「ぼく・・・それ以上に・・・なれる・・・?」


不安気な声。
修二の華奢な体が表情のせいか、いつもに増して頼りなく見えた。

「俺は修二の事を初めて抱いたときから、ただの兄弟だなんて思ってないよ」
「じゃ・・・ぼく、なっちゃんの」

「だから、そんな事考えなくて良いんだよ」


修二の言葉を遮って、後から続けられないようにした。
明るさを取り戻しかけたその顔が、みるみる落ち込んでいくのを見ない振りをして。

どんな事を言えば喜ぶのかは分かっている。
「恋人」でも良い。
付け焼刃の“らしい”台詞でも構わない。

外にカミングアウトする訳じゃない。
唯、俺からの言葉が欲しいだけで。


知っていて、俺はそれすらしない。


「・・・うん・・・・・・ありがと・・・なっちゃん」

見ていられない程の痛々しい笑顔を俺に向け、修二は一人ソファから降りた。

「お風呂、沸いてるから」
「先、入るね」


引きとめる事も出来ずに、俺の口から出たのは寧ろ突き放すような言葉だった。
修二の返事は、辛うじて聞こえる位の小さいものだった。




下着とズボンを着直し、机に置いてある皿を片す。

どうにもならない事を考えながら。

否、どうにもしたくないともがきながら。


「修二・・・・・・」


確かなものなんて必要ない。
俺は、今のままずっと修二の傍に居たいだけなんだ。


男同士の兄弟だというだけでも十二分なのに、その上、恋人というリスクまで修二に負わせたくない。

そう、思い続けてきた。




けれど



そんな俺の考えのせいで修二を傷付けた。

結局は常識に塗り固められたエゴのために、修二にあんなにも苦しい顔をさせてしまった。



「クソッ・・・」


ガッ、ガンッ


どうすれば良いのか分からず、何度も壁に拳をぶつけた。










「シャンプーの匂いだね」
「修二もだろ」

寝室に一つ置いてあるダブルベッドの上。
乾かしたてのお互いの髪を触り合っていた。

そこにはいつもの甘えたがりの修二がいた。

「あのね」
「ん?」
「ぼく、こうやってなっちゃんと一緒にいると安心するの」

そう言って修二は俺の肩に頬を寄せた。


「・・・・・・・・・」
「なっちゃん・・・・・・?」
「目、腫れてる」
「え、ぇ、っと・・・シャンプーが目に入ったから、かな・・・」
「・・・・・・あのね、修二。話があるんだけど聞いてくれる?」
「・・・え?」
「多分、何度も言ってあげられない事だと思うから」
「う・・・ん・・・?」

整ったその顔が俺の方を向く。
調子の違う俺の言葉に驚いたのか、あからさまに修二の目が泳ぐ。

髪に触れていた修二の手は、そっと俺の掌に重ねられた。
もしかしたら俺に「別れ」を切り出されると思ったのかもしれない。

自分でも自身の言動が「それ」らしかったと思う。


「修二」
「・・・・・・・・・」

俺の手を握る細い指が震える。






「愛してるよ」






「な・・・ちゃ・・・・・・」





力が抜けていく指先。
見開かれる鳶色の瞳。




真っ赤に染まる、頬。



付き合うなんて言ってやれないせめてもの変わりに。

一言だけ、俺の気持ちを修二にあげる。



「キスしても良い、修二?」
「・・・・・・・・・し・・・て・・・」



ゆっくりと重なる唇。





修二は幸せそうな笑顔で瞼を閉じた。