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私は怖かった。
 
お母さんが死んでしまったとき、本当は怖かった。
 
けれど……。
 
あなたがいてくれたから。
 
私は私でいられたの。
 
『1』
 
東京駅前の広場。そこには、一人の少年が佇んでいた。
麻生唯である。
彼はいつもの綺麗なパーカーを羽織っており、芽衣のお気に入りのジーンズをはいている。
さて、彼は時計と周囲を見渡しながら、一人の少女を待っていた。
さすがに、昨日は夜も眠れなかった。いくら美女のガーディアンがいるとはいえ、興奮して眠れなかったのである。今日は前々から約束していた栞とのデートの日だったのだ。
本当はガーディアンの皆には秘密にしておきたかったのだが、つい話してしまったのだ。
けれど、まあ、付いて来るなときつく命令したので、大丈夫だと思うが。
しばらくすると、背後から声がかかった。
 
『おはようございます。麻生唯』
 
そこに現れたのはビックリするほどの綺麗な美少女だった。
 
「お、おはよう。栞さん」
 
『なんですか?その眼は……?思わず、人のお風呂を勝手に覗き込んだみたいな感じです』
 
「あっ!いや……」
 
そう言って慌てて目を逸らす。しかし、改めてみると、他のガーディアンよりも美しい格好だった。
ピンクのドレスを身に纏っており、彼女らしい無表情でも可愛いとされる雰囲気を漂わせている。
髪の毛もおろしており、おかっぱ頭みたいな感じが逆に日本人形を思わせていた。
元来、ガーディアンは主のために美しさを重ねるために色々と研究を行ってきたけれど、目の前の少女は素でも美しいのではないかと唯は思ってしまう。
 
「綺麗だなぁ……と思って」
 
『そ、そうですか。ありがとうございます』
 
「うん。それじゃあ行こうか?」
 
『はい……』
 
そう言うと無表情だけれど、返事を『流れ』という彼女独特の能力で返す栞がいた。
 
『2』
 
デートは本当に楽しかった。
彼と彼のいつも行く店に行ったり、ゲームセンターに行って遊んだりしていた。
ただ、時折何故だか、寂しくなる。それはエルーノがいないからでも、翔子がいないからでもない。しかし、その理由が分からないのだ。
ただ、漠然と寂しくなる。
 
『麻生唯』
 
私は立ち止まって、麻生唯の名前を呼ぶ。
 
「何?」
 
『こんな私といて楽しいですか?』
 
「えっ?」
 
『私は無表情だし、ちっとも楽しそうに見えない私を誘うのは楽しいですか?』
 
「栞さんは楽しくないの?」
 
『そんなことはありませんが、麻生唯が私のために明るく振舞っているのではないかと』
 
「楽しいよ」
 
聞き取れなかった。聞き違い出なければ、今彼は楽しいと答えた。
 
『えっ?』
 
「楽しいよ。栞さんが無表情でも、心の声は僕に伝わってくるからね」
 
やっぱり、楽しいと答えた。そして、その理由も納得できる。
 
『そうですか。そういえばそうでしたね』
 
彼は音を操れるから、私の心音を聞いたのだろう。
 
「栞さんの心音。とても綺麗な響きだね。緊張しているのに、それを隠そうとしている」
 
緊張しているのは本当だ。初めてのデートなのだから。勿論前世でも何度かデートというものはしたことがある。新婚旅行みたいなこともしたし、その時は私自身それほど、緊張しているわけではないのだ。
では、今、緊張している理由はなんなのか。
それは多分、相手が麻生唯だからなのだろう。
 
「今回のデートで分かったことがあるよ。栞さんの無表情のわけが……」
 
『えっ?』
 
「栞さんはデート中ですらも、常に無表情だった。心音は緊張しているのに。考えられる理由は一つしかない。それは無表情ではなくて、本人でも無意識のうちに表情を隠しているからじゃないかな?」
 
『…………』
 
私は何も言わない。黙って麻生唯の言葉に耳を傾ける。
 
「その理由は分からないけれど、多分、本質はそこじゃない気がする。栞さんがどうして表情を隠しているのかではなく、どうしてそれだけ緊張しているのに、綺麗な響きなのか。ずっと考えていたんだ」
 
『…………ひょっとして、初めて廊下でぶつかったときから?』
 
「うん。最初はガーディアンだから、そうなんじゃないかな?と思っていたんだけど。違った。栞さんは過去に人に殺され続けて転生を繰り返してきた。そんな人が……心の音色が綺麗なはずがない。そして、『無』の能力者の存在を知って分かったんだ」
 
『…………』
 
「栞さんは幼いころにはもう感情を麻痺していたんだ」
 
私の心の中はいつもドロドロだった。
 
『…………何ですって?』
 
「…………心音が少し上がったね。本人も認めたくないほどに興奮しているけれど。それを抑えているね。すごいよ。栞さんは立派だと思うし、凄いと思う。僕だったらとても耐えられないよ。そうやって、自分の感情をゼロにして生きてきたんだね」
 
全ての静寂が時を止めていた。
私の中にある。心の塊。それが一気に噴出しようとしていた。
しかし……。
 
『…………麻生唯』
 
「…………っ!」
 
麻生唯が驚きを見せる。私にも分かったことが二つあった。
 
『……一つだけ、間違いを指摘してあげましょう。私はあなたが思っているほど、堅固な性格でも……ましてや立派な性格など持ち合わせてはいません。それはたとえるなら、泥水といったところでしょうか?』
 
「…………えっ?」
 
それはさっきの答え。私が緊張しているわけと。寂しいといった理由だ。
 
『黒く濁っているわけでも、透き通っているわけでもない。泥を取り除けば、水は綺麗になり、逆に泥を被せれば、黒く濁ってしまう。そんな性格なのですよ。私の場合は……泥を取り除いてくれたのはお兄ちゃん。そして、黒く濁らせてしまったのはヴェガ。私はその両極端に生まれてしまったのだから、だからこそ、感情を隠すことが出来たのかもしれませんね』
 
それは、両方とも同じ答えで……。
 
「両方であり、両方でないから、感情を隠すことが出来たと。そう言うことですか?」
 
『少し違いますね。泥水はたとえ話。多少黒く濁っても下に溜まるだけです』
 
彼は透き通っている水そのものだ。言うなれば、ガーディアンにとっては危うい存在。
 
「じゃあ……どういうことなのですか?」
 
『簡単ですよ。凄く簡単な問題でした』
 
「えっ?」
 
答えの分からない彼に私は教えてあげる。
 
『あなたの存在が……私の感情をゼロにするきっかけを作ったのですよ。麻生唯』
 
私は麻生唯を指差しながら、はっきりと宣言した。
心地よい風が……私たちを包み込む。
それは冬の到来を告げる冷たい風か。
 
『3』
 
「えっと。どういうこと?」
 
公園のベンチに座っていた麻生唯が聞いてきた。
 
『知っているとは思いますけれど、私たちは長い間、悪魔と戦い続けてきました。その過程の中で私もガーディアンの主を守る。ということが多くありました。でも、私は廃棄ナンバーだから、私はガーディアンの一員にはなれません……』
 
「まさか……」
 
『そうです。私はあなたとガーディアンに嫉妬していたのですよ』
 
さっき、寂しいと思った答え。そして、緊張しているわけ。そして、彼に言った言葉。『あなたの存在が……私の感情をゼロにするきっかけを作ったのですよ』の答えでもある。
寂しいと思ったのは……ガーディアンが麻生唯とこんなところに連れて行ってもらっているという嫉妬から。緊張しているのと彼に言った言葉の真意は……前の泥水の話に戻るけれど、私は麻生唯になりたかった。彼の清らかな水のような存在になりたかったのだ。
けれど、なりたいけど、なれない。どうやったらなれるのかも分からない。だから、緊張していたのだ。
 
「で、でも、栞さんには立派な能力があるじゃないですか?」
 
『そういう嫉妬とは少し違いますね。別に能力とかは関係ない。私は素のあなたが羨ましいと思います。能力とかは単なる力の差にしかなりません。でも、私は力が強すぎたから、あなたみたいな性格にはなれなかったのかもしれませんね』
 
私は飲み干した空き缶をポイッと投げ捨てる。それは弧を描いて、ゴミ箱の中にジャストミートした。
そして、麻生唯に振り返ると、麻生唯が言う。
 
「でも、僕は栞さんに嫉妬していますよ」
 
『えっ?』
 
「だって、栞さんは僕にない力を持っていますし、その力も強いし、僕なんか……多分、歯が立たないと思う。今だって、練習はしているけれど、ちっとも上手くなんかなれない。何も変わっちゃいないんだ。頭でっかちになっただけで僕は弱くて情けない人間のままだ」
 
それは彼自身の本音だった。
 
『…………前にも……翔子でしたっけ?言いました。私の力なんて持っていても、悲しいだけです。私の強すぎる力は逆に世界を滅ぼしかねません。だから、持っていてもその強すぎる力はいずれ、人を殺します』
 
「…………栞さん」
 
『……私は今だからこそ、思うときがあるのです。こんな私がいなくなっても世界は変わらない。まあ、多少は悪魔の数が増えるかもしれませんけれど。それも、ほんの一時だけに過ぎない……でも、私がいたら……世界は…………』
 
「栞さん!ストップ!!」
 
『…………』
 
私は言うのをやめた。
 
「栞さんがいなくなったら、僕もみんなも悲しむと思う。だから、いなくなっても……なんて仮説は使わないで……」
 
『ちょっとタガが外れれば、この星なんて塵に化すこともできます。私は怖い。いつか私がこの星を壊してしまうのではと……そう思っていたら……こんなこと……麻生唯にも話しても分かりませんね』
 
もしも、私がこの星に失望していたらと思うと、ゾッとするような発言だった。
私は……本当はこんな力なんて持ちたくなかった。
 
「栞さん…………」
 
『ごめんなさい。デートの続きをしましょうか』
 
そう言うと、私は彼の手を引いて連れ出した。
 
『4』
 
麻生唯の頭の中は混乱していた。
先程の緊張とは打って変わり、栞の心の声は悲しみだった。
しかし、それは栞が唯やガーディアンに嫉妬していることを唯に知られたということではなかった。栞に話させたという時点で間違っていたのだと。唯は気づいた。
きっと、今でも気に病んでいるのだろう。自分が廃棄ナンバーだということが。
他のガーディアンと変わらない。けれど、主の言うことを聞かないという点でほかとは明かに逸脱している。
ひょっとしたら、自分の存在が栞にとってはかなり、嫌な存在なのではと思ってしまう。
どうすればいいのか分からない。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。というかそもそも、どうしてこういう風になってしまったのだろう。
そこまで考えて、麻生唯は思い至った。
あっ!そうかと。自分でもあきれるくらいに明確な答えだった。
目の前の少女が好きなのだ。
この気持ちだけはどうにも揺るがなかった。
だからこそ、彼女をガーディアンのようにはしたくなかったのではと、今になって考えてきた。
でも、今は違う。彼女を正規のガーディアンにしたい。
いや。違う。彼女をこのまま廃棄ナンバーにするのは嫌だった。
廃棄ナンバーなんて名前を彼女に与えるのは嫌だった。
その理由は分からないけれど。
そのやり方すらも分からないけれど。
栞さんのことが好きだって気持ちは揺るがなかった。
もうすぐで、デートが終わる。そうなったら、栞さんと別れなければならない。別に明日、学校に会うときでもいいのだけど。
そんなことは自分の信条に反する。というより、このもやもやの気持ちが治まりきれないのだ。
 
『……もうすぐ……こんな時間も終わり……なんですよね?』
 
栞が唐突に言う。もう外は夕日に差し掛かっていた。
 
「…………えっ?」
 
『私はこの季節が好きです。秋には紅葉が生い茂り、冬に近づくそのときを待っているかのような……この感じがたまらなく好きなのです』
 
「栞さん……」
 
彼女はブーツでアスファルトを……枯葉になった公園の通りを踏みしめて歩く。
だが、その時だった。近くで大きな声がした。
 
「志摩子様!志摩子お嬢様ではございませんか!?」
 
『えっ!?』
 
あまりの驚きに栞が振り向いた。
その人は初老の男性だった。全身黒のタキシード姿でまるでどこかの執事みたいな服装だった。
 
「ちょっと、おじいさん。人違いじゃないの?」
 
『いいえ。人違いとは違うかもよ』
 
「えっ?」
 
『私の名前は小松栞よ』
 
「小松……違いましたか。すみません」
 
『志摩子は私のお母さんの名前よ』
 
「ええっ!?」
 
「なんと!?」
 
『まあ、積もる話もなんだから、喫茶店に行きましょう。麻生唯もそれでいいでしょう?』
 
「うん。良いけれど」
 
それにしても、栞のお母さんって会ったことがないから分からないけど。
栞さんに似ている?
分からないけど……そんな気がした。
 
『5』
 
喫茶店では店員さんでも引く程度の重い空気が流れていた。
いや、彼の気持ちは分からなくはないんだけれど。
それにしても麻生唯も何故に重くなる必要があるんだろう。
 
『なるほど。霧島雄一郎さんね。あの藤原家の執事さんをしてらっしゃるのね』
 
自己紹介が済み、私たちはお互いを確認しあった。
藤原家といえば、芽衣にも劣らないほどの金持ちで……元は華族だったとか、今は後継者争いをしている……とかいう。
まさか、そこのご令嬢がお母さんなんて思わなかった。昔、駆け落ちをしたとか言う話だったけれど。
 
「……はい。もう……二十年ぐらいも昔のことでございます。志摩子お嬢様が家をお出になられたのは……」
 
『家を出た理由は?』
 
「旦那様との間でトラブルがあったようです。多分、許婚の問題でしょう」
 
『お母さんがお父さん以外に男の人がいたの?』
 
「……はい。それに反対したお嬢様は家を出て…………以来、お嬢様はいなく……なられ……ました」
 
そう言って彼は泣いてしまった。気持ちは分かるけどね。お母さん死んでしまったし。
 
『なるほどね』
 
「ところで、あなたのお父様の名前は?」
 
『確か、小松……雄二だったと思うけど……』
 
「なるほど。やはりあの男でしたか」
 
『そのお父さんのことも知っているのですね』
 
「ええ。数学者でよく全国を飛び回って講演を開かれたそうです」
 
「そう言えば、栞さんのお父さんって昔、数学者だったんだよね?」
 
『ええ。お兄ちゃんからはそのように聞いているわ』
 
「数学者としては勿論、性格も優しい男でした。そんな男に志摩子お嬢様が惹かれたのかもしれませんね」
 
『お母さんはどうだったの?』
 
「志摩子お嬢様は清楚で可憐で、素晴らしいお嬢様でした」
 
『そうだったんだ……』
 
「ピアノが得意で……学校の成績も常にトップクラスでした」
 
「栞さんと同じですね」
 
お母さん……か。いままで、漠然と意識したことがなかった。
それは悪魔を狩って忙しかったからでも、学校の授業に身を投じたからでもなかった。
ただ、単にお母さんのことを忘れていたのだ。
そして、今日の日を迎えた。
 
「それにしても、どうして……栞さんがお母さんに似ているなんて分かったんですか?」
 
『服…………ですね』
 
「……えっ?」
 
『この服……昔、お母さんが着ていたもので……それ以来、着ることがなかったのですが』
 
「その通りでございます。その服は私自らが仕立て上げたものでして、大きくなっても着れる服がいいという志摩子お嬢様の願いを叶えて差し上げたものです……」
 
「えっ?この服……あなたが作ったのですか?」
 
「いいえ。服をデザインしただけでございます。だからこの服は志摩子お嬢様にしか着れなかったのです」
 
『そうだったんだ』
 
これはお姉ちゃんでも着れなかった……。
多分、私とお姉ちゃんの間では腕の長さとか腰回りの長さとかで個人差が生まれて、どうしても着ることができなかったのだ。ということらしい。
それにしても個人差があるって、言っていたけれど。
 
『でも、おかしいじゃないですか?お母さんが大きくなっても着れるようになっているのに……どうして、お姉ちゃんが駄目で、私が着れるのですか?』
 
実際にサイズもぴったりの私の服を見てみる。細かい刺繍が施してあるけれど、綺麗な柄だった。
なんていう柄なのだろう。と私が思っていると。
 
「それは……志摩子お嬢様がお召しになられて、願掛けを行ったからでございます。信じられないかもしれませんが」
 
『えっ?』
 
願いを込める。って、どんな願いを込めたのだろう?
 
「栞様と言いましたね。実際に着てみていかがでしたか?」
 
『すごい温かいよ。それに、お母さんの気持ちが伝わってくる。私……お母さんに守られているって実感がします』
 
「それはようございました。もし、よろしければ……お屋敷の方に来ていただければ、色々な……志摩子お嬢様の服も用意してございますけれど……多分、栞様に着てほしくて残して欲しかったのだと思いますけれど……どうなさいますか?」
 
『えっ?それって……お母さんの実家に帰るってこと……ですか?』
 
お母さんの実家に帰る。予想にもしなかったことだ。
 
「…………ええ。そうなりますね」
 
「ちょっと待ってください。栞さんのお母さんって随分前に家出をしたのですよね?」
 
『……まあ、そうなるわね』
 
感動のご対面というわけには行かないだろうね。私は麻生唯の言葉を受けてそんなことを思った。
 
「……大変、申し訳にくいのですが、実は旦那様はご病気で……余命が一年とされています……私もそんなわけでお恥ずかしいのですが休暇をいただいてくれたわけですけれど」
 
『えっ?そんな……お祖父ちゃんが病気だなんて……』
 
道理で最近、後継者争いとかがニュースで頻繁に出されているわけだ。
 
「ですから、その前に会っていただきたいというのも私の願いなのです」
 
『そうだったのですか……』
 
私は胸を抑えた。
 
「勿論、今の生活を壊したくないという気持ちも重々承知しています」
 
『…………少しだけ、考えさせてください』
 
「……分かりました。もし、考えを改めましたら、ここに電話をください。使いの者に行かせますから……それからもう一つ……このことはくれぐれもご内密に……もしも、バレたりしたら、あなた様の命まで関わります」
 
そう言うと、彼は名刺を渡してくれた。
 
『ありがとうございます』
 
私はそれを受け取り、私たちは退席した。
 
『6』
 
言うタイミングを脱した。
栞は彼からの名刺を受け取ったあと、それを大事そうにかばんの中にしまった。
まさか、行くつもりなのか?
分からないけれど、栞さんが行くなんて……そんなのは嫌だと思う。
大体、彼女の実家に行くということはひょっとしたら、転校なんてことになりかねない。
 
「栞さん……」
 
唯は栞の名前を呼ぶ。
 
『何ですか?麻生唯』
 
「その……いくつもりなのですか?」
 
馬鹿か僕は……いきなり単刀直入に聞く馬鹿がどこにいるんだ?と麻生唯は自分のことを恥じた。
でも、聞きたかった部分でもある。
 
『分からないわ。お姉ちゃんに聞いて……でも、最終的な決断は自分でやろうと思う』
 
その口調は自分の口からは言えない。と言うことらしい。それもそうか。彼女を愛してやまない少女たちがいるのだ。
栞さんも葛藤の末に決めるということらしい。
 
「あの……栞さん」
 
『……何ですか?麻生唯』
 
「好き」という言葉が出てこない。
 
「もしも、僕が行って欲しくないと言ったら、栞さんはどうしますか?」
 
また、自分の言葉に恥じた。と言うより、いつものガーディアンとは違うってことを忘れていたのだ。目の前の少女はそんなことを求めているわけじゃないのに。
しかし、栞は意外な反応をした。
 
『どうして、そんな顔をして聞くのですか?』
 
栞の鼓動が速くなるのを唯は感じた。どうやら、目の前の少女も興味本位で聞いたわけではなさそうだった。
それと同時に唯の鼓動も速くなる。
 
「それは……栞さんのことが好きだから」
 
とうとう言ってしまった。
 
『7』
 
どうやら、目の前の少年は自分のことが前から好きだったらしい。
麻生唯が真っ赤になって言ったとき、私は察した。
私の事が好きだから、行って欲しくない。
言わせるんじゃなかった。と、後悔した。
ある程度の予想はしていたけれど、まさか、自分を好いてくれる人がいるとは思わなかった。それだけ価値のある人間じゃなかったから。
私は今まで、人に殺されてきたのだ。価値なんてないに等しい。
人間に恐れられ、私自身も人間を恐れて、今まで自分の価値なんて見出せずにいたのだ。
私は苦悶の表情を浮かべる。私では彼を幸せにすることなんてできないし、無理だ。
 
なので……。
 
『麻生唯……ごめんなさい』
 
向こうも予期せぬ答えだったらしい。
 
「えっ?」
 
と言ったまま、呆然と固まる麻生唯。
 
『私のために主の責任を果たしてくれるのは嬉しいです。でも、私は……それほど、弱い女ではありません。私は無理をしているわけではありませんが……それは……』
 
「ち、違うよ。僕は栞さんと主とかそう言うのじゃなくて……普通の一人の女性と思っているだけだよ!」
 
一人の女性と思って愛していると。
 
『なら、それをガーディアンのみんなにも向けてください。私は……自分の力が怖い』
 
「えっ?」
 
今更、何をと聞いているように聞こえるけれど。
 
『私のこの力が人間に危害を及ぼすことがあるかもしれません。だから、私はあなたを愛せません』
 
多分、私がこの人を好きになったら、この人を殺すかもしれないと。
たとえば、両方が共倒れするとき、自分を殺して欲しいとき……彼は迷わず選択するだろう。私を殺す奴がいればの話だけれど。
私は彼に生きてて欲しい。たとえ、私を失ってでも。
でも、もしも、好きなってしまったら、彼は私のために死ぬことすらも厭わないだろう。
私はそれが怖いのだ。
端的に言えば、私のために無茶をしないで欲しいということなのだが、彼にしてみれば良くあることだった。だから、私は自分の力が怖い。
 
『すみません。麻生唯。そして、ありがとうございます。私を好きになってくれて』
 
「…………」
 
私はそのまま別れた。麻生唯を置いてけぼりにして。
大丈夫。たとえ、躓いても……私なら辿り着く……だから、泣かないよ。
 
『8』
 
本気で彼女のことが好きだったから、泣いてしまった。
相変わらず、秋の空は寒くて……凍え死んでしまいたいくらいだ。
その場で唯は崩れ落ちた。
痛い。人はその痛みから立ち直れるとは言うけれど。
唯には無理だった。
本気で彼女のことが好きだったから、愛していたから。
だから、お昼ご飯を一緒に食べたり、デートに誘って……本当の気持ちを彼女にぶつけたのに……結局、彼女には敵わなかった。
 
弱い自分が情けなかった。
 
痛みに耐え切れない自分が惨めだった。
 
本当のことをもっと素直に言えばいいのにそれができない自分が嫌だった。
 
栞が行ってしまうけれど、唯には止められなかった。
 
それは麻生唯にとっては苦い経験でもあり。
 
初めての敗北であり。
 
初めての失恋だった。
 
『9』
 
「唯君……どうしちゃったのかしらね」
 
由佳が口に出すと、芽衣も言う。
 
「ええ。唯様……あれから、ご飯も食べないのよ」
 
「これは栞とのデートに何かあったわね」
 
ミシェルが楓の出ている試合を見ていてせんべいをぼりぼり食いながら言う。
 
「ひょっとしたら、栞が何か粗相をしたのでは?」
 
「ありえるわね。あいつはボーっとしていることが多いから……知らない間に彼を傷をつけることがあるわ」
 
麗が何度も頷いて言う。これは度々あったことだが、栞は言わば、直球に物事を言うことが多い。聞いているものが引くくらいに直球過ぎるので、だからこそ、怖いのだ。
 
「誰か、落ち込んでいる理由を聞いてくれないかしら?」
 
「それなら、さっきお姉さまが出て行ったよ」
 
「そう。静香なら大丈夫ね」
 
彼女は的確に物事を捉えて話すことができる達人だ。
栞以外では、彼女が次に相談する相手として、最適だ。特に栞のことを知っている人は彼女のほかに置いていない。
それだけ、彼女のことを信頼しているということだった。
 
『10』
 
静香がドアをノックした。
 
「唯さま……開けますよ」
 
そう言って、静香がドアを開けた。
 
「静香さん……」
 
「さっきから、ご飯もまともに食べていないでしょう。何か、栞とのデートの最中にあったのですか?」
 
「…………」
 
麻生唯は何も言わない。いや、言わないのではなく、言えないのだ。
言ったら、あのことを思い出しそうで……。
怖いのだ。また泣いてしまいそうで……ガーディアンのみんなには強い自分を見せなくちゃいけないから。
しかし、だからと言って、「別に……」と怒っても……彼女たちは納得しないだろう。
それだけの身体を重ねあってきた仲だから、それくらいは分かる。
長い沈黙が降りる。彼女がベットの横に座って、じっとしている。
 
「唯さまは優しいから、きっと、栞が何か粗相をしたのでしょうね」
 
「違うよ」
 
そこだけははっきりと否定した。
 
「えっ?」
 
「きっと、悪いのは僕の方なんだと思う。その……栞さんの気持ちとかを考えたことがなかったから」
 
「…………栞は廃棄ナンバーだということを悔いている。そのことに何か関係があるのですか?」
 
栞には敵わない何かをやったのだろう。と、静香は思っていた。
 
「うん……実は……」
 
そう言ってようやく話す気になってくれたらしい。麻生唯も泣いてしまう覚悟で言う。
 
「栞さんに告白して振られた」
 
唯が話した内容は静香が驚くようなことだった。
 
「…………えっ?ええっ!?」
 
しかし、同時に納得がいった。
唯が落ち込んでいる様子。それが目の前に現れたのだ。人に振られるって、それだけ落ち込むというものだ。と改めて唯は思う。
それから、唯は今までのことを話した。デートにあったことや告白のことを全て話した。
だが、それは懺悔に近い。
 
「でも、結局、栞さんのことを何も知らなかったから、振られた……」
 
「そうだったのですか……」
 
「ごめんね。みんなに迷惑をかけてしまって」
 
「い、いえ……でも、明日は学校ですよね?いかがなされますか?」
 
「…………休む」
 
「分かりました。芽衣には私から言っておきますね」
 
「……ありがとう」
 
しかし、どうしてだろう。と静香は思う。
唯さまはこんなにも素敵な人なのに……どうして彼女は振ったのだろう。
考えれば考えるほど、分からなくなってくるのだった。




     




















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