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「これはこれは、珍しい顔ぶれですな」
飯田が机から顔を上げ、店内に入ってきた客の顔ぶれを確認する。店にやって来たのは、芽衣、雛菊、円、百合という面々だ。飯田が座っている座敷に芽衣と円がつかつかと歩み寄り、雛菊と百合は店内の入り口で動かずにいる。
「こっちも余裕が無いのよ。唯様に相手がちょっかいを出してきたし」
「みたいですね。それはこちらも確認しました」
芽衣が憮然と答え、円も苦虫を噛み潰したような顔だ。
よもや命より大事な主を誘拐……こう書くと大げさだが、それに近いことを国家機関がしようとしたのだ。相手がある程度、唯のプライバシーを知っていることが、芽衣達に焦りを生み出していた。
「それで、何か情報は入ったの?」
「まあ、少しは。組織が出来てから、三年も経ってませんから、そんなに情報はありませんが」
飯田が机の下から、ゴソゴソと封筒を取り出すと、芽衣がひったくるように掴み取った。彼女は封筒の中を軽く確認すると、円に「例の物を」と指示する。円は鞄からDVD―Rのメディアを出し、飯田に渡す。
「こちらの情報よ。重複してる部分も多分あるでしょうけど……ところで、パソコンはあるの? 無ければ紙でプリントアウトしたのもあるけど」
「ご心配には及びませんよ」
飯田は机の下を再度探ると、ノートパソコンを取り出す。古物商には到底似合わない物だ。飯田が操作を始めたラップトップは、ハード関係に詳しい円も見たことの無い機種だった。
「とりあえず、用が済んだから帰るわよ」
飯田がDVDの中身を確認し始めたのを見て、芽衣と円はきびすを返した。
「はい。ご足労をおかけしました」
「……本当なら、悪魔の手を借りるのも嫌なんだけど」
芽衣が眉を寄せて苦々しげに言うが、飯田は気を悪くした様子も無い。
「麻生様にはよろしくお伝え下さい。ご身辺にはくれぐれもお気をつけて……と」
「あなたに言われなくったって、そうするわ」
雛菊が引き戸を開け、芽衣と円、百合が外へ出る。続けて雛菊が店外に出て扉を閉めると、店内にはパソコンを操作する飯田だけが残された。
「唯様、ちょっとお買い物に行きませんか?」
「ん?」
ソファの上で楓の頭を撫でていた唯が、静香の言葉に振り向く。
休日の気だるい午後、唯はガーディアン達とリビングでくつろいでいた。昼食は少し前に済ませている。居間に芽衣、円、雛菊、百合の姿が見えないが、唯は何かの用事で外出しているか、部屋に居るのだろうと思っていた。唯にべったりの恋人達だが、それぞれにプライバシーがあるので、休日でも常に全員が揃っているわけではない。
ちなみに唯が楓の頭を撫でているのは、彼女に頼まれたからだ。突然に「頭を撫でて下さい」と言われたのだが、別に拒否する理由も無いので、既に二十分以上も撫でている。楓の突飛なお願いはいつものことなので、麗やミシェルなども今では突っ込みを入れる気も失せたらしい。そして、テレビを見ながら楓の頭を撫で撫でしていたところで、静香に誘われたのだ。
「別にいいけど。スーパーに?」
「ええ。ついでにお洋服も見たいんですけど……」
「構わないよ」
「ありがとうございます」
快く了承した唯に、静香はにっこりと微笑みかける。楓の頭をぽんぽんと叩いて唯が立ち上がると、楓はほんの微かだが表情を緩めた。どうやら満足したらしい。
「それじゃ、僕も財布取ってくるから、待ってて」
「はい……唯様とデートなんて嬉しいですわ」
「え、デート?」
嬉しそうに言う静香に、唯は慌ててリビングを見回す。
普段ならデートという単語が出した時点で、多数のガーディアンが飛びつく。場所が何処だろうと、自分も行くと言い出して、多人数で出掛けることが多いのだ。先日も近所を散歩するだけなのに、六人でゾロゾロと歩いたばかりだ。だが今日は誰も興味を示さないようで、エリザヴェータや早苗なども唯を見返して、目でいってらっしゃいと言っている。
「そうだね。じゃあ、デートに行こうか……着替えるね」
「あ、はい。玄関で待ってますね」
誰も何も言わないので、唯はデートの準備に自室へ向かい、静香もそれに続いてリビングの外へと出た。
映画館や公園などに行くならともかく、スーパーへの買い物にはそれほど他の恋人達にとって興味が無い出来事なのかもしれない、と唯は勝手に納得する。だが、事実はそれほど単純では無い。
「……デート羨ましい」
「仕方ないだろう。くじ引きで負けたんだから」
ぼそりと呟く楓に、エリザヴェータがため息をついてみせる。だが楓はまだ未練があるようだった。
「ついて行きたい」
「ダメよ」
「何で?」
制止するミシェルに、楓は子供のように首を傾げる。その仕草に、エリザヴェータに続いて、ミシェルもため息をつく。
「聞いてたでしょ。とりあえず、ガーディアンのみで組織の対応について協議しておかないとダメだから、唯様にはこっそり席を外して貰おうって」
「それなら、あなた達で勝手に決めて。私はデートに行くから」
子供のような言い草の楓に、京と由佳がカチンと来たのか、
「ダメだって言ってるでしょ!」
「ちょっとは我慢しなさいよ!」
珍しく声を荒げた。今日は唯とデートに行けないため、二人ともイライラしているらしく、怒りの沸点が普段より低い。普段とは違う仲間の様子に早苗が苦笑する。
「唯君にみんなベッタリだなあ。そんなにカリカリしなくていいのに」
「じゃあ、早苗は平気なの?」
普段通り、何処か飄々としている早苗の姿が気に障ったのか、麗がジロリと早苗を睨む。先程まで何も言わなかった麗だが、彼女も相当にフラストレーションが溜まっているようだ。
「ボク? ボクは平気だよ。唯君が帰ってきたら、甘えればいいわけだから」
「……聞いた私が悪かったわよ」
早苗のシンプルな答えに、麗は肩の力を抜いて、怒りの矛を収める。考えてみれば唯が家に居ないのは数時間だ。帰ってきたら、また色々構って貰えばいいだけの話なのだ。もし不満なら、また夕方にちょっと誘って外に出るという手もある。
「……みんな、唯君にベッタリなのはいいけどさ、あんまり唯君に構って欲しがってばかり居ると、嫌われちゃうよ」
「うっ!」
早苗の正鵠を射た指摘に、彼女を除いた全員が固まる。
「折角、唯君が一緒に居る時間を一杯取ってくれているんだから、その好意を無にしないようにしないと」
早苗の正論に誰も反論できない。考えてみれば、休日なのに外へと遊びに行かずに、リビングに唯がいつも居るのもおかしな話だ。もしかしたら、自分達が知らず知らずに唯を縛っているのかもしれないと、全員が心の中で自問する。
「それじゃ、行って来るね」
芽衣や由佳が買ってくれたブランドの服で固めた唯が、出掛ける前にひょいとリビングに顔を出す。唯の話題をしていたのを知られたくなかったので、慌てて全員が「いってらっしゃい」とにっこり微笑む。楓まで笑顔なことに、唯は僅かにギョッとしながらも、笑顔を返す。
「帰りに、お土産にケーキでも買ってくるから。留守番頼むね」
爽やかに去っていく唯に、全員がほぅとため息とも取れるような甘い吐息を吐く。ちょっとした仕草なのに、格好いいと思ってしまうのだ。自分の感情に気付いて、麗が自嘲する。
「私達って一生唯から離れられないかも」
「本当、ベッタリよね。気をつけて、唯君に無理させないようにしなくちゃね」
由佳はドキドキする胸を鎮めようと、深呼吸を繰り返した。
「しかし、静香さんから誘ってくれるなんて、珍しいね」
エレベーターに乗りこんだ唯が、ボタンを押しながら静香に声をかける。
「そうですね。たまには私からもお誘いをと思ったので」
「前に一緒に遊びに行こうって約束してたから、果たせて良かったよ」
「覚えていてくれたんですか?」
唯の言葉に心底嬉しそうに静香は微笑む。彼が言っているのは、先日プールに行く前に水着を買いに行ったときの約束だ。唯を誘ったのは外に連れ出すための、単なる口実だったのだが、今頃になって静香はこれから二人っきりのデートだという実感が沸いてきた。ちょっと近所に買い物をしに行くだけなのに、心臓の鼓動がバクバクいっている。
「なかなか二人っきりになれる機会が無かったしね。遅くなったけど、約束が果たせて本当に良かったよ」
「いえ、覚えていて下さっただけでも充分満足です」
エレベーターが一階につくと、静香を先に行かせてから、唯が後に続く。マンションの自動ドアをくぐり、外へと出て行く。
「それじゃ、何処に行こうか?」
「まずはデパートでいいですか? そろそろ秋物の服を探し始めないといけないので」
「それって、ちょっと早くない?」
まだ八月にも入っていないのに、秋物を探すという静香に唯は困惑する。
「多少準備しておかないと、後で困っちゃうんですよ」
女性のファッションはある程度早めに準備しておかないと、流行に乗り遅れて大変なのだ、と静香は説明する。彼女の話に納得しながらも、唯は女性として生きるのは大変だと改めて思う。
ガーディアンはどの女性も程度の差はあれ、かなりおしゃれに気を使っている。一見、おしゃれとは無縁のような京、雛菊、エリザヴェータでさえ、各自に似合った服を着るよう心がけているのは一目瞭然だ。京は赤や緑のパンツスーツを好み、雛菊は動きやすそうなワイシャツとジーンズ、エリザヴェータは銀髪に合わせて清潔感のあるTシャツに短パンなどという感じだ。
「女の人ってファッションに気をつけなくちゃいけないから、色々と大変だね」
「うーん、そうとも言えますが、楽しみでもありますから」
率直に思ったことを言う唯に、静香はにこりと笑ってみせる。
「なるほど……確かにそうだ」
「唯様はファッションにはあまり興味が無いみたいですよね」
「あ、わかる?」
「芽衣や由佳と服を買いに行くときは、いつも微妙な顔をされてますし」
「いや、嫌いってわけじゃないんだけどね」
たははと唯は苦笑する。芽衣や由佳は唯のために、一流のファッションセンスで服を選んでコーディネートしてくれる。それこそカジュアルからフォーマルまでだ。ブランド物の品なので、普段着ていても着心地がいいので問題は無いのだが、いかんせん洋服を選ぶのにやたらと時間がかかるのである。とっかえひっかえ試着室で色々と着させられ、なかなかの重労働なのだ。
そのことを静香に伝えると、彼女はクスクスと笑う。
「すみません。女っていうのは、そういうの好きなんですよ」
「わからなくはないよ」
「やっぱり、自分の夫にはベストな物を着て欲しいんですよ」
「夫?」
きょとんとした表情で聞く唯に、静香は失言に気付いて真っ赤になる。
「す、す、すみません。お、思わず口に出ちゃって」
「いや、別に気にしないで……」
恥じ入る静香に、唯も顔が赤くなっていく。少年も、よもや中学生の自分が、ずっと年上の美人に夫とまで言われるとは思わなかった。毎晩のように肌を重ねていても、こういう何気ないことに彼はまだ慣れていないのだ。まだ出会って数ヶ月なので仕方ないが、彼の初々しさはなかなか抜けない。
駅前へと続く道を、しばらく二人は無言で歩く。唯も静香も元来は大人しい性格だから、何と言えばいいのかわからないのだ。だがこれではいけないと思ったのか、唯がそっと静香の手を握り、指を絡ませる。
「あっ!」
「折角のデートだからね」
にこりと笑う唯の視線に、静香は顔を俯かせる。心臓が異常なほどバクバクと音を立てて痛いほどだ。早苗と寄り添って千と数百年、まさか自分がこれほど他の誰かを好きになるとは静香は信じられなかった。
「ただいま」
「おかえりなさい」
家に帰ってきた芽衣達を、リビングに居た面々は素っ気無く迎える。唯に対しては温かく迎えるガーディアン達だが、二千年近く共に居た仲間に対する挨拶は簡単なものだ。お互いのことを知り尽くしている仲なので、改めてきちんと出迎えるということはない。
「しばらくは楽にしてて。情報の精査が終わったら、会議を始めましょう」
「わかったわ」
芽衣の言葉に、京が頷く。他の者も了承したと目で応える。リビングのソファに座ると、芽衣が書類を広げて円がノートパソコンを開く。他の者は邪魔をしないように静かにしている。
「コーヒー飲む?」
「サンキュー。しかし、飯田も結構調べてるわね」
モニターの前に座る円が、由佳の好意を素直に受け取る。書類を読みながら、円はときたまノートパソコンのキーを叩く。
「待たせたわ。とりあえず、会議を始めましょう」
充分に情報を把握したのか、三十分後に芽衣が全員に宣言する。芽衣のリーダーシップを認めているのか、全員が彼女の言葉に素直に従って居住まいを正す。
「それでは、今回の組織について説明するわ。組織の正式名称は内閣特殊事案対策室、これは唯様のご報告通りだわ。内閣ってついているけど国家公安委員会の下部組織で、一応は秘密組織ってことになってるわ。設立は三年前で、本格的に活動を開始したのは、ここ半年ね」
芽衣がプリントアウトしている書類を見ずに、そらでスラスラと説明する。既に必要なことは頭に入っているのだろう。有能な会社社長なだけはある。芽衣の話を聞きながら、雛菊はノートを取っており、京はPDAを弄ってメモを取り始めている。
「トップは赤井祐太郎。警視庁からの出向で公安出身のキャリア。円が調べたところ、有能だが上昇志向が強いとのこと。経歴については東大出身ってところを見ても、無難ってところかしら」
そこで話を芽衣は僅かに区切るが、質問が無いのを見てすぐに話を続ける。
「次は組織の構成について。円がかなり危ない橋を渡って調べてくれたわ。特殊事案対策室の組織は三つに分かれるわ、諜報部、研究部、そして執行部隊。諜報部は関東近辺の公安出身が多くて、主に悪魔の情報収集が役目。先日、唯様に接触したのもこいつらのようね」
唯様という単語に何人かが顔を顰める。自分の主であり、家族であり、何より大切な恋人を誘拐されそうになったのだから、いい顔をしないのは当たり前だ。
「続けて研究部。これについては残念ながら、ほとんど何もわからなかったわ。ただ、百合が聞いたところによると、対策室が出来る前から研究は行われていた可能性があるわ。そして執行部隊。こちらも謎は多いけど、対悪魔戦闘用部隊ね。自衛隊出身が多いのではないかと推測されていて、目下調査中。飯田からの報告で興味深いことがあって、一部隊がとあるマンションで悪魔殲滅に失敗しているわ」
「殲滅に失敗? じゃあ、大したことは無いのか?」
雛菊の質問に、芽衣は僅かに間を置いて答える。
「相手はあのザウラスらしいわ」
芽衣の言葉に場が静まりかえる。忌まわしき白い悪魔の名が出たからだ。
主を狙うザウラスはガーディアンにとっては不倶戴天の敵に等しい。だが自分に執着するザウラスに対して、唯も宿敵として認めているところがある。本来はすぐにでも屠りたい相手なのだが、唯が戦いを望んでいることもあり、渋々ながらガーディアン達は静観という態度を取っている。
「ザウラスが唯様に忠告しに来たのは、この直後らしいわ。部隊に死者は居ないものの、ほぼ全員が病院送り。よって一応は一部隊が壊滅ってところみたい」
「それで、唯君に接触してきた理由は?」
肝心な部分がなかなか聞けないので、焦れたのか由佳が芽衣の話を遮って聞く。
「これについては唯様の話と組織の形から推測しなければならないけど、まず言えるのは私達の力が目当てということね。それが純粋に悪魔退治のための協力を求めているのか、それとも別の目的かは不明だけどね」
芽衣はコーヒーカップを持ち上げ、由佳が淹れたコーヒーを咽喉に流し込む。数分待って質問が無いのを見て、芽衣はカップをソーサーの上に置く。
「それで、どうしましょうか。一応、皆の意見を聞きたいわ」
「すみません、色々と付き合ってもらって」
「全然構わないよ」
スーパーのロゴが入ったビニール袋を持った静香に、袋を両手に持った唯が並んで歩く。夕食の買い物をスーパーで終えて、帰宅する途中だ。約束通り、留守番をしている女性達への土産も買ってある。たまには洋菓子より和菓子がいいだろうということで、デパートで幾つかお饅頭を買ったのだ。和菓子は雛菊の好物だ。
「でも、良かったの? あんまり洋服見なかったけど」
「え、ええ……まだちょっと秋物には早かったみたいですし」
唯の気遣いに、静香は僅かに口篭って目を逸らす。
秋物の洋服は既に店頭で並んでおり、選んで試着しようとしたのだが、彼女は一着だけ試してやめてしまった。試着した服を着て唯に見せたとき、「とっても似合ってる」と一言だけしか貰っていないというのに、一気に恥ずかしくなって洋服選びを中断してしまったのだ。唯の自然で爽やかな笑顔で褒められて、静香は心臓が口から出そうなくらいドキドキした。他の仲間と買い物に行くならまだしも、唯と二人っきりで洋服を選ぶというのはハードルが高かったのかもしれない。
「あれ? あ、すみません」
バッグの中に入っていた携帯電話が振動したので、静香は唯に断わってから取り出す。素早くメールを確認すると、静香がギョッとしたような顔をする。
「どうしたの?」
「い、いえ……何でもありません」
静香は笑って誤魔化すが、唯は彼女の不自然な表情に顔を覗き込む。
携帯へのメールは芽衣からだった。会議が思ったより紛糾しており、もうしばらく時間を稼いでくれと一方的に連絡してきたのである。予定の時刻をとっくに過ぎたので、役目を果たしたと、すっかり油断していた静香にとっては寝耳に水だ。今更時間を稼げと言われても、生鮮食料品まで買い込んでしまっている。
「あ、あの、唯様」
「なに?」
「もう少し遊んで行きませんか?」
静香の変わった様子に、唯は目をパチクリさせる。どう見てもこれはメールに何か書いてあったに違いないのだが、唯には何と書いてあったかは想像がつかない。
「別に僕はいいけど、晩御飯のおかずが……」
「少し戻ることになりますが、近くのデパートに冷蔵ロッカーがあるんです」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、使おうか」
静香の提案にあっさり乗って、唯は自分から方向転換して引き返す。彼女の強引な誘いは不可解だが、唯は静香を信頼しきっているので、何か裏があったとしても別に構わなかったのだ。
デパート内の冷蔵ロッカーに生物を入れ、その他の品物はロッカーに放り込む。これはすぐに済んだのだが、静香は次をどうするかを、全くと言っていいほど考えていなかった。
「それで、どうする?」
「え、えっと……その……」
頭をフル回転して、何とか行き場所を探そうとしている静香に、唯は助け舟を出すことにした。
「ブラブラして、喫茶店にでも入ろうか。それともショッピングする?」
「それじゃ、喫茶店に」
「了解。フラペチーノ、あんまり飲む機会が無いから、こういう機会に飲まないとね」
静香の腕を唯が取る。背に差があるので、残念ながら唯が抱きつくような形になってしまうが、それでも静香には嬉しいことには変わりない。血圧が一気に上がるのが、自分でもわかる。
「は、はい。私が奢りますね」
「じゃあ、お言葉に甘えるね。ありがとう」
コチコチに緊張している体を何とか動かし、静香はデパートから唯と共に出る。女同士なので、早苗とは恋人のように腕を組むことはあまり無い。そのために、こう堂々とカップルのようなことをされると、どう対処していいかわからなくなってしまう。二千年生きているというのに、これではまるで初心な小中学生だ。
「ゆ、唯様……わざとやってません?」
「んー、デートのときの義務みたいなものだと思うんだけど……確かに静香さんの反応は面白い」
「すみません。慣れていないものでして……」
「いや、謝らなくていいよ」
顔を赤くする静香に、唯は頬をポリポリ掻く。由佳やミシェルが積極的なので、唯は腕を組むのには慣れているが、静香はそうでもないらしい。年上の女性が見せる恥じらいに、唯もどう声をかけていいかわからない。
行き先の喫茶店を決めると、二人は無言で歩き続けた。静香がガチガチに固まっているので、唯としても話題を出しづらい。だが静香は腕を離してくれと言わないので、自分の腕は外さないことにした。
「おい、そこの二人」
密着している唯に気を取られて、静香は五人の男に行く手を遮られたのに気がつかなかった。強面の男達はかなり目立つというのに、近くに来るまで全くわからなかったのだ。男達を一目見て、静香の顔つきがグッと引き締まる。
「悪魔……」
眼前の者達が人間では無いと確認して、静香は逆に緊張が解けた。年の離れた姉と弟という様相で腕を組んでいたので、先程から周囲からの視線が気になっていたのだ。敵と相対したことで、却って肩の力が抜けた。初デートの緊張に比べれば、長年の因縁がある悪魔の方が相手としては楽だ。
「こんな近くに居たのに気付かなかったとは……。申し訳ありません、唯様」
「別に仕方ないよ」
先程までの動悸は治まったが、敵を目前にして静香は針のように鋭く闘気を高めていく。幾ら自分がデートであがっていたとはいえ、悪魔が近くに居たのに気付かなかったのは失態だった。
「我々と一緒に来てもらおうか? あんた達もこんな場所で騒ぎを起こすのはまずいだろう」
ノーネクタイのスーツ姿に派手な色のワイシャツ、男達はどう見ても堅気には見えない。いつも通り、暴力団関係者に偽装しているのだろう。大人しそうな男女がヤクザ者に絡まれていると見られるのは、静香達も悪魔達も本望では無い。唯達は歩き出した五人についていくことにした。
悪魔達に二人が連れて行かれたのは、とある空き地だった。周囲にビルが立ち並び、道路に面した場所に白い簡易的な壁が作られているのを見ると、ビルを取り潰した場所らしい。入り口をくぐるときに、唯は壁に工事の予定表が貼ってあるのが目に入った。
「今更地上げなんて流行らないが、ここはうちの管轄でね。こうやって誰にも邪魔されずに、こうやって向き合っていられる」
扇状に二人を取り囲む悪魔達の姿がグニャリと歪む。思わず唯が静香を庇うように半歩前に出た。
「そして、こうやって戦うこともできる」
本来の姿を現した悪魔達は異様に痩せた姿をしていた。紫色の体は二足で立っているが、とてもではないが人間には見えない。昆虫が持つような形の赤い目と、腰が大きく出ているのが特徴だ。静香には相手に見覚えがある。
「上級悪魔……」
「そうだ。密かにおまえ達が少人数で出掛けるのを監視していた。幾ら能力者とて、上級悪魔五体と戦って勝ち目はあるまい」
悪魔は人間とは別の呼吸器官を持つらしく、人間が出せないような声色で喋る。極めて異質なその声は、響きだけでも人を戦慄させる。
「おまえ達は派手にやり過ぎた。ここで死んで貰おう」
悪魔達の宣告に唯が力を集中させようとする。だが少年の肩に手を置いて力の行使を制止し、静香が彼の代わりに前に出た。
「唯様に手出しはさせない。私一人が相手します」
「静香さん……」
「ほう、おまえ一人がか……」
落ち着き払った静香だが、唯は不安が募る。元来、静香は戦いを好まない。それなのに、唯を守るために戦うというのだ。
「心配しないで下さい、唯様。千年ぶりに本気を出します」
大人しそうな静香の表情がきっと引き締まる。その表情を見て、唯はとりあえず自発的に動いて壁まで後退した。彼女の顔に決意と共に、微かな自信を見て取ったからだ。静香はビニール袋を唯に預けると、数歩前に出た。
「ほざけ、上級悪魔五人に勝てると……思っ……」
悪魔の台詞が途中で止まる。ズドンという鈍い音と共に、悪魔の身体がぽっかりと半円状に抉り取られたからだ。頭部と体の半分を腕ごと無くした悪魔は、ふらりと後ろに倒れ込むと、そのまま崩れるように塵へと姿を変えた。
「なっ……」
一撃で仲間がやられたのを見て、悪魔達に動揺が走る。静香が悪魔に向かって、片方の手の平を向けているので、何かをしたのは確かだ。だが腹の底に響くような低音が響いた以外は、彼女がどんな技を使ったのかを悪魔達も唯もわからなかった。
静香は手を動かすと、片手をもう一体の悪魔へと向ける。再び鈍い音が響き、悪魔の上半身が何かに食われたかのように消滅した。残った下半身が立ったまま塵となって崩れた。
静香は極小のワームホールを発生させ、その反動で生まれる強力な重圧砲を相手に叩き込んでいた。いかに悪魔の身体が弾丸をも通さないような強固な体でも、これでは敵わない。
「ち、散れっ!」
一体の叫び声と共に、三体の悪魔は散開して距離を取ろうとする。すかさず地を蹴って静香がその内の一体を追う。バッタのような強力な脚力でジャンプする悪魔に、流石のガーディアンの身体能力でも追いつけないと、見ていた唯には思われた。だが腰を捻って右腕を振りかぶった静香の身体が、空中で有り得ない速さに加速した。
「なっ!」
急加速する静香の姿に、両腕をボクサーのように縦にして構え、悪魔は慌ててガードしようとする。目指す悪魔の体へと、ガード越しに静香はパンチを叩き込む。その刹那、悪魔の身体が強烈な力を受けて、パチンという盛大な音と共に四散した。あまりの力に肉塊すら残らず、放射状に液体が撒き散る。まるで高速で走る車のウィンドウに、ぶつかった蚊のようであった。
「こ、こいつ!」
静香が使える最大出力の重力が乗った拳の威力を目の当たりにして、一体の悪魔が自暴自棄になって隣接するビルの壁を蹴って彼女に突っ込む。重力を操って加速することが可能な静香には、スピードで距離を取ろうとするのは叶わないと見たからだろう。
着地した静香は素早く振り向くと、接近する悪魔を正面から迎え撃つ。高速で振られた悪魔のかぎ爪に対し、静香は上半身を大きく逸らしてその一撃を回避する。そのまま地面に手をつくと、彼女は綺麗にバク転した。大きく反りあがった足が悪魔の細身な体を捉えると、そのまま蹴り上げる。両足のキックを受けた悪魔の身体が、キックの力で僅かにふわりと浮き上がったかと思うと、天を目掛けて猛スピードで飛んだ。見上げた唯の目に、見る見るうちに豆粒のように小さくなっていく悪魔の姿が映る
「ば、化け物め……」
動きを止め、静香と対峙した最後の一体が非人間的な声で呻く。蹴りが入った瞬間に、重力を反転させて静香は相手を上空数千メートルまで飛ばしたのだ。魑魅魍魎が蠢く奈落でも、このような術者や魔物は居ない。圧倒的なガーディアンの力に悪魔は生まれて初めて恐怖した。
静香は眉を僅かに寄せるが、悪魔の一言を黙って無視する。無言で相手に向かって地面を軽く蹴ると、静香の身体がふわりと空中へと跳躍した。二メートルほどの高さに飛び、前方宙返りした彼女の体が、ある時点で何の前触れも無く悪魔に向かって急加速する。迎え撃とうとしていた悪魔のパンチが、カウンターのタイミングを外されて空を切った。静香は上を向いた悪魔の顔を右足で踏み、左足を右肩について敵の上体に着地する。
「あがあっ!」
静香に乗っかられた悪魔の身体が、メキメキという音と共に一気に沈み込む。骨格が盛大に破壊される音を奏でながら、一見して普通の女性である静香に悪魔は踏み潰される。まるで数トンの物体を頭に乗せられたのかのようだ。塵を噴きながら悪魔の身体が崩壊していく。
静香の力を呆然と見ていた唯だが、五体の悪魔が消えて、ようやく「ああ」と納得するような声を漏らした。唯は静香が何故ガーディアン最強と言われるかが、分かったのだ。その強大な力もさることながら、彼女が放つ技は基本的に防御が難しい。流石に唯も静香がマイクロワームホールを作ったなどということはわからなかったが、重力を操作して相手を蹴り飛ばしたのと、自重を増加させて相手を踏み潰したのはわかった。このような力では、相手も堪らないだろう。
「終わりました、唯様」
戦いは終わったと見た静香は、ゆっくりと唯の元へと歩き出す。その表情には勝利の喜びは無く、安堵だけが見て取れる。
歩む彼女の背後で空中に蹴り上げられたはずの悪魔が落下し、地面に叩きつけられた。なかなか戻って来なかったところを見ると、かなりの高度に蹴り上げられたらしい。ピクリとも動かない悪魔は、そのまま塵と消えた。
「唯様?」
呆然としている唯の姿に、静香が首を傾げる。だが次の瞬間、彼女の顔がぐっと歪む。
静香の力はガーディアンの中にあっても凄まじく、それに異質だ。同じ能力者とは言え、唯を怯えさせたかもしれない。静香の頭に悪魔が最後に放った化け物という言葉が蘇る。だがその心配は杞憂に終わった。
「凄いよ、静香さん!」
唯は駆け出すと、自分より背丈の大きい静香に向かい、ぶつかるように彼女の体へと抱きつく。
「ゆ、唯様!?」
胸に顔を埋めて、ギュッと抱き締める唯に静香は慌てる。よもやこのような反応が返ってくるとは、静香も思ってはいなかった。
「凄い! 静香さんって、こんなに強かったんだ。うわー、尊敬しちゃうな」
「そ、尊敬だなんて、そんな……」
唯の大げさとも言える褒め言葉に、静香は困惑する。見上げる唯の目は確かに尊敬の念に満ちていた。そう、例えばヒーローを見る少年に近い。すっかり失念していたが、唯はヒーローに憧れるようなところがある。エリザヴェータを初めて見たときも、彼はそんな顔をしていた。
「凄い、凄いよ……」
「ちょ、唯様!?」
唯は静香の首を掴むと、引き寄せて口付けする。ぐっと押し付けられるだけのキスだが、それだけでもう静香の体温がカッと熱くなっていく。おまけに駄目押しで唇を離すと唯はキスの雨を顔に降らしてきた。唯は静香の戦いぶりによっぽど興奮しているようだ。顔中に口付けされて、静香は腰が砕けそうなくらいフラフラになってしまう。
「ゆ、唯様……」
「静香さんがこんなに凄いなんて知らなかったな。うーん、嬉しい」
唯にぎゅーっと抱きつかれて、静香は頭がぼーっとしてくる。まるで抱かれているときのような感覚が、静香の体から湧き上がってきてしまう。
「唯様、行きましょう……あまりここに留まって居るのは得策では無いですから」
「そうだね」
静香に言われるまま、唯は腕を組んで空き地から出て行く。その姿を遠くから観察している者が居た。二人を見ていた男はまだ三十代前半で、黒いジャンパーにジーンズを着ている。近くのビルに設置された非常階段から、デジタルカメラのファインダーを覗いて、盛んにシャッターを切っていた。
「人のデートを覗き見とは、趣味が悪いんじゃないの?」
いきなり耳元で声をかけられて、男はギョッとして振り向く。その前にはゴシックロリータを着た少女が立っている。いや、正確に言えば、女装した少年だ。言うまでもなく、ザウラスである。
「き、貴様は……」
「あら、私が誰だかわかるのかしら? まあ、そうでしょうね。散々あなた達の下っ端をいたぶってやったから」
ザウラスの右腕が服ごとゴム状に変化し、男の顔に張り付く。まるでタコのように広がった白い触手が顔に絡みつき、凄まじい力で男の顔を圧迫する。
「ぐごご……」
「あいつは私の獲物だ。二度と手を出すな」
低い男の声でザウラスが相手に宣告すると、男の体はズルズルと地面に崩れ落ちた。酸素欠乏で相手を気絶させただけで充分と見たザウラスは、ゴム状の片手を人間の手に戻す。そして男から離れて床に転がったカメラを踏み潰して、ザウラスは粉々にする。
「今回は唯の出番は無かったが、まあ良かろう。ふは、ふははははは……」
白い悪魔はさも楽しそうに笑う。その笑いが再戦を楽しみにしているのか、それとも内閣特殊事案対策室に一泡吹かせてやったからかは、わからない。
ひとしきり笑うと、ザウラスはしまったという顔をする。
「デジカメだっけ……勿体無かったわ。折角だから、壊さなければ良かった」
魔法では無い、この世界の高い科学力と技術に常々興味があったザウラスは、己の行為を悔いた。だが悔いたところで、どうしようも無い。「とほほ」などと可愛く言いながら、ザウラスは残念そうに去っていった。
「唯様、こちらに……」
「う、うん」
恥らう顔とは逆に、静香はかなりの力で唯をぐいぐいと引っ張る。おしとやかな性格の静香が、かなり強引に自分を引っ張って行くのに面食らいながらも、唯は連れられるがままついて行く。彼女が積極的になるのは、唯としても別に何ら構わない。
それから十分程歩いただろうか。静香は唯を繁華街から僅かに逸れた場所に連れて来た。
「唯様……少し休んでいきませんか?」
「ええっ!?」
唯が連れて来られたのは、ラブホテルの前だった。通りには何軒ものホテルが並び、場所が場所だけに人気が無いに等しい。
「ちょっと、静香さん!?」
「唯様……はしたないと思われると思いますが、静香は我慢できません」
デートでドキドキしていたところに、浴びせられるようにキスを受けてしまったのだ。幾ら慎み深い静香でも、惚れている相手にこのようなことをされたら堪ったものではない。
「落ち着いて、静香さん」
「唯様は……お嫌ですか?」
潤んだ瞳を向けてくる静香に、唯は思わずドキリとする。貞淑な美女に迫られて、僅かな間だが唯は流されそうになった。
「だ、ダメだって」
「やはり、このようなはしたない女は嫌いですか?」
「静香さん、僕は中学生なんだよ」
自分の細い両肩を掴んで尚も迫ってくる静香だが、唯は必死に説得しようとする。
「ラブホテルなんか一緒に入ったら、幾ら何でも静香さんも捕まっちゃうよ」
「あ、えっと……そ、そうでした」
唯の言葉にはっと正気に返り、静香は彼の肩から手を離す。その途端、静香の顔が青くなる。欲情していたとは言え、自分の身はともかく、唯の立場を脅かすようなことをしたのだ。
「あ、いや……その……気持ちは嬉しかったから、あんまり自分を責めないで」
「はい、申し訳ありません」
髪を優しく撫でる唯に、静香は泣きそうになった。唯はいつでも静香に優しい。そしてそれが今は身に染みて嬉しかった。
「えっと、それじゃさ、ラブホテルはまずいから、カラオケに行かない?」
「カラオケですか? はい、是非」
唯の提案に元の冷静さを取り戻した静香はすぐに乗る。特に歌に自信は無いが、歌える曲のレパートリーはそこそこにある。年下の少年にエスコートされるまま、静香はカラオケ店に向かった。
繁華街の真ん中にあるビルに、二人はやって来た。ほとんどのフロアがカラオケ店のもので、部屋数もかなりある。唯は仲が良い友人たち四人と、時たま遊びに来ているので、常連だった。休日だが部屋数が多いこともあって、唯が会員証を見せるとすぐに受付が部屋を案内してくれる。二十代の美女と中学生くらいの少年という組み合わせは一風変わっているが、店員は特に気にする様子も無い。
「ごゆっくりどうぞ」
店員の言葉を背に受けて、二人は部屋に向かうためにエレベーターに乗った。
「唯様は歌は上手いんですか?」
「前はそんなに上手くなかったけど……最近はプロ並みに歌えるかな?」
「え、そ、そこまで凄いんですか?」
唯がさり気なく見せる自信に、静香は不安になる。静香の歌はそこそこ上手いという程度だ。
「あはは、静香さん。僕の能力を忘れてないよね?」
「ああ、そういえばそうでした」
唯の力をすっかり失念していた静香は、顔を羞恥心で赤くする。唯の能力は音を操ることだ。歌を上手く歌うのはもちろん、旋律を微細に拾うこともお手の物だろう。
エレベーターが指定した階に辿り付くと、二人は外へと出る。廊下には人の姿は見えないが、各部屋から聞こえる歌声が響いている。唯と静香は指定されて部屋をすぐに見つけると、中へと入った。
「丁度、いい感じの部屋だね」
唯は中に入ると明るい照明を落す。静香は歌のカタログを広げて、唯の前に置く。
「唯様、先に歌いますか?」
「ん? うーん、そうだね……」
唯はリモコンを取ると、操作し始める。いつも最初に歌う得意な歌でもあるのかな、と見ていた静香だが、唯が片っ端から曲を入れていくのに、ビックリする。
「ゆ、唯様!?」
「これでよし……さてと、静香さん、こっちに来て」
わけがわからず、若干の不安も感じながらも静香は唯の言うとおりにする。座っている唯に近づくと、静香は首を引き寄せられた。
「あっ……」
静香の唇を唯が奪う。驚く静香だが、髪を優しく撫でられながらキスをされると、徐々に体の力が抜けて唯に自然と身を預けてしまう。唇を合わせるだけのキスなのに、静香は身体がドンドン熱くなっていくのを感じている。
「ゆ、唯様……これ以上は……」
堪らなくなり、静香が唯から身を離す。自分の胎内からじわりと体液が染み出る感触がしているような気がする。これ以上されては、静香も困ってしまう。
「何で?」
「わ、私……おかしくなってしまいそうで……」
「いいんだよ。誰も見ていないよ」
唯の囁きに、静香はようやく彼が何でカラオケ店に誘ったのかを理解した。静香が情欲に燃えてしまったので、この場所を選んでくれたのだろう。だが自分から誘惑したとは言え、カラオケ店の個室で性行為をするのは、静香には躊躇われた。
そんな静香の気持ちとは裏腹に、唯は彼女の腕や首筋を優しく触る。それだけで、静香は身体が跳ねてしまいそうなほど感じてしまう。
「ゆ、唯様……ダメです。こんなところで……見つかってしまったら、マズイです」
「あ、中学生をラブホテルに連れ込もうとして、そういうことを言うかな?」
「い、言わないで下さい」
からかう唯に、静香は真っ赤になった。そんな静香の頬を、唯は細い指先で優しく撫でる。
「大丈夫、ここなら廊下からは見えないはずだし、歌ってるようにちゃんと聞こえるしね」
唯が言うように唯が静香を引き寄せた場所は、ガラス張りのドアから死角になっている。それと静香も気付いていたが、曲がかかった時点で綺麗な歌声が何処からとも無く部屋に響いていた。もちろん、唯の力だ。
「そ、それでも、こんな所では……あ、ああっ!」
それでも尚、止めようとする静香を無視し、唯は彼女の胸に手を伸ばす。巨大な片胸に手を当てると、微細な力で服越しに優しく刺激を与える。
「や、唯様……ん、ぁん……ん、ん、ダメです……」
静香は声が漏れそうになる必死に押し殺そうとする。幾ら防音が優れていて、大きな音で曲がかかっていても、外に声が漏れることを彼女は恐れていた。だがあくまでソフトなタッチで唯に触られ続けると、嬌声がどうしても出てしまう。
「静香さん……」
「ゆ、唯様……許して……あ、ああっ……はぁ……」
微弱な力の言霊を静香の耳に吹き込みつつ、唯は彼女の頬に軽いキスを繰り返す。それだけで静香の体から力が抜けてしまう。
「は、はぁ……はぁはぁ……あ、はぁ……あ、あ、あっ」
体の緊張が解けると、唯の胸への愛撫が更に気持ち良くなってくる。優しい手つきで胸を揉まれると、乳首がブラジャーの布地に擦れて、静香の息があがっていく。
「どう、気持ちいい?」
「……はい。でも、わ、私……怖いです……」
「少し緊張するのはわかるよ。でも、大丈夫だから」
唯は胸を揉むのを執拗に続け、ゆっくりと彼女の大きな胸を揉む力を強くしていく。胸を押し潰され、円を描くように捏ね回されると、静香の頭がボーッとしてくる。硬くなった乳首の先から、甘い痺れが広がって胸の奥まで浸透してくるようだ。
「あ、ああ……あ……あん……はぁ……」
小さな喘ぎ声が止まらないが、思考が霞んできた静香にはどうでもいいように思えてきた。唯に触って貰えるという喜びが、意識を侵食してきている。唯がロングスカートをゆっくりたくし上げてきても、静香は呆然とそれを見つめるだけだった。
「あっ! えっと……凄いね」
ショーツに手をかけた唯が、彼女の下着がびっしょりと湿っていることに驚く。レースつきのピンク色をしたショーツは高級感があって、間違いなく勝負下着に違いない。その下着のデルタ地帯が愛液を十二分に吸っていて、触っただけで唯の指に粘液が絡みつく。
「……そうですか?」
深く呼吸をしている静香は、ぼんやりと唯の言葉を聞き流す。明らかに彼女は思考能力が落ちている。唯がスカートの中で唯がショーツの両端に指をかけて引っ張ると、静香はソファから軽く腰を浮かせて下着を脱がされるのを手伝う。
「だって、ほら……」
「え? ……きゃあっ!」
自分の下着を目の前にかざされて、静香の意識がクリアになった。唯が言う通り、彼女の下着はグショグショに湿っていたからだ。静香の顔が羞恥心で真っ赤に染まる。
「す、すみません……」
消え入りそうな声で静香が主に謝る。先程まで抵抗していたのに、こんなに陰唇を濡らしていたのでは、淫乱と言われても仕方ない。静香は自分の節操の無さに、情け無くなっていく。だが唯はかえって嬉しいくらいだ。
「僕のこと、そんなに想ってくれていたんだね。エッチしたかったのに、気付いてあげられなくて、ごめんね」
軽くオデコにキスしてくる唯に、静香の胸が温かくなる。彼女の恋人は何処までも優しかった。
「さてと、じゃあそろそろ……」
「えっと……」
「上に乗って貰っていいかな?」
ズボンのベルトに手をかけて、緩め始めた唯の姿に、静香の頭に再び血が昇ってしまう。
「あ、あ、あの……」
「恥ずかしい?」
唯の言葉にコクコクと頷く静香に、少年は苦笑する。大人しい静香のことだ、外でのエッチをするという発想だけで、もう頭の中がオーバーヒートしているのだろう。
「ごめんね。でも、僕ももう限界だから」
恥ずかしがって躊躇している静香に対し、唯は強引に行くことに決めた。膝の裏に手をかけ、静香の太ももを持ち上げる。大きくスカートがめくれた。
「きゃあ!」
「入れるね、静香さん」
「ま、待って下さい……あ、ああっ!」
バランスを崩してソファの上で横になった静香に並んで、唯も彼女の後ろに体を横たえる。片膝を持ち上げたまま、唯はそのままズブリとペニスを膣へと突き入れた。
「や……ああっ!」
大きく割り広げられた股間に、唯の腰がぶつかった瞬間、静香が大きく目を見開いた。変則的にバックから入れられた陰茎は、太ももが開いているので膣の奥までグッと入ってきた。子宮口を亀頭にズンッと叩かれ、静香は耐えられないような強烈な刺激を頭に受ける。
「ゆ、唯さま……あ、ああ、や、動かないで下さい……」
ゆっくりと深いストロークで唯が腰を動かし始めると、静香は漏れ出る声を必死に押し殺そうとした。
「やん、あっ……う、うう……あぁ……」
膣壁をカリ首の凹凸が擦る度に、脳髄の辺りからゾクゾクするような感触が生まれる。気を抜くと、あっという間に快楽に溺れてしまいそうだ。
「静香さん、我慢しないでいいんだよ。誰も見てないんだから」
「で、ですが……こ、こんなところでするのは……ああん! ふあっ」
体をガチガチに体を固くさせている静香の背に、唯はピッタリと体を密着させる。唯は緩やかだが、大きな動きで腰を動かす。無理やりに絶頂に押し上げるのでは無く、静香にもこの状況でのセックスを楽しんで欲しかったのだ。緊張で普段より締まる膣圧を楽しみながら、唯はゆっくりとしたインサートを繰り返す。
「あ、ああっ……う……あ……」
静香が苦しげな息を吐いて呻く。速いピッチではなく、ゆっくりとしたペニスの動きが却って深い快感を生んで、耐えようとする静香の理性を蝕んでいく。特に子宮口を亀頭が触れるたびに、胸が熱くなって仕方ないのだ。
「唯さま……ゆ、許して……あ……」
呼吸はちゃんとしているのに、静香は息が苦しくて仕方ない。好きな少年に抱かれているのだから、静香の身体が感じてしまうのは自然なことだ。だが今はそんな自分が恨めしい。
「静香さん、可愛いよ」
「わ、私……はしたない私を許して下さい……」
「そんなこと、全然思って無いよ。ゆっくり楽しもう」
「う……ああっ……ん、んう……ん……」
唯が囁きかけた言霊で、静香が胸に抱いていた理性の壁が脆く崩れた。彼女の身体が弛緩して、唯の動きを自然体で受け止める。快楽に身を任せると、静香の思考は快感の刺激で一気に曇った。
「あ、ああっ、ん……だめ……あ、止めて……あ、ああん……」
手で口を押さえ、小声で静香が呻く。目から涙が漏れ、彼女はすすり泣いてるかのように、唯とのセックスを続ける。
「う、ああっ……あ……唯さま……私……」
「静香さんに合わせるよ。好きにイって」
「は、はい……ッッッッ、あぁ!」
かなり長い時間をかけてゆっくり責められたので、静香にも限界が来た。彼女は絶頂に達する。全身の神経にパルスが走り、強烈な快感が全身の隅々へと走り抜けた。静香は両手で声が漏れないように必死に押さえつけた。
ドビュ、ドクドクドク、ビュッ
シャフトに密着して絡みつき、強烈な圧迫感を加えてきた膣の動きに押され、唯も射精する。尿道口が子宮口にキスして、静香の胎内へとたっぷりと精液を注ぎ込む。
「あ、熱い……熱い……唯さまのが私の中に……」
中へと溜まっていく熱い子種の汁に、静香は身を震わせる。唯の精子が子宮に出されているという事実だけで、彼女は心臓が破裂しそうな程の喜びを覚えるのだ。
「う……ああ……あ……」
セックスによる、あまりもの刺激に静香の意識が朦朧とする。普段抱いて貰うときも凄まじい気持ち良さなのだが、今日は我慢した反動で更に強い刺激を受けてしまったようだ。静香はしばらくのあいだ、ぼんやりとしながら小さく呻いて、快感を体から逃すことしかできない。
「ふはー……唯さま……凄かったです……」
五分近くエクスタシーの余韻に浸っていた静香は、深く息を吐いてようやく唯に語りかけた。あまりにも緊張し過ぎたためか、強靭なガーディアンの体でも酷い疲労感が残っていた。
「僕もとっても気持ち良かったよ」
静香の紅潮した頬に軽くキスしてから、唯はペニスを彼女の中から抜いた。亀頭の先が粘液の糸を引き、膣圧に押し出されてドロリと白濁液が静香の膣口から漏れ出る。
「ごめん、興奮してちょっと出しすぎちゃったかな」
「いえ……その、嬉しいです」
謝る唯だが、静香は顔を赤くしながらも喜ぶ素振りを見せる。そんな彼女の態度に、唯も顔を綻ばせるのだった。
唯はあらかじめ置いてあったお絞りの袋を破ると、静香のヴァギナを拭き始める。
「キャッ! ゆ、唯さま?」
押し当てられた冷たい感触に、静香が悲鳴をあげる。
「そ、そんな……後の処理は私がしますので」
「いいからいいから。静香さんはゆっくり休んでて」
唯は漏れ出る精液を丁寧に拭き取っていく。好きな相手に自分のアソコを綺麗にして貰って、静香は羞恥心で一杯になる。恥ずかしすぎて、穴があったら入りたいくらいだ。
「ゆ、唯様……ほ、本当にもういいですから……」
「そう? それなら止めるけど」
静香が縋るような目つきで訴えるので、唯は彼女の股間からお絞りを離し、代わりに軽く自分の陰茎を拭う。静香は疲労した体を起こすと、背もたれに寄りかかる。
「大丈夫? 何だか、ちょっと辛そうだけど」
「いえ、平気です。少し休ませて貰えば、すぐに元に戻ります」
「咽喉乾いたでしょ。飲み物、何か頼もうか?」
「い、い、いえ、結構です」
設置されているインターホンに手を伸ばそうとする唯を、静香は慌てて止める。密室で淫行していたのだから、店員が来たら匂いでバレてしまうだろう。そんなことになったら、静香は耐えられない。
「そう? 時間はまだあるけど、歌ってみる?」
「す、すみません。今日はそろそろ帰りたいです」
「うん、オッケー。とっても良かったよ」
前髪をかき上げて、オデコにキスする唯に、静香はまた自分の顔が赤くなるのを感じる。初めてのデートは最初から終わりまでドキドキで、まるでジェットコースターのようだった。一番リラックスしていたのが、悪魔との戦いのときだったとは、あまり戦いを好まない静香には信じられなかった。
「ただいま」
「戻りました」
カラオケ店から早めに出た二人は、スーパーで買った物を回収して真っ直ぐに帰ってきた。
リビングに寄ろうとする唯を尻目に、静香は彼に荷物を託すと、そそくさと自室に戻ろうとする。これに対し、唯は彼女に何も言わない。何しろぐっしょり濡れたショーツをまた履くわけにもいかず、静香はノーパンなのだ。おしとやかな静香には下着も履かずに、スカートで外を歩くというのは、よっぽど耐え難いことに見えた。顔を俯かせて、帰り道は無言で歩き続けた。おまけに体の中に残っている唯の体液が漏れないように、自分の能力を使い続ける羽目にもなった。
「おかえりなさいませ。唯様、お話があるのですが、よろしいでしょうか?」
応接間で待っていたとばかりに、芽衣が唯に声をかける。見ればガーディアン全員が真剣な顔で唯を見ていた。
「……大事な話なんだね。聞かせてくれるかな」
荷物を置いて唯がソファに近づくと、百合と由佳が腰をずらして、中央にスペースを作る。唯は黙って座り、主らしく居住まいを正す。最初に口を開いたのは雛菊だ。
「唯様、申し訳ありません。実は唯様が不在の間に、我らガーディアンだけで内閣特殊事案対策室に対しての方策を討議していました」
「謝る必要は無いよ。雛菊さん達だけで相談したいことがあるのは、仕方ないよ」
ガーディアンのみの密談に対して、唯は全く気にする様子は無い。配下だけで相談したいこともあるだろうし、自分にとって大事なことは必ず話してくれるはずだと唯は考えていた。唯はこういうことに関しては、恋人達に対して絶大な信頼を置いている。それがまたガーディアン達の忠誠と愛情を育てているとも言えた。
「それで、皆の意見は?」
唯が尋ねると、再び芽衣が口を開く。
「申し上げます。我々は内閣特殊事案対策室に協力を拒否したいと思います」
「理由は何となくわかるよ。公権力っていうのは、僕も危ない気がする」
「はい、仰られる通りですわ。色々な理由はありますが、一番はやはり相手が政府の機関だからです」
ガーディアンは幾度か組織を利用したことがあるが、多くの場合は強い見返りを求められる場合がほとんどであった。彼女達ほどの能力者になると、善意での協力はかなり限られている。飯田でさえ、一皮剥けばどうなっているか、知れたものではない。
「特殊事案対策室を監視したいというのが我々の結論です」
「情報収集を継続するってこと?」
「いえ、それより一歩進んで静観というより、相手への対処も考えたいと思います」
「場合によっては、強硬手段も取ると?」
「……はい」
静かに確認を取る唯に、全員が頷き返す。
この結論に至るまでは紆余曲折があった。会議では更なる情報収集を主張する芽衣や円の意見に対し、京、雛菊、楓、由佳、エリザヴェータが反発したのだ。彼女達は先制攻撃を仕掛けて、相手の目的を炙り出すことを求めた。かなり無茶苦茶な手段だが、唯を拉致しようとしたことがよっぽど腹に据えかねていたらしい。調査の結果、特殊事案対策室が胡散臭いという印象しか与えなかったのも大きかった。芽衣や円、早苗は京達を必死に説得しようとしたが、ミシェルや麗が半ば日和見的なこともあって、説得は困難を極めて会議は紛糾した。だが何とか妥協点を見い出し、相手に悪意あらば即殲滅ということで意見が落ち着いた。
「そこまでしなくちゃいけない相手かはわからないけど……今回は芽衣さん達の意見を聞くことにするよ」
「ありがとうございます」
「飯田さんのときは我侭を押し通しちゃったしね。今回は、僕も胡散臭いとも思うし」
ガーディアンの意見を唯はあっさり飲んだ。唯としても、内閣の組織とは言え、何か裏があるように感じてならないのだ。
「それでは、この件は我々にお任せ下さい。唯様にはご迷惑はおかけしません」
「わかった。いつも苦労をかけて、ごめんね」
「何を仰いますか、それはこちらの台詞ですわ」
唯に向かって芽衣は柔らかく微笑む。彼女達の目から見れば、唯はガーディアンの闘争に巻き込まれたに過ぎない。主とは言え、唯はただの中学生なのだ。
一先ず結論が受け入れられたことで、場の空気が弛緩する。買い物した物を冷蔵庫に入れようとする唯を制して、芽衣と楓が代わりにビニール袋を台所へと持ち運ぶ。
「ところで、デートはどうだったの、ボウヤ?」
気になっていたのか、百合が唯にしなだれかかりながら、尋ねる。すると他のガーディアン達も興味津々で唯を覗き込む。
「ボクも気になるな、静香お姉さまと唯君のデート」
「どうだったの? 恥ずかしがらないでお姉さんに話してみて」
グッと迫ってくる早苗と由佳に、唯は思わずたじろぐ。
「いや、特に何も……。途中ちょっと邪魔が入ったから、買い物してカラオケ行って終わりになっちゃったよ」
「ふーん、まあオーソドックスなデートよね」
麗が若干詰まらなさそうな顔をする。考えてみれば大人しい静香のことだ、このくらいのありきたりなデートで落ち着くのは不思議ではない。
「その肝心の静香が見当たらないが……」
「そういえば、そうよね」
エリザヴェータの言葉に、円がリビングを見回す。大事な話をすることはわかっていたはずなのに、静香は結局のところ姿を現さなかった。
「シャワー浴びてるんじゃないかな?」
「え、シャワー?」
唯の何気ない一言に、ミシェルが一瞬驚いた顔をしたが、すぐに何かを悟ったかのようだ。
「唯様、静香と何かしませんでした?」
「えー!?」
「え、えっと……」
ミシェルの言葉に反応し、ぐっと顔を近づける由佳と麗、京に唯はたじろぐ。美女二人と美少女にぐっと迫られると、かなり迫力があるのだ。
「唯様って……何ていうか……かなりエッチだね」
「うふふ、ボウヤも若いわね」
呆れたような声を出す円に、百合も苦笑せざるを得ない。夜の営みでは十二人相手にセックスしているというのに、デートでもエッチしたというのだから、驚くしかない。
「ちょっと唯、人が大事な会議してたっていうのに、自分はエッチしてたっていうの?」
「だ、だって知らなかったし」
「唯君って、凄いエッチなのね」
「悪かったってば」
迫る麗と苛める由佳に、唯が困った顔を見せる。普段は仲良くやっているガーディアン達だが、ちょっとしたジェラシーを見せるのはそれほど少なくない。
「お詫びに、今日は一杯サービスするから」
「本当? じゃあ、たっぷりサービスして貰うからね」
言い逃れようとする唯に、京はにやりと唇の端を上げる。約束したのだから、今日の夜は寝かさないつもりだった。
その後、シャワーを浴びてからリビングやってきた静香に対し、早苗が「お姉さまも隅に置けませんね」と言って、彼女は顔を茹蛸のように赤らめることになった。
余談だが、
「はい、目玉焼き三つ出来上がったよ」
「す、すみません、唯様」
ダイニングテーブルに料理を並べる唯に、雛菊が呻くように礼を言う。今朝は唯が料理を担当し、簡単な朝食を作って出勤や登校する者に配っていた。
「申し訳ありませんわ、唯様。朝食の準備までさせてしまって……」
「気にしない気にしない」
テーブルの上で両肘をついて、頭を乗せている芽衣に唯は明るく答える。
約束通り、昨晩は全員に唯がサービスをしたのだが、それが仇となった。張り切った唯は凄まじく、一晩で十二人が何回エクスタシーに達したか誰もわからない。おかげで朝から出勤する者達は酷い腰痛で、歩くことさえ苦痛だった。これが休日なら、ガーディアンも回復力を働かせることもできるのだが……。
「へ、平日の晩にサービスなんてさせるんじゃなかった」
「だ、誰? 唯君にサービスなんてさせたのは……」
椅子の上で麗と早苗が苦しそうな声を出す。本当なら今すぐにでも横になりたいのだが、登校しなければいけないので、それも叶わない。
「……ボウヤも若いわよね……お姉さん、もうついていけないわ」
腰が針で刺されているように痛む百合は、先程から一口も料理に手をつけられないでいる。これから正座して生徒に茶道の指導をすることを考えると、彼女の気は重いのだった。
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