唯を守ろうとする意識が働いたからかもしれない。

「あ、あの唯君……添い寝していいかしら?」
「え、あ、うん。いいよ」

 自分の昂(たかぶ)りを悟られないように、由佳は必死に欲情し始めている声を押し殺して聞く。胸の前で手をグッと組んだ由佳に、唯は異常を感じ取るが、特に理由も無いのであっさりと受け入れる。由佳は立ち上がると唯に向かって背を向けて、上着に手をかけた。

「えっ……ゆ、由佳さん?」

 スルスルと服を脱ぎ始めた由佳に、唯は戸惑いを隠せない。てっきり眠れない唯のために軽く添い寝してくれるものだと思っていたが、これではセックスを準備しているかのようだ。由佳は下着姿になると、僅かに動きが止まる。下着姿になったのはあからさまにおかしいが、これ以上脱げば由佳が情交を望んでいるとはっきり唯に言っているようなものだ。しばらく躊躇した後、由佳はブラジャーのホックを外し、巨大な胸が大きく揺れて露になった。

「唯君、お布団に入るね」
「う、う、うん」

 布団を捲り上げた由佳に対して、唯は横にどいてスペースを開けてやる。だが唯は上気した肌で唯を見つめる由佳に戸惑いを隠せない。ショーツ一枚の姿で由佳は唯の布団に潜り込むと、そっと彼の手を引き寄せて握る。

「傷、痛まない?」
「うん、大丈夫だけど……」

 温かな人肌の感触に、唯も心臓の鼓動が速まる。まるで由佳の興奮が手の温もりから伝染したかのようだ。

「ごめんね……ちょっと興奮しちゃって」

 由佳は唯の手を胸の谷間へと導く。彼の手で自分の心臓を落ち着けさせようとするための行動であった。だが唯の手には早鐘のような由佳の鼓動が伝わってくるだけだ。

「唯君……」

 由佳は切なそうに唯の手を胸の膨らみに導くと、軽く押し付ける。普段なら由佳の期待に応えるところだが、今の唯はどうしていいかわからなかった。傷口は塞がったとはいえ、激しいセックスなどしたら自分の身が持つかは疑問だ。無理をするのを唯は厭わない性格だが、自分が傷つけばガーディアン達は深刻に受け止めるだろう。

「由佳さん……軽い触りっこでいい?」
「うん。ありがとう」

 恐る恐る妥協案を出した唯だが、由佳にはそれで充分だった。唯が自分の意思で手を動かし、由佳の胸を軽く撫でる。

「あ……あん……」

 片胸を軽く触られているだけなのに、由佳の身体がビクビクと微かな痙攣を起こす。何時に無く由佳が興奮しているのもあるが、既に主によって開発し尽された体は、少年に触られるだけで劇的な反応を起こすようになっていた。

「ん……んうう……あん……」

 胸の先から広がる熱い感覚が心臓に到達し、血流と共に快感を全身に広がっていくような錯覚を由佳は覚える。唯の優しく愛情を伝えるような手の動きが、由佳の意識をドンドン熱くしていく。

「唯く……ん……」

 由佳が鼻にかかったような甘え声を出して、唯の愛撫を尚も求める。普段ならば大勢を相手にするため、敏感な場所をすぐに責める唯も、二人きりということで緩やかな力で由佳を触り続けた。

「ふ……ああん……あ……」

 普段職場で見せる冷徹な姿からは想像も出来ないような、色っぽい声で由佳は喘ぎ続ける。由佳の体は唯から強く苛められることを求めるが、唯は本当なら安静の身なのだ。唯はあまりペースを上げないようにしつつも、焦らさない程度の強さで胸を揉み解していく。

「ああっ、あん、あん、ああ!」

 時間が経つにつれ、由佳の息が荒くなり早いテンポで声が漏れていく。由佳の豊満すぎる乳房の張りを確かめるように唯は揉み、その脂肪の柔らかみをたっぷりと堪能する。

「唯くーん、キスしてぇ……」

 蕩けきったように由佳が甘い声で唯におねだりする。由佳は切なそうでいて、欲情しきった瞳で唯を見つめていた。唯は軽く視線を合わせた後に、目を閉じてそっと恋人に唇を合わせた。

「んんむ……ん……あむっ……んむっ」

 唇を合わせると、二人は何も言わないまま舌先を口内へと差し込む。二つの舌が何度も絡み合い、互いに互いを撫ぜあう。由佳の舌は懸命に唯の舌を絡み取ろうとするが、唯はそれをかわして逆に彼女の舌を軽く撫でていく。

「ん、んう、ん、んく、あんむ……」

 由佳は物足りなさを補おうとするかのように、唯の舌を懸命に吸い続ける。二人がディープキスを交わして、十五分以上も経とうとしても、未だ物足りないかのように唯の口を離そうとしなかった。

「唯くん……切ないよう……」

 甘え声で呼びかける由佳は、その常人離れした美しさが影を潜め、親しみやすい可愛らしさが溢れ出ている。優しい年の離れた美人の姉が、年の差を忘れて甘えきっている光景に、唯は胸に軽い高まりを覚えていく。改めて気付かされた由佳の魅力に引き寄せられたかのように、唯の手がそっと彼女の股間に引き寄せられる。

「あう……あぁん……」

 ショーツの中に潜り込んだ唯の指がそっと触った由佳の陰部は、既にベトベトに愛液で濡れていた。俗に言う蜜壺が洪水のようになっていた、というような感じだろうか。そっと指が、既に開いている小陰唇のひだを撫でただけで、由佳の体は電流を流されたように大きく体が跳ねる。

「ひゃうん……あっ、だめぇ……わ、私……」

 中指を唯は優しく割れ目に入れ、優しく割れ目に沿って動かす。ほんの微かな動きなのだが、それだけで由佳は眉をギュッと寄せて耐えるような表情を見せる。

「唯くん……唯くん……」

 シーツをギュッと握りしめて、由佳が唯の愛撫を堪える。本当ならば少年の体に抱きついて、自分の思いをぶつけたいところなのだが、唯が怪我をしているのでそうもいかない。陰唇をなぞる唯の細い指は、高熱に晒した鉄串のような熱さを由佳の股間へと伝える。

「うぅ……あぁっ……」

 創造主に造られてから二千年以上も経つが、今もって目の前に居る細身の少年に、翻弄されている自分が由佳には信じられない。その言葉や仕草一つ一つに愛情を感じ、その唇や指先の動きだけで天上に居るような快楽を由佳は感じてしまう。だからこそ由佳は唯を失いたくないのだ。戦って自分がボロボロになるのは耐えられる、だが愛する少年が傷つくのは気が狂いそうになってしまう。

「唯く……ん……す……きなの……」

 由佳が息も絶え絶えに唯に呼びかける。膣内へと侵入してきた指先に優しく体内をかき回され、由佳の体は燃えたぎるように熱くなっている。炎使いの女戦士の体でさえも、唯の愛情は焦がそうとしてしまう。

「由佳さん、ちょっと動いて貰っていい?」
「うん……」

 唯に優しく声をかけられて、由佳は彼の手に合わせて体を動かす。ベッドの中央に導かれ、ショーツを脱がされてM字開脚した由佳は、てっきり唯自身を挿入されるかと思っていた。

「あっ、唯君!? ひゃぁん!」

 由佳のなだらかな太腿を両手で広げた唯は、彼女の股間へといきなり口づけした。刺激が強すぎたと見た唯は、太腿へと目標を変え、柔らかな肌へとキスマークをつけていく。

「ゆ、唯くん? あ、あぁ……だめぇ……」

 赤く斑点がつくほど吸われて、由佳の内腿に口づけの跡が残っていく。そして徐々に内側へと向かった少年の唇は、美女が持つ下の口に吸いついた。

「あ、あぁ……あぅぅ……」

 軽く唇と性器が触れ合っただけで、由佳は大きく呻いてしまう。何度も肌を触れ合った由佳だが、クンニはほとんどして貰ったことが無く、あまりにも刺激的だった。

「ごめんね、由佳さん……僕が怪我してるから、中に入れてあげられなくて」
「いいの……私こそ……ごめんなさい……」

 本来なら安静のはずなのに、唯は必死に自分を悦ばせようとしてくれているのだ。その愛情を感じたとしても、謝って貰う必要は無い。唯が舌先をヒダに沿って上下させると、由佳の蜜壺はトロリとした粘液をそれに合わせて吐き出す。

「や、やだぁ……恥ずかしぃ」

 唯の軽いクンニだけで、由佳のヴァギナはだらしなく涎を垂らし続ける。由佳はまるで自分が淫乱かのように思われるかもしれないと、顔を赤らめて恥ずかしがる。だが、由佳は自分でも心の底では自覚しているのだ、唯の前ではただの淫乱な雌だと。それはガーディアン全員に共通していることでもあった。

「あ、あんまり音を立てちゃだめ……」

 クチュクチュと舌で舐められる度に、由佳のヴァギナが湿った音をたてる。

「う、あぁん……あ、あ、あぁ……」

 既に火照りきった由佳の肢体は、唯の奉仕を受ける度に大きく揺れ動く。既にエクスタシーを得てもいいほど、由佳は責められている。だがギリギリのところで由佳はそれを押さえ込み、より長く唯に可愛がって貰おうとしていた。

「ゆ、唯くん……ご、ごめんね……」

 本来なら怪我人の唯は安静にしなければいけないのに、由佳は彼に愛して欲しいという欲求に逆らえないで居た。舌が膣内のヒダを撫でる度に、由佳はどうしようもないほどの愉悦を感じてしまう。

「う、あぁ……あ、あぁ……す、凄いいいの。私……なんて淫乱なの……」

 唯の唾液と由佳の愛液が混ざりあい、美女のヴァギナからアナルへと垂れていく。その液体はシーツをしっとりと濡らす。

「由佳さんの美味しい……」
「いや、そんなこと言っちゃだめぇ」

 唇をぐっと押し付けて陰唇を割り、唯が由佳の愛液を啜る。由佳は顔を赤く染め、顔を両手で隠す。それでも由佳の体は愛する者の愛撫を悦び、ますます分泌液を吐き出すのだった。

「はっ、はぁはぁ、は、はぁ、あ、ああっ、あ、あ!」

 唯の献身的な奉仕に、由佳は意識が朦朧とするほどの快楽に晒され続ける。それでも由佳はイかずに、少年のクンニをずっと貪ろうとした。それは昨晩の心配による大きな反動かもしれない。由佳は唯との肌の交わりにとにかく飢えていた。

「由佳さん……」
「唯くん……?」

 意識が混濁していた由佳は、唯が自分の上へと乗っているのに気付いた。唯は由佳が知らない間に既にパジャマを脱ぎ捨てている。由佳が何かを言う前に、唯はゆっくりと彼女の膣内へと亀頭を押し込んだ。

「あ、ああっ、ふぁぁぁぁ!」

 由佳の意識が一瞬飛び去り、絶頂感に揺さぶられる。散々心酔する主に愛撫して貰った体は、挿入されただけで強烈な反応を示してしまう。

「や、あ、あぁぁ……ふ、ああぁ……」

 唯は由佳を抱き締めて、ペニスを彼女の一番奥で止める。そしてそのまま腰を動かさず、体を制止させた。ただ単に繋がっているだけなのだが、由佳は亀頭が当たっている子宮の入り口からゾクゾクするような感触を覚えて止まない。

「唯くん……き、気持ちいい……」
「あんまり動けないけど……」
「大丈夫……こ、これだけでも、充分だから」

 由佳の言うとおり、彼女は繋がっているだけでも深い満足感を得ていた。確かに唯に動いて貰った方がより強い快感を得られるだろうが、今のままでも充分だ。逆に互いに動かないこの状態なら、より長く繋がっていられるかもしれなかった。由佳は手を伸ばすと唯の背に手を回し、ぐっと抱き締める。

「唯くん……ごめんね、怪我してるのに」

 由佳は豊満な胸で少年の華奢な体を柔らかく受け止める。ふくよかな感触に体を受け止められた唯は、それだけで心臓がドキドキしてしまう。もうすっかり慣れているはずなのに、体を重ねる度に唯は新鮮な興奮を覚えるのだ。

「唯くんのことが心配で、不安でたまらなかった……こうやって唯くんが生きて戻ってくれたから、愛しくなったんだと思う」
「由佳さん……ありがとう」

 二人の唇が自然と重なり合う。唯は由佳の言葉から、由佳は唯の態度からそれぞれ互いの愛情を感じ取ったのだ。負傷した唯が動けない分、二人は時間をたっぷりかけてインサートをじっくりと楽しむ。

「ん、んぅ……あ、ん、ん……」

 重なった唇の合間から、由佳が喘ぎ声を漏らす。唯としては相手をあまり満足させてあげることができないと思っているが、由佳としては胎内に挿入されているだけでも、相当な刺激を味わっているのだ。彼女の体全体が歓喜に震え、快感のパルスが脳へと駆け上がってくる。

「由佳さん、好きだよ」
「ひ、ひぁぁぁ、あっ、ひゃぁん!」

 おまけに動くことが出来ないので、唯は主の言霊を存分に使って由佳を楽しませようとする。唯が囁く言葉の一つ一つに由佳は反応してしまう。

「由佳さん、可愛い……可愛いよ」
「う、嬉し……ふ、ふあああああぁ!」

 唯の言葉に導かれて由佳は、何度も軽い絶頂を繰り返す。由佳が陰茎を咥え込んだ膣口から垂らした愛液で、シーツは既にベトベトだ。

「あ、あぁ……唯くん……唯くん……」
「うん。由佳さん、僕はここに居るよ」

 由佳の体は唯の思うがまま、何度も軽い絶頂を迎える。由佳は体の奥底に打ち込まれた肉の楔を膣で咥え込み、イク度にギュッとシャフトを締め付けた。

「ひ、ひぁぁぁあ、あ、あ、あぁ!」
「出すよ」
「ふ、ふぁぁ、いい、いいよ、出して出して……うぁぁぁっぁ!」

びゅるるるる、びゅく、びゅく、びゅっ

 唯が達したのは由佳と繋がってから一時間近く経ってからだった。ペニスがストロークで刺激を受けなかったので、やはりなかなか達することができなかったのだ。

「う、うぅ……」
「あ、ああ……うぅ……」

 随分と射精を我慢していた少年のペニスは濃厚な精液を放出し、由佳の膣内へとたっぷりと注がれる。

「あ、熱い……」

 膣内へと溜まる精液の感触に、由佳が苦しそうに呟く。唯のザーメンは、それ自体でガーディアン達の体に媚薬と同じ効果をもたらすような働きになってきている。毎晩子宮に注がれ、口の中で味わっているうちに、身体が条件反射で唯の粘液を悦ぶようになってしまったのだ。

「ゆい……く……ん……」
「お休み、由佳さん」

 めくるめく性の歓喜と深い愛情に包まれて、由佳の意識が暗転していく。最後に視界に見えた唯の優しい微笑みに、由佳は心底少年が生きて戻ってきてくれたことに感謝した。
 唯は眠りについた由佳が目の端から零れた涙を指で拭うと、彼女の額に口付けした。







 情事が終わって、しばらくしてから唯は由佳の体をティッシュで拭いて、パジャマを着て再び布団へともぐりこむ。普通に寝息を立てていた由佳だが、唯がそっと頬を撫でるとうっすらと安らいだように微笑んだように見えた。その様子に唯も思わず笑みが浮かんでしまう。自分の怪我を由佳は随分と心配していたようなので、唯は少し気に病んでいたからだ。
 唯が悪魔達との戦いに首を突っ込むのを由佳が快く思って無いのは、宴席で由佳が告白したので彼も知っていた。だが唯としては、自分の力は恋人達を助けるために与えられたものだと思っている。そのためには能力を訓練するだけではなく、ある程度の危険は承知で、実戦を積まなくてはいけないと考えていた。そういう点では、自分を好敵手と見て不用意な殺傷を避けて勝負しようとするザウラスは、格好の相手と言える。だがそれでも本気でぶつかるので、怪我はさけることは出来ないだろう。自分が負傷することで、由佳や他のガーディアン達に心労をかけさせるのは本末転倒ではないかと唯は自問する。
 だが唯にはやはり戦いを配下のガーディアンにだけ任せるという選択肢は、到底考えられなかった。自らも力があるのなら、例えほんの僅かでも恋人達へと助力したいのだ。今の唯なら以前よりずっと上手く戦う自信があった。

「ごめんね、由佳さん」

 それでもやはり心配をかけているという罪悪感は、容易に消え去ったりはしない。唯は裸で眠る美女の隣で添い寝をして、髪をそっと撫で続けた。
 それから三十分程して、部屋のドアがいきなりそっと開かれた。

「由佳、唯様のご様子はどうだ?」

 ドアを開けて入ってきたのは、雛菊、ミシェル、早苗、麗、エリザヴェータの学校などに通う五人だった。多分まだ寝ていると思われた怪我人の唯を気遣って、なるべく音を立てないように部屋に入ってきたのだ。だが、そんな五人が目にしたのは、ベッドの上で裸で眠りこけている介護人のはずである由佳と、自分達を見て固まっている唯だった。

「ゆ、唯様!?」
「唯!」
「あ、いや、その、これは……」

 唯は必死に取り繕うとするが、何があったのかは部屋に残るセックスの残り香と由佳の満足そうな寝顔で一目瞭然である。

「唯! あんた、怪我してるのに何してるのよ!」
「う、いや、それはそうなんだけど……」

 麗が唯に詰め寄っている間に、雛菊は由佳の体を揺り動かす。

「由佳! 一体、どういうことだ!?」
「うーん、唯君……もう少し……」
「さっさと起きろー!」

 大声で雛菊と麗に詰め寄られている由佳と唯の姿を見ながら、ミシェルが早苗に声をかける。

「あれって、どっちが誘ったんだと思う?」
「由佳が唯君を誘ったに五千円賭けてもいいよ」
「でしょうね……でも、まさか怪我人にまで手を出すとは、思わなかったけど……」

 再び怪我をした唯を、自分一人で看病したいと言い出した由佳がよもや手を出すとは、誰も想像がつかなかったのだ。だが怪我をした唯を見て泣きじゃくった由佳が、強い情動を覚えて、唯との行為に及んだのであれば不思議では無い。欲情に流されずに唯を看病する方法もちゃんと考えなくちゃと、ミシェルは真剣に考えるのだった。














   































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