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「ターゲットの少年が出てきました」

 時刻は深夜一時過ぎ、唯が住むマンションの近くに白いライトバンが停車してあった。車内には数人の男が居り、そのうちの一人が双眼鏡を覗きながら、携帯電話で何者かと会話している。双眼鏡が捉えているのは唯の姿だ。唯はマンションの正面扉を出ると、一人で何処かへと向かう。

「いえ、ターゲットは一人です……コンビニか何かに向かうのではないでしょうか」

 最近では中学生が一人でコンビニエンスストアに行くのは、さして珍しくない。唯のような少年なら、夏休み中に夜更かしするのは当たり前だろう。

「それでは後を追います。良さそうな場所があれば、前回と同様に合図しますので、よろしくお願いします」

 男は慌ただしく電話を切ると、車のエンジンを入れる。非常にゆっくりとしたスピードで、彼らは密かに唯の後を追った。
 予想に反し、唯は近所のコンビニを通り過ぎ、そのまま歩き続ける。夜の散歩なのか彼は川の近くまで歩き、そのまま川に沿って河川敷を歩き続ける。しばらくして、彼はあまり整地されていない草むらの中へと入っていった。百合ならば知っていることだが、ここは唯が常日頃、自分の能力を訓練している場所であった。虫刺されなども気にしないかのように草をかき分け、唯は適度に開けた場所へと突き進む。目的地に辿り着いたらしく、唯は立ち止まると頭上で腕を組んで伸ばし、準備体操を始める。

「わっ!」

 準備体操をしていた唯は、声をあげるといきなり身を屈めて砂利の上でぐるりと前転する。間髪入れずに白い巨体が、直前まで唯が居た場所へと空から飛び降りてきた。それは数日前に、唯と楓を襲った式神であった。獲物を逃したため、二本の右腕が地面を穿ち、式神が河原の石を砕く。奇襲に失敗した式神は身を起こすと、攻撃をかわした唯に間髪入れず向かう。

「とっ、と、わっ!」

 式神は豪快な動きで腕を振り回し、唯はそれを避けようと動き回る。風車の如く振り回される四本の太い腕を、唯は中学生の少年とは思えない身軽な体裁きでかわす。やがて好機と見たか、式神が放った大きなフックを唯は体を沈めて空振りさせると、すかさず軽いステップで相手の懐に飛び込んだ。

「てやっ!」

 軽く体を捻って唯はボディブローを相手の腹に叩き込む。信じられないことに少年の細腕から放たれた一撃で式神の巨体が軽く浮き、ヨロヨロとよろめいた。唯が得意とする打撃に音の力を乗せる技だ。すかさず唯は追撃に移ろうとするが、周囲に更に数体の式神が現れたのを察知して、ひとまず飛び退いて距離を取る。増援の式神達は唯を取り囲み、じわじわと輪を詰めてくる。包囲された唯は軽く構えたまま、相手を迎え討とうとする。隙ありと見たのか、一体が音もなく唯の背後から飛びかかった。すぐさま唯は振り向いて迎撃する構えを見せるが、その眼前で式神の体が虚空で縦に真っ二つに裂けた。突然の出来事に、思わず式神達の動きが固まる。

「正義の体現者、善の福音である麻生唯。闇に潜む悪を討つ、彼の者の元には常に守護者の姿がある」

 どこからとも無く聞こえてくる朗々とした声に、式神達は狼狽えたように周囲を見回す。その視線の先、半月の薄闇の中にエリザヴェータ、雛菊、京、麗、芽衣、ミシェル、早苗、静香、百合、由佳などの姿がぼんやりと浮かび上がった。先程までは何も無かったはずの場所だ。

「光輝きし者、エリザヴェータとその他見参!」
「誰が、その他よ!」

 腕を組んで見得を切ったエリザヴェータに対し、京と麗が抗議する。彼女達はマンションを離れたときから唯の傍に潜んでいたのだ。エリザヴェータが光を屈折させて姿を消し、唯が音をかき消すという見事な分担作業で気配を悟られること無く式神達を誘き寄せることが出来た。唯が一人で出歩いたかのように見えたのは、囮だったのだ。先程は唯の身を守るため、隠れていた雛菊が式神の一体を切り捨てた。

「まんまと罠にかかったわね、全員退治してやるから、覚悟しなさい」

 一歩前に出た由佳の右手から、業炎が吹き上がった。






「式神を誘き出すわよ」

 京の言葉に、唯は困ったという表情を浮かべた。マンションを監視する者がおり、おそらく先日式神を操って襲ってきた相手の一味らしいと伝えた唯に対し、開口一番に京が言ったのが先程の台詞だった。
 楓とのデートから僅か二日しか経っていない昼間、唯はふと自宅近くに不審な車が停まっているのに気がついた。唯の能力は近隣で交わされる会話の音声を無意識に断片的に拾ったりするが、通常ならば彼が意識しなければ内容までは聞き取ったりしない。だが自分の名前が呼ばれれば話は別だ。突然自分の名前が聞こえてきたため、唯はマンションの近くに停車するワンボックスカーの内部で交わされる会話に焦点を当てた。相手が何者かはわからなかったが、車内の会話から自分達を監視しているのは明らかだった。僅か二日前に尾行され、襲撃を受けていたため、唯は相手が式神を送りつけた者と関係あると推測した。
 すぐさま唯はガーディアンにそのことを伝え、対策を協議することとなった。だがここで唯とガーディアン達の間で対応について意見が分かれたのだ。唯は監視者を逆に見張り、誰が自分を付け狙い、式神を送ってきたのかを探りたいと提案した。だが京、芽衣、麗、楓などは監視者を捕まえて聞き出した方が良いと主張した。(京や芽衣などは不穏な輩ということで、相手に拷問を加える気まんまんであった) 両者の意見が真っ向から対立したので、主に従順な芽衣や楓などは唯に従っても良いとしたが、京と麗は強硬に先手を打つと言って譲らなかった。京と麗が強く意見を主張する裏側には唯を狙われたという苛立ちが潜んでおり、唯も無下に彼女達の主張を退けることが出来なかった。
 だが強攻策を取れば、相手から強烈な反撃も予想された。先日自分を襲った式神が関わっているとしたら、式神の手強さを知る唯は性急な対立は避けたかった。京と麗は敵を明らかに軽く見ており、戦闘に関しては素人に近い唯はなかなか二人を説得できなかった。

「そうだ、楓さん。楓さんなら、式神の怖さを説明できるよね」
「私?」

 唯に話を向けられた楓は、全く無表情のまま、しばらく押し黙る。たっぷり一分近く経ってから、楓は再び口を開く。

「弱いと思う。しぶといだけで」
「ほら、楓もこう言っているじゃない。唯がビクビクする必要なんて無いわよ」

 楓の言葉に逆に京が勢いづき、却って唯は頭を抱えることとなった。唯は式神の再生力を脅威と受け取ったが、楓は式神の身の動きや立ち回りから、大した相手では無いと思っていたようだ。
 とりあえずマンション前をガーディアンが出入りして、相手の様子を窺うという折衷案を唯達は取ることにした。監視の相手を捕まえるにしても、人通りがある昼間の時間帯では都合が悪いので、麗と京はとりあえず意見を呑んだ。何人かのグループに分かれ、マンションを出入りした結果分かったのだが、どうやら相手が付け狙っているのは唯一人のようであった。他のガーディアンは無視していたのだが、唯が出かけるとワンボックスカーは密かに彼のことを尾行したのだ。ガーディアンの弱点とも言うべき人間の主が狙われているということで、雛菊、由佳、静香などは日和見を止めて、先手を打つという意見に傾いた。仕方なく唯は撤退の指示を自分が出すことなど幾つか条件をつけることと引き替えに、罠に相手をかけることに同意した。






「がーでぃあん共が」

 今まで一言も喋っていなかった式神であったが、一体が巨大な口を開いて嗄(しわが)れた声を出した。

「ちょうどよい、ここで全員しまつしてやる」

 非人間的な声を出す式神の台詞と共に、辺りの空気が変わる。ガーディアン達を押し包むような圧迫感が強まっていく。その気配を察したのか、ガーディアン全員が思い思いの構えを取る。

「気をつけて、増援が来た。ざっと百体くらい居る」
「それはまた凄いわね」

 唯の囁き声に早苗が苦笑する。罠を張ったのはガーディアン達だが、正直に言えばそこまで獲物が大量に網にかかるとは思って居なかったのだ。

「ふん、何のためにここに誘き寄せたのよ。数が幾ら居ても無駄よ」

 麗が相手を見下すように啖呵をきる。その言葉に触発されたかのように、闇夜に大量の異形が浮かび上がり、獲物に殺到する蟻のようにガーディアン達に向かっていく。それに対して麗が片腕を振り上げる。呼応するように彼女の背後にある川から一条の水柱が立ち上がり、巨大な竜の姿を形作った。

「死ね−!」

 麗の叫びと共に腕が振り下ろされ、それと共に水竜が式神に向けて突撃する。戦いの幕は切って落とされた。麗の水流が大量の式神を飲み込み、百合の放った衝撃波が敵をなぎ倒す。それに合わせてミシェル、由佳、京が敵に突進し、乱戦となる。

「唯様、お下がり下さい」

 唯の傍らにピタリとついた雛菊が警告する。唯は先程、素晴らしい体術を見せたが、これだけ多数の敵に囲まれては、それが通用しない可能性があった。事前の打ち合わせでは雛菊が護衛し、唯は安全な場所まで退避することになっていた。だが敵味方が入り乱れての乱戦になっている状況を見て、唯は考えを変えた。

「雛菊さん、静香さんと護衛を代わって」
「えっ?」
「どうやら接近戦が得意な人が必要みたいだから」

 確かに雛菊は京と並んで接近戦のエキスパートである。彼女が加われば、今のような乱戦の状態ではガーディアンにとって有利に違いない。

「雛菊、任せて」
「わかった、静香頼むぞ。それでは、唯様ご免」

 雛菊は静香に向かって頷くと、唯に一礼し、再度抜刀して乱戦の中へと突っ込んでいった。静香ならば、唯を任せても実力的に何ら問題は無い。雛菊は抜き身の刀で切り込むと、片っ端から式神を切り伏せていく。唯と静香は麗の攻撃で手薄になった一角から、素早く撤退した。

「はあああああ!」

 麗の意志で川から飛び出した水流は自由自在に動きを変え、式神達に襲いかかる。当初は大量の水を自在に操る麗の攻撃で、この場の主導権が取れたかに思えた。だが人と違って式神達は酸素呼吸をせず、体力の消耗を見せない。何度水で流されても上手く抜け出して、すぐさまガーディアン達に再び襲いかかって来た。

「こいつら、しつこいわね」

 相手を水流で巻き込んで溺死させるのが無理だと見て、麗は顔を顰(しか)める。彼女は戦法を変更すると、麗は激流で式神を押し流し、河原へと叩きつけていく。

「はあっ!」

 真っ先に接近戦を挑んだ京は、集団で固まっていた式神に近づくと、血で作られた刃を八つ飛ばす。血液のロープから伸びた刃は、京の意志によって体の周囲を回転して、近づいた式神を片っ端から切り刻んでいく。だが斬られた先から、式神の体は餅同士がくっつくかのように、切り傷が修復していく。

「厄介な奴らね。なら、これはならどうかしら?」

 京が片手を突き出すと、彼女の手と同じ形をした血の塊が蛇のように尾を引いて、一体の式神へと伸びて行く。血の手は式神の腹部を貫手で貫き、敵をがっしりと捕らえると同時に一気に京の方へと巨体をあっさりと引き寄せた。

「ズタズタにしてやるわよ」

 唇を舌で舐める京の目前まで引っ張られた式神は、回転する八つの刃でボロ布ようにバラバラにされる。五体を切断するに止まらず、細かい肉片にまで京は式神を破壊する。そこまで相手を攻撃して、ようやく式神は活動を停止したように見えた。

「全くしぶといわね……ちっ!」

 京は飛び込んできた式神の一撃をギリギリで跳躍してかわし、相手とすれ違う一瞬で相手の首を血刃で跳ねる。首を無くした式神はどうっと地に倒れるが、続けざまに数体の式神が京を追って接近してくる。すぐさま京は刃を振り回して応戦し、襲いかかる敵の手足を切り飛ばす。そんな中、京の視界の片隅で先程首を落とした式神が、自分の頭部を持ち上げて自分の体につけるのが見えた。

「……楽しませてくれるじゃない」

 式神の頑強さに内心舌を巻きつつ、京は再び数体の式神をなます切りにする。だが倒す端から再生されていては、埒があかない。一体づつ破壊すればいいのだが、相手の数に圧倒されていて、その隙がなかなか作れなかった。
 京同様に他のガーディアン達も苦戦を強いられていた。百合は衝撃波で式神を手当たり次第に吹き飛ばし、芽衣は敵を凍りつかせていき、早苗は石つぶてを大量に飛ばして攻撃を行っている。だが次々と襲い来る式神達から身を守るので精一杯というところだ。麗が巨大な水流を操り、一定の敵を封じているので、何とか戦いの均衡を保っているに過ぎなかった。

「このっ!」

 業を煮やしたミシェルは、一体の式神に軽快なフットワークで近づくと、掌底を腹に叩き込む。掌から電撃が迸り、反撃の拳を振り上げようとした式神の動きが軽い痙攣と共に一瞬止まった。

「食らいなさい!」

 ミシェルの叫びと共に、天空から一条の光が落ちてくる。彼女が天から召喚した雷撃は、狙い違わず動きを止めた式神へと直撃する。ミシェルが放った渾身の一撃を食らった式神は一瞬で焦げ付き、黒くなった体がボロボロと崩れた。

「や、やったわ」

 エネルギーを使い果たし、ミシェルはよろめいて二、三歩後退する。その隙を逃さず、式神二体が前後から彼女を挟撃しようとする。ミシェルは横に動いてかわそうとするが、大きな術の直後で反応が大きく遅れた。間に合わないと見えた刹那、動けない仲間のためにエリザヴェータが割って入る。

「はっ!」

 ミシェルの肩に手をかけて体を上下反転させ、エリザヴェータは開脚して前後から接近した式神の顔を蹴り飛ばす。式神達が倒れている間に、素早くミシェルは呼吸を戻そうとする。

「サンキュー」
「無茶するな、気をつけろ」

 予備兵力として戦いの行方を見守っていたエリザヴェータは、ミシェルの危機に絶妙なタイミングで介入した。

「はぁぁぁあ!」

 立ち上がろうとした式神の一体に、由佳が背後から襲いかかる。右腕から業炎を発し、白熱化した手刀で式神の一体を由佳は頭頂から断ち割った。その間にミシェルとエリザヴェータがさっと後退する。

「……そろそろ潮時だな」

 ガーディアンの苦戦を見て取った唯が呟く。ガーディアン達の心音が速く、既に彼女達が全力で戦っているのが唯には分かる。それにも関わらず、式神の数はあまり減っていないようであった。配下の者達が戦っている場所からは若干離れてはいるが、少年にはガーディアン達と敵が発する音で戦況が手に取るように見えた。

「静香さん、撤退する。サポートをお願い」
「わかりました」

 主の命令に、静香は軽く頷く。退却の意志は、唯が操る音の力によって、すぐさま他のガーディアン達にも伝達された。

「退却!? そんな……まだ早過ぎるわよ」

 式神十体を相手に一歩も引かずに暴れていた京は、唯の言葉に愕然とする。彼女自身は余力をまだ残しており、戦闘の継続は可能だ。不利な状態ならともかく、ガーディアンが押している優位な状況で引くのは納得が出来ない。だが既に主の命令は下されている。京の目前に居た敵が次々と強烈な力を食らって、体がボロ雑巾のように千切れ飛ぶ。静香が作り出した小型のワームホールによる衝撃波だ。

「全く、何だっていうのよ」

 京は苛立たしげに奥歯を噛み締めると、あらかじめ決められていた通り、麗の元へと向かう。他のガーディアン達も、次々と京の後に続く。

「目を瞑れ!」

 エリザヴェータの右手から白い球体が浮き上がり、次の瞬間には爆発的な光量が周囲を包み込む。その余りの光に、近隣に住む住民が何事かと屋外に飛び出た程だ。まばゆい光に式神達の目が焼き付く。強制的に視力を奪われ、光が収まった後も式神の目が霞む。それでも必死に周囲を見渡すが、視力が戻った後にはガーディアン達の姿は既に無かった。僅かな隙をついて、麗の水流に乗って彼女達は既に脱出した後だった。






「何で、引いたのよ」

 シャワーを浴び、さっぱりとした姿になった唯に、京が食ってかかった。二人が居るのは、いつものマンションのリビングルームだ。善後策を話し合うために、ガーディアン達のほとんどが集まっていた。それぞれが思い思いのソフトドリンクとお菓子を持って、ソファや床に座り込んでいる。

「勝てないと思ったから」
「何ですって!?」

 唯のストレートな言葉に、京の眉が吊り上がる。だが唯は京の手を取ると、落ちつかせるように話しかける。

「冷静に考えてみて。戦った時間は短かったけど、その間に式神はほとんど倒せなかったでしょ」
「あんな雑魚、もう少し時間をかければ……」
「奈落への大きな門を閉じたときを思い出して。長期戦はガーディアンは苦手でしょ」

 唯の真摯な眼差しに、京は怒りの言葉を口に出す途中で飲み込む。唯がガーディアン達を撤退させたのは、彼女達の力を甘く見ているのでは無く、心配しているからだと分かったからだ。

「でも、あの場に静香も唯も居なかったわけだし、総力戦になれば勝負は分からないでしょ」
「確かに式神には勝てたかもしれない。でも問題なのは、式神を操っている相手でしょ。そいつらと戦う前に、何もリスクを冒す必要は無いよ」

 ガーディアンの居場所が分かっているのだから、今回式神を全滅させても、相手は何度でも式神を送り込んでくる。その厄介な図式が唯の頭にはあった。だからこそ唯は、芽衣が作った氷の船を川に浮かべ、麗に水流を操らせて素早くあの場を脱出した。戦いは始まったばかりだ。

「唯様の言うとおりです。京、目的と手段を履き違えてはダメよ」

 唯の加勢に加わった芽衣に、京の眉毛が軽く吊り上がる。唯の最も従順な従者を自認する芽衣だが、主の意見に追従するのが京にとってたまに癇に障るときがあった。

「でも、確かに予想以上に手強かったわ」
「動きは悪いが、ああ斬っても斬ってもくっつくのではな」

 ミシェルの言葉に、雛菊が溜息をつく。式神など歯牙にもかけないつもりだったガーディアンだったが、実際に戦ってみて、その嫌らしい強さを実感したようだ。式神や使い魔などに対抗する術も世の中にはあるのだが、元からそのような術に頼らなくても充分に強いガーディアン達はそのような知識には疎い。今更調べようとしても、科学全盛の現在では、その多くは散逸しているように思えた。あの再生力がある限り、式神はやっかいな相手だと言えた。

「何か手を考えないと……」

 百合の言葉に、唯は手があると言いかけて、ギリギリで思いとどまった。対抗手段を配下達に披露するのは、時期尚早だと思ったからだ。

「まあ、当初の目的を楓さんと円さんが果たしてくれるのを待とう」

 唯は由佳から渡して貰ったコーヒーを啜った。






 白いライトバンが夜の山道を疾走する。街灯一つ無い暗闇を、走り慣れているかのようにスムーズに車はカーブを越えていく。途中で車は舗装されていない私道に入って消えて行く。車のテールランプが闇夜に小さくなっていくと、私道の入り口にある影が動き、滲み出るように姿を形作った。言わずと知れた円だ。闇を物ともせず、彼女は車が上っていった漆黒の山道を仰ぎ見る。

「どうしたの、ついて行かないの?」

 頭上から声がして、空から楓が下りて来る。二人は自宅前に停まっていたライトバンをずっと追跡していた。式神を相手に一暴れした唯とガーディアンは囮で、円と楓が相手の正体を探るのが今回は目的であった。

「結界が張ってあるみたい。この先は、影での移動は無理みたい」
「じゃあ、飛べばいいわ」

 楓のシンプルな返答に、円は軽く苦笑する。

「警戒に引っかかったら、困るわ。この先に何があるか、わからないわけだし。空中からは何か見えた?」
「幾つか建物が」
「じゃあ、そこが目的地でしょうね」

 楓の情報に、円が顎に手をやり、一旦言葉を区切って考える。彼女の結論はすぐに出た。

「楓はこのことを唯様達に報告して」
「……わかった」
「私はもう少しここがどんな場所か調べてから戻るわ」

 円の体が、ズブズブと大地に出来た影へと沈んでいく。それを見届けてから、楓の体が天空へと飛翔した。






 数日後、芽衣、円、早苗の姿が飯田の古物店にあった。円の調査によって、山中にあった建物が、新興宗教団体「黄昏の会」というグループが所有しているのが判明していた。円は何か情報が無いかと、すぐさま飯田に連絡を取ったのだが、残念ながら彼はその時点では何も知らなかった。だが調査に協力を申し出て、この日すぐにガーディアン達に連絡が来たのだ。

「おや、麻生様は?」
「相変わらず監視の目があってね。唯様自身が出かけるのを控えているの。折角の夏休みだというのに……」

 帳場に座っている飯田に対して、珍しく芽衣が溜息をついてみせる。協力者とはいえ悪魔に弱みを見せるとは、唯が狙われていることが芽衣には相当こたえているのかもしれない。

「確かに、それは可哀想ではありますな。ただ麻生様の忍耐も報われたと思います」
「それじゃ……」
「こちらの手の者が、黄昏の会に上手く潜入できました。それで大まかな事情は判明しました」

 身を乗り出す早苗に、飯田は力強く頷いてみせる。

「団体の発足は三年前、元は心霊研究にのめり込んでいる大学のサークルで、数ヶ月前までは、この団体は小さなものでした。ここら辺は、そちらでも調査済みではありませんか?」
「ええ」

 飯田の確認に、今まで調査していた円が同意する。このことは円もすぐに突き止めていた。

「若者の遊び程度のオカルトサークルが、式神を操るまでになったのはつい最近、とある男の加入が切っ掛けです。その後、会の活動が大きく変化しました」

 飯田が一枚の写真を裏返しに芽衣へと手渡す。写真をひっくり返して三人は覗き込む。

「なっ!?」
「こ、こいつ……」

 現像された写真を見た芽衣達は、驚愕の声を漏らす。

「ええ、半田です」

 写真には忘れもしない、悪魔から人に自ら変わり、一時はガーディアンを操ろうとした人物が写っていた。

「会に潜り込んだ彼は、その魔術の知識を使って秘術を披露し、メンバーの心を掴んだそうです。そのまま会を乗っ取った彼は、黄昏の会を使って、一つの計画に着手しました。奈落から持ち込んだ種を繁殖させることです」

 飯田の差し出した二枚目の写真に、早苗が息を呑む。

「サウザンド!?」
「栄養が豊富な下水での育成は、彼の思惑通りに成功しました。元々、過酷な状況でも生きられる生物でしたから、日本の下水道はサウザンドにとっては天国だったでしょう。養殖したサウザンドを、黄昏の会は定期的に回収していたようです。ただ、しばらく前に思わぬ失態から、捕獲しようとしたサウザンドに会員が襲われて犠牲を出したそうです」
「それじゃ……」
「そこから足が出て、警察、そしてガーディアンにサウザンドの繁殖が知られたということです。まさか私も、半田が絡んでいたとは、露とも思いませんでした」

 飯田は軽く溜息をつき、芽衣、早苗、円は思わぬ話に声も出ない。よもやガーディアン達に完膚無きまで叩きのめされた半田が、再び自分達の前に立ち塞がるとは思って居なかった。だがガーディアンの才女達は、衝撃からすぐに立ち直ると、すぐさま状況を正確に把握しようと頭を切り換える。長年戦いに身を置いているだけのことはある。

「でも、半田は何故サウザンドを増やして捕まえていたの?」

 早苗の疑問に、飯田の目が一瞬だが尋常ではない光を放つ。

「そこに今回の式神の襲撃を解くヒントがありました。実は……」







「調整はどうなっている?」
「これは半田様。今のところ、問題は全くありません」

 声をかけた半田に対し、白衣の青年が微笑んでみせる。二人の足下には、幾つもの水槽……いや、生け簀(いけす)のような物が並んでいる。大量に並んだ生け簀は、巨大な倉庫のような建物を埋め尽くす程の数が並んでいた。水槽の上に渡された通路を何人かの白衣の青年達が歩き回り、中を覗き込んで度々チェックしていた。その視線の先には、水中に沈んでいるサウザンドの姿があった。それは死んでいるかのように目を瞑り、身じろぎ一つしなかった。

「生体は安定しています。これならいつでもファミリアを使えます。いつでも襲撃のご命令を」
「そう焦るな。今はまだそのときではない」

 目を輝かせる青年に対し、半田は適当に宥める。だがその目は青年に対してではなく、栄養層に浸かって眠るサウザンドに向けられている。
 唯に完敗して助命までされた半田だが、ガーディアンのことは諦めなかった。まずはとある大学のオカルトサークルに、現代の魔法使いという胡散臭い肩書きを名乗って、半田は潜り込んだ。こちらの世界でも使える幾つかの魔術を披露した彼に、学生達はあっさりと騙された。奇跡を起こしてみせる半田を、オカルト好きな大学生達が教祖のように崇めるまでには、さして時間はかからなかった。半田は学生達を使い、幾つかの大学に手を伸ばして、更なる人員確保に走らせた。彼の思惑通り、魔術を見せる謎の人物に日常に飽きていた多数の学生がついてきた。
 大学生達の洗脳と平行して、半田はサウザンドを予め調査して決めていた下水に放った。サウザンドは獰猛で危険な種だが、半田が目をつけたのはその凶暴な戦闘力より、旺盛な繁殖力だ。半田の計画にほぼ沿う形で、サウザンドはボウフラのように増えた。それを彼は学生達に捕獲するように命じ、半田は施設へと移送した。戦闘力が高いサウザンドも、魔物としては比較的下位に位置し、魔力は少ない。それでも数さえいれば、必要な量を充分に確保出来た。サウザンドを魔術で眠らせ、半田は魔力の供給装置として利用し、遂に目的通りに大量の使い魔、ファミリアの召喚が可能となった。
 ファミリアを学生達に与え、使役させた半田に、黄昏の会のメンバーは心酔した。奇跡を起こす教祖を疑う者はほとんど居なかった。学生達は半田のガーディアンが世界を堕落させる存在、という説明を信じて戦いに備えてきた。計画の途中で、サウザンドの捕獲する際に魔術の扱いを誤って数人の学生が犠牲になったというアクシデントもあった。それを機にサウザンドの確保は中止したが、既に十分な数は集め終えていた。

「麻生唯はまだ動かないですか?」
「監視は続けている。前回の敗北に臆しているのかもな」

 常に魔力の供給を受け続けているため無限に近い再生力を持つファミリアに、ガーディアン達は相当面食らっているようであった。二回の襲撃で手傷を負わせられなかったが、部下達は徐々にファミリアをより上手に動かせるようになってきている。ガーディアンを戦闘不能にし、彼女達が守る少年さえ殺せば、自分が主の地位を奪えるのだ。
 半田は水槽の中で眠る魔物見ながら、邪な笑みを浮かべた。







「唯、居る?」
「うん」

 広々とした屋上に上がってきた京が、唯に声をかける。日が落ちかけていて、屋上の二人を赤く照らした。トレーニングをしていたのか、短パンにTシャツの唯は汗だくだ。

「ちょっと話があるけど、いいかしら?」
「構わないよ。何かな?」

 プラスチックで出来た椅子に、二人はそれぞれ腰掛ける。夏の日差しを受けていたためか、椅子はかなり熱かった。

「半田が変な新興宗教を作って、人を集めているのは聞いたわよね」
「聞いたよ。円さんや飯田さん、それに上島さん達にも探ってもらってる」
「居場所は分かってるんだから、乗り込まないの?」

 京はなるべく平静を装って聞く。喧嘩早い京だが、恋人の唯を気遣って、なるべく感情的にならないようにしているのが声色から分かる。

「なるべく正面からの激突は避けたい」
「何でよ?」
「戦って分かったと思うけど、相性が悪い」

 唯の指摘に、京は口を噤(つぐ)む。

「ガーディアンのことを研究した半田だから、こちらのことを知り尽くしたうえであんな厄介な相手を送り込んできたんだと思う。半田の思惑に乗って、消耗戦にしたくない」
「それじゃ、どうするのよ」
「情報を集めてから、対策を考えたい」
「分かってはいると思うけど、式神相手だと術者を叩かなくては意味が無いわよ」

 京は射すくめるような視線を唯に投げかける。

「納得できない?」
「……ちょっと無理ね。納得できないわ」

 硬い表情を見せる恋人に対し、唯は諦めたように軽く息を吐く。

「実は対抗手段を考えてはあるんだけど……」
「何かまずいの?」
「何が起きるかわからないから、出来れば使いたくない」

 困ったような顔をする唯に対して、京もどう声をかけていいか迷う。他の人間やガーディアンならば、京も勿体ぶるなと言うところだが、愛しい少年とは喧嘩するようなことは避けたかった。

「じゃあ、こうしよう。僕と京さんが勝負して、京さんが勝ったら僕のプランを伝える」
「負けたら、諦めろってことよね。これまた大きく出たわね」

 思いもかけない唯の提案に、京が呆れたように恋人を見る。先日京が見た、唯の体術は見事なもので、あれなら自分ともそこそこいい勝負になるだろう。だが京に勝つのは、まだまだ無理に思えた。

「いいわよ。相手になるわよ」

 苦笑しつつ、京は椅子から立ち上がる。戦うのが元から好きな京だ、勝負での決着は性に合っている。

「一応、審判を呼んでいい?」
「いいわよ、でも公平な相手にしてよね」

 京が了承すると、ほとんど間を置かずに雛菊が屋上へと姿を現す。唯が音の能力を使い、雛菊に声を既にかけていたのだ。

「唯様、本当に勝負をされるのですか?」
「審判をよろしく」

 驚く雛菊に構わず、唯は立ち上がると椅子から離れる。京は腕組みをして、余裕を見せて立っている。

「ちょっと、面白いことするなら、呼びなさいよ」

 対決が始まる前に、階下から足音を立てて麗がやって来る。続けて早苗、静香、百合、ミシェルの四人も姿を現す。リビングに居た雛菊が慌てて出て行ったので、彼女達も後からついて来たらしい。いつの間に来ていたのか、エリザヴェータも屋上のフェンスに立って唯と京のことを見ていた。

「何が始まるの?」
「京と唯様が勝負する」
「ええっ!? 本当に?」

 雛菊の言葉に、早苗達が驚きの声をあげる。静香は心配そうな顔をするが、麗は興味津々という様子だ。

「いつでもかかって来ていいわよ」

 京がにこっと唯に向かって笑う。挑発するような京の態度に構わず、唯は音を作りだし、右手の中で反射させてエネルギーを溜める。そしてそのままスタスタと無防備に京へと近づいた。

「………」
「くっ!」

 無言で京の右手が水平に振られる。その軌跡を追って、巨大な血で出来た鎌が横薙ぎに唯を真っ二つにしようとする。唯はしゃがんでその一撃をかわすと、間髪入れずに京の左手が振られて二つ目の鎌が斜め下から伸びてくる。唯は軽く飛び上がって足下に血鎌を流すと、右手で増幅していた音を、集束して京に放った。

「甘いわよ」

 翳した右手の動きで軌道を読んだ京は、左足を一歩引いて半身をずらす。指向性のある音が京の体をかすめて飛び、フェンスに到達する前に百合が衝撃波を放って、ぶつかるまえにかき消す。京はすかさず鎌を縦横無尽に振るい、唯は体術で懸命にかわそうとする。だがその猛攻を避けきれないと判断すると、彼は背後に飛んだ。京は血液を鎌から槍に変えると、唯を追撃するように腕から伸ばす。唯は空中で体を捻って血槍をかろうじて避けると、後退する速度を速めるためにバク転してフェンス近くまで一気に下がる。

「おおっ!」

 両手の力で宙に浮いた唯は、くるりとトンボを切って一回転し、フェンスの上に着地する。その常人離れした動きに、ガーディアン達は目を見張る。ついこの前まで一般人と変わらなかった唯だが、いつの間にこんな動きを身につけたのか。

「唯……凄いわね」

 戦っている当人の京も、驚いたように目を大きく見開いて唯を見る。唯は押し黙ったままだ。
 唯の体術が飛躍するきっかけはミシェルが与えてくれた。ガーディアンの能力は、己の肉体をエネルギーへ置換することが可能だと、ミシェルが己の技をもって教えてくれた。唯はこの原理を応用し、肉体の一部を音エネルギーに変換し、動く際に体重を軽くすることに成功した。慣れるまでにかなり苦労したが、それでも何とか実践できるまでにこぎつけることが出来た。それで軽業のような動きまでが、一介の中学生である唯に可能となったのだ。だが唯の目的は、その一つ上の技にあった。

「これは楽しませてくれそうね」

 思い掛けない唯の成長に、京が舌なめずりをする。元々暴れるのが好きな京だ、体の血が滾(たぎ)るのだろう。彼女の闘志が燃え上がるのが、実戦経験が極端に少ない唯にも見て取れた。先程の動きから、唯は京の強さを肌で感じ取っていた。手加減してくれているからいいものを、本気を出されては一溜まりもない。ならばその前に、自分が得意な奇襲に全てをかけるべきだった。

「それじゃ、こち……ら……か」

 唯の耳に届く、京の言葉が遅くなっていく。唯の目の前にある全ての景色がスローモーションになり、やがて止まった。術を発動させた唯は、フェンスから下りると横に走り出した。

「それじゃ、こちらから……なっ!?」

 京の目前で唯が突然かき消えた。慌てて少年を探そうと周囲を見ようとした京は、後頭部に激しい衝撃を受けて前のめりにつんのめる。

「アクセラレーション……」

 唯の姿がかき消えたと同時に、エリザヴェータは自分も超加速状態に入った。彼女の目に、京の後頭部に肘打ちを食らわせた唯が映る。ガーディアンの中で最も頑健な京が、急所に当てたとはいえ一撃で倒せるはずが無い。弧を描くように右足を振り上げた唯は、浴びせ蹴りを同じ場所に一撃加える。

「あ……ぐっ!」

 急所に二発食らい、京は意識が飛びそうになる。それでも懸命に耐えると、床で一回転して素早く背後を振り返る。その目にアクセラレーションを解除した唯が、夕日を背に飛び上がっているのが見えた。

「でゃあああああぁ!」
「くっ!」

 蹴りを放とうとする唯に対し、京は強烈な危機感を感じる。体にストックしていた全ての血液を使い、京は分厚い血の壁を眼前に作り出す。唯の姿がぶれたように歪むと、壁と京を貫通して屋上に着地した。

「あの技は……」

 唯の放った技が、自分の奥義と同じものであるのを見て取って、ミシェルが絶句する。彼女も唯がいつかは自分と同じ技を使えるようになると思っていたが、まさかこんなに早く使うことになるとは思っていなかったのだ。

「うぐっ!」

 京がくぐもった呻き声をあげると、尻餅をつく。見たところ彼女には外傷はない。だが唯がフルパワーを込めた音の衝撃が奔り、全身がバラバラになりそうだった。

「か、勝った!?」

 着地した唯が背後へと振り向く。手応えは確かにあった。だがその視界は、九十度横へと倒れた。

「えっ?」

 自分自身が倒れたのを自覚しないまま、唯の意識が暗転した。






「面白いことが分かりました」

 神崎が赤井の机に茶封筒を投げ出す。内閣特殊事案室の最高責任者である赤井は、黙って部下が渡した資料を封筒から取り出し、目を通し始める。二人が居るのは霞ヶ関の一角にあるビルの最高階、広くスペースを取ってある室長室だ。押し黙ったまま資料を読む赤井に構わず、神崎が話を続ける。

「ガーディアンと接触した刑事二人が、とある宗教団体をかぎ回っているらしくてですね、こちらでも調べてみました。マル暴が宗教団体に首を突っ込むのもおかしい話ですから。この団体がいかがわしい儀式をしてるっていうんで、調べたら驚きました。公安の調査で、先日の下水の件で頻繁に目撃された車種を使っているそうなんです」
「先日の件はこいつらのせいということか?」

 黄昏の会という聞き慣れない宗教団体に、赤井はレポートをめくってどのような団体か把握しようとする。

「そこでエージェント・ケリーを潜入させましたが、とんでもないことがわかりました」

 神崎は写真を資料の束から抜き出すと、赤井に提示する。写真には水槽に浮かぶサウザンドの姿が写し出されていた。

「サウザンドを飼っているというのか?」
「それが面白いことに研究所の話だと、眠らせてエネルギーの供給装置として使っているみたいなんです。まあ、生体発電装置みたいなもんです。そのエネルギーを使って、生体兵器を作り出して、彼らは運用しているようですね」

 神崎は二枚目の写真を引っ張り出す。そこには四本腕の奇怪な二足歩行の生物が写っていた。

「……とんでもない話じゃないか」
「まぁ、そうですよね」

 唖然とした表情の赤井に、神崎が苦笑する。正直なところ、神崎も当初は報告が信じられなかったくらいだ。

「それで、どうするつもりだ?」
「研究所の説明では、現行の戦闘力では正面からの戦闘は避けた方が無難とのことです。部隊の隊員がサウザンドにも敵わなかったですから、今回も力押しは通用しないだろうとの予測です」
「ウェポンGがあるだろう」
「サウザンドは知能が低かったから通用しましたが、エージェント・ウェイドでも苦戦するとの予想です。下手に手は出さない方がいいでしょう」
「じゃあ、手をこまねいて見ていろと言うのかね?」

 赤井は苛立たしそうに神崎を見るが、彼は平然とその視線を受け止める。

「研究所は早いところ手を打てとのことです」
「どういうことだ?」
「実は……」

 神崎は赤井に黄昏の会を潰すのが、いかに利益になるのかを説明する。

「それはわかったが、戦力不足なのに我々にどうしろと言うのだ?」
「ここは一つ、我々の敵に応援を頼みましょう。彼らは、人が良いですから」






「あれ、ここは?」

 唯の意識が覚醒すると、自分が自室のベッドに横たわっているのに気付いた。全身が酷く気怠く、頭もぼんやりとしている。それでも無理やり体を起こそうとした唯を、京の手が押し止めた。

「全く、無茶なことして。いいから、まだ寝てなさい」
「う、うん」

 唯は京の言葉に素直に頷き、体の力を抜いて横になる。それだけで唯は起き上がる気力が完全に萎えてしまう。体がとにかくだるかった。

「あれからどうなったの?」
「どうもこうもないわよ。唯がエネルギーの使いすぎでぶっ倒れるから、私が治療したのよ。何も考えず、エネルギーを全部技に使うから、あんなことになるのよ」

 京は軽く嘆息してみせる。そんな京の様子に、唯も気落ちしたような表情を浮かべる。

「そうか、負けちゃったね。無茶な勝負してごめんね」
「少しは加減しなさいよ」
「頭は痛む?」
「結構ね。普通、恋人の後頭部を思いっきり殴る?」

 京は唯の額をデコピンで叩く。だが怒っている様子は無く、珍しくしおらしい唯の姿を楽しんでいるようだ。

「賭けに負けちゃったけど、どうする?」
「相手はあの半田でしょ。ガーディアンに命令できるあいつが相手なら、主無しじゃ勝負にならないわよ」

 京はベッドの傍から立ち上がると、唯に背を向けた。

「当分の間は相手に仕掛けたりしないから、ゆっくり体を休めなさいよ」
「京さん、ありがとう」

 唯はほっとして、嬉しそうに微笑む。京は賭には勝ったが、あえて恋人の意志を尊重して、唯に一歩譲った形となった。

「どういたしまして」

 京は振り返って笑顔を返すと、そのまま部屋を出て行く。

「唯様の様子はどう?」
「心配ないわよ。少し寝て休めば、回復するわ」
「大体、京が無茶な賭に乗るから……」
「何よ、私が悪いって言うの?」

 扉の外から漏れ聞こえる恋人達の声を聞きながら、唯の意識は再びまどろみに沈む。とにかく体が睡眠を求めてやまなかった。京達が無茶をする心配も無くなり、ほっとしたこともあるだろう。体は夢一つ見ず、深い眠りに落ちていった。
 どれだけ眠っただろうか。唯は自分の携帯が鳴る音に、目が覚めた。音に対して敏感になっている自分の体に、力が戻って来ているのを感じつつ、唯は携帯を机から取り上げた。

「もしもし」
「久しぶりだね、麻生君」

 電話から聞こえてきた声に、唯は不快そうな顔をする。電話の相手は忘れもしない、神崎だった。

「……何ですか?」
「いや、まだうちの隊員を救ってくれた礼もしてないだろう。ありがとうを言いたくてさ」
「そうですか、それじゃ……」

 唯は一方的に会話を打ち切ろうとする。

「おっとっと、まあ待ちたまえ。黄昏の会について探っているそうじゃないか。何処まで内情を掴んでるんだい?」
「そっちよりよっぽど」

 黄昏の会について対策室が知っているのに唯は驚くが、考えてみれば当たり前なのかもしれない。ザウラスについても掴んでいたのだ、情報網はきちんとあるのだろう。

「随分自信があるんだな。流石はガーディアンといったところか。そこで一つ提案があるんだが」
「何ですか?」
「共同作戦で黄昏の会の本部を攻撃しないか?」
「お断りします」

 神崎の提案に、唯はにべも無い。だがこの反応は神崎も織り込み済みであった。

「そうかい、それは残念だ。それならこちらが単独で特殊部隊を送り込むしかないな」
「そうですか、頑張って下さい」
「ただ、一般の隊員だけだと、下水道のときと同じことにならないか、心配なんだよな」

 神崎は唯の反応を伺うように喋る。

「……ガーディアンには、関係ないですね」
「そうかい? 隊員にとっても命をかける任務になりそうなんだがな」

 神崎の言葉に、唯は押し黙ったままだ。だが神崎には唯の心情がわかっている。

「出発は明後日の深夜だ。まあ、気が向いたら、この電話にかけてくれたまえ、麻生君」

 電話が切られると、唯は電話を壁に投げつけたくなる衝動に駆られた。神崎は唯の正義感を利用しようとしている。前回サウザンド退治に失敗した特殊部隊が、式神に太刀打ち出来ないのは百も神崎は承知なのだ。その上で唯がむざむざと人死にが出るのを見過ごすことが出来ないのを、下水道でガーディアン達が手助けしたことから知っている。今回、特殊部隊を動かすのは、ガーディアンを動かすためだ。
 仮想敵として対ガーディアン用の訓練を受けている部隊を助けるのは、敵を利することに他ならない。だが上島と堺に、部隊の人間が元は警察や自衛隊で働いていた普通の公務員と聞いている。唯には、彼らを見捨てることは出来なかった。

「くそっ」

 唯は自分の無力さに、悪態をついた。恋人達を危険に晒して、何がガーディアンの主なのだろうか。






「ご苦労様です」

 ワゴン車に乗り込んだ唯に、隊長らしき男が敬礼する。唯は戸惑ったように中年の男を見たが、ペコリと頭を下げて返礼した。
 ガーディアン達は結局のところ、神崎の思惑通り、特殊部隊に同行することとなった。唯にはどうしても敵を見捨てるという非情な判断が下せなかった。もちろんガーディアン達からも猛烈な反対意見が上がったが、唯が苦悩して頼み込む姿に何も言えなくなってしまった。京など元々敵地に攻め込むことを考えていた者も居たため、ガーディアン達は唯を非難せずに一先ず特殊事案対策室と共同戦線を張ることとなった。
 ガーディアン達はマンションの前に迎えに来た部隊のワゴン車やトラックに分乗して乗り込むこととなった。黄昏の会による監視は、密かに円が排除して対策室の人間に引き渡してある。

「それでは、出発します」

 唯に続いて京と芽衣が乗り込むと、運転手が声をかけてきた。ワゴン車は雨が降りしきる道路を走り出した。後から、後続の車も続く。

「部隊を預かっている平坂と言います。前回は助かりました」
「いえ……」
「あなた達が居なければ、我々も生きてはいなかったでしょう」

 長年訓練を積んできた部隊長は、ガーディアンを率いていると言われている少年の若さに驚きつつも、極めて礼儀正しく礼を言う。暗い下水で命を落とすところを、仮想敵として考えていた相手から助けて貰ったのだ。感謝してもし足りない位だ。ガーディアンはあまり対策室に好意的ではないのは、京や芽衣の睨むような視線でわかる。それでも助けてくれるというのだから、自分の息子と言っても差し支えない年の少年に対等に接するのは苦でも何でもなかった。
 芽衣は馴れ馴れしく主に話しかけてくる相手に口を出そうとしたが、唯が目でそれを制する。

「今回の戦い、多分前回以上にきつい戦いになりますよ」
「そのようですね。でも、命令ですから」

 暗に作戦中止を促す唯に対し、平坂は苦笑して答える。

「一応、前回の倍の人数は用意しているんですが」
「それでも、きついと思います。はっきり言って無理かと」
「そうですか……」
「前回、サウザンド……あの生物を退治した覆面の人物は今回参加しないんですか?」
「ウェイドさんのことですか?」

 うっかり口を滑らせたのか、平坂は思わず口に手をやる。だが一度声に出してしまったものは、引っ込めることも出来ない。困ったような顔で、部隊長は仕方なく話を続ける。

「今回の作戦には、我々には同行しません。参加するかどうかも、聞いていません」
「ウェイド……というのが、彼の名前なんですか?」
「秘密事項なので、あまり教えてはいけないんですが……エージェント・ウェイドと呼ばれています」

 ガーディアン達が知る限り、対策室で最も強いと思われるのは覆面のエージェントだ。今回の作戦に、ウェイドと呼ばれる人物が参加しないのは不可解とも言える。対策室には何か別の思惑があるように唯には思えた。

「その……ウェイドさんはあの生物に一人で立ち向かったみたいですが、彼は何か特殊能力か何かを持ってるんですか?」
「すみません、これ以上はお教え出来ません。というより、知らないんです。確かに射撃、格闘能力をとっても、彼は一流ですが、それ以上に何か持ってるんだと思います」

 唯はじっと平坂を見るが、それ以上は追及しなかった。心臓の心拍から相手の言葉に嘘は無いと判断したのだ。気まずく感じたのか、平坂は話題を変えた。

「今回の作戦で知っていた方がいいことはありますか?」
「……相手の再生能力は知っていますか?」

 少し考えてから発した唯の言葉に、部隊長は頷く。

「報告は受けています。重火器で相手の再生以上の打撃を与える予定です」
「それなら、そのことについては特に言うことは無いです。後は撤退について考えておいて下さい」
「撤退ですか?」
「ええ、撤退も視野に入れておいて下さい。相手は強敵ですから」

 唯の淡々とした言葉に、平坂は深く頷く。サウザンドとの戦いで、撤退の重要性は強く認識している。ガーディアン達が自分達を退避させてくれなければ、今頃自分達は墓の下だったろう。
 唯はお喋りを切り上げると、車窓から外を見る。夕方から降り出した雨はますます強まり、窓を強く叩いている。麗やミシェルにとっては吉報だが、由佳などは能力が制限されるかもしれない。唯が恋人達や式神の対策を色々と考えている間に、車列は都心を離れて郊外へと移っていった。高速道路から降り、目的地の山中へと車は走る。意外なことに黄昏の会が拠点を構えた場所は山地だが、東京からさほど離れていなかった。サウザンド捕獲と輸送の利便を考えてのことだろう。本拠をある程度人目につかない場所に建設できれば、半田としては良かったのかもしれない。徐々に人里を離れ、車はいよいよ山を登り始める。

「すみません、停止して下さい!」

 車が蛇行する夜道を軽快に走っていたところ、唯が大きな声を突然出した。

「唯様、どうしました?」

 部隊の人間達が戸惑っている中、芽衣が唯に声をかける。

「何かがおかしい。早く車を止めて、降りて」
「車を止めなさい。早く命令しなさい!」
「は、はい」

 唯の言葉を受けて、芽衣が有無を言わせない調子で平坂に命ずる。平坂はすぐに無線で停車することを連絡した。車が止まると同時に、唯が待ち切れないように車外へと飛び出し、芽衣、京、平坂が後に続く。

「唯、どうしたの?」
「何かおかしい」

 雨の中、闇を透かし見るように木々の奥を見つめる唯に、京が声をかける。狭い山道の片側は急な斜面に林が密集しており、反対側は谷になっている。唯は持てる力の全てを使い、山中の音を聞き分けようとした。雨音によってセンサーの感度が若干落ちていることが、唯には悔やまれた。

「部隊を展開させて、車を念のためにUターンさせておいて下さい」
「敵か?」

 唯の真剣な表情に、平坂も表情を引き締める。目的地まではまだかなりあるが、どうやらガーディアンの主は何かを察したようであった。平坂の号令の下、トラックから兵士達が次々と降車する。ガーディアン達も車を降りると、唯へと駆け寄って来る。

「式神ですか、唯様? まだ教団の本拠には距離がありますが」
「わからない。でも、何かおかしい」

 円の言葉に、唯は静かに答える。山中を何かが蠢く音が唯には聞こえたが、それが式神なのか判断がまだつかなかった。

「部隊の人たちのバックアップをお願い。早苗さんとミシェルさんは僕の護衛を」
「わかった」

 唯の命令に、ガーディアン達は移動する。本来ならば唯の護衛さえ出来ればいいのだが、主の命令ならば仕方が無い。それに今回の目的は、部隊のサポートにある。雨合羽を着た兵士達はアサルトライフルを用意し、火器の準備を行う。激しい雨音だけが響く山奥で静かな緊張が走る。

「……やっぱり式神だ。戦闘準備を!」
「全員構えろ! 敵を視認次第、射撃しろ」

 唯の言葉に、平坂が命令を下す。部隊は横二列に整列し、前列がしゃがんで射線を確保した状態で、全員が武器を構える。武器を向けたのは唯が視線を向けていた方向だ。ガーディアン達は後方に下がり、支援する体制を整える。

「距離はわかりますか?」
「二キロくらい……でも、すぐにこちらに来ます」

 平坂の怒鳴り声に、唯は能力で音を耳元に届けて答える。唯には既に猛然とこちらに向かってくる式神の集団が、はっきりと認識出来ていた。

「何でこちらの動きがわかったのかな?」
「何らかの術か、監視カメラか何かか……」

 早苗の疑問にミシェルが答える。相手に奇襲をかける予定が、危うく立場が逆になるところだった。じっと雨に濡れて闇を見詰める唯を、二人は心配そうに見た。

「見えた! すぐに来るぞ」

 暗視能力も持つエリザヴェータが、木々の合間から相手を見つけ出す。兵士のうち数人が照明弾を上空に打ち上げるや否や、闇の中から白い巨体が次々と姿を現わした。すぐさまライフルが火を噴き、戦いの火蓋は切って落とされた。

「火力を集中しろ! 相手を近づけるな!」

 平坂の命令も空しく、猛スピードで突っ込んでくる多数の式神達は見る見るうちに接近してくる。一体を蜂の巣にしている間に、二体が接近してくるという具合で、明らかに火力が足りなかった。通常の人間、もしくは悪魔でさえ重火気の火線に晒されたならば身を隠すか、さもなくば怯む様子などを見せるものだが、式神は何ら躊躇無く部隊へと向かってきた。死の危険というものが無いため、恐怖心というものがまるで無い。おまけにサウザンドは撃てば死んだが、式神達は多少の傷ならすぐさま回復してしまう。何体かの式神が銃弾をかいくぐり、部隊へと近づくと一気に跳躍した。

「させないわよ!」

 京が式神に向けて腕を伸ばす。その腕から巨大な赤い手が伸びて、跳躍した式神を掴んだ。京は掴んだ一体をそのまま横に投げて他の式神にぶつけ、跳躍した式神達をまとめて吹き飛ばした。続けて向かって来る式神達を麗の水流と、楓のカマイタチが切断する。だが続々と後に続いて来る式神達が、白い雪崩のように隊員達の元に接近して来る。隊員達はグレネードランチャーなどを放って打撃を与えようとするが、手足が千切れようが頭を吹き飛ばされようが、人造生物達は再生しながらひたすら走りよってくる。相手を行動不能になるまで打撃を与えられておらず、火力不足なのは火を見るより明らかだ。

「ちいっ!」

 式神の動きを防ぎきれず、軍勢のうちの一体が接近したと見ると、雛菊が動く。特殊部隊の隊列を飛び越え、太刀をその手に作り出すと、彼女は抜き打ちで切りつけた。式神を股間から頭まで真っ二つにすると、すぐさま残りの式神達を迎え撃つ。雛菊が接近戦に移行したのを見て、京や円、楓、芽衣、由佳、エリザヴェータなども式神を止めるために部隊の前へと飛び出していく。

「て……りゃー!」

 由佳が赤く輝く手刀を式神の一体に突き入れる。高熱化した右手は易々と筋肉質の身体を貫き、式神は身体を大きく痙攣させると動きを止める。だが由佳が止めを刺そうとする前に、二体の式神が飛び掛ってきて、邪魔をする。片っ端から近寄る式神を凍らせている芽衣も、敵の数に圧倒されていた。彼女は触れただけで相手を身動き出来なくなるまで凍らせているのだが、その驚異的な再生力で式神はすぐさま動き始める。冷凍後に粉々に身体を砕かれても、砕けた体が集まって元の体を復元してしまう。

「キリが無いわね」
「こうなると分かっていたのに」

 隊員に飛び掛った一体を衝撃波で跳ね飛ばした百合に、水流で敵を切り裂いている麗が苛立たしげに答える。数が多いのと驚異的な再生力を持つのは、ガーディアンにとって最悪の組み合わせだった。おまけに隊員達を守りながら戦わなければいけないのだ。途中で足止めしていた式神達も今や辿り着き、押し寄せる敵の数にガーディアン達は圧倒されつつあった。

「はあっ!」

 式神を防ぐため、後方に居た静香、百合、麗も仕方なく前方に飛び出す。静香の重力波を伴った拳が式神の上半身を吹き飛ばし、百合が蹴り上げた相手が浸透した衝撃でボロボロに崩れ、麗が作り上げた水のゴーレムが敵を投げ飛ばす。ガーディアン達は主の命令を守り、懸命に敵を押し返そうとする。たとえ守る者が自分達と敵対する組織の者達であってもだ。だが超人的なガーディアン達の活躍にもかかわらず、最早式神の動きは止められなかった。隊員もありったけの鉛球を撃ち込むが、式神を破壊するまでには至らない。幾らでも再生する怪物を相手に、隊員達は懸命に踏み止まって戦う。

「くそったれが!」

 最早、指揮も意味を成さず、隊長である平坂自身も銃撃でガーディアンを援護しようとする。唯の忠告は聞いていた。だが平坂も、ここまで目標の耐久力があるとは思ってはいなかった。もしガーディアン達が居なければ、とっくに全滅している。

「平坂さん、潮時です。引いて下さい」
「わかった。撤退するぞ!」

 唯の提案に乗り、平坂はインカムに怒鳴って隊員達に無線で指示を下す。生命の危機を感じていた隊員達は、すぐさま指示に従って車に向かって整然と下がり始める。好機と見た式神の軍勢はここぞとばかりに一気にガーディアン達を突破しようとする。

「させん! アクセラレーション!」

 式神の前に立ちはだかったエリザヴェータが超加速状態に突入し、式神の群れへと飛び込む。隊員たちを追おうとした式神に拳やローキックを叩き込み、バランスを崩させて足止めする。

「円さん!」
「はいなっ」

 唯の言葉に応えて、円が照明弾に照らされて出来た自分の足元にある影を、大きく伸ばす。円が操る影が式神の真下に来ると、式達の白い体が彫像のように動きを止めた。多数の式神が彼女の術に動きを封じられるが、多大な負荷で円の全身から汗が噴き出す。

「唯様……あまり持たないですよ、これ」
「わかってる。平坂さん?」
「全員乗った。君達も乗ってくれ」

 平坂は自分のすぐ傍で聞こえた唯の声に、叫び返す。既に反転してあった車列は、いつでも走れるようにエンジンを吹かしている。

「こいつらを足止めします。平坂さん達は撤退して下さい」
「し、しかし……」
「心配しないで下さい。こちらには策があります」

 躊躇する平坂に、唯は穏やかな声で答える。

「京さん、楓さん、静香さん、百合さん、円さん……車の護衛をお願い」
「唯様!?」
「唯!」
「ボウヤ、本気なの?」

 唯が下した命令に、ガーディアン全員が戦闘中にも関わらず、一瞬だが少年に目をやる。ただでさえ敵がガーディアンを圧倒していると言うのに、更に人数を分けるというのだ。だが確かにこのまま車をそのまま行かせれば、山道でスピードが落ちた一行が襲われるのは火を見るより明らかだ。

「こちらは何とかするから。早く!」
「……わかりました」

 唯に楓が素直に返事して上空へと飛び上がる。

「少しは人の気持ちを考えなさいよ」

 苦々しい顔で京は近くの式神達を薙ぎ倒すと、跳躍してトラックの屋根へと着地した。術を解除した円も後に続き、百合、静香も同様にトラックへと飛び乗った。

「行って下さい」
「武運を祈る」
「ありがとうございます」

 平坂は後ろめたさを感じつつ、運転手に進むよう指示を下す。すぐさま幾多の式神達が四方に散り、部隊の後を追おうとする。だが大多数の式神達は、残ったガーディアン達を抹殺しようと襲い掛かる。特に今まで無傷だった唯を狙い、多くの式神達が殺到しようとする。

「させないわよ」

 ミシェルの手から電光が幾筋も迸り、式神達を打つ。直撃を食らった式神達は感電して痙攣する。早苗が片足を大きく上げて道路に振り下ろすと、追い討ちをかけるようにコンクリートを割って大量に岩石の槍が突き上がる。槍は動きが止まっていた式神達に狙い違わず命中し、串刺しにした。

「全員集まって。試したいことがある」

 ガーディアンの耳に、唯の言葉が伝えられる。式神達には聞こえないように命令は伝達された。唯の命令に戸惑いつつ、芽衣、由佳、麗、エリザヴェータ、雛菊が敵を突破して唯の元へと駆け寄る。式神達は敢えてガーディアンの動きを阻害せずに、逆に大きく包囲の輪を完成させるように動く。

「どうした、観念したか?」

 串刺しになっていた式神の一体が口を開くと、唯に向かって話しかけてきた。その喋り方は前回より明らかに流暢になっている。芽衣や由佳などは、術者が少しづつ式神の扱いが上手くなっているのを感じていた。式神は岩を何度か叩いてへし折ると、身体から引っこ抜く。

「観念? そうかもしれないね」
「ふふっ、意外に脆いものだな、小僧」

 唯の淡々とした言葉に、式神は馬鹿にしたような口調で話しかける。その言葉ぶりに既知感を覚えて、唯がじっと喋っている一体を見つめる。

「……半田か」
「よく分かったな、麻生唯。久しぶりだ」

 さも楽しそうな声を、式神越しに半田は唯に投げかける。

「僕を狙っているということは、懲りていないってことか」
「ああ、懲りていないとも。貴様さえ亡き者にすれば、今度こそガーディアンを我が物にする。ガーディアンさえ我が物にすれば、この世界の支配者になることさえ可能だからな」
「それなら、ガーディアンを傷つけたらまずいんじゃない?」
「ふ、忘れたか。ガーディアンは転生するということを。幾らでも代わりは効くのだ。そもそも貴様が居なければ……」

 半田は唯を馬鹿にしたように話し続ける。唯はその間に、ミシェルに音を操る能力で声を密かに伝達する。

「ミシェルさん、僕の合図でフルパワーで雷を落とせる?」
「ええ、可能ですが……」
「僕から近い場所に頼むね」

 ミシェルは戸惑いながらも、雷を召還するためにチャージを始める。雨が降りしきる天気は好都合と言えたが、それでも雷を落とすのはミシェルの全力に近い力を使う。体力を大きく消耗し、術を放った直後は動けないくらいミシェルは衰弱する。そのことを唯も承知だが、それでもこの危機の中、あえて雷を落とせと言うのだろうか。

「さて、命運も尽きたことだ。観念して殺される気になったかね、麻生唯」
「こいつ、ぬけぬけと」
「言わせておけば、唯様への数々の暴言を」

 演説をし終わった半田に対し、怒りを露にして由佳と芽衣が唯の前へと踏み出す。ここに残ったガーディアン達は式神を撃破し、何としてでも半田を討ち取る覚悟だった。だが唯にはそれが容易ではないのが分かっていた。

「観念するのはお前だ、半田。やはり悪魔は悪魔ということだな。折角人間に生まれ変わったチャンスを、下らない企みでフイにするとはね」
「減らず口を叩きおって。最後に言いたいことはそれだけか」

 半田の言葉を伝える式神を、唯はじっと見つめる。唯は自分の能力で、周囲の式神達が円状に自分達完全に包囲したのを把握する。本来なら絶体絶命の危機だが、唯はこれを待っていた。

「ミシェルさん、今だ!」

 唯は合図すると共に、身体を音のエネルギーに変換して超加速状態へと突入する。チャンスは一度きりだと唯は自分に言い聞かせる。程なくして準備をしていたミシェルが召還した雷が、式神の一体に直撃する。

「でやああああああ!」

 雷が光った瞬間、唯はその凄まじい轟音を自分の音を使役する能力で増幅させる。光芒を中心に、凄まじい衝撃波が広がり、強烈な音の壁で式神達が薙ぎ倒されていく。唯の思惑通り、ミシェルの落雷による音と自らの力を掛け合わせることで、通常では有り得ない程の破壊力を生み出すことが出来た。音に叩きつけられた式神達は、身体が粉々に砕け、肉体が拡散する。誤算だったのは、その音の力が唯の予想以上だったことだ。

「し、しまった」

 当然のことながら、音の攻撃はガーディアンをも巻き込む。唯は恋人達を傷つけないように音を中和しようとするが、エネルギー量が想定を遥かに上回っていた。唯は持てる限りの力を振り絞って、全員を守ろうとする。自分自身から全ての力が抜け落ちていくような感覚がして、生命の危機を唯は覚える。それでも少年は構わずに全力を振り絞った。






「破っ!」

 トラックに飛び掛ってきた式神を、百合の衝撃波が弾き飛ばす。カーブが幾つも続く坂道を走るため、トラックはあまりスピードを上げられずにいた。そのため容易に追いついてきた式神達を、ガーディアン達は懸命に防ごうとしていた。
 先頭を走っていたワゴン車のタイヤが軋みをあげる。山の斜面から式神が猛烈な勢いで接近してきたのだ。式神はそのまま跳躍すると、車体に飛び掛る。

「させるかっ!」

 ワゴン車自身のライトで出来た影の中から円が飛び出し、空中で式神と交差する。円はするりと式神の懐に飛び込むと、腰を背後から掴む。

「てやああああっ!」

 そのまま式神を自分ごと逆さにすると、円は螺旋状に回転しながら地面へと相手を叩きつける。円自身は式神の身体を離すと、地面にぶつかる前に水面に消えたかのように影の中へと潜り込む。
 トラックに乗っている乗員も荷台から式神に応戦するが、揺れが激しいので背後から追ってくる式神達に当てることが出来ないでいた。そのうち背後から走ってきた式神の一体がトラックに追いつくと、荷台の縁に手を伸ばして掴んだ。車内に一瞬絶望感が漂う。だがその腕がすっぱりと断ち切られ、バランスを崩した式神は路上にどっと倒れ込んだ。車列の上を飛んでいた楓の放ったカマイタチだ。彼女は高度を落とすと、トラックの後部にピッタリとくっつくように飛行する。

「私の合図で射撃して。弾を補正する」
「りょ、了解しました」

 淡々とした楓の言葉を、彼女が冷静だと受け取って、隊員達が頷く。改めて彼らは自動小銃を構える。

「今よ」

 猛烈な速度で近づいてくる式神に、楓が合図を送る。隊員達が一斉に射撃すると、楓は風を巻き起こして弾丸を可能な限り式神に集める。式神に向けて突風が吹いたと思った瞬間、全身を蜂の巣にされてボロ雑巾のように道ばたに転がった。更に追ってこようとする式神の群れに向かって、静香が重力を操作して近くの大木を引っこ抜き、投げつける。慌てて式神達は散開しようとするが、横向きに転がってきた木の幹にぶつかって押し潰された。

「これなら、逃げ切れそうよね」
「そうね」

 トラックの上で京が呟くと、彼女の影から這い出した円が同意する。京は式神の一体を巨大な血の手で掴んでおり、鈍い音をあげながら握り潰そうとしている。追っ手の式神は徐々に数を減らしており、何とかガーディアンは隊員の乗った車列を脱出させることが出来そうだった。
 だがほっとしたのも束の間、雷が一条落ちたと思ったあと、山間から凄まじい轟音が響き渡った。そのあまりにも凄い音はトラックやワゴン車をビリビリ揺らした程だ。

「な、何事?」
「唯様達が居る方向よ」

 トラックの上で京と円が必死に音のした方向を透かし見ようとする。だが既にかなり距離があり、何が起こったのかは京達には判断がつかなかった。

「ボウヤ!」
「唯様!」

 悪い予感を覚えて、百合と静香は思わず大声で叫んだ。






「つつっ……一体何が?」

 頭を押さえて首を振りながら芽衣がよろよろと立ち上がる。見れば空爆の後のように、山中にぽっかりと巨大なクレーターが出来ており、周囲の地形が抉れていた。そんな状態でも芽衣、由佳、麗、エリザヴェータ、雛菊、ミシェル、早苗の五体には傷一つ無く、全員がすぐに立ち上がろうとした。雷が落ちたと思った瞬間、凄まじいエネルギーで辺りが吹き飛ばされたことだけはわかった。だがどうしてそんな強大なエネルギーが発生したのか、その時点では誰も理解していなかった。

「ゆ、唯君!」

 早苗が倒れている唯を見つけて叫ぶ。慌ててガーディアン達全員が少年の元へと駆け寄った。雨に打たれている唯の顔は青白く、当初死んでいるかのように見えた。雛菊が血相を変えて唯の体を調べて、弱いながらも脈があることを確かめる。だが唯の呼吸は極めて浅く、恋人達の声にも一切反応を示さなかった。














   































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