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■バルフレア×アーシェ


 --彼の手が私を救ってくれたのならば、褒美は何を与えるべきなのかしら--

扉をノックしたが、返事が無い。彼は確かにこの部屋に居るはずだ。
先ほど、入っていくのが見えた。
みんなの前では普段どおりを装ってはいたが、その表情はどこか憔悴して青ざめていたような気がした。
ここは港町バーフォンハイム。主を失ってしまったレダス邸で、僅かな休息を各自がとっていた。
彼の部屋の扉を前にして、アーシェは自分がどれほど罪深いのかを考えた。
亡き父、亡き夫、そして犠牲となった多くの民の無念を晴らすため、ろくな報酬も与えずに彼をここまで連れてきた。
フォーン海岸で「自分を見失うな」と諭してくれた彼の目は、あんなに優しかったのに。

彼は家臣じゃない。ただの空賊。
その彼を巻き込んで、ついには実の父親をその手にかけさせた。
全て自分の復讐心が招いた結果だとしたら、果たしてこれ以上の罪があるだろうか?

もう一度ノックをする。やはり返事は無い。
ドアノブに手をかけると、鍵は掛かっていなかった。僅かに開けて、中を覗く。
彼が居た。
ドアの正面、部屋の奥の壁際に置かれたベッドに腰掛け、こちらを見ていた。
部屋の中に入り、扉を閉めると彼の前に立つ。彼の精神状態は、その表情で一目瞭然。
だけど伝えなければならない、彼がいなければここから先に進めない。

「バハムートが動いたわ。シュトラールを飛ばして頂戴……バルフレア」

自分がどれだけ酷い事を言っているのか……アーシェは勿論、よくわかっていた。


「大灯台で無理をしたから左のグロセアリングが傷んだ。修理中だから少し待て」
「急がせて」
「急がせてる。ノノならあと2時間で終わらせる、大丈夫だ。ちゃんと間に合う」

話はそこで途切れ、アーシェは立ち尽くした。所在なさげなその様子に、バルフレアは一つ溜息をついた。
普段の彼ならばここで気の利いたセリフの一つや二つ、惜しみなく出てくるのだろうが生憎とそんな状態ではないようだ。
その口から出てくるのは、アーシェの眉をきつく寄せさせるような言葉ばかり……。

「用が済んだら、出てってくれないか」
「あなたに謝罪を……」
「はぁ?何の謝罪だ」
「あなたのお父様の事……申し訳ないと、思っているわ……」

バルフレアの瞳が険しくなる。
自分は何か間違った事を言ったのだろうか?アーシェの胸にそんな不安を起こさせる瞳だった。
悪し様に罵られるだろうか?これ以上付き合わされるのはごめんだと、怒鳴られても仕方がない。
なのに彼はシュトラールを飛ばすと言ってくれている。
あんな悲壮な表情のまま連れて行っていいのだろうか?
アーシェが伏せた目を上げて、バルフレアに視線を向けると意外にも彼は笑っていた。
だが、その笑顔は決して優しいものではなく自嘲と侮蔑の笑みだった。

「お優しいことで、王女様ともあろうお方が、下々の事まで気にかけて下さるとは」

言葉は、軽蔑のトゲを纏って投げかけられた。


「あなたを……慰められないかと思って」
「ほう!これは驚いた。空賊風情にお慈悲をいただけると?」
「……どうしてそんな言い方をするの?」
「お情けがありがたくてね……反吐が出そうだ」

普段から、確かに皮肉屋ではあるけれど……ここまで容赦の無い言葉を投げかけられたのは初めてだ。
自分なりに、彼を助けたかった。国を失った自分が、言葉を掛ける以外に何を与えられるというのか。
ふと、影が差し、目を上げるとベッドに腰掛けていたバルフレアが立ち上がり、目の前に立っていた。
彼の大きな手が両肩を掴むと、かがむように顔を寄せられ、唇が重なった。

「……!」

突然の無礼に目の前がカッと熱くなった。しかし彼の唇が柔らかく自分の唇の上を滑り、
上唇と歯の間に差し込まれた舌が列をなぞるようにチロチロと動くと、顔を染める熱は怒りとは違った色を帯び始めた。
やがて肩を掴んだ手は背中と腰にまわされ、有無を言わさぬ力で抱きすくめられる。
彼の腕の中で戸惑いながらもその行為を許し、やがて唇を離した彼と目が合った。

「女が男を慰めるっていったら、方法は一つだろ?」

彼の緑色の目は、妙に冷め切っていると、アーシェは思った。


倒れこむように体がベッドに沈められた。スプリングが跳ね、軋む音が室内に響く。
覆い被さる体にきつく抱しめられ、再び唇が重なった。
アーシェは軽い失望を隠せなかった。口では軽いことを言ってはいても、内面は紳士なのだと思っていた。
失望は体を強張らせ、意識は否定に向けられた。
頭の両脇で手首を押さえつけられ、緩く頭を振るアーシェの小さめな唇に無作法な唇と舌が覆い被さる。
無理矢理に歯列を割って入った舌は、息苦しさに喘ぐ舌を絡めとり、時に吸い上げ、時になぞり、思うままに舐り上げた。
口の端から零れ落ちた唾液がアーシェの白い喉をツ、と伝う。
バルフレアの唇がそれを追うように頬をなぞり、首筋に下りていく。
押さえつけられていた手首が自由になると、彼の手が身につけた衣服を脱がしにかかった。

「……あ!いや……!」

咄嗟に、抗う声があがった。こちらの意向を無視するように指輪をはめた手が緩めた服の裾から忍び込み、直に素肌に触れた。
彼の手首にはめられたブレスレットの冷たい感触が肌を掠めて、意識を更に強張らせた。

「バルフレア、やめて」
「勿体ぶるなよ、処女でもあるまいし」

瞬間的に、怒りで目の前が真っ赤になる。
パアン!という弾けるような音を立てて、上から自分を覗き込んでいる頬を赤くなるほど手で打った。

「無礼者!」

叫びながら涙が溢れた。彼は自分のみならず亡き夫まで侮辱したのだ。
バルフレアの胸を手で押しのけ、弾かれるように起き上がると素早くベッドを出てドアに向った。
ノブを掴み、ドアを開けて出て行こうとしたが……ノブを回そうとするその手には、力が入らなかった。


ここで部屋を出て行けば、二度と彼と会話する機会はあるまい。
ラバナスタは戦場になる。そこに乗り込むのだ、生きて帰れる保証は無い。
首尾よくヴェインを討ち取ったとしても、そこで彼との旅も終わる。

「……悪かった」

静かな声が背後から聞こえてきて、ノブから手を離した。
--自由になりたいと、心から思った。
振り向くと、バルフレアはこちらを見ずに押しのけられた格好のままベッドの上に膝をついていた。
--過去からも、未来からも
まるで許しを請うような姿勢を崩さぬ彼の傍らに立ち、後悔に震えるその頬に手を添えた。
--互いの立場も、プライドも、自分の心からさえも自由になって
自分から、そっと唇を寄せる。
--ただ自由に……彼を愛したいと、そう思った。


ついばむようなキスを終え、見つめ合った瞳は既に穏やかだった。
彼も同じ事を考えてくれたのだろうか?そうであって欲しいと願う。

「バルフレア……娼婦を抱いた事が?」
「娼婦ばかりさ」
「私を……娼婦のように抱いて」

深く重ねあった唇は、とろけるように熱かった。




汗ばんだ体が、シーツの上を泳ぐ。
執拗に繰り返される愛撫に、恥知らずな声で答えた。
誘うように脚を大きく広げ、自らの股間に顔を埋める頭に手を添えた。
短いブラウンの髪は、指を差し込むと見た目よりも柔らかく、潜り込むように差し込まれた舌が体の奥に熱の塊を生みつけた。
甘い痺れは体中を駆け巡り、溢れる液体が徐々にシーツを濡らしていくのが肌にあたる冷たさでよくわかった。
もう声も出ない、ただ息遣いだけが空間を満たす。
自分の名前を呼ぼうとするバルフレアの唇を、そっと人差し指を添えて塞いだ。

何も言わないで、名前すら口にしてはいけない。
名も無い男と女になって、ただ体を貪りあいたい……。

植え付けられた熱の塊が、胎内で次々と弾けていく。
荒々しい抱擁が、激しく体を突き上げる。
抱え上げられた足のつま先が火のように熱く痺れる。
口から放たれる絶頂の喘ぎは心ごと唇に吸い取られ、
抜け殻になった体が、ただいつまでも震えながら彼の体に絡み続けた。




「バルフレア、バルフレアー。グロセアリングの修理が終わったクポ!」
「ああ、わかった」

扉の外から聞こえてくるノノの声にバルフレアが返事をした。
上着のブローチを留めて、ブーツを履く。バルフレアは既に身支度を終えていた。

「いくか、バハムートへ」
「ええ」
「ヴェインのやつを、止めてやろう」

扉を開けて、外に出よう。私はもう自由になった。

待っているのは解放への道。
王女として、アーシェとして、
私の愛する全ての人を、この手で自由にするために……!




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