ここに来てからもう3度、日が堕ちた。
窓に映る景色に見覚えは無い。
俺は狭いマンションの一室に監禁されている。
ドアは中からも鍵を使わないと開かない仕組みになっていて、窓もまた同じだ。
窓を割って逃げようとも試みたが、それは防弾ガラスのような特殊な硬度を持つ物で、自力ではヒビすら入らなかった。
ガラスを破ったところで、そこに広がるのは高層マンションの数十階という途方の無い高さだけなのだが。
ガスは使える、水も出る。
冷蔵庫には幾日かは持つであろう量の食料が入っていたため、何とか生活は出来た。
室内は閑散としていて、余分なものが見事に排除されている。
いや、むしろ普段の暮らしに必要なものさえ見当たらないといったほうが正解かもしれない。
俺がどうしてそんな所に閉じ込められているのだろうか。
俺は、ここに連れてこられる前まである夜の街でホストを“していた”。
一時はNo.3まで上り詰めてそこそこ名も通っていたが、トラブルを起こす客に巻き込まれ、ある日とうとう辞める事になった。
それが、丁度ここに連れてこられた日だった。
クビを言い渡され、もうどうなっても良いと自棄酒を飲み歩いている途中で意識が無くなった。
そして目覚めるとこの場所にいた。
室内には若干香水の匂いが漂っていた。
職業柄こういうものの知識は多少なりともあったため、それが若い女性が好んで付けている銘柄だというのはすぐに分かった。
俺を連れて来たのは女だろうか。
もしかして俺を指名していた客か・・・。
ガチャ。
巡らせていた思考はドアが開く音に遮断された。体が強張る。
女であろうと誰であろうと自分をさらうような相手だ、正気だとは思えない。
「・・・・・・!?」
視界に入ってきたのは俺の知っている男だった。
驚いて、思わず声が詰まった。
そいつは、俺と同じ日に理由も無しに店を辞めると言い出した現No.1の旭飛(アサヒ)だった。
「オマエ・・・何してんだよ・・・なぁ!?」
無言で俺に歩み寄って来る相手に威圧され、後退りながら叫んだ。
その、あまりに冷たい表情を見て、本気で何をされるか分からない恐怖心にかられた。
こんな時に限って、監禁され殺された、そんなニュースが頭をよぎる。
「・・・なせっ・・・離せッ・・・!!」
無理矢理手を引っ張られ、引き寄せられそうになる。
好きにされてたまるか、と俺はヤツの足を思いきり蹴った。
瞬間、握られていた手が離れたので咄嗟に逃げようとした。
もしかしたらまだ鍵が閉まっていないかも知れない、そんな事を考えて。
が、数歩足を進めたところで頭が後ろに引かれ、そのまま倒れる事になった。
若干長めにしていた髪を思いきり掴まれていたのだ。
背中からフローリングの床に叩き付けられ、あまりの痛さに顔を歪めた。うめくような声も出た。
「・・・く・・・・」
ガッ
「ッ・・・・・・なにす・・・ぅっ・・・・・・」
その状態のまま顔を殴られた。
握り拳で、おそらく本気で、何度も。
男の力で殴られて、唇も口内もすぐに切れて血まみれになった。
「やめっ・・・・・・やめてくれ・・・・・・頼む・・・やっ・・・・・・だ」
抵抗したが、驚く程相手の力が強くて全く歯が立たない。
自分と同じ程の体系なのに、こんなに力の差があるとは知らなかった。
一方的に殴られ続けて数時間がたった。
何度も意識が飛びそうになったが、その都度手をゆるめられて気を失う事も許して貰えなかった。
歯が何本か折れた気がした。
痛さと苦しさと、自分がどうしてこんな目にあっているのか分からないもどかしさで泣いた。
「やめて欲しいか?」
朦朧とする意識の中で、辛うじてその言葉が聞き取れた。
初めて旭飛が発した言葉だったからだ。
俺は無け無しの力で必死で頷いた。
「オマエは今日から人間をやめろ。そう誓えたら殴るのはやめてやる」
言っている言葉の意味が把握出来ない。
人間をやめる?
どういうことだ・・・?
ワケが分からず無言でいると、更に殴られた。
痛くて痛くて更に涙が零れた。
今、殴るのをやめてもらえるのならもうそれだけで良い。
「わ・・・分かった・・・誓う・・・だから・・・もう・・・」
嗚咽をこらえながら俺はそう答えた
「そうか」
顔から手が離れた。
もう殴られないで済む・・・と安堵した瞬間
腹部に刺されたような鋭い痛みが走った。
そのまま俺は意識を手放した。