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■バッシュ×アーシェ


あの日。
全ての人々が自由と尊厳を取り戻したあの時。
彼の目に映ったのは青く澄み渡った空を眼下に佇む1人の女性。
その傍らに立ち、その力ない肩に触れようとする瞬間

彼の夢は醒める。



ガブラスは長い瞠目の末、ゆっくりと蒼い双眸を見開いた。
彼の目に映ったのは青く澄み渡った空を眼下に佇む1人の少年。
その傍らに立ち、その視線の先を追えば、広がるものは空ばかりではない。
首都アルケイディス、長年変わらぬ壮言な建物群を闊歩する人また人。
平和への道にあって賑わう町並みを、ガブラスは深い感慨を持って静かに見下ろした。

「ジャッジ・ガブラス」
ふいに声をかけられ、彼は彼より遥かに背の低い少年に、しかし上目で振り向いた。
ラーサー・ファルナス・ソリドール。
皇帝を任じる機能を有する元老院の再編に時間がかかっている為に未だ正式には即位していないが、
幼いながらも唯一にして最も皇帝の座に近いソリドール家の最後の光。
「パンネロさんからの手紙にあったように、アーシェさんの戴冠式が目前に迫っています。
当然ながら僕には国交回復の一石として出席する義務があります。ですから貴方には……」
ガブラスには、この真摯な瞳の少年が何を言いたいのか痛い程に理解できた。
パンネロからの手紙を自分に読ませた意図を察して、ガブラスは先に首を小さく横に振る。
先を制されたラーサーはしゅんとうなだれ、ぼそりと呟いた。
「”僕達”は貴方に大きな負債があるのです。貴方の幸せを”僕達”は幾度も砕いてきたから…」
ソリドール家の過去の行いまでも背負いこもうとする少年に、ガブラスは再び首を振る。
「ラーサー様が悔やまれることなどありません。
今はまだ、帝国にとって大事な時期。戴冠式に出席なさるラーサー様の留守を守る者は必要ですし、
何よりイヴァリースの平和の為に働けることは最上の幸せです」
「僕が言っているのは、”貴方自身の幸せ”です。
貴方は自分を犠牲にすることを全く厭わないし…それにまだアーシェさんのことを………」
そこまで口にしてラーサーは言葉を呑みこんだ。ガブラスの瞳が僅かに滲む。

「…私が初めてお会いした時、殿下は丁度今のラーサー様くらいの御歳でした。
年も一回り半も離れています。お気持ちは嬉しく存じますが、邪推はいただけませんね」
「す、すみません…」
冗談半分に笑い流すガブラスに、ラーサーはバツの悪そうな笑みを返した。
「…あの方は本当に我侭ばかりおっしゃる方でした。オンドール候を困らせ騎士達を困らせ…
兄君らが次々にお亡くなりになったせいもあって私たちが甘やかしすぎたこともありますが。
結局ラスラ様にお会いする前夜まで我侭をおっしゃって……当時の我侭ぶりはラーサー様にも見習っていただきたいくらいで…」
普段はあまり喋らない故郷の人の話をしたからだろうか。
今日のガブラスの口からは二度と戻らぬ日々の他愛もない話がポロポロと零れる。
帝国の奪った日々に胸を締め付けられながら、しかしラーサーは気になる単語に反応した。
「ラスラ殿とお会いして以降は、アーシェさんの我侭はなかったんですか?最後の我侭って何だったんですか?」
突然の問いに我に返ったのか、ガブラスはしまったといった顔を浮かべて紡がれてきた言葉を遮断し慌てて後ろを向いた。
失言した時にそうするのは彼の癖だ。
ラーサーは少々意地の悪い笑みを浮かべるとガブラスの手前に回った。
見上げれば生真面目な顔が秋の紅葉のように紅潮している様子に、少年の頭にアイディアが浮かぶ。
「ジャッジ・マスター ガブラス。今から貴方に”命令”を下します。命令拒否は受け付けません」
動揺するガブラスに、ラーサーはトドメの一撃を放った。
「我侭、見習って欲しいんですよ ね?」




―――戴冠式前日 ―――

ダルマスカ王国首都ラバナスタ王宮の離宮に備え付けられたテラスから、
彼女は暮れつつある夕焼け空を見上げ、かつてガリフの戦士長が発した言葉の意味を胸に抱きとめた。
王宮内と宮殿前広場では明日の披露宴とパレードの準備に追われ、まるで国中が沸き立っているかのようだ。
一度滅んだ筈のダルマスカ王国はこの一年で驚く程の回復を見せた。
人々の生活、交通、思想、その全てが解放され、町も人も活気に満ち溢れている。
3年前、彼女の愛したラスラと二人で見渡した美しきラバナスタは、明日になればきっと戻ってくるに違いない。
確信を抱きながら、アーシェは侍従の声に外から視線を反らした。
「殿下、ラーサー・ソリドール殿がご到着なさいました。如何致しましょう」
「ラーサー殿が?……いいわ、直接こちらにお通しして」
「…は、しかし」
「貴方も承知とは思うけれど、ラーサー殿とは昨年命を預け合った間柄。大勢の兵士が待機する謁見の間でお話しするほうが無礼です」
侍従が渋々と退出しラーサーをつれてくるまでの間、彼女は何か不都合はないかとぐるりと部屋を見渡した。
狭くも広くもない個室は戦前茶会に使用されていたもので、
侍女が2名と兵士が1名常に待機している他は広めのテーブルやソファなど、最低限の調度品が揃っている。
軽く胸を撫で下ろすアーシェの耳に懐かしい声が入ってきた
「アーシェ殿下!」
侍従に誘われて部屋に入ってきた少年は、最後に会った時より声が少し低く背も高くなったようだ。
深く腰を落とすとバレンティア大陸の王族の礼に従い、膝を曲げてアーシェの指にキスを零す。
「相変わらずご機嫌麗しゅう、殿下。いえ、明日は女王陛下でらっしゃいますね」
「ラーサー殿は随分お変わりになって…ふふ」
言葉とは裏腹に変わりない相手の様子に微笑したアーシェは、
ふと、場に似つかわしくない金属音が近づいてくることに気づいて部屋の外へ目をやった。
扉の向こうから音と共に歩いてきたのは見覚えのある黒甲冑に身を包んだ1人のジャッジ。
処刑人とも呼ばれ恐れられるソリドールの剣が何故ここに……
周りとは別の意味で呆然とするアーシェをよそに、ラーサーは侍従達に対してジャッジの紹介をする。


「こちらはジャッジ・ガブラス。私の最も信頼する友人で殿下とも奇縁ある者ゆえ、
この度私の護衛と共に楽しい思い出話の友として連れてまいりました。
……あ、お通しいただいたのが謁見の間ではなかったので、帯剣は解除致しました。ご安心を」
紹介を受けてジャッジ特有の礼で返すガブラスに、周囲の緊張は僅かにほぐれたようだ。
侍従が恐々とした顔でガブラスに向けて声を震わす。
「恐れ入りますが、殿下の御前です。鎧はともかく兜は外していただきませんと…」
その言葉にアーシェの心臓が大きく跳ねた。
ごく限られた人間しか知らない真実。
ガブラスと名乗っている者の、その良く知られた顔を見たら、周りに居る者達はどう思うだろう。
発言を受けたガブラスは提言した侍従に深く頭を下げると、退出をするべく部屋の外へと足を向ける。が。
「あ、これは大変失礼致しました」
動揺を隠せないアーシェの気持ちに気づいたのか、それとも計算済みであったのか、
どちらにせよラーサーは笑いを零し、よく響くその声で、ガブラスの足を縛り付けた。
「しかしジャッジは法の番人。顔を曝すことは本来出来ませんが、殿下の御前でしたら外すこともできるでしょうね」
ラーサーの言外の意図にガブラスも含めその場の全員がギョっとした。
「ラーサー様、それは……!」
婉曲に、兜を脱がせるなら式を目前に控えた王女とラーサー以外はこの部屋から出ていかなければならない、そう言っているのである。
少年を信用していないわけではないが、流石に3年前の二の舞は避けたい。
渋る侍従達を前に、業を煮やしたようにラーサーは大げさにため息をついた。
「…私は少し疲れました。パンネロさんが後でラバナスタの夜景を案内してくださるそうなので、それまで休めるお部屋を用意していただけますか?」
「……えっ!?あ、ええ、はい…貴方達、ラーサー殿の仰るとおりにして」
問いかけられたアーシェはしどろもどろに答え、同時にラーサーが何をしたがっているのかをおぼろげに理解し始めた。
侍従らにとってすれば、アルケイディア最後の皇帝候補であるラーサーはいわばガブラスに対する人質である。
「すみません、じゃあ部屋までの案内と護衛をお願いします。ガブラス卿、アーシェ殿下のお話相手として粗相のないように」
ガブラスが不届きを働けない証を自らの身で以て立てた少年に、部屋にいた兵士や侍従が了承できない理由もない。
これ以上の厄介事をラーサーが口にする前にとその全てがラーサーと共にそそくさと部屋を出る。
侍従がいなくなっただけで広く感じられる部屋に、ガブラスとアーシェの二人だけがぽつんと残された。
数分の間部屋を沈黙が支配し、西ダルマスカの地平線に太陽がすっぽり隠れた頃。
アーシェが徐にガブラスへ歩み寄り、間近に立ち止まった。
「ラーサー殿のお計らいです。今この部屋には誰もいません」
一年前と打って変わって穏やかな声に、ガブラスは躊躇うようにアーシェの目を見る。
アーシェはガブラスから目を背けず、じっと見つめ返して静かに命じた。



「だから……兜を脱ぎなさい………バッシュ」



名前を呼ばれ、彼は小さく頭を下げる。
「恐れながら…ジャッジ・ガブラスに命令できるのはラーサー様だけです」
鎧から漏れた懐かしい声に和む間もなく、アーシェの眉に僅かに影が差す。
「ラーサー殿は貴方に、私のお話相手として相応しい態度をと仰ったわ。兜を脱いで頂戴、『バッシュ』」
「……」
数秒の沈黙の後、バッシュはゆっくりと兜を脱いだ。
額には痛々しい程大きな傷が斜めに走り、短く切りそろえられた金髪の毛先は先天的な癖と湿気で歪曲している。
アーシェは、まるで死人でも見たかのように一瞬顔を強張らせ、それから恐る恐るその頬に指先だけ触れた。
かつての再会時に彼女が一番最初に触れた左の頬に。
「髪、切ったのね……………似合わないわ」
「……………」
アーシェはするりと手を下ろすと、彼に背を向けてテラスへと歩を進めた。
ラバナスタの夜空は三方を砂漠と草原に囲まれながら、どこまでも伸びていく。
かつてこの無限の空を共有していた人は、今はもういない。
しかし彼女とバッシュが二人きりで見る夜空には覚えがあった。
アーシェは彼に背を向け空を見上げたまま、思い出したように問いかける。

「覚えてる?バッシュ。3年前、私が貴方にした最後のお願いを」
「……私には到底力及ばぬ程の我侭でした」
「はっきり言うのね」
「…………」
「『王宮から私を連れ出して。今すぐ、どこか自由なところへ』」
バッシュは返答に詰まって、アーシェのほうに数歩、歩み寄る。
「…確かに我侭ね。自分の意志とは全く関係ない政略結婚に最初から反発して。でもあの頃はまだ自由でいたかった……」
恨み言のようなアーシェの言葉に、彼はただ心を痛めた。
「でも貴方は私のお願いを聞いてはくれなかった。それまで我侭という我侭は必ず聞いてくれたのに、
あの時だけは厳重な監視をつけた貴方を、私はさんざん罵倒しながら夜を明かしたわ」
そして王宮に縛り付けられたままラスラと出会い、そのまま恋に落ちた。
望まなかった筈の出会いはアーシェの世界を広げた。彼女は彼の優しさに惹かれ、彼も彼女を愛してくれた。

「短い時間だったけど、ラスラに会えて私は幸せだった。貴方は王国の為にしたことかもしれないけれど」
「……」
「…私は全然変わっていないわね。貴方が頼みを請負う性質であるをいいことに、また我侭を言って、
今度はダルマスカとアルケイディアの平和の為の犠牲を求めて。礼一つ侘び一つ言わないで」
バッシュはまだ答えない。
アーシェを王宮から逃がさなかったのは、国の為でも、ましてアーシェの幸せを考えた為ですらなかった。
ナルビナ防衛戦で、仇討ちに我を忘れたラスラを諫め、退却していたならば、二人の幸せは今なお続いていたかもしれない。
そして彼にもっと力があれば、ラーサーと、あの青い空を共有出来たのは彼の弟のほうであったかもしれない。
「私が力及ばなかったばかりに陛下やラスラ様、それに多くの兵が犠牲になりました…これは私の償いです」
「…貴方もずっと変わらないのね」
苦笑するアーシェにバッシュは数回目を瞬く。

「何に対しても自分が悪い、自分の落ち度だと考えるのは貴方の悪い癖。
私もそれに随分長いこと甘えてきたけど、貴方はよく尽くしてくれたわ」
「殿下……」
アーシェは口元に微笑みを湛えてバッシュのほうに歩み寄り、傍に備えられたテーブルの上に行儀悪く腰をおろした。
目と目が
「貴方に裏切られたと思ってから2年間、私は強くならなくちゃいけないとずっと思ってた。
……本当は全然強くなんてなかったし、大して強くもなれなかったけど」
「申し訳ありませ…」
「謝るのはやめて」
アーシェはそういうと、バッシュの両頬を白磁のような手で包んだ。
そのまま額の傷にキスを落とす。


「!?」
突然のことに仰け反ろうと震えた鎧の首筋に、アーシェは片方の手を添える。
バッシュの動きがピタリと止まったのを感じてアーシェは唇を離した。
彼はアーシェの顔を確認すると、軽くむせながら紅潮した顔でアーシェの軽率を正す。
「殿下はご自分のお立場をわかってらっしゃらない!…ラスラ様のこともお考え下さい」
「ラスラを言い訳にして逃げないで。彼は彼。貴方は貴方よ」
逃げてなどいないという風に動揺し被りを振るバッシュに、アーシェは一瞬むっとして、それからふっと微笑んだ。
「…パンネロが言うのよ。貴方がいなくなってから、私がずっと寂しそうにしてるって」
「それはバルフレアがいないからでしょう」
バルフレアに思いを告げた直後の彼女の力ない背中は、バッシュの脳裏に焼きついている。
しかしアーシェは再び怒ったように口を尖らせた。

「だから他の人を言い訳にしないで頂戴。貴方がいないからなんだって事は私自身が実感しているんだから」
「言い訳など……第一初めてお会いした時から年は一回り半も…」
「言い訳よ。あの頃は二倍も違ったけど、今は違うわ。たった17年しか違わない」
「殿下は明日は女王陛下におなりに…」
「貴方は私の命令を聞かなくてもいい立場になったのよね。命令できるのはラーサー殿だけだもの」
この数年間、自ら立て続けた壁が、アーシェによって次々と崩されていくことに、バッシュは軽く戦慄すら覚えた。
自分の気持ちに、彼女はずっと気づいていたのだろうか?
アーシェがかけた片腕に窘めるように手を添え、彼は小さな声で最後の足掻きを見せた。
「……私はもうこの国では死んだ人間です…もう二度とお目にかかることもありません」
それは一年前、バッシュがバハム−トの甲板で打ち立てた最後の砦。
(ダルマスカと貴女に未練を残すようなことはこれ以上なさらないでください)
これにはアーシェも言葉に詰まった。大きな瞳が小さく潤む。

「………そうね。さっきのやり取りでよくわかったわ。
私がこの国の空の下で貴方の顔を見ることは、きっともう二度と出来なくなる」
「………!」
女王となれば、いついかなる時も供の者が傍につく。ラーサーの計らいも、二度は通じないだろう。
黙り込むバッシュの頬に手を戻し、アーシェは静かに呟いた。
「だから、今夜だけでいい。もっと顔をよく見せて…バッシュ」
登り始めた月だけが彼の顔を照らす。
二人の顔の距離は殆どない。
「……命令は聞けなくても我侭なら聞いてくれるでしょ?」
その言葉に、強固に構えた筈の砦は脆くも陥落した。



あの日。
全ての人々が自由と尊厳を取り戻したあの時。
青い空の下、バッシュはアーシェへの思いが異常な程に肥大していることを初めて自覚した。
それは3年前、彼女の我侭をきかなかったあの時から既に潜伏していた思いかもしれない。
ラスラとの結婚を嫌がったアーシェを留めたのは、或いはその為かもしれなかった。
しかしだからこそ、彼は自分を騙す言い訳になるものを探し続けた。
戦後の帝国行きは、何もノアに願いを託されたからというだけではない。
主への隠し通せぬ恋慕に気づいて、なお仕えることなど、彼には到底出来なかったのだ。



バッシュの両腕が自然とアーシェの細い腰と長い髪に纏わりつく。
鎧の持つ金属的な冷たさと固さに包まれた二人の体が重なり合う。
アーシェのぷっくりとした柔らかい唇が、バッシュの唇と軽く重なった。
唇と唇が幾度となく交わり、角度を変え強さを変え、何度も何度も交わされる口付けの音が場を支配していく。
お互いに長年我慢し続けてきた性欲の波が、堰を切ったように溢れ出す。
「待って……鎧が……」
アーシェの高揚した声に、バッシュは自分が甲冑を身に着けたままであったことにようやく気づいた。
仕方なく一旦抱擁を中断し、鎧を脱ぎ去るバッシュ。
なんとなく間抜けな中断に、アーシェはテーブルから降りてソファに座り、呼吸を整えた。
バッシュが甲冑の下に見慣れない服を着ていたことに気づき、ゆっくりと近づいてくる彼の全身を眺めまわす。
ラスラよりも一回り広い肩幅。体ごと包みこまれそうな高い上背。鍛え抜かれ引き締まった肉体。
見つめなおして初めて気づくバッシュの体格の見事さに、アーシェはホゥと息を呑む。
「アルケイディア式の服ね…素敵だけど、やっぱりあなたには半ズボンのほうが似合ってるみた」
言いかけたアーシェの口を、今度はバッシュが塞いだ。
きつく締めたネクタイを片手で解き、唇を重ねたままアーシェをソファの上に押し倒す。
前身を解かれたシャツからは、厚い胸板と、見事な胸毛が見え隠れしている。
肌の温もりを感じながら互いに互いの体をまさぐる二人の息は、服を着ているにも関わらず上がっていった。
二人の舌が、異なる液体の中で絡み合い混ざり合う。歯列をなぞり、互いを求め合う。
バッシュは片方の手で彼女の体を撫で回しながらスカートを僅かにまくし上げ、
アーシェからの拒絶がない事を見て今度は一気にたくし上げた。
豊満な胸が飛び出し、月灯りを受けて白光り、下から動揺の声が上がる。

「あっ…やっまだ……はぅっ…」
アーシェの返答を待たずにバッシュはアーシェの胸を痛くない程度に定期的に揉みしだいた。
太腿や二の腕こそ筋肉を帯びているアーシェだが、その胸は柔らかく、甘い香りを放つ。
「あ………あぁ………ちょ……バッ……んんっ」
思わぬ刺激を受けて美しく歪んだアーシェの唇に、再びバッシュが侵入していく。
狂いそうな快感の中、アーシェは絡みついた下半身の一部が彼女の腹部に突きつけられていることに気づいた。
バッシュのキスがもたらす刺激の嵐に耐えながら彼のズボンを下ろせば、見事に勃起した男根がぶるっと顔を出した。
先ほどの行為からか、既に先走りがぬめり照かっており、アーシェの腹部に白濁した雫をポトポト零す。
下半身に冷たい風を感じたバッシュは、そこで思いがけず正気に立ち戻った。
慌ててアーシェの上から退こうとするも、アーシェの手が絡みついて離れることが叶わず、思わず小さく悲鳴を上げた。

「…殿下!?」
「殿下はやめて……ハァ…」
「いえ……しかしこれ以上は流石に……」
「ハァ…ここまでしておいて、途中で止めるなんて…ハァ…言わないわよね…」
部屋の扉はラーサー達が退室した時のまま、鍵はかけられていない。
もし誰かが入ってきたら言い逃れの出来ない危険性を確かに認知しながらも、
行為を三度中断することは二人には出来なかった。
今一度、相手が何者であるのか、今自分が何をしようとしているのかを考え、バッシュは慄いた。
が、もう後には戻れない。彼の心を覆っていたものは、全て彼女が取り除いてしまったのだから。
バッシュは、アーシェの秘部に右手をまわし、双丘と密林に隠されたクリトリスを特定すると、くすぐるように撫でた。
元々濡れていたということもあったが、指はあっという間に愛液に塗れ、『中』へと誘われていく。
「ひぅっ…………ぁ、ぁあっ!」


ぐちゅ……ぶちゅ……ぬぷっ……!
バッシュの太い指がアーシェの中と外を行き来するのに合わせて、
まるで掻き出されてでもいるかの如く、透明な液体はとめどなく溢れソファに吸い込まれていく。
「…ふぁっ、はっ、ぅぅん…………あんっ……」
明日の式典に向けて珍しく騒がしい宮中にあって、アーシェの嬌声は二人以外の何者の耳にも届かず月へと溶けていった。
アーシェの本能の叫びにバッシュの興奮が一気に高まり、指の動きは激しさを増していく。
そして彼女が悶える度、腰を浮かせ密着してくる度にバッシュ自身も我慢の限界に近づいてきていた。
自分が今からやろうとしていることを考えると恐ろしくて仕方なかった。できることならばアーシェに止めて欲しかった。


「殿下……やはり……これ以上は……」
「………はぁ……やめてぇ…………ぁ、ぁあっ……」
止めて欲しいと思いながらも思わぬ答えを耳にしたバッシュの指と体の動きがピタリと止まる。
彼が何を勘違いしたのか、興奮した中で悟ったアーシェは、胸を激しく上下させながら同じ言葉を繰り返した。
「殿下は…やめて…ってば………名前で……呼んで欲しいの……」
いじらしく顔を真っ赤に染めるアーシェの気持ちを察してなお躊躇いが残る。
しかしアーシェはバッシュの大きな背中を強く抱きしめて思い切り叫んだ。
「…最後まで……………お願い………バッシュ…!!!!」
愛する人に名前を叫ばれ、バッシュの中の迷いが一気に失せていく。

大きくそり立つ肉棒を構え、赤く熟れた蕾の下に隠れ液に覆われた窪みへ亀頭をあてがう。
「…いいんだな………アーシェ」
幾度も口にすることを躊躇ったその名前を、低い声音でバッシュが囁く。
その声で初めて名を呼ばれたアーシェは破顔して答える。
太い首に汗まみれの手を回したアーシェに顔を重ねて、バッシュはゆっくりと中へ侵入した。
ちゅぷ……ずぷ………
「ん……あ……大き………」
一つになる悦びと、異物を呑みこむ苦痛に、一瞬顔を歪め唇を離したアーシェは高い声で鳴いた。
ラスラの死後誰の出入りも禁じてきた内壁は、久々の客を歓迎するかの様に奥へ奥へとバッシュを導く。
「…っ……………少し…腰を動かす……」
静かに腰を下ろし、奥まで入りきったのを感じ取ったバッシュは、一言断りを入れてから、ゆっくりとピストン運動を開始する。

「……あっ、あっ、あっ、あっ、ぁっ、あぁっ!!」 揺れのタイミングに合わせてバッシュの口からは吐息が、
アーシェの口からは喘ぎ声が規則的にメロディを紡ぎ、
ギシギシしなるソファと膣口から溢れる淫らな液体が伴奏を奏で、夜空へと奉納する。 豊かな胸の狭間に顔を埋めたバッシュの口からは、
何年も閉じ込めてきた愛しい人の名前が吐息と唾液に混ざって漏れ出てくる。
「…ァー……アーシェ……」
「もっと…もっと呼んで……」
「アーシェ……アー…シェ……俺は………!」
名前を呼ぶ度に激しさを増す腰の動き。二人の脳は次第に蕩けてしまいそうな熱さに犯されていく。
アーシェは体中に吸い付くバッシュの背中に片手を回し、もう片方の手で彼の整えられた髪の毛をぐちゃぐちゃにかき回した。
「…あっ………もっとぉ……」


じゅぽ……じゅぽ……じゅぽ……!
腰を沈め、ズンと一突きする度、アーシェ中でバッシュの肉棒が暴れまわる。
密着部に溜まった粘液は泡だち、その下にあるソファはずぶ濡れだ。
「ハァッ…もっと……強くぅ……!!!強く呼んでぇっ!!!」
「…アーシェッ!!!」
「あっ…だめ……イク……ん……あぁ、イッちゃう……………」
肉壁の締め付けが更に強まる。
お互いに限界が近づいているのを感じたバッシュは外に出す為に体を離そうとした。
が、アーシェの手が彼の頭を胸に押し付け、足が彼の腰を完全にロックしている為に抜く事ができない。
そしてまるでそこだけが別の生物であるかのように、彼の腰は動きを止めようとしない。

遅い来る快感の波に必死に耐えながら、バッシュの理性はアーシェに忠告する。
「くっ…………駄目だ……出るっ……抜かないと……!!!」
「イヤっ……!!!この…まま……ぁ……中に…中に出して、バッシュ!!!!」
アーシェの思いが爆ぜた瞬間、バッシュの渾身の一突きが膣壁に達した。
その衝撃に、アーシェの口は全開し、背中を仰け反らせ爪という爪を彼の後頭部と背中に立て、力む。
同時に鈍い痛みがバッシュを限界へと導き、射精を促した。
「…………うっ!!」
どぴゅっっっ!!!びゅるる…びゅ……
巨根に溜めこまれていた圧倒的な量の濃い精液が、アーシェの中に注がれる。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
腹部に途方もなく熱い重い衝撃を受けたアーシェが声にならない悲鳴を上げた瞬間、
バッシュは更に締め付けられて残っていた精液を全て吐き出した。
一気に精液を放出した竿はみるみる縮小し、膣口との隙間から入りきらなかった白い液体がドロドロと零れ出る。
流石の彼も疲れ果て、恍惚に天を仰ぐアーシェを押しつぶさないように体半分だけ重なりソファに倒れ込んだ。
途端湧き上がるラスラに対する罪悪感に苛まれ、興奮に震えながらもバッシュはそっとアーシェの顔を盗み見る。

驚くべきことに彼女は頬を上気させたままバッシュの顔を見つめていた。
彼が目を上げたことに気がつくと、彼女はまた彼の固い頬と彼女がぐしゃぐしゃにした髪を優しく撫でた。
「私は絶対貴方を忘れない。生真面目な顔も、このくしゃくしゃな髪も、優しい声も、汗の匂いも」
その言葉に、バッシュの全てが現実に引き戻された。
明日になれば、もう二度と共に過ごすことの出来ない遠い存在となってしまうだろう女性を再び強く抱きしめ、
バッシュはその匂いを心に刻みつけ、その肌を思う存分味わいつくす。
「私の体は…もう王宮からは離れられない……でも、心はいつだって自由だわ」
再び行為を始めるバッシュの体を優しく撫でて、アーシェは頭上に広がる空に宣言する様に呟いた。





「えー、それじゃあアーシェと小父様、ずっと放ったらかしにされてるんですか?」
離宮の廊下にパンネロの声が反響する。
「僕らにも悪気があったわけじゃないんですよ、悪気があったわけじゃ」
「えぇ、私共も早く殿下とガブラス殿にお夕食の支度をと考えておりましたが、
何分ラーサー殿のお話が面白いもので………」
必死の侍従に対してラーサーは明らかにわざとらしい笑顔を浮かべた。
双方の言い分を話半分に、パンネロは厨房で作ってもらった簡易食を手に道を急ぐ。
「アーシェ達もいい加減お腹空いてるんじゃありません?」
積もり積もった話があったとしてもあの二人では深夜まで続くまい。
今頃は話の種も尽きて、微妙な空気が漂っているに違いなかった。

二人が残された部屋の扉を軽くノックした途端、中から派手な金属音が聞こえてきた。
「な、何があったの!?大丈夫?!?」
バタンッ!
扉を開けてみれば、部屋から奥まったところにあるソファにぐったりと横たわるガブラスと、
その脇に腰を下ろして入口をいぶかしげに見やるアーシェの姿があった。
「小父様!?」
「あ、パンネロ、大丈夫だから。ストップ」
駆け寄ろうとするパンネロを、アーシェがソファに座ったまま制する。
「さっきうっかり転びそうになってしまったところを、ガブラス卿が体を張って助けてくださったの」
ガブラスはピクリとも動かない。打ち所が悪かったのだろうか。
先程の音を気にしながらも心配するパンネロは、テーブルに食事を置いてアーシェに声をかける。

「ケアルかけようか?」
「ハイポーションもありますよ?」
すかさずラーサーも反応するが、アーシェはそのどちらも断った。
「ガブラス卿はシャイな方だから、大勢に顔を見られたらきっと卒倒しちゃうわ。
元は私が原因ですし、お起きになるまではここで様子を見ます。
お食事は順次いただきますから、ラーサー殿はお早くお休み下さい。皆もしっかり寝て、明日に備えてください」
「…う〜、アーシェも明日の主役なんだから、小父様が起きたら早く寝るのよ?」
「ええ、ガブラス卿には申し訳ないけれど、今日はここで寝ていただいて、私は後で部屋に帰るわ」
「ガブラスの無礼をお許し下さい、殿下」
「いいえ、卿には感謝しています。お休みなさい、ラーサー殿」
従卒達も軽く挨拶を済ませ、明日を楽しみに各々の寝所へ帰っていった。

「…………もういいわ」
アーシェの言葉を合図に、部屋の鍵が自動的に閉じる。
いや、自身にバニシュをかけたバッシュが閉めたのだ。
脱ぎ捨てられたガブラスの鎧とマンとでソファの染みを隠し、言い訳したのはいいが、
笑顔で急場を凌いだアーシェの股からは、まだ精液が垂れている。疲労と重みでしばらく動けそうになかった。
「…ふぅ。冷や汗をかいたわ」
「大丈夫ですか?殿下」
バッシュの声がすぐ隣から聞こえてくる。
「殿下はやめてと言ったでしょう?」
くすくすと笑うアーシェに、戸惑うようなバッシュの顔が容易に想像できた。
「それより、もう魔法を解いて。早く私に貴方を見せて」
突然目の前に現れた男を前に、アーシェはにっこりと微笑んだ。
月はまだ、天頂にたどり着いたばかりなのだから。




その後、ガブラスと名乗るこの男は再びラバナスタの地を踏むことになるが、
それはまだ20年以上も先の物語―――――


(了)
(1-356〜363)














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