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私はいつだって一人だった。
 
一人ぼっちの夜。
 
孤独な夜。
 
でも、それを埋めてくれたのは……あなただったのですよ。
 
『1』
 
私が彼女……水無(すいな)と最初に出会ったのは鵺(ぬえ)という魔物を相手にしているときだった。
当時の私は能力としては最強として誇っていて、それでも、どうして戦わなければならないのか?それを自問自答している時期でもあった。
鵺とは夜に現れる大きな触手と牙を持った当時でも珍しい大型の魔物だった。
今では……鵺は上級悪魔と指定されているけれど、当時の私でも手を焼く相手だった。
何しろ、鵺はその巨体の割には素早くて……とても、私だけでは無理でした。
それに当時は幾度となく、戦と殿様の相手をしてあげないといけないわけで……それで疲弊をしきったときだった。
鵺が現れて、私と殿様を襲い始めたのです。
私は対抗しましたが、それでも……相手は三体。一体でもやっとなのに……三体同時に現れて……私はもう駄目だと思ったわ。
でも、そのとき、彼女は急に現れたの。
 
「全く……何をやっているのよ。美月」
 
頭の奥底にまで響く声。
 
「えっ?」
 
あの鵺が異常に警戒していた。
 
「最強の能力者とも呼ばれたあなたがよもや、こんなところで死ぬなんてらしくないわよ」
 
それは間違いなく、私と同じ能力者だった。
でも、彼女は誰なんだろう?
そして、彼女が再び言った。
 
「私の名は水無……!『流れ』を司るものよ」
 
「流れ……?まさか、廃棄番号!?」
 
「鵺よ。貴様の安寧の場所は無い。大人しく散れ!」
 
彼女が言ったとき、鵺の三体のうち一体は消えてなくなった。
 
ビエエエエェェェェェ!!と奇声を発して……鵺の一体が殿に向かっていった。
まずいと思った。
私は何とか、体勢を立て直して、奴に組みかかろうとするが、そのときだった。
 
「死ね!」
 
いきなり、彼女が追いついたと思ったら、一迅にして切り捨てた。
 
「まずい!水無!もう一体が……!」
 
私が叫んだ。もう一体が逃げようとしている。
 
「フン……逃がしますか!」
 
そう言うと、彼女は持っている武器を思いっきりぶん投げた。それは弧を描いて鵺の頭に命中する。
彼女が使う『流れ』は単純なものだ。相手の『流れ』を感知して攻撃をする。最初のころなんて……ガーディアンの中でも最弱と言ってもよかった。そのせいで、廃棄番号になったと思ったから。今でも、ガーディアンとは度々、顔をあわせることはあるけれど、廃棄番号とは、顔を合わせなかった。
なのに、今の彼女はかなりの驚異的なスピードで成長しているというのか。
私でさえも梃子摺ったあの鵺でさえも、まるで子ども扱いだった。
ただ、今の彼女は強い。私よりも。
 
「全く。何を呆けているのよ。最後に会ったのはいつだったっけ?」
 
「四百年くらい前の大化の改新以来かしら?」
 
「ああ。そうだったわね」
 
「…………あなた何故ここに?」
 
「…………?決まっているでしょう?」
 
「えっ?」
 
「悪魔を殺すためなら、どこにだって現れるわ。今回はたまたま……あなたの傍にいて、あなたが死にそうになっていたから、代わりに殺してあげたというわけよ。だから、勘違いしないで……別にあなたを助けてあげたわけじゃないわ」
 
そうだった。彼女はそういう性格だった。
彼女は常に孤独だった。
まるで、今の京みたいな性格だった。
誰の主にも従わずにいる。だから、ナンバーを破棄された人。
それが水無という人物だったのだ。
 
『2』
 
「栞様が……孤独?」
 
静香は早苗が出してくれたお茶を啜りながら、翔子の言う疑問に答える。
 
「ええ。今でこそ、あなた達を信頼しているようだけれど。当時の私達は互いの仲間さえ、信用できない世の中だったのよ。まあ、私の場合は早苗が居てくれたから、良かったけれど……栞はその中でも、群を抜いて……他の仲間と仲が悪かったの。特に当時の麗とは」
 
流れと水は相性がいいはずなのに、それでも彼女達は共闘を組もうとは考えなかったのだろう。それはプライドとか、そういう問題だった。
話の流れから、そんなことを唯は察した。
 
「う〜。で、でも、それは早苗だって、芽衣だって同じでしょう?」
 
暖かいソファーで寝ながら麗が言うと。
 
「でも、確かに……私たちがあのとき、栞と共闘を組んでいれば、確かに最強のコンビになっていたかも知れないわね。今だから言えるけれど……主なんていらなかったような気がするわ」
 
客観的に早苗が答える。それは千年間連れ添った恋人がいるから言える意見なのか。どうにも唯に分からなかったけれど、それでも今の栞の強さからしてみたら、納得ができた。もしも、彼女がガーディアンの正規ナンバーに選ばれたなら、彼女はきっと、静香をも超える最強のガーディアンになっていたかもしれないと。
そういえば、前に栞が言っていたことを唯は思い出す。
 
「そう言えば、栞さんは自分の力が強すぎるから、ガーディアンのメンバーに選ばれなかったとか何とか言っていた気がするね」
 
「それもあながち間違いじゃないかもしれませんね」
 
と芽衣が同意しながら、続ける。
 
「でも、当時は栞は弱くて、本当に足手まといにしかなりませんでした。どこで、あんな力をつけたのか」
 
「それは一体……いつからなの?」
 
「具体的な年月までは覚えていませんが……急に強くなったと感じたのは……千二百年ぐらい前からですが……それよりも今は『無』の能力者のことですね。すみません。話を脱線してしまって……静香……続けてちょうだい」
 
話を脱線した芽衣が言う。
 
「はい。分かりました。では……私は栞と組もうとかは思いませんでした。私は最強の能力者として周囲では囁かされたりもしましたけれど……それでも、それはプライドの問題です。だから、私は彼女とは組もうとは考えていませんでした。でも、そのとき……私の若殿が口にしたのです。栞が去ろうとしたときでした。「私の部下にならんか」とさすがにそのときの私は眼を丸くしましたよ」
 
『3』
 
「どうじゃ?私の部下にならんか?」
 
「しかし、殿!それは……!!」
 
「主として命ずる。美月よ。黙らんか」
 
「ぐっ…………」
 
主の命令は誰にも逆らえない。私が声を発しようとはしても発せなかった。
 
「随分と口が軽いな。今代の主は……だが、悪いが遠慮しておこう」
 
「何故じゃ?」
 
「悪いけれど。私は主を持たない。それが誰であっても」
 
「ふふん……なら、命令じゃ。私の部下となれ」
 
自信を持っていったのだろう。
主の言霊には誰にも逆らえない。
それは私だって同じだった。しかし、彼女だけは例外だったのだ。
 
「だから、嫌だと言っているだろう」
 
「なっ!」
 
「どうして、言霊が効かないかって?それは私が廃棄番号だからだよ。美月……説明してなかったのか……?…………ああ。そうだった。美月は話せないんだった。まあ、つまりは……廃棄番号だから、あなたの言霊が効かないわけなのよ」
 
「なっ!なんだと?」
 
「どうやら、今代の主も欲に身を任せた……ただの人だったようね。私を手に入れて、あわよくば征夷大将軍の座とでも思うたか?二兎追うものは一兎も得ずね……あら?図星かしら?」
 
言葉はきついけれど、今代の主も欲に身を任せた馬鹿な主だった。
それでも、その人は私の主だった。
更に彼女が言う。
 
「全く。美月も馬鹿よな……こんな主に付きまとっているようじゃあ……もう少し、選びなさいよ」
 
「何を言っているの?主を持たないあなたになんか言われたくないわ!」
 
「…………あら?主を持ってもまだ、その喜びにならないあなたよりはましだと思っているけれど……?」
 
「…………っ!」
 
彼女のこの声は私の心臓にグサリと突き刺さる。
 
「…………あら?あなた達の兵士が来たようね。じゃあ、私はこれで失礼するわ」
 
「水無……!」
 
そう言うと、彼女は消えていった。
 
「あの娘は一体何者なのだ?美月……」
 
「はっ!私のかつての元仲間で……今は番号を破棄された人です」
 
そう言うと、私は水無のことについて全てを話した。
 
『4』
 
それから、数週間が経った。
さすがに私に根負けしたのか、主は水無のことを諦めたようだった。
私が水無のことを忘れようとしたときに……私が主からの命令が下された。
 
「これを隣国の則道殿に渡して欲しい……」
 
それは書状だった。私はかしこまって、それを受け取る。
 
「はっ!かしこまりましてでございます」
 
そう言うと、私は隣国まで跳んで行った。
大事な書状らしい。私はギュッと書状を抱きしめると、隣国のところにまで跳んで行った。
隣国に着くと、早速検問が入った。
 
「止まれい!ここは佐々木則道様の御屋敷になるぞ!名を名乗れい!」
 
入り口には門兵が居た。
 
「私の名は……藤原守人が主君の美月である!開城を求む!」
 
私は身分を明かして、開城を迫るけれど。
 
「藤原守人?」
 
「知らねぇなぁ」
 
と、彼らは開城しようとはしなかった。
 
「えっ?馬鹿な!それほど、戦がしたいのか!?貴様達は……?」
 
くそっ!出直すか。そう思ったそのときだった。
 
「これこれ。お戯れが過ぎますよ……あら?」
 
「これはこれは……凛さま。どうかなさいましたか?」
 
「す、水無!?」
 
私は驚いて彼女を見る。
 
「…………門を開けてあげなさい」
 
「正気ですか?彼らは平家のスパイかもしれないのに?」
 
「あら?もしも、そうだったとしても……私が殺してあげるわよ。いいから、さっさと門を開けてあげて」
 
「はっ!」
 
それから、私は水無に門を開けてもらって……何とか中に入れてもらった。
 
「どういうことなの?」
 
「あら?何がかしら?」
 
「あなたの身分は?傭兵じゃなかったの?」
 
「今は侍女ね。ちょっと源氏に潜り込んで……悪魔を探りこんでいるところよ。あなたは?まさか、まだあの豚に付きまとっているの?」
 
「あら?豚とは失礼じゃない。殺すわよ」
 
私が明かに殺気を放っても彼女はものともしなかった。
 
「どうぞ。ご勝手に」
 
「あなた……人間の諍いに興味が無かったんじゃなかったの?」
 
「あら?今でもそうよ」
 
「だったら、どうして?こんなところに?」
 
別に理由は無いと思うけれど、なんとなく聞いてみた。
 
「ちょっとね。近々、上級悪魔が出るかもしれないから……」
 
「まさか、堕落するのは平家の人?」
 
「まあ、そういうことになるわね。そうなると、狙われるのは真っ先にここだと思うわ」
 
「ねぇ……水無……」
 
「何?」
 
「あなた……どうして、そんなにも強くなったの?」
 
大化の改新のときはこんなにも強くなかった。
彼女は主に補助的な役割を持っていたけれど、こんなにも攻撃的になることはほとんど無かった。だからこそ、前線でも一歩引いていたけれど。
 
「…………ある人がね。言ってくれたの…………」
 
「ある人?」
 
「その人は唯一、私の事を理解してくれて……それでいて……私が一番にささげてもいい人だったの」
 
「だったということは?」
 
「ええ。死んだわ。人間に殺されたわ」
 
「えっ?」
 
「でも……その人が私に言ってくれたの……大切なのは人の心じゃない。人をどうしたいか……だって。私が思うに……人には色々な悩みがあるわ。私もそうだった。私が悩んでいるのはいつまでも弱いこと。でも、心の中じゃ……いつまでも他人に甘えたりは出来なかった。だから、強くなることにしたの」
 
「……だから、強くなったということなの?」
 
「強くなることは簡単だったわ。もう一人の私が教えてくれたから」
 
「もう一人の私?」
 
思わず出た単語に私は眼を丸くする。
 
「いいえ。なんでもないわ。そうね。あなたなら、いずれ会うことにもなるしね」
 
最後の方は良く聞き取れなかった。
 
「それより、あなた……まさか、私に何か用が会ってきたんじゃないんでしょう?」
 
「ああ。そうだった」
 
そう言うと、私が彼女に書状を渡した。
 
「これを殿から預かっていたわ」
 
「私宛?」
 
「いいえ。佐々木則道様に渡して欲しいの。あなたなら、簡単なことでしょう?」
 
「簡単だけれど。難しいわね。彼……出家するらしいから」
 
「えっ?」
 
「まあ、私からは言っておくけれど……あなたを見ていると嫉妬しちゃうかもよ」
 
「うっ」
 
自分では自覚は無いのだが、私はかなりの美人に入るらしい。
だから、彼女は私の主の心配をしているのだろう。
人間の諍いに興味は無い彼女だが、それでも心配はしてくれているらしい。
 
「こういうことは……あなたの主にやらしたほうが良くない?」
 
「そう……だね。で、でも、それはガーディアンの仕事じゃない?」
 
肯定しそうになったところを慌てて否定する。
 
「別にガーディアンに仕事は無いわよ。あれは悪魔を狩る上での本質的な意味だから」
 
「えっ?でも、それも含めてのガーディアンでしょう?」
 
「まあ。そうだけれどね……」
 
彼女は深いため息をついて、それを受け取った。
 
「まあ、確かに受け取ったわ。あなたもそろそろ戻った方がいいんじゃない?」
 
「えっ?」
 
「もうすぐで夜の帳がくる。そうなったら、いくら私でもあなたを守りきれなくなるわ」
 
「分かっているわよ」
 
夜は悪魔が比較的に多くなる。特に満月が出ているときは悪魔の力が充盈しているのだ。
だからこそ、彼女は私に言ったのだろう。
私は力こそ強いが主の前では守りながら戦わねばならない。
守りながら戦うのは辛いけれど、それでも、本気を出さなければ、勝てない相手ではない。
私はそんなことを思いながら、夕方近くになってから帰って行くのだった。
 
『5』
 
「全く、栞がそんなことを言っていたとはね。道理で久しぶりに会ったとき、強くなっていたはずだわ。私でも敵わないくらいだもん」
 
麗が言うと、確かにと唯は思う。
栞のあの強さの秘密は過去を遡れば、かなりショックを受ける出来事だったのかもしれない。それも永遠とそれの繰り返しだ。
自分なら、絶対に耐えられない。たとえ、耐えても人間を恨みながら生きていくことになるかもしれない。そう考えるとゾッとした。
あるいは自殺するか。どちらにしろ、栞はかなりの過去を引きずっているようにも見える。
 
「でも、明かに矛盾しているわね。どうして彼女がそれでも人間を守りたいと思うのか?」
 
そう言ったのはさっきから、腕を組んでいた京だ。
確かに……と唯が思う。
先ほどからの彼女からすれば、人間を恨んでも道理のはず。彼女は常に人間に殺され続けてきたと考えるならば、それもそのはずだった。
 
「それは……彼女が優しすぎるからでしょう」
 
静香が優しく言った。
 
「優しい?」
 
これには唯も首をかしげる。
 
「はい。栞は人間の諍いには興味はないとか言っていましたけれど、それは嘘と言いますか、方便ですね。ガーディアンや人間には優しすぎるんです」
 
「栞様からしてみたら、当然ですけれど、みんなは耐えられるかしら?」
 
ガーディアン全員が沈黙する。唯もさっきから、黙ったままだった。
 
「耐えられないわね。自分の恋人が殺されて、しかも、人間からも殺され続けて……私なら絶対に人間を恨むわ」
 
そう言ったのは円だった。あくまで客観的に意見を述べた彼女だったけれど、その眼には悲しみが見て取れた。
 
「でも、ひょっとしたら、栞は他にも何かを言われたかもしれないわね。ヴェガのときみたいに……」
 
確かに、それだと色々な説明が付くけれど。それよりも唯は先が気になってしょうがなかった。
 
「続き……話してくれる?」
 
「あっ!はい。すみません」
 
そう言うと、静香は再び話し始めた。
 
「それから、一年経ってから……とある噂が立ちました。隣国の城が陥落したとの噂です」
 
『6』
 
「ふむ……やはり、陥落しておったか」
 
「ええ。主様……しかし、おかしいことが二つほどあります」
 
「何だ?申してみよ」
 
「一つは城の様子ですが、争った形跡は無く、ただ腕や足が千切れた胴体部分が無いだけでした」
 
「まさか、悪魔の仕業か?」
 
「ええ。もうひとつ。水無が行方不明です」
 
「ふむ。一応、捜索隊を出しては見るが……多分、無理じゃろうな」
 
「おそらく、彼女のことですから、死ぬとかはしないと思うのですけれど……彼女のことは私に一任してもよろしいですか?」
 
「ああ。任せた。もう下がっても良いぞ」
 
主様がそう言うと、私は席をはずした。
 
「……水無……どこに行ったの?」
 
私は水無を捜していた。かなり広範囲内に捜していたのにもかかわらず……彼女の痕跡一つ見つけることは出来なかった。
やはり、やられてしまったのか。いや、ガーディアンの中で連絡を遮断するなんていつもあることだ。
潜伏しているときや……悪魔と戦っているときなどは連絡はいつも遮断する。
しかし、何か……良くない予感がする。
それはとんでもなく重要で、重大な意味を持つように思えたのだ。
そして、それは唐突に起こる。
水無を捜して……三日目の夜……私はいつものように……焚き火をしながら、過ごしていた。そのときだった。
いきなり、殺気がした。そう思ったとき、それは起こる。
 
「なっ!」
 
それは燃えてなくなったのでもなく、折れたわけでもない。
ただ、言えるとすれば……消えていたのだ。
森が消えていた。
 
「この方角は……城の方角……まさか!」
 
私はすぐに城に戻る。
辺りには兵の腕と足だけが残されていた。
まさか、同じ人物!?
 
「惨い……そうだ。主様!」
 
私は急いで、正室に向かった。私が正室に向かうと、そこには驚くべき光景が広がっていた。主様が居た。しかも、水無も一緒だった。私はホット胸を撫で下ろして、彼女に事の経緯を聞こうと思った。けれど、そのときだった。
 
「死ね……」
 
一瞬にして主が消え去った。
 
「えっ?」
 
彼女が主様の胸の辺りを触って、宣告したときだった。主様も先ほどの兵と同様に……手と足以外無くなっていたのだ。
私は叫んだ。
 
「あ、主様っ!!水無!これはどういうこと!?」
 
「…………人間を見ていると苛立つ。だから殺したまでよ」
 
「えっ?」
 
それは今までの水無とはかなり違っていた眼だった。
長年戦闘をしてきた私でもぞっとするほどの緋色の眼。
しかし、よほど、興奮していたのか。私は再び聞いた。
 
「どうして?」
 
「貴様もすぐに死ぬ……」
 
そう言って、私の胸辺りを触ろうとして……。
 
「ふざけないで……!逆にあなたを殺すわ!」
 
「ほう……『無』の能力者である私を殺すというのか?」
 
私は拳を握り締める。そして、思いっきり、彼女を殴る。
 
「すぐに口を閉ざしなさい。今すぐ、楽にしてあげるから」
 
そう言うと、私たちの戦いが始まったのだった。
 
『7』
 
「それから、十日間。夜通しで私たちは戦いましたけれど、結局決着が付きませんでした。自分でも言うほど、すさまじい闘いだったと思います。辺りは無数の残骸が飛び散って、山が二つほど消し飛んで……私も本気を出して戦いました。ワームホールを使い、それに応戦する形で戦ったんですけれど。私は疲弊しきって死にました。彼女もおそらく同じだったはずです。私が前線を退いた理由の一つは彼女との戦いでもう二度と水無のような人を殺したくはなかったのかもしれないですね。すみません。唯さま。これで私の話は終わりです。何か質問がある方は?」
 
静香が聞くと、エルーノが手を上げた。
 
「それほどの戦いがあったのにもかかわらず、歴史に残らないのは何故ですか?」
 
「それは残っても意味が無いからです」
 
「えっ?」
 
「先ほども言ったように……彼女は無を司ります。そんな人の近くにいたら、確実に死にますから、それに当時は神を敬っている人が多かったから、大方、菅原道真が怒られた……ぐらいにしか思っていなかったのでしょう」
 
静香は目を瞑りながら淡々と話す。
 
「静香はどうして人を殺したくはないと思ったの?」
 
「それは…………転生した後に栞に聞いたことがあるんです。あの日の夜のことを。すると、栞はあの日の夜は良く覚えていないそうです。ただ、無数の痛みが自分の中に襲って気づいたら、別の身体に転生されていたというんです。そのときに私は思いました。彼女は悪くないんだって、彼女の中にいた悪い生き物が彼女に取り付いていただけなんだって思ったんです。まあ、それが多重人格になると分かったのは随分後になってからですけど」
 
「なるほど。慙愧の念に耐えられなかったのね」
 
彼女の場合。能力を使うと、人間や他の動物まで巻き込みかねない。現に彼女は人を一人、殺しているのだから。だからこそ、彼女は前線を退いてきたのだろう。たとえ、戦おうと思っても手加減はしていたはずだ。
 
「静香さん」
 
唯が再び口を開く。唯に千年ぶりに本気を出しますといった意味が分かってきた。
 
「はい」
 
「ありがとう」
 
「えっ?」
 
「静香さんが話してくれなかったら、僕達は誤解を招いたまま栞さんと付き合うことになっていたかもしれない。だから、ありがとう」
 
「い、いえ。私は結局、彼女を救うことは出来なかったんですから……本当にどうしようもなかったんです」
 
「そうだね。でも、それだけじゃないかもしれない」
 
「えっ?」
 
もうすでに夜から朝に変わろうとしていた。
 
「僕自身も甘かったかもしれない。僕自身ももっと強くなって……栞さんを追い越すくらいに強くならないと……心のどこかで……彼女に甘えていたけれど、彼女が僕の敵になることだってあるんだよね」
 
「い、いえ。唯さまは今まで通りで良いのです」
 
「そうそう。お姉さまは結局、今も昔も主様のことが好きだってことだからね。多分、心配させたくないんだよ。きっと……ね?お姉さま」
 
「え?ええ」
 
「そっか……」
 
「じゃあ、もうそろそろ寝ようか。彼女たちも今夜はここで泊まっていく?」
 
「えっ?いいの?」
 
意外な反応を見せたのはみどりだった。
 
「いいけれど。唯様を襲ったりしたら、殺すからね」
 
「ええ〜?いいじゃん。傷心した私を唯君がそっと癒すシチュエーションは興奮すると思うわよ」
 
「興奮するのはあなただけです!」
 
これにはガーディアン全員が反対した。
 
『8』
 
夜。私は……栞様のことを考えて眠れないでいた。
あんなにも優しそうだった栞様が別の誰かに変わってしまう。
それだけでも恐ろしいのに……それに加えて栞様が遠くに行ってしまう予感がした。
そうなったりしたらと思うと怖くて眠れなくなってしまう。
私はベランダの上の屋上に登り、天使の証である羽根を広げて……佇んでいた。
 
「たとえ、悪魔を救い出しても……負の連鎖は消えることは無い……か」
 
それは天界での教え。悪魔を見つけたら、即座に殺せというのが天界の教えだった。
そして、それは栞様の教えと酷似していたけれど、唯一違っていたのは。天界は人間でも死んだって構わないという点だった。殺したりしたら、堕天使に代わるから、マイナス1になるが、悪魔に殺されたり、現世に強い意志を残すと、天使になることが多い。
そうなれば、天使が増えて一挙両得だ。
でも、栞様は違う。栞様は人間を殺さないし、死なせたりもしない。しかし、今度の栞様は違っていた。たとえ、人間でも殺すし、ひょっとしたら私たちの命まで奪いかねない。
私がそんなことをぼんやり考えて気持ちを整理していると、ふと、窓ガラスが開いて……一人の少女が飛んできた。
 
「エルーノ」
 
「あっ!やっぱり、ここにいたんですね」
 
彼女も羽根を広げて、飛んできた。しかし、彼女は屋上の片隅にちょこんと座ったままだ。
 
「何をしているのよ」
 
「ごめんなさい。やっぱり……お邪魔ですよね?戻ります」
 
「別にお邪魔じゃないけれど?もっと近くに寄ったら?」
 
そう言うと手で合図する。
 
「いいの……ですか?」
 
「だから、何が?」
 
いい加減にイライラしてきた。
 
「だって、翔子様。私の事を嫌っていたのでしょう」
 
そう言われてみると、そうだった。私は彼女の事が嫌いだ。
私はくすっと笑う。嫌っているのにここにこうして佇んでいる。
まるで、長年連れ添った恋人のような関係だというように。だからこそ、私は笑ったのだ。
 
「エルーノ」
 
「はい?」
 
「今度から、私の事を……翔子と呼び捨てに呼んでもいいわよ」
 
「えっ?」
 
「あなたと一緒に住む以上。あなたと対等な関係になりたいの」
 
「…………じゃあ、翔子ちゃんとお呼びしてもよろしいですか?」
 
「堅苦しいわね。まあ、いいか。今度、堕天使が来ても……あなたのことを同じように言わせること。いいわね」
 
なんだか、そう言われるとずるい気がする。とでも思っているのだろう。
 
「う〜。善処します」
 
と、唸りながら、肯定した。
 
「あの……でもどうして?」
 
「さあ?どうしてかしらね。でも、栞様のようになりたいと思ったからかな?」
 
「栞様のように?」
 
「ほら、栞様って、私たちに優しい部分があるじゃない。私もそれに習ってみたいというか、何と言うか」
 
二人して……栞様栞様と連呼しているうちにどこかでくしゃみでもしているのではないかと思ってしまう。
当然だけれど、近くでくしゃみの音は聞こえない。
すると、急に静かになってしまった。
話題がなくなったとでもいえばいいのか。ここでいつもなら、栞様が『流れ』を読んでくださって……話の流れを変えてくださるか、それに結びついた話をしてくださるのか。
栞様なら……どんな話をしてくださるのだろうか。「あら?私の能力なんて持っても、悲しいだけよ」みたいなことをいってくれるかもしれない。
でも、栞様のようになりたいというのは事実だった。
 
「それにしても『流れ』って便利な能力ですよね?」
 
「そうね」
 
私も同意する。
 
「私、栞様の能力に嫉妬することがあるんです。どうして、自分にはこんな能力しか生まれなかったのだろうって……栞様は私の能力を買ってくれているんですけれど、私にはこんな力しか備わっていないから……」
 
「あなたがそんな力を持っているからこそ、栞様はあなたを下僕として受け入れたのではなくて?」
 
「えっ?」
 
「私の能力なんて、せいぜいで槍で突くことぐらい。堕天使だった頃はもうちょっと多彩な能力があったけれど」
 
「そう思うと、堕天使になっていたころの方が良かったとか思いませんか?」
 
単なる興味本位で聞いたのだろう。同意本位で聞いていたことではないと伺えた。
 
「残念ながら無いわね。私にとっては今の生活が一番だわ」
 
「私もです」
 
そう言うと、彼女はニコニコと笑う。
 
「でも……栞様は堕天使である私たちを元に戻してくれたのよ」
 
それだけは事実だった。
私たちは暖かい光に包まれて、今ある出来事を思い出させてくれた。
それまでの私たちは全てに失望していた。天界からも悪魔からも狙われて、そして人間を殺すだけの生活。
私たちはそれだけで満足していたのだ。
それなのに……それを邪魔する人物が現れた。けれど、その人は私の攻撃をいとも簡単に避けて……まるで正義の鉄槌を下すかのように……私たちに攻撃を加えてきた。
そして、そのまま……家に持ち帰って……その人は凌辱の限りを尽くして、私たちに下僕になれと言う。
私も世界に失望していたから、その通りに従っていたけれど……私たちに取り戻させてくれた。守るべき世界を……そして、大切な人を……。
それは海より深くて、山よりも高い価値のあることで、それでいてとても、気持ちのいい朝だった。
だから、私は自分の意志で従っているのだ。栞様という人物に。
 
「エルーノ」
 
「はい?」
 
「戻ろうか」
 
「……はい」
 
私たち二人は幸せだ。
こうして、再び天使に戻れたのだから。
そして、愛するべき人に従うことが出来たのだから。
 
「私は栞様のことが好きだけれど。あなたは?」
 
私はエルーノに聞いてみた。
 
「……私も大好きです」
 
エルーノは元気に答えたのだった。






     




















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