「ここ、良い?」
「あ、うん・・・」


大学の食堂の中。
俺の隣には、今付き合っている相手が腰掛けている。

気まずかった。

昨日、“あんな事”があったから、正直学校に来るかも迷っていたくらいだ。

「・・・あのね」
「ん?」
「昨日さ・・・・・・退いた、よね・・・」
「え・・・」
「ごめん・・・!ホント、ごめんな。俺、自分でもヘンな事言ったって分かってるから・・・だから・・・」
「な、オマエがなんであやまるんだよ?」
「だって・・・折角家に来てくれたのに・・・俺・・・」
「お、おい。泣くなよ、な?」
「・・・ぅ・・・・う・・・」

背中をポンポンと叩かれても、嗚咽が漏れる。




俺(相羽咲貴・アイバサキ)と恋人の篠宮水城(シノミヤミズキ)は昨日、初めての夜を迎えようとしていた。
恋人が出来たのも初めてだった俺は、キスされて、ベッドに押し倒されたのが夢のようで、一人で浮かれていた。
肌を滑る指が心地良くて、嬉しくて・・・。
だから、もしかしたら自分の嗜好も受け入れて貰えるかも知れないと思って、思い切って言った。

『もっと・・・酷くして欲しい・・・』

今思えば、“水城に苛められたい”・・・そんな不束な願望を口にしてしまったのが間違いだったのだ。
俺の言葉を聞いて、水城は「忘れていた用を思い出した」と言って部屋を出てしまった・・・・・・。


・・・・・・・・・。


折角、俺みたいな冴えないヤツを抱いてくれようとしていたのに・・・。
馬鹿な事言うんじゃなかった・・・。



好きな相手に滅茶苦茶にされたい。
それは、俺が昔から抱いていた誰にも言えない、言っちゃいけない願望だった。

きっかけはきっと、中学くらいの時に道端に落ちていたエロ雑誌かなんかを覗いた事だったと思う。
女が見知らぬ男にレイプされ、その快感に堕ちて調教されていく・・・みたいな内容で、俺はそれにどうしようもなく興奮した。
セックスに妄想を抱くのなんて思春期の男にありがちなのだが、俺が普通と違ったのは「この女みたいに扱われたい・・・」と思ってしまった事だった。
「女を犯したい」じゃなくて「男に犯されたい」。
以来、俺はその異常な願望でマスターベーションをするようになって、いつか誰かが自分を嬲ってくれないか・・・と妄想し続けて生活してきた。
自分でもそんな事ダメだって分かっているのに止められなかった。


だから、それは隠していなきゃいけなかったんだ・・・。
そしたら水城だって俺の事、ちゃんと抱いてくれていたかもしれないのに。


俺、ホント最低。





「咲貴さ、勘違いしてるから、多分」
「・・・っく・・・ひっく・・・」
「とりあえず、俺、退いてねえし」
「・・・でも・・・」
「・・・・・・あのさ」
「・・・な・・・に?」
「今日、ウチ来ないか?」
「ぇ・・・・・・?」

全く想像していなかった誘いを受けて、驚いて顔を上げた。
水城は、いつも通りの優しい表情で俺を見てくれていた。

そうか、慰めてくれているんだ・・・。

ショックだったのは水城の方なのに、俺があまりにしょぼくれているから元気付けようとしてくれているんだ。

「な?」
「うん・・・」

俺はその心遣いが凄く嬉しくて、濡れていた目元を袖口で拭って笑い返した。