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■ガブラス×ドレイス


 初めてガブラスを見たとき、ドレイスは、砂漠のような男だ,と、 思った。それだけだった。
 だから砂漠の下に何が眠っているかなど知らなかったし、知るつもりもなかったのだ。


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 夜半、広大なアルケイディア王宮に一つだけ、灯りの点いた
部屋がある。中では端正な髪の女性が、一人で書類仕事をしている。
 間もなく廊下に足音が聞こえる。そして部屋の前で止まる。
 そのまま15分程時がすぎる。その間ずっと、同じページの
同じ行を凝視し続けていたジャッジ・ドレイスは遂に声を発する。
「何の用かガブラス。鍵が開いているのは卿も承知の筈だ」
 ぎい、と重くドアが鳴り、一人の男が入って来る。
 ドアの外にあった闇が、一緒に流れ込んで来る。

 ガブラスは部屋に入った後も黙り続ける。口を開いて何も言わない事を繰り返す。
 ドレイスはしばらく待った後、「用事を思い出したら言ってくれ。
私は仕事をしている」と言い、続きに戻る。
 やがてガブラスはドレイスの側により、隣の椅子に腰掛ける。
そして自分の手の甲を長い間見つめた後、そのままの姿勢で
「食事に行かないか」
と言い出す。
 ドレイスは顔を上げる。
「夜中の二時に?」
「あ、いや……。何も食べていないようだった」
「私は武人だ。体の管理は自分で出来る」
 そうか、と、口の中で呟き、「邪魔したな」とガブラスは腰を上げる。
ドレイスは書類を見つめた後、そのままの姿勢で深く息を吸い、
なるべく声が震えていないように願いながら
「必要ない」
とだけ言う。
 ガブラスは振返る。そして押し殺した声で
「何がだ」
と返して来る。
「分かっている筈だ。この間の事で、卿が私に義務感や責任を感じているのだとすれば、
それは間違いだ。私や卿には要らぬし、命取りにさえなる気遣いであろう」
 ガブラスは二三歩こちらにやって来た。ドレイスは
殴られ位はするだろうと思い、顔を上げた。
 そこには予想と違い、途方に暮れた子供のような顔があった。
 ドレイスが何も言えないでいるうちに、もう一度踵を返し、ガブラスは出て行った。
 ドレイスは大きくため息をついて椅子に深く座り込んだ。
そして手の甲を顔に当てると、随分涙に震える声で
「卿は卑怯だ」

と、囁いた。
 幾晩か前、ガブラスに陵辱に近い形で抱かれた後、
ドレイスはその出来事の収め場所を自分の中に見つめた筈だった。
「あれは事故で」
ジャッジとしての自分が言う。
「あの時間の外に出てしまえば何の意味もない事だ」
 たとえ同じ事がまたあったとしてもそのように対処しよう。
そう決めた筈だった。
ガブラスは砂漠のような男だ。
長い事憎しみに焼かれた末に砂漠のようになってしまい、
そこに水が流れる余地はない。あの出来事に、
過度に意味付けをするなどあり得ない事なのだから。
 けれど感情が全くついて来てくれなかった。
 長く、理性と剣の中に生きていた彼女は、
自分の中で起こった予想外の離叛に、苦笑するより術がなかった。

 夜明けに近い頃、漸く仕事を一段落させた。そのまま
王宮内の自室に戻ると、その前にはガブラスがいた。
 口をきく事も出来ず、ドレイスは黙って彼を見つめる。
「パンを買って来た」
「パン?」
「飲み屋しか空いていなかったし、そこもいい加減
 食材は品切れの時間だったんだ。あと、酒も」
「酒?」
「腹は減っているだろう」
 そうしてまた黙って立ち尽くす。ドレイスは笑った。
ガブラスがとたんに怒る。「何がおかしい」「何も」
 それでも何か言ってこようとするから、ドレイスは
鍵でドアを開けた。そして
「入ったらどうだ」
と彼に言った。


 部屋で彼等は酒を飲み始めた。何を話していいか
分からなかったので、取りあえずラーサーの今後と、
元老院の動向などについて一通り話した後、
漸くガブラスは本題に入った。
「この間の事だが」
 コップの中の酒を見つめながら、ドレイスは軽く頷く。
「俺は…………上手に言えないから分からんが、
お前の考えている事と少し違うと思う」
 二人の間に沈黙が落ちる。長く。その後手を伸ばし、
身動き一つしないドレイスの髪を指で梳いた後、
目を合わせないまま続ける。
「難しいな。昔は商売女で充分だった。お前にもそれ以上に
上等な感情を持っているのかは皆目分からん。
 ただ、もっと複雑なんだ。複雑で、俺にもどうしていいか 良く判らない」
 言葉を体の中で咀嚼した後、ふ、と、ドレイスは笑った。
正直に言うと泣きたかったのだが、淡く頭を振り、
ガブラスの指を外した。
「卿はばかだ。そうした事を、普通女に言うものではない」
「そうなのか」
「普通はな。
 だが卿は普通ではない。私もだ。明日死ぬかもしれない。  だから、これでいいのかもな」
 もう一度笑うと、ガブラスがそのままにしていた掌に触れた。
だからそこに寄りかかり、眼を閉じる。
 首に彼のてのひらがかかり、シャツの下からもう一方の掌が
滑り込んで来る。熱いな。まるで子供の掌だ。
思ってから、ドレイスは気がつく。
 そうだ、私たちはまるで、ほんの子供みたいに 感情に振り回されているじゃないか。
 ドレイスは目を開いた。そして太い男の首に腕を絡ませると、
そこは子供みたいとはとても言えない長いキスをした。


 自分の胸に顔を埋めて眠っている男を見つめながら ドレイスは考える。
 複雑か。そうか。いいじゃないか、この男にしては上出来だ。
尤も自分は15歳やそこらの少女のように、彼の事を 考えてしまうけれど。
 考えを遮断した。二時間後は仕事だ。彼女は武人らしく、 眠りについた。

 そして、砂漠の夢を見た。ずっと、目が覚めるまで




続く→




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