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■アーシェ強姦


”絶海の塔に眠る「天陽の繭」を求めよ―”
神にも等しきオキューリア達の示した正しき歴史を、あの人が望んでいる。
新たなる契約によって紡がれし剣をもって繭から石を削り出し

帝国を、 滅ぼせと―――――


対ヤクト装置をレダスから譲られて間もなくのこと。
バーフォンハイム空港の第四倉庫では、シュトラールの若き整備士が頭のボンボンを抱えていた。
「うぅ〜ん、やっぱり時間かかるクポ…」
「どうした、ノノ?面倒でもあったか?」
怪訝そうに倉庫に入ってきたのは、空賊のバルフレアとアーシェ一行だ。
バルフレアの様子がどこかいつもと違うことに耳を傾げながら、ノノは短い手を天井に上げて嘆息する。

「クポポ……面目ないクポ……さっきの装置はちょっとモグの専門外だったクポ。
取り付けに時間はかからないと思ったクポけど、
このままだと天候いかんでグロセアエンジンに悪影響を与えかねないクポ」
「…つまり下手すりゃ最悪落ちるってことか?ヤクトの、しかも海のど真ん中に」
調査船の二の舞は勘弁と肩をすくめるバルフレアに、頷くノノ。
「整備士としては半端な状態でシュトラールを飛ばせたくないクポ。
だからバルフレア…2、3日の試験期間を貰ってもいいクポ?」
「…チッ………テストには実地の操縦士が必要だな。フラン、付き合ってくれるか?」

「どうせ飛べるまでは暇でしょう?…パンネロ、ちょっと」
「なんですか?フランさん」
「私の代わりに、シュトラールに積む食料とアイテムを買出しに行ってもらいたいのだけど…」
「ええ、任せてください!ほらヴァン、行くわよ!」
「えっ?なんで俺が?俺はシュトラールの整備を見ていた―」
「ヴァン、女の子1人に買い物させるような男は、立派な空賊にはなれないわよ」
「まぁそういうこったな。さっさと行って帰ってこいよ」
「オィョ……」
フランとバルフレアにとどめをさされ、未練がましくシュトラールを何度も振り返りながら倉庫から追い出されるヴァン。

その様子を不憫に思いつつ、アーシェはシュトラールへと目をやった。
対ヤクト装置さえ無事に積めれば、すぐにでも絶海の塔へ行くことが出来る。
(そうしたら私は……私は――――)
「王女様は散歩にでも行ってきたらどうだ?」
「えっ?」
かけられた声に周囲を見渡せば、声の主であるバルフレアとフランは既にシュトラールの腹部からノノと共に調整作業に入っているらしかった。
「私は…ここで挺の調整が終わるのを待ちます」
調整が終わったらすぐにでも発てるように。
アーシェの即答に、バルフレアが軽いため息をつく。
「何時間どころか何日かかるかもわからん。俺なら迷わず外に出るがね」
「………そう……」
軽く拒絶されたような感覚に、肩を落として倉庫を出るアーシェを見送ったフランはバルフレアをじっと睨めつけた。

「また八つ当たり」
「…そんなんじゃねぇよ」
「そう。じゃあ今のは気を使ったつもり?」
「…別に。ただ、考える時間は必要だと思っただけさ」
天陽の繭を利用するのか、それとも砕くのか
。 オキューリアの存在そのものが気に食わないバルフレアにとっては、後者を選んで欲しいところではある。
が、削り取った破魔石を使えばシドに対抗することは充分可能だ。
砕くのはその後でだって遅くない。しかし――――
「………最後に決めるのは、あのお姫さんだからな」
彼は最後にぼそりと呟くと、まるで作業に没頭しているかのように視線を反らせた。
苛立っているのは、なにもアーシェばかりではない。
フランは僅かに微笑んだ。



さて、倉庫を追い出されても、アーシェには行く場所がなかった。
人々が闊歩し、駆け回る港町で、アーシェは1人世界に置き去りにされているような感覚に陥っていた。
以前からこの感覚はアーシェの中で渦巻いていたが、日に日に感覚が大きくなっていくのを彼女は感じていた。
バッシュ、ヴァン、バルフレア。皆、彼女を置いて先に行ってしまった。
彼女だけが今なお立ち止まっている。
街中を歩いていても、自身の鬱々しい気持ちと対照的な人々の様子に苛立ちさえ感じ、足は自然と人通りの少ない街の外れへと向いた。
この先にあるのは―――
「殿下、どちらへ」

聞きなれた―というよりも耳すらも辟易するような声に、アーシェは振り返らずに命じた。
「ついてこないで、バッシュ」
「しかしこの先はセロビ台地です。街の外に向かわれるのであれば、護衛いたしま―」 「1人で充分です」
バッシュの提案が区切りをつけぬ内に、ばっさりと言い捨てる。
「それとも、私1人じゃこの界隈の魔物には太刀打ちできないと思っているの?護衛ですって?驕らないで」
アーシェは怒りのあまり後ろを振り返り、困惑気味のバッシュに再度念押しする。
「たまには1人にしてちょうだい。これは命令よ」
命令と言われたバッシュが渋面で目を伏せたのを御意と受け取り、アーシェは1人、バーフォンハイムを後にした。
その後ろ姿が見えなくなるまでバッシュが見つめる遥か先には、灰色の雲が忍び寄っていた。


セロビを越えたツィッタの空に、魔人の叫びと魔物の悲鳴が響き渡る。
召喚されベリアスが、周囲の魔物をことごとく燃やし尽くしていく。
圧倒的な力の前に息絶える魔物達を恍惚の表情で見下ろしながら、しかしアーシェの心中は大きく波打っていた。
彼女は充分強力な力を有している。しかし、この魔人では人造破魔石には対抗できない。
もしオキューリアの言葉通り天陽の繭を削り取れば、帝国を凌駕する力を得られるかもしれないのだ。
(力は欲しい……だけど……)
悩むアーシェをよそ目に、辺りの魔物を駆逐したベリアスが元の次元へと姿を消してほどなく。

頬に一滴の雫が落ちた。
涙は流していない。雨が降ってきたのだ。
一滴の雨粒はまたたく間にその数を増やし、ツィッタの台地を瞬く間に呑み込んでいく。
魔人に注いだ魔力が底を尽いた一方で、バーフォンハイムまで歩いて帰るには雨はあまりにも激しすぎた。
(仕方ない…雨を避けられる場所を……)
幸いなことに、ツィッタには太古の遺跡が各所に現存している為、雨宿りには事欠かない。
アーシェは手近な遺跡に身を寄せて、暗く静かな建物内で髪や服が吸い取った多量の雨水を搾り出した。
絞ってなおポタポタと落ちていく水滴をただただ見つめている内に、雨の中に霧が立ちこめる。
雨が小雨になるまで、霧がある程度晴れるまでは、この遺跡に留まるのが無難だろう。
アーシェは乾いている床を探してそこに座り込んだ。
(私、何やってるんだろう……)
その疑問に答えるものは誰もいない。
彼女自身が誰からも離れてしまったのだから。

ふと、どこかから自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、アーシェはビクリと肩を震わせた。
人里離れたこの草原で、自分の名前を叫ぶ者などいる筈もない。
(でも誰かが迎えに来てくれたなら、街へ帰れる)
にわか人恋しさに、アーシェは耳を澄ませた。
「……ーシェ……か……アーシェ……」
雨音に紛れて聞き取りにくいが、確かに自分を呼んでいる。でも誰が?
遺跡の入口から外を見回す。視界は相変わらず最悪だが、遠くのほうに何かが動く気配を感じた。
「……ラスラ…?」
近づいてくるのが死者ではないと確信しつつも、アーシェの口からは思いがけず亡き夫の名前が零れる。
その呟きに気づいたのか、影が近づいてくる。
どうやらチョコボに騎乗しているようだ。マントらしいものが風に揺れている。
それがラスラである筈はないと思いつつ、期待に胸高鳴るアーシェの視線を受けて、霧を裂いて一人の男が現れた。




「…あぁ、殿下、ご無事で」
「…!?んもう!ついてこないでって言ったでしょっ!」
予想外というより期待外れな顔を前に、高まった期待は失望へと変じ次いで怒りが爆発した。
マントのように見えたのは、チョコボに備え付けられている雨天時用の黒いコート。
それを頭からすっぽり被ったバッシュが、わざわざ彼女を探しに来たというわけか。
アーシェの態度に顔を一瞬しかめたバッシュが降りると、チョコボは一目散にどこかへと駆けていった。
雨降る中、彼女に倣って雨宿りをしようとするバッシュの行く手を意地悪く塞ぎながら、彼女は冷たく言い放つ。

「中に入ってこないで。1人で考える時間を取る為にわざわざここまで来たのに、
貴方が入ってきたら気が散ってまとまるものもまとまらないじゃない」
来た理由は決してそうではなかったが、実際は似たようなものだ。
「一体何を考えてらしたんですか?」
雨に打たれながら、バッシュがきょとんとした顔で尋ねた。
オキューリア達との会談後に、己が真っ先に反対したことをもう忘れたのか。
それとも頭がそこまで及ばないのか。
アーシェは短く嘆息した。

「大灯台の天陽の繭。あれを利用すれば、新しい神授の破魔石がいくらだって手に入るでしょ?」
「…ええ」
バッシュは浮かない顔で応じる。
彼は繭を利用することに反対しているのだから当然だ。
p 「逆に、繭を覇王の剣で砕けば、全ての神授の破魔石は石塊に帰すかもしれない」
アーシェは遺跡の内側に腰掛けて、外の白い霧景色を一望しながら話を続ける。
「帝国に対抗する力は欲しいけど………でも、恐ろしいの。神授の破魔石は強力すぎる」
帝国第8艦隊を沈めた破魔石の圧倒的な力は、彼女の心に魅力よりも恐れの痕を強く残していたのだ。
震えるアーシェを見つめながら、バッシュは諭すように言葉を紡ぐ。

「しかし帝国には神授の破魔石だけでなく、人造破魔石もあります。こちらにも対抗する為の破魔石が必要なのではないでしょうか…」
答えるバッシュに、アーシェは思わずまじろんだ。
「貴方らしくないわね…確かに、相手がヴェイン・ソリドールだけなら必要だと思うわ。でも――」
「でも?」
「…帝国に行って思ったの。あの国に生きている人々を巻き込むような武器は、あの地では使えないって」
沈黙が場を支配する。
しばらくして空気を打ち破ったのは、バッシュのほうだった。
「…………では、陛下やラスラ様の無念はどのようにお晴らしになるのですか」
「え?」
突然の思いがけない質問に、アーシェは思わずバッシュを見上げた。



彼は、已然として振り続ける雨をその身に受けながら言葉を繋いでいく。
「破魔石を使うのでなければ、如何にして帝国に復讐なさるおつもりなのですか?それがどのような答えであろうとも、私は殿下に従いますが」
「……………死んでいった者達の為、帝国に、復讐を……か」
彼女は、かつて破魔石でもって復讐することしか考えていなかった頃の自身の言葉を、再度口にし、胸中で反芻した。
ギルヴェガンで、ラスラはアーシェに帝国への復讐を望んだ。
神授の破魔石でもって、帝国を滅ぼせと。
しかし彼女の周りの人は、皆既に過去を通り越して遥か先を歩んでいる。
彼女だけが復讐に縛られ、取り残されている。

アーシェは少し考えてから、相手と同時に自分にも確かめるように言った。
「前にも一度、同じことで悩んでいた時期があったけど、その時貴方が私に何て言ったか、覚えてる?
ラーサーやパンネロのように手を取り合う未来が…”希望”があるって言ったのよ?」
アーシェの言葉に、バッシュの顔色が一瞬さっと青くなった。
しかし濃い霧と建物内への逆光が、その変化をアーシェに気づかせない。
「本当は自分が何をなすべきなのか、まだ全然わからないの。あの人は復讐を望んでいるし、私だって帝国が憎い。でも………」
「…ふざけるな!」
突如としてバッシュが吼えた。

彼女を見下ろす、今まで一度も見たことのないような恐ろしい顔と声に、アーシェは心臓が止まるような衝撃に襲われた。
「…………バッシュ……どうしたの?」
慌てて立ち上がり、近寄ってくる彼を宥めるように手を掲げるが、細く白い手は乱暴に掴まれ、天高く吊り上げられた。
「きゃっ!」
突然の出来事に思わず小さく悲鳴を上げ、
しかしアーシェは間髪いれずに自由に動く手でバッシュの頬を思い切りはたいた。

「無礼者!」
大きな破裂音にも似た音が建物内にこだまする。
バッシュに堪えた様子はない。
が、彼の被っていたフードは平手の勢いで横に凪ぎ、雨に対して覆ってきた彼の頭部を露にした。
否、彼女に対して覆ってきた彼の顔を露にした。
何か恐ろしいものでも見るように、アーシェの目が大きく見開かれる。

それは、よく知っている顔。
飽きる程見知っている筈の顔。
しかし、髪の毛は短く切りそろえられ、毎日こまめに揃えている顎髭も、額の裂傷すらもなく、
なによりこんな禍々しい空気を放つ彼を、アーシェは知らない。
「貴方は………誰……?」
震える声に、男の口元が狂気に歪んだ。
雨はまだ、音を立てて降り続いている。





ツィッタ大草原に遅れること一刻強
。バーフォンハイムにもまた雨が足を延ばしていた。
バッシュはまるで主人の帰りを待つ忠犬の如く、アーシェを見送った場所の近くの木の下で雨宿りをしていた。
命令とはいえ、この雨の中、精霊やエレメントの類に出くわしていないとも限らない。

(いや、殿下のことだ…どこかで雨宿りでもなさっているんだろう)
いつまでも心配しすぎるのは、彼の悪い癖かもしれない。
バッシュは肩をすくめると、チョコボ屋の脇を通って町中へ戻ろうと走り出そうとした――
その時だった。

「あーーーーっ!見つけたクポっ!」
雨の中でもよく響く声に振り返れば、守銭…チョコボ屋ガーディが、小さな傘と黒いコートを身に纏い、彼のほうへ飛んでくるではないか。
「どうした?俺に何か用があるのか?」
問いかけるバッシュに、ガーディは思いのほか恐ろしい剣幕で詰め寄ってくる。
「”用があるのか?”じゃないクポ!さっきモグが貸したチョコボの装備から雨天時用のコートが消えてたクポ!
使うのはいいクポけど、使ったものはきちんと返してもらわないと困るクポ!」
「さっき?俺が?君のチョコボを借りたのか?」
一瞬、何かの間違いだろうと思った。
彼は今日、第四倉庫を出てからはずっと、町とセロビ台地の間でボーッと立っていただけなのだから。
冗談だろ?とでも言うように笑うバッシュに、ガーディが怒り狂ったように叫ぶ。

「モグはしっかり!ばっちり!覚えてるクポ!誤魔化そうったってそうはいかないクポ!」
あまりにしつこい彼女の言い分に、バッシュは何か不吉なものを感じた。
「………本当に俺が借りていったのか?」
「とぼけるのはやめるクポ!モグは客の顔はぜーーーったい、忘れないクポ!……延長料金回収の為にも」
ガーディの金への執念は折り紙付だ。バッシュは、不安が沸き立つ予感を覚えた。

「……いつ!?」
「一時間くらい前クポ。チョコボは惜しくも時間内に帰ってきたクポけど」
バッシュの背筋に何か底知れず寒いものが走った。この感覚を、彼は知っている。
(そう、あれは…………………………二年前のナルビナ城塞…!)
レックスを、ヴァンの兄を、目の前で殺された、あの日の感覚。
父王の仇に我を忘れたラスラを諫め切れなかった結果に敗走した、あの時の感覚。

それは直感でしかなかった。しかし今すぐ動かねばならないと、彼の本能が告げていた。
「ガーディ、金は全部第四倉庫にいる空賊のバルフレアが立て替えてくれる。だから、もう一度チョコボを貸してくれないか?」
「……さっきのコートは?」
「バルフレアが弁償代も一緒に払ってくれるさ」
「そういうことならオッケークポ。ただ雨天時のチョコボの貸し出しは500ギルの追加料金が加わるクポ」
「恩に着る!」
言うが早く、バッシュはチョコボ厩舎に駆け込み手近にいた一匹に目をつけると、
そのまま疾風のごとくセロビ台地へと姿を消した。



――雨はまだ、音を立てて降り続いている。
口元に狂気の笑みと水滴を湛え、男は嘲笑した。
「口では復讐すると言いながら、恨みを晴らす勇気もないか……笑わせる」
「なんてこと………」
平打ちした手を口にあてがい、アーシェは軽く嘔吐の気を催した。
髪や傷などの詳細を除けば、その男は彼女の臣に、あまりにも似ていた。似すぎていた。
背筋に寒気が走ったと同時に怒りが瞬間的に臨界に達する。
ウォースラに聞かされた国王暗殺の実行犯。バッシュの双子の弟。
「……………貴様がガブラスっ!!!」
自分だと知って声をかけ且つバッシュでないならば、この男がそれに違いない。
鍛え上げた下半身を旋回させ、吊られた状態のまま渾身の力を込めて回し蹴りを放つアーシェ。
しかしバッシュと瓜二つのその男は、掴んでいた彼女の手を支点にして蹴りを受ける前に奥へと手荒く放り投げた。
アーシェの体が宙を舞い、床をこする。白磁の肌と荒い岩肌に血糊がこびりつく。
「あぅっ…」

激痛が肩に走った。摩擦と痛みで麻痺した体が一気に冷えていくのを感じる。
なんとか起き上がろうと両腕に力を籠める彼女に、甲冑を纏わぬジャッジマスターが悠然と近づいてきた。
アーシェは怯えを隠して虚勢でもって一喝する。
「寄るな下郎!」
「ほざけ、偽善者が」
響き渡る怒号を一笑に伏し、彼はアーシェの体を支えている右手の甲を踏みにじる。
アーシェの顔が痛みと憎悪とで引きつった。男の足を掃おうとするも、その手もまた掴まれ自由を奪われる。

「俺が誰だか知っているのだろう?バッシュでないと判った瞬間憎しみが噴出するのを、その肌で感じたのだろう?」
足掻くアーシェの動きを完全に抑え込みながら、ガブラスは踏みつけた足を決してどかすことなく言を続ける。
「口ではなんと言おうが、一皮剥けばかくも苛烈に燃え上がる憎悪の炎が満ち満ちているではないか!
貴様は単に強大な石の力を言い訳にして、復讐から逃げているだけの臆病者だ!違うかっ!?」
アーシェの抵抗が、一瞬弱まった。肩が小さく震える。
「はっ、図星か」
「貴様に……貴様に何がわかるっ!」
「事実から目を背ける その弱さよ」

まるで彼女よりも彼女自身を知っているような指摘に唇をかみ締めるアーシェを、ガブラスは睨んだ。
今の彼は帝国のジャッジマスターではない。
怒りに我を忘れ、託された職務を途中で放棄していることすらも失念した復讐者だ。
「過去への義務を忘れ、死者の願いを無下にしておいてよくも ”希望” などという戯言が吐けたものだな!ええ!?」
それはアーシェに対してというよりも、この場に居らぬ彼の兄への憤懣の叫びだったかもしれない。

ガブラスは、ラーサーに願いを託されたあの時、アーシェが帝国へ復讐を望むだろう事を確信していた。
国も、家族も、愛する者さえも失った彼にとって、同じ境遇に置かれた彼女は同類であって然るべきだった。
復讐を望んだ瞬間帝国の敵となる彼女が、しかし未だ彼の果たせぬ悲願を後押しする存在となるに違いないと信じていた。
……しかしこともあろうにアーシェは、そんなガブラスの気持ちを裏切ったのだ!

「いいか、人は決して過去から逃れられん!過去は現在に繋がる事実そのものだ!事実を否定することは決して出来はしない!」
彼は荒立った息を整えながらアーシェの美しい亜麻色の髪をぐいと引っ張り、その耳元に唇を近づけ冷淡に言い放った。
「そう、事実を消すことはできまい…………どのような事実であろうともな!」
「……っ!?一体何を……」
ガブラスは掴んでいた前髪を放り腕を地面へ叩きつけると、その手でもって彼女の襟元を裂く。
「っ!!!」
小さな悲鳴が石壁に吸い込まれた。
相手がこれから何をしようとしているのか、一瞬で理解した。全身に戦慄が走った。
恐怖と怒りの奔流の中から、僅かに競り勝った怒りが口を通じて奮え出る。
「………それが武人のすることか……!」
「…貴様は裏切り者だ。生き地獄を味あわせてやる。貴様にも……バッシュにも………!」
アーシェはガブラスの拘束を必死に振り払うが、疲労と焦りと痛みと麻痺とが重なり思うように足が動かない。
直後に床の凹凸に足をすくわれ無様に転倒した彼女の上に、ガブラスが覆いかぶさった。
「!!!……イヤっ!離せ!!触れるな!!!」
彼女自身は必死に抵抗しようとするも、魔力もおよそ残らず、出血し、両腕を痛め、 石の床に冷やし打ち付けた体で男の力に抗うことは難しい。
彼はそれまで身に纏っていたコートを投げ捨てると、下敷きになったアーシェの胸部を覆っていた白い生地を彼女の豊満な肉体から引き剥がした。


生地の裂ける痛々しい音に、アーシェの全身がおののく。
恐怖が差し迫る中で、目の前で荒く息をする仇に何の報復も出来ないことに、アーシェは強い憤りを覚えた。
上にまたがる男からどうにかして逃れようと、その肩を、胸板を、側頭部を、痛めた腕で殴り続けたが、
破り取られたばかりのかつての衣類で両手首から二の腕までをきつく縛られて、ろくな抵抗すら不能となってしまった。
「やめ―――」
「黙れ」
ガブラスの両手がアーシェの柔らかい胸をもてあそぶ。手に余る弾力に合わせて強く揉みしだき、乳首をこねくりまわす。

「!………っ……… ん……」
強烈な痛みと共に乳腺のあたりから脳髄にかけて不定期に送られてくる刺激を感じて、彼女の心は張り裂けそうになる。
襲い来る快感に必死に抵抗し、せめて声だけは決して出すまいと奥歯を食い締めるも、苦悶の表情は流石に隠せない。
「……感じているのか?」
ガブラスの嘲弄に、アーシェはサッと顔を反らした。
自分の体が今どんなことになっているかなんて見たくもない。
しかしアーシェのその態度こそが、ガブラスの性欲と支配欲を刺激する。

彼女の胸を揉んでいたガブラスの片手が、彼女の顎の蝶番を押し込み、顔の向きを矯正し、その口をこじ開けた。
バッシュと全く同じ面をした仇の顔が近づいてくるのを、アーシェは目を閉じて拒絶する。
ガブラスの舌がアーシェの口内に侵入した。
「ーーーーーっ!」
猛烈な異物感と精神的な拒否反応が彼女の心をズタズタにした。
相手の舌を噛み切ろうにも、ガブラスが彼女の頬に指を押し挿している為に口を閉じることすら出来ない。
小さな舌は巻き込まれ、踊らされ、或いは吸い出されて淫音を奏でる。
2年もの間たった1人の為に守り続けてきた彼女の肉体は、生物の本能に従い歓喜の表情を見せていた。
「……っ……」
必死に抑えているにも関わらず、彼女自身の呼吸も、
先ほどまでの苦痛と疲労によるものではなく快楽に対するものに変貌している。
冒されることを体が受け入れようとしている事実のほうが、彼女にとっては遥かに屈辱的だった。しかし、

「……………んぁっ………」 意思の力に抑えられていたよがり声がついに漏れた。
目を固く瞑っていたアーシェの瞳がはっと開く。
信じられないというような彼女に、文字通り目の前にあるガブラスの目がにやりと笑った。
彼は混ざり合った唾液を全て彼女の口内に流し込み、名残を惜しむような糸を引いて顔を上げる。
やっと解放された…………アーシェが口の中のもの全て吐こうとしたまさにその時、ガブラスは、彼女の下顎を掴み上向きにした。
……ごくん
「!!!」
口の中に押し流された唾液が嚥下される音と感触に、アーシェは強烈な嘔吐感に襲われ大きくむせ込んた。
彼女がショックを受けている隙にガブラスは下へと移り、そのきつく閉じられた両足を開きにかかった。

「……!やめ…やめろっ……!ふぁっ……」
それまで抑えられ続けたアーシェの叫びが、ついに漏れ出した。
我慢していた筈の体の叫びも最早、抑えることが出来ない。
「掴まれただけで声が出るのか。敏感だな」
「……ぃやっ!!……ラスラ……!!!!!」
口をついて出た王子の名前に、ガブラスの手に力が加えられた。
無理矢理股がこじ開けられる。

スカートの下のホットパンツは、下着ごとぐっしょりと濡れていた。
下着と共に引き下ろしてみると、それが雨に濡れたせいだけではないことは容易に知れた。
蜜汁に手を差し込み、淫烈に触れるギリギリの部分を弄ぶ。
指にねちゃねちゃと絡む水音に耳を塞ぐことも出来ないアーシェの様子に興奮が高まったのか、
ガブラスは指についた愛液を、彼女の頬でぬぐい落とした。
「…どうやら口だけなのはこちらも一緒のようだな。仇に感じるとは…大した未亡人だ」
ガブラスは既に抑えきれんばかりだった自身のモノを取り出し、薄笑いを浮かべた。
「ぃゃ……やめて……”それ”はやめて………っ!」
”それ”がくることは充分予想できていながらも、アーシェは顔を強張らせ、首を何度も横に振る。
どんなに絶望的でも、2年前に枯れた涙が瞳から零れ落ちる気配はない。
しかし一方で彼女の秘部は、解放された悦びの涙を惨めにも垂れ流している。
「こんなに感じているのに?期待しているんだろう?”これ”を」
「そんなわ…ぁっ……な………ふぅんっ……やめ……」
既に勃起し赤く熟れた肉棒をアーシェの股にすりつければ、愛液にまみれて更に肥大化した。
認めないとでも言うように目を固く瞑るアーシェだが、肉棒との摩擦に疼く下半身が現実を見せつける。


目を瞑りながらも声を漏らすアーシェに狂気の笑みを返して、ガブラスは言い放った。
「守りたいもの程守れはしない………貴様に力があれば、守れたかもしれんがな」
アーシェの意思に関わらず、濡れきった秘唇には何者を拒む意思もない。
快感と、軽い優越感に満たされながら、ガブラスは一気にアーシェを貫いた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

以前から久しかった挿入に体が感じる快感が、彼女の誇りと貞操を完膚なきまでに叩き潰す。
肉の襞を突き抜ける異物感と苦痛に苦しむ中、声帯だけが快楽を歌い上げる。
何度か出し入れを繰り返し、蜜が完全に襞と男根を覆ったことを感覚で把握すると、
ガブラスは繋がった状態のアーシェを回転させ、片側の太腿を掴み上げた。
横向きになった彼女の脇から空いた手を回して、乳房を緩急つけて揉みしだく。

「…どうだ……これでもまだ…ハァ…帝国に…復讐する気がないと…言えるか…?」
「は…、は、はん、……ぁ、ぁあん、ん、ん…」
腰を動かせば、アーシェの子宮の前面に先端が何度も突き刺さり、その度にアーシェの口から喘ぎとも嬌声ともとれぬ声が漏れ出続ける。
ガブラスの声に答える余力が既に彼女にはなかったのだが、その様子は彼の神経を逆なでる。
腰で責めながらアーシェの耳の裏を舐め、耳たぶに強く噛みつく。
「ふぁっ……はぁ、ぁん……」
「…俺が憎いだろう……帝国が憎いだろう……?!!」
家族も、国も、愛する者へ捧げた貞操と誇りまでも奪われた者が復讐を望むのは、当然の権利だ。

「ひぐっ……!」
ガブラスの腰の動きが速まり、その手がアーシェの乳首を強く摘むも、その全てが逆効果で、
アーシェは答えることが出来ず、ただただ低い声で快感の吐息を漏らすだけだ。
「……えぇいくそっ!」
苛立ちの頂点に達したガブラスは、アーシェを起こし、ピストンを加速させる。
重力を取り戻した襞が、急激にガブラスを締め付け始めた。
「あぁ……も……ぁあぁぁぁ……っ!!」
「……!?……ち………このっ……」

思いの他強い締め付けに、ガブラスは慌てて彼女から自身を引き抜いた。
自分の体が中出しを拒絶したことに驚愕するガブラスの、締め上げられ抜き出された肉棒が、
快感を抑えられずアーシェの白い肌に、豊かな胸に、整った顔に大量の精液をぶちまけた。
「…はぁ、はぁ…はぁ……」
ガブラスが膣に出さなかったことに、アーシェは快楽と混乱の中で僅かに安堵し、
しかしゆっくりと彼から離れるように後ずさると、息も荒いままに痛みを堪えて小さく呻いた。
「私は……うっ……貴方のようにはならない……絶対に……」
てっきり彼女が泣くか罵倒するかとばかり思っていたガブラスは、その言葉に軽い立ちくらみを覚える。

「っな……」
復讐にかくも固執するガブラスの姿は、大切なものを奪われた悲しみに震える彼女自身だ。
だから最後に手を抜いた。
アーシェに復讐させたいのなら、自分を恨ませたかったならば、中に出すべきだったのに。
そんな彼女の思いは、しかしガブラスの矜持を著しく傷つけるだけだった。
「…俺のようにはならないだと…?俺を憐れむ資格が、貴様にあるとでも言うの
か……!」
怒りに震えたガブラスが腰に備えた短刀を抜く。
「貴様など この場で……」
振り上げられた短刀に、しかしアーシェは目を反らさない。二人の目が合う。
手が短刀を宙に掲げたままブルブルと小刻みに揺れていたその時。
『……か……でんか……!!』
紛れ聞こえた声に、ガブラスは慌てて外へ視線をやる。空耳ではない。

「……くっ……」
長居をしすぎた。いや、あれが来るのが早すぎたのか。どちらにしてもここに居続けるのは分が悪い。
ガブラスは一度、目を固く瞑り、アーシェの腕を拘束していた布を一気に引き裂くと、
手近に投げ捨てたコートを掴み、射殺す程に憎悪に満ちた目で彼女を睨みつけた。
「……貴様は帝国に復讐すべきだ……俺のようになりたくなければ…よく考えるんだな」
吐き捨てるように語ると、ガブラスは白い闇の中に見る間に消えていった。
部屋に1人捨て置かれたアーシェには、共に残った喪失感と苦痛のみが感じられ、
解放されて初めて沸き立った別個の恐怖と凍える寒さに、ただただ震える事しかできなかった。


その頃、セロビの風車小屋をくまなく回るも主を見つけられなかったバッシュは、
行き違いになることも覚悟の上でツィッタ大草原までチョコボを進めていた。
大雨の中、コートも着ずに全身濡れ鼠であったが、自分のことを気にしている暇など彼にはなかった。
何故なら得体の知れない焦りと恐怖が、彼に襲いかかっていたからだ。
(どこだ…どこにいる……!?)
とにかく早くアーシェを見つけなければならない。
そうでなければまた何かを失ってしまうような気がしていた。
遺跡や岩陰をくまなく探すが、濃い霧の中では視界が遮られ、
時たま出会う魔物に肝を冷やしながらもすれ違い様に切り伏せ、アーシェを呼び続ける。

ふと、霧の向こうに建物の陰を見出した。
これでもう何十軒目になるかわからなかったが、片っ端から見て回るしかない。
しかし今度の建物は何か様子がおかしかった。
すえた臭いが鼻をつく。
怪訝に思いながらもそっと遺跡の中を覗いてみたが、暗い建物内は外からではあまり良く見えない。
だが確実に人の気配がした。
バッシュはチョコボを近くの岩に括りつけると、慎重に建物内に足を踏み入れる。
いやな予感がした。いや、町を出た時から既に嫌な予感はしていたのだ。

暗闇に染まる室内で、泣き声とも嗚咽とも取れない声が響いてくるのをバッシュは聞いた。
「………殿下………?」
「!?」
中にいる誰かが、慌ててこちらを振り向くのを、暗闇の中でバッシュは感じた。
相手を視認する為に一歩前へ進んだ、その時。
「いやぁっ!!!!来ないでぇぇっっ!!!!!」
叫び声が反響した。その大きさに、緊迫した声に、バッシュの体中が思わず固まる。
目には見えないが、その声は間違いなくアーシェのものだった。
しかし、命令を無視したことに憤慨しているにしては、あまりに様子がおかしい。
血臭と腐臭と荒い吐息に満ちた室内の異様な空気に意を決し、バッシュが尋ねる。

「……一体何があったのですか…」
「……………」
返答はない。ただ、彼女が何かに怯えていることだけわかる。
バッシュは思い切ってもう一歩前に進んだ。
相手がじりっと後ずさる音がする。
「……殿下?」
「…………………ば……バッシュなの…?」
震えきった主のか細い声が返ってきた。
「はい………あまりにお戻りが遅いので…」
多少安堵したようなアーシェの様子に、バッシュは更に一歩進んだ。が。

暗闇に慣れてきた彼の目に、床に広がる何かが映った。
ずたずたに引き裂かれた布片…粘着性を帯びたおびただしい量の液体…奥でこちらに背を向けた白い肌。
「これは……」
「来ないで」
アーシェが何度も首を横に振り、弱い声で、しかし強く拒絶する。
惨状とアーシェの状態を目にし、彼にはここで一体何があったのか、ようやく理解した。
その瞬間、激しい怒りと後悔が彼を貫くも、それは本当に一瞬の感情だった。
自分でさえこれ程の衝撃を味わう事が、当のアーシェにどれ程の苦痛を与えたのか。
考えたくもなかったが、思いは自然とそちらへ向いた。
自身を喪失する前に、やらねばならない事が彼にはあるのだ。

「…すぐ戻ります」
厳かに言うと、彼は一旦建物の外へ出た。
雨は止み始めていたが、繋いでいたチョコボの鞍から雨天用のコートを取り出すと急いで建物の中に戻る。
アーシェの衣服は既に布屑と化し、彼自身の服は多量の雨水を吸っている為に着せることが出来ない。
雨天用とはいえ、これなら全身を覆うことが出来る為、一時しのぎにはなる筈だ。
コートを手にアーシェの元へ戻ってきたバッシュに、しかしアーシェはまたしても後ずさった。
「殿下。大丈夫です。賊はもういません」
バッシュはそういうとアーシェの体にコートをかけようとした。しかし――
「いやっ!!!!!」

アーシェが全身でバッシュの腕を払いのけた。思わず離したコートが宙を舞う。
震えるアーシェに、バッシュは少々強く忠言する。
「……こんなことがあった直後だということは充分に理解しております……が、このままでは…」
「いや………いや………」

顔を俯かせ、小さくイヤイヤを繰り返すアーシェから一度目を離し、バッシュは放られたコートを手繰り寄せた。
再びコートをかけるバッシュに今度は彼女も大人しく着せられる。
全身ずぶ濡れの状態で彼女を気遣うバッシュに、
やっと危機が去ったこ事を理解し、緊張の解けたアーシェの瞳が突然潤んだ。

「なんで…貴方達は……」
バッシュは、その傷だらけの腕をそっと袖に通しながら、複数形で呼びかけられた事にいぶかしむ。
彼女はそのまま問いかけるように訴えた。
「どうして同じ顔なのに……こんなに違うの……?どうして…そんなに……優しいの……」
いっそ二人ともが仇であったなら、存分に恨めたものを。
アーシェの頬から我慢していた涙がポロポロ零れ落ちた。

その涙にバッシュは言葉に詰まってしまった。ガーディの言葉を思い出す。
彼は、自分が一体何を不安に思っていたのかようやく理解できた。
そして彼女をこのような目に遭わせた者が誰かを悟った。
「…………」
バッシュは彼女の体をすっぽりとコートで覆うと、黙ったまま袖をまくし上げ、傷ついた体にケアルをかける。
表面的な傷を文字通り全て覆い隠すと、そのまま彼女を抱きかかえた。
アーシェが思わず悲鳴を上げて暴れ出す。
「…いやっ……………あ。」

叫んだ直後、彼女はハッと目を開いて俯いた。
頭では理解している筈なのに体と心が拒絶する。
「…………ごめんなさい」
「……殿下の所為ではありません」
バッシュは気にしていないという顔で力なく笑うと、アーシェをチョコボまで運びだす。
水をよく弾く羽毛の上に乗せられて、冷え切った体が温められていく感覚に、アーシェは少しばかり安心した様子だった。
<この人を決して落とさないように>
賢そうなそのチョコボにそう命じると、バッシュは提言した。

「バーフォンハイムへお入りになったら、騎乗なさったまま真っ直ぐホテルへ向かってください。
チョコボの延長料金はバルフレアにつけてもらっています」
今のアーシェに共乗りすることは、バッシュには到底出来ない。
疲労の極限にあって、アーシェはまどろみ半分に頷いた。
「………本当に………ごめんなさい……私……」
「……生きていて下さって…本当に良かった」
たった一言、彼女を安心させるように笑顔で返したバッシュがチョコボの腹を叩く。
クェッと一鳴きすると同時に走り出したチョコボの影は、あっという間に霧の中へと消えていった。



その姿が完全に消えた直後。
ドガッ!!!!
遺跡の外壁に亀裂が走る。
「………くそっ!」
押し殺した低い声が、霧に消えていく。
石壁に叩きつけた拳が出血と怒りとで、わなわなと震える。

また、守れなかった……
今度こそどこまでも支え、守り抜くと誓った筈なのに。
弟と瓜二つの彼の顔に怯えていたアーシェの瞳に、バッシュは激しく苦悩した。
アーシェを守りたい気持ちは一層強くなるばかりだ。
しかし彼が傍に居ることが彼女を傷つけてしまうのならば――――
彼は霧の晴れ間を願い天を仰いだが、空は未だ分厚い雲に覆われていた。



その後しばらく、バッシュはアーシェとの接触を自ら断つことになる。
天陽の繭を前に、三人が再びまみえるその時まで。

(1-461〜467,469〜471)














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