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 狭い寮の一室が暗闇に満たされる。嶺が部屋の照明をスイッチで消したのだ。彼女の視線はベッドの上でスヤスヤと眠る零の目に注がれている。嶺はクスリと笑うと、零のベッドに近づき、布団を少し剥いだ。スルリとベッドの中へと入ると、嶺はそっと後輩の体に手を伸ばす。その顔はうっすらと上気しており、興奮が隠しきれないようだ。零の幼い体を服越しに撫で回し、ボタンに手をかけて峰はパジャマの前を開く。そして震える手で、無垢な少女の柔肌に指を這わせる。スベスベな零の幼い肌にうっとりしていた嶺の顔が、ハッと何かに気付いたように表情が一変する。彼女は勢い良く零の布団を剥いだ。

「……これは、どういうこと?」

 零の幼い体に走る幾つもの赤い線に、嶺の顔が真っ青になった。





「先輩、こんにちは」
「こんにちは、零」

 学生のリラックスタイムである昼休み、零は待ち合わせをしていた真中と、校庭で会っていた。山の傍に建てられた聖真学園は自然が色濃く、木々が多い。その特徴を生かすためか、校舎の外にはベンチが多く配置されており、数多くの生徒が昼食を外で取っていたりする。零や真中も他の生徒と同様に、校庭での食事を好んでいた。

「先輩、購買寄っていいですか? 例の如く、弁当持ってきていないんで」
「ああ、いいのよ、零」
「えっ?」

 校舎内に戻ろうとした零を、真中が優しく方を抱き寄せて引き戻す。

「今日はお弁当持って来たの」
「私の分も?」
「良かったら、食べて頂戴」
「わ、わ、嬉しいな。頂きます」

 顔を輝かせる零に、真中が嬉しそうに微笑む。零は記憶を失っているが、自分は男だった、自転車には乗れる、犬より猫の方が好きなどという断片的な情報はときたま蘇生したりする。母親以外の女性に弁当を作って貰うのは今回が初めてだと零は記憶に残っていたので、自然と笑顔になったのだ。二人は連れ立って、いつも座っている校舎脇のベンチへと向かう。だが途中で真中が立ち止まった。

「ねえ、零。たまには別の場所で食事しない?」
「別にいいですよ」

 真中の提案にあっさり乗ると、唯は彼女の後についていつもとは違う人気の無い道へと向かう。途中、何度か真中が立ち止まるような仕草を見せたが、弁当のことに気を取られた零が気づいた様子は無かった。林の中にある小さな温室の前へと二人はやって来る。様々な植物が置かれている建物の中には入らず、零と真中はその脇にあるベンチへと腰を下ろした。

「わぁ、とっても美味しそう」

 幾つも並べられたタッパーウェアに、零が歓喜の声をあげる。トンカツ、えび天、からあげなど零の好物が幾つも並んでいたからだ。

「好きなだけどうぞ」
「本当にいいんですか? 頂きまーす!」

 真中から箸を渡された零は、美味そうに料理にかぶりつき始める。そんな後輩の様子を、真中は嬉しそうに見やる。

「零、傷の調子はどう?」
「もうすっかり良くなりましたよ。赤く残ってた部分も消えましたし」
「そう? 良かった……」

 零の返事に、真中はほっとする。まだ若い少女である零に、万が一でも傷でも残っては一大事だからだ。零が真中に受けた傷は、傷を負った数日後には何とか塞がり、その後は日常の生活には支障を来たす程では無かった。無断外泊も一日だけで済み、零は突然の腹痛で校舎のトイレから出られなかったと嶺に説明した。その後数日間、寝たきりだったので嶺も零の話を信じたようだ。

「零はその……私のこと恨んでない?」
「へっ?」

 おにぎりを頬張っていた零は、唐突な真中の質問に思わず動きが止まる。

「零のことをもう少しで殺しそうになったし、大怪我も負わせたでしょ」
「でも、あれは事故みたいなものでしょ」
「そんな、あれは私が……」
「お互いに相手が誰だかわからなかったんだから仕方が無いよ。先輩も私だと知っていたら、戦ったりはしなかったよね」
「も、もちろんよ」
「だから、あれは事故。ちっとも恨んでなんかいないよ」

 零の笑顔に、真中の胸がチクリと痛む。少女の微笑みは真中の罪悪感を軽くしてくれた。それなのに胸の奥で、何かがズキンと傷むのだ。

「うー」
「ど、どうしたの、零?」
「美味しいのに、お腹がパンパンでこれ以上食べられない……」

 胃が一杯になった零は、まだ大分残っている弁当を悔しそうに見る。零の小さな胃では、詰め込める限界がかなり早いようであった。そんな零の様子に、真中はクスリと笑う。

「良ければまた作ってきてあげるわよ」
「うわ、本当? ありがとう、先輩」

 零の無邪気に喜ぶ姿に、真中は幸せ一杯という気持ちになる。胸の痛みは続いている。だがその正体に真中は気づき始めていた。





「ねえ、零。雛形さんってどんな人?」

 夕方、零のベッドに寝転がって雑誌を読んでいた嶺が零に尋ねる。自室の机でダラダラと宿題をやっていた零は、シャーペンを動かすのを止めると、嶺へと振り返った。

「あれ、嶺先輩って、真中先輩のクラスメートじゃなかったんでしたっけ?:
「確かにクラスメートだけど、あまり親しくないから」
「ああ、そうなんですか」

 自分をじっと見ている嶺に、零は納得したようにコクコクと頷く。

「大人しくて優しい人ですよ。とっつきにくい美人って印象がありますけど、そんなこと無いですし」
「大人しい……ね」

 確かに嶺の知っている真中の印象は、いつも一人で静かにしているというものだ。

「何でも長い間患っていたせいで、友達が少ないらしいんですよ。良ければ嶺先輩が友達になってあげてくれませんか?」
「うーん、そうね。考えておくわ」

 零に向かって、嶺はにこりと微笑む。

「そういえば、最近零は寝るのが遅いわね」
「あ、うん。最近はちょっと遅くても大丈夫なんですよ」

 嶺の指摘に、零はあたふたと誤魔化そうとする。零は一時的に傷を負ったこともあり、夜のパトロールをしばらくの間休んでいた。連続バラバラ殺人犯であった真中を止めることが出来たこともあり、しばしの休暇を取ることに決めたのだ。真中が零に伝えた、プロジェクト・ガーディアンゼロというものが気になっており、今後は悪魔退治と平行して、そちらの追跡もしたいと思っていた。

「それなら結構嬉しいわ」
「えっ?」
「零ったら、夕方になるとすぐに寝ちゃうから、寂しかったんだから」

 嶺はベッドから身を乗り出し、零のお腹を指でプニプにと突っつく。たまらず零は小さな体を捩る。

「ちょ、ちょっと先輩! 止めて下さいよ」
「これからはお喋りとかして、一緒に過ごしたいな」

 嶺が上目遣いに零を見つめる。確かに嶺と零は仲がいいのだが、平日の夜は早々に零が寝ていたこともあり、夜間はあまり会話などが無かった。

「そうですね。これからは、もう少し一緒に遊んだりしましょうか」
「えへへ、やったね」

 零が柔らかく微笑んでみせると、嶺は嬉しそうにベッドの上にゴロンと寝転がる。

「じゃあ折角だし、今日は一緒のベッドで寝ない?」
「あう、えーと……それは遠慮させて下さい」

 あたふたとする零の姿に、嶺はクスクスと笑った。






「ねえ、零。寮で同室の桑田さんって、どんな人?」
「へ?」

 真中の手作り弁当を食べていた零は、彼女の質問に思わず箸を動かす手を止めた。平日の昼休み、真中のリクエストで、生徒に人気のある昼食スポットである噴水近くの芝生で、二人は弁当を食べていた。周りには多数の女生徒達がおり、話し声で非常に賑やかだ。

「どんな人って……真中先輩と嶺先輩って、クラスメートじゃなかったでしたっけ?」
「そうなのだけど、面識があまり無くて」

 零が聞き返すと、真中は若干困ったような表情を見せる。正直に言えば、学園内で仲がいい生徒は零だけで、他の生徒のことなどよく知らないのだ。

「ちょっと変わったところがありますけど、明るくて面倒見のいい先輩だと思いますよ。私と仲もいいですし」
「そうなんだ」
「でも、何でまた急に嶺先輩のことを?」
「ほら、彼女は零のルームメイトでしょ。だから、ちょっと気になってね」
「そうなんですか」

 牡蠣フライを頬張りながら、零が納得したように首を縦に振る。

「でも、驚きましたね」
「どうして?」
「嶺先輩も真中先輩について、全く同じ質問をしてましたから」

 零の一言に、真中の目が驚愕で見開かれた。
 監視されていると真中が感じたのは、つい最近のことだ。最初はうなじがムズムズする程度であったのだが、やがて自分に絡みつくような視線があるように感じ始めた。それは教室であったり、学校の廊下であったり、登下校の道のりであったりした。やがて教室での視線は薄れていったのだが、反比例するように校内での移動や家への監視が強まっている気がするのだ。当初は気のせいとも思った。対策室への復讐を止めたことで、気が緩んだ反動が出ているのかもしれないと。だが何気なく歩いていた帰り道で覗き込んだカーブミラーに、級友の姿があったのだ。振り返ると既にその姿は消えていたが、真中は嶺のことを確かに見た。そして、今日の零から聞いた話で疑念は確信へと変わった。

「零、ご飯粒」
「えっ、何処? 何処?」

 真中の指摘に、零はわたわたと唇の周りを指で探る。だが米粒は頬についているので、見つからない。そんな零の姿を見て、真中は自然と笑みが零れる。

「ほっぺたについているわ」

 真中は零の頬に唇を近づけると、そっと唇で白米を取った。良く考えれば先輩後輩とは言え、女性同士でこのようなことを行うのは異常なのだが、真中はごく自然にこの行為を行っていた。零の柔らかな頬の感触が伝わると、真中の胸に暖かな感触は広がる。

「せ、せ、先輩!」
「あっ、ごめんなさい」

 慌てたような零の声に、真中は弾かれたように唇を離す。それと同時に真中は突き刺すような強烈な視線を感じ、背中が総毛立った。パッと背後へと振り向いた真中は、校舎の窓から自分を見つめる嶺と視線が合った。

「先輩、どうしたの?」
「いえ、ちょっとね……」

 真中の様子がおかしいので零は尋ねたが、彼女は言葉を濁した。既に嶺の姿は見えなくなっている。真中が零の頬から飯粒を取ったとき、彼女が嶺から受けたのは殺気だった。






 監視対象に気づかれた。嶺はそう確信した。前々から尾行などに薄々感付かれている兆候などはあった。だが中庭で相手と零の行動を観察中に、視線が合ってしまったのは最悪だった。相手が自分の手料理を食べさせるだけならまだしも、事もあろうに、衆人の中で零の頬にキスまでしたのだ。その行為に、嶺は思わずかっとなり、勘のいい相手の注意を引いてしまった。おかげで完全に警戒されてしまい、監視し辛い状況となった。仕方が無いので、嶺は別の手段を取ることとなった。

「零、一緒に帰ろう」
「あ、嶺先輩」

 校舎の玄関から出てきた零を、嶺が捕まえる。

「最近、放課後に良く会いますね」
「だって、暇なんだもん」
「えー、そうなんですか?」

 嶺が歩き出し、零もその横を歩く。

「先輩も友達と街に遊びに行ってくればいいのに」
「平日は門限が厳しいから。それに遊びに行くような友達もあまり居ないしね」
「そうなんですか?」

 嶺の一言に、零は驚く。真中は現代の少女にしては珍しく、騒がしいのを好まない性格なので、友達作りが苦手なタイプと言える。だが嶺は面倒見が良く、明るい性格なので、友達が多そうなタイプに見えるのだ。

「零にも前に話したと思うけど、私も零が転校して来るちょっと前に転校して来たから、ここは日が浅いのよ。だから、まだ零以外ではそれほど親しい人は居ないんだよ」
「そうだったんですか」

 嶺の説明に、零はふむふむと頷く。

「だから、零が仲良くしてくれないと、寂しくて死んじゃうよ」
「わわっ」

 零の小さな肩を、嶺はぎゅっと抱き寄せる。零の細身で柔らかな体の感触に、嶺の胸の鼓動は高まる。まだこんなに幼い少女なのに、心惹かれるのが、嶺は自分でも不思議だった。
 幸せを噛み締めていた嶺だったが、突如として悪寒に襲われた。自分を見ている、絡みつくような視線を感じる。振り返らなくても嶺には、真中が自分を睨んでいるのが分かった。

「せ、先輩、胸が当たっています」
「気にしない気にしない、女同士なんだから」

 わたわたと腕の中で慌てる零を、嶺はギュッと抱き締める。それと共に感じる圧迫感も強まるが、嶺はそれを無視して零と連れ添って寮へと帰る。警戒されたのならば、それでもいい。それなら堂々と零に近づき、その身を守るだけだった。






「ちょっといいかしら」
「ん?」

 翌日の放課後、帰り支度を始めた嶺の席に、真中がやって来る。二人の目が合い、しばしの間互いを観察し合う。

「話があるの」
「丁度良かったわ、私も話があるわ。ここでは何だから、外に出ましょう」

 真中と嶺は、連れ立って玄関へと向かう。その間、二人は全くの無言であった。だが傍から見ても、両者の間に険悪な雰囲気があるのがわかるらしく、廊下ですれ違った生徒達が振り返って見る程であった。真中と嶺は上履きから靴へと履き替えると、校舎から離れる。舗装された道を外れて、暗黙の了解で林の中へと入っていく。

「ここら辺でいいでしょう」

 嶺が足を止めると真中も立ち止まり、両者が向き合う。

「私のことを尾行したでしょう。何故?」
「何のことかしら……と言いたいところだけど、確かに後をつけたわ」

 睨み付ける真中に対して、挑発するように嶺が冷笑する。

「何でなの?」
「それならこちらからも質問させてもらうわ。零の体中に切り傷の痕のようなものが残っていたわ。あれは何なの?」

 嶺の鋭い切り返しに、真中の顔が青くなる。

「そ、それは……」
「顔色が変わったところを見ると、あの傷に関してあなたは何か関わりがあるわけね」

 嶺が一歩足を踏み出して真中を問い詰めると、真中は思わず視線を外す。零を傷つけたことは、今でも真中のトラウマとして残っている。真中の胸がグッと締め付けられる。だが真中はふと零の言葉を思い出した。

「何であなたが零の傷のことを知っているの?」
「着替えるときに見たのよ」
「嘘だわ。零は嶺先輩には見られないように、極力注意したと言ったわ」

 真中の指摘に、今度は嶺がうろたえた。夜中に寝ている零の体に悪戯しようとして、体の異変に気づいたとは言えない。咄嗟に嘘をつけば良かったのだが、何故か上手い嘘が出てこなかった。口篭る嶺に対して、真中が目をすっと細める。

「あなた、まさか……」
「何よ」

 嶺が何をしたのか察して、真中は彼女を氷のような視線で睨みつける。

「零に変なことをするような人間を、ルームメイトにしてはおけないわ」
「零を傷つけた人間が、保護者を気取らないで」

 両者は互いの言葉に激昂し、ここにきて殺気を剥き出しにして対峙する。睨み合いが続き、真中が思わず能力で鋼糸を作り出そうとした。だが灌木の茂みを掻き分ける音に、真中の動きが止まった。

「あれ……真中先輩に嶺先輩?」
「零!」

 校舎の方からやって来た零に、今まで対立していた真中と嶺は思わず唱和して零の名を呼んだ。

「何か変な感じがして来たんだけど……気のせい?」
「う、うん。そうよ、気のせいよ」

 交互に二人の顔を見る零に対し、嶺は硬い笑顔で誤魔化そうとする。しかし真中が深刻そうな表情をしているのを見て、零は両者の間で何かトラブルになっているのだと察した。校舎脇を歩いていて背中がゾクゾクするような感触に襲われたので来てみたが、もしかしたらこの二人の諍いに何か原因があるのかもしれない。

「どうしたの? 喧嘩?」

 オロオロと困惑する零に、真中と嶺は気まずそうな表情を見せる。他人に見られないために人が来ないような場所を選んだのに、肝心の零が来てしまうというのは二人にとって想定外だった。

「ちょっと意見の食い違いがあったの。零は心配しなくていいわ」
「………」

 嶺は努めて明るく言うが、零は釈然としない。三人の間に重い沈黙が下りて、視線が行き交う。

「……とりあえずここで睨めっこしてても仕方が無いから、行きましょう、零」
「あ、うん」
「待って、零!」

 嶺が零のことを連れて行こうとするのを、真中が少女の腕を取って引き止める。その行為に嶺の笑顔が剥がれ、目つきが険しくなる。

「……気をつけて」

 零の前で争う気が無い真中は、嶺の様子にそれだけ言うと、一歩自分から下がる。警告を受けた零は混乱したように真中と嶺の顔を交互に見つめたが、やがて嶺に連れられてその場を離れた。






「うー、まずい」

 零は自室で頭を抱えた。夕食後のひとときで、寝るまでには時間があった。
 何が原因なのはよくわからないが、真中と嶺が激しく対立しているようなのだ。それぞれに事情を聞いたりして対処すれば良さそうなのだが、零にとっては解決困難な問題に思えた。女性同士の争いを、どうやって仲介すればわからないのだ。記憶を失っていたので、そういう知識が失われた可能性もある。だが以前は自分が男だったと零は思っているので、元からそのようなことは知らないのかもしれなかった。
 おまけに何か行動を起こさなければいけないのに、体が竦んでしまって真中にも嶺にも話せないでいる。零はときたまだが、自分がこの少女の体に振り回されているような印象があった。本来は苦手ではないのに、一部の昆虫に例えようも無いくらい怖く感じたり、それ程甘いものが好きだとは思えないのに猛烈にケーキを体が欲したりする。今も話し合いをしなければいけないのに、自分の小さな体は勇気を出すのを拒んでいる。
 あのとき、林の中から尋常でないプレッシャーを体が感じ、何事かと思って見に行った先に、自分と仲の良い先輩達二人が居た。唯は漠然と先輩同士が仲良くなってくれればと思って居たが、現実は逆になってしまったようだ。

「でも、どうして二人ともケンカなんか……」

 争いの原因が自分であることを自覚していない零は、ひたすら頭を悩ませる。

「零、お風呂出たわよ」
「わわっ!」

 いきなり背後から声をかけられて、零が飛び上がらんばかりに驚く。振り返るとパジャマ姿で、風呂上がりの嶺が立っていた。

「どうしたの、そんなに驚いて?」
「い、いや、何でもないよ」
「そう? それならいいけど」

 零は嶺に自分の葛藤を悟られないよう、慌てて引き出しから下着とパジャマを取り出す。

「それじゃ、お風呂入って来るから」
「いってらっしゃい。冷たいコーヒー牛乳があるから、楽しみにしていて」
「サンキューです」

 零が風呂に向かい、やがて静かに水音が聞こえてくる。それを確認すると、嶺は自室にある小さな冷蔵庫からコーヒー牛乳のパックを取り出し、コップへと注ぐ。そして容器に白い薬物を入れると、嶺はスプーンでゆっくりかき回した。





 零がぐっすり寝入っているのを、寝顔を見て嶺は確認した。零はこのまま朝まで目が覚めないはずだ。嶺は零の頬を撫でて微笑むと、部屋の電気を消しに行く。明かりが消えると、うっすらと外からの常夜灯の光が部屋に差し込む。嶺は零へと近づくと、そっと布団に手をかけようとした。

「……何!?」

 背筋にゾクリとした感触を感じて、嶺は立ち上がると窓から外を見る。寮の近くに植えられた木に人影が見えた。嶺の視線が薄明かりに浮かび上がるシルエットの視線と正面からぶつかり合う。

「あの女……」

 嶺はギリリと歯軋りをすると、パジャマのボタンに手をかけた。素早く自分の着替えを済ませると、嶺は自室を出ようとする。一度、寝ている零の顔を一瞥し、彼女はそのまま扉の外へと出た。
 嶺は寮を密かに抜け出すと、学校の敷地内にある山へと向かう。暗闇の中、生い茂る木々を物ともせず、静かに登っていく。ほどなく彼女は若干開けた場所に辿りつき、後ろからついてくる物音に声をかけた。

「深夜に人の部屋を監視するのって、ストーカーって言わない?」

 嶺は馬鹿にするように真中を見やる。嶺は自分を監視していたのが真中であることも、彼女が自分を追って来ることも承知で、人気の無い山中に誘き寄せたのだ。

「昏睡した少女に手を出すのは、レイプって言うのよ」

 真中は極めて静かな口調で言うが、その瞳には凶暴な殺意が剥き出しで見えている。だがゾッとするようなその視線を、嶺は平然と受け止める。

「零を傷つけておいてよく言うわ、ガーディアン01」
「な、何ですって!?」

 嶺の辛辣な一言に、真中の顔色が変わる。よもや同じ学園に、ガーディアンを知っている人間がいるとは思わなかったのだ。

「あなた、まさか対策室の追っ手!?」
「あなたに答える必要は無いわ。それより、気がつかない?」
「一体、何……に……」

 嶺が唇の端を吊り上げて笑うと、真中がよろめき、そのまま体勢を崩して片膝をつく。

「手……足が……痺れて……」
「毒が回ってきたようね。神経に作用する毒だから、全身が動けなくなって、そのうち呼吸も出来なくなるわ」
「ど、毒?」

 楽しそうな嶺に対し、真中は胸を押さえて苦しそうに喘ぐ。毒を飲まされたりした覚えが無く、真中の頭は混乱する。

「不思議そうな顔をしてるわね。でもガーディアンが、零と自分だけとは考えないで欲しいわ」
「ま、まさか……」
「私の開発コードは、ガーディアン02よ」

 嶺が鋭い視線で真中を射抜く。思いもかけないことを聞かされ、真中はしばし呆然とする。だがすぐさま意識を現在の状況に集中させ、大きく右腕を振るった。直感的に嶺は大きく頭上へと跳躍した。

「なっ!?」

 嶺の背後に生えていた木の、枝がすっぱりと切られて落ちた。嶺は手近な木の枝にさっと着地し、真中を見る。嶺の目に、何かに引っ張られるように木々の合間に消えていく真中の姿が映った。

「あの斬撃……あれが研究所を壊滅に追い込んだ技というわけね」

 嶺は地上に飛び降りると、地面に落ちた枝を拾い上げた。太い枝は何らかの力によってすっぱりと切断されており、綺麗な切断面を見せている。嶺は真中が手を振ったときに、何らかの力を飛ばしたものと推定した。
 しかし嶺に理解できなかったのは、真中がどうして動けたのかである。嶺はガーディアンとして、毒の能力を司る。嶺が放出した相当量の神経ガスを真中は吸い込んだはずだが、未だ生きているのだ。
 嶺が失念していたのは、真中もまた常人ではなかったということだ。一般的な人間を遥かに凌ぐ身体能力を持つ人造人間ガーディアンの体は、毒への抵抗力も人間とは比べ物にならない。一般の人間が死に至るような猛毒を食らってもなお、真中は鋼糸を嶺に投げつけ、同時に背後にある樹木に糸を飛ばして脱出した。

「な、何……あの力は?」

 木に寄りかかりながら真中は喘ぐ。何とか逃げ出せたものの、手足には明らかに痺れが残っている。真中は攻撃を受けた記憶は無いが、嶺の口ぶりから何らかの毒を受けたと考えるしかなかった。嶺は自分のことをガーディアンと言った。ならば糸を操る自分と同様に、何らかの力を自在に操るということだろう。断定は出来ないが、それが毒なのかもしれない。

「いいわ、確かめてやる」

 真中は万全でない体を起こすと、周囲に糸を飛ばす。彼女は糸を四方八方に張り巡らせ、蜘蛛の巣のように結界を作り上げる。準備が整うと、真中は息を潜めてじっと待った。それからさして時間が経たないうちに、真中が敵を探知するために張り巡らせていた糸の一本がプツリと切れた。

「そこっ!」

 周辺に準備していた攻撃用の糸が、敵を感知した場所へと襲い掛かる。以前、真中が零のアーマードフューリーを絡め取ったときと同じ攻撃だ。だが今回は糸に手応えが無く、嶺は見事に奇襲をかわしたようであった。

「くっ……」

 相手が風上の方に位置を取ったことを察知し、真中は痺れが残る体で慌てて走り出す。静かな山中は明かりがほとんど無いが、真中は月の光だけで起伏に富んだ地形を移動する。

「……糸を操るということね」

 真中の攻撃を跳躍して逃れた嶺が、木の上で呟く。足で探知用の糸を切ったときに咄嗟に回避行動を取ったが、おかげで鋼糸による攻撃を避わすことが出来た。これで漸く相手の手の内が読めた。真中は糸を自在に操る能力を持っているようだ。
 木々を掻き分けて移動する物音を、嶺の耳が僅かに捉える。音がする方向から推測するに、どうやら真中は風上の方へと回り込もうとしているようであった。

「こちらの手の内も読まれたようね」

 嶺はポケットから片刃のナイフを取り出すと、ひんやりとした表面を指で撫でた。ガスによる攻撃を読まれた以上、別の手段を使うべきだった。嶺は精製した毒を指から出して塗ると、地面に飛び降りて自らも移動し始めた。木々の合間を縫って、二人のガーディアンは攻防を交わしつつ、跳び回る。

「はっ!」
「くっ」

 戦いはもっぱら射程の長い真中が仕掛けて、嶺が糸を避けるという構図であった。一見すると間合いを物ともしない真中が有利にそうに見えるが、体の痺れが残っている為か、いつもの鋭い攻撃のキレが無い。しかも嶺は真中が驚くほどの体術で、繰り出す鋼糸をことごとくかわすのだ。更に嶺は隙を見ては、一気に間合いを詰めようとする。攻撃をしているのは真中だが、追い詰めているのは嶺かもしれなかった。

「このっ!」
「ちぃ」

 嶺が右手をかざすと、すかさず真中は糸を使って後方へと体を飛ばす。幾ら高い耐性があるとはいえ、真中も毒ガスを何度も食らって生きている自信は無い。嶺の操るガスは無味無臭のため、上手く防いでいるかはわからないが、真中は常に距離を取ることと、風上に立つことを心がけた。

「……しぶといわね」
「そっちこそ」

 攻防の流れが一旦止まり、林の中に着地すると、二人の能力者は距離を置いて睨み合った。真中も嶺も実力が伯仲しているためか、互いに戦いの均衡が崩せないでいた。両者共に能力の使い手との戦いは初めてのため、どのように戦って良いかわからなかったということもある。
 対峙して、ほんの一、二分経った頃、両者の耳に奇妙な音が聞こえてきた。枝葉が揺れる音と共に、何かの駆動音が近づいてくるのだ。

「何?」
「この音は……」

 草木を掻き分けて、アーマードフューリーの巨体が姿を現す。足の裏についているローラーで滑走していた鎧は、両者の間で勢いを殺すように反転して動きを止めた。

「零!」
「良かった、二人が見つかって」

 アーマードフューリーの兜が背面に回り、胸部が開いて零が中から現れる。

「そんな……ぐっすり眠っていたはずなのに」
「窓が開いていたから、目が覚めたみたい。起きたら嶺先輩が居ないから驚いたよ」

 やや呆然とした表情を見せる嶺に、零はにっこりと微笑んでみせる。

「でも、こんな山奥に居るとは思わなかった」
「どうやってここがわかったの?」
「山の方が少し騒がしかったから、もしかしてと思ったんだけどね」

 零は話を区切ると、嶺の反対側に居る真中に目を移す。

「真中先輩も無事みたいだね」
「零、気をつけて。彼女もガーディアンの一人よ」

 零は真中に向かって頷くと、動揺している嶺に再び目を転じる。

「アーマードフューリーを見て、全然動じなかったから、何か理由があると思っていたけど、先輩もガーディアンの一人だったんだ」
「そうよ。実は大分前から知っていたのよ、零が毎晩出て行くのを」
「そうなんだ。確かにルームメイトだから、気付いてもおかしくないよね」

 嶺が能力者であると聞いても、あまりショックを受けていない零の様子に、彼女は内心ほっとする。

「ルームメイトが能力者と知って、最初は驚いたし、警戒したのよ。でも零は、私のことを知らないみたいだから黙っていた。そのうちあなたは毎晩のように、悪魔達を狩りに行くようになったけど、怪我さえしなければ良いと思っていた。だけどある日、私はあなたの傷を見てしまった」

 最初は冷静に喋っていた嶺の言葉が、徐々に熱を帯びていく。

「初めは悪魔にやられたのかもと思っていた。でも零が帰らなかった晩の翌朝に、零と一緒に居る女を見たって話を聞いて、犯人が見えてきたの」

 嶺がゆっくりと真中の方へと足を踏み出す。

「零の体を糸で切り刻んだ奴なんて許せない」
「待って嶺先輩。あれは事故だったんだよ、事故」

 真中に向かって殺意を剥き出しにする嶺に、零は慌ててアーマードフューリーの巨体で行く手を遮る。

「零、彼女がどうやって零の傷を知ったか知っている?」
「え……」

 真中の呼びかけに、零は鎧ごと一歩反転する。

「こいつは、寝ている零の体に悪戯していたのよ」
「あ……」

 真中を見ていた零は、彼女から目を逸らした。その反応に真中は驚きを隠せない。

「零……知っていたの?」
「確信は無かったけど、起きたときにちょっとおかしいなって、思ったことはある」
「そんな……」

 零の言葉を、真中は信じられないような気持ちで聞く。自分の行動を暴かれた嶺は、零に向かって申し訳なさそうな表情を見せる。

「ごめんなさい、零。私、どうしても自分を抑えられなくて」
「うん、何となくわかるから。その気持ち」

 零は嶺を傷つけないように、出来る限り淡々と答える。自分の体を零は別人のもののように感じている。己の容姿を見ても、零は純粋に可愛いと思ってしまう。同性愛者であろう嶺が、自分に夜這いをかけるのも、零としては仕方が無いと感じていた。零自身が、自分の姿を見て何回も自慰しているので、尚更責めることなど出来なかった。だがその行為を看過できない者もいる。

「零が黙っているのをいいことに好き勝手して……殺してやる」
「真中先輩!」

 真中の声に憎悪がこもっているのを察し、零の顔が青ざめる。嶺をかばうように零がアーマードフューリーを動かした途端、その鎧全体に鋼糸が絡みついた。

「真中先輩、落ち着いて!」
「零どいて、そいつを殺せない……」

 抑揚の無い真中の声に、零は戦慄する。真中は完全に殺人鬼であった頃に戻っていると零は直感した。零は真中を止めようと、動けないアーマードフューリーから身を乗り出す。その細身な胴体に、動きを妨げるように更に鋼糸が巻きついた。

「零! 零を離しなさい」
「嶺先輩、ダメだ!」

 零の体が糸に絡められた途端、傷だらけになっていた彼女の幼い体が、嶺の脳裏をよぎった。その光景が嶺を瞬時に激昂させる。嶺はナイフ片手に突進し、真中はこれに対抗するため周囲に糸を作り出す。状況の悪化を察した零は、咄嗟に剣道で使うような防具を自分の体に作り上げる。防具を自らの身代わりにしてしゃがみ込み、零は鋼糸の束縛からスルリと抜ける。糸に絡め取られた鎧を放置して、零は嶺の前に飛び出した。

「零!」
「うぐっ!」

 真中だけ見ていた嶺は突然の介入に反応が遅れ、自らの体で動きを止めようとした零と交差する。嶺の構えたナイフが、深々と零の細い肩に突き刺さった。

「二人とも、ケンカはやめ……て……」
「零っ!」

 ぐらりとよろめいた零を、嶺が慌てて抱き止める。ナイフには致死性の神経毒がたっぷりと塗られており、零の体は早くも痺れて動けなくなってきた。ガーディアンの頑強な体とはいえ、これではひとたまりもない。

「零、しっかりして!」

 嶺はすぐさま自分が使った毒を、零の体内から中和しようとする。毒の精製だけでなく、分解も嶺は行える。だが強力な毒の作用に、既に少女の体は呼吸も浅くなってきた。

「零、零!」

 真中も零に呼びかけるが、彼女の目の前で零は見る見る内に弱っていく。憎しみに駆られた真中は鋼糸を嶺に使おうと手を振り上げる。だが鋼糸を振り切ったアーマードフューリーがその手を掴んで止める。

「零……」

 零の分身であるアーマードフューリーを真中は見上げる。首を左右に振る機動鎧の姿に、真中は零のメッセージを受け取った。零は二人に争って欲しくないのだ。真中は零の意思に強い悲しみに似た感情を覚えて、胸がグッと苦しくなった。

「けほっけほっ……ゼーハー」
「零!」

 肌が死人のように白くなり、もう駄目かと思われていた零が息を吹き返す。自分の持てる力を全て使って毒を中和していた嶺は、零の呼吸が戻ったのでほっとした。

「よかった……」
「どいて、傷口を塞ぐわ」

 嶺を押しのけると、真中は零からナイフを抜く。自分の糸を操る力を使い、血管と傷ついた筋繊維を修復し、特殊な糸で真中は傷口を縫いつけた。幸いにして、零の出血はほんの僅かだ。真中の処置が終わる頃には、零の顔色も大分良くなり、呼吸も戻っていた。

「二人ともケンカしちゃ嫌だよ」

 零は目からポロポロと涙を流して、嶺と真中に手を伸ばす。少女を泣かせてしまった罪悪感に、二人は苦しさを覚える。最早戦意を失った嶺と真中は、それぞれ零の手を取ってそっと握り締めた。





 零は自分でも何であんなに泣いたのか、分からなかった。感情が昂ぶり、体が自然に反応して、自然と涙が出てきてしまったみたいだ。自分では安易に泣かない性格のつもりなのだが、少女の体は自分の想像以上に涙もろいのかもしれない。思った以上に少女化が進む自分の体に、零は思わず「うーっ」と唸ってしまう。

「どうしたの、零?」
「まだ痛む? 気分悪い?」
「いや、大丈夫だよ」

 心配そうに自分の顔を見る真中と嶺に、零は照れ笑いを浮かべながら、誤魔化すように手を振る。アーマードフューリーで自らを運び、零は真中と嶺と共に既に自室へと戻っていた。真中と嶺は互いに殺意を抱いている相手が同室に居るのに困惑しているが、既に争う気持ちは薄れていた。

「二人共、相手のことは許せそう?」
「それは……」
「無理かも……」

 零の言葉に、真中と嶺は難しい顔をする。今回は零が止めたが、隙あらば相手を亡き者にしたいと考えているのだ。

「でもさ、私は真中先輩も嶺先輩も許しているわけでしょう。当事者が許しているのに、二人が怒るのはおかしくない?」

 零の率直な疑問に、二人は黙り込んでしまう。気まずそうにしている真中と嶺を前にして、零は困惑するしかない。零は何で二人がここまで争うのかがわからないのだ。しばらくして、沈黙に耐えられなくなったのか、嶺がゆっくりと口を開く。

「私は……零が好きだから、零を傷つけるような女は許せない」
「えっ!?」

 嶺の告白につられて、真中も心情を吐露する。

「私も零のことが好きだから、零を汚すような女は許せない」
「え、えっ!?」

 再び互いの言葉にヒートアップする嶺と真中だが、零は驚きから二人を宥めるのも忘れて、一瞬動きが止まってしまう。

「えっと……私、女の子だよ」

 零の発した一言に、真中は真っ赤になって目を逸らし、嶺は深く頷く。

「えっと……その……あうあう」

 思いもせぬ告白に、零はあたふたと混乱して、意味不明なことを口走ってしまう。美人の先輩二人に告白されても、意識が男なので嬉しくないはずはないのだが、あまりにも唐突な話のため、理解しきれていないのだ。

「二人は……その……私の何処が良かったの?」
「全部」

 零の問いに、真中と嶺が唱和する。真中と嶺は互いに睨み合うが、零の方は頬を赤くして照れてしまう。

「そうか……嬉しいな」

 はにかむ零に、敵のことも忘れて真中と嶺が思わず目を奪われる。好きな少女の可愛らしく好意的な反応に、胸の鼓動が速くなる。

「零……」

 思わず近寄って嶺は零の肩を掴む。その行為に真中の眉がつり上がる。

「ちょっと、零に触らないで!」
「わ、ケンカはダメだよ」

 嶺に掴みかかろうとした真中の前に零が割って入り、三人で揉み合う。すぐに体格が小さい零が倒れて、真中と嶺が押し倒すような形となった。

「あ……」
「ごめんなさい」

 慌てて起き上がろうとする嶺と真中の腕を、零が掴んで止める。

「ねえ、こんな話を知らない? 昔、とある村に美人が住んでいた。近所に住む男達はこぞって美人に求婚し、美人を巡って争いが起きた。美人はその争いを嘆いて、井戸にその身を投げてしまったって」

 零の話に、真中と嶺は言葉が出て来ない。

「記憶喪失の私にとって、二人は大事な先輩だよ。もし私が原因で争うのなら、私は居なくなったって構わない」
「零!」
「そんな、ダメよ」

 零の決意に、真中と嶺は慌てる。自分が傷つくのも構わず、両者の争いに割って入る娘だ。零ならば命を自ら絶つことくらいやりかねない。付き合いは短くても、嶺も真中もそれを心で理解していた。

「でも、もし仲良くしてくれるのなら……」

 零は自分の服に手をかけて、ボタンを外していく。

「私のこと、抱いていいよ」

 熱に浮かされたように、零が囁く。頬は上気して、潤んだ瞳で零は真中と嶺を見つめる。半裸になった幼い少女の体に、真中と嶺はブレーキの壊れた車のように、心臓の鼓動が早まっていく。二人とも特別好色とか、未熟な少女が好きなわけではない。だが思い人にいきなり性的な誘惑を受けるという異常なシチュエーションなのに、半熟な肉体が発する禁断の魅力に、二人は抗えない。
 嶺は何度も零の体を触っているが、彼女が自分の意思で誘っていることに頭が真っ白になってしまう。真中は自分ではレズビアンの自覚は無いのだが、零の幼い肉体を目の当たりにして、異常なほど胸が高まるのを覚える。幼女趣味は無いはずだ。それでも二人は零の服から覗く裸身を前に、猛烈な性的興奮を覚えた。

「零!」
「んっ」

 零の小さな体が押し倒され、真中に唇を奪われる。呼吸が出来ないほど強く真中に口を吸われつつ、身動き出来ない体を嶺の手が撫でる。柔らかな腹部から、ゆっくりと胸に嶺の手が動き、膨らみかけた零の薄い胸板を慣れた手つきで優しく触られる。

「はふぅ……んんっ!」

 しばらくして真中はようやく零から離れる。だが真中の口から解放されると同時に、今度は嶺によって零は唇を奪われる。代わりに真中は服をはだけさせると、胸に口を当てて、柔肌を舌先で舐め取っていく。嶺も負けじと零の小さな口に舌を差し入れて、口内を蹂躙する。

「んっ……うぐっ……んう」

 真中と嶺は交互に零にキスをして、うっすらとしか膨らんでいない胸を愛撫する。二人は唇だけでなく、零の顔中を口付けし、小さな胸を唾液でベトベトにする。

「う、あっ、や、やぁ」

 胸を舌がなぞる度に零は震えてしまうような強い快感を受ける。しきりに身を捩り、愛撫から逃れようとするが、真中と嶺は零の体を押さえつけ、執拗に少女の体を責め立てる。

「ま、真中先輩ぃ、嶺先輩……わ、私おかしくなっちゃうよ……」

 荒い息をついて、零が弱々しく告げる。零の体が快楽によって焼かれ、悶える姿を見て真中と嶺の胸がますます熱くなっていく。幼い少女を性的に弄んでいるという異常なシチュエーションなのに、恋している零の痴態に興奮して仕方ないのだ。二人は零の服を下着まで脱がせると、全裸の少女を更に愛撫する。

「零、零……」
「ん、零」
「あぁ、先輩」

 二人の少女は零の全身にキスの雨を降らし、強く唇で吸っては赤いキスマークを幼女の柔肌につけていく。それはまるで、二人が零の所有権を口付け跡の数によって競っているかのようであった。

「あっ、や、やぁ、せ、先輩……す、ストップ……」

 キスだけなのに零の体は二人の唇に異常なまでに強く反応した。特に首、胸、太ももなど敏感な場所では背を反らすほどの強い刺激を感じてしまう。そのことを受けてか、真中と嶺は執拗に零の感度が高い場所を責め立てる。

「ひっ、や、は、はぁ、あ、あ……」

 零の陰唇から溢れ出た蜜が、ツッと尻にまで垂れシーツをじんわりと濡らす。まだ毛も生えていないというのに、零の秘部は女として機能し始めていた。

「ひっ、やっ……」

 嶺の人差し指がピッと下から上に零の割れ目を擦り上げると、彼女の体が大きく跳ね上がった。愛液で汚れた指を舐め取ると、そろそろ頃合と見て、零の秘唇を指で広げようとする。

「だ、ダメ。待って……」
「零?」

 指を挿入しようと思っていた嶺に、零はストップをかける。

「ふ、二人ともまだ服も脱いで無いんだから……まずは裸になって」
「あ……」
「ご、ごめんなさい、零」

 零の指摘に、嶺と真中は慌てて自分達の服に手をかける。零の誘いに、つい彼女を押し倒してしまったが、嶺も真中も服を着たままだった。二人が床に衣服を脱ぎ捨てている間に、零は必死に息を整え、覚悟を決めようとする。

「零……」
「お待たせ……」

 一糸纏わぬ姿になった真中と嶺に、零は目を奪われた。豊かで形の良い胸、くびれた腰に緩やかなカーブを描く尻と、二人の美少女は素晴らしいプロポーションを惜しげもなく晒しているのだ。一度は落ち着かせようとした心臓が、先程より速く鼓動を打ち始める。零の男としての心が美少女達の裸に反応し、少女としての本能がこれから起こることに緊張していた。

「ふ、二人とも……お、お願いがあるの……」
「ん?」
「どうしたの?」

 嶺と真中が零に寄り添うと、彼女の愛くるしい顔を覗き込む。零の小柄な体は緊張に強張り、情けないことに声が震えてしまっている。だが萎縮する少女の心を抑え込み、零は声を振り絞る。

「二人の指で……私の処女を奪って欲しいの」

 零の掠れた小声に、嶺と真中の体を言い知れぬ衝撃が走る。

「零……」
「いいの?」
「二人に私の処女をあげたいの」

 膝を曲げ、自分の秘唇を零は二本指でVの字型にして広げて、自分の一番大事な場所を曝(さら)け出す。零は自分の顔から火が出るかと思うほど恥ずかしかった。だが真中と嶺は震えるほど感動していた。幼い零が自分達のために貞操を捧げてくれると、口にしてくれたのだ。胸が熱くなり、言葉も出てこない。

「お願い……指を入れて……」

 零に請われるがまま、二人は零に手を伸ばそうとするが、そこではたと気付く。嶺と真中のどちらが最初に入れるかだ。思わず二人は一瞬、目を見交わす。

「一緒に入れて……」
「えっ!?」
「ぜ、零!?」

 零の言葉に、二人は絶句する。零の幼い性器はどう見ても、二人分どころか一人分の指を受け入れるのも怪しいものだ。

「大事な処女だから、二人にあげたいの……お願い」

 熱に浮かされたような零の表情に、真中と嶺はおずおずと指を近づける。膣口は充分に濡れてはいるが、その小さな入り口に躊躇してしまう。それでも二人は、性器に指を重ねて入れようとする。

「あっ、く!」

 二本の指は小陰唇を押し広げようとするが、明らかに入り口が小さ過ぎた。早くも零の表情は苦痛に歪んでいる。

「零」
「だ、大丈夫……」
「で、でも」
「大丈夫だから」

 零は二人の手首を両手で片方づつ掴む。驚く二人に構わず、零は手を引っ張ると嶺と真中の指を一気に自分の胎内へと押し込んだ。

「ひっ! あ、あああっ!」

 二本の指は多量の愛液による助けもあり、膣を押し広げて指が中に入り込んだ。何かを無理やり広げられる感触と共に、強烈な痛みと圧迫感が零を襲う。破瓜によるあまりの痛みに、零は大きな声を出してしまった。真中と嶺の手を離し、零はシーツを鷲掴みにしてグシャグシャにする。

「零、大丈夫!?」
「無茶しないで!」
「えへへ、ロストバージンしちゃった」

 慌てる二人に、零は痛みを堪(こら)えて笑ってみせる。涙を目に浮かべて強がる少女に、嶺と真中は胸を締め付けられるような感覚に襲われた。

「う、動かしていいよ……せ、先輩達の好きにして」

 辛いのを我慢して、零が声を絞り出す。零の膣内は恐ろしくきつく二人の指を締め付けている。だが苦痛を緩和させるように、彼女の体は多量の愛液を潤滑剤として分泌する。嶺が恐る恐る指を動かすと、意外にもスムーズに指が動いた。

「あっ、ああっ!」

 奥に進んだ嶺の指がすぐに行き止まりに突き当たり、零が驚きの声をあげる。零の性器はまだ未発達で奥行きが浅いため、指が彼女の子宮口にぶつかったのだ。

「ひっ、あ、やっ……ふあ……」

 嶺の細い指が奥を突く度に、零はシーツの上で身を捩り、甘い悲鳴をあげる。子宮への刺激で快感を得るには、本来は経験が必要なのだが、処女を奪われた直後で高揚した体は、今まで感じたことのない刺激を心地よいものと錯覚したようだ。

「零……」
「うっ、やっ、あ……奥までだめぇ……」

 零が愛らしい声を出すのが嬉しくて、嶺は何度もぷっくりとした子宮口を指で触る。嶺による愛撫への反応にムッとしたのか、零を気遣っていた真中も指を動かす。指をくるりと回すと、膣の上側を指で探ろうとする。

「ひっ、ひぁぁぁぁ!」

 かぎづめ状に曲げた指が、零の膣内にあるザラザラした感触の場所を探り当てる。零が過剰な反応を示したので、真中は興味津々で同じ場所を何度も擦る。

「や、やぁ……先輩達、き、きついよ……あぁぁぁ!」

 二本の指で胎内を押し広げられるように弄られて、零は二人の欲情を煽るような甘い悲鳴を何度も何度もあげる。痛くて苦しいのに、好きな相手からの愛撫によって体は苦痛も快楽に昇華してしまう。処女血が絡みつく指を動かしつつ、嶺と真中は左右の乳首を吸って、零を責め建てる。

「いやぁ、お、おかしくなっちゃうよ」
「零、いいのよ」
「好きよ、零」

 自分の中を指で犯され、胸を口で舐られて、零はひたすら喘ぐ。最早、自分の体が痛みを感じているのか、愉悦を喜んでいるのかもわからない。ただ徐々に頭の中が焼け付くように真っ白になっていくだけだ。

「う、うぁ、いく、いっちゃう……あぁ!」

 ビリビリするような強烈な刺激が膣奥から一気に駆け上がり、脳内に衝撃を巻き起こす。零はシーツを掴んでぐしゃぐしゃにして悶える。括約筋がギュッと収縮して、信じられないくらい強く膣壁が嶺と真中の指を締め付ける。好きな少女が身悶えして絶頂を迎える姿に、嶺と真中は言いしれぬくらいの歓喜を覚えた。

「あっ、あぁ、う、うぅぅぅ……」

 陸に揚げられた魚のように、零が何度も背を反らして痙攣を繰り返す。零は意識が白濁して、何度も気絶するかと思ったほどだ。

「ふぁ……はぁ……」

 しばらくして、ようやく零の体が弛緩して、動きが収まった。緩んだ零の膣から二人が指を抜くと、根本までかなりの血がついていた。やはり初めての幼い体に二本もの指を受け入れるには、相当な無理をしたに違いない。それでも零は自分のバージンを二人に同時に捧げたかったのだろう。そんな彼女の献身的な行為に、真中も嶺も言葉が無かった。二人はそっと指に絡まった血と愛液を舐め取った。





「零、大丈夫?」
「う、うん……何とか」

 自分を覗き込む嶺に、零は弱々しく布団の中から答える。事が終わった後、真中と嶺はシャワー浴びたのだが、体力を酷く消耗した零は、動くこともままならなかった。幾ら常人離れした身体能力を持つとはいえ、発育途上の体に性的な行為は負担だったのだろう。

「でも嬉しかったわ。ありがとう、零」

 真中はベッドに近寄ると、零の髪を撫でる。その表情は心底嬉しそうだ。

「えへへ……二人とも、もうケンカしちゃダメだよ」

 零の言葉に、真中と嶺は思わず顔を見合わせる。二人の少女への恋心は、体を抱いたことで今や火に油を注がれたように燃え上がっている。本来ならば、この場ですぐに殺し合ってもおかしくないのだが、それでは零が悲しむのが目に見えていた。互いに複雑な心境はあるが、ここは互いに矛を収めて休戦すべきだと、真中も嶺も自身を納得せざるを得なかった。
 二人はほとんど同時に溜息をつくと、真中が手を差し出し、嶺がそれを軽く握った。

「まあ……」
「仕方がないわ」

 両者の表情には諦めが漂っていたが、真中と嶺の握手に零は満足したように微笑む。

「ところで嶺先輩、聞きたかったんだけど」
「何かしら?」
「嶺先輩って、何者?」

 おずおずと上目遣いに聞く零の仕草が可愛らしくて、嶺は思わずクスリと笑ってしまう。

「確かに、その質問は大事よね。いいわ、答えてあげる」

 嶺は勉強机からキャスターつきの椅子を引っ張り出すと、椅子の背を前にして座る。話が長くなると見た真中も、ベッドに腰掛けると零の傍らに寄り添った。

「私の本名はミーナ・オガタ、日系二世のアメリカ人で元CIAよ」
「し、CIA?」

 思いもかけない話に、零と真中が目を丸くする。

「私は孤児でね。CIAで色々な民族の子供を集めて教育して、スパイとして送り込もうというプロジェクトがあって、それに政府によって送られたのね。私も当初はスパイとして日本に送られる予定だったわ。ところが、日本政府から奇妙な申し出があったの」

 そこで言葉を区切ると、嶺は小さな冷蔵庫から炭酸飲料を取り出す。零と真中にも缶を渡すと、自分自身もプルタブを引いた。

「強化兵士開発プロジェクトがあり、人材が足りないから参加して欲しいって。陸軍もCIAも最初は相当疑ったらしいけど、最終的にそれへの参加を決めた。スパイにあんる教育を受けていた私も引き抜かれて、他に選抜された人間達と共に送り込まれたわけ。私は最初の被験者として、プロジェクト・ガーディアン・ゼロという物に参加することとなった」

 嶺は机の引き出しを開けると、封筒を取り出した。真中が中身を出すと、そこには嶺と真中の経歴や手術の概要などの書類が出てきた。

「生体兵器ガーディアンを体に移植するっていう、よく考えれば胡散臭い計画なんだけど、お偉いさんからの命令なんだから嫌とも言えなかったわ。コードナンバー02を貰った私は雛形博士……最近知ったんだけど、雛形さんのご両親ね。二人によって生体移植を受けたわ」

 嶺の話に真中は目を伏せる。両親の死は、未だに真中にとっては心の傷だった。

「移植は成功して、知っての通り私は強化された肉体と、毒を作り出す能力を手に入れた。でも手術後に目が覚めて驚いたわ。研究所のそこら中で警報が鳴っているんだもん」
「それは……」
「雛形さんの仕業だったわけね」

 アーマードフューリーの巨体を容易く封じた真中の糸ならば、研究所を壊滅させるのは可能だっただろう。

「まあ、これ幸いと私は研究所から脱出して、事案室があらかじめ用意していたニセの身分に成り代わったわけ」
「じゃあ、未だに特殊事案対策室とは……」
「いや、連絡は無いわ。身分偽装についての書類や知っている人間が、研究所の崩壊で消えたのかも」

 嶺の説明に、真中は疑いの目を向ける。

「そう睨まないでよ。対策室とまだ繋がっていたら、あんなに簡単に攻撃して、正体を現さないわ」
「……そうね。それじゃ、一つ聞きたいのだけど、零はプロジェクトとはどんな関係があるの?」
「それなんだけど」

 嶺は顎に手をかけて少し考え込む。

「研究所の水槽に浮かんでいる零を見たことが一度あるわ。だから彼女が転校してきて、同室になったときは心底驚いたし、警戒もした。そのせいで、零には正体をなかなか明かせなかったの」
「そうなんだ」

 零の無垢な視線に、嶺は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「零は確か記憶を失っているのよね」
「うん」
「もしかして……これは推測なんだけど、零はプロジェクトの失敗作だったんじゃないかしら」
「失敗……作?」

 嶺の言葉に、零は目を大きく見開く。

「勘違いしないでね。何も零の人格とかに問題があるわけじゃなくて、兵器としてのガーディアンとして欠陥があったんじゃないかって。雛形さんはともかく、移植者の選抜に際しては私が知る限りでは、私のように訓練を受けた人間が選ばれているわ」
「確かに……」
「それなのに、その経験が記憶喪失という形でリセットされてしまった。だから研究所で封印されていたのかもしれないわ」

 嶺の言葉に、零は考え込む。自分の記憶は、病院で目が覚めてからの時間しかない。だがそれ以前にも覚醒していて、記憶が無いのを確認されていたのだろうか。

「待って。それじゃ、零は何かの訓練を受けていたっていうの?」

 嶺の話を聞いていた真中が、疑問を投げかける。

「私の例を考えると、その可能性は高いわ。雛形博士が雛形さんを選んでいなかったら、訓練を受けた人間を選んでいたみたいだし。零が年の割には学生としても優秀なのは知っているでしょ、きっと何処かで養成を受けたんだわ」
「誰がこんな子にそんな訓練を……」

 真中は手で零の頬を慈しむように撫でる。
 話を聞いていた零は混乱していた。真中と嶺を見ればわかるが、ガーディアンになっても二人には外見には何ら変化が無い。その理論から言えば零も改装前は幼女のはずなのだが、それなら自分が男だという思いは何処から来たのだろうか……。
























   































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