夕方五時半、夕食の支度を始めた真中と嶺は零が珍しく帰宅が遅いなと感じていた。
更に時間が経った夕方六時、真中と嶺は心配になるが、零からの連絡は無い。零は登校時などには携帯電話などを持っていないため、連絡が取れない。
そして夕方七時、零の不在という事態に真中と嶺に恐慌を来たし始めていた。
「連絡が無いというのは、絶対におかしいわ」
「その台詞、三回目よ。そして同意するのも三回目ね」
料理の皿が並ぶ食卓で考え込む真中に、嶺は同意する。学校の図書館は寮生達のために閉館していないが、電話で問い合わせたところ、零の姿は無いと言う。未だ零が校内に残っている可能性はあるが、普段の零なら家に電話を入れているはずだ。
「探しに行かないと……」
「でも、入れ違いになるかもしれないわよ」
「それなら、それでいいじゃない。家に電話を入れれば、零も出るだろうし」
「とりあえずもう少し待ってみましょう。寮生だった頃の感覚でいるのかもしれないわ」
「でも……」
「確かに外見は幼いけど、一応零は高校生よ。それに彼女も能力者なのだから、並大抵のことが起こらない限りは大丈夫よ」
「そうね」
説得する嶺に、真中は不承不承頷いてみせる。冷静さを装ってはいるが、二人とも内心不安でたまらない。あの巨大な機動鎧を召還し、幾多の悪魔を葬ってきた戦士とはいえ、真中と嶺にとってみれば零はか弱い少女に見えるのだ。本来なら悪魔退治なんかは止めて、大人しくしていて欲しいくらいだ。
二人の美少女は食事にも手をつけず、じっと座って待ち続けた。
零が目を覚ますと、そこは殺風景なコンクリートの部屋だった。白い壁の部屋に窓は無く、明るい蛍光灯だけがただついているだけだ。棚や机などはあるが上に置いてある物は無く、香奈恵以外に特に目につくものは無かった。
「う……ここは?」
「悪魔の隠れ家に一名様ご案内というところですかね」
香奈恵が舌なめずりしてにんまりと笑うと、零は自分がどのような状況か思い出してきた。咽喉に穴を開けられてパニックになっているところを、何らかの手段で意識を奪われたらしい。
「痛っ」
幼児体型の若干ぽっこりとしたお腹に鈍痛を感じる辺り、香奈恵に当身を食らわされたのだろう。幸い咽喉の傷は手当てされたためか、ガーディアンの回復力で塞がっており、声を出す分には支障が無いようだ。他に怪我など無いか零は確認しようとしたが、鎖でパイプ椅子に固定されていて、手などは自由に動かせなかった。
「先輩、気分はどうですか?」
「……お腹が痛い」
「あ、ごめんなさい。ちょっと強くパンチしすぎましたかね?」
不貞腐れたような零に対し、香奈恵は済まなそうに謝る。
「ところで、私を連れて来て、一体どうするつもり?」
「実は先輩に協力して欲しいんですよ」
「協力?」
「そう、協力」
怪訝そうな顔をする零に、香奈恵は親しげに笑いかける。だが零は既に相手がただの後輩ではなく、油断ならない相手だと見方が変わっていた。その笑顔の下に隠れているのが何か、零は必死に探ろうとする。
「何が目的……なの?」
「先輩、私は地獄の悪魔だって言ったじゃないですか。正確に言うと、それは正しくなくて、地獄の悪魔だったんです」
「だった?」
「そう。真中先輩や嶺先輩と同じで、ガーディアンの移植を受けたんです」
「そ、それじゃ……」
「ええ。先輩の仲間ですよ」
にこにことしている香奈恵に、零は事態が漸く少し見えてきた。 香奈恵が悪魔だと感知出来なかったのも、ガーディアンとして体を作り変えられたからかもしれないのだ。強力な能力を持つガーディアンとはいえ、外見は人間と何ら変わりは無く、仲間同士でも探知など出来ない。現に唯は真中や嶺が同じ能力者であることを見破れなかった。しかし、人間ではなく悪魔が零などと同じガーディアンというものになれるということは信じられなかった。奈落の悪魔などは人の皮を被ることはあるが、その本性は全く化け物じみたもので、まさしく異界の生物と言えるものだった。地獄の悪魔は違うというのだろうか。
「それで生まれ変わって、強力なパワーを得たのはいいんですけど、その代わり失った物も大きいわけでして。もう悪魔ではないので、前みたいに地獄の悪魔達とのコネクションが切れてしまったんです。ですので、自分の手足になってくれる人が必要なんですよ」
「私に仲間になれと?」
「そう。零先輩に真中先輩と嶺先輩はべた惚れじゃないですか。だから、零先輩さえ仲間になってくれれば、従ってくれると思うんですよね」
香奈恵の目が剣呑そうな色彩を帯びる。その気迫にただの少女には無い凄みを感じて、零は戦慄を覚えた。
「断る……と言ったら?」
「実はそれを期待してるんです。そうすれば、先輩を苛めることが出来るじゃないですか」
思いがけない言葉に、零は絶句してしまう。確かに香奈恵は妙に親しげだったが、正直に言えばそれは自分に近づくための演技だと零は思っていた。だが、もし本当に香奈恵が零のことを気に入っていたら……。
「先輩、正義の味方なんですよね。正義の味方が悪の提案に乗ったら、いけないと思うんですよ」
「う……」
香奈恵は零の小さな胸の膨らみに手を伸ばすと、力を込めて揉み始める。敏感な部位を強引に触られて、最初は鋭い痛みが走った。だがオナニーや恋人達とのセックスで開発された体は、しっかりと快楽も感じて、甘い痛みへと転化していく。
「う、や、止めて」
「ダメですよ、先輩。そんなこと言われると、余計苛めたくなっちゃうじゃないですか」
零の反応を確かめるように、香奈恵は彼女の胸を弄る。薄くて僅かな膨らみしかない両胸を、香奈恵は丹念にほぐすように揉んでいく。力の入った揉み方は痛いが、彼女はわざとやっているようだった。しかし、そんな手つきでさえ、零は自分が興奮していくのがわかる。
「先輩、どうしたんですか、顔が赤いですよ」
「し、仕方ないでしょ」
「あれ? 先輩って、もしかして乱暴にされるのが好きなんですか?」
「違う! だって、香奈恵ちゃんみたいに可愛い子に触られてるから……」
ごにょごにょと小声で反論する零に、香奈恵は面食らったような表情を見せた。香奈恵自身は零のことを可愛いと思っていたが、まさか零も自分を同じように見ていたとは思わなかった。だが相手にそんな風に思われていたのならば、悪い気はしない。
「そうなんだ。先輩、そんな風に私を見てたんだ」
「あうぅ」
胸を揉みながら、香奈恵は零の耳元へと囁く。その声の響きは非常に嬉しそうだ。
「でも先輩、私が悪魔でも、そう思えるんですか?」
「だって、今は違うんでしょ」
「ま、まあ、確かにそうなんですが……」
零の発言に、どうも香奈恵は調子が狂ってしまう。確かに今は悪魔ではないが、零ももう少し警戒するべきではないだろうか。
「でも先輩、私は先輩の咽喉に穴を開けたの、忘れてないですよね」
「………」
香奈恵の言葉に、零はビクリと震えて、怯えたような表情を見せた。
「やろうと思えば、何処にだって穴を開けることが出来るんですよ」
香奈恵は零の心臓あたりに指を這わせる。幾ら零が常人を超えた頑丈さを持っているとはいえ、心臓まで穴を開けられたら死んでしまう。
「そ、そんなことしないよね……」
「先輩が私に従うのが嫌だって言ったら、しちゃいますよ」
零の反応を楽しみつつ、香奈恵が耳元に囁く。怖がっている表情の零を見ているだけで、香奈恵は軽い快感を覚えてしまう。元が悪魔だから、その名残でサドっ気が残っているのかもしれない。
「殺したら、元も子も無いよ」
「でも従ってくれないなら、利用価値は無いですよね」
香奈恵の指先が左胸の乳首を触り始める。
「ん、んっ……」
小さな突起はすぐに硬く尖って、香奈恵が指で弄るたびに零は小さな声を漏らす。香奈恵は零の怯えと欲情がないまぜになった表情に、情欲をそそられて指の動きを強めていく。
「あ、あぁ……」
「ふふ、零先輩、可愛い」
「や、あ、あぁ……」
ちょこんと硬くなっていく小さな乳首を、指先でくりくりと弄るだけで、零は甘い悲鳴をあげはじめる。想像以上に敏感な零の突起に、香奈恵は自分が思う以上に興奮してしまう。
「先輩、いけないんだ……レイプされて悦んでる」
「だ、だって……」
香奈恵のからかうような言葉に、零は言葉を噤(つぐ)む。香奈恵のような可愛らしい少女に触られているので、元々は男だったはずの零がついつい反応してしまうのは仕方がない。これがもし男などであったなら、美醜に関わらず零も死ぬ気で嫌がっていたはずだ。
「零先輩の小さなお胸、敏感ですね」
「や、やだぁ……あ、あぁ」
零の幼い顔が羞恥で紅くほんのりと染まっていく様子に、香奈恵は胸が高まっていく。指で零の反応が良い胸を探り、思う存分触る。二人の先輩に開発された性感帯を弄られた零は、強い反応を示して、それが心地よくて香奈恵はますます強く少女を愛撫していく。
「零先輩、こっちはどうですか?」
「だ、だめっ! そ、そっちは大事な……ひ、あ、だ、だめぇ」
香奈恵が零の履いているスカートに手を入れて、スリットを下着越しになぞる。それだけで膣内に溜まっていた愛液が溢れ出して、零の小さなショーツを濡らしてしまう。
「あれ、何だか先輩……ここ、濡れてますよ」
「や、やめて……そこ、触らないで」
「そんなこと言ってても、ぐちょぐちょなのに」
「ひあ、あんっ」
ちょっと強めに擦っただけで、零は椅子が音を立てる程に体を震わす。激しい反応に驚いた香奈恵だが、零を気持ちよくしているという事実に気を良くして、再び激しく指を動かし始める。
「や、やだっ、ん、んんっ! や、やめて、やだっ!」
「先輩、凄いグショグショですよ」
香奈恵が零のショーツを脱がしてみせる。零の眼前にストライプが入った紐のショーツを持ち上げ、しっとりと染みが広がった様子を見せつける。
「あ、あぁ……」
「零先輩、可愛い」
羞恥と快楽の境目で怯える零の様子に、香奈恵は当初の目的を忘れて、彼女を辱めることしか頭に無くなってしまう。零から奪ったショーツをそっと床に落とすと、直接柔らかな陰唇に指を這わせ、スリット沿いにヒダを愛撫する。すぐに香奈恵の細い指が生暖かな体液で濡れていく。
「はぁ、あ、あ、ん、んあ、だ、だめぇ、ふぁ……」
「先輩、中に入れるね」
「や、だめ、そ、それは……ん、ん、ああっ!」
小さな膣穴に香奈恵は人差し指を当てると、狭い入り口を掻き分けて中へと押し込む。膣口は信じられないくらい狭いが、慣れているのか愛液を潤滑油にして、すんなりと入り込む。
「零先輩の女の子な場所……小さいんですね」
「や、お、奥まで入れたら……ひあ、あ、あっ!」
零の体が小さいためか、比較的浅い場所で香奈恵の指が突き当たってしまう。膣奥を探ると、ぷっくりと膨らんだ子宮口があるのがわかる。
「あ、ああっ! そ、そこ押したら……はぁあ」
「先輩、小さいのにこんなところで感じるんですね」
比較的セックスに慣れていないと子宮口では感じにくい。だが無邪気そうな顔つきの零が、膣奥を弄られて快楽に悶えるギャップに、香奈恵は激しく責めたてる。
「あ、あ、あ……か、香奈恵ちゃん、や、やめ……そんなにされたら、あ、う、あん、わ、私……」
ちゅぷちゅぷと淫猥な音を零の膣が奏で、彼女の体が椅子の上で身悶えする。鎖で縛られているので、零は体勢を変えて逃れることもできず、香奈恵の責めを受け入れるしかない。
「ひ、ひぐっ、うあ、あ、あん、や、あっ!」
同性だからか、それとも悪魔にそういう技能が備わっているのか、香奈恵の指技は恐ろしく巧みだ。零の体が悦ぶように巧みに膣奥や、膣壁の感じやすいスポットを擦りたてる。
「どう気持ちいい? 気持ちいい、零先輩?」
「あああぁ、気持ちいいよ。気持ちよすぎて私……ああっ!」
子宮口の膨らんでいる部分の周囲を、香奈恵は指先でくるくると撫でる。すると零の下腹部から強烈な刺激が駆け上がり、脳が快楽で焼かれているかのような尋常ではない刺激を受けてしまう。
「ああ、零先輩、本当に可愛い」
「ひゃ、やめ、やめて、あ、く、あ、あん、ん……ふあああ」
羞恥に悶える零の姿に、香奈恵はますます激しく彼女を責め立てる。零の性器に指を入れてかき混ぜながら、香奈恵は彼女の柔らかな髪に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。ほんのりとしたシャンプーの香りが、とても甘美だ。
「あ、香奈恵ちゃん。わ、私、私、あ、あっ、ああっ」
「いいですよ、先輩。イっちゃっていいですよ」
「あ、あ、ああっ! あ、い、イク、ああああああぁ!」
零が絶叫するのと同時に、小柄な体が震えて椅子がガタガタと音を立てる。零のヴァギナは香奈恵の指を離すまいとするかのように、柔らかくそしてきつく締めたてた。嶺と真中以外の少女によって絶頂させられたことに、零は心の隅で罪悪感を覚える。だが香奈恵から与えられたエクスタシーは、大好きな二人とするときと何ら変わらないものほどの快楽だった。強く心地よい刺激に翻弄されて、零は欲情した息を荒く吐く。
「はぁ、あぁ、はぁはぁ、ん、あ……香奈恵ちゃん」
「先輩、凄く素敵でした」
「えっ、あ、やっ!」
零の胎内で香奈恵の指が蠢く。膣がこれ以上にないほどに締まっているが、興奮している香奈恵はそれを無視して指を垂直に動かし始める。
「だ、だめっ、い、イっちゃったばかりで……ひあああぁ」
「もっと可愛いところ、見せて下さい、先輩」
香奈恵は零が縛られているのをいいことに、無抵抗な彼女の中を再びかき回し始める。男と違い、女性同士だとなかなか責める方が満足しないのを、零はここ最近の経験から理解し始めていた。だがまさか香奈恵もそうなるとは思ってもいなかった。
「あ、やめて、いや、あ……」
「嫌です、先輩。もっとしましょう」
ここ最近で嶺と真中に開発されていたことが仇となり、零は再び嬌声をコンクリートで固められた部屋に響かせ始めた。
時刻は夜十時。聖真学園の持つ広い敷地の一角、木々に囲まれた広場に香奈恵と零の姿があった。零は意識が無いようにぐったりとしており、香奈恵は小柄な彼女の身体を抱きかかえている。
「しまったわね……」
力なく抱かれている零の姿に、香奈恵は苦笑する。彼女とのセックスでつい興奮し過ぎて、気がつけば零の意識が完全に無くなっていたのだ。本来ならば零を脅かして、真中と嶺を配下にする予定がすっかり狂ってしまった。
無防備な姿で自分に抱かれている零の愛らしい顔を見ていると、香奈恵の表情が綻ぶ。自分の愛撫に悶えて、絶叫する少女は本当に可愛らしかった。使い捨ての手駒にだけするには、香奈恵は早くも惜しくなってきた。
「まあいいわ。予定が狂ったら、変更すればいいだけだし」
香奈恵が零の柔らかな身体を抱きしめて、邪悪そうに口を歪める。そうしているうちに元悪魔のガーディアンが見る視線の先に、細い道を歩む二つの影がゆっくりと近づいてきた。雛形真中と桑田嶺だ。
「おっと、いきなり攻撃は無しよ」
真中の鋭い殺気を感知して、香奈恵が警告を発する。香奈恵の手が零の首にかかるのを見て、真中は糸を飛ばすのを諦めた。本来ならば、言葉を交わすこと無く、香奈恵を切り刻んでいる予定だった。だがさすがに不意打ちを受けるほど、間が抜けているわけではないようだ。
愛する零を人質に取られて、仕方なく真中と嶺は香奈恵と会話出来る距離へとやってきた。
「ん、あ……ここは?」
「零!」
辺りを包む緊張が高まったためか、それに触発されたかのように零が目を覚ます。それに呼応して、すぐさま真中と嶺が異口同音に名前を呼ぶ。だが香奈恵に抱かれて、真中と嶺に向き合う零は最初は何が起きたのかわからなかった。
「え……あ、ふ、二人とも」
「零先輩、おはようございます。真中先輩と嶺先輩、変な気を起こしたらダメですよ」
香奈恵の手が零の胸へと滑り落ちると、零、真中、嶺の三人の緊迫感が高まる。一見して香奈恵は武器を持っているようには見えないが、そんなことは何の保障にもならない。中でも零は香奈恵が持つ能力の一端を見ているので、身体が固まってしまう。鎧をも無効化した彼女の能力なら、薄い胸どころか心臓まで抉るかもしれない。
「零を離しなさい!」
「待って……それで、要求は何?」
叫ぶ真中を制して、嶺がなるべく平静な声で香奈恵へと話しかける。予想通りの反応に香奈恵は愉快そうに唇を歪めた。
零を預かっていると、香奈恵は彼女の携帯電話で嶺と真中をこの場へと呼び出した。会話は短かったが、二人の美少女がいとも容易く呼び出しに応じることは、香奈恵には分かっていた。零は二人にとってかけがえのないものであり、守るためには何でもするだろう。
「要求は簡単。私の配下になって欲しいってこと」
「配下?」
後輩の少女が突き付けた奇妙な要求に、事情が分からない真中と嶺は眉を寄せる。零が誘拐されたからには何らかの意図があるはずだが、ただの後輩としてしか香奈恵を知らない二人は彼女の意図するところが読めない。だが、零は既に香奈恵の目論見を知っていた。
「真中先輩、嶺先輩。香奈恵ちゃんは、元悪魔だよ」
「なに?」
「悪魔?」
「そう。そして、今は私たちと同じ、ガーディアンの力を得てる」
零の静かな説明に、真中と嶺は戦慄する。よもや自分達と同じ能力者がもう一人、それも元悪魔が学校に潜入していたとは思わなかったのだ。
「どういう……こと?」
「ガーディアンの素体を使った計画の立案者の一人が私だったからよ」
「それを信じろと?」
「信じられない?」
香奈恵の片手が零の肩を撫でる。するとその部分の制服が手の平に沿って消えていく。零の肌には傷一つ無いようだが、その光景に真中と嶺は気が気ではない。明らかに香奈恵は零を害する能力を持っていた。
「それで、どうする? 嫌なら、この場で先輩を……」
「だめ! 二人とも脅しに乗ったら……うぐ!」
言葉を遮った零の首を、香奈恵が掴んで黙らせる。ガーディアンらしく、物凄い握力で零の首が絞まる。その光景に、真中と嶺の心拍数が跳ね上がった。恋人の危機感に胸が万力で押し潰されるかのように痛みを覚える。
「零先輩、話し合いの邪魔しちゃダメですよ。めっ、です」
「香奈恵ちゃんは私を人質に取って二人に言うことを聞かせられると思っている?」
首を締めつけられながらも、零は懸命に声を絞り出す。
「ええ。二人は零先輩のことを愛してますから」
「私も二人のことが好き。だから、私のせいで二人の自由が奪われるのは耐えられない」
「ならば、どうします?」
「そうなるくらいなら、死を選ぶ」
零の静かな言葉に強い決意を聞き取って、香奈恵の顔色が変わる。高位の悪魔として長年生きていた香奈恵にはわかる、零の発言ははったりではない。それを裏付けるように、真中と嶺の顔も蒼白となった。彼女たちの必死さには何か裏づけがあるようだ。
「私がそれを許すとでも?」
「賭けたいの? それよりは取り引きをしたい」
「取り引き?」
「ええ。あなたの実力でガーディアンを負かせるのなら、あなたの下につく」
思いがけない持ちかけに対し、香奈恵も驚いたが、それ以上に真中と嶺が驚いた。
「零先輩、私に戦って嶺先輩と真中先輩に勝てと?」
「ええ、その通り」
零は首を捻って香奈恵の目をじっと見つめる。突拍子もない提案に、香奈恵は思わず零の真意が何かわからず、困惑してしまう。だが悪魔として高い矜持を持ち、人間を見下している香奈恵には、力を誇示するという行為は確かに悪くないように思えた。
香奈恵以上に零の提案に戸惑っているのは、嶺と真中だ。零が二人の強さを認めて羨んでいるのは知っているが、まさか戦いを自分から提案するとは思っていなかった。
「私はいいわよ。二人に勝てばいいのでしょう」
「はい」
香奈恵が表情を緩めて零の話に頷く。零は申し訳なさそうに嶺と真中を見やる。
「嶺先輩、真中先輩、すみません……」
「別にいいわよ」
「すぐに済ませるわ」
零に声をかけられて、嶺と真中は彼女に笑顔を送る。零の機転で、彼女を人質に取られて無理を強要される、という最悪の事態は回避できたようだ。ならばやることは一つだけだ。
「殺すわ」
「なめないで欲しいですね」
尋常ではない殺気を放出させている真中の姿を、香奈恵は一笑に付す。対照的に嶺はそんな香奈恵の姿をじっと観察し、極めて冷静に見えた。そんな二人の様子を視界に収めながら、香奈恵が零からゆっくりと歩いて距離を取り、零も小走りに彼女から離れた。戦いの舞台は整った。
まず攻撃を仕掛けたのは真中だった。真中の指先から七本の糸が横薙ぎに空中を駆けて、香奈恵の身体へと向かう。だが相手を切り刻むはずだった糸は、香奈恵に辿り着く寸前で消失した。
「えっ!?」
「どうしました、真中先輩?」
驚く形相を見せる真中に対し、香奈恵は笑ってみせる。この間、真中と香奈恵も指一本動かしていない。すかさず真中は先程より多くの糸を香奈恵へと飛ばすが、少女は片手を横に振っただけで糸を途中でかき消した。
「ほらほら、どうしました?」
「くっ」
香奈恵はにやにやと笑みを浮かべつつ、ゆっくりと真中へと歩み始める。真中と嶺は得体の知れない香奈恵の威圧感に押されて、背後へと大きく跳躍する。常人にはあり得ない跳躍力で空中を飛びつつ、真中は左腕の付け根から太い鋼鉄製のワイヤーを伸ばした。真中が腕を振ると、鋼鉄のワイヤーがしなって香奈恵の体を目掛けて鞭の如く唸りをあげる。
「無駄ですよ」
香奈恵がワイヤーを防ぐように手をかざす。するとトラックを吊り上げても平気なほどに頑丈な鋼鉄で出来た糸が、少女にたどり着く前に一部が掻き消える。だが半ばその行動を予見していたのか、真中は右手の指先から幾つものワイヤーを伸ばして、四方から香奈恵を取り囲むように飛ばす。すると香奈恵は自分を目掛けて飛んでくる太い鋼鉄の糸を、手をかざすだけで防いでみせた。おまけに真中が地面に着地すると同時に、すかさずワイヤーから身を守りつつ、香奈恵は彼女へと突進して間合いを詰める。
「真中先輩、もう終わりですか?」
「まだよ」
真中が右手を真上に振り上げると、バラバラに伸びていたワイヤーが、こよりのように合わさって、一本の太いロープへと変化する。糸使いである少女が腕を横に振ると同時に、鋼鉄のロープは真中の背後に生えていた木へと飛んで巻きついた。直後に盛大な破砕音がして、ワイヤーロープが木を根元から引きちぎってみせた。
「う、うそ!?」
ロープの威力に驚いた香奈恵が目を見開く。すかさずロープが絡めとった巨木が宙を飛び、香奈恵の華奢な体を目掛けて、正面から一直線に向かってくる。木の幹が、香奈恵の体に直撃したかに見えた。
「危ない、危ない」
「バカな……」
両手を前に突き出した香奈恵の正面で、木が粒子状に粉砕されて消えていった。音もしないで木が分子レベルまで分解される様子に、真中は驚きを隠し得ない。
「さて真中先輩、ネタも尽きましたかね?」
そんな二人の攻防の間隙を縫って、小さな刃物が空中を走った。
「……痛っ」
巨大な木をかき消してみせた香奈恵だが、直後に飛んできたナイフに肩を切られた。服の肩口に切り口が走り、うっすらと赤い血が肌から滲み出す。
「油断大敵ってね。二人だって、忘れてないかしら」
「嶺先輩……うっ」
香奈恵の体がグラリと傾く。嶺が投げたナイフには、即効性の神経毒が塗られていたのだ。少し掠って傷口ができて血中に毒素が入れば、象でもただではすまない。だが香奈恵は体を若干よろめかせただけで、体勢を立て直して、しっかりと立った。
「お得意の毒ですか。確かに、普通ならばかなり効いているはずですね」
「そんな、確かに体内に入ったはずなのに」
不敵な笑みを浮かべる香奈恵に、嶺も驚愕した。自分の攻撃が通用しない理由がわからず、一瞬思考が止まってしまったほどだ。
香奈恵は呆然とする嶺と真中の姿に、ほくそ笑む。確かに真中も嶺も戦闘のセンスが高く、ガーディアンの能力を使いこなしている。だが戦闘経験が少ないため、予定外のことに対処できないようだった。こうなれば、後はちょっと脅せば二人とも負けを認めるだろう。
「真中先輩、嶺先輩、しっかり!」
「零!」
零がいきなりあげた大声に、驚いた真中と嶺もはっとする。思いがけないことに固まっていた意識が切り替わり、再び香奈恵を注視した。そんな二人を励ますように零は続ける。
「香奈恵ちゃんも嶺先輩の攻撃を食らってます。勝機はある」
確かに零が言うように、嶺の与えたナイフのかすり傷は、香奈恵の肌にしっかりと残っている。ダメージは確実に与えられるのだ。嶺も真中も、零が全てを説明せずとも状況を理解した。香奈恵の防御は絶対ではなく、能力に隙があるということだ。
「零先輩、アドバイスとはちょっと卑怯じゃないですか?」
「………」
香奈恵はちらりと零に刺すような視線を投げかける。だが人質だった少女は動じずにそれを受け止める。
「まあ、それくらいは許容範囲内ですけど」
香奈恵は軽く笑みを浮かべると、闘志が戻った嶺と真中に再び向き合った。
「いきますよ」
香奈恵は軽く助走をつけるように駆けると、その勢いのまま地面を滑るように真中へと向かった。まるで氷上を滑るかのように、慣性の力で香奈恵は足を動かさないままスーッと動く。少女の足と地面の接点が奇妙な音を発し、うっすらと抉れた跡が香奈恵の足裏が通過した場所に出来ていく。
「こいつ!」
不可解な手段で近づく相手に対し、真中の全身から四方八方に糸が迸る。全周囲から香奈恵を目掛けて細い糸が飛んでいく。香奈恵は包囲するように迫る糸を両手を翳して防ぎつつ、一気に真中へと距離を詰める。真中は香奈恵の動きを止めようとするが、巧みに糸をかき消して防ぐ元悪魔の勢いは止まらない。堪らず真中はバックステップで距離を取ろうとするが、香奈恵は地面を蹴って滑る勢いを加速して、彼女が間合いを取るを許さなかった。
「貰った!」
香奈恵の振った横薙ぎの一撃が、真中の今まで居た場所を凪いだ。間一髪、真中は周囲の木に引っ掛けた糸を巻き戻して、自分の体を一気に背後へと飛ばしたのだ。だが香奈恵の手は触れなかったというのに、服の肩口は大きく裂けて、肌に大きな裂傷が出来ていた。
「くっ」
肌に傷が出来てもなお、真中は攻撃を続ける。糸とワイヤーが混ざって、香奈恵へと幾重にも乱れ飛ぶ。だが香奈恵は顔色一つ変えずに糸とワイヤーの包囲をかき消しつつ、再び真中へと突進した。
「これならどう?」
嶺の手から無色の液体が迸り、横合いから香奈恵へと真っ直ぐに向かう。だが香奈恵が手を翳すと、その液体は激しく弾けるような音を発して、かき消えていく。
「酸で攻撃とは、嶺先輩もえげつないですね」
「よくわかってるわね」
攻撃を一笑に付した香奈恵に、嶺は顔を歪める。酸の生成は、嶺が今まで隠してきた切り札だった。だが、それをあっさりと見破られるとは思わなかった。動揺する嶺に対し、不意に香奈恵は向きを変えて、真中ではなく彼女へと距離を詰める。
「しまった!」
酸によって攻撃しようと近づいていた嶺は、香奈恵の接近をあっさりと許してしまう。咄嗟に多種多様な毒ガスを香奈恵へと嶺は吹き付けるが、彼女はそれを意にも介さず、嶺へと近づく。
「嶺先輩!」
観戦していた零は、思わず力を使ってしまう。途端に何も無いところから、多数の西洋甲冑や鎧武者が香奈恵の前へと出現する。鎧達はのそのそと動いて、香奈恵へと掴みかかろうとする。
「零先輩、手を出すのはルール違反ですよ」
香奈恵はクスクスと笑いながら、自分を組み伏せようとする鎧に掌底を叩き込む。それだけで、あっさりと鎧は接合を失ってバラバラに地面へと崩れた。複数居たというのに、鎧の群れは部品となって地面に転がった。だが目的は十分に果たされた。
零が稼いだ貴重な時間を使い、真中は嶺の腰にロープを巻きつける。嶺が跳躍して体を宙に浮かせると、真中は一気に自分へとロープを引き戻して、彼女を香奈恵から距離を離した。
「零先輩の能力、私と相性がいいから、こんな鎧を幾つ作っても無駄ですよ」
香奈恵は嶺と真中を無視して、零に笑いかける。そこには力を持つ者の絶対的な余裕が見て取れた。だが零は香奈恵の態度を無視する。彼女のことをじっと見ながら、考えを巡らせていたが、やがて少女は一言呟いた。
「分解……」
「えっ?」
「香奈恵ちゃんの能力、分解でしょう」
零の静かな指摘に、香奈恵がギョッとしたように小さな能力者を見やる。確かに零には何度か能力を見せ付けていたが、こんなに正確に能力を言い当てられるとは思ってもいなかった。嶺と真中も、零の言葉に驚くしかない。
「何で分かったんですか?」
「鎧をバラバラに出来たから。鎧を破壊するならまだしも、私の鎧を纏めている力を上回る力で接合部のくっついているのを外してみせたから。最初は触れた物をかき消す能力かと思ったけど、分解という言葉が一番しっくりくると思う」
「なるほど」
「だから、嶺先輩の毒が効かなかった理由が、分かる」
零の説明に、香奈恵はにっこりと自慢気に笑ってみせる。複雑な組成を持つ神経毒を体内で分解するのは、香奈恵にとってはいとも容易い。真中の糸も能力の範囲内では分子結合を緩めてバラバラにしたりと、嶺と真中の能力を香奈恵は封じている。鉄壁の防御を香奈恵は誇っているように見えた。
「なるほど、分解能力か……」
「零、教えてくれてありがとう。助かったわ」
だが嶺と真中は零の説明に勝機を見いだしたようだ。種さえ明かされてしまえば、元悪魔の敵に対しても打つ手はあるように思えたからだ。恋人に深く感謝しつつ、二人の戦士は改めて闘志を燃やす。
第二ラウンドのゴングは真中が突如、大量の糸を解き放ったことで始まった。糸の奔流のように、無数の白く細い糸が直線的に、香奈恵を目掛けて飛んでいく。
「何とかの一つ覚えというやつですか?」
香奈恵は力を解放すると、自分にぶつけられようとした糸を分解していく。香奈恵の前に半球状のバリアがあるかのように、その境目で真中の糸は分子を解かれて塵へと化していく。だが真中は顔色一つ変えず、糸を召還して香奈恵へとぶつけ続ける。
「くっ」
絶え間なく続く糸の放射を防いでいた香奈恵は、顔を歪めると横に飛んで流れから身をかわす。すかさず嶺が手から強酸の塊を香奈恵へと投げつけ、回避行動を取った彼女を攻撃しようとする。香奈恵は酸の塊に手を翳すと、瞬時にそれをかき消してみせた。しかし真中と嶺は攻撃する手を緩めない。彼女が受身に回ったと見て、糸の奔流と酸の水流を出し続けて香奈恵を攻撃し続ける。
「しつこい!」
香奈恵は手を翳して、二つの攻撃を防ぎ続ける。だがその表情がみるみる険しくなっていく。香奈恵は地面を蹴ると分解能力を足で使い、地面の表面をアイススケートを履いた人間が氷上の上に居るように高速で左回りに移動する。その動きで何とか二人の攻撃から逃れることが出来た。地表を薄く分解し続けることによって、香奈恵はバターをナイフで切るかの如く滑るように動くことが出来るのだ。先ほどもこの能力で彼女は素早く移動していた。
「しつこくやらせて貰うわよ」
真中の翳した腕から四方八方に糸が伸びていく。網のように広がった糸は香奈恵を絡め取ろうというかのように動いた。だがその攻撃もまた、彼女の周囲に達する度に分解されて防がれる。嶺も援護するように、正確に透明な酸を元悪魔の少女へと叩き付け、香奈恵を防戦一方へと追い込んでいく。しかし香奈恵もなかなかのもので、ジグザグに動き続けて、自分を捕捉する攻撃を防ぐのではなく回避しようとする。戦いは長引くかと思われた。
「効くとしたら、そろそろかな」
「何を……うっ、げほげほっ」
地面を抉りながら軽快に移動していた香奈恵が、急に咳き込む。そんな彼女を嶺は冷静に観察している。気がつけば、香奈恵の周囲にはうっすらと霧のようなものが立ち上がり、彼女を取り囲んでいた。
「何、何なの? 毒ならば効かないはずなのに」
「複雑な毒なら分解されるからね。では単純な毒はどう?」
「単純な毒?」
「気化水銀」
嶺の言葉に、香奈恵は顔色を変える。香奈恵の使う分解の能力は有機物の毒ならば、どんな物でも組成を変化させて、瞬時に無力化する可能だ。だが水銀という同一の物質では、即座に分解することはできなかった。
「水銀とは……思い至らなかったわ。昔から使われていたというのに」
「分解のバリアが優秀だったから、自信を持ちすぎていたのね」
「しかし、この程度で……げほっげほっ」
香奈恵は動こうとするが、意に反して大きく咳き込んでしまう。その隙に見えない糸が香奈恵の全身に巻きつき、身体の自由を奪った。
「う、うぐっ……」
香奈恵は分解の力で糸を振り解くが、幾ら糸を断ち切っても延々と身体に絡みついてくる。その間にも毒がますます身体に回り、彼女は意識が遠のく。
「嶺先輩、真中先輩……もういいですよね」
「零……」
背後から零が声をかけると、嶺と真中が振り向く。零は非常に落ち着いた表情で二人の少女を見るが、嶺と真中は困惑してしまう。嶺と真中としては、このまま後顧の憂い無く、香奈恵を殺して終わりにしたいところなのだ。
「もういいでしょ。決着はついたんだから、香奈恵ちゃんも手を出して来ないよ」
「し、しかし……」
真中はチラリと香奈恵を見やる。後の災いを断つために、零に嫌われるのを承知で、彼女を殺すという考えが頭を過ぎる。だが零が落ち着いた様子で、じっと自分を見つめてくる姿に真中は猛烈なプレッシャーを感じた。
「わかったわ」
真中は糸をかき消し、戦意を収めた。嶺は既に諦めたような表情をしている。最初に約束をしたこともあり、想い人に諭されては、真中も嶺もこれ以上は香奈恵を傷つけるわけないはいかなかった。
「零先輩、助けて貰ってこう言うのもなんですが、甘いですね」
「そうかな? 香奈恵ちゃんは、約束は守る方じゃないの」
「ケースによりますよ。裏切るかもしれません」
香奈恵が肩の力を抜いて、零を見やる。口では物騒なことを言っているが、彼女もまた戦意を失ったかのようだ。水銀の毒も、嶺が毒を生成するのを止めたので、何とか体外に排出することもできた。再び真中や嶺を襲えば、勝機もあるのだろうが、香奈恵にもう戦う気力は湧いてこなかった。
四人の少女がお互いに顔を見合わせて、束の間だが弛緩した雰囲気が流れた。互いに手の内は読めたが、強敵ということもあり、真中も嶺も香奈恵も互いにやり合いたくはなかった。
「そろそろ帰りましょう、零。晩御飯が冷めてしまったし」
「はい」
嶺の言葉に、零が微笑む。もう既に深夜なので、お腹がペコペコだった。
「あなたも、二度と零にちょっかいを出さないで頂戴」
「おっかないボディガードが二人も居ますしね。わかりましたよ」
念を押す真中に対し、香奈恵はヒラヒラと手を振る。油断ならない相手だが、真中としても一先ず戦いが収まったのは喜ぶべきことだった。今後のことは話し合わなくてはいけないかもしれないが、つかの間の休戦は成ったようだ。
香奈恵に背を向け、零、真中、そして嶺が歩き始める。だが数歩行かないうちに、その歩みが止まった。
「香奈恵ちゃん、ちょっと甘いんじゃないかな」
聞こえてきた言葉に、零、真中、嶺の三人がさっと背後に振り向く。気がつけば、香奈恵の後ろに一人の女が立って居たのだ。彼女がいつ近寄ったのか、常人より遥かに鋭敏な感覚を持ったガーディアンである零達でも、まったくわからなかった。女は零達と同じ学園の制服を着ており、腰まで届くような長い髪が目を惹く。神秘的な雰囲気を持つ女の姿に、真中や嶺も思わずたじろぐ。しかし、それ以上に香奈恵の反応は劇的で、彼女の顔色がさっと青ざめた。
「先輩達、逃げて! この人は……」
「だから香奈恵ちゃん、何でそんなに優しいのかしら?」
女の身体がモニターの映像がワイプアウトするように、右から左に姿が消える。零、真中、嶺達が自分の目を疑う中、香奈恵だけが慌てて零の背後を見やる。だが香奈恵の予想より早く、女は零の背後を取っていた。
「はじめましてですわね。失われた五つめのガーディアン、中尊寺愛と申しますわ。以後、お見知りおきを」
振り向いた零の前で、愛は余裕のある様子でさっと礼をしてみせた。その物腰から、ただならぬ気配を全員が察する。香奈恵など、顔色が真っ青だ。
「貴方たち、糸、鎧、毒、分解に続く、最強の力……天の力を持つガーディアンですわ」