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「ふう……」
 
 化粧台の鏡を前にして、百合が深いため息をつく。ほとんど日課にしている化粧のノリが、今日に限っては悪い。昨晩、夜伽の順番が最後だったせいで、調子に乗って唯に何度も抱いて貰うようせがんだのが良くなかったようだ。同年代の人々から見れば、肌のきめ細かさなどは圧倒的に勝っているが、百合は浮かない顔だ。
 どうしてもっと早く加齢を止めておかなかったのか、彼女は今でも悔やんでいる。今度の主に、ここまで惚れるとわかっていれば、二十代のまま固定していたはずだ。だがどうせ自分が関わることは無いと勝手に思い、時の流れるまま百合は生長し、そして年を取った。唯は全く気にしているそぶりを見せないし、百合の年齢について言及したこともない。だが円などが年が幾つも離れていないのに、高校生のときの容姿を維持しているのを見ると、折角ガーディアンが加齢停止の能力を持っているのに、何故使わなかったのだろうと思わずにはいられない。唯に出会ったことで、百合も含めてガーディアン達は加齢を止めたのだが、驚いたことにまだ幼い麗も加齢を止めているらしい。つくづく自分の年齢が恨めしい。
 百合は自分の顔を見ながら、化粧台の前でじっと佇むしかなかった。
 
 
 唯は、まさかこのような形でガーディアン達が壊滅するとは思っては居なかった。それはあまりにも唐突で、思いもかけない形で起こった。発端は、内閣特殊事案対策室からもたらされた一つの情報からであった。
 
「特殊部隊が全滅? あの部隊が?」
「馬鹿、声が大きいわよ」
 
 驚きの声を発した雛菊を、京が慌てて注意する。はっとした雛菊は、遅れ馳せながら手で口を押さえる。
 リビングルームには、唯を除いたガーディアン達が勢揃いしている。唯は夕方からオンラインゲームで友人達と遊ぶということで、自室に篭っていた。だが音の能力者である唯が、会話を聞きつける可能性があるため、極力声を低くして話し合う必要があった。
 
「しかし、人間とはいえ訓練された部隊が全滅とは……穏やかじゃないわね」
 
 円が小声で呟きながら、複雑そうな表情を見せる。円達が話しているのは、以前ガーディアン達が共闘した内閣特殊事案対策室直属である特殊部隊のことだ。
 
「それが何か問題なの?」
「問題よ。ボウヤは随分と入れ込んでいたようだったから」
 
 きょとんとした表情の楓に、百合が簡単に説明する。ガーディアン達と違い、同じ人間同士だからだろう、敵とはいえ唯は随分と相手に寛大だった。本来ならば特殊部隊はサウザンドや半田の擁する式神部隊に敗れて、とっくに壊滅しているはずであった。彼らの命が永らえたのは、唯が配下に命じて撤退を援護したのと、半田との戦いでは彼自身が身を挺して己を削るような技で敵を足止めしたのが大きかったからだ。唯としては、人が無為に死ぬのを見ていられなかったのだろう。
 
「唯君には、まだ伏せておいた方がいいかもね」
「ショックだろうし……」
 
 由佳の意見に、静香が同意する。ガーディアンとしては、敵対する対策室の部隊が減ったのは、痛くも痒くも無い。だが唯は救った相手が無残にやられたと知ったら、随分と悲しむだろう。彼女達の主はそういう人物だ。
 
「全滅ということだが、具体的にはどうやってやられたのだ?」
「どうやってやられたのかはわからない。ただ、相手の情報は少しだけわかっているみたいよ」
 
 エリザヴェータの疑問に、由佳が封書から写真や資料を何枚か取り出す。写真には二十代らしい男と廃工場のような場所、資料には地図などが描かれていた。
 
「部隊が全滅したっていう、裏づけは取ったの?」
「一応……隊員達の家族は連絡が取れないみたいだから、確証に近いものはあるわね」
 ミシェルに確認を行った円が直接答える。既に特殊部隊の人員について、上島と堺から情報を仕入れていたので、その身辺を探ることは円にとってはお手の物だった。隊員達の知り合いによれば、音信不通となっているのは確かなようだ。
 
「どうも話が出来すぎてるから、罠かと思ったけど、そういうわけでもないのね」
「それで、どうするの? 対策室の言うとおりに、退治するの?」
 
 腕を組んで考え込む芽衣に、早苗が更なる疑問を投げかける。
 
「本来なら、相手の言う通りに行動する必要は無いわ」
「だが、常人とは言え、戦闘部隊を全滅させるような強力な相手は見過ごせないだろう」
 
 芽衣の言葉を、エリザヴェータが引き継いで答える。今は唯のことの方が重要だが、ガーディアンにとって悪魔退治は大事な使命の一つだ。いかに危険があり、情報が胡散臭いものであっても、看過出来なかった。
 
「やるしかないようね」
 
 不安げだった京の表情が一転し、決意を秘めた鋭い眼差しへと変わる。その表情は何処か楽しげであった。
 
 
 
 ガーディアン壊滅はそれから三時間後だった。
 唯は全員で悪魔退治に出ていったガーディアン達を不審に思いつつも、留守番していた。通常ガーディアン全員が出撃することは稀で、目標の悪魔がどんな相手であるか彼女達は主に告げなかった。だが何らかの理由があるのだろうと思い、唯は黙って恋人達を見送った。もやもやした気分のままゲームで遊んでいた唯だったが、プレイ中に携帯電話の着信が鳴った。着信音から察するに、百合の携帯電話からのようだ。
 
「もしもし」
「あ……ぼ、ボウヤ。落ち着いて聞いて」
 
 電話を取った唯は、聞こえてきた幼い声に一瞬困惑する。電話口に出た口調は百合だったが、唯が能力を使うまでもなく、声が若すぎる。
 
「百合……さん?」
「そうよ、声は全然違うかもしれないけど。実は悪魔の攻撃を食らって、何とか逃げ出したけど、全員が動けなくなっちゃったの」
 
 電話の声が告げる内容に、唯は困惑するしかない。電話相手は百合本人であると、唯は直感的に信じたが、何故こんなに声が変わっているのかがわからない。
 
「すぐに迎えに来て、私達じゃどうしようも無いの」
「……わかった。すぐに行くから」
 
 罠の可能性を唯は真っ先に考えたが、普段は余裕のある百合が切羽詰った声で懇願するので、彼は即断した。場所を聞き出すと、携帯と財布を掴んで玄関から飛び出して行った。
 
 
 
 駅前でタクシーを呼んで、ビルの解体現場へと到着した唯は目の前の光景に愕然とした。
 
「……どうなってるの、これ」
 
 彼の前にはまだ幼い少女達が、十二人居る。大人物の服を無理やり着た彼女達は、ほとんどが声を潜めて泣いていたが、唯の姿を見るやいなや、駆け寄ってきた。
 
 
「唯くんー!」
「え、えっと……由佳さん?」
 
 夕食時に見た由佳を着た少女が、唯の腰に抱きついてくる。その娘は由佳の面影が随分と色濃く残っている。よく見れば、自分に次々と抱きつく少女達は、恋人達が家を出るまで着ていた服を着ていた。
 
「ま、まさか……」
「そうなのよ、ボウヤ。敵の攻撃で若返ってしまったの」
 
 着物を引き摺ってやって来た少女は、泣いている赤ん坊を抱えている。唯は着物の少女が百合だとすぐにわかったが、彼女があやしている赤ん坊が誰だかすぐには気がつかなかった。
 
「その赤ちゃんって、もしかして麗?」
「ええ、お察しの通りよ」
 
 自分の服を引っ張りながら泣きじゃくる少女達に、唯はつい呆然としてしまう。どうやら百合以外は精神まで退行させられたようで、知的でプライドの高い芽衣や強気な京、浮世離れしたエリザヴェータ、勇敢な雛菊までが泣きじゃくっているのを見ると、困惑せざるを得ない。だが唯が困った顔をしていたのは、ほんの僅かな間であった。
 
(こういうときにこそ、しっかりしなくちゃ)
 
 いつも唯は恋人達に頼りっぱなしで、生活の何から何まで面倒を見て貰い、助けて貰っている。彼女達が危難に陥っている今こそ、自分がしっかり愛している者を支えなくてはいけない。唯は動揺する心を押し殺すと、覚悟を決めることにした。
 
「唯しゃまー」
「大丈夫、僕が来たから、もう心配ないよ。とっても怖かったでしょ」
 
 唯は膝をつくと、顔をクシャクシャにして泣いていた芽衣の髪をそっと撫でる。いつもは自分を優しくリードしてくれている芽衣を、年下扱いするのは変な気分だが、唯はそのことが顔に出ないように気をつける。
 
「みんな、大丈夫だからね。僕がついてるから、安心していいよ」
「唯しゃまー」
「唯」
 
 唯は精一杯手を広げると、自分より小柄な美少女達をなるべく多く抱きしめようとする。唯の大らかで優しい態度に安心したのか、ガーディアン達は次第に泣き止んできた。
 
「唯しゃま、ごめんなさい……」
「とっても怖くて……」
「いいって。仕方ないよ。気にしないでね」

 しょげている雛菊と円の頭を優しく撫でて、唯は励まそうとする。年上のお姉さんとも言える二人が弱気になっている姿に、唯は内心軽いショックを覚える。だが持ち前の精神力を発揮して、それを見せないよう唯は二人に笑顔を見せた。ガーディアン達の動揺が少なくなってきたのを見計らい、百合が唯に声をかける。

「ボウヤ、とりあえず、どうする?」
「ここに居ても仕方ない。何とか家に帰ろう」
「でも、どうやって? 歩いて帰るのは難しいし、タクシーも呼べるかどうか……能力は私しか使えないし」
 
 百合は唯に緩くなった着物を見せて、考えを促す。サイズの合わない大人物の服を来た少女達の集団を連れて帰れば、タクシーを使うにしろ、歩いて帰るにしろ、警察への通報は免れないだろう。そうなると身分を明かせないガーディアン達だけでなく、中学生の唯も立場が危うい。
 
「ここは飯田さんに相談してみる。多分、あの人なら助けてくれると思う」
「……あの悪魔に頼むの?」
 
 唯の提案に、百合は良い顔をしない。長年悪魔を見ている百合にとってみれば、幾ら好意的とはいえ、飯田は信用ならない相手だと思っている。
 
「背に腹は変えられないよ。とりあえず、ここは任せて、百合さん」
 
 唯は自分の携帯電話を操作しながら、百合から泣いている麗を受け取る。
 
「よしよし、大丈夫だからね。僕がついてる」
「ふえええ……えっくえっく……うぅ」
 
 唯に抱っこされると、赤子の麗は急に落ち着き、顔の表情が和らぐ。唯は地面の上に胡坐をかくと、幼女に変わってしまった早苗と楓の両方を膝へと乗せる。
 
「唯くん……」
「唯しゃま」
 
 不安そうな早苗を唯は抱っこして身体に抱き寄せる。楓は唯の膝の上に安心したのか、ピタリと張り付いて離れない。
 
「すぐに迎えの車が来るからね。そしたら、お家に帰ろうね」
「うん……」
 
 泣き出しそうな静香に唯は笑顔を見せると、彼は何度も大丈夫と少女達に言って聞かせる。優しいお兄さんを演じる唯に対して、ガーディアン達も落ち着きを取り戻し、彼にしきりに撫でて貰おうとする。唯は不安を押し殺して、ガーディアン達を励まし、辛抱強く待ち続けた。それから三十分程経ったであろうか。
 
「麻生様、お待たせしました」
「早かったですね。助かります」
 
 飯田に背後から声をかけられて、唯が振り向く。少し前から飯田がこちらに車で向かっているのを音で感知していたが、こうやって直接面と向かいあって唯はほっとしていた。
 
「迎えの車を用意しましたので、どうぞこちらに」
「悪いですね、急にこんなことを頼んでしまって。みんな、行こう」
 
 支援者とはいえ、悪魔である飯田が現れたことに、ガーディアンの少女達は警戒感を隠さない。だが唯が立ち上がってゆっくりと歩き出すと、少女達も恐る恐るという雰囲気で、彼と共に歩き出した。飯田が案内した先にはワンボックスカーが止まっており、数人の見かけたことが無い男達が車の近くで周囲を見張っていた。
 
「ボウヤ、あれ悪魔よ」
「飯田さんの知り合いでしょ。ここまで来たら、警戒しても仕方ないよ」
 
 百合の囁き声に、唯は彼女の耳へと直接音を届けて会話する。唯からは相手が人間に見えるが、飯田が連れて来たのだから、悪魔であってもおかしくは無い。ガーディアンの幼女達は、しきりに警戒している。
 
「後は頼みましたよ、藤岡」
「お任せ下さい、飯田様」
 
 飯田の言葉に、藤岡と呼ばれた精悍そうな男は車から離れ、他の者も後に続く。ガーディアン達は唯に促されてワンボックスカーに乗り込み、飯田も後に続くと運転席へとついた。唯が少女達のシートベルトを確認し終えて、麗をチャイルドシートに乗せると、車はゆっくりと走り始めた。
 
「いやはや、実際にガーディアンが若返っているのを見ると、衝撃的でしたな。それで、何があったのです?」
「百合さん、詳しく話してあげて欲しい」
「最初は普通の悪魔退治に思ったのよ」
 
 飯田の存在に抵抗を覚えながらも、唯に頼まれた百合は話し始めた。
 内閣特殊事案対策室の情報を元に、廃ビルへと潜入したガーディアンは目標の悪魔を捕捉した。両手が剣状の悪魔は当初は迎え討つ構えを見せたが、ガーディアン達が数で圧倒しようとしたと見るや否や、体内から高さ50センチほどの巨大な砂時計を取り出し、ひっくり返した。奇妙なことに砂時計の砂が上へと逆に上り始め、ガーディアン達の身体は抵抗する間も無く幼く変化していった。その直後は余力を振り絞った一斉攻撃を行って悪魔を足止めしている間に、全員が脱出したのだが、逃げている途中で幼い身体に合わせて百合以外全員が精神まで幼くなってしまった。それ以上逃げれず、唯に助けを求めて隠れていたということらしい。
 
「砂時計ですか、なるほど。大体状況はわかりました。対策室の特殊部隊が全滅したというのも、無理は無いでしょう」
「その砂時計が何かあるの?」
「こっちの世界ではあまり見ないですが、マジックアイテム……魔法の道具という物かと」
「魔法の道具……」

 飯田の説明に、唯はどういう物だか想像しかねた。

「空飛ぶ絨毯だとか、打ち出の小槌だか、そういう物だと考えて頂ければ、お分かりになるでしょうか? 私自身は持っていませんが、相手の悪魔が使った物はわかります」
「それじゃ……」
「元に戻す方法もわかります。何らかの対策を考えておきますよ」

 飯田の一言に、唯はほっと息をつく。唯は幼くなった恋人達のために、動揺を隠していたが、正直に言えばどうすれば良いかわからなかったのだ。

「時間を少しお貸し下さい、麻生様」
「良かった……よろしくお願いします」

 思わず唯はシートにずるずるともたれた。若干プレッシャーから解放され、ほっとしたからだ。

「唯しゃま?」
「良かったね。元に戻れる方法がわかりそうだよ」

 心配して声をかけてきた静香の頭を、唯は笑顔で撫でた。




「はい、ミラージュ、金城のオフィスです」
「ああ、三島さん。お願いがあるのだけど」
「あ、社長。おはようございます」

 ミラージュのオフィスで電話を受けた三島は、受話器からかかってきた芽衣の声に身体を緊張させた。まだ社長の出社時刻前だが、三島はこうやっていつも芽衣より早めに出社していた。

「おはよう。悪いのだけど、由佳と一緒に流行しているインフルエンザにかかってしまったらしいの。体調が戻るまで、予定をキャンセルして欲しいのだけど、いいかしら?」
「あ、はい、もちろんです! お加減は大丈夫ですか?」

 三島は恐る恐る芽衣に尋ねる。ミラージュは副社長共々優秀な人材が多数居るが、圧倒的な経営手腕を発揮しているのは芽衣だ。芽衣が居ないというのは、三島にとって色々と不安であった。

「正直に言えば、良くないわ。一応、診断書をFAXで送るから、適当にファイリングしておいて頂戴。後は任せるわよ」
「は、はい! わかりました」

 一方的に用件を伝えて、芽衣の電話は切れた。思わず返事してしまったが、三島は途方に暮れてしまう。後を任せると言われても、一介の秘書である三島はどうすれば良いかわからなかった。幸いなことに、その後は副社長が引き次ぎ、ミラージュは支障なく業務をこなすこととなった。

「これで、良かった?」
「うん」
「唯くん、芽衣そっくりだった」

 受話器を置いた唯に、芽衣と由佳がにっこりと笑いかける。先程の電話は、唯がかけたものだった。音を操る唯にしてみれば、普段一緒に生活している芽衣の声を作るのは容易いことだった。問題なのは話し方で、唯の前だと芽衣は随分と丁寧な喋り方をするので、彼女の居丈高な口調が真似できたか唯は不安であった。ガーディアン各人のインフルエンザの診断書は、飯田が用意してくれた。こういうときに飯田の底知れぬ人脈に唯は警戒感を抱くと共に、ついつい頼もしく思ってしまう。既に楓と円の職場には電話で欠勤を伝えて、診断書をFAXで送ってある。楓などはプロ野球選手だから、今頃球団は大騒ぎをしているかもしれない。

「唯しゃまー、誰の真似でもできるの?」
「出来るよ。『唯、コンビニでお菓子を買って来て頂戴!』」
「あはは、そっくりー」

 円のリクエストで、唯は麗の声をコピーしてみせる。幸いなことに、真似る相手は赤子まで退行しているので、怒られる心配は無い。ガーディアン達の多くが唯の物まねが気に入ったのか、床で転げ回って笑っている。
 ガーディアンが壊滅的な被害を受けてから一夜経ち、唯は雑事に奔走された。十二人分の朝食を作り、麗のおしめを代えてミルクを飲ませる。それが終わると麗の洋服ダンスを漁って全員分の服を用意する。サイズが合わずぶかぶかなTシャツを何とか我慢して貰い、不平を漏らす少女達を宥めて唯は何とか服を着せた。初めての経験に戸惑いつつも、唯は恋人達の世話をするという責任感の元、全てをきっちりとこなしてみせた。

「麻生様、昼食の準備が出来ましたが、いかが致しましょうか?」
「あ、すぐに行きます」

 声をかけてきたメイド服を着た金髪の女性に、唯は返事する。彼女の名前は飯田、骨董店を営んでいる飯田が連れてきた女性で、彼と同姓だ。骨董屋の飯田と縁者なのかと唯は聞いたのだが、彼は、

「違います。私と同じに思って下さい」

という、奇妙な発言を残していた。何にしろ、メイドの飯田が家事を代わってくれたので、唯は大いに助かった。一人暮らしの期間があったとはいえ、唯はあまり料理が上手とはいえない。代わりの者がいれば、それに越したことは無かった。

「それじゃ、ご飯食べようか」
「うん……」

 ガーディアン達を唯が促すと、京やミシェルなど数人が警戒するように、彼のズボンにしがみついた。

「どうしたの?」
「……唯しゃま。あのメイドさんも悪魔だから」

 雛菊の言葉に、唯が困ったという顔をする。メイドの飯田も悪魔であると、唯は複数のガーディアンから警告されていた。だがこの危機的な状況においては、悪魔であるとはいえ、飯田のような味方に唯は頼ざるを得ない。一種の賭けではあったが、唯は二人の飯田を信頼するしかなかった。

「大丈夫、僕がついてるから。安心して」

 唯がにっこりと笑みを浮かべると、少女達はしぶしぶ警戒を解く。本能的に悪魔を敵とガーディアン達は見ているのだから、こればかりは致し方ないだろう。唯達はメイドに先導されて、昼食の席へと向かった。
 ダイニングテーブルには多数のサンドイッチや果物が並んでおり、少女達は我先に席へと駆けていく。その様子を見ながら、唯は苦笑する。ガーディアンの警戒心も、食欲には敵わないようだ。そこにはいつもの大人の女性らしい落ち着きを持っているガーディアン達らしさは、欠片も残っていなかった。

「唯どのー、京がハムサンドイッチばかり食べる」
「いいでしょ、別に」
「ああ、京さん。きちんと他のサンドイッチも食べて」

 エリザヴェータの言葉に、唯はやんわりと京を注意する。

「唯しゃま、早苗がイチゴばっかり食べる」
「ほらほら、お昼ご飯なんだから、ちゃんとサンドイッチも食べて」
「はーい」

 静香に言われて、早苗を唯は優しく促す。小さい子の食事は賑やかで、目を離す暇が無く、唯が食事をしている暇も無い。しきりに注意をしたり、口の周りについたマヨネーズを拭いていると、唯はぼんやりと亡き母のことを思い出した。小さい頃は、自分もこうやって口の周りを拭いて貰った気がする。
 
「ボウヤ、悪いわね……何だか、全部押し付けてしまって」
 
 普段は守るべき相手である主に、逆に面倒を見てもらっていることに百合が謝罪する。普段の知性が見る影も無く退行した仲間の相手をする気にもなれず、ガーディアンの世話を百合は唯に押し付けるような形になってしまった。百合は精神の完全な退行は免れたが、それでも自分の力と精神が衰えているのを実感している。唯が傍に居てくれて、大丈夫と仲間を励ましているのを見なかったら、今頃はパニックで震えていたかもしれない。
 
「別にいいよ。百合さんもショックだっただろうし、普段面倒を見て貰っている分、僕が世話しなくちゃね」
「……ありがとう、助かるわ」
 
 明るく笑う唯に、百合は心から感謝する。頼りにしていた大人達が幼くなって、唯も動揺してもおかしくは無いのだ。だが泣き言を言わず、しっかり支えてくれている。唯は百合が想像しているより、ずっと精神年齢が高いのかもしれない。
 
「麻生様、申し訳ございません。船越様が泣き止まなくて……おしめも変えたのですが」
「ああ、わかった。僕があやしてみるよ」
 
 リビングルームからやってきたメイドが、盛大に泣く麗を運んでくる。唯は赤ん坊の麗を受け取ると、笑顔であやす。よっぽど飯田にあやされるのが嫌だったのか、麗は唯に抱っこされると途端に泣き止んで笑顔を見せた。
 
「あー、麗だけずるい」
「いいなー」
「お昼ご飯食べ終わったら、幾らでも抱きしめてあげるから、食べちゃいなよ」
「はーい」
 
 京と円の抗議に、唯は明るく答える。すると二人はすぐに大人しく食事へと戻る。唯は兄弟が居ないので小さい子と接したことは無いのだが、ガーディアンは彼を好いているせいか、随分と素直だ。もし自分に子供が出来たら、ここまで簡単に言うことは聞いてくれないだろうと、唯は思わず苦笑する。
 
「皆様、随分と素直で可愛らしいですわね」
「唯くんの言うことだから、聞いてるだけだもん」
 
 早苗の反論と共に、ガーディアンの大半が愛想の良い金髪のメイドに、アッカンベーとばかりに目の下を引っ張り、舌を出す。悪魔とはいえ、世話になっている相手に取る態度ではない。だが、やはり子供はこういう我侭さが無いとどうも子供らしくないなと、唯は奇妙な安心感を覚えた。
 
 
 
 
 
「麻生様、例の悪魔の居所が掴めました」
「良かった。ありがとうございます」
 
 更に一夜明けて、骨董屋の飯田がマンションへとやって来た。思った以上に早く成果を持ってきてくれたが、唯には待っている時間が途方も無く長く感じられた。
 
「麻生様も随分とご苦労されたでしょう」
「まあ、気疲れって言えばいいんでしょうか」
 
 思わずほっとした様子の唯に、飯田が労いの言葉をかける。
 昨日は丸一日、唯はガーディアンと遊ぶのに費やした。悪魔の調査と対策は信頼している骨董屋の飯田に全面的に任せ、家事はメイドの飯田に頼ったとはいえ、不安が払拭されたとは言えない。それでも唯は恋人達に不安を与えないよう、彼女達とコミュニケーションを取ることに費やした。ジェンガやウノで遊び、広いマンションの部屋の中でかくれんぼうをし、メイドの飯田が買ってきてくれた絵本を読んだりもした。その間に赤ん坊である麗をあやしたり、ミルクを飲ませたり、おしめを代えたりと大忙しである。慣れない子供の相手も、ガーディアン達が唯の言うことを素直に聞いて、麗も唯に抱っこされると泣き止むので、唯でも何とか上手くやりおおせた。不思議なことに、百合もガーディアン達に混ざり、一緒に遊んでくれた。唯は彼女が仲間のことが心配だったからだろうと思ったが、本当のところはよくわからない。唯一の誤算は、全員でおままごとをしようとしたときだけで、唯は二度とそのことを思い出したくない。
 
「対策は既に用意しておりますが、麻生様自身が戦われますか」
「……ベストを尽くすよ」
「わかりました」
 
 飯田の値踏みするような視線に、唯は静かに答える。ガーディアンが壊滅しているいま、悪魔と戦えるのは唯といつもより能力が半減している百合だけなのだ。ここで負けたら、未来は無いだろう。飯田は唯の覚悟を汲み取ってか、それ以上は追及しなかった。
 
「それでは、これをお持ち下さい」
「腕時計?」
 
 飯田はプラスチックのゴテゴテとした時計を唯に渡す。一見するとストップウォッチなどがついた若者向けの腕時計に見えるが、飯田が持ってきたからには、普通の品物ではないのだろう。唯は飯田から長い説明を聞き、機能を確認すると、慎重に左腕へとはめた。携帯電話を持って以来、腕時計などするのは久しぶりだ。そしてそれからしばらくの間、唯は相手になる悪魔に対する情報を飯田から幾つか聞いた。
 
「ところで、留守中はどうされます? メイドは皆様のお世話をさせて頂きますが、ボディガードは必要ですか?」
「そうだ、すっかり忘れてた」
 
 ガーディアン達が無防備になることについて失念していた唯は、顔を顰める。持てる戦力の全てを使わなくてはいけない唯としては、百合も連れて行かねばならないだろう。だがそうなると力を失ったガーディアン達を守る者が居ない。
 
「仕方ない、奥の手を使うか」
 
 唯は携帯電話を開くと、手早く電話を二本かけた。
 
 
 
 
 
「おいおい、ここは保育所か何かか?」
 
 唯に案内されてリビングに足を踏み入れた上島が、開口一番に呆れたような声を出す。一緒にやって来た堺も、床の上でお絵かきをしている集団を見て、驚いたように戸口で立ち止まる。
 唯が電話をかけたところ、骨董屋の飯田と入れ替えに、上島と堺はすぐにマンションへとやってきてくれた。悪魔に対してはどの程度通用するかはわからないが、通常の人間としてはかなり強い二人が来てくれたことに、唯はほっとしていた。警察官の二人ならば、余程のトラブルでも無ければ、大抵は解決してくれるだろう。 上島と堺も暴力団や薬物に関する情報交換で京や円と頻繁に会っているうえ、地下下水道事件に関して唯に借りをまだ返していないと思っていた。唯の電話を受けて、特に優先事項が無かったためもあり、すぐに来たのである。
 唯は一昨日の晩に起きた出来事を簡潔に説明した。
 
「若返りって……じゃあ、もしかしてこれは九竜か?」
「ぶー、もしかしなくても九竜京だもん」
 
 上島が唖然としながら京を指差すと、彼女が抗議する。ウェディングドレスを着たお嫁さんを描いている少女が、深夜に近所を通ってうるさかったという理由だけで、暴走族グループを潰した女と一緒とは、とてもでは無いが信じられない。
 
「大抵のことには驚かないと思っていたが……驚いた」
「まあ、そうですよね」
 
 唖然とする堺に、唯は苦笑する。実際、一緒にサウザンド退治などを行っていなければ、信じてはくれなかっただろう。
 
「それで、俺達は何をすればいいんだ? お守りとかは、正直出来る気がしないぞ」
「ここに居てもらうだけで、大丈夫です。面倒は飯田さんが見ますんで。万が一のために居て欲しいかと」
 
 困惑顔の堺に、唯が説明する。少年は暗にトラブルが起きたときの対処を刑事達に求めた。
 
「おいおい、悪魔とか、俺達じゃ勝てるかわかんねーぞ」
「ああ、そういうのは大丈夫です。もう一人、呼んであるので」
 
 サウザンドの恐怖が未だ消えやらぬ上島を、唯が宥ようとする。
 
「一人で大丈夫かよ? おチビちゃんたち、役に立たねえんだろ?」
「まあ、とりあえずは大丈夫かと……」
 
 疑わしそうな上島を唯は何とか説得しようとする。しばらくごねた上島だったが、冷蔵庫にビールが山ほどあると聞いて考えを改めた。とりあえず酒が無くなるまでは、直面している問題からは目を逸らすことにしたらしい。堺も黙ってそれに従う。
 しばらくして、玄関のチャイムが鳴り、唯が再び玄関へと向かった。そして二人の少女を連れて戻ってくる。
 
「えええー!?」
 
 その姿を見た途端、ガーディアン達は一斉に不満そうな声を漏らす。
 
「あらあら、いきなりブーイングとは連れないわね」
 
 黒いゴシックロリータの服を着たザウラスが、にっこりと微笑む。よもやザウラスが来るとは思っていなかったガーディアン達は、まるで汚物でも見るような目で、人形のように綺麗な悪魔を見やる。
 
「そのお嬢ちゃん、誰なんだ?」
 
 缶ビールを既に三本空けた上島は、新たにやって来た少女を見て、素直に好奇心を示す。
 
「彼女というか……こいつはザウラス。一応、かなり強い悪魔です」
「よろしく、お見知りおきを」
 
 複雑な表情で説明する唯の後に、ザウラスはわざとスカートの裾を持って仰々しく挨拶をする。悪魔という言葉に、ビールを飲んでいた上島と堺の動きが止まる。悪魔が人間体のときは一見人間に見えていても、悪魔が化けの皮を被っているだけだと、二人は身を持って体感したのだから無理は無い。
 
「おい、悪魔に任せて大丈夫なのか?」
「まあ……大丈夫かと」
 
 堺に向かって、唯は曖昧な答えを返す。無防備になったガーディアンを守るため、ザウラスは軽くボディガードを引き受けてくれた。もちろんただではない。対価にザウラスが望むときに、唯を二回までは呼び出すことが出来て、勝負をするという条件がついていた。ザウラスとの戦いは必ず命がけになるので、随分と高くついたと言えるだろう。

「それで、そっちは誰なんだ?」

 上島がザウラスより背の高い、赤みがかった髪を縛った少女を目で指し示した。ガーディアン達もきょとんとしているのを見ると、彼女達も知らないに違いない。

「宮島有紀と言います。一応、こいつの保護者です」
「えー!? 保護された覚えは無いんだけど・・・痛っ!」
「あのね、あんた誰が食わしてやっていると思うの?」

 有紀は奈落でも恐れられている上級悪魔の頭を、スパンと音が鳴るくらい強く叩いた。ぞっとする程の美しく整ったザウラスの容姿でも、お構いなしだ。

「要はヒモ付きみたいなものか?」
「うぅ、否定できない。あんたのせいよ」
「わ、わかったから、チョークスリーパーは止めて」

 上島の言葉に意気消沈した有紀がザウラスの首を締め上げる。すぐにザウラスの白い肌が、酸素欠乏で紅く染まる。

「上島だ、よろしくな」
「堺だ。一応警察官だから、安心してくれ」
「あ、よろしくお願いします」

 警察官と聞いて有紀が言葉使いを変える。ノーネクタイのスーツを着た堺はともかく、アロハシャツを着た上島はどう見ても警官に見えない。

「それじゃ、宮島さん。ザウラスのこと、すみませんがよろしくお願いします」
「あ、うん。ここで見張っていればいいのね」
「はい。飯田さんが料理を作ってくれると思うので、くつろいで下さい」

 丁寧に頭を下げる唯に、有紀が頷く。有紀は初対面だが、ザウラスが彼女を連れて来てくれたのは、唯にとっては嬉しい誤算だった。事情はよく知らないが、能力を特に何か持っているわけではない有紀に、ザウラスは付き従っているようである。唯もザウラスが無抵抗の幼女相手に手を出すような悪魔だとは思ってはいないが、彼女の存在は一種の保険として見ることが出来た。

「しかし、本当にちびっこくなっちゃったわね」
「うー、いやー」

 頭を撫でるザウラスに、金髪をクシャクシャにされたミシェルが不満そうな声をあげる。天使のように無邪気に微笑むザウラスに対し、ガーディアン達は渋い顔をしている。

「ちょっと、何苛めてるのよ」
「うわっ!」

 有紀がザウラスの左足を自分の左足で引っかけ、右足の付け根を抱えながら倒れ込む。

「ちょ、ローリングクレイドルはやめ……あああああぁ!」

 フローリングの床上で、悲鳴をあげながら有紀によってザウラスが転がされ続ける。過去千年以上、苦汁を飲まされた悪魔が悶絶する姿に、ガーディアン達は興奮して黄色い声援を送る。

「それじゃ、百合さん。行こう」
「わかったわ」

 ガーディアン達の注意が逸れている間に、唯と百合はそっとその場を抜け出す。小さくなっている恋人達に、唯は無用な心配をかけさせたくなかった。その後ろからメイドの飯田が二人を見送りに出る。

「後のことはお任せ下さい」
「よろしくお願いします」
「どうぞ、ご武運を」

 頭を下げる飯田に唯は頷くと、百合と共に玄関から出て行った。













     

































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