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「参ったね、これは……」

 円が弱ったように呻く。彼女の顔は煤で汚れており、スーツのあちこちも破れている。

「しっかりして、円さん」

 肩を貸している唯が懸命に励まそうとするが、円の顔は普段と違い冴えない。

「唯様だけでも、逃げて……ここは私が何とか……」
「そんなことできるわけないじゃないか」
「そうなんだよね。唯様は優しいから……でも、今度ばかりは見捨てて欲しいな……」

 口に詰まった血を床に吐き出し、円は辛そうな顔をする。円と唯は追い詰められていた。






三日前

 青空の下で轟音が鳴り響く。コンクリートの床を蹴って、唯が走り出した。

「でやあああああっ!」
「甘いわよ、ボウヤ」

 唯が繰り出した右手を百合が軽く片手で受け止める。直後に放たれた零距離からの強烈な音撃を、百合は衝撃で相殺する。そして、百合は唯の頭を手の平で軽く叩いてバランスを崩し、たたらを踏ませた。よろけつつも、唯は何とかバランスを保ち、今度は左手を繰り出す。

「りゃっ!」
「甘いわ」

 円を描くように腕を回し、百合は唯の左手を受け流して逸らす。唯の左手から空中へと強烈な音が放たれ、狙いを逸れた音撃は青空遠くへと消えていく。百合は片手を絡めて関節を極め、そのまま捻るように唯を投げる。

「わっ!」
「ちょっと、危ないじゃない」

 コンクリートの床へと叩きつけられる寸前で、唯は血のクッションに受け止められた。
 ここは唯達が住んでいるマンションの屋上。何も置いてないため、かなり広いスペースだ。唯はここでガーディアン達に戦いについて教えてもらっていた。

「下、コンクリートの床だって知ってるでしょ?」
「ごめんね、ボウヤ。つい、いつものクセで投げちゃって……痛いところない?」

 きつい顔をする京に怒られて、百合は済まなそうに唯を抱き起こす。関節投げを極められた所為か、唯は肘を軽く擦っている。
 屋上には、京、百合、雛菊、エリザヴェータの武闘派の四人が揃っている。訓練してくれという唯に、百合が相手になると名乗り出て、それを他の三人が見学していた。

「唯様、接近戦は無茶ですよ。唯様の能力は遠隔戦向きなのですから」
「うん、わかっているんだけど……」

 心配する雛菊に、唯はバツの悪そうな顔をする。
 先程まで行っていた攻防の直前には唯も遠隔攻撃も試みていた。最初は恐る恐る能力を使っていたのだが、百合にまったく効果を発揮できなかったので、全力近くを出した。一方向へと伸びる指向性のある強力な音、物体に周波数を合わせて粉砕する高周波、耳元への大音量の攻撃、何一つ通用しなかった。全てを衝撃波で作り出した盾で防がれたようだ。
 追い詰められた唯が最後に取った手段は、師団長クラスの悪魔を砕いた音撃を載せた拳だった。現在使える技はほぼこの四つ。手持ちのカードを、あっさりと防がれたのはショックだった。

「大体、唯が戦おうというのが土台無理な話なのよ。能力は認めるけど、危なすぎるわ」
「私も京の意見に賛成です。つい先程の戦い一つをとっても、大けがするところでしたし」
「うん、僕もわかるんだけど」

 京と雛菊のきつい意見に、唯は項垂れる。能力を使えるようになったと言っても、唯は人間でしかない。少しでも攻撃を食らっては大ケガでは済まないかもしれない。戦いで多少は役に立つとは言え、それは常に誰かがボディーガードとして守ってくれたからだ。能力が多少は役に立つことに浮かれていたが、こうやって目の前に現実を突きつけられると、唯にはショックだった。

「とりあえずボウヤはバックアップ要員として居て、普段はお姉さん達に任せなさい。数が多いときは役に立つんだし」
「そうだね。ありがとう」

 百合の豊満な体に優しく抱かれて、唯は素直に頷く。接近戦を行ったというのに、百合の着物姿は汚れ一つない。これだけでもどれだけ実力に差がついているかがわかるものだ。

「……果たしてそうかな?」

 三人の意見に対し、フェンスの上に立って腕を組むエリザヴェータが異議を唱える。その目はキリリと唯を見つめている。

「唯殿は熱い正義の心を持っている。戦いに身を投じるには、それだけで充分なはずだ」
「ちょっと……それで唯が死んだらどうするのよ?」

 無責任とも取れるエリザヴェータの発言に、京の目が剣呑な光を帯びる。雛菊はエリザヴェータの言うことが多少わかるので黙っているが、百合も京と同様にエリザヴェータのことを睨んでいる。

「強くなればいい。そうすれば死ぬ可能性は低くなる」
「あなた、なめてるの? ボウヤは私達と違って人間……死んだらそれで終わりなのよ」
「我々の名前は何だ? 我らの名はガーディアンだ。我が主を守れずに、誰を守れると言うのだ」

 百合の言葉を退け、エリザヴェータがビシリと指摘する。あまりの正論に誰もが声も出ない。

「唯殿、私はこの身を賭して、あなたを守り通します。どうか、ご自分の考える正義を信じて下さい」

 エリザヴェータはクルリと振り向くと、フェンスを軽く蹴って宙へと飛ぶ。そして、すぐさまその姿は落下して見えなくなった。

「正義……か」

 感銘を受けたように唯は自分の手を見つめる。時たま自分が何故主に選ばれたか考えることがある。今までの主の中で、何故自分だけが音を操ることができるのか。戦いに役に立たないのなら、一体何のための能力なのか。
 ただ一つ確かなのは……二千年を戦いにだけ身を置いてきた女戦士達に限りない愛を与えることが自分の運命ということだ。そのためなら、戦いも厭わない覚悟が必要なのではと唯は無意識に感じていた。

「………」

 何か覚悟のようなものを決めようとしている唯を、京、雛菊、百合の三人は不安そうに見るのだった。






三日後

「あれ、唯様?」
「あ、円さん」

 駅のロータリーを歩いていた唯に、ガードレール越しにバイクに乗った円が声をかけた。円はパンツルックのビジネススーツ姿にフルフェイスヘルメットという奇妙な出で立ちだ。ヘルメットのバイザーを上げた彼女は、唯に笑みを投げかける。

「こんなところで会うなんて珍しいですね。これから、お出かけですか?」
「ちょっと本屋に。欲しい本が、近所の本屋に売ってなかったから」
「ああ、なるほど。確かにうちの近所って不便ですよね」
「円さんがバイクに乗ってるところ、初めて見たよ」
「まあ、普段は電車使ってますしね」

 黒いレーサータイプのバイクは唯から見ても格好よく、これで円がバイク用のスーツでも着ていれば京同様にビシッと決まっているはずだ。だがビジネススーツだと、どうしても違和感がある。

「円さんは取材?」

 円は週刊誌の記者だ。唯も彼女の記事を読んだことがあるが、社会問題にもなったスキャンダルについて扱っていた。彼女が発端で地検が動いたという事件は少なくないという。

「ああ、今回はガーディアン関連ですよ。麻薬をやたら売ってるグループがあるって聞いたんですけど、十中八九悪魔でしょうね」

 大きなスクープを時たますっぱ抜いてくるので、編集部も円にはかなり甘いらしい。出社しなくても、取材だと言えば休みを取れるということだ。唯を夜這いして自室に引っ張りこんだ翌朝、足腰が立たなくなった円から、唯はそう聞いていた。今日も半ば休みを取って、悪魔退治に出たのだろう。

「あの……」
「はい、何でしょう?」
「良ければ、僕も連れて行ってくれない」

 唯のお願いに円はキョトンと彼を見つめる。どうやら、円にとって唯のこのお願いは想像もしてなかったようだ。

「別にいいですよ。見てもあまり面白くないと思いますけど」

 円は唯が思ったより遥かにあっさりと快諾した。

「あ、でもヘルメットが……うーん、これ使って下さい」

 バイクに出来た影へと手を突っ込むと、円は黒いヘルメットを取り出す。渡されたヘルメットを唯が被ると、内部が絡みつくように彼の頭を包む。

「え、これって?」
「あ、影で作ったんです。硬度は保障しますから、ちょっと感触が違っても我慢して下さい」

 漆黒のヘルメットは外側がやたらと硬く、叩いても金属のような感触がする。唯にはとても元が影であるには思えなかった。
 唯は座椅子が高い黒のバイクを何とか跨ぎ、円の後ろへと腰を下ろす。以前、京のバイクに乗ったことがあるので、その経験から円の腰に自然と手を回したのだが……。

「あ、ダメですよ。腰だと危ないですよ」
「え、そうなの?」
「こっちをしっかり掴んで下さい」

 唯の両手首を掴むと、円は自分の胸へとぎゅっとくっつけた。スーツ越しでも円の胸がマシュマロみたいに柔らかいのがわかる。もちろん唯は慌ててしまう。

「ちょ、ちょっと円さん……うわっ!」
「うふっ、しっかり掴まっていて下さいね」

 円のバイクが急発進したので、唯も彼女の胸にしがみつくしかない。腰に手を回すのと違って、柔らかい胸はギュッと掴まないと身体が安定しない。唯は仕方なく、かなりの力で円の胸を握り締めてしまった。
 ちなみに、この光景を見たタクシーの運転手は危うく事故を起こすところだった。

「はい、着きましたよ」

 十数分後、速度を緩めて円が単車を停止させる。円が停車したのは、古い建物が立ち並ぶ住宅街だった。狭い敷地の木造住宅が所狭しとあちこちに並んでいる。

「うふふ、役得役得」
「円さん、大丈夫? 結構強く握っちゃったけど」

 ヘルメットの中でほくそ笑む円に、唯は心配そうに声をかける。

「いえいえ、大丈夫でしたよ。唯様に握られたくらいで、潰れませんよ」
「そうならいいんだけど……」

 確かに僅かに痛みを感じることがあったが、唯の手を上手い形に握らせたので、円はかえって気持ち良かったくらいだ。まあ、それを狙っていたわけだが……。

「それで、悪魔の潜伏場所って?」
「あそこです」

 円が指差した先には建築途中のビルがあった。コンクリートが打ちっぱなしになっている。

「へえ、ああいうところによく住めるなあ」
「まあ、悪魔も暴力団関係の職についていることが多いんで。土木関係は顔が利くんですよ」

 自分のヘルメットをバイクのハンドルに引っ掛け、円は少し乱れたスーツの襟を正した。唯がヘルメット脱ぐと、黒い形がどろりと崩れる。まるで溶けたチョコレートのように、影で作られた物体は地面に溶けて消えた。

「私の調べでは、所有関係でトラブルがあってビルの工事が中断した頃から、あそこで麻薬の販売が行われている……そういう噂が流れ始めたそうです」
「へえ」
「麻薬の入手経路が掴めなかったので、悪魔だと思うんですよね。材料が無くても、悪魔なら自分達だけで製造できますから。昔行った上海では随分とそれで苦労しましたよ」

 円は周囲を警戒しながら、ゆっくりとビルへと近づく。唯もそれに倣って、なるべく音を拾う感度を上げる。遠くから見るとイマイチわからなかったが、ビルは奥行きもあってかなり大きいみたいだった。

「そういう噂が立って、警察とかに捕まらないの?」
「まず逃げられますね。ほら、空とか飛べる奴がいるじゃないですか。それに下水とかもへっちゃらなんで。まあ、たまに捕まるみたいですけど」
「そうなると、どうするの?」
「不法移民を装うみたいですね、戸籍無いですから。でも捕まってても仕方ないんで、自分で奈落に戻るみたいですけど」

 僅かに開いた入り口のゲートを潜り、二人は建設現場に潜り込む。円は一旦立ち止まると、積み上げられた鉄骨が作る影に軽く指を沈める。

「……おかしい」
「どうしたの?」
「いえ……何だかビルの中に跳躍できる場所が意外に少なかったので。建物の中なのに……電気が通っているのかも」

 不審そうに円は首を捻る。あまり普通には無いことらしい。

「とりあえず、正面から乗り込みますか。相手の位置もわかりませんから」
「んー……四階じゃないかな?」

 唯の言葉に、円はキョトンと彼を見つめる。

「微かだけど音が聞こえる。何の音かは知らないけど、丁度四階くらいの高さだと思う」
「へえ……唯様もやりますね。なるほど、それじゃ四階を目指しますか」

 高感度に上げた唯の耳が、静まり返ったビルの僅かな音を聞き分けた。百合に能力の精度を上げることを教わってから、唯は徐々に音を拾う力を上げることができるようになってきている。他のガーディアン達には無い唯の能力に、円は内心舌を巻く。
 唯と円は作りかけの正面扉からビルに入ると、階段を目指した。唯は自分達が作り出す音を能力で消したのだが、そうしたものを使わなくとも円はほとんど音を立てずに歩いている。足元に出来る影に僅かに足を沈み込ませることによって、歩く音を完全に消すことができると唯は後に聞いた。忍者と自称するだけのことはある。
 唯が一歩一歩上の階に上がる度に、遠くの音が彼の耳にはクリアに聞こえてくる。

「十人……呼吸音が聞こえる」
「ナイスですよ、唯様。うーん、今度取材するときに連れていっちゃおうかな」
「でも……何か変な音がする」
「変な音?」
「うん、何か電子音っていうか……時計みたいな」

 相手の呼吸音まで特定するほど精度を上げた唯の耳に、確かに不自然な音が聞こえる。間違いではない。

「時計ね……爆弾?」
「ば、爆弾!?」
「近代になってから、悪魔の行動も狡猾、かつ技術的になってますからね。第一次大戦頃から、一筋縄ではいかなくなっています」
「大丈夫なの?」
「まあ、気をつけましょう」

 さして気にしていないように円は四階の廊下を歩み出す。ネタさえわかってしまえば、怖くないということだろうか。円が悠々と歩いていくので、仕方なく唯も普通に歩いて追う。

「その部屋の中ですね」
「うん」

 円の足が止まり、ビルの一室を指し示す。唯が耳の感度を上げなくても、中に人間……もしくは悪魔が居るのがわかった。ガラガラと何かをかき回している音が部屋から聞こえてくる。どうやら麻雀をしているようだ。

「ここまで近づけば……」

 円が屈むと、自分の影に両手を入れる。意識を集中し、濃い影を物質化させていく。そして二秒後、「ギャーッ」という男の叫びが複数聞こえた。円が放った影の槍が悪魔達の影から伸び、相手を貫いたのだ。

「や、野郎!」

 部屋の中から慌てて男達が飛び出す。どうやら円の先制攻撃に、よっぽど慌てたようだ。出てきた男達は既に悪魔化を始めており、それぞれが明らかに人間では無いと唯にもわかった。十メートルほどの距離を取り、悪魔とガーディアン達は向き合う。

「ふふふ、驚いたようね。観念しちゃったら?」

 円は余裕の笑みを浮かべて相手を見つめる。その若作りの顔にイタズラに成功した子供のような満足感が浮かんでいた。だが悪魔達はそんな円を見て、逆に笑い顔を作る。

「馬鹿め、引っ掛かったな」
「えっ!?」

 一人の悪魔が手に持っていたスイッチを押すと、廊下にまばゆいばかりの明かりが広がる。建物全体に照明がつき、ありとあらゆる場所を煌々と照らす。普通より遥かに多い照明が、建物内部に密かに設置されていたようだ。ビルの中が真昼のような明るさへと変わった。

「しまった……唯様!」

 瞬時に二重の罠にかかったことを察した円は、唯の身体を抱えて飛ぶ。次の瞬間、轟音と共に爆風が二人の身体を吹き飛ばした。

「やった、やったぜ!」

 粉塵で灰色に染まった通路を見て、悪魔達が雄たけびを上げた。彼らは勝利を確信していたが……

「ふん、所詮は下等悪魔か」

 悪魔達が歓声をあげる中、部屋の中からゆっくりと別の悪魔が姿を現す。他の悪魔と違い、全身が真っ白だ。人間の背格好をしているが、毛などは一切見当たらない。頭は幾つか突起らしき物が後ろに浅く突き出ており、頭を包む外面のカーブは兜のようだ。細い横に入った目が二つあり、大きな口が特徴的と言える。

「折角策を授けて、ここまでガーディアンをおびき寄せたのに、しくじりおって」
「な、なに!?」
「今のでは致命傷になってはいまい。幾ら音が聞こえなかったとはいえ、モニターを確認していなかったのはお前達の失態だ。偶然、あいつ達が廊下で立ち止まったからいいものを、全滅していてもおかしくなかったな」
「て、てめえ……」
「失敗は自力で挽回するしかあるまい。幸いに手傷は負っているようだ。このビルに居る限り、奴らはもう逃げられまい」





現在

「あくっ……」
「円さん」

 痛みで円がうめき声をあげる。
 あの時、大量の照明という手で、円は自分が操れる影を完全に消された。影による空間跳躍を塞がれた円は、唯を抱えてかろうじて背後に飛ぶことが出来たが、爆風は回避しきれなかった。爆発で飛んできた無数の瓦礫に、背中や足をズタズタにされ、円は重傷を負った。
 円は傷口をボロボロになった服の切れ端で包みこんでいる。そうすることによって、皮膚との間に出来る僅かな影を使い止血をするためだ。流血によって死亡する心配はひとまず無くなった。だが建物全体が照明で照らされているため、円は影の能力をほとんど使うことが出来ない。
 幸いにも唯が居るため、円が呻いても、引き摺った足が音を立てようとも、音を完全にシャットダウンすることが出来た。完全な消音に悪魔がこちらのけはいに気がつくことはないだろう。おまけに悪魔達の動きは足音によって、唯が完全に把握している。しばらくは上手く隠れることが出来そうだった。

「照明を割れば……」
「試してみますか?」

 照明器具を破壊すれば、円も力を使って脱出できるかもしれない。唯はそう踏んで、部屋を照らす明かりに意識を集中する。照明の電球が僅かにぶれると、細かい粒子になって砕け散った。

「これなら、何とか……」

 隠れている部屋の隅に出来た影に円はヨロヨロと近づくと、手をつける。だがその顔がさっと青ざめた。

「どうしたの?」
「空間移動が封じられています。先程のスイッチで、何かの術が働いたのかもしれません……どうしよう」

 円が心底弱り果てたという風な顔をする。自分一人なら、討たれても殺されても転生できる。だがこの世でただ一回しか生きることができない唯が傍に居るのだ。彼だけでも逃がしてやりたいのに、どうしようも出来なかった。

「大丈夫、きっと逃げられるよ」
「私はいいんです、唯様が……」
「とりあえず、移動しよう。さっきからこっちに向かってくる足音がする」
「わかりました」

 円は部屋に僅かに出来た影を動かし、自らの身体を包み込む。影が硬質化し、凹凸の非常に少ない鎧が円の身体を覆う。

「気休めですが、無いよりはマシなので」

 ケガと煌々とした照明でフルパワーを発揮できない円は、とりあえず影の力を防御に回すことにした。この影鎧があれば、ある程度の攻撃は防げるかもしれない。

「行きましょう」
「うん」

 円の肩を担ぎ、二人は再びビルの廊下を歩みだした。






「おい、これでいいのか?」

 尻尾と羽がはえた赤い悪魔が、一緒に歩く先程の白い悪魔に聞く。円の奇襲でやられた二体を除き、残った悪魔七体は唯達を懸命に捜索している。白い悪魔の指示通りに探しているというのに、悪魔達は一向に彼らの姿は捉えられていない。それでも白い悪魔の声は悠然としている。

「これで構わん」
「だが、一向に捕まらんぞ!」
「これだから……あえて捕まえようとしていないのだ」
「何ぃ!?」

 白い悪魔の溜息に、赤い悪魔は目をむく。

「照明などその気になれば破壊できる。この人数なら討ち漏らすことは無いだろうが、待ち伏せされて影で殺されるのは嫌だろう? 犠牲が増えてもいいなら、それでいいが」
「……しかし、それならどうやって」
「影が極端に作りにくい屋上へとこうやって追いやっているのではないか。これだから下級悪魔は……」

 白い悪魔は再び疲れたように溜息をつく。多数の階層がある奈落、そのうちの一階層を支配する悪魔に頼まれた依頼なので仕事を引き受けたが、白い悪魔は早くも後悔をし始めていた。押し付けられた悪魔が無能すぎる。
 もちろん白い悪魔のそんな意図に気づく者もいる。

「唯様、どんどん上に追いやられています」
「わかっている。けど、どうしようもない……」

 階段を昇りつつ、唯は歯軋りする。悪魔達は唯達に追いついてはいない。だが、ゆっくりビルを探索している彼らの動きは、唯達が下へと逃げようとするのを完全に防いでいる。悪魔達の迫り方は見事に統率されていた。

「こうなったら、僕が……」
「ダメです。残念ですが唯様の力では……」

 相手の悪魔は下級ばかりとはいえ、人間である唯が無傷で倒せるかは難しかった。一対一ならともかく、複数に攻撃されたら唯の生命は危ういだろう。ガーディアン中でも分析力の高い円の意見だから間違いないと見て良かった。

「くそっ」

 珍しく声を荒げると、唯は円の肩を担ぐ腕に力を込めた。
 必死に階下へ抜けるルートを探りながら逃亡する唯達だが、遂には最上階に追い詰められた。二人は一縷の望みをかけて屋上へと出るが……、

「唯様……」
「ちくしょう!」

 屋上には何も無かった、それは綺麗な程に。近隣でも一番高いビルなので、影一つ射していない。進退窮まった唯が屋上の出入り口へと向くと、ちょうど悪魔達が出てくるところだった。

「遂に追い詰めたぞ」

 半円に広がり、ジリジリと追い詰めてくる悪魔達に、唯は円を背中に庇って向かい合う。

「まさか主も一緒だとはな……別に主には興味は無いが、仕方あるまい。殺させて貰おう」

 爪や剣を片手に、ゆっくりと悪魔達は近づいてくる。残念ながら、その表情には優位に立っていることによる油断は無い。よっぽど白い悪魔に注意されたのか。

「唯様、私一人でも必ずお守りします」
「それは僕の台詞だよ。取っちゃ嫌だよ、円さん」

 腕から影で出来た一刃の剣を伸ばし、鎧姿の円が構える。出血は無いが、酷い傷の痛みで既に円の頭は朦朧としている。唯も意識を集中させ、音の力を放とうとする。円を抱えていたために随分と体力を消耗しているが、それでも彼女のことは何があっても守る決意だった。
 じっくりと輪が縮まり、遂に両者が激突しようとした、その瞬間……

「待てぃ!」

 大音声が響き渡り、思わず全員の動きが止まった。

「聖なる光を悪しきことに使い、小細工を仕掛け、罠に嵌める。奸智とも言えるその所業、貴様ら下劣なる悪魔らしい」

 逆行を背に、屋上の入り口へと一人の影が立っている。その姿は、眩い光の中でも凛としていた。

「だが卑劣なる罠は決して正義を挫くことはできない。何故ならば、罠を仕掛けた時点で己らが罠に嵌ったも同然だからだ!」
「だ、誰だ!?」

 思わず誰何する悪魔達に、銀髪の戦士は答える。

「ガーディアン最後の戦士、光輝きし者、エリザヴェータ・アンドルス・イヴァノフ!」

 太陽を背に腕を組むエリザヴェータの、黒いマスクが口元を覆った!

「行くぞ、悪魔達。私が相手だ」
「やかましいわ!」

 コンクリートの床上に飛び降りたエリザヴェータに悪魔達が殺到した。膝をついているエリザヴェータに三人の悪魔が刃を振り下ろす。

「笑止! アクセラレーション!!!」

 エリザヴェータの言葉と共に、彼女の周りを取り囲んだ悪魔達の動きが止まる。いや、止まったのは悪魔だけでなく、唯や円も一緒だ。空気自体が淀み、空間が凍ったかのようだ。
 エリザヴェータの裏拳が真横に居た悪魔の顔に叩き込まれる。だがその一撃は悪魔に何の効力も発揮していないように見えた。続けて正拳、足刀蹴り、回し蹴り、後ろ回し蹴り、双掌、肘打ちを次々と動かない相手へと順に叩き込む。

「ディアクティベイト!」

 エリザヴェータの声と共に、凍っていた時間が動き出す。

「ぎえええええええっ!」

 エリザヴェータの周囲に居た悪魔達が、まるで爆発があったかのように一斉に吹き飛ぶ。異形の身体が水平に飛び、エリザヴェータの一撃を受けた場所が大きく凹む。四方へと飛んだ悪魔達はフェンスにぶつかり、そのままズルズルと地面へと崩れ落ちていく。そして一陣の風が吹くと、その邪悪な体は塵となって消え失せた。

「凄い……」

 唯はエリザヴェータの早業に驚嘆するしかない。だが円の感想は別のようだ。鎧を解除して、フェンスに寄りかかった円が苦笑する。

「登場がいつも遅いのよ、あんたは」
「別に狙っているわけではない。誤解しないで貰いたいな」

 円の突っ込みに、エリザヴェータは憮然として答える。どうやって異変を察したかは企業秘密だが、これでも急いでこの場にやってきたのだ。

「エリザヴェータさん、来てくれたんだ」
「唯殿、前に言った通りです。苦難のときには、私はあなたを必ず守ります」

 目元を緩めて微笑むエリザヴェータに、唯は感動していた。彼女は約束を果たしてくれたのだ。

「まったく……台無しにしてくれたな」
「おまえは……」

 低い声が響き、屋上の入り口からゆっくりと白い悪魔が姿を現す。その姿に三人の身体にすぐさま緊張がはしる。現れた悪魔の非生物的な白亜の体は、日の下で見ると余計に禍々しかった。

「くっ!」

 何の予告も無く、エリザヴェータの姿が再びぶれる。勝負は再度一瞬でついたかのように見えたが、

「ぐあああああっ」

 次の瞬間、地に転がっていたのはエリザヴェータの方だった。血が噴き出した足を押さえ、地面へと転がっている。

「やれやれ、アクセラレーションか。超高速状態による移動、攻撃。ネタが分かれば、それほど防ぐのは難しくない。光学攻撃を仕掛けるべきだったな」

 白い悪魔は全身から生やした微細な針を身体へと戻した。

「こ、こいつ……」
「まだやるのか? ここには影も闇も無いぞ。おまえには万に一つも勝ち目は無い」

 構えを取ろうとする円に、上級悪魔は感情を込めずに淡々と述べる。片膝立ちで何とか起き上がったエリザヴェータと、フェンスに寄りかかる円を見ても、全く興味が無いような口調だ。

「もうお前達ガーディアンには飽きた。我々は何百年、こうやって同じ戦いを繰り広げて来た? 既におまえ達の手は知り尽くした。もし勝とうというのなら、最低でも無傷のガーディアンが三体必要だぞ」

 白い悪魔の両腕が湾曲した剣へと変わる。

「やってみなければわからん!」
「あんたなんかに負けない!」

 エリザヴェータの片手がレーザーを放ち、円が影の刃を投げた。悪魔の身体にぶつかる寸前、光は拡散し、刃は爆発四散して意表をつこうとする。だが悪魔の上半身は縦に真っ二つに裂け、地面へと垂れて両方の攻撃を避けた。

「進歩の無いおまえ達にはとことん失望した。とっとと転生しろ」

 再び姿が元に戻ると、悪魔の身体が大きく捻られる。身体に溜めた力を使い、巨大な剣が真横に振られた。だが、そのとき……、

「ぐああああああっ!」

 ゴムのように腕を伸ばした悪魔の一撃は大きく逸れた。硬質化した腕によって作られた剣は三人の頭上を越えていく。鋭い刃によって、屋上のフェンスがバターでも切るかのように切断された。
 悪魔はよろめくと、今気づいたと言わんばかりに唯を見る。悪魔にとって耳にあたる器官に、信じられないような大音量がぶつけられたのだ。上級悪魔だろうが堪ったものではない。

「何だ、今のは? 音? 新たなガーディアンか……いや、人間か!?」

 悪魔が体勢を立て直すと共に、唯も片手を上げて構えのようなものを取る。

「……この私とやるのか!?」
「ゆ、唯様、いけません!」
「唯殿、こいつとは戦ってはなりません!」

 三者が三様に驚きの声を出す。悪魔は意表を突かれたかのように、光と影の従者は危機感を持って。
 唯は考えていた。エリザヴェータが言う正義を貫くというのなら、今がそのときでは無いかと。愛する二人の女性に助けが必要なのだ、応えなくてはいけない。それが主として、恋人として、人としての道だ。
 この瞬間なら、死んでも悔いはない。

「てやああああああああっ!」
「来るか、人間!?」

 走り出した唯に悪魔は驚愕の叫びを上げる。術者らしいとはいえ、よもや人間如きに抵抗をされるとは思って居なかったのだ。だが両者の距離はまだ広い。悪魔は伸びた腕を引き、唯の腹目掛けて剣を繰り出そうとする。がむしゃらに突っ込む唯にその攻撃は余裕で当たると思った。

「かかった! 貰ったわ!」
「何!?」

 背後から聞こえた円の声に、悪魔は慌てて振り向く。だが僅かに出来た自分の影には何も異常が無い。再び前を向くと、フェンスに寄りかかっている円にも動きは無かった。

「しまった、音か! たばかられた!」

 唯が作り出した円の声に、悪魔は何の迷いも無く反応してしまった。その事実に悪魔は驚愕する。既に唯は間近だ。

「このっ!」

 突きが間に合わぬと見た悪魔は剣を振りかぶると、高速で打ち下ろそうとする。

「なにぃ!?」

 悪魔の右足が床にどっとのめり込む。音波の振動によりコンクリートが微細に分解され、床に穴が開けられたのだ。自分に向けての攻撃では無かったので、悪魔は感知もできず反応もできなかった。わけがわからず動揺する悪魔に、唯の振りかぶった拳が打ち下ろされる。しかしよろけながらも、悪魔も同様に崩れたバランスで一撃を放った。

「ぐあああああああっ!」
「う、うわあああああああっ!」

 腹に突き込まれた拳から伝わる強力な音撃が悪魔の全身へと走る。反対に悪魔の一撃は狙いを逸れたが、唯の肩を捉えていた。悪魔の身体は大きく揺れるとどっと床に倒れ、唯も肩から血を噴出しながらよろめく。

「くっ……」

 攻撃を食らった悪魔の白い腹が突然変形する。驚くべきことに腹部から三本目の腕が伸び、唯の首を締め上げた。

「かはっ……ぐはっ」
「ふう……」

 苦しげに息を吐く唯を抱えつつ、悪魔は悠然と立ち上がる。

「手を出すなよ。主がどうなっても知らんぞ」
「くっ、卑怯な」

 片手を突き出し、狙いを定めていたエリザヴェータは、唯を人質に取られて身動きが取れなくなった。白い悪魔を見ながら、彼女は歯軋りする。

「今のは完全に相打ち……いや、おまえがガーディアンなら、完全に私はやられていただろう。私の身体が頑丈だったのが誤算だったな」
「う、ううっ」
「惜しいかな、この世界の人間だから一撃でこのような傷に……他の者ならもっと耐えて戦えただろうが……だが、見事だ。素晴らしかった! 今のは両者KOとしてやろう」

 唯の首を緩め、悪魔はゆっくりと三本目の腕を腹に収める。

「ふふふ、ふーっはっはっは、人間が……人間がこの私に一撃入れるとはな! 素晴らしい。こんな高揚感は初めてだ。生まれて一番楽しいぞ人間!」

 悪魔はさも愉快そうに頭を片手で抱えて哄笑する。その兜のような顔には何の表情も見えていないが、明らかに喜んでいるのがわかった。

「素晴らしい独創性、技の使い方、センス、最高だ! 私の名はザウラス! 貴様の名は何だ?」
「あ、麻生……唯」
「唯か! くくく、死なせるのには惜しい。貴様は生きねばならん、生きて私を倒さねばならん」

 悪魔の手が伸びると唯の肩をくるりと包む。包帯と化したザウラスの身体の一部が腕からブツリと分離して、彼の傷口を完全に抑える。フラフラと立っていた唯は、どさりと地面へと崩れ落ちた。

「麻生唯、貴様をライバルと認める! この俺のライバルだ! 再戦を楽しみにしているぞ!」

 ザウラスは腕を長く伸ばし、屋上の入り口のひさしを掴む。そしてそのまま屋根を土台に、身体が腕の力だけで宙に飛んだ。

「ま、待て!」

 エリザヴェータの叫びも届かず、ザウラスの白い身体は眼下に並ぶ住宅街へと吸い込まれていった。

「ゆ、唯様……」

 傷でボロボロになりながらも、円が倒れている唯へと歩み寄る。出血は止まったとは言え、唯は気を失っていた。彼の瞼の裏には白い悪魔と、ボロボロになった円とエリザヴェータの姿があった。





「あ……」

 目を開けた唯の眼球に光が差し込む。徐々に目の焦点が合っていくと、心配そうな顔をしたガーディアン達の姿が見えてきた。

「良かった……唯君、心配したよ」
「これで一安心ね」

 早苗と由佳が大きく安堵の息を吐く。他の者も同様だ。唯が周囲を見回すと、ガーディアンのほぼ全員が揃っていた。どうやら自室に寝かされているらしい。

「止血の状態が良かったから。言ったでしょ、心配無いって」
「何よ、京だって心配してたくせに」

 京の言葉にミシェルが突っ込みを入れる。二人は涙ぐんでいた。

「ザウラス……」
「……話は聞きました。あの悪魔が現れたそうですね」

 唯の脳裏に焼きついた悪魔の名前に、芽衣は頷いた。円とエリザヴェータから話は全て聞いていた。

「ザウラスは悪魔との戦いの当初から、我々と何度も剣を交えてきました。今回、円が誘き寄せられて罠に嵌められたのも、あいつの仕業でしょう」
「そういえば、円さんとエリザヴェータさんは!?」

 円という言葉に唯は慌てて起き上がろうとする。ようやく意識がクリアになり、自分達に何が起こったのか気がついたようだ。だがその身体に激痛が奔り、唯は呻いて再びベッドへと崩れ落ちた。

「唯様!」
「ボウヤ、ダメよ。まだ体力を消耗したままなんだから」

 静香と百合に慌てて唯は寝かしつけられる。傷はよっぽど深いようにみえて、大きく身動きしようとすると激痛がはしった。

「二人とも無事ですわ。円は背中に傷を負って、エリザヴェータは右足を負傷しましたが、大したことはありません。一週間程度で治るでしょう」
「そうか……」

 優しく説明する芽衣に、唯はほっとする。あのとき見た二人の姿は満身創痍という感じだったが、ガーディアンにとってはあの程度の傷でも簡単に治癒してしまうのかもしれない。唯にとって、少し羨ましいと言えば羨ましい。

「傷は意外に深いですわ。京が出来る限りの治療をしたので、治りは早いと思いますが、ゆっくりお休み下さい」

 芽衣が言うまま、唯は目を閉じる。ほっとすると再び疲労が出てきたのか、それとも体力の低下が響いたのか唯は再び眠りに落ちていった。






 再び唯が目を覚ましたときに、周囲は真っ暗だった。黒い空間をじっと見透かそうとするが、何も見えない。普段なら夜でも窓から街の明かりが入ってくるのだが、それも今日は無かった。

「……円さんとエリザヴェータさん?」
「よくお気づきで」

 目の周りを覆っていた影が薄くなり、月明かりでやんわりと照らされた部屋が見えるようになる。そしてベッドの脇には唯の予想通り、円とエリザヴェータの姿があった。二人とも、それぞれ黄色と白のパジャマを着ている。

「呼吸の音がしたからね。何となく二人じゃないかと思った」
「なるほど……すみません、起こしてしまって」

 エリザヴェータは目を閉じて、素直に頭を下げる。

「……円さん、どうしたの?」
「ご、ごめんなさい……わ、私……」

 普段は明るいはずの円だが、その表情は曇っていた。目が腫れて、ぐすぐすと鼻を啜っている。

「唯様を守れなかった。迷惑をかけてばっかりだった」
「……気にしなくていいよ。円さんが無事で良かった」

 身体を動かせないので、唯は目で笑って安心させようとする。

「そんな、私達は唯様を守るために居るんですよ。逆に守ってもらって、こんな傷を負って……」
「円の言う通りです。不覚としかいいようがありません。あんな大口を叩いたのに、唯殿を肝心な時に守れなかったなんて」

 涙をボロボロと流し始めた円に同調して、エリザヴェータが俯く。二人とも主を守れなかったのが悔しく、悲しかった。

「僕は……嬉しかった」
「唯様?」
「愛する人が必要としているときに居ることが出来て、少しでも役に立てた。満足だよ」

 唯は満ち足りたように、しみじみと言う。あのときは無我夢中だった。四つの技を全て使い、相手を退けることができたことは奇跡に近いだろう。

「しかし、もしあのときザウラスが更に反撃してきたら……」
「死んでいたかな」
「その通りです! 唯様は死んだら終わりなのですよ」
「でもさ、それでも命をかけなくちゃいけないときってあると思う」

 声を荒げる円を、唯は冷静に諭す。

「好きな人を守るためなら、危険にも立ち向かうべきだと思う。それが正義なんじゃないかな」
「ゆ、唯殿……」
「唯様……」

 唇を噛み締めていたエリザヴェータが、顔を覆うと感極まって泣き出した。円はさっきから顔を涙でぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっている。

「あれ、変だな。安心させようと思って言ったのに……二人とも泣かせちゃうなんて、主失格だよね」
「だって、だって……」
「二人が無事で僕は大満足だよ。それでいいかな?」

 しばらくの間、暗い部屋の中には二人の泣き声だけが響いていた。唯は円とエリザヴェータが落ち着くまで黙って見守っていた。

「すみません、唯殿……見苦しいところをお見せしてしまって」

 ようやく泣き終えると、エリザヴェータは腫れた目で唯を見る。

「いいって。僕のためを思って泣いてくれたんだから、嬉しいよ」
「そんな……すみません、睡眠のお邪魔をしてしまって。失礼します」
「待って」

 ベッドの脇から立ち上がる円と、ドアに向かって踵を返したエリザヴェータを唯が呼び止める。

「しばらく一緒に居てくれる? もうちょっとだけ」
「しかし、唯殿……」

 唯に引き止められたエリザヴェータと円は、戸惑ったように互いの顔を見た。だが、唯の言うとおりに出て行こうとするのはやめる。

「一緒に寝てくれる?」
「え、えっ?」
「ゆ、唯殿!?」

 甘えるような唯の言葉に、エリザヴェータと円は仰天する。話をしてくれとか、傍に居てくれというのならまだわかるが、一緒に寝て欲しいと言われると戸惑ってしまう。

「で、ですが傷に障ります」
「そうですよ」
「……ダメ?」

 上目遣いで見上げられて、二人はあっさりと陥落した。男らしく凛々しい唯も格好いいが、こういうまだ少年らしいかわいらしさにもガーディアン達は弱い。普段はちょっと背伸びしている唯が、今日は素直に甘えているのだ。エリザヴェータと円は口の中がカラカラになるくらい興奮してしまった。

「そ、それならちょっとだけですよ」
「う、うん。少しだけなら……」

 理性がグラリと傾き、二人は頷いてしまった。蒲団を剥ぐと、左右から唯のベッドへと潜り込む。

「えへへ、エリザヴェータさん」
「きゃっ! ゆ、唯殿、おイタはダメです!」

 いきなり胸をタッチされて、エリザヴェータが悲鳴をあげる。叱ったつもりなのに、心臓がバクバクと音を立てて何かを期待している。

「円さん」
「ゆ、唯様……そ、そんなことしたら……」

 円の膝を割って、唯の足が股の間へと入ってくる。もぞもぞと円の太ももを撫でる足の動きに、彼女は息が荒くなっていく。

「ゆ、唯殿……傷を負っているのですから。動かれてはいけません」

 パジャマ越しに大きすぎるくらいに膨らんだ胸を揉む唯の手に、エリザヴェータは熱い吐息を漏らす。頭では拒否しなければいけないとわかっているのに、自分の腕で胸をガードすることも、唯の腕を掴んでやめさせることもできない。コットンでできたパジャマの生地越しに片胸を触られる感触に、乳首が勃ってきてしまう。

「唯様……そんなことをされたら、私……」

 太ももを撫でられているだけなのに、円は身体が震えてしまう。子供のように無邪気に笑っている唯の顔に、普段より心臓の鼓動が速い音を刻む。ゆっくりとヴァギナが濡れてきて、円は自分でショーツが湿っていくのがわかった。

「はぁはぁ、唯殿……ダメです」
「唯様、やめて……ケガしてるんだから、エッチできないんだから」

 軽い愛撫だけでエリザヴェータも円も息が絶え絶えになってくる。唯は軽い気持ちでエッチしているのだろうが、エリザヴェータと円は身体がどんどん火照ってきてしまう。先程唯の言葉に打たれて泣くほど感情が昂った所為もあるかもしれない。唯の体に触られただけで、全身が震えて悦びが込み上げてきてしまう。

「エリザヴェータさん、円さん……好きだよ」
「……っ!!!」
「だ、ダメです、唯さま……あ、ああああぁ」

 唯の囁いた言葉の一押しで、理性の抵抗が一気に崩れた。身体の火照りが一気に熱を帯び、堪らなく唯が欲しくなってしまう。ガーディアンの奥底へと隠されていた欲求に、二人とも性欲に逆らい難くなっていく。心と身体が疼いてしまって、二人の魂を苛む。

「ゆ、唯さま……ダメぇ……せ、切ないのぉ……」
「ま、円、だ、ダメだ……ゆ、唯どのはケガを……」
「大好き……愛してる……」
「ああああああぁ!」
「くぅ、いやああああぁ」

 必死に情欲を抑えようとする二人の意志を、唯は愛の言葉でグズグズにしてしまう。円もエリザヴェータも、今すぐ唯を押し倒してセックスしないと、気が狂いそうだ。それほどに身体は快感を求めて止まない。

「二人とも、フェラチオして」
「うん、わかりました」
「は、はい。唯どのが仰られるなら」

 唯の誘いに、円とエリザヴェータは蒲団をバッと剥ぐ。ズボンを少し乱暴な手つきで脱がすと、まだ柔らかいペニスを両者は手に取った。

「ん、あむ……んっ……ん、んん……んくっ……」

 まずは円がペニス全体を思いっきり口に含み、ペロペロと嘗め回す。それに反応して、唯のペニスはムクムクと硬くなっていく。ある程度の硬さで陰茎が勃起してくると、円は口を離し、エリザヴェータと共に舐め始める。

「ん、んむ、はむ……ちゅっちゅっ」
「あむ、あむ……んちゅ、ちゅむ」

 シャフトを二人の赤い舌が這い回り、たっぷりと濡れていく。ピンクのペニスに絡みつくその舌は、まるで二匹の蛇を連想させる。美女二人が無我夢中でペニスにむしゃぶりつくのは、恐ろしく扇情的な光景だった。

「あ、いいよ……二人とも上手いよ……」

 唯の肉棒は、円とエリザヴェータの唾液でベトベトになっていく。舐め回し、舐め上げ、キスして、柔らかい唇で挟む。舌と唇を使い、考えられるありとあらゆるテクニックで二人は奉仕した。

「ん、んん、あむあむ、ふあ……硬い……」
「先っぽからの汁が……んん、美味しい……」

 夢中でペニスに、円とエリザヴェータはむしゃぶりつく。こうでもしないと欲情でおかしくなりそうだった。

「唯どのの逞しくて……素敵です……」
「わ、私も大好き……もっとフェラしますね……」

 唯はケガをしているのだから、セックスが出来ない。それがわかっているので、せめてこうやって陰茎を舐めて口に含んで、欲求をごまかそうとした。それが、余計に体を昂らせることも知らずに……。

「あ、そ、そろそろ出そう」
「出して、出して、唯さまぁ……」
「唯どの、お好きなだけどうぞ」

 円がペニスの裏スジを舐め上げ、エリザヴェータがシャフトに頬擦りする。絶妙なコントラストを味わいながら、唯は無理に生理現象を押さえ込まずに解放した。

どびゅ、びゅるる、びゅしゅっ、びゅびゅ

 大きく垂直に吹き上がった精液は、すぐに下に居た美女二人に降りかかる。円の黒髪とエリザヴェータの銀髪を白い粘液がべっとりと貼り付く。同様に間近で精液も浴び、二人の美しい顔がドロドロの白濁液に汚される。顔中が精子まみれになり、二人とも片目が開けられないほどだ。

「ん、エリザヴェータ……」
「済まない」

 円がエリザヴェータの整った顔を舐め、舌で唯の分泌液を綺麗にしていく。顔中を舐め回し、苦い液体を飽くことなく、どんどん口へと含む。エリザヴェータの唇の周りでさえ、愛欲に染まりきった円は同性だということも気にせず舐め回してしまう。

「唯さまの精液美味しい……」

 円がうっとりとしながら呟く。指で顔についた精液を拭い、二本指をペロペロと舐める。顔中が精液臭くて、円は心底喜んでしまう。既にタガが外れ、唯のありとあらゆるものが愛しかった。

「次は二人のアソコでイキたいな」
「で、ですが……」
「円さんとエリザヴェータさんのオマ○コでサンドイッチして、気持ち良くしてくれる?」

 あえて甘えるように言う唯に、二人の最後に残った理性は粉々に砕け散った。パジャマを円とエリザヴェータはもどかしそうに脱ぎ捨てる。二人のショーツは股間がぐっしょりと濡れており、脱ぐときにつつっと愛液が糸を引く。
 円とエリザヴェータは唯が言うままに少年の細い腰にまたがり、足を交差させてお互いのヴァギナをくっつける。

「う、あぁ……こ、これは……」
「や、な、何これ?」

 初めて味わう貝合わせに、二人の美女は驚きの声をあげる。花弁と花弁がピタリとくっつき、くちゅりと柔らかくキスしあう感触に円とエリザヴェータは腰が砕けそうになる。下の口同士が粘液で絡まり、触れ合うこの行為は恐ろしく心地良かった。

「あ、ああっ……だ、だめ……く、クセになっちゃうから、早く」
「唯どの、い、行きます!」

 二人は腰を落として、陰唇が接合している間にペニスを導く。

「ひゃあああああ、いいっ」
「す、凄いです……た、堪りません」

 ヴァギナの間にズルリとペニスが入り込む。尻にまで垂れるほどたっぷりと淫液で濡れていたため、何の抵抗も無く花弁の間に入ったらしい。

「あ、ああっ……な、何これ……普段と違う」
「こ、こんなの……初めて……」

 ギュッとペニスが陰唇全体に押し付けられ、二人の体が震える。ヴァギナのビラビラで感じるシャフトの感触は、膣内とはまた別の物だった。

「あ、当たってる……や、いやぁ……」
「く、クリトリスに……こ、これは凄い、凄すぎる……」

 接している陰茎の熱さが割れ目全体に伝わり、何より勃起したクリトリスがペニスに当たっている。普段は膣ばかり責められているので、陰核に感じる唯の性器の感触に興奮し過ぎて息が荒くなってしまうのが抑えられない。

「二人とも、動いて」
「は、はい……やっ、ああっ、ひ、ひゃん」
「う、うあ……き、急に動かないで……うわぁぁ」

 円が両手を後ろについて腰を動かし始めると、エリザヴェータもつられて腰を上下に動かし始める。カリ首と裏スジによって大陰唇を擦られるのは、二人には刺激が強すぎた。思わず二人の口から悲鳴のような叫びが上がる。

「う、うわん……凄いの……でも、腰が止まらない……」
「き、きつい……で、でも……あ、いやぁぁ」

 お互いに腰を強く合わせないとペニスが抜けてしまうので、二人はぐっと股間を寄せ合わせざるを得ない。そうすると自然に強くペニスがのめり込み、強烈な快感に円とエリザヴェータは悶絶する。

「ん、何だか二人のが絡みついて……気持ちいい」
「い、いやぁ……唯さま、動かないで」
「く、クリトリスに当たって……ひ、ひぁぁぁぁあ!」

 小さな突起がグリグリと擦られて、黒髪と銀髪の美女二人はエロチックな叫びを上げ続ける。クリトリスからの快感が強すぎ、気持ちいいと感じる前に苦しいのだ。

「ああああぁ、イク、イキます、だめぇぇぇぇ」
「円、そんなに動か……あああああぁ!」

 既に欲情しきっていた体が反応して、痛みとも快楽ともつかない刺激に円が達してしまう。それと共に円の腰がガクガクと震え、大きくエリザヴェータを揺すぶる。ただでさえ動くと苦しいほどに感じるのに、強烈に身体がシェイクされて、ロシア美女が叫びをあげる。

「いやぁぁ、イクの、またイクの! と、止まらないぃぃぃ!」
「ら、らめぇ……ひあああああぁ、わ、わたしも、やぁぁぁぁぁあ、イクのぉぉぉぉ!」

 円と連鎖反応を見せるようにエリザヴェータもエクスタシーを感じてしまう。無理やりイカされた二人は、苦しんでいるような大声をあげる。エリザヴェータの腰もガクガクと震えはじめた。二人の下腹部は壊れた機械のように動いてしまう。止めたいのに、互いに腰がくっついているために震えが止まらない。

「う、ううぅ……ぼ、僕も、もうダメ……」

 美女の柔らかな肉付きを楽しんでいた唯が眉を寄せる。膣とは違う感触はとても新鮮で、唯は素股プレイをもっと味わっていたかった。だが、猛烈にヴァギナがシャフトを擦ったために余裕が消えてしまった。おまけに凄まじい勢いで揺すぶられる腰の振動がペニスに伝わり、まったく未知の快感を唯に与えた。唯がダメだと思った瞬間、一気に高まってしまった。

びゅるるるるる、びゅしゅっ

「あああああぁ、も、もうダメぇぇぇぇ!」
「お、オチンチンが、オチンチンが……ああああぁっ!」

 美女の絶叫と共に、天井に向かい精液が噴き上がる。白濁した噴水はすぐに重力に引かれ、円とエリザヴェータの体へと降り掛かる。柔らかな腹から、スラリとした太もも、そしてブルブルと震える巨大な胸へと精液が落ちてくる。飛び出した精液の量は多く、二人の体をべチョべチョに汚してしまう。

「あっ、あ、あ……」
「はぁはぁはぁ……」

 体を支えていた腕が崩れて、二人の身体がどっと倒れる。少年のまだ小さな体の上に、円もエリザヴェータも仰向けに横になり、動くことができなかった。肩で荒く呼吸して、酸素を必死に肺に取り入れようとする。

「あ、あぁ……ゆ、唯どの、すみません」
「ご、ごめんなさい。今どくから」

 二人がようやく唯の体から、その身をどかしたのは約二十分後だった。けが人の上に寄りかかっていたという事実に、二人は少し青くなったが、幸いにして唯のケガには響かなかったようだ。

「唯どの、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫」
「でも……私達、重くなかったですか?」
「そんなことないって」

 唯の一言に、円とエリザヴェータは、ほっとする。エッチして、唯の傷が酷くなりましたということになったら、他のガーディアンに二人は殺されてしまう。

「ごめんね。心配させるようなことをさせちゃって」
「い、いや、構わないのですが……」
「気持ち良かったですし」

 謝る唯に、エリザヴェータと円は照れて頬を赤くする。けが人相手に体を交わらせて、イってしまったのだ、何となく後ろめたいところがあった。
 円とエリザヴェータはティッシュでベッドについた僅かな汚れを取り、自分達の体も綺麗にする。

「それでは、今度こそお休み下さい。これ以上は本当に傷に差し障りますので」
「唯様、もうおイタしちゃダメですよ」

 蒲団を唯の体にかけ直して、二人は少年の頬にキスをする。

「わかってるって、本当にありがとう。二人とも、これからシャワー浴びるの?」
「ええ、そうですが」

 部屋から出て行こうとした二人を、唯が話しかけて止める。

「僕の部屋のシャワー使ってよ。その格好で出て行くのも嫌でしょ」

 幾らぬぐったとはいえ、精液がついた体の上にパジャマは着れず、二人とも裸だ。もちろんグショグショになったショーツは履くこともできない。

「あ、それならありがたいかも」
「いいのですか?」
「いいって……そしたら、今度は本当に一緒に寝よう。今晩は二人と一緒に居たい」

 唯のストレートな要求に、円とエリザヴェータの胸が熱くなる。二人の恋人は強く男らしく、同時にたまらないくらいかわいい唯が愛しかった。このままだとまたしたくなってしまうので、二人は慌ててシャワー室へと飛び込んだ。






「ふーん、あそこね」

 唯が住むマンションを眺めて、少女と思わしき人物が呟く。まだ幼い少女は金髪で陶磁人形のような綺麗な顔立ちをしている。そして、それに合わせたかのようなヒラヒラの赤いドレスを着込んでいた。唯の住処からそれほど遠くないマンションの、屋上にあるフェンスに座って彼女は足をブラブラさせている。

「まあ、住所はわかってるし、行っている学校も調べた。焦る必要は無いか」

 真っ赤な唇を曲げ、少女が心底嬉しそうな笑顔を見せる。

「麻生唯君……逃げられないわよ」

 少女が片手を顔に押し当てて離す。すると、人間の目鼻が消えてのっぺりとした顔が露になった。明かりが消えたマンションを、四角い目が鋭く見つめる。

「逃げられないぞ、麻生唯。お前は私と戦うために生まれてきたのだからな……ふふふ、はーっはっはっは」

 ザウラスは口を大きく開けると、愉快そうに笑う。月明かりの下、悪魔の哄笑が夜空へと響いた。






     





























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