「ん・・・・・・・・・」
肌に感じる冷気と、鼻にツンと来るタバコの匂いで目が覚めた。
俺は何をしていたんだっけ・・・。
霞む目をこすり辺りを見回すと、煙草を吸いながら雑誌を広げている男が目に入った。
「オレッ・・・・・・!」
そうだ、俺はこの男“旭飛”に監禁されて、今度は殴られて・・・。
口を開いた瞬間に広がった痛みに、この男にされた出来事がフラッシュバックする。
「・・・なんだ・・・これ・・・?」
体を起こそうとしたが何かに引っ張られて動けない。
よく見ると両手両足をそれぞれベッドの足に括りつけられていた。裸で。
「起きたか。オマエ、思っていたより頑丈なカラダだな」
こっちを向いて冷笑された。
端整だからこそ、その表情が狂気的な何かを含んでいるようで、怖い。
・・・。
そうだ、腹は?
確かコイツに殴られた時に腹部に痛みを感じて倒れたはず。
首を何とか起こして自分の体を見る俺に旭飛が続けた。
「殴っただけだ。致命傷になるような馬鹿なことはしない」
「なにがだ・・・こんな目に遭わせておいて・・・いくら男同士だからって犯罪だぞ・・・」
「えらく威勢が戻ったみたいだが、忘れてはいないだろうな?」
「は・・・?」
正当なはずの俺の意見は無視され、抑揚のない声で問い返された。
「自分が何を誓ったか、だ」
“人間をやめろ”
非現実的なその言葉自体はすぐに出てきた。
あまりに突飛で、意味が飲み込めなかったから覚えているだけだが。
「意味分かんねぇ事言ってんじゃねぇよ・・・」
状況が状況だったために言われるがままに返事はしたが、実際、冷静になってそんな事を了承出来るワケが無い。
人間をやめる、とは何だ。
殺されて屍になることか?はたまたヤク漬けの廃人にでもしようってのか?
俺は眉間に皺を寄せて怪訝な表情で旭飛を睨みつけた。
「分かるように言ってやろうか」
俺が拘束されているベッドが軋む。
旭飛が俺の上にまたがるように乗ってきたからだ。
同性から見ても綺麗で整った顔が、息が掛かるほどの距離に近づいてきて、囁いた。
息を呑んだ。
「オマエはこれから俺の奴隷として生活するんだ。俺が許可しない限り外に出さない。俺の言う事は全て聞け。命令だ」
「・・・な・・・」
「人間をやめろと言うのはな、人間としてのプライドもモラルも捨てて俺に尽くせと言うことだ」
「ば・・・馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ!!オマエいかれてんだろ!?冗談じゃない、こんな場所すぐに逃げて・・・」
「逃げられると思っているのか?」
人をこんな場所に閉じ込める時点でいかれたやつだとは思っていたが、コイツは本当に頭がおかしいらしい。
そんな事、現実で許されるワケがない。
ましてや俺自信がそんな狂った男の餌食なんて真っ平だ。
「好きだ」
怒りと不安から半ばパニックの俺に、“それ”は突然突き付けられた。
聞き間違いか、幻聴か。
俺自信がどこか既におかしくなったのか?
呆然としていると、今度は優しく、ゆっくりと紡がれた。
「鼎・・・好きだよ・・・」
本名を伴う源氏名・鼎(かなえ)を添えて、旭飛は確かに俺に「告白」していた。
先程までとは一変した甘ったるい声で、表情で。
驚きのあまり固まっている俺の唇に生暖かい物が触れた。
気付くと旭飛の唇が重なっていた。
舌を入れられそうになったところでハッと我に返り、首を振って抗った。
何なんだコイツは。
人に奴隷になれと言った次は好きだと?
監禁して、しかも暴行した後に。
ダメだ。やっぱりこの男は異常だ。
舌の侵入を拒まれ1度は相手の唇が離れた。が、今度は力ずくで捻じ伏せられる事になった。
旭飛は俺の唇を指でこじ開けて、その間から覗く歯や歯茎を舐め始めたのだ。
気持ち悪さに息を漏らせば、容赦なく「それら」が入ってきた。
口を閉じようと思ったが、そうするには相手の指と舌を噛み切らなくてはならない。
尋常な精神でそんな事が出来るワケがなく、結果、されるがままに口腔を犯された。
「・・・ァ・・・は・・・」
指を離されても、もう逆らう気になれなかった。
数分間キスされて、口の中は自分のものと旭飛の唾液とで満たされた。
ふいに唇が離れると、俺の口の端から唾液が流れ落ちた。
「オマエが欲しかった・・・ずっと・・・・・・店にいても、オマエしか目に入らなかった・・・」
旭飛の言葉は俺の耳を寒々しく掠める。
別に男に告白されるのがどうとかじゃない。
なんで。
俺が好きだというのならなんでこんな事になるんだ。
そんなもの、店だとか、それが嫌なら帰る時にでも声掛けて言えば良いだろうが。
「だから・・・・・・・・・」
「・・・だか・・・ら?」
「オマエを俺だけのものに・・・そう・・・俺だけの言う事を聞く、俺の事しか見えない奴隷にするんだ・・・」
あまりの歪んだ発想に耳を疑った。顔が引きつる。
そんな俺の表情を見て、旭飛は嬉しそうに笑った。