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 真っ暗なオフィスで白衣の女が鳴っていた電話を取り上げた。明かりといえば、幾つかついているPCのモニターのみだ。

「はい、三田です」
『良かった、この回線は生きてたのね』
「……どなた?」

 内閣特殊事案対策室の兵器開発を任されている三田は、聞き覚えの無い声に眉を顰めた。

『第六階層の以前の主、第六階層の母と言えばわかるかしら?』
「まさか!?」

 キャスターつきの椅子を蹴って、三田は思わず立ち上がってしまう。声は聞いたことはない可憐なものだったが、電話口の相手が漏らした口調は、忘れることのできない悪魔と同じものだったのだ。

「馬鹿な……死んだはずだ」
『悪魔が完璧に死ぬことなどあり得るかしら』
「く……」

 三田は相手の台詞に何も言い返せない。膨大な魔力を元に儀式を行うなど、条件が揃えば悪魔でさえも地獄の底で蘇る。だが三田には相手が条件を満たしたとは到底信じられない。そんな行為が行われているのを、彼女が察知できないとは思えないからだ。

「それで……私を驚かせに連絡したのかしら」

 常に背後から命を狙われている地獄の悪魔にとって、驚くべき出来事というのは、それだけで死に直結する。物事を全て把握出来ずに裏をかかれた時点で、謀殺されることも多い。悪魔の将は悠然としていなければならない。

『まさか、驚かせるだけでは私に何の得にもなりませんわ』
「要件は?」
『ガーディアンを屈服させるのを手伝って欲しいと言ったら、手伝ってくれるかしら?』
「ガーディアンを?」

 地獄ではなく、地球上に居る自分に関係した要望を伝えられて、三田は困惑する。地獄の悪魔が復活したのならば、やることは地獄での復権しか考えられないはずだ。それが何故、地球に影響力がほとんど限定されているガーディアンなのだろうか。

『何を驚いてるのかしら? うちの娘だって、一枚噛んでいたじゃない』
「そういうことか!」

 三田は、それだけの台詞で相手がどうやって復活したのかを悟った。

『それで、どうするの? 話に乗るのかしら』
「……私はどうすればいい?」

 白衣の悪魔は、電話に注意を全部向ける。それを知ってか知らずか、電話口の相手は楽しそうに計画の全貌を明らかにし始めた。




「相手の正体がわかったわ」

 リビングに勢揃いしたガーディアンが、リーダーを務めている芽衣の顔をじっと見つめる。楓を除けば、緊張が全員の顔に表れている。

「糸の能力を操ると思われる相手は、雛形真中。聖真学園に通う、生徒ね」
「どうやって特定した?」
「それについては私が説明するわ」

 エリザヴェータの疑問に、芽衣の代わりに円が発言する。

「内閣特殊事案対策室の職員名簿から、関係のありそうな生徒をクロスチェックしたところ、名前があがったわ」
「そんなことできたのか?」
「ちょっと聖真学園に忍び込んでPCを拝借したから、データ得るのは簡単だったわよ」
「なるほど」

 早苗と下見をした甲斐があり、円が学園の職員室を調べることは、いとも容易かった。

「この雛形という生徒の両親が対策室の、研究部門に所属していたのが、資料から判明したわ」
「ただの偶然という可能性は?」
「夏休みまで重い病気にかかっていたのに、二学期に毎日問題なく学校に出席し始めてるわよ」
「それなら黒だわ」

 懐疑的な姿勢だった京も、円の一言に納得する。通常では考えられない不可思議な事象ならば、対策室が絡んでいる可能性は非常に高い。ウェポンGなどの人間兵器を作っているのだから、高度な医療技術があるのは考えられた。

「しかし、そうなるとやはり対策室が絡んでいるのか……」
「それを念頭に考えた方がいいでしょうね」

 雛菊の呟きに由佳が憂鬱そうに答える。対策室絡みとなると、悪魔より強力なウェポンGとの激突も考えられるのだ。

「総力戦になるわね」
「出し惜しみしてたら、逃げられるかもしれないし」

 麗の言葉に、雛菊が同意する。悪魔退治を中断して調査を行っているのだから、ここはガーディアン側も全員でかかるべきなのは明白だ。

「この女を捕まえるということで、誰も異存は無いわね」
「了解」
「わかったわ」
「ところで、全員でかかるっていうことだけど……唯様はどうします?」

 芽衣が話を纏めたところで、静香から鋭い発言が飛ぶ。唯は戦闘能力でこそガーディアン達には劣るものの、指揮官としては判断が早く、微細な音を拾ったりなどと優秀な情報収集能力を持つ。連れて行けば大きな戦力になる。だが相手がガーディアンということになれば、主が持つ言霊による拘束力や愛情を伝達する力も有効になるはずだ。拘束力があれば圧倒的優位に立つというのに、ガーディアン達は唯が発することができる愛情を伝える力にばかり意識が行ってしまう。

「確かに来て貰えれば、役に立ってくれると思うけど……」

 芽衣が言葉を濁し、ちらりと机の上に目をやる。それに釣られるように、ガーディアン全員の目が動く。円の調査資料に対象の写真があり、そこに映っているのはキリリとした表情の美少女だ。私立の女子校に相応しいお嬢様という姿に、ガーディアン達全員の警戒心が燃え上がる。

「とりあえず、唯様を危険に晒すのはまずいですから」
「ひとまずボウヤには内緒にしておきましょう」
「どんな相手かわからないし」
「相手によっては、ひっそりと処理する必要もあるだろう」

 芽衣、百合、ミシェル、雛菊が色々と理屈をつけて、唯を連れて行くのを回避しようとする。高嶺の花に思えるようなお嬢様が、いたいけな唯を毒牙にかけるという可能性は排除しておきたいのだ。ガーディアンの気がしれた仲間はともかく、部外者が唯に近づくのは我慢がならない。

「コンクリートに詰めて、東京湾に投下しましょう」

 楓のボソリとした台詞に、全員の動きが固まった。楓は無表情だが、唯に心酔している彼女ならばやりかねない。だが自分たちは果たして、どうするのか。楓以外が答えを出せぬまま、ガーディアン達はリビングルームで動けないで居た。

「妙に静かだけど、どうしたの?」

 外から帰ってきた唯がリビングに入ると、ようやく止まっていた時が動き出したかのように、全員が動く。唯が不審を抱かないように、彼の不在を狙って会議を開いたのに、これでは逆効果だ。

「い、いや、何でもありません」
「話し合いの真っ最中だったの」

 円と百合がごまかすように説明し、その隙に各自が台所や自室などに散っていく。よほどのことが無ければ、ガーディアンの配下を盗み聞きしたりしない唯は首を傾げるばかりだった。




 ガーディアンが悪魔の宿敵であることは、何度も説明してきた。二千年以上も戦い続け、執拗に現れる異世界の妖物を幾度も奈落や九層地獄の底へと叩き込んでいた。
 だが対妖魔のエキスパートはガーディアンだけではない。宮廷に属していた陰陽師、民間の拝み屋、仏教各派の高僧、各地の神社を守る神官など、ことかかない。時代が流れて、妖怪の大半が姿を消しても、人が生活する限りは怪異は無くならない。亡霊や怨霊などから人々を守るため、このような異能力者は科学が進んだ現代でも存在する。
 そのような退魔家業は政府によって特にきつい管理はされてはいないが、互いが能力を有用に生かすために支援組織は存在している。地方ごとに個別の組織があったりして、緩い統制のために、巨大な一つの団体ではない。だがここ東京は人口が多いために、かなり大きな組織として育っていた。幾多の名前で呼ばれるが、通常は叢雲という名前で呼ばれていた。
 徳川幕府創成の頃に作られた特殊な結界の中、巨大な和風な屋敷が広がっている。この常人には知られていない屋敷が、叢雲の中枢だった。その屋敷の一室、二十畳以上もある巨大な部屋で二人の男が向かい合っていた。一人は叢雲で幹部を務めている重鎮で敷島と言い、四十代の眼光が鋭い男だ。もう一人は内閣特殊事案対策室のエージェントである神崎だ。

「それで、内閣直属のお方が、どのような用件でしょうか?」
「妖怪退治というのが叢雲のお仕事でしたっけ」
「いえ、今は重要な場所の地鎮、霊障などの払い、宗教施設の監査など手広い仕事をしております」

 出されたせんべいを食べながら喋る神崎に困惑しつつ、叢雲の幹部は手短に話す。神崎が人を馬鹿にした態度を取っているのはわかるが、その意図が読めないでいた。

「でも妖怪退治が主な仕事でしょう。その割には、東京に現れている悪魔をあまり退治してないですな」
「まあ、ご指摘の通りかもしれません」

 神崎の言葉に敷島は苦い顔をする。

「悪魔は人に擬態をしており、特定の術などで暴かなければ本性を現しません。それに昔のようにあまり人に憑いたりということがあまり無いですからな」

 敷島の指摘通り、現代に現れた悪魔達は人を婉曲的な手段で害そうとしていた。それは少女に化けて未成年の売春を誘ったり、違法薬物の販売であったり、脱税や詐欺の指南であったりする。

「怪異をおこすならともかく、犯罪事件の摘発は我々の管轄ではないですから」
「言い訳はともかく、あなた達は悪魔に対処しきれていないという事実は残ります」
「……何が仰りたいのですか」
「叢雲には国や都から文化財保護や、芸術振興の名目で各種の団体に活動費が補助されていますね」

 神崎は、相手を見下すように高慢な目つきで敷島を見る。

「悪魔という日本への脅威に対処できないようであれば、その費用を引き上げてこちらが有効に使わせて頂こうかと」
「もっと本腰を入れろということですか」
「ただ悪魔が異能を使わない現時点では、そちらでは対処しにくいのは、こちらでも重々承知してますよ」

 対策室のエージェントは背広の内ポケットから、一枚の写真を取り出した。

「これは……守護者の現世での主ではないか」

 敷島が示唆したように、写真に映っているのはガーディアンの主である唯の姿だった。

「知っているならば、話は早い。彼を捕獲して欲しい」
「捕獲!? 正気か? 太古から地球を保護してきた守護者達と敵対しようというのか!?」

 敷島は僅かに我を忘れて、声を荒げる。世界各地で悪魔と死闘を繰り広げていたガーディアンだが、その名声は日本に居る退魔の者達にも広がっている。日本でも太古から妖怪と戦い続けてきたので、文献での記録にはことかかない。ときたま退魔士と組んだり、敵対していたからということもある。情報化社会になり、世界との交流が盛んにな近年では叢雲のような退魔組織でも、ガーディアン達が何者なのかわかりつつあった。

「こちらでは彼の捕獲に問題があってね」
「守護者達が、主の周囲に居る妖魔を察知するという能力に関係あるのか」

 神崎の発言は不可解なものだ。通常であれば、主でも無ければ、ガーディアン達は人間には興味を示さないものだ。内閣特殊事案対策室が悪魔討伐専門の組織であれば、共闘はあれど障害にはならないはずだ。対策室が研究者を集めて、何かを行っていることに関係あるのか……。

「我々にガーディアンの主を捕らえろ、さもなくば補助予算を下りなくさせると」
「その通り」
「こちらとしては、正面からぶつかるのはリスクがありすぎる。一部の過激派共がガーディアンと諍いを起こしたがっていたので、それをこちらが容認し、ぶつかるように誘導するということで構わないか?」
「それで結構」

 神崎は満足したように、立ち上がった。

「日時は指定させて頂きます。ガーディアンが邪魔に入らないようにしますので」

 神崎は言いたいことを言うだけ言って、叢雲の屋敷を去っていく。残された敷島は、じっと何かを考えていたが、やがて一人の男を携帯電話で呼び出した。
 屋敷の外に案内された神崎は、文部科学省と文化庁が入っている建物の一室に現れた。何の変哲もない倉庫のような場所だが、これが叢雲の持つ異空間へと繋がっているのだ。神崎は何度かこのルートを使っているが、どうも未だに慣れない。神崎は首の裏を何度か掻くと、ズボンのポケットから携帯電話を取りだした。

「首尾はどうだ?」
「予算をちらつかせたら、一発でしたよ」

 挨拶も無しに切り出した赤井に、神崎は簡潔に報告する。

「しかし三田所長も何を考えているんでしょうね」
「あいつの思惑はどうでもいい。何かするつもりだろうが、それはあいつ個人に任せる」
「ウェポンGの使用許可を出さなかったのも、そのためですか?」
「そうだ。あいつ個人の計画なのだから、被害が出ては元も子も無いからな」

 赤井はそれだけ伝えると、神崎との通話を切った。




『対象は?』
「図書館に入ったっきりだよ」

 イヤピースから聞こえる声に、円は袖に仕込んである小型スピーカーに返答した。円と早苗は、聖真学園の学生に変装して、再び潜入していた。目標である真中が放課後に図書館に入ったので、彼女が出てくるのを二人は待つことにした。図書館の入り口がよく見えるベンチに座り、円と早苗は休んでいる生徒を装う。

「準備は万端?」
『ええ。楓や私が空いている時間はそうそう無いから、今日中に相手を捕らえるわ』
「了解」

 ガーディアン全員が聖真学園に面した道路に停止したワゴン車で待機している。誰も自宅に居ないのを下校した唯は怪訝に思うかもしれないが、目標が特定したのだから、勝負をかけるのならば今だった。
 そして同様の判断をしているのは、ガーディアン達だけではなかった。円と早苗が外で座っている間に、図書館の中で真中も動き始めていた。本を探すふりをしながら、窓の外を覗いて円と早苗の姿を確認する。のんびりして学園の風景に溶け込んでいる二人を見ると、真中は窓際から離れる。

「もしもし。準備は出来たかしら?」

 図書館の奥にある人があまり立ち寄らない書庫で、真中は鞄の奥に入れてあった携帯電話を取りだした。

『こちらも準備は万全ですわ。目標を例の場所に誘き出して下さい』
「わかったわ。……零のことだけは、約束通り」
『ええ、こちらから遠ざけさせます。任せておいて下さい』





 真中からの電話を切ると、愛は自室からリビングルームへと向かう。雛形家のリビングには、零の他にも嶺と香奈恵も居た。だが制服を着た二人は、愛の姿を見ると途端に部屋から出て、玄関へと向かう。先ほどまでおしゃべりしていた先輩と後輩がいきなり去ったので、零は訳が分からなかったが、そんな彼女の前へと愛は腰を屈めた。

「愛先輩?」
「零、お願いがあります」
「愛先輩のお願い……何かな?」
「よく聞いて下さい。大事な任務ですので」

 愛は真摯な瞳で零を覗き込むと、ゆっくりと話し始めた。






 それから二時間ほどして、雛形真中が図書館の扉から姿を現した。図書館から離れて、アスファルトの道を真中が辿り始めると、円と早苗もベンチから腰を浮かせた。秋の日は短く、傾いた太陽は周囲の影を大きく伸ばしていた。既に暗いからか、三人以外は生徒の姿もまばらだ。

「あれ、こっちって……」
「門の方では無いわね」

 真中は下校する生徒が向かう校門ではなく、学園の奥へ向かう道へと向かっているようだ。それは木々が生い茂る山道へと続くはずだ。誰も居ない山へと真中が向かうのは、好機とも言える。円は携帯電話で芽衣を呼び出して、距離を取って真中の後を追おうとする。だが下校もせずに、いきなり裏山へと向かうのは不自然だ。

「どう思う?」
「待ち伏せ……じゃないかしら」

 ここに来て、早苗と円も真中の意図に気づいた。真中は早苗達がガーディアンだと察している様子は見せていなかったが、堂々と素顔を晒して学園に乗り込んでいるのだ。ガーディアンの顔を知っているのならば、尾行に気づいていて当たり前だ。僅かに動揺した早苗と円を見透かしたかのように、前方を歩いていた真中の姿が見えなくなる。早苗達は足を速めるが、真中の姿は見えず、やがて木々が少ない開けた広場についてしまう。
 広場からは幾つか道が延びており、立ち止まって早苗と円は真中がどちらに向かったかを見極めようとする。だが完全に日が落ちたために、夜の闇が真中の行方を消していた。早苗と円が行き先を迷っているうちに、木々の枝を蹴って移動していた芽衣達が下りてきた。連絡を受けて、彼女達も学園に突入していたのだ。

「どうしたの?」
「見失った」
「見失った?」

 早苗の言葉に、芽衣は怪訝な顔をする。確かに暗い山道なら尾行は難しいが、影の能力者である円が相手を見失うとは考えにくかった。

「尾行に気づかれていたのだと思う」
「気づかれていた……」

 芽衣は早苗の説明に考え込む。真中は尾行を巻くために、山中へと足を踏み入れたのだろうか。

「撒かれたとしたら、どうする? 雛形真中の次の動きは……」
「もちろん、罠にかけるでしょう」

 恐ろしく近くで聞き覚えの無い声が芽衣達の耳に届いた。声がした方向に目をやると、紫に近い黒髪をした妖しい雰囲気を纏う少女が立っていた。聖真学園の服を着ている少女は、にっこりと微笑んでみせる。即座に芽衣、エリザヴェータ、ミシェル、楓、由佳、麗が少女に手をかざし、冷凍光線、光線、雷撃、カマイタチ、熱線、水流を解き放つ。

「あら、いきなりとは酷いと思いますよ」

 微笑んだままで立っている少女の前で、ガーディアン達の攻撃は奇妙な軌跡を見せた。直線に放たれた光線や水流などがぐにゃりと曲がり、螺旋状に歪むと少女を逸れて飛んでいく。

「なっ!?」

 今までに見たことの無い攻撃の防ぎ方に、技を放った芽衣達は驚愕する。自分達の攻撃を勝手にねじ曲げられたことなど、過去にはほとんど無かったのだ。その間に京が驚きで動きが止まった仲間の代わりに少女へと向かっていった。右腕から自分の血で作り出した巨大な爪を生み出し、少女へと振り下ろす。獰猛そのものな京の攻撃に対し、流れるような優雅な動きで少女は右手を翳し、京が振った血爪を防ごうとする。

「反応は早いですが、挨拶無しなんて失礼だと思いますわ」

 鉄筋をも切り割く鋭利な爪は少女の手にぶつかると、そこからすっぱりと切り裂かれた。少女が力を入れた様子も無いのに、自分の血を切られたことに京は信じられない。少女は京の一撃を防いだ手を上げると、逆に向かってきた京へと振り下ろす。咄嗟に京は血で出来た厚いカーテンを作りだし、盾のようにして防ごうとする。

「なっ!?」

 その血が存在しないかのように、少女の腕は京の防御を抜けた。そのまま腕が、音もなく京の首を切り裂く。細い首を断ち割って、少女の腕が通過した。

「京!?」

 芽衣の叫びと共に、驚愕したままの表情で京の首が草むらに転げ落ちた。




 夕闇の道を唯は歩いて帰宅していた。放課後に友人達とカラオケに遊びに行き、さっき別れたばかりなのだ。秋の日はつるべ落としといういうが、まだ夕方も早いのに周囲はすっかり暗くなっている。ただ時間が早いので、町は帰宅途中の人間たちが大いに行き交っている。唯が意識して耳を澄ませただけでも、こんなにも人が東京には多いのかと感じる。急いで一人で歩いている人々が多いが、ときたまお喋りしながら帰宅している人間の他愛も無いお喋りを聞くのも、唯には楽しい。下らない話題や知らないことについての会話が多いので、ラジオのチャンネルを変えるように次々と、能力で拾う会話を切り替えていくがそれが若い彼には楽しみなのだ。だが時たま不愉快な会話を拾うこともあれば、看過できない叫びを聞く場合もある。

「やめて下さい! 助けて!」
「ダメだな。悪魔のこの姿を見られてしまったっていうのなら、ただでは帰せねーな」

 その声は住宅街から外れた廃工場から聞こえてきた。この辺りでは珍しい、敷地がそこそこあり、幾つもの建物が残っている。
 声が聞こえた時点で、唯は即座に大通りに走った。

「どうなるんですか、私は!?」

 廃工場の一角で少女は変化した二体の悪魔達に挟まれていた。三メートルほどの悪魔はゴムのような質感で皺がある皮膚をしており、筋肉質な細身な身体をしていた。だが身長が非常に高いので、細身でもかなり強靱であろうことが見て取れる。何より怖いのは、悪魔の顔には目も鼻も口も無く、二つのねじれた角が生えているだけということだ。

「悪魔は人を傷つけたり、害してはいけないと、この世界の法に定められている」
「それなら……」
「だからと言って無傷では帰せないな。こういう場合には、どうするかわかるか?」
「わ、わからないです」
「おまえと同じ人間の中にも我々に協力してくれるものは居るということだ」

 悪魔二体は顔が無いというのに、楽しそうにくぐもった声をあげて笑う。悪魔の目的は人類の堕落だ。普段は正体が発覚するの恐れて派手な行動は取らないが、このように自分の正体が発覚した際に、他の人間に人間を始末させれば大きな得点になる。シンプルに殺されればいいが、麻薬漬けにして廃人にしたり、人身売買で異国に売られる可能性もあるのだ。少女は、そんな可能性を知ってか知らずか、震えるしかない。

「さて、この女が大声でも上げないうちに、縛るものを……」

 一体の悪魔が何か縛るをものを探して、周囲を見渡す。そしてテープか何かを見つける前に、相棒の頭が吹き飛ぶのを見た。

「は?」
「キャアアア!」

 悪魔が呆然とし、少女が悲鳴をあげる。音もなく、人間より遥かに強靱な悪魔の頭部が、強烈な力に吹き飛んだことが信じられなかった。だが首を失った悪魔が倒れた先に、手首をくっつけて何かを包むかのように手の平を構えた唯の姿を見て何が起こったか分かった。

「が、ガーディアン!?」

 恐怖に駆られた悪魔は無意識に二歩ほど後ずさる。だが悪魔は逃走が選択肢にないと気づく。ガーディアンならば、背を向けた途端にどんな攻撃をしてくるかわからない。巨体を屈めて力を溜めると、全身の筋肉を使って悪魔は跳躍した。三メートルの巨体が工場の高い天井近く飛ぶ。だが悪魔が飛ぶより高く、唯の方が跳んでいた。悪魔のジャンプ直後に唯も床を蹴っていたのだ。全身のタンパク質と水分を音のエネルギーに変えて、体重を極限まで軽くしているため、唯の方が素早く動けた。唯は悪魔に向けて片足を突き出す。

「でりゃあああああ!」

 次の瞬間、唯の身体が歪むと同時に、一気に悪魔の身体を突き抜けた。全身を音のエネルギーに変換した、流星のような蹴りが決まった。唯の音エネルギーを限界まで食らった悪魔の上半身が霧状に崩れ、下半身と腕の先が地面に転がる。

「ふう……」

 悪魔を貫通し、実体化した唯は地面に着地すると、膝を曲げて衝撃を殺す。いきなり大技を放ったが、自分一人で何とか悪魔を退治できて唯はほっとする。少女の悲鳴にず思わず駆けつけてしまったが、本来ならば自分一人で悪魔と対峙するのは得策ではない。だが唯も、相手がザウラスのような強力な悪魔でなければ、何とか少女一人くらい掴んで逃げられると踏んでいた。それに、そこまで強力な悪魔ならば、少女に正体がバレるという間抜けな失態はおかさないだろう。

「大丈夫ですか、怪我は無いですか」
「ええ。少し驚きましたが、怪我は無いです」

 唯が年上らしい少女に話しかけると、相手はほっとしたような様子を見せた。少女はにっこりと笑顔のまま、握手するように手を差し出した。唯も笑顔で相手の手を自然と握りかえそうとするが、そこではたと気づいた。相手の心音が緊張から解放された音ではなく、逆に速まっていることに。更に気がつけば工場内に八つ心音が増えている。

「どうされましたか?」

 少女は無害そうな笑顔で、首を傾げる。そのあまりに自然な仕草に、唯は咄嗟に手を握ろうとしてしまうが、それを必死に自分の意志で押し殺した。再び自分の身体をエネルギーに変えると、唯は床を蹴って相手から大きく距離を取った。

「あら、気づいちゃいました?」

 少女は無邪気に微笑む。だがその瞳には、他者を害そうという邪悪な意志が見て取れた。身構える唯の前に、八つの影が現れて取り囲んだ。




「挨拶も済んだことですし、続きといきましょうか」

 自己紹介を終えた中尊寺愛は、スカートの裾を離すと軽やかに歩み始める。人の首をつい先ほど切断したとは思えないくらい、足取りが軽い。一見すると隙だらけに見えるが、ガーディアンの猛攻をあっさりと防いだのだから、攻撃が効くとは思えない。愛の前進に合わせて、京以外のガーディアンがジリジリと後退する。

「どうしましたか? オリジナルのガーディアンの皆様が、臆病になられましたか?」

 愛の挑発に、楓と百合が腕を動かさず、ノーモーションでカマイタチと衝撃波を飛ばす。無言で不可視の攻撃を放ったのに、愛はこちらもノーモーションで攻撃を防いだ。愛の姿が僅かに歪んだと思うと、彼女の背後にある木がカマイタチと衝撃波で大きく抉られた。まるで愛が存在しないかのように、攻撃が通過したかのだ。

「そうそう。どんどんかかって来て下さい」

 愛はニコニコしつつ、前進を止めない。京の死体が眼前にあるのも気にしないように、血に濡れた草を踏みしめて進む。眼前に居るのは若い少女だというのに、ガーディアン達は巨大な重機が前進してくるような強烈なプレッシャーを感じる。

「はっ!?」

 そんな愛の前進を止めたのは、京から流れ出た血だった。血が硬質化して鋭く尖り、愛の足下から槍のように飛び出る。その一瞬前に愛は地面を蹴って、空中を跳んでいた。

「おしいわ。どうやって気づいた?」

 今まで目を見開いていた京の瞳が焦点を戻し、空中で一回転して降り立った愛に向けられる。肺から空気を供給されていないので、口がパクパクと動いていただけだが、愛は相手の言葉を理解したようだ。

「首を落とされたぐらいで、九竜京さんが死ぬとは思えませんでしたし」
「完全に読まれていたわけね」

 京は首の無い身体をむっくりと起こすと、自分の首を両手で持ち上げた。そして切断面の上に乗せる。愛の言う通り、京は首を切られた程度では死なない。血を操る能力者なので、胴体と首の間で血流を操って、肺で酸素を取り込んだヘモグロビンや糖分などを循環させれば、脳にダメージはいかない。

「しかし、首を切っても死なないとなれば、どうしますかね。不死身に近いでしょうし」
「全くノーダメージっていうわけにはいかないけどね」

 愛の独り言に、京は小声で返す。首や四肢を切り落とされても、京は血を循環し続けることは出来るが、雑菌で汚染しないように力を使わなければならない。それに脳にダメージを受けたら、致命的だ。だが京の瞳は、防御をお構いなしに自分の首を切り落とした相手に対しての闘志に燃えていた。先ほどゆっくりと後退していた他の者達も、怯えた様子が消えて天のガーディアンをにらんでいる。愛はガーディアン・オリジナル達の演技に騙されたと、思わずクスリと笑う。圧勝かと思ったが、そうはいかないようだ。

「いいでしょう。お相手願いますわ」

 愛の身体がフワリと宙に浮いて、京や芽衣達を睥睨した。








   































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