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私はあなたを失うのが怖い。
 
私はあなたがいなくなるのが嫌だ。
 
でも、あなたに嫌われるのはもっと……嫌だ。
 
だから、私は戦っていたんだよ。
 
これからも、この先も。
 
ずっと、果て無い旅を続けていくんだよ。
 
『1』
 
月曜日。麻生唯は来なかった。
当然だと思う。私が振ってしまったから。きっと、私が会うのが怖くて出れないのだろう。
私はどうなのだろう。精神は相変わらず、落ち着いているけれど、気持ちはどこか上の空だった。
授業中も全然耳に入らなかった。隣で藍子がどうしたの?と紙に書いてくるけれど、「なんでもない」と返した。
本当になんでもない。ただ、麻生唯と付き合っただけなのだ。
帰りに静香に会った。静香はいつものように普段着に身を纏っている。
ただ、何故か彼女が落ち着かなかった。
多分、彼女が私に会う理由は一つしかないのだ。
それは麻生唯のことだろう。
 
「栞っ!」
 
彼女が私の名前を呼びながら近づいてくる。
 
『何?』
 
「い、いや。よかったら、また一緒に帰ろうかと思って……」
 
ちなみに、ここに翔子はいない。彼女は主である私の帰りを待ってくれているのだ。
 
『別にいいけれど。麻生唯のほうはどうなの?』
 
「うっ……」
 
『私が振ったのを知っているくせに……こんなところでのんびりしてもいいのですか?』
 
「そのことで……栞に聞きたかったのよ」
 
『何を?』
 
「唯さまのことが好きなのに……どうして、唯様を拒絶する言葉を吐くのか……」
 
彼女の眼は真剣だった。けれど、その中で悲しみの色が見える。
 
『どうして、そんなことを聞くのよ。分かっているくせに』
 
私が行こうとすると、後ろで大声が聞こえた。
 
「私は……あなたに幸せになってもらいたいのよ!!」
 
私はビックリして後ろに振り向いた。私たちは公園の前まで来ていた。
 
『……それを承知の上で……私に聞いたのね』
 
「…………」
 
彼女が真っ赤になって……頷く。どうやら、相当恥ずかしかったらしい。そして、大声を出すのも久しぶりなのだろう。肩で息をしていた。
案外、彼女は情にもろいのかもしれない。
 
『だったら、麻生唯がやることは一つしかないというのも分かるわね。それを教えるのがあなただってことも』
 
それは……私を正規のナンバーにすることだ。そうすることで、私に命令することができる。でも、それは難しい。
いや、難しいことはないのだが……それでも、彼女たちには負担が伴うのだ。
何故なら、私を正規のナンバーにする方法は私に力を見せて私を屈服させることなのだ。
 
「でも……私は……廃棄ナンバーでもあなたが良いと思っているのなら……それならそれでいいけど」
 
『でも、それだと麻生唯が納得しないでしょうね』
 
「まさか、そのことも計算に入れて麻生唯を振ったんじゃあ?」
 
静香や麻生唯と戦うために麻生唯を拒絶したか。
確かに、それなら、それで納得できる理由になる。
 
『まさか。私はそこまで策士じゃないわよ』
 
それに戦う理由もない。主を憎んでいるのならともかく……私は主を持たないまま生きてきたのだ。だからこそ、主を憎む理由がない。
しかし、一方で戦ってみたいと思う自分もいたりするのだ。どこまで自分の力が通用するのかを知りたいのだ。
彼女はため息を吐きながら、私に向かって言う。
 
「それにしてもよかったわ。栞が元気そうで」
 
『…………』
 
私は何も言わない。ここで『え?』とか聞き返そうものならば、私は沈黙を選択する。
そして、私は彼女の真意を探る。
栞が元気そうで……それは多分、本音だろう。彼女は私が唯を振ったのだから、私が逆に元気をなくしているとでも思ったのだろう。
確かに、それはよくあることだ。しかし、私はこれまで主の言うことすら聞いてこなかった女だ。
それにクールというか、無表情を装っているので……彼女からは想像もできない。
 
「…………何か言ってください」
 
『今日はやけに多弁ね』
 
そう言ってすたすたと歩く私。
 
「…………しょうがないじゃない。だって、いつもあなたが正しいからよ」
 
『…………』
 
背の後ろからは悲しみが見て取れた。
ああ、そうかと思った。彼女が私を心配するわけだ。
彼女は今でも私と唯の間を取りまとめようとしているのだ。
『無』を司る私に向けて今まで前線から避けていたなんて嘘だ。
本当は……彼女は戦いたくないだけ。
彼女は私よりも優しい。
そして、私は彼女より正しい。
けれど、私はいつだって正しい道を選んだとは限らない。ただ、偶然に偶然が重なっただけに過ぎないのだ。必死に考えて、考え抜いて出した案を言っているに過ぎないのだ。
 
「唯様の事だってそうでしょう?あなたはいつだって、他人のことを正しいほうへと導いてくれた」
 
『私は明日へ架ける橋なのよ。そこで踏み出すかどうかは、あなた達次第よ』
 
私は橋を作る大工なのだ。いや、橋そのものなのだと思う。
 
「でも、橋がボロボロの時は……手を繋いで渡ってくれているでしょう?」
 
本当はそんなことはしたくはないのだが、回避は無視と同じだ。そして、落ちるのは死と同じ。私は……無視は極力したくはないし、落ちるのはもっといやだ。
いや、落ちるのは慣れているが、そんなことはしたくはない。
できれば、生きたいとは思うが……運命とは残酷な選択をする。私はその選択を取っただけに過ぎないのだ。
けれど、私が取った選択は間違っているとは思えない。
その度に幾多の犠牲を支払ってきたのだ。この命が尽きる果てまで……悪魔と戦い続けるのだ。
 
『まあ、そのぼろぼろの橋を作り直すのはあなた達の仕事だけどね』
 
「…………ねぇ……栞……」
 
『…………何ですか?』
 
「私達……また、昔の関係に戻れないかな?」
 
それは無理だとも言えなかった。
私たちは別々の道を歩みだしたのだ。私は悪魔を狩りに専念して、彼女は前線を退いてきた。その頃から、私たちの関係は壊れつつあったのだ。
 
『戻れたら…………良いわね』
 
本当にそう思った。
今更、戻れるなら戻りたい。
そして、あのころの自分を正したい。
でも、それは……『答え』を司るあの人を否定するようなことだけれど。
私は……自分の運命を変えたかった。
 
「あなたでも、そう思うのね」
 
『ええ。戻れないけれど……』
 
それは私の能力をはるかに凌駕する。たとえ、『時』を司る私でも無理だろう。
私にできるのはせいぜいで……物体や人の時間を巻き戻すくらいのこと。
しかも、その時間をどれだけ巻き戻すかは……私の精神の度合いにもよる。
 
『でも、私には次があるから』
 
私には次がある。今が駄目でも、生きている限りは避けては通れない道なのだ。
 
「…………栞?」
 
私はハッとして……ため息を吐きながら言う。
 
『あなたにしてはえらい饒舌ね』
 
多分、早苗が見たらビックリするだろうね。どこかと言うと発言が控えめなお姉さまが饒舌に喋るところなんて。
でも、多分、それは……麻生唯のせいだろう。
 
「ええ。そうね。でも、私はこっちの私のほうが好きよ」
 
『あなた……変わったわね』
 
彼女が変われたのも麻生唯のおかげだと思う。
 
「そうね。私もそう思っているわ。いいえ。ガーディアン全員が変わったといえばいいかしら?そして、その変わったガーディアン全員が今の自分を好いているのよ」
 
『そう……良かったわね』
 
「…………栞……」
 
『何ですか?』
 
「唯様と戦うつもりなの?」
 
『…………向こうがその気なら……手加減はしないつもりだけど』
 
「嘘よね?人間を殺さないあなたが手加減はしないなんて……」
 
『…………そうね。そうなったら、泣いてお兄ちゃんに謝罪するわ』
 
「…………今、分かったわ。あなたは唯様のことを過小評価しているわ。唯さまは日々進化しているのも分からないのよ」
 
おそらく、彼女は私が死にたがっていると思っているのだろう。
 
『…………いいえ。そんなことないわよ。確かに、私が流れで読むことができない部分もある。それを邪魔しているのが麻生唯だってことも。だから、私は手加減はしない。最初から、全力で望むわ』
 
「私のときは?」
 
『あなたのときは準備運動みたいなものね』
 
「やっぱり……あなた……手加減をしていたのね」
 
『あなたの行動は読みやすいのよ』
 
「じゃあ、唯様は?」
 
『あの人は特別よ。流れが読めないから、分からないのよ。突拍子もない作戦を考えたりするでしょう?あれは予め、何が起こるのか。予想して得た結果よ。そして、それが可能であるあなた達がいるということもね』
 
「だから、手加減はしないと?」
 
『ええ。そうよ』
 
「…………わかったわ。私の迷いは吹っ切れたわ」
 
『あら?そうなの?』
 
「ええ。麻生唯様の障害になるあなたを来世に送ってあげるわ」
 
そう言うと、彼女はワームホールを放ってきた。
しかも、それが以前と比べてでかい。
確実に彼女も成長しているということか。
私は上に跳んで逃げたけれど、彼女が追ってくる。しかも、重力をゼロにしているので速い。
私はガードしたけれど、次の瞬間。今度は重力を十倍にしてきた。
当然、私の場合は重さを感じて下に落ちた。
 
『がはっ!』
 
なるほど、以前のようにはいかないと言うことか。
 
「そのまま潰れちゃいなさい」
 
そのまま、二十倍、三十倍と膨れ上がる。
 
『あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!』
 
私の体が悲鳴を上げる。
私……まだ迷っている?人を殺すことに……。
……いや、そんなことはない。私は……人を殺すくらいなら……。
 
『はあああああああぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ!!』
 
「えっ?」
 
私は立ち上がる。そして、一歩踏み出す。更に、五十倍の重力がかかる。普通の人間なら、当に死んでいる。けれど、私は根性で耐える。
そして、一歩一歩踏み出していく。重力の場から抜け出した瞬間、私が消える。
 
「えっ?」
 
私は彼女の背後に素早く回り、思いっきりグーで殴った。
さらに、『流れ』を使い、木々をぶっ倒して……ようやく止まった。
しかし、次の瞬間、彼女が消えた。
彼女がまた、重力をゼロにして私に近づいてきた。
私はそれを流れで読み取り、彼女にカウンターの一撃を加えようとした。
だが、彼女がスピードを上げた。
私はすぐに察した。
 
『空中疾走ですか!』
 
さらに、彼女は重力で作り出した剣を使って、私を切り倒す。
しかし、それは私の水分身だった。
彼女が驚く。
 
「なっ!」
 
『残念。本物はこっちよ』
 
私はまた彼女を殴る。彼女が顔面……擦り傷だらけだろうが、木の棘が刺さって……血まみれになろうが、お構いなしに殴る。
彼女を殴って追いついて、蹴り上げて下に叩き落した。
更にその後から、彼女に膝を使って背中を思いっきり打ち砕く。
彼女が悲鳴を上げる。
 
「ああああああああぁぁぁぁぁぁ――――――――!!」
 
更にもう一発と思ったとき、私が逆に吹き飛ばされた。
一体何事?と思ったとき、麻生唯が現れた。
……なるほど。彼が音波を放って、私を吹き飛ばしたのか。
 
「ゆ、唯様…………」
 
「何をやっているの?二人とも」
 
「ご、ごめんなさい。でも、どうしてここに?」
 
「いや。なんとなくだけど……」
 
『…………麻生唯……』
 
「栞さん……言ったよね?僕の家族に手を出したら、許さないって」
 
『ああ。確か……そうだったわね……すっかり忘れていたわ…………で?』
 
「ふざけるなッ!!」
 
いきなりの大音量に私は耳を瞬間に塞いだ。それだけで街灯が割れて粉々に砕け散る。
 
『あら?あなた……想いられているじゃない』
 
「僕は栞さんのことは好きだけど、こんなことをする栞さんは許せない」
 
それは仲間に対する侮辱か……それとも、ただ単に仲間を思いやる気持ちなのか。
しかし、確実に言えることは……麻生唯が怒っているということだけだ。
 
『理不尽な怒りね。仕掛けてきたのは彼女だというのに……』
 
「でも、あなたは静香さんに勝てる自信があったから、彼女と戦ったんでしょう?」
 
『あら?それを言うなら、彼女のあれも相当やばかったわよ』
 
「でも、あなたは確実に静香さんを殺そうとしたでしょう?」
 
『ええ。そうね』
 
私は断言した。私なら確実に静香を殺せる。
 
「どうしてとは言わないよ。それも栞さんの意地なんでしょう?」
 
『それも』……とは麻生唯を振ったことも含めての『それも』なのだろう。
 
『そうね』
 
「だったら、僕も意地を通すよ。あなたが静香さんを傷つけるなら……僕は君を許さない」
 
『…………なるほど。本当に優しさに気づいたのね。それでいいわ』
 
「えっ?」
 
『…………だったら、私も正しいことをするわ』
 
私は彼に向かって行った。
今の彼は強い。私も手加減なしでは勝てなかった。
彼が剣を出す。私も『流れ』で作った剣で彼に合わせた。
キィンという鈍い音が木霊する。私は離れて術を放つ。
 
『セット!セイントビーム!』
 
私は光を『流れ』でかき集めて収縮したものを放つ。
しかし、それは彼の音波で弾かれた。
まるで、その術は何度も見たから通用しないとでも言うように。
彼が私に向かってくる。速い!
身体の向上もしていた。なるほど……どうりでエージェント集団が梃子摺るわけだ。
 
「はっ!やっ!」
 
私はそれを紙一重で避ける。
いや、避けるだけで精一杯だった。
けれど、反撃のチャンスはいくらでもある。
彼の先を『流れ』で感じ取るのだ。
しかし、彼も私の心音を読んで……どこに行けば当てられるのかがわかっているようだ。
すると、彼が離れた。
なんだ?と思った。
 
「栞さん……いいや。栞……!本気を出してみろよ」
 
『あら?それは優勢になったつもりかしら?でも、そうね……』
 
ガーディアンが動き出したか。ここもバレるのも時間の問題ね。
 
『五分で決着をつけてあげるわ』
 
「なっ!」
 
「えっ?」
 
二人が同時に驚愕する。
しかし、私はそんなのは待ってられない。
あと、五分。そうすれば、ガーディアンが到着する。
私は走る。麻生唯には悪いけれど、これも教訓ね。
右手で殴る。左足で蹴り上げる。
 
「がはっ!」
 
「唯様!」
 
『氷雨!』
 
更に追い討ちをかけるように、彼に氷雨を喰らわせる。
氷の雨が彼に向かって降り注いだ。
彼の衣服が破けて……そこから、血が滲み出してくる。
けれど、私は終わらない。
私は水を電気分解して、更に火を放つ。
 
「あれは……やめて!そんなことをしたら、本当に死んじゃう……!」
 
『フレイム・フォトン』
 
私が残酷に告げた後、それは爆縮した。
 
「ぐはぁ!」
 
私の得意な連携攻撃に麻生唯はなすすべもなかった。
しかし、麻生唯はなおも立ち上がる。
さすがに男は頑丈だなと思う。
これがもしも、悪魔なら確実に地獄か奈落へ帰っていた。前に翔子に放った攻撃とは桁が違う。私は本気で麻生唯を殺そうとしているのだ。それだけの威力があったのだ。
しかし、心の底では無意識に手加減をしていたのだ。お兄ちゃんとの約束を未だに守っている自分がいる。
 
「ぐっ!」
 
私は麻生唯の顔をグーで殴る。
麻生唯が立てなくなるまで、何度も何度も殴った。
顔が変形して、擦り傷ができて、鼻血がでて、みっともない姿になっても……立ち上がる。
 
「栞……お願いだから、もう止めて!」
 
何故か、そんな声を聞くと……私は涙を流していた。無表情だけれど、止めたくなってくる。
しかし、止めたくはなかった。私は涙を拭い去り、私は再び術を放つ。
 
『セット!セイントビーム!』
 
今度のは大きい。けれど、彼も負けてはいなかった。私の攻撃を必死で防御する。馬鹿でかい音波で相殺したのだ。
しかし、相殺したと思ったのが運の尽きだった。
私はその光と音を使って『流れ』でかき集める。
自ずとながら、それは……槍の形を模ったものへと変わる。
 
「…………なっ!」
 
『セット…………シャイニング・スピア!!』
 
無数の槍に変わり、彼女に向かって降り注いだ。
 
『五分が経ったわね』
 
私は麻生唯の身体にそう言って、彼の身体に触れた。
私は多分、正しくはない。現にこうやって敵に塩を送るようなまねをしているのだから。
麻生唯に回復を施している最中にガーディアンが到着していた。
 
「ゆ、唯様!し、栞……何をしていたのよ?」
 
『…………あら?静香……彼女たちに伝えていなかったの?』
 
「…………」
 
まあ、伝えていたら……もっと早くに来れるかもしれないけれど。
 
「何の話をしているのよ?」
 
『……麻生唯が私に告白した話よ』
 
「えっ?」
 
「う、嘘よ。唯がそんなことをするわけないじゃない!」
 
「いいえ。本当のことよ」
 
静香がそう言って自力で立ち上がる。
 
「お姉さま!?」
 
「栞……私にも分かったことがあるわ。あなたの言っていることは本当のことね」
 
『ええ。そうよ』
 
「でも、あなたの言うことには矛盾が生じているわ」
 
『えっ?』
 
「あなたが正しいことをすると言うのはわかるわ。でも、だったらどうして、人間を殺すの?」
 
「…………お姉さま!何を言っているのですか?」
 
『…………なんで、分かったのですか?』
 
「えっ!?」
 
すると、そのときだった。彼女が突然、ワームホールを放って来た。突然のことで反応ができなかった。
けれど、私は何とか避ける。後ろに大きく、バックステップを踏むが、彼女が近づいてきて、私を殴った。
 
「今度は水の分身じゃなさそうね」
 
『なっ!』
 
どこにこんな力が?と殴られながら驚愕する。
後ろに大きく吹き飛んだ。
木々をなぎ倒してようやく止まる。
 
「あなた……『唯様が私に告白したのよ』と言ったとき、ちょっと悲しそうになっていたでしょう。あれはあなたの本音。あなたは無意識かもしれないけれど、壊れそうな……いいえ。壊してしまいそうな印象を受けたわ」
 
『…………』
 
「最初は……どうして、そんな顔ができるのか……気になっていたけれど。今のあなたは私と同じだったのね」
 
「ど、どういう意味ですか?お姉さま」
 
「…………彼女は自分の贖罪に気づいているわ。それの償いも……それを私たちに気づいて欲しかったのよ」
 
「…………っ!!」
 
彼女たちが驚愕する。
そうだ。私は自分の過ちに気づいたのだ。
大切な人を殺す。その矛盾に。
そして、私は二度と人を殺さないと誓った。
けれど、その約束を守らないばかりか、『無』を司る私を自由に出入りできるきっかけを作ったに過ぎないのだ。
それ故に……千年ぶりに現れたのだ。
私は結局、怖いのだと思う。
人を殺すのが怖い。
人を突き刺すのが怖い。
人の苦しむ姿を見るのがいやなのだ。
私は人間に殺されても良いけれど、人間を殺すのだけはいやだった。
私は結局……正しくないのだ。いいや。正しくできないのだ。
 
「そうなんでしょう?栞…………」
 
『…………じゃあ、あなたは自分がやっていた過ちにも気づいているわね』
 
「ええ。勿論よ」
 
『私は自分がうまれてこなければ良かったと思っているわ。何のために生まれたのか……分からないまま過ごしてきた。その点……あなた達はいいわね。自分の主のために今まで生きてきたのだから』
 
そう。みんなは麻生唯に従えるために生きてきたのだ。
 
「…………栞……っ!」
 
急に風が舞う。
 
『あなたは私に喜びをくれるかしら?あなたは私に悲しみをくれるかしら?あなたは私に楽しみをくれるかしら?あなたは私に怒りをくれるかしら?あなたは私に……心をくれるかしら?』
 
「…………ええ。もちろんよ。あなたを下僕にして、唯様に仕えさせて見せるわ!!」
 
そう言うと、ガーディアン全員が私に向かってきた。
大丈夫。負けないよ。
私は私の意志を貫く。それが私の意地だった。
 
『2』
 
「人生は謎解きのパズルのようだ。だからこそ、私たちは無限の可能性が生まれてくる」
 
そう言ったお兄ちゃんの言葉を思い出す。前までは分からなかったけれど、今では分かる。
その言葉の意味が。
人生は謎解きのパズルのように複雑だ。特に人間関係についてはそれが主だといえる。
それによって、人を殺すし……人を愛するようになる。まさに無限の可能性といえるだろう。
私はお兄ちゃんの言葉を一字一句覚えている。
無限の可能性……それは私にも備わっているのだ。
お兄ちゃんから教えられたことは多いね。
でも、それは私が生き残るための糧になるのだ。
 
『あなた達……まさか、ガーディアン全員が麻生唯にベタ惚れだとは思っていたけれど、ここまでだったとはね。雛菊……!あなたはまともに戦ってくれそうだとは思っていたけれど、見当違いだったようね』
 
本当にイライラするわ。
ここまで、全員が弱いなんて思わなかった。
麻生唯の堕落が想像できるわね。
 
「ううっ!」
 
「あいたたたた……」
 
「こうなったら、みんな……合体技で驚かしてあげましょう」
 
『…………合体技?』
 
すると、ミシェルが雷を放ち、それを私に当てるかと思いきや、早苗の方に向かっていく。
彼女が帯電した金属で私に向かって攻撃を仕掛けてきた。
なるほど、あの攻撃はやばいわね。触れれば感電してしまうから。
 
『セット!セイントビーム!』
 
「そんなものは喰らわないよ」
 
なるほど。半端な効果のある技なら逆効果というわけか。
 
『あら?じゃあ、これはどうかしら?』
 
「えっ?」
 
私が司るのは『流れ』。当然、水を操るなんて造作もないことだった。
そして、その流れを大きくすることも小さくすることもできるのだ。
故に私が作り出したのは……大洪水だった。
 
『フラッドストリームッ!!』
 
「れ、麗!」
 
「分かっているわよ。このときを待っていたのよ!」
 
『えっ?』
 
まさか、早苗の攻撃は囮。彼女達はこれを狙っていたのだ。
 
「百合、ミシェル……由佳!後は分かっているわね?」
 
「ええ。もちろんよ!」
 
「ああ……」
 
三人が頷いた。私の周りだけが水が無くなった。
いや、違う。ミシェルが電気分解したのだ。
水はH2Oで構成される。それを電気分解すると2H2+O2に分解される。
しかも、大量の水を一気に電気分解すると、どういう現象が起こるか。
そして、その分解した奴を由佳が火を放つとどうなるか。
酸素は当然燃えるし、水素に至っては爆発するのだ。
つまり、私と似た技を彼女たちも使えるということなのだ。
 
「今よ!」
 
私の周りで連鎖爆発が起こる。
水素と酸素が燃えたのだ。
それは当然の結果ともいえる。
私の体が大きく吹き飛ばされる。
しかし、あちこちで爆発が起きているので……倒れることもできない。
前のめりになったり後ろのめりになったりしながら、止んだ。
私は大ダメージを受けてそのまま倒れてしまったのだった。
 
『3』
 
『ゲホッ!がはっ!』
 
私は思わず、咳き込む。
彼女達は強い。さっきは弱いとか思っていたけれど、前言を全て撤回する。
多分、おそらく麻生唯の入れ知恵なのだろうが、それでも、ようやく本気にできそうだ。
 
「どう?私たちも少しは強くなっていたでしょう?」
 
そこには覗き込んでいた麗の姿があった。
 
『…………』
 
「さすがに、全員分の攻撃を受けるときついでしょう?あなたも……さっさと、唯に従えちゃえばいいのに」
 
『…………煩いわよ……それに……』
 
やっぱり、さっきの言葉の撤回を撤回する。
 
「…………っ!」
 
彼女が驚いて大きく後ろに後退する。
 
『こんなことで……私が死んでいると思い込んでいるあなた達が哀れになってきたわ』
 
「なっ!まさか、お前は不死身か?」
 
エリザが聞くと、私はまさかと思う。
私だって、人間という個人には弱いし、こんなにもされたら力尽きて倒れる。
だから、半分はやせ我慢だ。
私はボロボロになったはっきり言って、服の形をしていない服を再生する。
時間の『流れ』を少しだけ戻して……元通りに戻した。
それと同時にみんなが構える。
 
『さて、みんなも注意してね』
 
「えっ?」
 
『黙っていると、死ぬから……』
 
私は水を噴射させる。
矛先は麗だった。
すぐに麗が反応して防御の構えを取る。
水の防御幕を張るが。
凄まじい怒号のような声を雛菊が言う。
 
「馬鹿!麗……避けろ!」
 
その勢いで麗の身体を蹴り上げた。
 
「痛っ!何をするのよっ!」
 
私の出した水の噴射はどこまでも飛んで行き、木々を貫いて、山をも貫いた。
 
「あのまま残っていたら、麗の身体は貫かれていたぞ」
 
『ええ。そうよ。今のは雛菊が正解よ』
 
「相変わらず、恐ろしい発想をするわね。あんた……今の技……絶対にわざとでしょう?」
 
『そうかしら?私が司るのは『流れ』よ。それは……全ての流れを司る』
 
私がそう言うと、木に触れる。すると、その木が腐敗して枯れ木になった。
 
「なっ!」
 
『ここからが真の戦いよ。覚悟はしてね』
 
そう言うと、私は高速で移動する。
 
「えっ?消えた?」
 
「馬鹿!麗……!右だ!!」
 
雛菊だけが反応できている。
さすがは雛菊ね。ここまでで、私の動きを見切れるのはあの人だけだわ。
いや、もう一人いるわね。
私は軽やかにステップを舞い、彼女に向かって剣を振るう。
キィン!キィン!という鈍い音が交錯する。
私は翻りながら、術を放つ。
 
『セイントビーム』
 
一直線に伸びたセイントビームが雛菊を襲う。
 
「雛菊……!危ない!」
 
しかし、間一髪のところで静香に救われたらしい。
 
「あ、ありがとう。静香」
 
「いいえ。そんなことよりも……」
 
私がエリザと戦っている最中に語った会話だった。
 
「ああ。分かっている。私たちはあくまで時間稼ぎなんだな」
 
「ええ。そうよ。唯さま起きるまでの時間稼ぎよ」
 
『エクスプロージョン!!』
 
「がはっ!」
 
エリザが倒れる。
さすがに……力を使いすぎた。
 
『…………はぁ……はぁ…………』
 
しかし、次の瞬間、百合の放った衝撃波が私を襲う。
 
『きゃあああああああぁぁぁぁぁ―――――――――!!』
 
私が悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。もう水分身を作る余裕すらなかった。
 
「さすがに頑丈ね。でも、もう限界でしょう?」
 
妖艶に微笑んで、百合が私に近づく。
 
『…………いいえ。まだよ!』
 
顔が血だらけになる。
さっきの彼女の攻撃でどこかに当たったのか……。
眼が霞む。けれど、まだ……戦える。
剣を支えに立つ。しかし、その剣が消えた。
くそっ!さすがに限界か……。
 
「満身創痍ね。そんな状況で満足に戦えるとでも?」
 
『あら?そんなにも告白されたのがショックだったのかしら?あなたにしてはえらい積極的じゃない』
 
その言葉に切れたのか、百合が私に攻撃を開始する。
 
『無言で攻撃をするということは……本人は自覚をしているということよ。嫉妬は醜いわね』
 
私は避けるので精一杯だったけれど、それでも、彼女を言葉で揺さぶる。
 
「煩いわよ!!」
 
『所詮、あなた達では麻生唯が愛することは敵わぬようね』
 
「…………っ!そ、そんなことはないわ!ボウヤは私を認めてくれたただ一人の相手……上辺だけを見ているあなたとは違うわ……!私たちはそのために戦っているのよ。そして、それを貶すあなたを許さないわ!」
 
私はため息を吐いて告げる。
 
『…………ちょっと、本気を出してあげるわ』
 
「えっ?」
 
私は自分の足かせを外す。
リボンの紐を解く。
すると、見たこともない力が宿ってくる。
 
『これはお兄ちゃんとの信頼の証。これを取るということはどういうことかは分かっているわね』
 
「なっ!まさか……」
 
彼女も気づいたのだろう。私の力が巨大化しているのを。
 
『私が本気を出せば、地球を粉々にできるってこと……少しは理解できたかしら?』
 
私は逆に衝撃波を放って、彼女に攻撃を仕掛ける。
 
「なっ!」
 
彼女は寸前で避けたけれど、見たこともない衝撃で服がボロボロになった。
 
『うん。ちょっと……やりすぎるかもね』
 
「…………参ったわね。勝てないわ」
 
彼女の呟きをも無視して、私は彼女に襲いかかる。
数分後、私は無残にも血だらけになっている彼女を見ていた。
 
『さて。次は誰かしら?』
 
そう言って、私はあたりを見渡す。
すると、麻生唯がゆっくりと眼を覚ますのが見えた。
ここからが勝負ね。と私は髪を掻き揚げながら下へと降りていった。
 
「し……栞さん……」
 
『おはよう……麻生唯。目覚めは……最悪のようね』
 
「おかげさまで……」
 
「唯様……!お逃げください……!!ここは私たちが食い止めますから」
 
『あら?あなた達ごときで私に敵うかしら?』
 
「…………百合さん。エリザヴェータさん。雛菊さん…………」
 
麻生唯の怒りがどんどん膨れ上がっていくのを感じた。
なんだ?怒っているのに笑顔って。
そして、みんなの名前を呼んだ後、辺りを見回して……叫ぶ。
 
「栞っ!!」
 
その大音量に私は思わず耳を塞ぐ。危なッ!もう少しで鼓膜が破れるところだった。
 
「どうやら、あなたは完璧に雌奴隷にしないといけないみたいですね!!」
 
『あら?怒っているのに……その笑顔はなんなのかしら?説得力がないわよ』
 
「あわわわわ。私……知らないわよ。あれがある唯は絶対に無敵なんだから」
 
実際、私も少しだけびびっている。麻生唯の大音量の声とあの笑顔だ。
あれはタガが外れた人の笑顔だ。
完璧に切れている。
 
『セット!セイントビーム!!』
 
私は間髪いれずにセイントビームを放つ。それは一直線に麻生唯のところへと行く。
 
「喝っ!」
 
『えっ!?気合でかき消した……?』
 
すると、彼は一瞬で私との距離をゼロに縮めて……音の剣を出した。
私は避ける。危なかった。もう少し、反応が遅かったら……私の身体は真っ二つに割れていた。
どうやら、彼には私の全てをかけてでも倒さなければならなかった。
それはヴェガを葬り去った術。ゴット・セイバーだ。
問題は術を撃つタイミングだ。
あれは面積が運動場くらいあるものと推測していい。
ヴェガのときは五十メートルくらいだったけれど、今度は私も成長している。能力も安定しているのででかそうに見える。
ヴェガのときはヴェガが空中にいて、しかも相手がデスボールを放ったために発動が好条件だった。
しかし、今度の相手は麻生唯。しかも、今、放ってしまうと……確実に地上に当たってしまう可能性が高い。そうなると、多数の死傷者が出るどころか、この星ですら原型をとどめないかもしれない。
しかし、私はため息を吐きながら言う。
 
『…………仕方がないか』
 
「えっ?」
 
麻生唯が驚く。何を考えている?そんな顔をして考えていた。
 
『…………もう、人間や天使がどうなろうが知ったこっちゃないです』
 
そして、上空へと高く舞い上がる。
 
「あ……ま、まさか!」
 
『全ての光に存在するものよ…………私に力を貸して』
 
それは地球上全てに存在するエネルギー。太陽、月、海、空、雲、山、木、土、花や草など。切りがないエネルギーを『流れ』でかき集める。
私は迷いがない。あるはずがなかった。
 
『たとえ……ここで私が死んでも転生されるだけです』
 
死んでもいい。ひょっとしたら、転生できないかもしれない。何故なら、全てを滅ぼすから。
それでも、力を貸してくれる?私がそう思ったとき、光が私の元へと集まった。
ひょっとしたら、みんなも同じ気持ちだったのかもしれない。
木は切り倒れて、海は死に、太陽は膨張を続けるばかり。草や花は枯れ、山や土は削られるばかりだ。
そんな気持ちのこもったものを彼等にぶつけてみるのだ。
 
『な〜んだ。結局……みんなは私と同じ気持ちだったということか』
 
私は人間だけど、言わば使者みたいなものだ。いや、『伝える者』といえばいいのか。
 
『だったら、みんなで伝えてみようか。私よりも愚かしいものがいると言うことを』
 
「そんなことはさせないよ」
 
そのとき、麻生唯が現れた。
 
『…………なるほど、楓に風で送らせてもらったのか……器用なこともできるのですね』
 
あれは相当の技術が要る。私では無理に近い。
 
「……栞さん。こんな無意味なことはもう止めようよ」
 
『無意味ですか?』
 
「そうだよ。こんなことをして喜ぶのは悪魔だけだよ」
 
『…………麻生唯……人間は愚かで狡猾です。そして、私も同じなのですよ』
 
「えっ?」
 
『私やガーディアンは人間と同じように暮らしてきました。そして、私は化け物と罵られ、蔑まれてきました。唯一、私を理解してくれる人も私が殺してしまった。私は不幸を呼ぶ存在なのです』
 
「そ、そんなことないよ!栞さんはそれでも、人に尽くしてきたんでしょう!?」
 
『……初めて、あなたから告白されたとき、本当は嬉しかった。こんな私を必要としてくれる人がいる。でも、それ以上に残念で悔しかった。どうして、今の私なんだろうって……昔の私に告白されたら、こんなことをしなくてもよかったかもしれないのに…………』
 
「……えっ?」
 
「だから、これは私の我が儘です。私の最強最大の術で死んでください」
 
それは……私が自らの声で放つ死刑宣告だった。
そして、私はそれを放つ。
麻生唯との会話で全てが完遂していた。
 
『ゴット・セイバーッ!!』
 
みんな……!ごめんなさい……!!私も一緒に死んであげるから!
そう思い、面積が運動場並みの巨大な剣を放つ。
思いっきり手加減なしの全力全開の一撃だった。
 
「くそっ!」
 
麻生唯が下へと降りていくけれど、気にならない。
私は混濁する意識の中で世界が崩れていく中で思う。
さようなら。麻生唯……と。
 
その日……世界は終焉を迎えた。











     




















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